私の目の前には長蛇の列が出来上がっている。
私が中心になっているわけではない、私が最後尾なんだ。
お嬢様が甘いものを食べたいと言っていた。
だから付近の村で評判のケーキをこうして買いに来たんだが。
評判なだけはある、列は村の外まではみ出していて、列を乱す輩達が不毛な言い争いを続けている。
そしてそんなものを見せられる他の奴らもたまったものではない、ストレスが溜まっている人も多いようだ。
その証拠に、さっきから言い争いをしている連中が増える一方だ。
私は面倒ごとには首を突っ込みたくないし、時間をとめて掻っ攫うなんて姑息な真似はしたくないし。
大人しく並んでいることにした。
ああ、すぐ隣でまた喧嘩が始まったぞ。
こんなのに耳を貸したくはないんだが、イヤでも聞こえてくる。
「ちょっとあなた!そこ私が荷物置いておいたところでしょ!」
「知らないわよ、トイレなんて並ぶ前に済ませないほうが悪いんじゃない」
「なんですって!いいからどきなさいよ!」
「いやよ!」
「なによ、やるっての!」
女ってのはこう、慎ましくおしとやかなほうがいいと思うんだが。
甘いものの恨みは怖いというし、仕方ないのかな。
周囲の連中が我関せずを決め込んでいると、珍しくそこに歩み寄る人物がいた。
「このようなところでそんな大声を出すのは、みっともないことですよ」
「なによあなた!関係ないでしょう!」
確かにあの人物は列に並んでいたわけではない、ただ純粋に争いごとを見逃せないんだろう。
まったく珍しい人間だ………いや、あいつは、人間じゃあないな。
普通の人間はあんな羽衣を纏って外出はしないだろう。
永江衣玖、確か高いところに住んでいたな。
「話は聞いていました、貴女、手荷物がここにあったからといって、それで貴女自身がそこにいたと人に認識させることはできません、それはさすがにわかるでしょう」
「………」
「ここにいる女性方は、皆長い時間身動きできなくなることを覚悟しているんです、貴女一人そんな甘えたことを言うことは許されませんよ」
「………ふん」
怒鳴っていた女性は、ぶつぶつ文句をいいながら列から離れていった。
ああまで言われないと引き下がらないか。
これで終わりかと思っていたが、永江は次に文句を一方的に言われていた女にも声をかけた。
「次に、貴女です」
「え?」
「貴女、お昼休みはとっくに過ぎているんではないですか?店番をする子がいなくて、忙しそうにしていましたよ、あのお食事処は店主が身ごもっていて大変なんです、お金が欲しいだけならそれはそれで誠意を見せなさい、一生懸命働くんです」
「………な、なんでそんなこと」
「私はあの店主とちょっとした知り合いなんです、たまにお茶を飲ませてもらいに行くと、彼女は嬉しそうに言うんですよ、無愛想で礼儀もなってないけど、夫がいなくなった自分の心の隙間を埋めてくれる子がいるって」
「………」
驚いた。永江衣玖はそんなちょっとした知り合いの店で働くバイトの子の顔を覚えているのか。
そこまで言われてはと、あの子はすぐに永江から背を向けて歩いていった。
「夕方伺うと、伝えてください」
その子に大きな声で伝言を残すと、永江も列から離れていった。
少し歩いたところで、私の視線に気がついたのか、永江はこちらを振り向いた。
そして、簡単に会釈をしていった。
私も会釈を返すと、永江はもう振り返らず遠くへ歩いていった。
永江の説得の効果はそれなりで、あちこちで争いは消えていった。大したやつだ。
多分半分くらいきただろう、私の後の人の数はどんどん増していった。
こんな田舎の村だ、人手が足りるはずもないので客に満足にお菓子が渡らない。
まだまだ先は長そうだ。
小さな女の子が最前列からこちらに走ってきた。
その手には真っ白のケーキが入ったケースが握られており、その嬉しそうな表情はこちらにも感染してしまった。
だがそんなに穏やかな気分のやつばかりじゃないらしい、その女の子に話しかける女性が現れた。
「ねぇ、そのケーキ売ってくれない?」
「え?」
「だから、そのケーキを私に買わせてよ」
「……ダメ」
少女の顔から笑顔が消えた。
それもそうだろう、これだけ並んでようやく手に入れたのに。
「ねぇいくらしたの?二倍は出すから」
「おいちょっとまて、それなら俺が三倍で買うぞ!」
「なら私だって!」
始まった。
それはそうだな、今はお金で時間を買う時代だ。
誰だってこんなのに並んでいるくらいならちょっと高くても買うほうを選ぶだろう。
少女は周りで言い争いをはじめた大人たちに囲まれて、困惑している。
なんて不憫な、かまわず逃げ出してしまえばいいのに。
「おいお前達、なにしてるんだ」
「あ、慧音さん」
見知った声と名前だ、上白沢慧音か。
この子供は慧音の塾の生徒ってことか。
「大の大人が、子供にそんなみっともない姿を見せるもんじゃないぞ」
安心したのか、少女は慧音の元に走りよって手を握った。
「慧音先生、ちゃんと買い物できた!」
「そうか、えらいぞ」
「うん!………あのね、先生」
「うん?」
「このケーキ、ほんとうは先生にプレゼントするつもりだったんだ」
「………どうしたんだ急に?」
「いっつもお世話になってるから、みんなでおかね集めて、先生にプレゼント!」
「………え、あ………ああ、ありがとう」
慧音もその展開は予想していなかったらしい、真っ赤な顔になって恐る恐る差し出されたケーキを受け取った。
だが何故か、慧音はそのケーキを生徒の手に返してしまった。
「いや、私一人でこんな大きいケーキは食べれないさ、みんなで食べよう」
「ええ?」
「先生ちょっと、寄り道するから、先に帰ってるんだ、すぐに帰るから」
「………うん、わかった」
少女はちょっと落ち込んだ表情で寺子屋に向かっていった。
いったいどうして慧音は素直に受け取らなかったんだろう?
列の間を通過するために、私の傍に来た慧音。
初めて私に気がついたらしい。
「慧音、どうして受け取らなかったの?」
「………いや、そのな………ちょっとなさけないんだけど」
ちょっと俯いて歩いていた慧音が、私と目を合わせた。
その瞳は潤んでいて、顔はすでに真っ赤になっていた。
「………こんな姿みせられんだろ」
「別にいいじゃない、バカね」
うれし泣きを見られるのが恥ずかしかったのか。
慧音はちょっとだけ笑って、列から離れていった。
もう並んでから何時間だ。4時間くらいか?
あと10人くらいで私の番になるんだが………
まだ油断できないぞ、どんなハプニングがあるかわからないんだからな。
そう思っていたんだが、割とすんなりと私の番が回ってきた。
「いらっしゃいませ!」
「えーと、一番大きいのでいいわ」
「はい、ありがとうございまーす!すぐお持ちしますね!」
元気だな、ずっとこんな声よく出してられるもんだ。
あとは待つだけだ、長かった………
「お待たせしましたー…」
「ええ」
商品を持って帰ってきた店番の子の様子がおかしい。
元気がないというか不安そうだ。
「あの、実は…」
「ええ」
「お客様でちょうど材料がきれてしまって、その………イチゴが完全に品切れしてしまったんです」
「あら、そうだったの」
「はい、申し訳ありません、イチゴの分はお代をお返しします」
「別にいいわ」
別にイチゴが特別スキなわけじゃない、私は列から離れた。
そしてすぐに、元気ではない店番の子の声が響いた。
「申し訳ありません!材料が全てなくなってしまいましたので今日は閉店とさせていただきます!」
「ええ!?」「マジかよ!」「こんなに並んだのに!」
「そんなぁ…」
一つ、ワンテンポ遅れて聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこにいたのはやはり見覚えのある緑色の子。
とぼとぼとこちらに歩いてくるので、声をかけると、私に気がついたのか驚いたようだ。
「大妖精」
「え?………あ、咲夜さん」
「残念だったわね」
「ええ、でも仕方ないです、人気ですから」
「貴女ずっと私の後にいたの?」
「え、ええ」
「言ってくれれば前譲ったのに」
「………そういうわけにはいきません」
やっぱりいい子だな、大妖精は。
「…これで三戦三敗です」
「三回も並んだの?」
「はい、でも全部売り切れでした」
「………そりゃあとことん災難ね」
「………どうしてここのケーキがいいの?」
「え?………うーん、どうしてでしょう、すごく美味しそうだったってのももちろんあるんですが、やっぱり決め手は真っ赤なイチゴですね」
「………イチゴか」
私の買ったケーキには、イチゴがほとんど乗ってないんだったな。
大妖精はそれでも喜ぶだろうか。
「大妖精」
「はい?」
「私これから寄り道していくんだけど、そこで一緒にケーキ食べない?」
「え?………で、でもそれは、咲夜さんが…」
「いいじゃない、一人で食べるよりはずっと。それに三回も並んだのに食べれないなんて可哀想過ぎる」
「………で、でも」
「いいから、行くわよ」
ケーキ片手に、私は大妖精の手を握って村にある食事処に入った。
店は割と繁盛しているらしく、座敷は満杯だった。
仕方ないのでカウンターに並んで座った。
二人で腰をかけて一息つくと、店主らしきお腹の大きな妙齢の婦人が声をかけてきた。
「いらっしゃい、そのケーキ大人気らしいわね、お茶飲まない?」
「ありがとう、注文させてもらうわ」
この婦人、お腹は大きいが顔や手足はスラっとしている美人だ。
妊娠しているんだな。
お茶を取るために背後を振り返った時、少しうずくまった。お腹を抑えている。
「ん……」
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと」
「妊娠しているんでしょう?無理はしないほうがいいわ」
「そうよ、いっつも無理しすぎなのよ」
私の後に続いて婦人に声をかけた若い声、またもや聞き覚えのある声だ。
「あ、お疲れ様、もうあがっていいよ」
「そうはいかないんだなぁ………お給金はいらないから、もうちょっと働かせて」
思い出した、昼間列から外れたバイトの子だ。
永江衣玖に説教をされてたな。
「あら?いいの?」
「……あの人がずっと見てるんだもん」
あの人?………この子の後を見ると、永江が席に座っていた。
そういえば、夕方に伺うと言ってたな。
私に気がついたらしく、永江は私のところに歩み寄ってきた。
「こんばんわ咲夜、ケーキは買えましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「そうですか」
咲夜、か
衣玖はバイトの子からお茶を受け取り、私達に差し出してくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
大妖精は衣玖の姿に惚れたのか、赤い顔で見つめている。
「さて、ケーキ食べましょうか」
「あ…」
飲食店でこんなものを広げるのはどうかと思うが、ここが一番いい場所だったんだからしょうがない。
綺麗に整った白い円柱、赤い色は両端に二つしかないが、女の子の心を揺さぶるにはそれだけで十分だ。
「さ、どうぞ」
大妖精に切り分けたケーキを渡す、目をきらきらさせてそのケーキを見つめている。
どうやら相当期待を寄せていたらしい。
「………」
だが、その表情は少しづつ暗くなっていった。
ゆっくりとフォークを皿に重ねる。
「……や、やっぱりいいです」
「………」
「だって、みんなあんなに並んで食べれなかったのに、私だけ、咲夜さんと知り合いだったからってだけで………」
「でも、買った私が貴女にあげるって言ってるのよ」
「私よりちっちゃい子だって………買えなくて残念そうにしていました」
「それなに、私だけがこんな………」
「………いい子だなぁ」
「ほんとうですね」
衣玖が私の発言に共感して、大妖精の近くに寄っていった。
「貴女の言っていることは正しい、でもその前に、人の親切を無下にすることはいけないと思いませんか?」
「………」
「貴女だって、その小さい女の子に負けないくらい頑張って列に並んでいたんでしょう?」
「三回もね」
「………」
「その貴女の頑張りを評価して、咲夜は何時間も並んで買ったケーキを一緒に分けようと提案してくれたんです、それに、貴女がお願いしていないのにそう言ってくれたんですよ?そんなに貴女のことを想ってくれる人が言っているんですから、ここは素直に好意を受け止めましょう」
「………はい」
「説教くさいけど、言いたいことをまとめると空気を読めってことね」
「そういうことです」
「………はい!」
大妖精は美味しそうにイチゴの乗ったケーキを頬張った。
普段のおしとやかの姿とは対照的で少し驚いたが、頬にケーキをつけて無邪気に美味しいと話す大妖精の姿は、見るものを無理やりにでも和ませた。
私はケーキを衣玖とバイトと店主にも切り分けた、当然店主はこのケーキのために店に戻ってくるのが遅れたことを知っていた、そりゃーこれだけ美味しければ、と軽く嫌味を言う店主に、イチゴの乗ったケーキを受け取ったバイトの子は、悪かったですねと軽く謝罪していた。
店が閉店時間になり、私と衣玖は空いた店を借りて軽く酒を飲むことにした。
大妖精は疲れたのか、座席に座った途端に横になって寝てしまった。今は私のひざの上で小さないびきをかいている。
たった二人だけで飲む酒は悪くなく、衣玖のいつもとは違う少し大胆な姿を見ることができた。
「じゃあ貴女は頼まれてケーキを買いに来ていたのね」
「ええ、ですがあの列を見るととても並ぶ気にはならなくて」
「なるほどね………そんなワガママなことを頼んだのは、どうせあいつでしょ?」
「ええ、まさにそのとおりです」
「そういえば、咲夜はどうしてあのケーキを?一人で買うには多すぎるサイズでしたが」
「ああ、あれはね………………」
思わずひじを突いた。
どうしてこんなことを忘れていたんだ、私はお嬢様に頼まれてケーキを買いに行ったんじゃないか。
ともかくもうここまで形の崩れたケーキを持っていくわけにはいかない。
「その様子では………貴女も誰かに頼まれていたと」
「ええ、そう…………ねぇ、衣玖、今晩泊めてもらえない?」
「かまいませんよ、どうせ明日こそは並ぶつもりでしたから」
「私もその後に並ぶわ」
私が中心になっているわけではない、私が最後尾なんだ。
お嬢様が甘いものを食べたいと言っていた。
だから付近の村で評判のケーキをこうして買いに来たんだが。
評判なだけはある、列は村の外まではみ出していて、列を乱す輩達が不毛な言い争いを続けている。
そしてそんなものを見せられる他の奴らもたまったものではない、ストレスが溜まっている人も多いようだ。
その証拠に、さっきから言い争いをしている連中が増える一方だ。
私は面倒ごとには首を突っ込みたくないし、時間をとめて掻っ攫うなんて姑息な真似はしたくないし。
大人しく並んでいることにした。
ああ、すぐ隣でまた喧嘩が始まったぞ。
こんなのに耳を貸したくはないんだが、イヤでも聞こえてくる。
「ちょっとあなた!そこ私が荷物置いておいたところでしょ!」
「知らないわよ、トイレなんて並ぶ前に済ませないほうが悪いんじゃない」
「なんですって!いいからどきなさいよ!」
「いやよ!」
「なによ、やるっての!」
女ってのはこう、慎ましくおしとやかなほうがいいと思うんだが。
甘いものの恨みは怖いというし、仕方ないのかな。
周囲の連中が我関せずを決め込んでいると、珍しくそこに歩み寄る人物がいた。
「このようなところでそんな大声を出すのは、みっともないことですよ」
「なによあなた!関係ないでしょう!」
確かにあの人物は列に並んでいたわけではない、ただ純粋に争いごとを見逃せないんだろう。
まったく珍しい人間だ………いや、あいつは、人間じゃあないな。
普通の人間はあんな羽衣を纏って外出はしないだろう。
永江衣玖、確か高いところに住んでいたな。
「話は聞いていました、貴女、手荷物がここにあったからといって、それで貴女自身がそこにいたと人に認識させることはできません、それはさすがにわかるでしょう」
「………」
「ここにいる女性方は、皆長い時間身動きできなくなることを覚悟しているんです、貴女一人そんな甘えたことを言うことは許されませんよ」
「………ふん」
怒鳴っていた女性は、ぶつぶつ文句をいいながら列から離れていった。
ああまで言われないと引き下がらないか。
これで終わりかと思っていたが、永江は次に文句を一方的に言われていた女にも声をかけた。
「次に、貴女です」
「え?」
「貴女、お昼休みはとっくに過ぎているんではないですか?店番をする子がいなくて、忙しそうにしていましたよ、あのお食事処は店主が身ごもっていて大変なんです、お金が欲しいだけならそれはそれで誠意を見せなさい、一生懸命働くんです」
「………な、なんでそんなこと」
「私はあの店主とちょっとした知り合いなんです、たまにお茶を飲ませてもらいに行くと、彼女は嬉しそうに言うんですよ、無愛想で礼儀もなってないけど、夫がいなくなった自分の心の隙間を埋めてくれる子がいるって」
「………」
驚いた。永江衣玖はそんなちょっとした知り合いの店で働くバイトの子の顔を覚えているのか。
そこまで言われてはと、あの子はすぐに永江から背を向けて歩いていった。
「夕方伺うと、伝えてください」
その子に大きな声で伝言を残すと、永江も列から離れていった。
少し歩いたところで、私の視線に気がついたのか、永江はこちらを振り向いた。
そして、簡単に会釈をしていった。
私も会釈を返すと、永江はもう振り返らず遠くへ歩いていった。
永江の説得の効果はそれなりで、あちこちで争いは消えていった。大したやつだ。
多分半分くらいきただろう、私の後の人の数はどんどん増していった。
こんな田舎の村だ、人手が足りるはずもないので客に満足にお菓子が渡らない。
まだまだ先は長そうだ。
小さな女の子が最前列からこちらに走ってきた。
その手には真っ白のケーキが入ったケースが握られており、その嬉しそうな表情はこちらにも感染してしまった。
だがそんなに穏やかな気分のやつばかりじゃないらしい、その女の子に話しかける女性が現れた。
「ねぇ、そのケーキ売ってくれない?」
「え?」
「だから、そのケーキを私に買わせてよ」
「……ダメ」
少女の顔から笑顔が消えた。
それもそうだろう、これだけ並んでようやく手に入れたのに。
「ねぇいくらしたの?二倍は出すから」
「おいちょっとまて、それなら俺が三倍で買うぞ!」
「なら私だって!」
始まった。
それはそうだな、今はお金で時間を買う時代だ。
誰だってこんなのに並んでいるくらいならちょっと高くても買うほうを選ぶだろう。
少女は周りで言い争いをはじめた大人たちに囲まれて、困惑している。
なんて不憫な、かまわず逃げ出してしまえばいいのに。
「おいお前達、なにしてるんだ」
「あ、慧音さん」
見知った声と名前だ、上白沢慧音か。
この子供は慧音の塾の生徒ってことか。
「大の大人が、子供にそんなみっともない姿を見せるもんじゃないぞ」
安心したのか、少女は慧音の元に走りよって手を握った。
「慧音先生、ちゃんと買い物できた!」
「そうか、えらいぞ」
「うん!………あのね、先生」
「うん?」
「このケーキ、ほんとうは先生にプレゼントするつもりだったんだ」
「………どうしたんだ急に?」
「いっつもお世話になってるから、みんなでおかね集めて、先生にプレゼント!」
「………え、あ………ああ、ありがとう」
慧音もその展開は予想していなかったらしい、真っ赤な顔になって恐る恐る差し出されたケーキを受け取った。
だが何故か、慧音はそのケーキを生徒の手に返してしまった。
「いや、私一人でこんな大きいケーキは食べれないさ、みんなで食べよう」
「ええ?」
「先生ちょっと、寄り道するから、先に帰ってるんだ、すぐに帰るから」
「………うん、わかった」
少女はちょっと落ち込んだ表情で寺子屋に向かっていった。
いったいどうして慧音は素直に受け取らなかったんだろう?
列の間を通過するために、私の傍に来た慧音。
初めて私に気がついたらしい。
「慧音、どうして受け取らなかったの?」
「………いや、そのな………ちょっとなさけないんだけど」
ちょっと俯いて歩いていた慧音が、私と目を合わせた。
その瞳は潤んでいて、顔はすでに真っ赤になっていた。
「………こんな姿みせられんだろ」
「別にいいじゃない、バカね」
うれし泣きを見られるのが恥ずかしかったのか。
慧音はちょっとだけ笑って、列から離れていった。
もう並んでから何時間だ。4時間くらいか?
あと10人くらいで私の番になるんだが………
まだ油断できないぞ、どんなハプニングがあるかわからないんだからな。
そう思っていたんだが、割とすんなりと私の番が回ってきた。
「いらっしゃいませ!」
「えーと、一番大きいのでいいわ」
「はい、ありがとうございまーす!すぐお持ちしますね!」
元気だな、ずっとこんな声よく出してられるもんだ。
あとは待つだけだ、長かった………
「お待たせしましたー…」
「ええ」
商品を持って帰ってきた店番の子の様子がおかしい。
元気がないというか不安そうだ。
「あの、実は…」
「ええ」
「お客様でちょうど材料がきれてしまって、その………イチゴが完全に品切れしてしまったんです」
「あら、そうだったの」
「はい、申し訳ありません、イチゴの分はお代をお返しします」
「別にいいわ」
別にイチゴが特別スキなわけじゃない、私は列から離れた。
そしてすぐに、元気ではない店番の子の声が響いた。
「申し訳ありません!材料が全てなくなってしまいましたので今日は閉店とさせていただきます!」
「ええ!?」「マジかよ!」「こんなに並んだのに!」
「そんなぁ…」
一つ、ワンテンポ遅れて聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこにいたのはやはり見覚えのある緑色の子。
とぼとぼとこちらに歩いてくるので、声をかけると、私に気がついたのか驚いたようだ。
「大妖精」
「え?………あ、咲夜さん」
「残念だったわね」
「ええ、でも仕方ないです、人気ですから」
「貴女ずっと私の後にいたの?」
「え、ええ」
「言ってくれれば前譲ったのに」
「………そういうわけにはいきません」
やっぱりいい子だな、大妖精は。
「…これで三戦三敗です」
「三回も並んだの?」
「はい、でも全部売り切れでした」
「………そりゃあとことん災難ね」
「………どうしてここのケーキがいいの?」
「え?………うーん、どうしてでしょう、すごく美味しそうだったってのももちろんあるんですが、やっぱり決め手は真っ赤なイチゴですね」
「………イチゴか」
私の買ったケーキには、イチゴがほとんど乗ってないんだったな。
大妖精はそれでも喜ぶだろうか。
「大妖精」
「はい?」
「私これから寄り道していくんだけど、そこで一緒にケーキ食べない?」
「え?………で、でもそれは、咲夜さんが…」
「いいじゃない、一人で食べるよりはずっと。それに三回も並んだのに食べれないなんて可哀想過ぎる」
「………で、でも」
「いいから、行くわよ」
ケーキ片手に、私は大妖精の手を握って村にある食事処に入った。
店は割と繁盛しているらしく、座敷は満杯だった。
仕方ないのでカウンターに並んで座った。
二人で腰をかけて一息つくと、店主らしきお腹の大きな妙齢の婦人が声をかけてきた。
「いらっしゃい、そのケーキ大人気らしいわね、お茶飲まない?」
「ありがとう、注文させてもらうわ」
この婦人、お腹は大きいが顔や手足はスラっとしている美人だ。
妊娠しているんだな。
お茶を取るために背後を振り返った時、少しうずくまった。お腹を抑えている。
「ん……」
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと」
「妊娠しているんでしょう?無理はしないほうがいいわ」
「そうよ、いっつも無理しすぎなのよ」
私の後に続いて婦人に声をかけた若い声、またもや聞き覚えのある声だ。
「あ、お疲れ様、もうあがっていいよ」
「そうはいかないんだなぁ………お給金はいらないから、もうちょっと働かせて」
思い出した、昼間列から外れたバイトの子だ。
永江衣玖に説教をされてたな。
「あら?いいの?」
「……あの人がずっと見てるんだもん」
あの人?………この子の後を見ると、永江が席に座っていた。
そういえば、夕方に伺うと言ってたな。
私に気がついたらしく、永江は私のところに歩み寄ってきた。
「こんばんわ咲夜、ケーキは買えましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「そうですか」
咲夜、か
衣玖はバイトの子からお茶を受け取り、私達に差し出してくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
大妖精は衣玖の姿に惚れたのか、赤い顔で見つめている。
「さて、ケーキ食べましょうか」
「あ…」
飲食店でこんなものを広げるのはどうかと思うが、ここが一番いい場所だったんだからしょうがない。
綺麗に整った白い円柱、赤い色は両端に二つしかないが、女の子の心を揺さぶるにはそれだけで十分だ。
「さ、どうぞ」
大妖精に切り分けたケーキを渡す、目をきらきらさせてそのケーキを見つめている。
どうやら相当期待を寄せていたらしい。
「………」
だが、その表情は少しづつ暗くなっていった。
ゆっくりとフォークを皿に重ねる。
「……や、やっぱりいいです」
「………」
「だって、みんなあんなに並んで食べれなかったのに、私だけ、咲夜さんと知り合いだったからってだけで………」
「でも、買った私が貴女にあげるって言ってるのよ」
「私よりちっちゃい子だって………買えなくて残念そうにしていました」
「それなに、私だけがこんな………」
「………いい子だなぁ」
「ほんとうですね」
衣玖が私の発言に共感して、大妖精の近くに寄っていった。
「貴女の言っていることは正しい、でもその前に、人の親切を無下にすることはいけないと思いませんか?」
「………」
「貴女だって、その小さい女の子に負けないくらい頑張って列に並んでいたんでしょう?」
「三回もね」
「………」
「その貴女の頑張りを評価して、咲夜は何時間も並んで買ったケーキを一緒に分けようと提案してくれたんです、それに、貴女がお願いしていないのにそう言ってくれたんですよ?そんなに貴女のことを想ってくれる人が言っているんですから、ここは素直に好意を受け止めましょう」
「………はい」
「説教くさいけど、言いたいことをまとめると空気を読めってことね」
「そういうことです」
「………はい!」
大妖精は美味しそうにイチゴの乗ったケーキを頬張った。
普段のおしとやかの姿とは対照的で少し驚いたが、頬にケーキをつけて無邪気に美味しいと話す大妖精の姿は、見るものを無理やりにでも和ませた。
私はケーキを衣玖とバイトと店主にも切り分けた、当然店主はこのケーキのために店に戻ってくるのが遅れたことを知っていた、そりゃーこれだけ美味しければ、と軽く嫌味を言う店主に、イチゴの乗ったケーキを受け取ったバイトの子は、悪かったですねと軽く謝罪していた。
店が閉店時間になり、私と衣玖は空いた店を借りて軽く酒を飲むことにした。
大妖精は疲れたのか、座席に座った途端に横になって寝てしまった。今は私のひざの上で小さないびきをかいている。
たった二人だけで飲む酒は悪くなく、衣玖のいつもとは違う少し大胆な姿を見ることができた。
「じゃあ貴女は頼まれてケーキを買いに来ていたのね」
「ええ、ですがあの列を見るととても並ぶ気にはならなくて」
「なるほどね………そんなワガママなことを頼んだのは、どうせあいつでしょ?」
「ええ、まさにそのとおりです」
「そういえば、咲夜はどうしてあのケーキを?一人で買うには多すぎるサイズでしたが」
「ああ、あれはね………………」
思わずひじを突いた。
どうしてこんなことを忘れていたんだ、私はお嬢様に頼まれてケーキを買いに行ったんじゃないか。
ともかくもうここまで形の崩れたケーキを持っていくわけにはいかない。
「その様子では………貴女も誰かに頼まれていたと」
「ええ、そう…………ねぇ、衣玖、今晩泊めてもらえない?」
「かまいませんよ、どうせ明日こそは並ぶつもりでしたから」
「私もその後に並ぶわ」
私はとても綺麗なオチだとおもいますよ。
あれ、アリスいない
味わいがあり良かったです。
やはり女性には甘味です!
アリスなら余ったケーキをさっきゅんと一緒に(ry
実はアリスがきまぐれに経営してる店というオチかと思ったがそんなことはなかったぜ!
みなさんありがとうございます