「そうだ! 全部ムラサが悪い!」
宴会の賑やかな席で、いきなり正体不明が立ち上がって叫んだ。
相当に酔っているらしく、顔は真っ赤でへろへろ。力ない身体とは裏腹に、変にからみつく目つきで、聖たちと楽しくお酒を飲んでいた私を、何の恨みがあるのか憎々しげに指差した。
「……何の因縁ですか? いきなり」
げんなりとして、せっかく聖と明日の朝食について和やかに話していたのに、台無しにされて少々眉間に皺をよせてぬえを見上げる。
くにっと、すぐに力なく曲げられた指先と、酔っ払い特有の情緒不安定で、ぬえは涙目になる。
「だって、ムラサが悪い!」
「……はい?」
聖の手前、良い子にしていたいという願望と、仮にも船のキャプテンとして女子に真摯にふるまうべきだという聖の教えが邪魔をし、失礼なぬえに「あっち行け酔っ払い」と言えないので、仕方なく手にしていたコップを置いて、ぬえに座ったまま向き合う。
「どうして私が悪いのよ?」
「ムラサが悪いから!」
まったく要領を得ない。
「顔を洗え酔っ払い」と、まったくもって失礼なぬえに、錨を投げつけたい衝動に襲われるけど、聖が「あらあら」って、私の隣で微笑んでいるので我慢。
「だから、何で私が―――」
「ムラサなんて大嫌い!」
「なっ」
「どっか行っちゃえ馬鹿!」
なんだこの展開……
「この酔っ払いどうしてくれよう?」と一瞬過激に思いながら、理不尽すぎる言葉にむかむかする。
でも、このままここにいるとぬえはずっとああだろうし、他の奴らは何かにやにやして此方を遠巻きに酒のつまみにしている様で、止めてはくれないらしい。
聖にちらりと目をやって、その更に横で苦笑していたり無表情だったり我関せずだったりする仲間たちを見ても、やっぱり止めてくれそうにない。
あれ、私って可哀想じゃないか?
ちょっと悲嘆にくれてみて、すぐに飽きてやめた。
……はあ。真摯に紳士にふるまうのは、一介の船長として当然の礼儀だし、いくら無礼講の宴会とはいえ、聖の前でぬえに酒の弾みで言い返すなんてもっての他だ。
「……もう」
しょうがない。
にしても、何でこうなるのか……
私は観念して、こちらを睨みつけて牙をむく、正体不明がウリのくせに、酒によってからむ子供という正体をばらしまくる彼女に、「分かったわよ」と溜息混じりに呟いた。
「聖、少し外すわね」
「え?」
にこりと聖に声をかけて、足元に置いていた愛用の帽子を頭に被ると、ぬえの方が驚いた声を出す。
私は再度、「この酔っ払い」と心中呟いて、立ち上がる。
「はいはい。私は消えるけど、聖に失礼な事はしないでよ? 私の永遠のビップ様なんだから」
冗談めかしてそう言って、嬉しそうに微笑む聖にちょっと満足して、私はすたすたとぬえに背中を向けて歩く。
さて、それじゃあ、こっちを遠巻きに見てた、他の連中にでも混ざって―――――
「うく。……っ、う。ぅぅ、……ふ、ふぅ、ふ、ぅええぇぇぇん!!」
突然、堰を切ったような大音量の泣き声が神社の境内に響く。
「……は、あ?」
唖然として振り返れば、ぬえが両手をぐーにして、目元に当てて、わんわんと年甲斐もなく、まるで小さな子供の様に「うえーんうえーん」と泣いていた。
「…………ぇ?」
なんであんたが泣くのよ?
追い出されてちょっと泣きたいのは私よ?
ぽかーんと泣くぬえを見て、聖が「まあ、大変」とぬえを慰めようとよしよししている。
実は子供の扱いが苦手っぽいナズは、とりあえず大好物のチーズを難しい顔であげようとしているし、一輪は雲山と一緒に、聖が慰めるのをオロオロして見守っている。星も、やっぱり慌てふためいて、泣く子供には勝てないとばかりに、わざとゴロゴロと喉を鳴らして、気を紛らわそうとしている。……というか、虎なのにゴロゴロって音出せるんだ……
「…………は」
改めて周りをよく見ると、宴会をしていた人妖が、様々な目をこちらに向けていた。
つまり注目の的。
この前の人間たちと、前に聖を驚かせて「きゃあ」と可愛らしい悲鳴をあげさせてくれた傘の妖怪を交えたグループが、特に私たちに好奇の視線をおくってくる。
あれ? っていうか、あそこって、ぬえが急に酔って立ち上がってきた場所なんですけど?
「……まさか、貴方たちが一枚噛んでいます?」
青筋が立ちそうだけど、船長らしい礼儀で、頭の帽子を胸にあててにこりと尋ねる。
ぽっ。と傘の妖怪さんが頬を染めて、むぅ? っと守矢の方の巫女が変な目を此方に向けてきた。
博麗の巫女と魔法使いは楽しげに酒を飲み、答えてはくれないよう。他のまだ名も知らぬ幻想郷の住人たちも、様々な反応ながら、私の問いには答えないようだ。
「……そうですか、失礼」
答える気がないなら、関わるだけ無駄である。
私は顔だけは微笑みながら、さっさと背中を向ける、と。
「ムラサの馬鹿ぁぁぁあぁあっ!!」
目の前に黒い正体不明の物体が飛び込んできた。―――ごっふ!
モロに、きた。
「ばかばかばか! なんだよ馬鹿! やっぱムラサは人間が好きなんだ馬鹿あぁぁぁあっぁ!!」
「……ちょ。……、い、痛い。……首」
ぐ。
ぐっく。
ぐあああああ!
ああもう何だこの正体不明っ!
切れた。ぶちっと切れた!
私だって怒るのだ。船長として厳しく怒れるのだ。肉体言語で!
人が礼儀正しく接していればどんどん付け上がって!
挙句の果てには首を絞めるために全力疾走して首を固定して、私に両手両足がっしりしっかり固定しやがるとか、どういう了見だ!
苦しいっていうか、死にそうだ!
「そりゃ、そりゃあさ! 聖は素敵な奴だし、私も普通の意味で好きになったわよ!」
ぐぐっ。更に力がこもっていく。
「でも、ムラサは好きになるなー! 助けたのはいいけど、助けるぐらい好きだろうけど、これ以上好きになるなー!」
「こ、……の。……ばか、むす、め」
訳わからん!
ぐっと、殴るために拳を握り、その小さな頭にめり込ませようと足を踏ん張り、身体を軽く捻る。
そして、そのままぶん殴ろうとして。
「あら、駄目よムラサ」
ぐいっと、いつの間にかいた聖に、握った拳ごと捕まえられて。「えい♪」と、ゴリッ♪ とされた。
…………。わあ、左手の感覚が消えた。
「ち、ちょ! そ、それは流石にやりすぎですよ聖」
「……船長、大丈夫、ではないだろうけど、気をしっかり持ってくれ」
「うん、悲惨。……南無」
左手は違和感ありまくりだわ。首は絞まるわ。聖の笑顔は可愛いわ。
私はもう、船長としてあるまじきだが、荒波に揉まれた船の上にいる感覚のまま、さっさと気絶をする事にした。
ぴちゅーん。って。
「……で?」
流石幽霊。
妖怪と違って、中身というか身体の機能はほぼ人間のままの私は、かなり苦しいながらも、早めに復活していた。
そんな私の目の前で、やっぱり妖怪ゆえか正体不明だからか、酔った時の記憶をしっかりと覚えて、冷静になっているぬえが正座して鎮座していた。
「……あれはどういうつもり?」
「……別に?」
うわ。憎たらしい。
ちらりと左手を見ると、包帯が巻かれてぐーるぐーるととんでもない厚さで固定されていた。
え? 私の左手まだ感覚ないけど。ちゃんとあるよね?
見えない不安にちょっとかられつつ、まだ盛り上がる宴会の片隅で、ぬえがむすりとした顔で、私の頭を膝にのせてからまたそっぽを向いている。
「……というか、どうして私が悪いのよ」
「……だから、ムラサが悪い」
ああ畜生。埒があかん。
やっぱ殴ろうと決めて、開いた右手で拳を作ると、ぽつりと、ぬえが私の髪を撫でながら、独り言の様に語る。
「あいつらと、酒を飲んでいたら、ね。どうして邪魔をしたのかとか、同じ質問ばかりで、しかもニヤニヤしているからむかついて、だからムラサが悪いって叫んで立ち上がった。それだけ」
「……はあ?」
そんな、本当にくだらない理由で私はこんな状態なのかと、呆れつつ苛立ちつつ、ぬえが頬を染めてこちらと目を合わせないあたりは、まあ反省しているのだろうと、嫌味を飲み込む。
「……だから、私が悪いと?」
「……そうよ」
「…………」
ああ、もういいや。面倒だ。
私は深い溜息をついて、目を閉じた。
というか、結局、ぬえが聖復活の邪魔をした理由は、聖だけが聞いて、私は知らされていない。
ぬえの事だから、ただの嫌がらせだろうと軽く見ていたのだけど、それに私が関わっているとか、どうにも穏やかでもない。複雑でもある。
でも。
……結果を見れば、そのおかげで聖は、私たちの傍にいる。
「……ぬえ」
「なによ」
「許す」
きっぱりと言って。
驚きに目を見開く、赤い瞳に魅入って。「じゃあ、そういう事だから」とにこりと笑う。
「仲直りね」
「っ」
かあっと赤くなって照れるぬえに、なんだ、可愛い所あるじゃん。とからかいかけて、いかんいかんと自重。
ここで、私とぬえが不仲に戻ってしまうと、また聖に迷惑がかかるかもしれない。
ぬえも、もう私たちの仲間なのだし、船長として真摯に紳士に、彼女と向き合おう。
「さて。それじゃあ、聖の所にでも―――」
「だめ!」
「むぎゅ?」
聖に仲直りしたよー。と早速報告して褒めてもらいたかった私は、ぬえが赤い顔のまま、私の顔を自分の膝に押さえつけるのをきょとんとして見上げる。
「なによ?」
「だ、だから、ムラサは安静にしてないと駄目なのよ」
「いや、別に平気だし」
「聖が言ってたのに?」
「……大人しくしてるわよ」
くそぅ。唇をとがらせて、聖の笑顔を思い浮かべて少しだけ我慢する。
あとで、一杯褒めてもらえればいいやと、ぬえを見上げて。
「…………っ」
ぬえの目が、どんどん据わっていく事に、軽く身の危険を感じた。
「な、なに? どうかした?」
「ムラサ。聖の言う事は聞くんだ? 私のお願いは聞かないくせに」
「はあ? 当たり前でしょう」
聖は女神。あんたは正体不明。
比べるまでもない。というか、私はすでに聖を信仰しているのだ。白蓮教に入信決定な聖信者の私に、何をあほな事を。
「ムラサの」
「え?」
「ムラサの、馬鹿ああぁぁぁぁあっ!!」
「ちょっ、きゃああぁあぁああ!?」
正体不明の弾幕炸裂。
何でだよ?!
そうして私は、本日二度目のぴちゅーんを味わう事になったのだ。
後日。
壊れた境内を直したり、掃除を一人でする事になった私は、真面目に納得がいかなかった。
仲間たちも、「しょうがない」と私の不幸を納得している辺り酷すぎる。
だって私は何もしてないじゃん!
そしてこの鬱憤を、巫女や、遊びに来ていた魔法使いや、天狗に力いっぱい語ると。返ってきた返事は。
「あんたが悪い」
「お前が悪いな」
「いやぁ、明らかに船長さんの失敗ですね」
ときた。
「…………」
ぶっ飛ばそうかと思ったけど、船長として我慢した。
私は、どこまでも納得がいかず、それでも、船長として、本当に船長というプライドを持って、周りの評価をきちんと受け止め自分を成長させる為に、歯を喰いしばって掃除に励むのだった。
ただ、言わせてもらうと。
私は絶対に悪くないっ!!
鈍感なせんちょは罪作りですなぁ…
構ってもらいたがってるのが目に見えてて可愛い!!!
村紗を聖から自分に向けさせちゃえばいいよwww
作者さん大好きです!!続きとか期待してみる。
この鵺ちゃん気持ちは分かるけど好きになれないなぁw
話は面白かったです。
ナズさんwwww
ぬえちゃん可愛いですwwww
と、思わず言いたくなりましたw
ぬえ可愛いなあ、しかし船長、白蓮教にどっぷり浸かってますな、もっとぬえを見てあげて!
村紗かわいいよ。もちろんぬえたんもかわいいけど。
この二人本当に可愛い。真っ赤なぬえたんうふふ。
ああもう可愛いなこいつは。
>瓜のくせ
面白かった。
>>拉致があかん→埒が明かん
これは、いいものだ
しかし、あんたが悪いと言っている連中自身はどうなんでしょうねw
後、ぬえがんばれ超がんばれ。