「ごめんくださーい」
「はーい」
マヨイガにその妖怪が来たのは昼過ぎのことだった。
めったに無い来客に訝しがりつつ応対に出た藍は、その姿を見ると顔をほころばせた。
「おや、あなたは……」
客を居間に通してお茶を持ってくる。
「粗茶ですが」
「いえいえお構いなく」
妖怪はそう言ってお茶を受けとり、藍と二人してずずずと啜る。
「それにしてもお久しい」
「申し訳ない。最近はとんと不義理をしていたもので。
ですが天狗の新聞で知りましてな。
あなた様が三途の方程式を解いたと聞きまして」
藍はポンと手を叩いて喜びを露にした。
「ああ、読んでいただけたか。あなたの様な方に読んでもらえれば、
と思って新聞の取材も許可したのですよ」
「私のようなロートルがでしゃばるののもどうかと思ったのですが、
やはりこれは一言お祝いを申し上げなければ、と」
そう言ってごそごそと紙の束を取り出す。
それを見て藍はうれしそうに笑った。
「そう、やはり証明のお祝いといえばこれが無ければ」
「幻想郷ではそう手に入らないでしょう。やはり今でも本場は外の世界ですからね」
そう言いながら、妖怪はその束を差し出す。
「ではどうぞ」
「確かに」
藍は頭を下げてそれを受け取った。
「いや、しかし懐かしい顔に会うのは嬉しいものだ。
最近ではあなたのお仲間もだいぶ幻想郷入りなされたのでは?」
「いやいや、まだまだ。幻想郷入りするよりは生まれるほうが速いようで。
後輩たちはよくがんばっているようですよ」
そう言って妖怪は嬉しそうに笑った。
「しかし昔から人間という奴らは変わりませんな。
私らを見つけるとむきになってやってきては私たちを幻想送りにしていく」
「おや、そんなことをおっしゃっている割には嬉しそうなお顔をなさる」
「いやまあ私たちも外の世界では十分暴れまわりましたから。
けんか友達のようなものです」
たはは、と頭に手をやって照れ笑いをする妖怪。
それをみる藍の目は、とても優しげなものだった。
妖怪が腰を上げたのは夕日が差してきた頃だった。
「長居をしてしまいまして」
「どうぞ、またいらしてください」
そう言いながら藍は玄関まで妖怪を見送る。
「ただいまー!」
そうしていると、橙が帰ってきた。
玄関を開けたところで見慣れぬ妖怪がいることに気づき、戸惑ったように視線を藍に向ける。
「橙、あなたの先輩だ、ご挨拶しなさい」
「は、はじめまして、橙です」
「どうも、はじめまして」
そう言うと、妖怪はじっくりと橙を観察した。
それがどういう意味か分からない橙は居心地悪げにもぞもぞとするしかなかった。
「ああ、やはりあなたの式はいいですな」
「そう言っていただけると」
二人が視線を交わしてにこり、と笑ったことで橙は肩から力が抜けた。
どうやらお眼鏡に適ったらしい。
それから二人はいくつか橙には分からない専門用語を交わして満足そうにうなずいた。
それで別れの挨拶は済んだのだろう。
「では、御免」
そう言って妖怪は去っていった。
「ねえ、藍様。あの方はいったい何の妖怪なのですか?」
「大妖怪の一人だよ。私たち式神と似たようなものさ」
藍はにっこり笑って言った。
「フェルマーに発見されて以来、オイラーやソフィ、ディリクレやラメとがっぷり四つに組んで一歩も引かず、
アンドリュー・ワイルズによって倒されるまで、常に人に知られた大妖怪。
彼のことならいくらでも本があるから、橙もちょっと調べてみなさい」
次はどんな大妖怪があらわれるのやら