Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

秋無双

2009/09/28 01:00:07
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1.

「夏だ!」
「ビーチだ!」
「スイカ割り!」

「させないわ!」

 ずっしりと実った西瓜を手にした魔理沙と穣子。
 だがそれは重い物を協力して持ち運ぼうという構図ではなく、むしろ大岡裁きよろしく一個の西瓜を奪い合う雰囲気である。魔理沙の後ろには霊夢が、穣子の後ろには静葉が、それぞれ火花を散らし合う真ん中の二人を静かに見つめている。

「……おいおい、八百万分の一とはいえ神様なんだからさあ」
 少しくらい空気読んでくれよ、と続ける魔理沙を穣子はぎっと睨みつけた。
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。ここを誰の畑だと思ってるの?」
「まあ待て、土足で踏み込んだのは私の靴だ。私じゃあない」
「じゃあそのかわいらしい靴を微塵切りにして畑の肥やしにでもしてやればいいわけね」
「な、なんだか今日は言う事が妙に物騒すぎやしませんか? 豊穣の神様」
「当然でしょうよ」
 魔理沙がほんの少し下手に出て退いた所で、穣子は威嚇するように胸を張った。自己主張の激しい乳房が服を引っ張り、まるで胸のサイズだけで魔理沙を威圧しているようにも見える。まさに物言わぬ恫喝、ナチュラルボーンネゴシエイターだ。
「よく考えなくても分かるわ。あんた達は私が丹精込めて作ったスイカを、よりにもよって棍棒などという野蛮な武器で叩き割ろうとしているのよ? いくらあんた達の貧相な腕でも、勢いよく棍棒が振り下ろされたらスイカのいぶきちゃんは……」
「果物になんつー名前を付けるんだ、しかもよりによってスイカに……」
「ああっ! いぶきちゃんスプラッタ! 真っ赤な中身を無残にぶち撒け、二度と見られない姿になってしまうわ! あんたはそれでもいいの!?」
「いや、そういう言い方をされるとだな……でもお前の作る作物はどれも出来栄えがいいからスイカ割りでも映えると思っt」
「やらせはしないわ! やらせはしない! かわいいかわいいいぶきちゃんをそんな目的で殺らせはしない!」
「割ったスイカはみんなで美味しく頂くつもりだぜ。それでも駄目なのか?」
「そんなに割りたけりゃ石でも風船でもお酒でもいいでしょう!? ていうか泥棒の時点で駄目!」
「だから言ってるだろ。ここに踏み込んだのは私の靴で、私は靴に乗っかってるだけだと」
「ああもうあー言えばこー言う! 姉さんも何か言ってやってよ!」
 あわや空気になりかけていた静葉に突然話が振られる。
 当の静葉と言えば、空気になりかけていたのをいい事にヘチマなどを手にしぼんやりとしていたが。

「ヘチマって……いいよねぇ」
「……あ、あの、姉さん?」
「こう、なんていうか、絶対気持ちよくなれるよねえ……みのりんもそう思うでしょ?」
(だ、駄目だこの馬鹿姉、早く何とかしないと……!)
 完全に視線と言葉が明後日の方を向いてしまっている。
 紅葉の季節以外の静葉は、時として妹の穣子でさえ言動を予測しきれない暴走機関車と化すのである。そんな姉にいきなり話を振ってしまった事を後悔してみても、二十秒ほど遅い。
「うふふ、今度お互いに試してみよっかあ」
「……聞かなかった事にしてお願い」
「……いい医者を紹介するぜ、胡散臭い奴だけど」
 人間二人の寒々しい視線が痛いほど突き刺さる。『ご愁傷様』と言っているようにさえ見える、いや絶対心の中では思っているはずだ。あまりの恥ずかしさと気まずさで顔が熱くなり、顔面で芋の一つでも焼けそうなほどである。だが度し難い姉を埋めて山に還すのは後回しにするとして、今は目の前の西瓜泥棒をどうにかして追い返さなければならない。
 ただし穣子は双方に弾幕ごっこで負けている上、今は戦力的には実質一対二。知り合いの別の神を呼びに行ったなら、その間に泥棒のお仕事は完了している事間違いなし。ナチュラルボーンネゴシエイターも普通の交渉では役に立たないであろう。いくら神様といっても、こういう理不尽な手合いに対しては案外弱いものなのである。

「なんなら勝負する? 私たちとあんたらで」
「えー……」
 霊夢の申し出に、穣子は渋い顔をする。幻想郷での勝負事と言えば弾幕ごっこだと相場は大体決まっているからだ。
「まあ、弾幕で私たちが負ける要素はないと思うんだけど」
「はっきりと言ってくれるわね」
「だから弾幕以外の勝負よ。あんたと、そっちのお花畑のお姉さん。タッグを組んで私たちと勝負するの」
「弾幕以外の勝負って……何をするの?」
「そうねえ……ビーチの近くにはお祭り事の好きな奴が住んでるし、それに頼んでみようかしら」
 これまた胡散臭い話である。
 お祭り事の好きな奴とやらが霊夢たちと通じ合っている仲だったりしたら、こちらにとことん不利な勝負を持ちかけられるかも知れないし、通じ合ってなくとも過酷な勝負を提案されるかも知れない。例えばパートナーを肩車してのフルマラソンとか閻魔の前で二十四時間耐久お説教とか、大切な作物を守る為だとしてもあまりやりたくはない。
「やるなら、できるだけフェアであまりキツくない勝負をお願いしたいものだわ」
「それはあいつ次第。何せ気まぐれで我儘なお嬢様だもの」
「……いずれにせよ勝たなきゃ駄目、か」

 安易な弾幕勝負にならない事を穣子は祈るばかりだった。



2.

 彼女たちの言うビーチとは紅魔館の対岸を指す。
 氷精が縄張りとしている為か夏でも暑すぎるという事はなく、ちょっかいを出しに来る氷精を追い払う方法さえ用意できていれば水遊びの絶好のスポットとして有名だったりする。そのビーチに今、人間から妖精から妖怪から、種族を問わず幻想郷の住人が大勢詰めかけ穣子たちを取り囲んでいた。
 湖岸に入りきらない分は湖上に退避したり、または遠く紅魔館の方からこちらを眺めている。『芋を洗うよう』とはよく言ったもので、たかが西瓜の保有を巡る私闘に何を求めているのかと、人里に出向く事が多く人だかりには慣れているはずの穣子でさえ呆れるほどの人口密度であった。
「ちょっ、待っ、観客がいるなんて聞いてないわよ」
「言ったじゃない、お祭り事が好きな奴だって」
「それにしてもお祭りどころの騒ぎじゃないでしょ、これ……」
「どうもブン屋の方に話が漏れてたみたいで、その結果がこれなのよ。まあ、私たちに干渉するつもりはないでしょうから安心して」
「こんなんで安心できるわけが……!」
「こんな人混みは初めてか? まあ、力抜けよ」
「緊張しないあんたたちの方がどうかしてるのよ」
 観衆の中には少女の躍動する姿を拝もうと鼻の下を伸ばした輩もいる事だろう。だが、どこかに薄気味悪い視線がありはしないかと気にする穣子を尻目に、人間二人は視線をまるで気にしていないようだ。度胸があるのか神経が図太いのか、あるいは両方かも知れない。
 対して静葉はと言えば穣子の後ろに隠れ周りの様子をしきりに気にしている。穣子と同じく周囲の視線が気になっているようだが、勝負に参加している身であるという自覚すらないようだ。何の勝負をするのか知らないが、果たして姉は戦力になってくれるのか……穣子の心配は尽きない。
「ところで、私たちが勝ったらあんたたちは大人しく退きなさいよね」
「そちらこそ。負けたら大人しくスイカを譲ってちょうだいね」
「神に二言はないわ」
「そう。それは良かった」

「一回戦! 神様のスイカ争奪チキチキビーチフラッグ対決ー!」

 うおおおおおおおおおおおおおおお!
 火花を散らす霊夢と穣子の間を甲高い声が駆け抜けていった。続いて地鳴りのような歓声があちこちから上がり、湖面が振動する。ビーチの一角に設えたステージでは、試合の主催及び開会宣言をしたレミリアがステージの上にさら一段足場を作り己の存在を誇示していた。
「ルールを説明するわ。寝てる。走る。捕る。以上!」
「分かるかー!」
 四人同時のツッコミを受け流し、レミリアは言葉を返す。
「今言った通りよ。最初はうつ伏せになって寝てて、合図と共に起き上がって走り出す。そして地面に挿してある旗を取った方が勝ち。単純でしょ?」
「付け加えるなら、飛翔及び相手への妨害行為は禁止。あくまでも反射速度と脚力のみの勝負ですわ」
 レミリアの後ろに控えていた咲夜が短く付け足す。
「じゃあ、それぞれ代表を出して」
「こういうのは最初が肝心だからな。私が出るぜ!」
 レミリアの言葉に魔理沙が勢いよく手を上げた。
 流石にこの場でいつものエプロンドレスはあり得ない。濃紺の水着に全身を包み、胸には『まりさ』とゼッケン付き。機能性を優先した彼女の水遊び用装備だ。四人の中で一番小さな体が小気味よく跳ねて子どもっぽい魅力を振りまき、観衆からはどよめきが起こっていた。
「あいつが出るのか……姉さん、私が出るわ」
「う、うん。みのりん頑張ってね」
「姉さんには楽させてあげるわよ」
 ウィンクと共に穣子が一歩前に出た。
 彼女、穣子は何もかもが魔理沙とは対照的である。少なくとも四人の中では最も上背があり、信仰の賜物か体つきにもある種の貫録がある。そんな彼女が水着に着替えたなら、その魅力が溢れ出るのはごく自然な事であろう。
 服の下からでさえ自己主張していた胸が戒めを解かれたらどうなるか。
 その胸に釣り合う体のラインが露わになったらどうなるか。
 穣子が一歩前に出て胸を張っただけで、魔理沙の時とは全く別の客層からどよめきが起こっていた。

「なるほど、二匹か」
「?」
「水着の中だよ。子犬を詰めてるんだろ? やっぱ神様は違うねぇ」
「どういう意味よ」
「お前には負けないって意味さ。どう見ても私の方が身軽だぜ」
「あんたが速いのは飛んでる時の話でしょう?」
「地上でも似たようなもんだと思うがね」
 二人の舌戦は旗に背を向けて伏せながらも続いていた。
 穣子が伏せるとたわわに実った胸が押し潰され、どう頑張っても彼女の体は水平になってくれない。収まりきらない部分はオレンジ色のビキニの横からもはみ出し、今にも水着の布地がはち切れてしまいそうである。
 魔理沙はそれが気に入らなかった。表には出さないが穣子に対し明らかな嫉妬を抱いていた。霊夢に対してはこんな感情は決して抱かない。許されるものなら、スタートと同時にマスタースパークの一発でも喰らわせてやりたいほどである。
(私の方が空気抵抗とか体重とか少ないんだ、あんなデカパ……あんなのに負けてたまるか)
 昂る気持ちをぐっと抑え、魔理沙は背後の旗に意識を集中させた。
 身の起こし方、身の翻し方、走り方、飛びつき方……旗に到達するまでの全ての動作を頭の中で思い描く。問題ない。砂に若干足を取られるだろうがそれは穣子も同じ事だし、それにさえ気をつければ穣子に負ける要素など何もないはず。
 半ば約束された勝利を夢見て、魔理沙の顔も思わず綻ぶ。

「あんたは甚だしい勘違いをしてるわ」
「あ?」
 魔理沙の心を読んだかのように穣子が釘を刺した。
「いかにもスットロそうな私が出てきたんで余裕でいるんでしょうけど……」
「そこまで言ってないし考えてもいないんだが」
「あんたは私に絶対勝てない。断言するわ」
「ほぉ……吐いた唾ァ、飲むんじゃないぜ」

「それじゃあ行くわよ」
 視線で火花を散らし合う程ヒートアップしていた二人にレミリアが水を差す。
 魔理沙も穣子も我に返り、己の走りに集中するべく互いに視線を外した。

「レディー……ゴー!!」


 身を起こすのは魔理沙の方が一瞬だけ早かった。
 だが、ごく短時間で勝敗が決する戦いでは一瞬の差が明暗を分ける。魔理沙にはその一瞬があれば十分だった。
(もらった!)
 素早く身を翻し、旗を正面に見据え砂地を蹴る。旗までは目測で二十~三十歩程度、先に全速力に達してしまえば逆転はまずあり得ない。後ろに目をやるほどの余裕はないが、九分九厘約束された勝利を前に全力で体を動かす魔理沙の顔は確かにニヤついていた。

「甘いわよ」
「なっ!?」
「言ったでしょう? 私には絶対に勝てないって」
「な、な、何だそりゃああああああッ!?」
 魔理沙の余裕をまたしても穣子が打ち砕いた。
 ほんの一瞬だが出遅れた筈なのに、涼しい顔で魔理沙と並走している。魔理沙からしてみれば信じられない光景だった。
「私を誰だか忘れたの? 豊穣の神、時として農耕の神を崇める一介の従事者。そんな私の脚を……ナメるなッ!」
「おぉぅ!?」
 一瞬の咆哮と共に穣子が魔理沙の前に出る。
 それはもはや疾走の形を成していなかった。超低空の飛翔か、あるいは砲撃に見えた。砂地を蹴るたびに砂を高く巻き上げ、地面と平行に飛ぶヒトの形をした砲弾だった。あっさり先行を許してしまった魔理沙は、まるで想定外の展開にただ呆然とするしかなかった。
 穣子は常に裸足である。それは履物がないのではなく、豊穣の神として自身と大地を直接繋げ豊穣の力を与える為。そして己の能力の結晶である作物をうっかり靴で傷つけないようにする為である。その姿は幻想郷の人間には牧歌的に映ったのだろう、今では『裸足の神様』として広く親しまれるまでになっている。
 では、そんな彼女がその裸足を走る為に使ったらどうなるか? その答えがこれである。
 大地を踏みしめ続けるうちに足は地表を正確に捉える安定性と柔軟性を併せ持ち、地面を踏みしめても傷の一つもつかないだけの強度を得る。
 足の適応化に裏打ちされて脚もまた筋力を増し、また自身も農作業を続けてきた事で瞬発力と持久力をバランスよく高める事に成功している。

 そんな足と脚を走る為に使ったらどうなるか――

「もらったぁっ!」
「ぐ……!」
 砂がひときわ大きく弾け、旗に向かって穣子の体がまっすぐ伸びる。
 魔理沙はもはや飛翔しても追いつけないほどの差をつけられ、勝利を諦めスピードを落とす。それでも砂のシャワーをもろに浴びてしまい、ザラつく体を払い見つめた先には、人知れず鍛え抜かれた肢体を悠々と見せつける穣子の姿が映っていた。


「獲ったっ……あ、あーーーーーーっ!?」
 旗をその手に掴む所までは完璧だった……が、その後がマズかった。
 減速が間に合わないほど加速していたのかそもそも減速の事など全く考えていなかったのか、一発の砲弾と化した穣子は陸地で止まれず滑走しながら湖面に突っ込んでしまった。
「わぶ! ……っぷ、あぁ、あ……ちょ、と、止まってぇぇぇぇぇ!」
 しかし穣子は急に止まれない。湖面と水平を保った体は前進しながら湖面の上を何度も跳ね、紅魔館を目指し突き進む。よほど切羽詰まっているのか、緊急回避として飛翔すればいいという考えは浮かんでこないようだ。
「すげえなあ……ああいうの、石切りって言うんだっけ」
「水切りでしょ。あのまま紅魔館にぶつかっちゃうんじゃないの?」
「その時旗を手放してたら奪い合い……だよな。あの脚で蹴られるのは嫌だなあ」
「あ、沈んだ」
「水の中か……陸地で蹴られるよりは痛くないか。仕方ない、行ってくるぜ」
「み、みのりーん! 熟れたスイカみたいに浮いてきてよー!」
 穣子の惨事を眺めながら霊夢と魔理沙は暢気なものである。
 二人の後ろでは静葉がはわわわわと慌てているが、その声が届くとは思えない。

「誰が熟れて腐りかけよ!」
「おぉっ!?」
 水面を突き破り穣子の右腕が力強く飛び出した。
 その手には旗が確かに握られており、勢いを失って水没した割には元気そのものである。紅魔館まであともう少しという所から飛翔で人だかりのいる方までたどり着き、地に足をつけても普段と違う所は全くない。つかつかと魔理沙の前まで歩み寄り、子犬など詰め込んでいない胸を張って魔理沙に見せつける。
「よ、よく生きてたもんだなあ……そのまま水耕でも始めてくれればよかったのに」
「ぺいっ! 冗談じゃあないわ、ガイアが私にもっと耕せと囁いているのよ? 水耕しろなんて言われてない」
「みのりん! 絶対帰って来てくれるって信じてたよぉ!」
「姉さんには楽させてあげるって約束したもの。これでまずは一勝……」
 旗を握り締めた右腕を今一度高く突き上げる。

「獲ったどぉぉぉぉぉぉぉ!」

 うおおおおおおおおおおおおおおお!
 穣子の勝鬨に従って大歓声が上がり、隣で静葉が妹の勝利を称えている。
 魔理沙もケチのつけようがない程の、穣子の完全勝利だった。

「悪ぃ、霊夢。あいつを甘く見てた」
「魔理沙はよくやったわ。あんたの分はきっちり取り返してやるから、今はゆっくり休んで」
「……すまん」
 しょぼくれる魔理沙の肩に手を置き、入れ替わり霊夢が前に出る。
 レミリアがよっぽど変な勝負を持ちかけなければね、と言葉の最後に付け足し、霊夢の目は秋姉妹の姉の方に向いていた。



3.

「二回戦! 神様のスイカ争奪チキチキ遠泳対決ー!」

 うおおおおおおおおおおおおおおお!

「ねえ、チキチキって何?」
「言霊の一種だってパチェが言ってた。効果は知らないけど」
「言霊なら仕方ないわね」
「うん、仕方ない」
 なぜか高いテンションのままのレミリアを尻目に、霊夢は既に水着姿で待機していた。
 露出度だけなら魔理沙と大して変わらない。ただし霊夢の水着はあちらこちらにフリルを満載して装飾性全開、およそ勝負事には向かなさそうな純白の水着である。魔理沙より一回りの半分ほど大人の肢体はそれだけで見る者を釘付けにするが、どよめきは上がって来ない。
 観衆は皆知っていたのだ。絶対領域のごとく服の布地に仕切られ、ちらりちらりと見え隠れする腋こそが至上であると。霊夢の水着姿は確かに魅力的だが、常時晒しっぱなしの腋などただの腋であると。実によく訓練された、本物を知る観衆であった。

「おーい、姉さーん?」
 一方、穣子は静葉を探していた。
 先の勝負で穣子が出たのだから、次は静葉が出るのがスジという物だ。たとえ恥ずかしくても前に出て水着姿を晒さなければ不戦敗になってしまう。せっかく一勝をもぎ取ったのだから、勢いに乗って次の勝負で決着をつけたいところだ。

「みのりーん……こっちぃ……」
「!? 姉さん!?」
 遠くで静葉が手招きしているのが見えた。いつの間に移動していたのか、観衆の輪からやや外れた茂みの中でパーカー姿の静葉がうずくまっている。穣子を呼ぶ声は弱々しく、涙目になっているようでもある。
「どうしたの姉さん? 具合でも悪いの?」
「いや、そうじゃなくって……」
「ははーん、出番を前に緊張してるんだぁ」
「そういうわけでも……」
「分かるわよ、私だって少しは緊張したもの。でも恥ずかしいのは最初だけだから」
 静葉が控えめな性格である事は穣子も熟知している。穣子と比べて人前に立つ機会が少なく、このような場に慣れていないのだ。ましてや紅葉が本格化する季節でないから、静葉はますます大人しくなってしまう。この対戦の場に来るのにも相当の勇気を振り絞った事だろう。
 もちろん、だからと言って静葉は前に出なくてもいいという事にはならないのだが。
「ほらほら、早く行かないと不戦敗になっちゃうわよ」
「う、うん……そうなんだけど……」
「煮え切らないなあ……吹っ切れちゃえば大丈夫よ、ほら!」
 言うが早いか、穣子は不意打ちで静葉のパーカーのジッパーを下ろし、胸元を一気に開いた。
「あ、やめ――」
「はい、御開帳~……って、え、えぇぇぇっ!?」

 穣子は驚きのあまり思わず声を上げるが、それが危険な行為であると感じすぐに声を押し殺した。
霊夢たちを含め、観衆は誰も気付いていないようである。だが気付かれたら神の威厳など微塵に砕けてしまうであろう。静葉の姿を見て、穣子はそう確信していた。
 静葉の水着は、穣子のビキニに輪をかけて小さい物だったのだ。赤い小さな三角形が胸の最も大事な所を辛うじて隠し、細い紐でどうにかつなぎ止めている。全体的に体の線が細く、胸のサイズも控えめな静葉が着用しているから脱落の恐れはないだろうが、穣子が着用していたら何かのはずみで簡単に布地がずれて惨劇を起こしかねない。そういう代物を静葉は身につけているのだ。
 下半身の惨状はそれ以上だった。
 上半身に合わせて赤いビキニでも穿いているのなら、幼さの残る体に対し不釣り合いとはいえまだ納得がいく。だが今の彼女の格好といったら、穣子の想像をはるかに超えて月をも突き抜けてしまいそうなほどの衝撃を穣子に与えていた。
 静葉は、下には何も穿いていないのだった。もはや際どいとかそういう次元の話ではない、完全にアウトである。
「ちょ、姉さん、なんて格好してるのよ!」
「うぅ……下、用意したと思ったら忘れてきちゃって……これじゃあ駄目、かな」
 よく見ると、本当に何も穿いていないわけではなく右手には季節外れの紅葉が一枚股間に添えられている。スカートから千切ってきたのだろうが、それでも最低限中の最低限しか隠せていない。むしろ全くと言っていいほど隠せていない。あまりの際どさ、そして全裸でいる方がマシと思えるほどの背徳感で穣子でさえ思わず赤面してしまう。
「そっそっ、それは何が何でも駄目ー!」
「絆創膏貼ってガードするからぁ……」
「それでも駄目ー! 肌色だからなおさら駄目ー! 服持って来るからそこで待ってて!」
「……ちょっと待って、みのりん」
 慌てる穣子を静葉が引き止めた。
 相変わらずおどおどとした表情だが、その目には何か意志の輝きが灯っている。この格好のままで姉を出場させるわけにはいかないのだが、死にも等しい覚悟ができたのか妙案でも浮かんだのか聞いてみる必要がある。どちらが姉なのか分からないな、という顔をしながらも穣子は静葉を信じ彼女とと同じ目線の高さで振り返った。
「こんな格好だよ、姉さん。どう巧く立ち回っても明日から何て言われる事か……」
「ん……でもみのりん、一つだけ言える事があるの」
「何?」
「あのね……」

「絆創膏貼る瞬間って、ちょっと気持ちいいなあ、って」
(や、やっぱり駄目だこの馬鹿姉、一刻も早く何とかしないと……!)
「剥がす時も気持ちいいのかな?」
「知りません黙ってそこで待ってて下さいやがれこうなったら私が出る」
 姉の本気を信じた自分が恨めしい。
 一発しばき倒したい気持ちを抑え、第二試合にも出ようと茂みを出る穣子。ルール違反を問われるかも知れないが何もせずにいるよりはマシだ。

「あんた達、何やってるの?」
 丁度そこへ、穣子たちを探しに来たのだろうか主催のレミリアと目が合った。タイミングがいいのやら悪いのやら。
「いやちょっと、ウチの姉さんがドジこいたんで何とかしようかと」
「そう……でも、あんた達はたった今ここで残酷な運命を知る事になる」
「えっ」
「この私を散々待たせておいて、タダで済むとでも?」
 紅い悪魔の瞳が細く引き絞られ、白い人差し指がまっすぐ向けられる。
 悪魔の瞳は猛禽が獲物を狙うが如く冷たく、穣子に向けられた指は狙った物全てを貫き殺してしまえそうなほど鋭い。幼い外見などまず当てにはならないといったところか。
 幻想郷の食糧事情は穣子の双肩にその一端がかかっていると言っても過言ではない。ひいては紅魔館の、レミリアの食糧事情にもかかわってくる。ならば幻想郷に対する影響の大きさを考えれば、吸血鬼よりも豊穣神の方がはるかに格上で大物の筈である。実際、穣子は里の人間の大多数から多少なりとも信仰を得ているのだ。
 だが、今のレミリアの瞳の前では、八百万の神と吸血鬼の格の違いなど全く空虚に感じられた。流石にこの場で荒事を起こす事はないだろうと高を括りつつ、穣子の胸中は穏やかでない。なにせすぐ近くには全裸よりひどい姿の姉が隠れているのだから。
 レミリアの一挙手一投足に注目し、穣子は身動きがとれなかった。

「……あんた達、失格。霊夢の不戦勝よ」
「ちょっ、待っ」
「あんたのお姉様だっけ? 待たせすぎなのよ。同じ姉として情けないったらないわ」
「あぅあぅ」
 容赦のない不戦敗宣言が突きつけられた。ある程度予想も覚悟もしていたが、本当に情け容赦の一片もない。
 レミリアの容赦のなさは、不機嫌そうな顔という形でも露骨に表れている。単に自分が楽しめないから不戦敗という決断に踏み切ったのだろう、聞きしに勝る我儘っぷりである。

「……ウチのアレな姉の為に、次の試合まで少々お時間頂けるでしょうか」
 しかし責任はこちらにある。恥を忍んでレミリアに頭を下げるのが、今の穣子の精一杯だった。



4.

「最終戦! 神様のスイカ争奪チキチキビーチバレー対決うおー!」

 穣子が静葉の水着を探し出してくる頃には、レミリアの不機嫌はどこかに消えてなくなっていた。最後の勝負がよほど楽しみなのだろう、テンションも今までになく上がり今にもハジけトンでしまいそうである。そして霊夢と魔理沙、静葉と穣子はそれぞれ特設のコートに割り振られ、彼女たちより頭一つ分は大きいネットによって仕切られていた。
「ルールはそれほど複雑じゃありませんわ。一人で連続して球に触れないようにして、三回以内に球を相手陣営に打ち返す。15点先取した方が勝ちで、もちろん弾幕や飛翔の使用は禁止……って、それどころではなさそうですね」
 ネットの傍らに立つ咲夜が淡々とルールを読み上げている間も、四人は未知のスポーツに関する文献を競って読み漁っていた。パチュリーからの借り物だ。
 試合のルールなどは、ルールを司る審判として咲夜がいるのだから四人にとっては瑣末な問題である。彼女たちが求めていたのは試合を行う為のルールではなく勝つ為のルール、すなわち基本的な体さばきと立ち回りのイロハであった。もちろん今すぐ全て覚えられるわけではないが、何も知らないよりは役に立つ。今すぐにでも実践できそうな事、試合を有利に進める上で役に立ちそうな事……それぞれがそれぞれの意図を持って本に目を通し、本のイラストに倣い体を動かしていた。
 もちろん、全ては西瓜の為である。

「えーと……体を反って、思いきり腕を振り下ろす……こうっ」
「みのりん、さっきはゴメンね。今度は絶対頑張るから」
「ん。大事なスイカの為だもの、力を合わせて頑張らないと。ところで姉さんは何を覚えてるの?」
「審判の心得!」
「そ、そう……頑張って……」
 聞いた自分が馬鹿だったか、空気を読まぬ姉がアレだったか。それとも姉はこれが平常運転だったか。
 それでも穣子は姉に何かしらの才能が眠っている事を信じざるを得ない。


「球を上げて、跳んで、体を反って……あれ?」
 球を打つ動きを模しているうちに、何かに気づく。
 何か、似ている。

「体を反って、腕を振り下ろす……ん、これって」
 気のせいではない。
 はっきりとは思い出せないが、一連の動きを体が覚えている。

「みのりん、もうすぐ試合始まるよー」
「ん、分かった……」
 念のため、もう一度素振りをやってみる。
 間違いない。この動きは、自分が何万遍と繰り返してきた『あの動き』によく似ている。
 ならば自分は百の伝聞よりも、千の実見よりも確かなたった一つの経験をしてきた事になる。博麗の巫女も霧雨の魔法使いもこの経験の前では足元にも及ばないであろう。何だか神としての格が一つ上がったような感じさえして、期待と興奮とある種の怖れが穣子の心の中で渦巻き始める。
「姉さん。この勝負、もし私に球を回してくれたら……絶対勝てるよ。絶対」
「うん、勝てるといいね~」
 絶対勝てるから、ともう一度念を押して静葉の後に続く。
 同じ事を三度も繰り返す穣子の中に、不安な要素はもはや何一つなかった。


 コートの最後方から、球を手にした穣子が相手陣営を睨んでいる。
自陣の前衛を守る(というより適当に構えている)静葉の背が視界に入り、穣子は彼女に最大限の感謝を寄せていた。
 サーブ権を賭けた最初のくじ引きで、見事サーブ権を引き当てたのは他ならぬ静葉なのである。くじで迷いに迷った穣子を見かねてか痺れを切らせたのか、いきなり横から出てきて勝手に引いたのが当たりだった。いつもなら空気を読まない行動に辟易するところだが、今回ばかりはもう勝利を約束されたようなものだから全く気にならない。この勝負に勝ったら、紅葉くらいしか取り柄のない姉の為に腕によりをかけてご馳走を振舞ってあげよう……穣子の狙いは、人間チームが並ぶ位置の中間ただ一点に絞られた。

「……よし!」
 意を決し、球を高く上げて後に続き跳ぶ。一戦目で見せつけた規格外の脚力にモノを言わせ、距離を置いて対峙する霊夢たちでさえ視線を僅かに上に向けるほどの跳躍を見せる。空中で弓なりに反った体を一気に引き戻し、右腕を振りかぶり一気に振り下ろす。振り下ろす腕の先には高く上げた球が、穣子の視線の先には最初に狙いを定めた地点が。全てが寸分違わず噛み合い、そして広げた掌が球を捉える。
「いっけええええええ!」
 全てが自分のイメージ通りに進んでいる。そのイメージを信じ、穣子はまっすぐ腕を振り抜いた。

 タァン!

「……え?」
「……お?」
 霊夢と魔理沙が最初に発した間抜けな声がそれだった。共に身動きする間もなく、気がついた時には球は自分たちのはるか後方。球がどこに落ちたかさえ、地面にできた小さなクレーターを見つけてようやく捕捉できたほどだ。それは二人の立ち位置のほぼ中央、穣子の狙いから一尺とずれていない。
「あれ……今あいつ、球を打ったんだよな……?」
「蹴ったのでも投げたのでもないと思う……魔理沙、球を打ったのが見えたのなら取ってよ」
「打った球は見えなかったぜ。それに、球はぶつかりに行くより避ける方が得意だからな」
「あー、それは私も」

「……ってぇ事は」
「……避ける方が得意なのって、駄目なんじゃ」

「よっし! まずは1点!」
「すごーいみのりん! いつの間にそんな練習してたのー?」
「練習してた、というか知ってた、というか……」
 冷汗が噴き出る霊夢たちをよそに静葉がはしゃぐ。姉の祝福を、穣子は恥ずかし混じりに受け取る。
 穣子には下地があった。背を大きく反らし、勢いよく引き戻すと同時に腕を振り下ろす。その動きのルーツを辿ると何という事はない、彼女の生活や信仰に深く関わりのある農作業に通じていたのだ。
 彼女は球を打ち出すサーブの動きを鍬の扱いと解釈した。ならば話は簡単だ。跳ぶという動作こそ加わるが、空を踏みしめ空を耕すと考えればいいのだから。そこが耕作地であるなら陸海空の一切を問わず、穣子は豊穣の神の力を存分に発揮し文字通り無敵となる。何万ダースと繰り返してきた動きを正確にトレースする事など難しい事ではない。憂慮すべきは相手の反応速度だけだったが、今の一打を見る限り打ち損じさえなければ一方的に得点を重ねる事ができそうだ。穣子の中の自信は確信に変わり、球を持つ手にも力が入る。
「姉さん、勝てるわ。大地の神様と農耕の神様が私たちについてる!」
「イケる!? イッちゃうみのりん!?」
「大丈夫よ、今度も姉さんには楽させてあげるから! 大船に乗ったつもりで!」
 完全なる勝利を早くも想い描き、穣子の目は焼きたての芋のように輝いていた。


 そこからは文字通り、穣子の独り舞台だった。
 霊夢が勘の鋭さを見せてサーブの着弾地点に向かうか、魔理沙が(穣子には及ばなかったが)俊足と身の軽さを活かして球に食らいつくかしていればもう少し白熱した戦いが展開されていたかも知れない。
 だが人間チームにはチャンスを作る機会さえ与えられず、穣子のサーブが次々とコートに突き刺さる。
その圧倒的な強さに彼女を信奉する人間たちは応援にも熱が入り、珍しもの見たさで寄って来た妖精やら妖怪はまるで面白みのない試合に退屈気味。妖弾でも投げ入れて悪戯してみようにも、紅魔の吸血鬼が見ている前では自殺行為に等しい。
 結果、小さなざわめきの中にところどころ喧騒が入り混じる奇妙な空間がそこにはあり、その中心で穣子は球を手にし精神を集中していた。

(あと一点……焦っちゃ駄目……)
 相手にただの1点も与える事なく辿り着いた最後の一打。点差を考えれば余裕はあっても、最初の時とは一打の重みが全く違う。相手だって、それこそ死に物狂いで球に食らいつこうとするだろう。追い詰められた者の爆発力を知らぬ穣子ではない。

(……取られなければいいのよ)
 だが、今までと同じでいい。
 ここまでの14点、何も気負う事なく、余計な事など考えず、無心で球を打ってきた。同じ事をあと一度繰り返せばそれでいい。観衆を証人として神の威厳は保たれ、手塩にかけて育ててきた西瓜も全て守られる。全ては事もなく丸く収まってくれるのだ。
 前方では、1点加えられるごとに静葉が頑張れ頑張れと声をかけてくれている。未知の戦いで静葉も少なからず戸惑っているのは静葉も穣子も同じだが、だからこそこの声援はありがたい。姉の声援に応えきるまであと一球、たったの一球でいい。それで重圧から解放されるのだ。だが大地の神と農耕の神の加護を受けている今、し損じなど全く想像できない。制球を乱す風でさえ、今はただ心地よく感じる。
 ふぅと一つ息を吐き、穣子は今まで以上に高く跳んだ。

 矢のように放たれた球は鋭い軌道を描いて人間チームの陣営をめがけ……


「ここだッ!」
「!?」
 だが、今まで連続して聞いてきた、球が地を叩く乾いた音は響かなかった。穣子が狙った地点には魔理沙が場所を寸分も違える事なく滑り込み、地に落ちる寸前の球を拾い上げていたのだ。それまで落下地点に間に合う事さえなかったのに、だ。
「へっ、やっと見切ったぜ」
「そんな、あの速球が見えるはず……!」
「同じ所ばかりずっと狙ってたのが仇になったなぁ。私ら、パターン作りは得意な方なんだぜ?」
 数度連続で点を取られているうちに、魔理沙はある法則に気づいていた。
 確かに穣子のサーブは強烈極まりない。打ったのを見てから打球の軌道を読み動くのでは、人間の身体能力と反射速度では到底追いつけない。
 だが、穣子とて技術の下地があっても素人に過ぎない。コートの角を的確に狙うような技術があるわけではない。だから必然的に狙いやすい所を狙ってしまうのだ。狙いやすく、且つ相手にとって反応できても捕球しにくい所……穣子が目をつけ、魔理沙が法則に気付いた地点は、霊夢と魔理沙が立つ中間地点。いわゆる『お見合い』を狙っての事だ。
 パターンに気付いてしまえば、後は人間技でどうにでもなる領域であった。

「いくわよ、魔理沙!」
 魔理沙が必死で拾った球を霊夢が拙い手つきながら押し上げる。
 サーブの勢いを完全に殺された球は緩く放物線を描き、その先には魔理沙がいる。試合前の読書の賜物だろう、既に身を起こして体勢を整えており、未だ空中にある球を捉え高く跳ぶ。慌てて前衛の静葉が魔理沙の反撃の阻止に向かうがほんの少し間に合わない。
 空中での魔理沙は、穣子以上に綺麗に反った弓を形作っていた。

「くらえ! 必殺マスタースパイクぅぅ!」
「姉さん、跳んでっ!」
「させないっ! えーい!」
 即興で考えた名前を叫び、球を思い切り打ち下ろす。
 僅かに遅れて静葉も跳ぶが、球は指先を掠めた程度で勢いもほとんど衰えていない。
「みのりん、お願ーい!」
「任せて!
 流星の如き勢いで迫る球を穣子が両腕で受け止め、高く弾き返した。初めてにしては上出来だ。腕の痺れは骨にまで届いたほどだが、今は泣き事など言っていられない。次に球に触れる静葉の行動次第で、穣子はもう一つアクションを起こさなければならないのだ。球が落ちて来るのを待ちあたふた歩き回る静葉の姿は見ていて危なっかしいが、圧倒的な点差がある分余裕はある。
「わ、わ、ボールはぁ……」
「大丈夫よ姉さん。もうそろそろ落ちてくるから」
「……あ、き、来たぁ!」
 穣子が弾き返した球は、姉妹のコートへほぼ垂直に落下してきた。これを直接打ち返すもよし、穣子の為に繋ぐもよし。静葉には選択の自由は十分にある。
「慌てないで姉さん。ボールをよく見て」
「えっと、こっち? こっち?」
「姉さん、前に出過ぎ。そんなに動かなくても大丈夫よ」
「ふぇ、前? ……きゃっ!」
 上にばかり気を取られ、足元がお留守になっていた静葉が足をもつれさせるのは必然と言えた。穣子の忠告も間に合わず、バランスを崩してたたらを踏む。
「だから言わんこっちゃあ……」
「わ、ちょ、とっ……わあああああ!」
「ちょっ、姉さ……!」


 * * * * *


 その時の様子を、秋姉妹と対決した霧雨魔理沙は次のように述懐している。


 ――最初は犬だと思ってたんだ。
 子犬を二匹、多分まだ目も開いてないような奴だと思う……それを服の下に詰めてると思ってたのさ。
 だっておかしいだろ? あいつは確かに私より背ェ高いけど、ほんのちょっとの差だ。咲夜ほど長身じゃない。だから胸の方もそこまで大きい筈はないんだ。大きい奴ってのは背もそれなりにあるだろ? 紫とかレミリアのとこの門番とか。だからアレの大きさは身長相応でなけりゃ神様のバチが当たる……ああ、そういえばあいつも神様だっけな。まあとにかくそういう事だ。あいつはせいぜい霊夢といい勝負って程度だと思ってた。
 だけど……事実は小説よりも奇なりって奴だな。あの目立たない姉貴が現実って奴を嫌というほど見せつけてくれた。『アレ』を見たからには私の活躍を覚えてる奴なんて殆どいないだろうな。私だってビックリしたし、霊夢も開いた口が塞がらなかったんだぜ。まあ、一番驚いたのはあいつ自身だっただろうけど。
 まったく、あの姉妹は最後の最後でおいしい所を全部持っていってくれたもんだよ。

 まさか本物だったなんてな……

 やっぱり、無いよりはあった方がいいんだろうな……

 私もこれからは牛乳飲むかな――


 * * * * *


「いやああああああああああああああああああ!!」

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 穣子の悲鳴と周囲の大歓声が阿鼻叫喚の混声合唱を巻き起こす。
 バランスを崩した静葉の先には穣子がいた。転ぶまいともがき、腕を振り回した先には穣子の『子犬』がどっしりと構えていた。必死で手当たり次第の物に掴まろうとしていた静葉には、穣子の胸も肩も関係ない。柔らかな感触に違和感を覚えつつも、ようやく何かを捉えた手に体重をかけて踏ん張ろうとすれば……
 そこから先は想像に難くない。

「ちょっ、やだっ、見ないでぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「はわわわわ……み、みのりんごめぇぇぇん! みんな見ちゃ駄目ぇぇぇぇぇっ!」
 はっし、と穣子の『本物』に静葉の小さな手が覆いかぶさり、指がうねうねと蠢く。
 手はともかく、指は完全に天然ゆえの行動だ。静葉からしてみれば妹を守る必死の行動かも知れないが、無意識のうちにかえって穣子を羞恥の方向へ追い込んでいく。悪意がないどころか、むしろ善意ゆえの行動なので尚更タチが悪い。
「ぅのっ!? ねねね姉さん!?」
「見ちゃ駄目ぇぇぇぇぇっ!」
「姉さんは揉んじゃ駄目ぇぇぇ! ていうか私の水着どこぉぉぉぉぉ!?」
「あんたのなら、ほら、悪戯な風が」
「っだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 霊夢が指差した先には穣子のビキニ水着が、湖面を漂い波に揺れている。目が飛び出るどころか、飛び出た目がそのまま幻想郷を一周してきそうなほどの驚きと絶望だった。
 自分の胸を手で隠して水着を拾いに走るのは簡単だが、後ろから羞恥羽交い締めを仕掛けている姉が問題だ。何度振り払っても不死鳥の如く蘇り穣子に付き纏って来るに違いない。かといって纏わりつかせたまま走るのはいくら穣子の脚力をもってしても容易ではないだろう。
 穣子にとって最大の敵とは対戦した人間でも集中を乱しうる観衆でも、ましてや未知のゲームでもない。
 最も身近にいる姉こそが最も警戒すべき敵だったのだ。これほどの皮肉はない。

「見ちゃ駄目ぇぇぇぇぇっ!」
「だから揉むなぁぁぁぁぁっ! ああもうこの馬鹿姉っ、楽させてあげるんじゃなくって楽にしてやるべきだったわ!」
「……はっ! そういえばみのりん、この試合はどうなるの?」
「知った事かぁぁぁぁ! いくら姉さんでも蕪投げつけるわよ!」
「え、あんな大きいのを……みのりんったら、積極的なんだから……」
「違ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!」


 最早試合どころではない。
 惨状を見かねたレミリアの『試合放棄による人間チームの勝利』の宣言も喧噪の中に虚しく消えていった。




















 ~ 後日 ~

「大変よみのりん、スイカのいぶきちゃんが!」
「なんて事、全滅……!?」
「人間たちが勝手に持って行ったとか……?」
「あいつらにはもう譲ったからアレで満足したと思うけど……それに、一個や二個ならともかく数百個もなくなってるのよ。そんなに盗ってどうするつもりかしら」
「売っちゃうとか?」
「……仮にも神に仕えてる者だからやってほしくはないけどねぇ」

「ここの西瓜は私たちが~」
「はっ!? この使い古した輪ゴムのようなゆるい声は……!」
「まさか、『歩くブラックホール』の異名を持つ!?」
「『幽々子様』でいいわよ。ゆ・ゆ・こ・さ・ま、って♪」
「……何でもいいです。そんな事よりあなたが私たちのスイカを?」
「そうよ。勝負に負けたら大人しく西瓜を譲ってくれると聞いて」
「いやそれ人間たちとの取り決めなんですけど……」
「でもあんな美味しそうな物を独り占めしてるなんてずるいじゃない」
「だからって勝手に盗っていくのも問題です! スイカをどうしたんですか!」
「ええっとねぇ……妖夢、頂いていった西瓜の内訳覚えてる?」
「内訳も何も、全部幽々子様が平らげてしまったじゃないですか」
「嘘ォォォォ!? 五百はあったのに全部ー!?」
「ああ、大丈夫よ。人間が捨ててしまうような所はこの通り」
「なっ……種はしっかり塩炒りして、皮は程よく漬けられているっ!」
「しかもすごく美味しい! これはプロの犯行よみのりん!」
「ただ食べ尽くすだけじゃないのよ。これからは『幻想郷のホワイトホール』と呼んでね」
「全部私が作ったんですけどね、幽々子様……」



 * * * * *


「……って事があったのよ。姉さんもそうだけどあの亡霊にも参っちゃうわよねぇ」
「はぁ、それは大層厄い話なんだけど……そんなに嬉しそうに話す理由が分からないわ」
「それはね」
雛様が赤くて緑色で、ほんのちょっぴり白黒でもあるからさー!(挨拶

静葉は少しくらいアレな子でもいいと思った。反論上等。
たまに穣子の方が姉なんじゃと思う時もありますがw
しっかり者の妹とか…いいじゃないか…
0005
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
タグが鬱陶しい
2.名前が無い程度の能力削除
うわぁ、幽々子様すげぇ……じゃなくて、みのりんすげぇ。
後書きには何故か共感してしまった。
3.名前が無い程度の能力削除
そしてここでも妹>姉の図式が成立する、とw
4.名前が無い程度の能力削除
最後でスイカラーか
おのれロリ巨乳め!