「幽香のわからずや!」
突然の怒声に、私は驚いて振り返った。
振り返った先では、声を上げた張本人であるメディが目尻に涙を浮かべていた。
「違うのよ……メディ。お願いだから分ってちょうだ──」
「幽香なんて、だいっきらい!!」
飛び出して行こうとする彼女に手を伸ばしかけた幽香だったけど、メディの放ったその一言にショックを受けて、その場に固まってしまった。
バンッ。
別荘の扉は勢いよく開けられて、メディは空へと消えていった。
「幽香……何があったの?」
私は事態を飲み込めていなかった。先程までは仲睦ましげに話していたと思ったのに……。
「リグル…………鈴蘭の花が弱っているのよ。」
「無名の丘の?」
「ええ……メディが妖怪として生を受けるきっかけになった花よ。鈴蘭は元々春先に咲く花。
今まで咲いていられたのは、この間起きた、六十年に一度起きる異変のお陰だったのよ。」
チルノやミスティアが喜んでた、幻想郷の花が咲き乱れてたあの事件だろうか?
「あれは……幽香が起こしたものじゃなかったの?」
花と言えば幽香だ。あんなことできるの、幽香において他にいないと思ってたのだけど……。
「違うわよ……原因は外の世界で──って今はそんな話が問題じゃないのよ。」
私の思い違いは置いといて。でも漸く私にも事態が飲み込めてきた。
「そっか……それでメディは鈴蘭を枯らさないようにって幽香に頼んだんだね?」
「その通りよ、リグル──私はどうしたら良いのかしら……?」
テーブルの上で顔を伏せる幽香を見ていると、私まで居た堪れない気持ちになってきた。
──ここは私が何とかしなきゃ……! 家族として見過ごせないもの……!
「幽香──」
「今の貴女にはどうすることも出来ませんわ。」
突然割り込んできた第三者の声。
気付いたらそこには、紫さんがスキマを割って座っていた。
「……どういう事よ?」
幽香は顔だけ上げて紫さんを睨むけど、普段の凄味は全く感じられなかった。
「言葉どおりの意味ですわ。子供に怯えてるような母親では、子供をあやす事なんて出来なくてよ?」
「…………。」
今度は二の句も告げずにいる幽香。悔しそうに、綺麗な唇をきつく噛み締めていた。
「紫さん……あのっ!」
「分ってますわ。さぁお行きなさい。」
私の前にぱっくりとスキマが開いた。行き先は──きっと無名の丘だ。
「……ありがとうございます、紫さん。幽香──心配しないで、メディは絶対に連れ戻してくるから。」
自らスキマに飛び込むのは、ちょっと怖いけど……そうも言ってられない。
私は目を瞑りながら、えいっとこの身を投げ入れた。
「リグル……!」
スキマへと飛び込む彼女の姿を見て、私は咄嗟に手を伸ばした。
「駄目よ……幽香。メディちゃんのことはリグルに任せておくことね。」
「……アンタ一体どういうつもりで──」
「それとも、傷ついた可哀想な幽香ちゃんには、大好きなリグルに傍にいて貰わないと駄目だったかしら?」
「……っ!?」
図星だったのかも知れない……紫の言葉に怒りを覚えても、何も言い返せない私がいた。
「これは重症ね……そんな貴女にぴったりの講師をお招きしたわ。」
「……講師、ですって?」
「そうよ。我が“幻想郷お母さんの集い”の中でも屈指のお母さんぷりを発揮している──」
「前置きが長いのよ、アンタは。誰でもいいけど私は会うつもりなんて──」
「じゃあそうやって、二人が帰ってくるまでイジケてるつもりかしら? 良いですわね、リグルは頼りになるパートナーで。
それで貴女は満足かしら? 帰って来たメディちゃんになんて声を掛けるつもりなのかしら?」
「そんなの……」
分らなかった。私の説明に何が足りなくて、メディを怒らさせてしまったのか……そしてこれから、どうしたら良いのかさえも。
「分らないのでしょう? でも心配はご無用よ。貴女に足りないもの、それは彼女が教えてくれるわ。」
「私に……足りないもの……」
新たなスキマが、私の正面に現れた。そして中から人の形をした影がゆっくりと出てきた。
「どうも。お邪魔しますね。」
「それじゃあ後はよろしくお願いしますわ。美鈴。」
中華服を着た長身の女性が温和な目線で私を見下ろしていた。
無名の丘で鈴蘭の花に囲まれながら、メディは蹲っていた。
ひょとしたら、泣いているのかもしれない。
私はそっと近づいて、彼女に声を掛けた。
「メディ?」
「え……? リグル? どうして此処に……ダメ! 此処はスーさんの毒で──」
「大丈夫。私は蟲の妖怪だよ。蟲の中には毒を持つ者だっているんだよ。」
「そっか……でもどうしてこんなところに……分った! 幽香に言われて来たんでしょう!?」
「違うよ……私はただ、幽香の本当の気持ち、分って貰いたくて──。」
「そんなのうそ! わたし帰らないんだから!」
これはそうとうご立腹みたい。当然かな。いつも幽香にべったりなメディが飛び出して来るんだもの……相当なことだ。
それなら──
「それじゃあ私が幽香を独り占めしても良いのかな?」
「……っ!?」
案の定、食いついて来た。
「良い分けないよね? だってメディは、幽香の事が大好きなんだから。」
「……だけど──」
「だけど、なに? それなのにどうして、メディは大好きな幽香に、あんな酷いこと言ったのかな?」
「リグルのいぢわる……」
また目尻に涙を浮かべて、メディは拗ねた様に呟いた。
「ごめんごめん。ねぇ、一緒に帰ろう? 帰って一緒に幽香に謝ろう?」
「……かえらない。」
中々メディも強情だ。
私は長期戦を覚悟して、メディの隣に腰を下ろした。
「どうして?」
「だってスーさん達が……。」
やっぱり鈴蘭の花か……でもきっとそれは建前だ。いくら生まれて数年といっても、その間、ずっと鈴蘭の花が咲いていた筈は無い。
別れだってもう経験してるんだ。理屈だって理解してる。
だけどやっぱり感情が追いついていないだけなんだ。
「前にね……幽香が話してくれたんだけど。花はね、自分にあった季節を選んで咲いてるんだって。だから身勝手に違う季節に咲かせるのは花には良く無い事だって──」
「それ……さっき幽香から聞いた。」
「じゃあこれは聞いたかな? 『私にとっては寂しいことだけど。』 私に話してくれたとき、幽香はそう言ってた。」
「……幽香が?」
「そう。誰よりも花を愛する幽香だもの。別れが寂しいのは本当は幽香だって一緒。メディの気持ち、一番分っているのは、本当は幽香なんだよ?」
「うん……」
「だから幽香も、メディに分って欲しかったんじゃなかったのかな? 同じ気持ちを。」
「わたしに?」
「そう……だってメディなら、何時だって幽香の傍にいてあげられるでしょう?」
メディはもう、泣いていなかった。
後もうちょっと。もう一押しできっと……。
「だから帰ろう? 私と一緒に──ごほっ!」
「リグル!?」
「あははは、大丈夫大丈夫。」
いけない、いくら私でも此処の毒は流石に──
「だから言ったのに! どうしてそんな無茶して──」
「家族だからだよ。メディと幽香と私で……三人で家族だ。だからだよ。」
「りぐる……!」
「帰ろうよ……きっと幽香も寂しがってる。」
「…………うん。」
私の手をメディは漸く握り返してくれた。
「またね、スーさん。」
最後に名残惜しそうに振り返ったメディは一言、そう呟いた。
風が、鈴蘭を揺らした。
「スーさんは、何て言ってる?」
「『うん、またね』って。」
「そう……。」
私の手に引かれながら、メディは、見えなくなるまで鈴蘭の花畑を見下ろしていた。
紫が去って、別荘には私と、この紅美鈴という妖怪だけが残された。
彼女のことは名前ぐらいは知っている。確か紅魔の館で門番をしているのだとか。
「改めまして、こんにちは。私、紅美鈴と申します。」
気さくに声を掛けてくる彼女を見て、なるほど、私や紫よりよっぽど母親らしいと感じた。
「風見幽香よ……よく分らないけど、迷惑掛けるわね。」
もはや私は諦めていた。相手の目を見れば分る。こいつの目は決意に満ちていた。
「では早速……幽香さん。貴女はお子さんを怖がってますね。」
「紫も似たような事、言ってたわね。そんなこと有る筈無いじゃない。あんな可愛い子を捕まえてよくもまぁそんな事を──」
「そういう意味じゃありません。貴女はお子さんを傷つけるのを怖がっている。嫌われるのを怖がっている……違いますか?」
「それは……」
『幽香なんてだいっきらい!!』
メディの言葉が頭を過ぎり、余りの苦しみに私は顔を顰めた。
「幽香さん……幽香さんがお子さんを大切にする気持ち。痛いほど伝わってきます。でもそれだけじゃ駄目なんです。」
「それじゃあ……私は一体どうすれば……?」
私はもう藁にも縋りたい気分だった。
「簡単なことです。自分の気持ちを伝えることです。」
「自分の、気持ち?」
「そうです。理屈とかそういうの抜きで。子供にはそれが一番伝わりますよ。」
確かに私は、メディに納得して貰おうとばかり考えて、理屈でばかり話をしていた気がする……。
それでメディは怒って出て行ってしまったのだろうか?
「どうやら、思い当たる節があるようですね。」
にっこりと微笑む美鈴を見て、私は苦笑いを浮かべた。
長いこと生きてきたけど、まだまだ知らないことって多いものね……。
「いくつになっても、子供には教えられる事ばっかりです。それは私も変わりませんよ。」
私の思考を読み取ったかの様な、その台詞に私は面くらった。
すると、今度は美鈴の方が苦笑いを浮かべて、顔に書いてありましたよ。などと宣った。
「それじゃあ私は、二人を迎えに行こうかしら。」
「それより、待っててあげれば良いんじゃないですか。お子さんの好きな献立でも考えながら。」
「……それで良いのかしら?」
「良いんですよ。それが母親というものです。ってちょっと偉そうにし過ぎでしょうか。でも幽香さんには頼れるパートナーもいるようですし、信じて待ってれば良いと思います。」
「ま、まぁね……リグルはとても頼りになる、その、わ、私のパートナーよ。」
「ふふふふ、お熱いんですね。」
くっ……! からかわれている様で、なんだか癪だわ……だったら──
「そういう貴女には頼れるパートナーはいないのかしら?」
「勿論いますよ。私のパートナーは、娘の咲夜です♪」
余裕綽々と答える美鈴。駄目ね、今回は勝ち目がなさそうだわ。
「そう……信頼してるのね、娘さんの事。」
娘って確かあの人間のメイドだったわね。例の異変で見たけど……確かに、しっかりしてそうだったわね。
「はい。あっ、今度式を挙げる事になったので、宜しければ幽香さんも是非──」
「パートナーって本当にそう意味で!? 娘と!?」
「……? はい、そうですけど?」
「…………アンタには一生勝てない気がするわ……。」
呆れ返る私を余所に、結婚式の招待状だけ置いていくと、彼女はそそくさと、元来たスキマへと入っていった。
「さてと。」
残された私は、晩御飯の仕度を始める事にした。
──無論、献立はメディの好物ばかりだ。
「ただいま……。」
そういって中に入ったけど、幽香の返答は無かった。
「そんな小さな声じゃ聞こえないよ?」
後ろで苦笑交じりに忠告してくるのは、もちろんリグル。
「分ってるわよ……リグルのいぢわる。」
どうやら台所にいるらしい幽香にはわたしの声は届かなかったらしい。
「ほら、早く入ろうよ。」
「うん……。」
リグルに背中を押されて、わたしは台所へと向かう。
(いた……。)
思ったとおり、エプロンを着た幽香が晩ごはんを作っていた。
おいしいそうな匂いが、わたしのところまで届いた。
「ただいま……幽香。」
勇気を出して声を掛けた。
「あら、お帰りなさい。帰って来たなら、手を洗ってうがいしてらっしゃい。」
幽香はこちらも見てくれないで、そう言った。
──やっぱり怒ってるのかな?
「大丈夫……幽香も緊張してるだけだから。」
小声で、リグルが教えてくれてた。
もう一度、私は勇気を出して声を掛けた。
「幽香……!」
「…………。」
幽香の手が止まった。大丈夫……聞いてくれてる。
「ごめんなさい……!」
言えた……。
ちゃんと聞いてくれたかな。私は気になって幽香を見ようとしたけど──見れなかった。
だって気付いたら、幽香が私を抱きしめていたから──。
「何謝ってるの……メディが謝る事なんて、ないでしょう?」
幽香の声がふるえていた。
「だってわたし……幽香に酷いこと言った。」
許してもらえないと思った。
「良いのよ、そんな事。あんなの、言われ慣れてるんだから。」
それはそれで良くないと思った。だって幽香はこんなにも泣き虫さんだから。
「でも……」
「私が良いって言ったらそれで良いのよ。そんな事より私には許せない事が他にあるわ。」
なんだろう? わたし、他にも酷い事、しちゃったのかな?
「『悲しいときは、傍に居てあげる』って言ってくれたのは誰だったかしら?」
「それは……わたし。」
「悲しかったんだから……。メディに置いていかれて。寂しかったんだから、私……。」
そう言って、よりきつく私を抱きしめる幽香……。
「約束破って、ごめんなさい……。」
「良い子ね。もう、約束、破らないわよね?」
「うん……!」
スーさんごめんなさい。わたし、こんなにも温かい人に会えたよ。もうわたしはひとりじゃないよ──。
だから……ありがとう。またね。
──その後、夕食時。
「ねぇ、メディ? わ、私の事、“お母さん”って呼んで良いのよ?」
この時、リグルはデジャヴを感じたという。
「え? え? お、おかあさん??」
混乱するメディを尻目に、幽香はすこし残念そうな顔をした。
「良いのよ、無理に呼んでくれなくても……。」
「そっそんな無理じゃないよ……その、えっと……お母さん?」
幽香はすぐに顔を綻ばせた。
「なぁに、メディ?」
「うんっと……呼んでみただけ。」
照れ隠しに二人して笑うのを見て、なるほど、確かにこれは割って入りたくなると、リグルは感じた。
「なら私の事もお母さんって──」
「「それは無い。」」
「なっなんでさあ!?」
いつもの冷たい目線を寄越すメディはともかく、幽香にまで否定されては、リグルとしても納得できなかった。
「だって貴女には“お父さん”をやって貰わないといけないんだから。」
「「えっ!?」」
固まる二人を余所に、幽香はどこまでも嬉しそうに微笑んでいた。
「ご苦労様、美鈴。」
スキマから出た美鈴を出迎えたのは、紫だった。
「いえいえ、これくらいでしたらお安い御用ですよ。」
「でも貴女の働きは決して小さくありませんよ。これであの“アルティメットサディスティッククリーチャー”なんて呼ばれる彼女も丸くなる事でしょう。
……本人の望みどおりに、ね。」
「“アルティメットサディスティッククリーチャー”? 誰のことです、それ?」
「あら……貴女知らないの? 幽香の二つ名よ?」
当然、知らない筈などないのだ。美鈴は紫に対して、したり顔を浮かべた。
「ご冗談を。私が会ったのは、一人の母親ですよ。それ以上でも、以下でもありません。」
「そうね……そうだったわね。」
小さく開いた、スキマの先で、嬉しそうに微笑む幽香の姿があった。
「どこからどうみても、母親よね。」
それを見て、紫も美鈴も同じように微笑むのであった。
突然の怒声に、私は驚いて振り返った。
振り返った先では、声を上げた張本人であるメディが目尻に涙を浮かべていた。
「違うのよ……メディ。お願いだから分ってちょうだ──」
「幽香なんて、だいっきらい!!」
飛び出して行こうとする彼女に手を伸ばしかけた幽香だったけど、メディの放ったその一言にショックを受けて、その場に固まってしまった。
バンッ。
別荘の扉は勢いよく開けられて、メディは空へと消えていった。
「幽香……何があったの?」
私は事態を飲み込めていなかった。先程までは仲睦ましげに話していたと思ったのに……。
「リグル…………鈴蘭の花が弱っているのよ。」
「無名の丘の?」
「ええ……メディが妖怪として生を受けるきっかけになった花よ。鈴蘭は元々春先に咲く花。
今まで咲いていられたのは、この間起きた、六十年に一度起きる異変のお陰だったのよ。」
チルノやミスティアが喜んでた、幻想郷の花が咲き乱れてたあの事件だろうか?
「あれは……幽香が起こしたものじゃなかったの?」
花と言えば幽香だ。あんなことできるの、幽香において他にいないと思ってたのだけど……。
「違うわよ……原因は外の世界で──って今はそんな話が問題じゃないのよ。」
私の思い違いは置いといて。でも漸く私にも事態が飲み込めてきた。
「そっか……それでメディは鈴蘭を枯らさないようにって幽香に頼んだんだね?」
「その通りよ、リグル──私はどうしたら良いのかしら……?」
テーブルの上で顔を伏せる幽香を見ていると、私まで居た堪れない気持ちになってきた。
──ここは私が何とかしなきゃ……! 家族として見過ごせないもの……!
「幽香──」
「今の貴女にはどうすることも出来ませんわ。」
突然割り込んできた第三者の声。
気付いたらそこには、紫さんがスキマを割って座っていた。
「……どういう事よ?」
幽香は顔だけ上げて紫さんを睨むけど、普段の凄味は全く感じられなかった。
「言葉どおりの意味ですわ。子供に怯えてるような母親では、子供をあやす事なんて出来なくてよ?」
「…………。」
今度は二の句も告げずにいる幽香。悔しそうに、綺麗な唇をきつく噛み締めていた。
「紫さん……あのっ!」
「分ってますわ。さぁお行きなさい。」
私の前にぱっくりとスキマが開いた。行き先は──きっと無名の丘だ。
「……ありがとうございます、紫さん。幽香──心配しないで、メディは絶対に連れ戻してくるから。」
自らスキマに飛び込むのは、ちょっと怖いけど……そうも言ってられない。
私は目を瞑りながら、えいっとこの身を投げ入れた。
「リグル……!」
スキマへと飛び込む彼女の姿を見て、私は咄嗟に手を伸ばした。
「駄目よ……幽香。メディちゃんのことはリグルに任せておくことね。」
「……アンタ一体どういうつもりで──」
「それとも、傷ついた可哀想な幽香ちゃんには、大好きなリグルに傍にいて貰わないと駄目だったかしら?」
「……っ!?」
図星だったのかも知れない……紫の言葉に怒りを覚えても、何も言い返せない私がいた。
「これは重症ね……そんな貴女にぴったりの講師をお招きしたわ。」
「……講師、ですって?」
「そうよ。我が“幻想郷お母さんの集い”の中でも屈指のお母さんぷりを発揮している──」
「前置きが長いのよ、アンタは。誰でもいいけど私は会うつもりなんて──」
「じゃあそうやって、二人が帰ってくるまでイジケてるつもりかしら? 良いですわね、リグルは頼りになるパートナーで。
それで貴女は満足かしら? 帰って来たメディちゃんになんて声を掛けるつもりなのかしら?」
「そんなの……」
分らなかった。私の説明に何が足りなくて、メディを怒らさせてしまったのか……そしてこれから、どうしたら良いのかさえも。
「分らないのでしょう? でも心配はご無用よ。貴女に足りないもの、それは彼女が教えてくれるわ。」
「私に……足りないもの……」
新たなスキマが、私の正面に現れた。そして中から人の形をした影がゆっくりと出てきた。
「どうも。お邪魔しますね。」
「それじゃあ後はよろしくお願いしますわ。美鈴。」
中華服を着た長身の女性が温和な目線で私を見下ろしていた。
無名の丘で鈴蘭の花に囲まれながら、メディは蹲っていた。
ひょとしたら、泣いているのかもしれない。
私はそっと近づいて、彼女に声を掛けた。
「メディ?」
「え……? リグル? どうして此処に……ダメ! 此処はスーさんの毒で──」
「大丈夫。私は蟲の妖怪だよ。蟲の中には毒を持つ者だっているんだよ。」
「そっか……でもどうしてこんなところに……分った! 幽香に言われて来たんでしょう!?」
「違うよ……私はただ、幽香の本当の気持ち、分って貰いたくて──。」
「そんなのうそ! わたし帰らないんだから!」
これはそうとうご立腹みたい。当然かな。いつも幽香にべったりなメディが飛び出して来るんだもの……相当なことだ。
それなら──
「それじゃあ私が幽香を独り占めしても良いのかな?」
「……っ!?」
案の定、食いついて来た。
「良い分けないよね? だってメディは、幽香の事が大好きなんだから。」
「……だけど──」
「だけど、なに? それなのにどうして、メディは大好きな幽香に、あんな酷いこと言ったのかな?」
「リグルのいぢわる……」
また目尻に涙を浮かべて、メディは拗ねた様に呟いた。
「ごめんごめん。ねぇ、一緒に帰ろう? 帰って一緒に幽香に謝ろう?」
「……かえらない。」
中々メディも強情だ。
私は長期戦を覚悟して、メディの隣に腰を下ろした。
「どうして?」
「だってスーさん達が……。」
やっぱり鈴蘭の花か……でもきっとそれは建前だ。いくら生まれて数年といっても、その間、ずっと鈴蘭の花が咲いていた筈は無い。
別れだってもう経験してるんだ。理屈だって理解してる。
だけどやっぱり感情が追いついていないだけなんだ。
「前にね……幽香が話してくれたんだけど。花はね、自分にあった季節を選んで咲いてるんだって。だから身勝手に違う季節に咲かせるのは花には良く無い事だって──」
「それ……さっき幽香から聞いた。」
「じゃあこれは聞いたかな? 『私にとっては寂しいことだけど。』 私に話してくれたとき、幽香はそう言ってた。」
「……幽香が?」
「そう。誰よりも花を愛する幽香だもの。別れが寂しいのは本当は幽香だって一緒。メディの気持ち、一番分っているのは、本当は幽香なんだよ?」
「うん……」
「だから幽香も、メディに分って欲しかったんじゃなかったのかな? 同じ気持ちを。」
「わたしに?」
「そう……だってメディなら、何時だって幽香の傍にいてあげられるでしょう?」
メディはもう、泣いていなかった。
後もうちょっと。もう一押しできっと……。
「だから帰ろう? 私と一緒に──ごほっ!」
「リグル!?」
「あははは、大丈夫大丈夫。」
いけない、いくら私でも此処の毒は流石に──
「だから言ったのに! どうしてそんな無茶して──」
「家族だからだよ。メディと幽香と私で……三人で家族だ。だからだよ。」
「りぐる……!」
「帰ろうよ……きっと幽香も寂しがってる。」
「…………うん。」
私の手をメディは漸く握り返してくれた。
「またね、スーさん。」
最後に名残惜しそうに振り返ったメディは一言、そう呟いた。
風が、鈴蘭を揺らした。
「スーさんは、何て言ってる?」
「『うん、またね』って。」
「そう……。」
私の手に引かれながら、メディは、見えなくなるまで鈴蘭の花畑を見下ろしていた。
紫が去って、別荘には私と、この紅美鈴という妖怪だけが残された。
彼女のことは名前ぐらいは知っている。確か紅魔の館で門番をしているのだとか。
「改めまして、こんにちは。私、紅美鈴と申します。」
気さくに声を掛けてくる彼女を見て、なるほど、私や紫よりよっぽど母親らしいと感じた。
「風見幽香よ……よく分らないけど、迷惑掛けるわね。」
もはや私は諦めていた。相手の目を見れば分る。こいつの目は決意に満ちていた。
「では早速……幽香さん。貴女はお子さんを怖がってますね。」
「紫も似たような事、言ってたわね。そんなこと有る筈無いじゃない。あんな可愛い子を捕まえてよくもまぁそんな事を──」
「そういう意味じゃありません。貴女はお子さんを傷つけるのを怖がっている。嫌われるのを怖がっている……違いますか?」
「それは……」
『幽香なんてだいっきらい!!』
メディの言葉が頭を過ぎり、余りの苦しみに私は顔を顰めた。
「幽香さん……幽香さんがお子さんを大切にする気持ち。痛いほど伝わってきます。でもそれだけじゃ駄目なんです。」
「それじゃあ……私は一体どうすれば……?」
私はもう藁にも縋りたい気分だった。
「簡単なことです。自分の気持ちを伝えることです。」
「自分の、気持ち?」
「そうです。理屈とかそういうの抜きで。子供にはそれが一番伝わりますよ。」
確かに私は、メディに納得して貰おうとばかり考えて、理屈でばかり話をしていた気がする……。
それでメディは怒って出て行ってしまったのだろうか?
「どうやら、思い当たる節があるようですね。」
にっこりと微笑む美鈴を見て、私は苦笑いを浮かべた。
長いこと生きてきたけど、まだまだ知らないことって多いものね……。
「いくつになっても、子供には教えられる事ばっかりです。それは私も変わりませんよ。」
私の思考を読み取ったかの様な、その台詞に私は面くらった。
すると、今度は美鈴の方が苦笑いを浮かべて、顔に書いてありましたよ。などと宣った。
「それじゃあ私は、二人を迎えに行こうかしら。」
「それより、待っててあげれば良いんじゃないですか。お子さんの好きな献立でも考えながら。」
「……それで良いのかしら?」
「良いんですよ。それが母親というものです。ってちょっと偉そうにし過ぎでしょうか。でも幽香さんには頼れるパートナーもいるようですし、信じて待ってれば良いと思います。」
「ま、まぁね……リグルはとても頼りになる、その、わ、私のパートナーよ。」
「ふふふふ、お熱いんですね。」
くっ……! からかわれている様で、なんだか癪だわ……だったら──
「そういう貴女には頼れるパートナーはいないのかしら?」
「勿論いますよ。私のパートナーは、娘の咲夜です♪」
余裕綽々と答える美鈴。駄目ね、今回は勝ち目がなさそうだわ。
「そう……信頼してるのね、娘さんの事。」
娘って確かあの人間のメイドだったわね。例の異変で見たけど……確かに、しっかりしてそうだったわね。
「はい。あっ、今度式を挙げる事になったので、宜しければ幽香さんも是非──」
「パートナーって本当にそう意味で!? 娘と!?」
「……? はい、そうですけど?」
「…………アンタには一生勝てない気がするわ……。」
呆れ返る私を余所に、結婚式の招待状だけ置いていくと、彼女はそそくさと、元来たスキマへと入っていった。
「さてと。」
残された私は、晩御飯の仕度を始める事にした。
──無論、献立はメディの好物ばかりだ。
「ただいま……。」
そういって中に入ったけど、幽香の返答は無かった。
「そんな小さな声じゃ聞こえないよ?」
後ろで苦笑交じりに忠告してくるのは、もちろんリグル。
「分ってるわよ……リグルのいぢわる。」
どうやら台所にいるらしい幽香にはわたしの声は届かなかったらしい。
「ほら、早く入ろうよ。」
「うん……。」
リグルに背中を押されて、わたしは台所へと向かう。
(いた……。)
思ったとおり、エプロンを着た幽香が晩ごはんを作っていた。
おいしいそうな匂いが、わたしのところまで届いた。
「ただいま……幽香。」
勇気を出して声を掛けた。
「あら、お帰りなさい。帰って来たなら、手を洗ってうがいしてらっしゃい。」
幽香はこちらも見てくれないで、そう言った。
──やっぱり怒ってるのかな?
「大丈夫……幽香も緊張してるだけだから。」
小声で、リグルが教えてくれてた。
もう一度、私は勇気を出して声を掛けた。
「幽香……!」
「…………。」
幽香の手が止まった。大丈夫……聞いてくれてる。
「ごめんなさい……!」
言えた……。
ちゃんと聞いてくれたかな。私は気になって幽香を見ようとしたけど──見れなかった。
だって気付いたら、幽香が私を抱きしめていたから──。
「何謝ってるの……メディが謝る事なんて、ないでしょう?」
幽香の声がふるえていた。
「だってわたし……幽香に酷いこと言った。」
許してもらえないと思った。
「良いのよ、そんな事。あんなの、言われ慣れてるんだから。」
それはそれで良くないと思った。だって幽香はこんなにも泣き虫さんだから。
「でも……」
「私が良いって言ったらそれで良いのよ。そんな事より私には許せない事が他にあるわ。」
なんだろう? わたし、他にも酷い事、しちゃったのかな?
「『悲しいときは、傍に居てあげる』って言ってくれたのは誰だったかしら?」
「それは……わたし。」
「悲しかったんだから……。メディに置いていかれて。寂しかったんだから、私……。」
そう言って、よりきつく私を抱きしめる幽香……。
「約束破って、ごめんなさい……。」
「良い子ね。もう、約束、破らないわよね?」
「うん……!」
スーさんごめんなさい。わたし、こんなにも温かい人に会えたよ。もうわたしはひとりじゃないよ──。
だから……ありがとう。またね。
──その後、夕食時。
「ねぇ、メディ? わ、私の事、“お母さん”って呼んで良いのよ?」
この時、リグルはデジャヴを感じたという。
「え? え? お、おかあさん??」
混乱するメディを尻目に、幽香はすこし残念そうな顔をした。
「良いのよ、無理に呼んでくれなくても……。」
「そっそんな無理じゃないよ……その、えっと……お母さん?」
幽香はすぐに顔を綻ばせた。
「なぁに、メディ?」
「うんっと……呼んでみただけ。」
照れ隠しに二人して笑うのを見て、なるほど、確かにこれは割って入りたくなると、リグルは感じた。
「なら私の事もお母さんって──」
「「それは無い。」」
「なっなんでさあ!?」
いつもの冷たい目線を寄越すメディはともかく、幽香にまで否定されては、リグルとしても納得できなかった。
「だって貴女には“お父さん”をやって貰わないといけないんだから。」
「「えっ!?」」
固まる二人を余所に、幽香はどこまでも嬉しそうに微笑んでいた。
「ご苦労様、美鈴。」
スキマから出た美鈴を出迎えたのは、紫だった。
「いえいえ、これくらいでしたらお安い御用ですよ。」
「でも貴女の働きは決して小さくありませんよ。これであの“アルティメットサディスティッククリーチャー”なんて呼ばれる彼女も丸くなる事でしょう。
……本人の望みどおりに、ね。」
「“アルティメットサディスティッククリーチャー”? 誰のことです、それ?」
「あら……貴女知らないの? 幽香の二つ名よ?」
当然、知らない筈などないのだ。美鈴は紫に対して、したり顔を浮かべた。
「ご冗談を。私が会ったのは、一人の母親ですよ。それ以上でも、以下でもありません。」
「そうね……そうだったわね。」
小さく開いた、スキマの先で、嬉しそうに微笑む幽香の姿があった。
「どこからどうみても、母親よね。」
それを見て、紫も美鈴も同じように微笑むのであった。
しかし母娘で結婚…なんという光源氏www
あなたの作品の家族とお母さんには本当に癒されます。
だがそれより式のほうが気になってしまうwww