アリスの家に遊びに来ると、もれなくお菓子がついてくる。
今日もそのお菓子目当てで遊びに来て、ショートケーキをご馳走になっていた。
……餌付けじゃないぞ。念のため。
「アリスはさ、人形が好きなんだよな」
「何よ、薮から棒に」
「思ったことを口にしただけだぜ」
「魔理沙の口からは、常に本音が漏れ出ているのかしら」
私は和やかなティータイムに見合うような話題を提供してやったのになあ。つれない奴だ。
まあ、言葉とは裏腹にアリスはこの話題に結構乗り気なのだけれど。
本気で答える気がない時は、こいつは沈黙でしか返してくれないのだ。
黙秘を美徳だと思っているんだろうか。反論してくれる方がいいんだけどな。
「でも、人形は好きよ。大好き」
「人形はってひどいな。他のものが嫌いって言ってるみたいじゃないか」
「あら、よく分かったわね」
「嫌われた奴も可哀相にな。いや、もしかしたら、めでたいのか」
「そうね。おめでたい頭してるのかもね」
無論私のことだ。くそう、楽しそうにくすくす笑いやがって。
会うたびにこんな調子なのはちょっといただけないと思う。
そんなだからいろんな奴に仲が悪いと言われるのだ。こいつの愛情表現は分かりにくい。
こんなだから犬猿の仲なんだろうな。遊びにきたり、お菓子をくれるくらいには仲いいのに。
この距離が気持ちいいこともあるけれど――私としては、もっと仲良くなりたかったりもする。
口に出すことは絶対にないけどな。私はそんなに真っすぐじゃあないのだ。
「どうしたの、考え込んじゃって」
「人形になるにはどうしたらいいか思案中」
へぇ、とアリスは面白そうな声を漏らした。割と真剣にその方法を考えてるに違いない。
既に頭の中では、自律人形とやらの実験体にされているのかもしれなかった。
その証拠にそれも悪くはないかもね、とアリスは私を品定めするようにまじまじと見つめた。
「魔理沙は人形になりたい?」
「やっぱごめんだ。されるがままっていうのは趣味じゃないんでね」
「そう? 場合によっては反撃も出来るようにしてあげるのに」
断られたくせに嬉しそうに笑うものだから、なんとなく腹が立った。
アリスのケーキに乗っている苺にフォークを刺して自分の口に運ぶ。
あ、と言う短い声。油断大敵ってね。いつも盗賊扱いしてくれるんだから文句はないだろう。
「私の苺」
「ごちそうさまです。もうないぜ。私の分は1番最初に食べちまったからな」
「……これも、死んだら返してもらえるのかしら」
「どうだろうな。腹に入っちまったもんは返せないかも」
「それなら死んだ時に身体を貰うわ。その苺はあなたの血肉になったんだから」
「うげ、そいつはごめんだ。種族魔法使いになっちゃおうかな」
「それはパチュリーが怒るわよ」
「……そいつもごめんだ。ちょっとそっとじゃ死なないからって、黒焦げにされかねない」
板挟みってのはつらいもんだなあ。最初から魔法使いになるつもりはないけどさ。
むう、と納得いかなさそうな目でこちらを見るアリス。そんなに見ても苺は出てこないのに。
しょうがないからとケーキを一口分だけ切り分けて、アリスに差し出す。
何よ、と不思議そうに返された。
「苺の分の、お返し」
ぽかんと口を開いたアリスはちょっぴり間抜けだった。
そのまま口に投げ込んでやってもよかったけど、それは風情がないから待ってやる。
ないよりマシと判断したんだろうか、私の手からフォークを奪い取ろうとしやがった。
そうはさせるか。もう片方の手でアリスの手を押さえてやる。
アリスは眉を寄せて、不満そうに私を睨んだ。黙ってちゃ分からないってのに。
「渡しなさいよ」
「いやいや、魔理沙さんはケーキだけじゃちょっと足りないかなあと思ったんだよ。今」
「……だから?」
腕を伸ばして、ケーキを顔の前まで運んでやる。
「あーん」
今度のアリスは口を開かずにぽかんとしてた。
「……なにそれ」
ようやくそれだけを言ったかと思うと口を開いたまま、だんまりを決め込んでいる。
目を閉じてるとこを見るに、これは、いいんだろうか。
「アリス?」
「…………」
問い掛けても、何も返してくれなかった。本気で答えてくれる気がないらしい。
このままじゃ平行線もいいとこだ。日が暮れてしまう。食べさせてしまえ。
「えーと、食べさすぞ。あーん」
口の中までケーキを持ってくと、アリスは口を閉じた。
そのままフォークを抜き取ってやるとむぐむぐと咀嚼して。
一瞬の沈黙の後――ようやくアリスが口を開いた。
「ごちそうさま」
「お、おお。お粗末さま。で、足りたか?」
「ちょっと足りないかな」
「そいつは手厳しい」
贅沢なやつだ。こんなにサービスしてもらって足りないとは。自称都会派はこれだから困るぜ。
そもそも人形以外は嫌いなんだから、苺を取られたくらいで騒ぐなと言ってやりたい。
アリスが何事もなかったようにケーキを口に運び出すのを見て、私も自分のケーキを口に入れようとする。
――口の中には、二口分のケーキが放り込まれた。
「むぐ」
「アリスさんは苺だけじゃちょっと足りないと思ったから。今」
……なんだそれ。
にやりと笑うアリスは、悪戯っ子以外の何者でもなかった。
意地が悪いな。やっぱ仲良くするのはやめだ。風情もないし。
少し多すぎるそれをごくんと飲み込んでやると、アリスはいっそう笑みを深くして。
腹が立つけど、一応はごちそうさま、とは言ってやる。私は偉い子なのだ。
「どう、足りた?」
「……アリスのばーか」
「何ですって、このばか」
ばかばかとお互いに言い合う。このまま口げんかに発展するのは想像に難くなかった。
こいつと仲良くするなんて、夢物語――夢でも、有り得ないお話だった。
あ、嘘です映姫様ゴメンナサイ