◇
「はあ、今日も八坂様を信仰する方を増やせませんでした・・・」
妖怪の山にある神社の巫女、東風谷早苗は空を飛びながらションボリとそんなことを呟いた。
彼女の日課は山の麓にある人間の里へと降り、そこで彼女が崇拝する神である八坂神奈子への信仰を広めることである。
だがしかし、幻想郷の人間はそう簡単に彼女を信仰しようとはしなかった。
何処からとも無くいきなり現れた神様よりも、自分達の暮らしを豊かにしてくれる豊穣の神・・・秋静葉や秋穣子を既に信仰している者がとても多かったのだ。
たまに八坂神奈子を信仰しようと言う人間もいるのだが、神社が妖怪の山にあると知るや否や
「この話はなかったことに・・・」
と言ってそそくさと逃げてしまうのだ。
その立地条件が悪いというのも手伝ってか、幻想郷にきて以来まともな人間の信者を増やせたためしが一度も無い。
それもこれも、麓の神社の巫女に負けてからである。幸運を根こそぎ持ってかれたのではないか?
「八坂様にどう説明しましょう・・・」
八坂神奈子はとてもフランクな神様である。人間から信仰心が集まらないからといって早苗を叱り飛ばすような神様ではない。
むしろ信仰なら山の妖怪から十分に得ている。
そのことを早苗は十分知っていた。が、人間から信仰心を集めることにこだわるのは一種の職業柄だろうか。
なので、「人間の」信者を増やせなかった早苗は今、とっても落ち込んでいるのである。
「麓の神社みたくはならないと思いますけど・・・・・・あれ?」
早苗が魔法の森の上空を通りかかった時だった。何かを発見したように空中で立ち止まる。
「あれって・・・・・・・・・標識、ですよね?」
彼女が見た先には、まだ早苗が外の世界にいた時に見た車の標識があった。
その他にも、狸の置物や横に倒れた冷蔵庫、電話ボックスのようなものや積まれたタイヤが見てとれる。
早苗は山の上の神社に帰る途中であったが、好奇心に押されてか標識がおかれている場所へと降り立った、
「なんでこんなところに標識が・・・あ」
その場所へ降りてみて初めて気がつく。【香霖堂】という看板と、そこに建てられた建物の存在に。
「お店・・・なんでしょうか」
先程通った人間の里にも店はいくつかある。だが、こんな森の中に店があるとは聞いた覚えが無い。
そもそもこんなところまで買いに来るような物好きはいるのだろうか?
それに・・・外の世界の物が、幻想郷でも簡単に使えるとは到底思えなかった。
建物のほうもずいぶんと蔦に絡まれていて、なんというか・・・怪しい。
「・ら・・・・・・・ぇ・・・」
「?」
ふと耳を澄ますと、建物の中から声が聞こえる。どうやら誰か住んでいるようだ。
「・・・うーん・・・」
入ろうか否か、少し悩んだ末に早苗はこの怪しい店に入ってみることにした。
まあ、無いとは思うがもし襲われたとしても、弾幕でどうにかなるだろう。
彼女は第三者から見れば留守を狙った泥棒にも見えかねない動作で店の扉に手をかけた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
扉は思っていたよりも簡単に開いた。
恐る恐る店中に入ると、独特の埃臭さと何処かで見たような道具達が早苗を出迎える。
店内を見回すと、ストーブ、コンピュータ、テレビに携帯電話・・・
現代では今や見ないような品であったが、早苗にはどれも馴染み深いものであった。
薄暗い店内をキョロキョロと見回していると、不意にコンピュータの影から男の声が聞こえた。
「いらっしゃい、ここは香霖堂だ。
・・・何をお求めかな?お嬢さ・・・」
いきなり声をかけられて驚いた早苗は、問答無用で弾幕を叩き込んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「・・・そういえば自己紹介が遅れたね。
僕は森近霖之助、この古道具屋の店主をしている。」
「わ、私は東風谷早苗といいます。
えっと、その・・・ごめんなさいっ!」
森近霖之助、と名乗ったその男性に、私こと東風谷早苗は全力で謝罪した。
初対面の相手にいきなり、しかも人間に問答無用で弾幕を叩き込んでしまったのです。
謝罪の一つや二つぐらい当然ってものでしょう、パソコンも壊れちゃいましたし・・・
・・・とはいっても、いきなり声をかけてきたあちらにも非があると思いますけどね・・・
「いやいや、驚かせてしまった僕にも非があるさ。
それに、こんなことは一度や二度ではないからね、僕もいい加減学習しなければ。」
おお、ちゃんと自分の非を認めていますよ!どうやらいい人みたいです。
あの麓の巫女や白黒は絶対に自分の間違いを認めなさそうな気が・・・
・・・って、一度や二度ではない?それは前科があるってことでしょうか?何度も。
「・・・それで、早苗といったかな。
君はここに来るのは初めてのようだが、外の世界の道具に興味があるのかい?」
霖之助さんは、先程弾幕で壊れてしまったパソコンの残骸を片付けながらそう聞いてきます。
壊しちゃって本当にごめんなさい。弁償できませんけど。
「・・・ふむ、いきなり外の世界の道具といわれてもわからないか。
ではいくつか、ここにあるものを紹介してみるとしよう。」
あれれ?まだ何も言ってないのに話を進められてしまいました。
返答に迷っている間に、私がここへ興味本位で来ただけと思われたのでしょうか・・・
まあ、興味本位っていうのは間違っていません。
「まず君が今壊したこの箱だが・・・これは【パーソナルコンピューター】というものでね。
瞬時に情報を集めてくるという外の世界の式神だ。」
ああやっぱり!あれはパソコンだったんですね・・・って、式神?
式神ってアレですよね、某犬○叉にでてきたあの紙で出来た人?ですよね?
パソコンは紙で出来てませんし、なんで式神なんでしょう・・・?
「なぜこれが式神なのかというとだね、少し前の話になるのだが・・・
このパーソナルコンピューターは水を浴びると使い物にならなくなることがわかったんだ。
式神も同様に水に弱い、だからこれは外の世界の式神という結論に至ったんだよ。
・・・まあ、普通に使えたためしはいまだ無いがね。」
水を浴びると・・・って、水に弱いから式神っていう結論になるんですか・・・
それなら、テレビも扇風機も機械は全部ここでは式神ってこと?
うーん、幻想郷と外の世界ではこれほどまでに認識の差があるのですね・・・
ちょっと面白くなってきました。
「次にこの【テレビジョン】という代物だが・・・なんとこれは、
遥か遠くにある景色と霊を映し出すことができる道具なんだ。
これもパーソナルコンピューターと同じで使えたためしがないんだが、
人が映っていた物は霊が宿りやすいという特徴があるからね、霊気を入れて
夏の夜は涼しく過ごさせてもらっているよ。」
「ぶっ!?」
れ、霊気入れ??つ、つまり幽霊をわざわざ摂り付かせているってことですか!?
テレビから幽霊が出てくるのはホラー番組のお決まりパターンですが・・・
ちょっと面白かったから吹いちゃいましたけど、そんなテレビは嫌ですね。
夏はやっぱりクーラーに限ります。
「どうしたんだい、いきなり吹いたりして?」
「い、いえ、お気になさらず・・・」
「そうか、では次はこの【携帯電話】についてだが・・・」
あ、本当に気にせず続けてしまいました。おしゃべりなんですね、霖之助さん。
しゃべりだしたらとまらない・・・ってタイプなんでしょうか。
考察とか、無茶苦茶ですけど聞いていて面白いので邪魔はしないでおきましょう・・・
・・・いつ終わるか、不明ですけど。
~~~~~~~~~~~~~~~~
霖之助が一通り薀蓄を披露し終えた頃には、既に2時間以上が経過していた。
空は既に夕焼け色に染まり、カラスがカーカー鳴いている・・・そんな感じだった。
2時間以上も薀蓄を聞いていた早苗だったが、特につまらないとは思っていなかったようで、
話の中でクスリと笑ったり、ちょっとした質問を混ぜたりして楽しんでいたようである。
「ふう、大分長くなってしまったが・・・
以上がこの香霖堂で取り扱う商品の全容だ。」
霖之助も薀蓄を思う存分披露できて満足しているのか、機嫌が良さそうだ。
「この他にも、裏の倉庫にはまだたくさんの品があるのだが・・・
あいにく、それらは全て非売品でね。売ることはできない。」
「非売品?まさか、気に入ったから売りたくないとかそういう理由じゃないですよね?」
「それ以外に理由があるのかい?」
「そ、そうなんですか・・・」
どこか予想できていた回答に、早苗は苦笑いを浮かべていた。
「・・・しかし、君は巫女のようだが、同じ巫女である霊夢とは違うようだね。
彼女は僕が外の世界の話をすると、すぐに帰ろうとしてしまう。」
「・・・霊夢?あの人、ここにも来てるんですか?」
「む、君は霊夢を知っているのかい?」
「はい、一応・・・」
つい最近殴りこみされましたから、とはあえて言わなかった。
「ふむ・・・では、同じ巫女同士君からも霊夢にツケを返してもらえるように
いってみてはもらえないだろうか?」
「ツケ、ですか?」
「ああ。あまり口外すると彼女の威厳に関わるのだが、霊夢はよくここを訪れては
緑茶の茶葉や茶菓子を勝手に持っていってしまってね。
それらも一応商品だから対価を払ってほしいのだが・・・ツケにしておいて、と
言ってはいるが一向に払ってくれる気配が無いんだよ。」
「えぇっ!?」
ああ、そういえば魔理沙も・・・と言おうとした霖之助の手を、早苗はガッシリと掴んだ。
「それはいけません!今すぐ神社に取り立てにいきましょう!
ああいう人は放っておくとすぐ調子に乗るんです、さあさあ!」
「・・・いや、ちょっと待つんだ早苗。」
今すぐ神社に殴りこみにでもいくかのような剣幕の早苗に、霖之助はあくまで冷静に話しかける。
「まず聞こう、どうやって神社にいくつもりだい?
僕は君と違って空を飛ぶことができないのだが。」
「・・・え?そうなんですか?」
どうやら彼女は幻想郷の者は皆飛べると思っていたらしい。もしそうであれば、今頃幻想郷は空を飛ぶ有象無象で溢れかえっているだろう。実に珍妙で不可解な光景である。
「ああ。それと、僕は別に霊夢から早くツケを取り立てたいわけじゃない。
確かにここにはちゃんとしたお客といえるような者はなかなかこないが、生活に
困っているわけでもないからね。気長に待たせてもらっている。」
「はぁ・・・」
ツケを返してもらいたくはないのかといわれれば嘘になるが。
霊夢もまだ若い、大人になって精神的に成長すれば必ず返してくれるだろう。たぶん。
早苗はちょっと不満そうだが、渋々納得してくれたようだ。
「・・・それと、そろそろ手を離してもらってもいいかな?」
「へ?」
手を握ってきたのは早苗のはずだが、彼女はきょとんとした表情をしていた。
どうやら、一度何かに熱中すると周りが見えなくなる性格らしい。生真面目さ故か。
僕の手をガッシリ握っていることに今気付いたのか、次第に彼女の顔が赤く染まっていくのがよくわかる。
秋だから紅葉しているのか?
そして、慌てた様子で手を離した。
「ひゃうっ!・・・ご、ごごごめんなさいっ!!」
「・・・何故謝るのかわからないが、わかってくれたようで助かる。」
先程と同じように、頭を下げながら何故か謝罪する早苗。
うーむ、それにしてもいい頭の下げっぷりだ。
幻想郷謝罪コンテストという催しがあったなら、間違いなく彼女は優勝を狙えるだろう。
「・・・おっと、暗くなってきたようだが、帰りは大丈夫なのかい?」
「あ・・・」
外を見ると、もう日が沈みかかっていた。
今帰らなければ、神社に着く前に夜になってしまう。
「私、そろそろ帰らないと八坂様が心配するので、帰りますね。」
「そうか、ではまた来るといい。歓迎するよ。」
「はい、ではお邪魔しました。」
そう言ってペコリとお辞儀をすると、彼女は香霖堂を後にした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「神奈子様、諏訪子様、今戻りましたっ!」
私が守矢神社に戻る頃には、既にあたりはうっすらと暗くなっていた。
あと少し、帰るのが遅かったなら本当に真っ暗になっていたでしょう。
帰った方がいいと教えてくれた霖之助さんには後で礼をいっておかないといけませんね・・・
「あーうー、ずいぶんと遅かったね早苗。」
そう言いながら蛙飛びで居間から顔を出したのは、私が信仰する守矢神社の神こと洩矢諏訪子様。
神様とは思えないぐらい可愛いです、キュートです、癒されます。真面目に。
「すぐにご飯の支度しますね。」
私がそう言って台所に向かうと、後から諏訪子様も付いてきます。
その姿が食べちゃいたいぐらいに可愛いですが、あいにくそんな趣味は私には無いので我慢です。
そういえば神奈子様の姿が見えませんが・・・?
「諏訪子様、神奈子様はどちらに?」
「んー、アイツならさっきから自室で地図とにらめっこしてるよ。
なんでも近々、河童達の技術水準向上のために産業革命を起こすとかって・・・
神奈子は革命好きだからねぇ。」
革命と聞いて真っ先に思い浮かぶのがフランス革命な私ってどうなんでしょうか?
あとイギリスでもありましたよね、産業革命。実は世界史得意なんですよ、結構。
日本史?何それ美味しいんですか?
まあ、そんなことはおいておいて。今日は朝河童の皆さんから野菜を頂いたので野菜炒めにしましょう。
10割方きゅうりですけど、まあなんとかなりますよね。
「そういえば早苗、人里で信仰は集まったのかい?」
「う・・・」
聞かれたくなかった質問をされて、きゅうりを切る手がピタッと止まる私。
信仰が集まらなかったことがバレバレです。
「・・・集まらなかったんだね?」
「も、申し訳ありません・・・私の力不足で・・・」
「まあそんなこともあるよ、気にしない気にしない。」
「うぅ・・・」
そう仰られる諏訪子様の優しさが今は心に突き刺さります。
でもめげません。だって私は強い子ですから!
「でも、最近よく人里に行ってるから、麓の友達の一人や二人は出来たんじゃないの?」
「え、えぇ・・・そこそこ・・・」
ごめんなさい諏訪子様、嘘です。
人里に友達なんて出来てません。むしろ信仰関連で話しかけた人は皆、
私を見るとそそくさと退散していきます。
やっぱり怪しい人だと思われているのでしょうか・・・しくしく。
「ふぅーん、たとえばどんな人?」
諏訪子様、もしかして私をおいつめて楽しんでいませんか?
それとも嘘をついた私に対する罰なのでしょうか?祟り神ですし。
友達いないのにいるなんていっちゃったから・・・
どこか明後日の方向を見ながら、きゅうりを切り続けます。
「え、えぇっと・・・そうですね・・・」
「うんうん。」
あぁ、どうしましょう!諏訪子様が爛々とした目でこっちを見てきます。
そんな目で私を見ないでください。心が折れそうです。
麓の巫女や白黒は個人的に論外ですし、誰か適当に・・・あ。
いるじゃないですか、今日知り合ったあの人が。
「んー・・・ちょっと話し出すと止まらないんですけど、
とても面白い考えを持ってる人なんですよ。」
「面白い考え?」
「そうですね・・・ちょっと外の世界の道具について調べてる人らしいんですけど、
なんでも【携帯電話】が冥界のご先祖様とも話せる道具だとか・・・」
「あはははは!そいつは面白い考えの持ち主だ!」
「ほんとですよね、ふふ・・・」
諏訪子様はさぞかしドツボにはまったのか、お腹を抱えて大笑いしています。
そんな諏訪子様を見ていると、脳裏に霖之助さんが得意げに携帯電話のことを語る姿が浮かんできて、自然と私も笑みがこぼれてきました。
本来の使い方を知っているのに知らない振りをするのって、なんか罪ですね。
「・・・あ」
そういえば、霖之助さんにはまだ信仰の勧誘をしていませんでした。
こういっちゃアレですけど、結構変わってる人ですしもしかしたら・・・
「・・・早苗?」
「歓迎するよ。」といっていたことですし、少なくとも好意的には見られてるってことですよね・・・
もしかすれば幻想郷にきて初の人間の信仰者が出来るかも!?
あのお店・・・香霖堂でしたっけ?へ行くのに私自身抵抗はありませんし、霖之助さんも面白い人です。
そうだ、外の世界の品を扱ってるならちょっとお金も持っていって何か買ってみるのもいいかもしれません。
うふふ、なんだかすごい楽しみになってきましたね・・・
「早苗ー?」
「あ、はいっ!?なんでしょうかっ!!」
諏訪子様が呼んでいることに今気付きました。
あわわ、祟らないでくださいねっ!
「・・・思い出し笑いはいいと思うけど、料理中にするのは
ちょーっと危ないと思うよー?」
「え?」
その刹那、きゅうりを抑えていた早苗の左手人差し指に包丁の刃がサクッと食い込んだ。
「ッーーーーー!!!!」
守矢神社に、早苗の声にならない叫びが響き渡った。
「はあ、今日も八坂様を信仰する方を増やせませんでした・・・」
妖怪の山にある神社の巫女、東風谷早苗は空を飛びながらションボリとそんなことを呟いた。
彼女の日課は山の麓にある人間の里へと降り、そこで彼女が崇拝する神である八坂神奈子への信仰を広めることである。
だがしかし、幻想郷の人間はそう簡単に彼女を信仰しようとはしなかった。
何処からとも無くいきなり現れた神様よりも、自分達の暮らしを豊かにしてくれる豊穣の神・・・秋静葉や秋穣子を既に信仰している者がとても多かったのだ。
たまに八坂神奈子を信仰しようと言う人間もいるのだが、神社が妖怪の山にあると知るや否や
「この話はなかったことに・・・」
と言ってそそくさと逃げてしまうのだ。
その立地条件が悪いというのも手伝ってか、幻想郷にきて以来まともな人間の信者を増やせたためしが一度も無い。
それもこれも、麓の神社の巫女に負けてからである。幸運を根こそぎ持ってかれたのではないか?
「八坂様にどう説明しましょう・・・」
八坂神奈子はとてもフランクな神様である。人間から信仰心が集まらないからといって早苗を叱り飛ばすような神様ではない。
むしろ信仰なら山の妖怪から十分に得ている。
そのことを早苗は十分知っていた。が、人間から信仰心を集めることにこだわるのは一種の職業柄だろうか。
なので、「人間の」信者を増やせなかった早苗は今、とっても落ち込んでいるのである。
「麓の神社みたくはならないと思いますけど・・・・・・あれ?」
早苗が魔法の森の上空を通りかかった時だった。何かを発見したように空中で立ち止まる。
「あれって・・・・・・・・・標識、ですよね?」
彼女が見た先には、まだ早苗が外の世界にいた時に見た車の標識があった。
その他にも、狸の置物や横に倒れた冷蔵庫、電話ボックスのようなものや積まれたタイヤが見てとれる。
早苗は山の上の神社に帰る途中であったが、好奇心に押されてか標識がおかれている場所へと降り立った、
「なんでこんなところに標識が・・・あ」
その場所へ降りてみて初めて気がつく。【香霖堂】という看板と、そこに建てられた建物の存在に。
「お店・・・なんでしょうか」
先程通った人間の里にも店はいくつかある。だが、こんな森の中に店があるとは聞いた覚えが無い。
そもそもこんなところまで買いに来るような物好きはいるのだろうか?
それに・・・外の世界の物が、幻想郷でも簡単に使えるとは到底思えなかった。
建物のほうもずいぶんと蔦に絡まれていて、なんというか・・・怪しい。
「・ら・・・・・・・ぇ・・・」
「?」
ふと耳を澄ますと、建物の中から声が聞こえる。どうやら誰か住んでいるようだ。
「・・・うーん・・・」
入ろうか否か、少し悩んだ末に早苗はこの怪しい店に入ってみることにした。
まあ、無いとは思うがもし襲われたとしても、弾幕でどうにかなるだろう。
彼女は第三者から見れば留守を狙った泥棒にも見えかねない動作で店の扉に手をかけた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
扉は思っていたよりも簡単に開いた。
恐る恐る店中に入ると、独特の埃臭さと何処かで見たような道具達が早苗を出迎える。
店内を見回すと、ストーブ、コンピュータ、テレビに携帯電話・・・
現代では今や見ないような品であったが、早苗にはどれも馴染み深いものであった。
薄暗い店内をキョロキョロと見回していると、不意にコンピュータの影から男の声が聞こえた。
「いらっしゃい、ここは香霖堂だ。
・・・何をお求めかな?お嬢さ・・・」
いきなり声をかけられて驚いた早苗は、問答無用で弾幕を叩き込んだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「・・・そういえば自己紹介が遅れたね。
僕は森近霖之助、この古道具屋の店主をしている。」
「わ、私は東風谷早苗といいます。
えっと、その・・・ごめんなさいっ!」
森近霖之助、と名乗ったその男性に、私こと東風谷早苗は全力で謝罪した。
初対面の相手にいきなり、しかも人間に問答無用で弾幕を叩き込んでしまったのです。
謝罪の一つや二つぐらい当然ってものでしょう、パソコンも壊れちゃいましたし・・・
・・・とはいっても、いきなり声をかけてきたあちらにも非があると思いますけどね・・・
「いやいや、驚かせてしまった僕にも非があるさ。
それに、こんなことは一度や二度ではないからね、僕もいい加減学習しなければ。」
おお、ちゃんと自分の非を認めていますよ!どうやらいい人みたいです。
あの麓の巫女や白黒は絶対に自分の間違いを認めなさそうな気が・・・
・・・って、一度や二度ではない?それは前科があるってことでしょうか?何度も。
「・・・それで、早苗といったかな。
君はここに来るのは初めてのようだが、外の世界の道具に興味があるのかい?」
霖之助さんは、先程弾幕で壊れてしまったパソコンの残骸を片付けながらそう聞いてきます。
壊しちゃって本当にごめんなさい。弁償できませんけど。
「・・・ふむ、いきなり外の世界の道具といわれてもわからないか。
ではいくつか、ここにあるものを紹介してみるとしよう。」
あれれ?まだ何も言ってないのに話を進められてしまいました。
返答に迷っている間に、私がここへ興味本位で来ただけと思われたのでしょうか・・・
まあ、興味本位っていうのは間違っていません。
「まず君が今壊したこの箱だが・・・これは【パーソナルコンピューター】というものでね。
瞬時に情報を集めてくるという外の世界の式神だ。」
ああやっぱり!あれはパソコンだったんですね・・・って、式神?
式神ってアレですよね、某犬○叉にでてきたあの紙で出来た人?ですよね?
パソコンは紙で出来てませんし、なんで式神なんでしょう・・・?
「なぜこれが式神なのかというとだね、少し前の話になるのだが・・・
このパーソナルコンピューターは水を浴びると使い物にならなくなることがわかったんだ。
式神も同様に水に弱い、だからこれは外の世界の式神という結論に至ったんだよ。
・・・まあ、普通に使えたためしはいまだ無いがね。」
水を浴びると・・・って、水に弱いから式神っていう結論になるんですか・・・
それなら、テレビも扇風機も機械は全部ここでは式神ってこと?
うーん、幻想郷と外の世界ではこれほどまでに認識の差があるのですね・・・
ちょっと面白くなってきました。
「次にこの【テレビジョン】という代物だが・・・なんとこれは、
遥か遠くにある景色と霊を映し出すことができる道具なんだ。
これもパーソナルコンピューターと同じで使えたためしがないんだが、
人が映っていた物は霊が宿りやすいという特徴があるからね、霊気を入れて
夏の夜は涼しく過ごさせてもらっているよ。」
「ぶっ!?」
れ、霊気入れ??つ、つまり幽霊をわざわざ摂り付かせているってことですか!?
テレビから幽霊が出てくるのはホラー番組のお決まりパターンですが・・・
ちょっと面白かったから吹いちゃいましたけど、そんなテレビは嫌ですね。
夏はやっぱりクーラーに限ります。
「どうしたんだい、いきなり吹いたりして?」
「い、いえ、お気になさらず・・・」
「そうか、では次はこの【携帯電話】についてだが・・・」
あ、本当に気にせず続けてしまいました。おしゃべりなんですね、霖之助さん。
しゃべりだしたらとまらない・・・ってタイプなんでしょうか。
考察とか、無茶苦茶ですけど聞いていて面白いので邪魔はしないでおきましょう・・・
・・・いつ終わるか、不明ですけど。
~~~~~~~~~~~~~~~~
霖之助が一通り薀蓄を披露し終えた頃には、既に2時間以上が経過していた。
空は既に夕焼け色に染まり、カラスがカーカー鳴いている・・・そんな感じだった。
2時間以上も薀蓄を聞いていた早苗だったが、特につまらないとは思っていなかったようで、
話の中でクスリと笑ったり、ちょっとした質問を混ぜたりして楽しんでいたようである。
「ふう、大分長くなってしまったが・・・
以上がこの香霖堂で取り扱う商品の全容だ。」
霖之助も薀蓄を思う存分披露できて満足しているのか、機嫌が良さそうだ。
「この他にも、裏の倉庫にはまだたくさんの品があるのだが・・・
あいにく、それらは全て非売品でね。売ることはできない。」
「非売品?まさか、気に入ったから売りたくないとかそういう理由じゃないですよね?」
「それ以外に理由があるのかい?」
「そ、そうなんですか・・・」
どこか予想できていた回答に、早苗は苦笑いを浮かべていた。
「・・・しかし、君は巫女のようだが、同じ巫女である霊夢とは違うようだね。
彼女は僕が外の世界の話をすると、すぐに帰ろうとしてしまう。」
「・・・霊夢?あの人、ここにも来てるんですか?」
「む、君は霊夢を知っているのかい?」
「はい、一応・・・」
つい最近殴りこみされましたから、とはあえて言わなかった。
「ふむ・・・では、同じ巫女同士君からも霊夢にツケを返してもらえるように
いってみてはもらえないだろうか?」
「ツケ、ですか?」
「ああ。あまり口外すると彼女の威厳に関わるのだが、霊夢はよくここを訪れては
緑茶の茶葉や茶菓子を勝手に持っていってしまってね。
それらも一応商品だから対価を払ってほしいのだが・・・ツケにしておいて、と
言ってはいるが一向に払ってくれる気配が無いんだよ。」
「えぇっ!?」
ああ、そういえば魔理沙も・・・と言おうとした霖之助の手を、早苗はガッシリと掴んだ。
「それはいけません!今すぐ神社に取り立てにいきましょう!
ああいう人は放っておくとすぐ調子に乗るんです、さあさあ!」
「・・・いや、ちょっと待つんだ早苗。」
今すぐ神社に殴りこみにでもいくかのような剣幕の早苗に、霖之助はあくまで冷静に話しかける。
「まず聞こう、どうやって神社にいくつもりだい?
僕は君と違って空を飛ぶことができないのだが。」
「・・・え?そうなんですか?」
どうやら彼女は幻想郷の者は皆飛べると思っていたらしい。もしそうであれば、今頃幻想郷は空を飛ぶ有象無象で溢れかえっているだろう。実に珍妙で不可解な光景である。
「ああ。それと、僕は別に霊夢から早くツケを取り立てたいわけじゃない。
確かにここにはちゃんとしたお客といえるような者はなかなかこないが、生活に
困っているわけでもないからね。気長に待たせてもらっている。」
「はぁ・・・」
ツケを返してもらいたくはないのかといわれれば嘘になるが。
霊夢もまだ若い、大人になって精神的に成長すれば必ず返してくれるだろう。たぶん。
早苗はちょっと不満そうだが、渋々納得してくれたようだ。
「・・・それと、そろそろ手を離してもらってもいいかな?」
「へ?」
手を握ってきたのは早苗のはずだが、彼女はきょとんとした表情をしていた。
どうやら、一度何かに熱中すると周りが見えなくなる性格らしい。生真面目さ故か。
僕の手をガッシリ握っていることに今気付いたのか、次第に彼女の顔が赤く染まっていくのがよくわかる。
秋だから紅葉しているのか?
そして、慌てた様子で手を離した。
「ひゃうっ!・・・ご、ごごごめんなさいっ!!」
「・・・何故謝るのかわからないが、わかってくれたようで助かる。」
先程と同じように、頭を下げながら何故か謝罪する早苗。
うーむ、それにしてもいい頭の下げっぷりだ。
幻想郷謝罪コンテストという催しがあったなら、間違いなく彼女は優勝を狙えるだろう。
「・・・おっと、暗くなってきたようだが、帰りは大丈夫なのかい?」
「あ・・・」
外を見ると、もう日が沈みかかっていた。
今帰らなければ、神社に着く前に夜になってしまう。
「私、そろそろ帰らないと八坂様が心配するので、帰りますね。」
「そうか、ではまた来るといい。歓迎するよ。」
「はい、ではお邪魔しました。」
そう言ってペコリとお辞儀をすると、彼女は香霖堂を後にした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「神奈子様、諏訪子様、今戻りましたっ!」
私が守矢神社に戻る頃には、既にあたりはうっすらと暗くなっていた。
あと少し、帰るのが遅かったなら本当に真っ暗になっていたでしょう。
帰った方がいいと教えてくれた霖之助さんには後で礼をいっておかないといけませんね・・・
「あーうー、ずいぶんと遅かったね早苗。」
そう言いながら蛙飛びで居間から顔を出したのは、私が信仰する守矢神社の神こと洩矢諏訪子様。
神様とは思えないぐらい可愛いです、キュートです、癒されます。真面目に。
「すぐにご飯の支度しますね。」
私がそう言って台所に向かうと、後から諏訪子様も付いてきます。
その姿が食べちゃいたいぐらいに可愛いですが、あいにくそんな趣味は私には無いので我慢です。
そういえば神奈子様の姿が見えませんが・・・?
「諏訪子様、神奈子様はどちらに?」
「んー、アイツならさっきから自室で地図とにらめっこしてるよ。
なんでも近々、河童達の技術水準向上のために産業革命を起こすとかって・・・
神奈子は革命好きだからねぇ。」
革命と聞いて真っ先に思い浮かぶのがフランス革命な私ってどうなんでしょうか?
あとイギリスでもありましたよね、産業革命。実は世界史得意なんですよ、結構。
日本史?何それ美味しいんですか?
まあ、そんなことはおいておいて。今日は朝河童の皆さんから野菜を頂いたので野菜炒めにしましょう。
10割方きゅうりですけど、まあなんとかなりますよね。
「そういえば早苗、人里で信仰は集まったのかい?」
「う・・・」
聞かれたくなかった質問をされて、きゅうりを切る手がピタッと止まる私。
信仰が集まらなかったことがバレバレです。
「・・・集まらなかったんだね?」
「も、申し訳ありません・・・私の力不足で・・・」
「まあそんなこともあるよ、気にしない気にしない。」
「うぅ・・・」
そう仰られる諏訪子様の優しさが今は心に突き刺さります。
でもめげません。だって私は強い子ですから!
「でも、最近よく人里に行ってるから、麓の友達の一人や二人は出来たんじゃないの?」
「え、えぇ・・・そこそこ・・・」
ごめんなさい諏訪子様、嘘です。
人里に友達なんて出来てません。むしろ信仰関連で話しかけた人は皆、
私を見るとそそくさと退散していきます。
やっぱり怪しい人だと思われているのでしょうか・・・しくしく。
「ふぅーん、たとえばどんな人?」
諏訪子様、もしかして私をおいつめて楽しんでいませんか?
それとも嘘をついた私に対する罰なのでしょうか?祟り神ですし。
友達いないのにいるなんていっちゃったから・・・
どこか明後日の方向を見ながら、きゅうりを切り続けます。
「え、えぇっと・・・そうですね・・・」
「うんうん。」
あぁ、どうしましょう!諏訪子様が爛々とした目でこっちを見てきます。
そんな目で私を見ないでください。心が折れそうです。
麓の巫女や白黒は個人的に論外ですし、誰か適当に・・・あ。
いるじゃないですか、今日知り合ったあの人が。
「んー・・・ちょっと話し出すと止まらないんですけど、
とても面白い考えを持ってる人なんですよ。」
「面白い考え?」
「そうですね・・・ちょっと外の世界の道具について調べてる人らしいんですけど、
なんでも【携帯電話】が冥界のご先祖様とも話せる道具だとか・・・」
「あはははは!そいつは面白い考えの持ち主だ!」
「ほんとですよね、ふふ・・・」
諏訪子様はさぞかしドツボにはまったのか、お腹を抱えて大笑いしています。
そんな諏訪子様を見ていると、脳裏に霖之助さんが得意げに携帯電話のことを語る姿が浮かんできて、自然と私も笑みがこぼれてきました。
本来の使い方を知っているのに知らない振りをするのって、なんか罪ですね。
「・・・あ」
そういえば、霖之助さんにはまだ信仰の勧誘をしていませんでした。
こういっちゃアレですけど、結構変わってる人ですしもしかしたら・・・
「・・・早苗?」
「歓迎するよ。」といっていたことですし、少なくとも好意的には見られてるってことですよね・・・
もしかすれば幻想郷にきて初の人間の信仰者が出来るかも!?
あのお店・・・香霖堂でしたっけ?へ行くのに私自身抵抗はありませんし、霖之助さんも面白い人です。
そうだ、外の世界の品を扱ってるならちょっとお金も持っていって何か買ってみるのもいいかもしれません。
うふふ、なんだかすごい楽しみになってきましたね・・・
「早苗ー?」
「あ、はいっ!?なんでしょうかっ!!」
諏訪子様が呼んでいることに今気付きました。
あわわ、祟らないでくださいねっ!
「・・・思い出し笑いはいいと思うけど、料理中にするのは
ちょーっと危ないと思うよー?」
「え?」
その刹那、きゅうりを抑えていた早苗の左手人差し指に包丁の刃がサクッと食い込んだ。
「ッーーーーー!!!!」
守矢神社に、早苗の声にならない叫びが響き渡った。
弾幕ぶっぱの後の「いきなり声をかけてきた方も悪い」という開き直り思考や外の世界の物に対して独自の解釈をする霖之助を微妙に小馬鹿にした感があるからでしょうか。
秋だから紅葉…
あと、指を切ってしまうと結構簡単に動かなくなったりしちゃうのでご注意を。
あと霊夢は割としっかり話を聞いてると思いますよ
場合によっては自分から色々話もしますし
文章の構成のバランスが足りなかった。これかも頑張って
んで、あとがきも面白かった!
日本史?…日本人らしく、善処します。