初めに
・星蓮船Exステージのネタバレに注意。
・星蓮船Exボスのネタバレを多量に含んでいるため、知りたくない方はブラウザの「戻る」を押してください。
橋の上は、時に先客がいるものである。
しかし、今日の先客は昨日来た鬼と同じくらい行儀の悪いものであった。
「……ぬえ、そんなところで寝てたら風邪ひくわ」
しかし、私の言葉に封獣ぬえは答えなかった。かわりに、すやすやとした寝息が微かに聞こえてくるだけだ。妬ましい。
柱に背を預け、こくりこくりと船を漕ぐ黒髪の少女は、よく見ると身体の所々に傷を負っていた。弾幕勝負でもあったのだろう。しかも、この傷を見やるに、ぬえは負けてしまったのだろう。心当たりはあった。
「何を馬鹿なことをしていたのやら」
多分、揺すって起きるものではないので、橋の下に構える自分の家に戻って桶を手にする。
桶の中に、橋の下を流れる川から水を汲んでくる。指が触れたが、今日の川の水はかなり冷たい。雪解け水が此処まで来ている、ということだろう。
「さー、掃除しましょーかしら、そればしゃーっと」
超が付くほど棒読みで、橋に桶の水を撒く。その際、水をわざとぬえに掛かるようにする。
ビシャッ!
「冷たっ! 寧ろ痛っ!!」
やはり橋の上で眠る不届き者には、川の水をぶっ掛けるのが一番いいらしい。昨日の鬼も、これで退散してくれた。今度からこうしよう、そうしよう。
ぬえは、自分に何がおきたのか分からないらしく、ぼんやりとずぶ濡れになった自分の服を眺めていた。その様子がなんだか溝に落下した子供みたいで、おかしくなってきた。
「フフッ、アハハ……」
「あ、パルスィ! さてはあんたの仕業ね!」
「そうよ、橋の上に水を撒いていたら た ま た ま 貴女がいてね。た ま た ま 掛かってしまったの。ごめんなさい」
「違う! 絶対たまたまじゃない! たまたまだったらそんなニタニタしてないわよ!」
むきー、と怒りを前面に出して怒るぬえ。しかし、そんな彼女と居ると楽しい、と感じてしまうのは何故だろう。
「なんで貴女はそんなにボロボロなの?」
気になっていたことを聞くと、彼女はばつが悪いと言いたげな表情をした。
「……」
「黙ってたら解らないわ」
「……」
一向に口を割る気配は無い。真一文字に閉じた口は、何1つ語ることを拒絶している。
これは完全に落ち込んでいるな。そう思う。
推測だが、地上に住む妖怪退治の専門家達と弾幕ごっこをして、簡単にあしらわれてしまったのだろう。
ぬえは大妖怪の例に漏れず、少々独りよがりな自尊心を持っている上、人間など取るに足らない生き物だと考えている節がある。それはまぁ、自分の姿を勝手にあれこれと妄想して、勝手に恐怖している存在に、侮蔑の念を持つなというほうが難しいのかもしれない、と思う。
しかし、その人間に出会い倒されてしまった、というのは彼女の自尊心を傷つけて余りあるものだろう。事実、目は赤く充血しており、今にも涙の雫が瞳から落ちてきそうである。
「……人間にでも負けたのかしら?」
「!?」
表情が一瞬柔らかくなる。驚いた、という表情を私に一瞬だけ向けるが、すぐのその顔は引っ込んでしまった。
「……」
「とにかく、その傷でうろうろしては駄目ね。家に来る?」
「……」
コクン、とぬえの首が小さく縦に動いた。まったくしょうがない自称大妖怪である。
とりあえず、ぬえは私の家に入ってくるなり、酒を飲むことを提案してきた。
何を馬鹿な。実は私とぬえは揃って下戸であり、鬼などに捕まった日などは丸一日酔いつぶれる程度のアルコール耐性なのである。
何故? と聞きたくなったが、泣き顔のぬえの提案を断るわけにはいかなかった。
「うぷ……酷いよぉ……人間って奴は……ひく……」
「……そうなの?」
頭ががんがんと鐘を鳴らされているような錯覚に陥る。早速酔いが回ってきたらしい。それはぬえも同じなようで、頭を抑えながら、回ってない舌で愚痴り始めた。
「だいたい……らんらのよぉ……正体不明を怖がらないし……寧ろ嬉々として寄ってきて……」
「……変なのもいたものね」
まあ、その変なのに私も撃墜されているけどね、と心で毒づく。
「そのうえ、馬鹿な青巫女に記念撮影させられるし……あたしは正体不明だってのに」
「正体不明が写った写真なんて面白いじゃない」
「面白い!? なにがよぉ! あたしはこの格好だしぃ、向こうはニコニコしてあたしに腕なんか回してさぁ!」
ああ、怒らせてしまった。頭にアルコールが回っているせいか、なかなか上手く宥める言葉を思いつかない。
「ああもう、こんにゃ事早く忘れよぉ。それがいいわ」
そう言うと、ぬえは小さな杯の中に入っているお酒をぐいっと呷った。
「ぱぁ……ひっく……」
「自棄酒は良くないわよ?」
そういったが、私に止める気はさらさらない。今更腕づくで止めることは野暮であろう。
「いいろょお別に……パルスィ、今日はとことん付き合ってよ」
「はいはい……くたばらない程度にね」
そういって、お酒を口に含む。苦い。何故こんなものが大好きな妖怪が多いのだろうか?
そう思っていると、ぬえが乱暴な手つきで、杯に酒を注いでいた。目に光が無い辺り、早くも泥酔状態に突入してしまったようである。首が据わっておらず、ふらふらしているのもその証拠だろう。
「あたしはぁ……んく……鵺なのよぉ。昔さあ……ごく……人の都の上で……ごきゅ……正体不明のタネをくっ付けて飛ぶたび……ぷはぁ……人間を震えさせた、あの鵺なのよぉ……」
「ん……知ってる」
「だのにさぁ……ごく……あたしの正体不明を……むきゅ……UFOとか言うし……ごく……堅いそれをさ……みゅ……簡単に壊すしさぁ……」
「そーなんだー」
なんだか頭が痛くなってきた。
ゴトンッと頭に響く大きな音と共に、ぬえはイスから立ち上がった。
「こっちゃ面白そうだから途中に助けたってのにさぁ! その晩に撃墜するなんてあんまりよぉ! 弾幕なんて見よう見まねでやったのよぉ! なのにするするかわすしさぁ、人間に負けるしさぁ!! ……う……うううぅぅぅううう……」
ああ、とうとう目から大粒の涙を流し始めた。今日はなかなか酔いつぶれて寝ないと思ってたら、こいつ泣き上戸だったのか。
「はぁ……はいはい、泣かないの」
こういうときは、抱いてやるのがいいって誰かが言ってたからそうしてみる。別に一緒に寝るとかそういう意味ではない。
「もうさぁ……ぐす……あたし駄目なのかなぁ……ひっく……鵺なんて誰も怖がらないのかなぁ……ふえぇ……正体不明だけじゃさぁ……ひぐ……誰も、ふえぇぇぇえええ」
ああ、もういろいろと駄目かもしれない。
その後も愚痴は続き――やれ青巫女には必ず復讐してやるんだとか、白黒魔法使いに使われた正体不明の分は必ず利用して返してやるとか、紅白巫女に妖怪寺へ行くようにと重ね重ね言われたことに、分かってるけど行くのが怖いだとか、他にも割りとどうでもいいことも言い――、二人して酔いと疲れに負けてしまい、ベッドに倒れこんだ。
翌朝、目を覚ますと、自分の顔のすぐ前にぬえの整った顔があった。
仄かに顔が赤いのは、昨日のお酒のせいだ。私の息もぬえの息も酒臭く、頭が昨日に増してガンガンと痛んだ。二日酔いは確定的だ。
2人の身体を、1枚の布団が覆っていた。よく2人とも入れたな、などと考えた。
「すぅ……すぅ……」
酒臭い、生暖かい吐息が、私の顔に掛かる。
扇情的な、綺麗な顔が目の前にある。それが何故だかとても幸せなことに感じられた。
ちょっと顔を前に進めたら、キスくらい出来てしまうのではなかろうか?
普段絶対に考えないことを考えている辺り、今日は家で引き籠っていたほうがよさそうだ。こんな状態で外へ出れば、橋の上から河へリバースしそうだ。
「ん……パルスィ……」
呼ばれたようで、一瞬身体が強張るが、ぬえの他愛の無い寝言らしく、むにゃむにゃという呟きと共に寝息が顔に吹くだけとなった。
「……ぬえ……」
キスくらい、してもいいかな。
どうせ、向こうが起きていたとしても「寝ぼけていてつい」とか言えば、向こうも二日酔いなので信用するだろう。
頬に手を当てると、温かさと柔らかさが感じられて、とても心地よい。
緑の眼を閉じ、自分の唇をぬえのものへ――。
「おはよーパルスィ! 厄神の厄回収よー!」
「!?」
「あっ!?」
暫し、世界が止まった錯覚に陥った。
「えっと、貴女の想像は多分誤解よ?」
突然の闖入者に、一応忠告の言葉を送っておく。
闖入者、厄神鍵山雛は、だらしなく開いたままの口を直すこともなく、ただただ私と、私と同じ布団で寝ているぬえを凝視していた。
「ははぁ……パルスィにはすでに恋仲の子が居たと、そういうことですか」
「いや、それどう考えても誤解よ」
「いやいや、頬に手なんか当てちゃってさ、そのままズキューンってその美しい唇を奪って」
「だから誤解よそれ」
そりゃちょっとは考えたが、アホらしい。
「ねぇ、そんなことは無いわよね。別に妬いてるわけじゃないけどさー」
「うん、私には分かる。なんで妬いてるのかしら」
「あなたの最初は私のものだからよ」
「勝手に決めんな。大体良く考えたら人の寝室に勝手に入ってくるな」
本格的にアホらしくなってきた。ふう、と溜め息をつく。
すると、急に雛が私に向かって突っ込んできた。結構なスピードだ。
身を翻して回避しようとするが、ぬえが邪魔でそんな事出来なかった。雛の手が背中に回され、抱きかかえられる形になってしまった。これはこれで誤解を生みそうだ。
「そうね、妬いてるわこれは。仕方ないわね、あなたが橋姫だもの」
「貴女の嫉妬心を操った記憶は無い」
「無意識のうちに私の嫉妬を燃え上がらせてしまったのよ」
「いや知らないから」
口の端を吊り上げて、ニタニタと雛は微笑む。
「さて、その綺麗で小さな口を――」
バタンッ!
「おおーいパルスィー、あたしと酒を――!? パルスィお前あたしというものがありながら」
「お前ら帰れ!!!」
その日一日、地底の橋は修羅場だったらしい。
何故嫉妬させる者が嫉妬されているのか、パルスィはその日ずっと自分の存在に悩んだというが定かではない。
パルシィ総受け主義の自分もパル×傘くらいしか妄想してなかった。負けた。
けしからん。もっとやってくれ。
雛パルは予想外だったけど雛のキャラが一番濃くて普通に受け入れてた。
>>1様
ごめんなさい。マイナーなのを勝手に妄想する悪い癖です。
……傘×パルだと……許せ……る!?
>>2様
けしからんそうなので、後日もっとやることにします。
ただ、構想段階でちょっと足踏み中なので、精進します。
>>3様
えーと、そーうけってなーに? わたしよくわからないですー。
なんとなくこのまま終わったらヤマもオチも無いので厄神様に来ていただきました。
この話の系列にもちょくちょく来ていただく予定です(ェ
>>4様
ぬえ×パルはいいものだ……と宣伝していけたらいいな……あ、やっぱ世間は勇パルですかそうですか。
>>5様
お褒め頂き光栄です。地霊異変前にはきっと二人で「他人の不幸でメシがウマい!!」してたんですよ多分www
確かに昔から親交があってもおかしくないですよねえ、この二人。
どっちもへたれっぽいところで、気が合いそうです。
彼女らの地底生活ってUnknownですから想像するのが楽しい。
それにしても愚痴ってるぬえが可愛いなあ。