「幽々子様、一緒にお風呂へ入りましょう」
「妖忌、自害なさい」
夕食前の軽いジョークだというのに、幽々子様の視線は軽蔑すらしているかのように冷たい。ここは「やだぁ」などとお茶目な発言を混ぜつつ、混浴の芽が枯れ果てていないよう振る舞うのが淑女の嗜みではないか。
私はそう考えるのだが、どうも幽々子様の思う淑女とは天と地ほどの差があるらしい。そういう女性は画面の中か、お金を払わないと現れないのだとはっきり言われた。
「やむを得ませんな。湯の用意が出来ましたので、どうぞお一人でお入りください」
「わかったわ、ありがとう。自害なさい」
「なにゆえ」
「西行寺家に覗きはいらないわ」
若い女子が風呂へ入ろうかというのに、覗くなとは厳しい発言。これでは何のためにカメラを買ったのか分からない。
畳に手をつけ、頭をさげる。
「幽々子様の有り難い御言葉に、不承この魂魄妖忌。目が覚める思いでございます」
「そう」
所詮は良家のお嬢様。私の真剣な謝罪の言葉に、ころりと騙されてしまった。実に都合の良いことであるが、このままだと悪い虫にもあっさりと引っかかりかねない。いずれは人を疑うことも覚えさせないといけないものの、とりあえず今は風呂だ。風呂。
「それでは、風呂の火加減を調節して参りますので。どうぞ、幽々子様は存分に湯をお楽しみください」
「そうね」
立ち上がった幽々子様はタンスから荒縄を取り出し、それで私を柱に縛り付けた。
そちらの道に目覚められましたか幽々子様。
「あがったら解いてあげる」
素っ気ない言葉に、荒縄の感触を楽しんでいた私の心が跳ね上がる。馬鹿な、見抜いていたのか。
この魂魄妖忌が剣と共に磨き続けてきた偽りの謝罪を!
我が主の聡明さを目にすることができ、嬉しい気持ちもあるが悔しい気持ちの方が圧倒的に多い。これにて、私の覗きライフは終焉を迎えたのだった。
思えば、これまでの覗きも成功した試しがない。それではと思って直接誘いにきたのだが、おそらく今までも幽々子様がさりげなく邪魔をされていたのだろう。そう思えば、不自然なまでの失敗にも合点がいく。
我が身の不甲斐なさを呪いつつ、仕方なく私は涙でネズミを書いていた。
私が欲望を口にする度、幽々子様の視線が冷たくなってくる。そろそろバナナでバナナが打てる頃合いだ。北国ともなれば鉄の補給もままならず、仕方なくバナナを釘代わりに使っていると聞く。大変であるな、あちらの世界も。
しかし私もそれ以上に大変なのだ。以前はある程度の発言も許可されていたが、最近では何かを口にした瞬間、「自害なさい」と侮蔑の言葉を贈られる。不覚にもその言葉で新たな世界の扉を開きかけたのだが、いつまでも覗けない生活というのは非常に不満が溜まる。
何か根本的な解決をしなければならない。私はそう考え、悩みに悩んでいた。
ある時、私は西行寺家の蔵で悩みを解決してくれる都合の良い道具がないかと探していた。西行寺家も歴史の古い名家。同じような悩みを抱き、それを解決し、後世の挑戦者達にその手段を記した書物があっても不思議ではない。
はたして、その考えは正しかった。
蔵の奥。そこにひっそりと隠されていた扉の奥に、漆塗りの重箱が置かれていた。まるで玉手箱を思わせる風貌に、一瞬だけ威圧されるも、そもそも私は爺だ。老いなど恐怖の対象にすらならない。
紐を解き、蓋を外す。
中にあったのは、古びた一枚の紙切れ。
私はその紙に目を通し、驚愕と歓喜に包まれた。
これだ。これこそが私の求めていた秘術。
幽々子様の冷たい視線から逃れ、尚かつ同じ風呂に入ることができる。
私はそこで生まれて初めて、ガッツポーズというものをした。
「ゆ」
「自害なさい」
「……大切なお話でございます。幽々子様」
いつもの挨拶を終え、真剣な表情で私は幽々子様の御前に座る。偽りの真剣さでは誤魔化されない幽々子様だが、今回だけは私の言葉に目を細めた。当然だ。これから話すのは偽りではなく、全て事実なのだから。
「不承、この魂魄妖忌。長らく幽々子様のお側で勤めておりましたが思うことがあり、お暇を頂戴に参りました」
幽々子様は扇で口元を隠し、へえとだけ呟く。しかし私も西行寺家の家臣。この仕草が驚きを隠すものだと知っていた。
「いちいち入浴する度に縛る手間は減るけれど、家事や庭仕事が滞るのは頂けないわね」
「ご安心を。私の代わりは孫が勤めさせて貰います」
「孫! あなた孫がいたの!」
予想だにしなかったことゆえか、その驚きは扇でも隠すことができなかった。無理もない。息子がいることは告げていたが、孫の存在は今まで誰にも口にしたことがないのだから。
幽々子様が驚かれるのも、ある意味では当然と言える。
「はい。まだまだ半人前ですが、少なくとも家事や庭仕事は幽々子様の手を煩わせることがないもののと思われます」
「そうなの。なら、一度会ってみたいわね」
「そう言うと思われましたので、家の前で待たせております。いま呼んできますが」
立ち上がった私は、改めて我が主と向き合った。
「私は此処でお別れです」
別れの言葉を口にしても、幽々子の表情は欠片も変わらなかった。それが少し、寂しい。
「そう」
素っ気ない言葉に落胆しつつ、私は頭を下げて部屋を出ようとした。
「妖忌」
「はい?」
呼び止められ、振り返る。
「自害なさい」
別れの挨拶としては不適切だが、その目に侮蔑や軽蔑の色はなかった。どことなく優しげな罵声を浴びて、少なくとも自分の仕事には意味があったのだと嬉しく思った。
西行寺家の秘術、骨格変化の類。
特殊な気の練り方を応用して、骨格すら変化させるという。これを使えば大男も子供のような大きさになり、果ては性別すら反転させるのだと紙切れには書いてあった。
私はその秘術を三日三晩実践し、既に我が物としていたのだ。
西行寺家を後にした私はその秘術を用い、我が肉体を年頃の少女の物へと変える。
ただあまりに年齢が離れた変化をすると、魂が少しだけ抜けてしまうという欠点もあった。いわば今の私は半人半霊。だが、さして問題には思っていない。
祖父から受け継いだことにしようと決めた楼観剣と白楼剣を握りしめ、幽々子様のお部屋に戻る。
「あら、妖忌の孫にしては可愛いわね」
私を見た第一声がそれだった。さしもの幽々子様も、この秘術を見破ることはできないらしい。
「はい。今日より幽々子様のお世話をさせて貰います、魂魄妖……夢です」
自分の名前を口走りそうになり、慌てて変える。
「妖夢と言うのね。よろしく頼むわ」
「はい!」
満面の笑みで主の信頼に応え、私はかつて夢見た言葉を恐る恐る口にした。
「つきましては幽々子様」
「ん?」
「一緒にお風呂へ入りましょう」
突然の誘いに困惑した顔を見せるも、そこに軽蔑等の感情はない。さすがは同性。さすがは少女。
わし、もうこれから一生少女でいいわ。
「いきなりね。まぁ、別にいいけど」
ここで大砲を撃ちたい気分だ。電報で身内にこの喜びを伝えてもいい。絶縁されそうだが。
逸る気持ちを抑えつつ、溢れる笑みを抑えつつ、私は平常心でその言葉に頷く。
「では用意をして参ります」
魔法のランプもないのに、こうもあっさり夢が叶うとは。感涙にむせび泣きたい。
浴場へ向かおうと思い、手をかけて障子が何故か向こう側から開かれる。
「失礼します。お祖父様がいなくなられたと聞き、魂魄家より事情を窺いに参りました、魂魄妖夢です」
おお……空気読めよ孫。
「あ、あれ? 私?」
いきなり事態に混乱する孫。幽々子様もまだ状況を把握できない様子。
ここは誤魔化して何とか突破しないと、半分しかない生命の危機だ。
私はとびっきりの笑みを浮かべて、孫に手を差し伸べた。
「どうも、ドッペルゲンガーです!」
「え、あ、はい」
なすがままに握手をする孫。あれ、この子の手ってこんなにスベスベして綺麗だったか。
などと走ってはいけない道を発見しつつ、私は何気ない仕草で部屋を後にした。
後ろでは孫の、「ドッペルゲンガー見たから死んじゃうー!」という悲鳴が聞こえてきたが気にしてはいけない。
おそらくはこれから西行寺家に勤めることになるのだ。この程度の事で動揺していては、とてもやっていけないだろう。
私は骨格を幽々子様に変化して、自分のおっぱいを揉みながら西行寺家を後にした。
今は、これでいいや。
自害なさいwww
アイツが妖夢で私が妖夢で。兎に角おっぱいの勝利ですね。
毎日言ってもらえるなんて妖忌は幸せものだな
初っ端からやられましたww
間違いなくこの妖忌は自害すべき
ちゃんと本物の孫がいてよかったよかった。
私もじーちゃん縛りたいです幽々子様。
これがみょんの性格が作品ごとに違う理由か!
謎は全て解けた!!
↑なんという捨て台詞www
2行目とのコンボがヤバい