(なってないわ)
レミリアは思う。
有象無象の女の子たちが集う、ここ紅魔舘。
朱に交われば赤くなる、とは真実らしく。女子高よろしく、風紀の乱れが深刻である。
具体的には。
ところ構わず大声で喋ってみたり。
むれるから、と他人の目もおかまいなしにスカートをばたつかせて、サービスショットを披露してみたり。ひどいやつになると、お風呂上りに火照った身体を冷やそうとして、スッパで廊下を歩いてみたりする。
あぐらをかいてスルメをかじりながら酒を飲むやつなどはもう、最悪だ。
下手に女の子ばっかりだから、こうなってしまうのだろう。
(オトメとは)
まず、恥じらいを知らなければならない。一目見れば、ここかい、ここがええのんかい、と突っついてみたくなるような、奥ゆかしさがなければならないのだ。
そして、夢見がちでなければならない。バス停で待つのはバスではなく、白馬の王子様だ。もしくは、かぼちゃの馬車だ。
(何より)
愛らしくなくては、何も始まらない。愛らしさとは、ただその器量の良し悪しによって表されるものではない。ちょっとした行動、言動。あるいは、理念。つまるところ、総合力なのである。意識の低さゆえか、それが近頃、害されているように思う。
――がちゃんバタ。
そんなレミリアの思惑など知らずして、身のほつれ一つない、完全で瀟洒なメイド長が、「失礼します」と部屋に入ってきた。寝ぐせの一つでもあれば、まだ可愛げもあったろうに。
「咲夜、今日のお昼は何?」
「は。寒くなってきましたので、ちゃんこ鍋にしようかと考えておりますが」
「はぁ……」
どいつもこいつも、何もわかっちゃいない。オトメのお昼がなぜ、ちゃんこ鍋なのだ。『なんか、この鍋しょっぱくない?』『押忍、それは先輩の汗のせいでゴワス』なんて身の毛もよだつ光景を引き起こすレシピが、我が紅魔館に存在してはならないのだ。
必要なものはバター、そしてハチミツ……。オトメのお昼はホットケーキと相場が決まっている。
「再教育の必要があるようね」
紅魔館は、もっとファンシィ。もっともっとラブリィであるべきなのだ。そのための教育なら、多少の荒療治は避けられまい。
レミリアは仄暗い衝動に襲われた。深く目を瞑り、口の端を悪魔らしく歪め……、「うふふぅ」と笑う。
ややあって。
紅魔館に暮らす女の子たちは皆、有無を言わさずツインの縦ロールにお色直しされて、大ホールに集められた。色とりどりの軍服――フリッフリでオーガンジーなドレスがそろい踏みである。
カツカツ、と軍靴――ローラーブレードを打ち鳴らし、教鞭――魔法のステッキを持ったマジカルデーモン・レミリア軍曹は、新兵の列の前を歩く。ひとまず格好の獲物を見つけ、止まった。
パチュリー・ノーレッジ。
気心知れた親友も今はオトメ未満の役立たず。バナナ抜きのまるごとバナナ以下の存在である。
「フルーツパイの食べ残しみたいな野郎がいるらしいな」
「これはいったいどういうことなのよ、レミィ」
「ベリーの匂いがする薄汚ねえ口を開く前に『れみぃちゃん』と言え。質問にはイエスかノーか『ぱちぇ、わかんないの』で答えろ」
「れみぃちゃん! イエスれみぃちゃん!」
「ブルシット! 声が大きい! もっと蚊の鳴くような声で答えろ! 口元に耳を近づけたくなっちゃうぐらいぼそぼそ話せ! 鼻の穴にホイップクリームをねじ込まれたいか!」
「……れ、れみぃちゃぁん。ノー……れみぃちゃん……」
「もっとウルウル上目遣いでつぶやけ! 胸の前でおててをいじりながらモジモジしろ! 応答は舌の上でキャンディを転がすように間延びした声で行え!」
「れ、れみぃちゃん……。ぱちぇ、わかんないのぉ……、れみぃちゃん……」
よろしい、とレミリアは背伸びして、パチュリーの頬にキスをした。これで見せしめのつもりである。
列から離れる途中、レミリアはわざと転んだ。大げさに、わんわん泣いて見せる。
しかし先ほどの威勢に押されてか、「れみぃちゃん、大丈夫?」「泣かないの、良い子良い子」「いたいのいたいのとんでけ~」の一言もない。貴様ら、それでもオトメか? 事態はやはり深刻であるらしい。
「いいか、貴様らは今、ただの『女の子』に成り果てている。貴様らは今、箸が転げても笑わないのだろう。貴様らは今、花より団子を選ぶのだろう。貴様らは今、我が紅魔館の一員として、およそあるまじきビッチなのだ。まずはその惨状を理解しろ」
お尻をふりふり、スカートを揺らしながら、ステッキでハートマークを描きつつ語るレミリアである。
「だが貴様らがこの訓練を乗り越えた暁には、どこのお城に出しても恥ずかしくないプリンセス――オトメになることが出来るだろう。私の使命は『花の独身』だなどと抜かして家ではビールを飲みながら野球中継を楽しむオヤジ女の芽を刈り取ることにある! 分かったら返事をしろ! クソ白雪姫ども!」
「れみぃちゃん、イエス、れみぃちゃん」
「れみぃちゃぁん、いえすなの、れみぃちゃぁん」
「サー、イエッサー!」
「フラン、よくわかんない」
仕方なしに返事をする者、忠実に答える者、あさっての方向にノリノリな者、素でやっている者。色々だ。
ふと見やれば、大方の妖精メイドは怯え、戸惑っている。なかには、涙目になっている者までいた。
(ふむ……)
割とオトメだ。この舘もまだ捨てたものではなかったらしい。
が、そんなオトメたちのなか、ビシッと背筋を伸ばして屹立する姿が一つ。
レミリアはそこへ歩み寄り、腰の後ろに手を組んで、おじぎをするような格好で首をかしげてみせた。
「貴様、所属はどこだ」
「サー! 門番隊であります!」
「白雪姫のなかにアカ頭巾が紛れ込んでいたらしいな」
「サー! 肯定であります!」
「いいだろう、共産主義の犬だろうがプードルだろうがコリーだろうシュナウザーだろうが私は差別しない。私は差別を許さん。プーさんもキティちゃんもペコちゃんも等しくカワイイ。貴様らの思想信条はどうあれ、等しく女の子だ。それは認めようじゃないか」
「サー! 光栄であります!」
「だがそのザマはなんだ! 誰が声を張れと言った! 誰が気をつけをしろと言った! 気を抜け! 散々振ってふたを開けて丸一日放置したレモンソーダよりも気を抜け!」
「は、はい。では失礼して……」
美鈴は床に寝転がって片肘をついた。
「お誕生ケーキのチョコプレートをママに奪われたのか? 貴様。私がこの世でたった一つだけ我慢できんのは、気を抜けと言われてアヒルさん座りもできん女の子を目にすることだ! 貴様には夏祭りのカラーひよこよりも惨めたらしい罰を与える!」
「そんな! どうかお慈悲を!」
「ええい喧しい! ピーチクパーチクわめき散らすしか能が無いセイウチインコさんは私の舘には必要ない! お尻をスティック風船で叩かれて追い出されたくなければ立て! 立って私を抱っこしろ!」
――追い出される。その言葉は美鈴の胸に恐怖のナイフとなって突き刺さった。言われるがままにレミリアをふわりと抱っこする。
「この苺みるく野郎! 上官をお姫様抱っこするやつがあるかッ!」
汚い言葉で罵りながら頬ずりをするレミリアはまさに鬼軍曹。
「か、勘弁して下さい! 軍曹のほっぺたがプニップニ過ぎて、私のチキンハートは敵前逃亡寸前であります!」
「ならば貴様のミスを修正するが良い。良いか、そこに並んだスウィート・エンジェル・ハニーどもも良く聞け。私の館で二度目はない。二度間違えたらその時は許さん。スカートとソックスを捨て、ラクダの股引きと地下足袋をはいてもらう」
明らかに見て取れる緊張が全員に走った。それは例えオトメでなくても、女の子なら決して耐えがたい辱めである……。
美鈴は一度ごくりと唾をのんでから、――腕の上でお座りをさせるように、レミリアを抱えなおした。
「ベリーウェル、正解だ。貴様、なかなか飲み込みが早いな。気に入った。ウチに来て好きなだけ妹を『たかいたか~い』してもいいぞ」
「ハッ、光栄であります!」
美鈴の瞳は感動、あるいは狂気すら帯びていた。
さんざん貶めた後、褒める。ごく自然な流れのなかで、体罰という名のスキンシップを行う。レミリア軍曹の圧倒的、練兵手腕の前に、美鈴はあっという間にオトメ主義の忠犬と化したのだ……。
こんな調子で、土建屋の新入社員よりもブッ飛んだ忠誠心を紅魔館の女の子たちに植えつけたレミリア。
満を持して、本格的な訓練に入る。
例えば、お食事の作法。
「その手はなんだ、フロイライン? まさか貴様の家庭ではお箸をグーで持たないのか? 親族を全員ここに連れてこい! クズの家系を断ち切ってやる!」
オトメ的な会話の作法も、ゼロから叩き込んでやる必要があった。
「話し相手を見つけたらベトコンの赤ん坊だと思え。貴様らの指先一つでひねり潰せるチンケな虫けらだと思え。しかる後に……赤ちゃん言葉で話しかけろ!」
館を出て、野外訓練も行った。
「脳みそをサーティワンに忘れてきたのか貴様ら? 何のために長靴を履いてきたと思っている! 水たまりを見たら一も二もなく飛びこめ! はしゃげ! そして歌え! からっぽの頭にクールな歌詞を叩き込んでやったはずだろう? さあ、私に続け! ――あっめあっめ ふっれふっれ かあさんが じゃっのめで おむかい うっれしいな♪」
「「「ビッチビッチ! ジャップジャップ! RUN! RUN! RUN!」」」
雨の日も、風の日も。
辛く厳しい訓練は続く。
ポッキーでほっぺたをつつかれ、小枝と小技の違いを原稿用紙三十枚にまとめさせられ、たけのこの里派なのに無理やりきのこの山を食べさせられ。
ひとたび弱音を吐けば、レミリア軍曹の痛烈なハグが飛んでくる。
シゴきに耐えかね、「シンデレラになんてなれなくて良い!」と脱走する妖精メイドもいた。無論、王子様コスのレミリアに連れ戻された。全員が見ている前でガラスの靴を履かされた様は、詳しく語るまでもあるまい。誰もがその辱めの悲惨さに目を背けた……。
銘刀を、その鋭利さをなお高めんとするようにして幾星霜。訓練は終わった。
なんだかんだいってスレた感じが、あるところにはあった紅魔館だが、もはやその面影は微塵もない。
「うっ、うぅ。お盆が重いよぉ……。さくやん、クッキーより重いもの持ったことないの……」
咲夜が、ミルクとお砂糖が極盛りの紅茶を運んできた。老犬のように、ぷるぷるしている。
「さくやん、がんばって!」
パチュリーが、いや、今はもうただの「ぱちぇ」と呼ぶべきその人が声援を送る。
健闘むなしく、ああん、という気の抜けた悲鳴と共に咲夜はお盆をぶちまけた。オトメが完全で瀟洒である必要などない。むしろ、ドジっ子の方がベターなのである。
「てへへっ、さくやん、ちっぱいちっぱい」
舌を出して片目をつむり、こつん、と自分で自分におしおきをする。
訓練では、前人未到のSSS(Sは、すとろべりぃのSである)という成績を残した咲夜である。意外なことに、誰よりもオトメの素質があったようだ。
レミリアはといえば、自分の作品を誇る彫刻家のように、満足げに、パチュリーの膝の上におさまっていた。
「ね、ぱちぇ。めーりんが、めいがいないよ?」
「あらら。そういえば、そうねぇ。めいはカワイイから、異人さんに連れていかれちゃったのかも」
「ええ!? れみ、めいと、もう会えないの? 嫌だよぉ……」
「うふふ、冗談よぉ。クローバー畑で、ちょうちょさんを追いかけていたわ。れみぃに花冠を作ってあげるんだって、がんばってたわ。きっと、おなかが空いたら戻ってくるでしょう」
「もーっ! それならそうと言ってよ! どうして、いちいちビックリさせるの! ぱちぇなんかだいっ嫌い!」
「ごめんねれみぃ。れみぃがあんまりカワイイから、いじわるしたくなっちゃうの。この、食べかけのバームクーヘンをあげるから許して? ね?」
「う、うー……。ぱちぇだから、許してあげるんだよ?」
「ぱちゅりーばっかり、ずるいよ!」
嫉妬に駆られたフランドールが、レミリアを奪わんと襲いかかる! その手を咲夜が捕まえた。……ぎゅっと、両手で握りしめる。
「さくやん? なに? 邪魔するつもり? 邪魔するなら、ゆるさない。さくやんの分のタルトまで、食べちゃうんだから」
「……」
ふるふると首を振る咲夜。
「……? さくやん、どうしたの? おなかいたいの?」
「……ぃ」
「い?」
咲夜は何か言いかけたところで、耳の先まで真っ赤に染めて、うつむいた。伝えたい、でも伝えられない。そんな思いを胸に秘めた少女そのものであった。
じれたフランドールは咲夜の口元に耳を近づけ、励ます。
「ね、がんばって、もうちょっとだけ大きな声を出して? さくやんは、やればできる子だよ! フラン、何を言われても怒らないから、勇気を出して!」
「い……しょに」
――いっしょに、あそんで?
フランドールの耳にだけ、そう届く声で。咲夜は呟いた。
「んもー、さくやんは本当に照れ屋さんなんだから。寂しかったんだ?」
「う……ん、くすん」
咲夜の手を引いて部屋を出て行くフランドール。きっと二人で、お人形さんを愛でたり、おままごとをしたりするのだろう。
レミリアはお母さんぶった、ちょっとおしゃまな笑顔で二人を見送った。
「えへへ、二人とも、立派なオトメになれたねー」
「れみぃも、立派なオトメよ?」
「うん、ぱちぇもね」
かくして、オトメの巣窟と化した紅魔館。
女の子たちの内面ばかりではない。
「このシャンデリア、おいしいよ!」
「れみぃの椅子も、おいしいわ!」
オトメ主義の実現のためなら耐震偽装も厭わず。紅魔館は、お菓子の家と化していたのだ。
レミリアは我が家にかじりつきながら考える。これが、女の子のシアワセってやつなのかなあ……、と。
甘い香りに包まれたキャッキャウフフの歌声は、当分やみそうにもない。
おわり
>>お尻をふりふり、スカートを揺らしながら、ステッキでハートマークを描きつつ語るレミリアである。
もうこの時点で私の腹筋は限界でした。
前代未聞のSSSランクをたたき出したメイド長を筆頭に、このまま紅魔館の全員は生活を維持できるのだろうかと要らぬ心配をしてしまいました。
小悪魔さんパネェwww
妹をたかいたかいしたいです
てか小悪魔かっけぇww
ちくしょう、ずっと耐えてたのに最後に腹筋やられてしまった
切れ味が鋭いなぁ、鋭いなぁと思いながら読んでいたら最後に持っていかれました。
色々ツッコミたいことは大量にあったけれども小悪魔さんに全て持って行かれました。
お見事です!
そう思わずにはいられませんでしたよ、小悪魔さん。
れみぃとか
ぱちぇを
何とかしてくれる
はず?
ってw こんなにも笑える話を書ける人は、センスとか脳の作りとか、自分とは根本的に違うんだろうなぁ。
だろう?
そして、こぁパネェwww
抜群の安定感。
ここにあったと思ったんだけどなぁ(´・ω・`)アルェ-?
苺みるく野郎てwwww
人生で1度は言ってみたい言葉のうちの五指に入りますわwww
どうやったらこの漢らしい小悪魔の嫁になれますでしょうか?
こいつァひでぇwww
もっとマシな例えはないのかwwwwww