・ミッションレコード
紅魔館に潜入し、秘蔵のレシピ帳奪取を目論むユユコ=スネーク。
スキマ無線のサポート隊員、大佐(紫)、ナオミ(藍)、チェン(橙)、マスター(妖夢)のバックアップを受け、順調に深部へと進んでいく。
突如として行く手を阻むサクヤ・ザ・リッパーも謎の忍者の乱入で切り抜け、ただひたすら食欲をもてあましつユネークはレシピ帳へと突き進んでいく。
そしてユネークはレシピ帳の秘密を暴くべく、ヴワル大魔法図書館へと向かった。
迫りくるメイド兵をかきわけ、ついに戦いはクライマックスを迎える――
■ ● ■
「敵発見! HQ、増援を――」
「食欲をもてあます」
「ひ、ひぃぃぃ! 来るなぁぁぁぁ!」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
「ちょっと、そこで何をしている!?」
「私の食欲はゴジラよ。食INGEATER。」
「まま、待ってちょうだ――」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
ガタッ。
「音がした……。っ!? 誰よあなた、どこから来たの!」
「何度も言うけど、私は、タベタイ。とにかく、タベタイ」
「誰か来てぇぇぇぇぇ!」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
「ウホッ、いい侵入者!」
「食べないか」
「気持ち悪いなぁ。食べないよ」
「くっ、まぁいい……そんなことよりも私の胃袋を見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく……大きいです……アッー!」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
■ ● ■
ピリリリ……ピリリリ……
プシュン。
『ユネーク……あなたって人は……』
「あぁ、大佐。大図書館に到着したわ」
『いまさら突っ込みを入れる気力も起きないわね。状況はどう?』
「そろそろ館長のいる辺りまで来たわ。小悪魔はクソミソにのして丸ごといただいておいたし」
『その図書館は広いわ。慎重に探索するのよ』
「分かった」
プシュン。
ユネークは通信を切り、ダンボール箱をかぶった状態で迷路のように複雑な本棚の間を縫って進んでいく。
常に壁際を移動しながら気配を殺しつつ奥に向かっていると、やがて開けた空間が見えてきた。中にはテーブルと椅子があり、大量の書籍と共に一人の少女が本を読みふけっている。
あの眠たげな目つき、彼女がパチュリー・ノーレッジ。
先手必勝。
「食欲をもてあますっ!」
掛け声と共にダンボール箱を放り投げ、一気に間合いを詰める。
が、パチュリーの反応も迅速だった。彼女は本から視線をずらすこともなく、一瞬でテーブルの上のアンパンをユネークめがけて弾き飛ばす!
本能で身体全身がアンパンをキャッチした瞬間。ユネークは本棚に向かって一直線に突っ込んでいることに気づいた――
「しまっ……へぶしっ!」
どがっ! がらがらがら……
何とか崩れた本の山から抜け出すと、薄闇で本に囲まれながら醒めた眼でユネークを見ているパチュリーがいた。
「こんなところまで来るなんてねぇ……」
「あたた……食べ物を粗末にしちゃダメじゃない。バチが当たるわよ」
「館にあなたが忍び込んだっていう話は聞いてたけど、ここに何の用?」
あくまで冷静なパチュリーの声を聞きながら、ユネークは跳ね飛ばしたダンボール箱を回収する。
「極秘裏に開発されたというレシピ帳を調べにきたわ。なんでも料理や食事を超越した世界の内容だとかって……あなたがそレシピの開発者、パチュリッヒ博士ね」
「何その、パチュリッヒって……確かに開発者には違いないけど、言い出したのはレミィだし主導したのは咲夜。私は資料を集めて再構築しただけよ」
「何が書かれているの?」
「マッド・レシピの中身? 別に普通の料理帳と同じようなものよ。載せている内容はかなり広範囲ではあるけど――あー、マッド・レシピっていうのは名前よ、そのレシピ帳」
「マッドなんて名前がついてて、どこが普通なのよ」
「……普通は普通よ」
「怪しいものだわ」
ユネークはパチュリッヒ博士の正面に立つと、テーブルに手を突いて上から睨みつけた。
「マッド・レシピはどこに?」
「館内にはあるわ。残念だけどそれ以上は言わないように釘を刺されてるの」
「あれを手に入れるためにはあなたの情報が必要なのよ。マッド・レシピの場所を教えて」
「しつこいわね。言えないものは言えない……ていうか、手に入れる? なおさら教えられないじゃない」
「ふぅ、分かった……言い方を変えるわ。お願い協力してくださーイッ!」
「断る」
「ひどぃっ!」
全く相手にしてくれないパチュリッヒ博士に打つ手無しのユネーク。
頭を抱えていると、不意に耳元でいつもの電子音が鳴る。
ピリリリ……ピリリリ……
プシュン。
『ユネーク。パチュリッヒ博士は強力な対ギャグ防御壁を装備しているわ。通常会話での口撃は無力よ』
「ではどうすれば!?」
パチュリッヒ博士からは独り言をつぶやいているようにしか見えないだろうが、ユネークは構わず声を荒げた。
『あらゆるものを最大限に活用していくことが潜入任務の基本よ。何か使えるアイテムはないかしら?』
「あいにく、ダンボール箱と食料くらいしか……」
『ユネーク。私にいい考えがあります』
「ナオミ、何か妙案が?」
『今からスキマを使ってブツそちらにお送りします。うまく使えば、協力を得られるかもしれません』
「それは夢のある話ね。すぐ頼むわ」
言い終わるのとほぼ同時、ユネークの背後でばさりと物音がした。振り返ると、一冊の本が落ちている。
パチュリッヒ博士から不審げな視線が飛んでくるが、ユネークはとりあえず無視してその本を改めた。
内容を確認したとき――ユネークは思わず瞠目して感嘆の声を漏らす!
「これはっ――! これほどのものを一体どうやってゲッチューしたの?」
『Amazonです』
「あはは、通販かしら?」
『そうです』
「……嘘?」
『ホント』
「…………」
プシュン。
ユネークは無言で通信を切ると、本をつまんだままパチュリッヒ博士に向き直った。
なんとなく疲れた心地で切り出す。
「実はここに偶然、『秘密のドキ★ドキ! 快感☆マリサランド』という本があるのだけど……」
ユネークは、そこで止めた。パチュリッヒ博士は――まだ眠たげな表情を崩していないものの、さっきとは微妙に気配を変えていることに彼女は気づいた。
もしかしたら、座ったまま気絶しているのかもしれない。ユネークはしばらく待つことにした。
やがて、顔に脂汗など浮かべつつパチュリッヒ博士はぎこちなく口を開いた。
「……な、何に手を貸せばいいのかしら?」
「話が早くて助かるわぁ。マッド・レシピのありかは?」
「紅魔館最奥。地下封印区画。そこにマッド・レシピは保管されている」
「なぜそんな厳重な場所に……一体マッド・レシピとは何なの?」
「材料と効果がマッドなのよ。引っこ抜いたときに絶叫する芋とか、肥料の匂いにつられて自分から動き出す目玉型の栗とか」
「限りなく嫌すぎるわね」
「出来上がってしまえば、美味しいのだけどね。あと料理に耐性のない者が食べると、発狂したり身体が変形したりしとか。ちなみに魔道書の類だから不用意に操作しないほうがいいわよ」
「そんなものを開発していたとは……食欲をもてあます」
ユネークは腕を組んで天井を見上げた。
マッド・レシピ……なかなか強烈な中身のようだが、「美味しい」といわれてはいやがおうにも興味を惹かれる。
彼女は一つうなずくと、ダンボール箱を片手に地下封印区画へと足を向けた。
と、不意に思い出して博士に訊ねる。
「ねぇ、あなた地味な妖怪に心当たりはない?」
「地味?」
「さっき突然現れて、消えていったのよ。赤毛で緑色の服で龍の文字。で地味」
「……そう。彼女はあなたの前に現れたのね」
「何のこと?」
「彼女は中国よ」
ピリリ……ピリリ……
プシュン。
『そんなバカな、彼女は三話前でユネークに――』
「……何これ?」
博士もスキマ通信を受信できるようになったらしい。耳を押さえて怪訝な表情をしている。
ユネークは手短に状況を説明すると、博士は理解したようにうなずいた。
「そう、拘束されたはず。でも生きていたのよ」
『何ですって……!』
「ユネークがここに来る前のことよ。この図書館になんかもう色々当てられない状態の中国がやってきたわ」
「芋虫状態になるまで縛ってきたのだけれど……」
「咲夜が運んできたの。マッド・レシピ最凶の料理を実験するために」
『でもあの時、彼女はコッペパンを食べてお腹いっぱいはずでは――』
「無理やり空腹にさせられたのよ。強化胃袋と強化口腔で食欲ビンビンにされて」
『……むごい話だわ。その後、中国はどうなったの?』
「料理の効果が暴走して、逃げ出してしまった。あとのことは分からない」
『そう……でもその地味が中国だったとしても、なぜ……?』
ユネークはそのときの中国の姿を思い出し、重々しく告げた。
「あの様子では異常な食欲をもてあましている様だった」
『お腹ペコペコで生きているということ?』
「あるいは私のオヤツをゲッチュするつもりか……いずれにせよ、彼女はまた現れるはずよ」
ユネークは覚悟を決めると、ダンボール箱を捨てて闇の奥を見据えた。
地下封印区画――地図を簡単に思い浮かべる。ここからはそう遠くない場所のはずだ。
「任務に戻るわ」
プシュン。
決着をつけねばならない。通信を切り、ユネークは本棚の間を走り始めた。
さりげなく例の本を広げているパチュリッヒ博士を後に残して。
■ ● ■
「いたぞー! 大食イストだ、誰か来てくれー!」
「食べるもの全てに、食欲をもてあます」
「ひっ!? ち、近寄らないでぇぇ……」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
■ ● ■
暗い闇。広がる静寂。
その空間にはまるで人気がなかった。巨大な暗黒が質量を持って空気を支配しているかのように。
地下封印区画。そこは館内でも特に広い一つの部屋だった。倉庫といってもよさそうな広さがある。そしてユネークが覗いている扉の反対側の壁に、鎖で何十にも縛られた一冊の本があった。
アレがマッド・レシピ……
もはや魔道書レベルの封印がなされているあたり、相当ヤバい本なのだろう。それ自身が勝手に料理を生み出してしまいかねないほどの強力な波動を感じる。
ユネークは無人の部屋に、静かに侵入した。
その瞬間、闇の奥から声が響く。
「ついに来たね……」
「誰っ!?」
ユネークはざっと足をこすると、声の出所に向けて半身を向けた。
それと同時に――マッド・レシピの横、黒くわだかまった闇を裂くように人影が一つ姿を現す。
「よく来たわね。褒めてあげる」
「あなたは……!」
「私はレキッド=スカーレット。あなたの目的は、このマッド・レシピね」
レキッドが片手をかざすと、マッド・レシピを縛めていた鎖が一つ一つほどけていく。数秒もすると全ての鎖は地に落ちてしまった。
ユネークは目を鋭く細めてそれを見る。今やマッド・レシピは開放され、台の上で不気味な妖気を放っていた。断じて料理帳のそれではない。
「あなたはよくやったけど、ここまでよ。大切なコレを渡すわけにはいかない……」
「たとえどんな状況でも、どんな時代でも食欲をもてあます。その本はいただくわ」
「ふふ……これを見ても、まだそんな口が利けるかしら」
レキッドが素早く腕を一閃すると、マッド・レシピはまるで意思あるもののようにページを開いて空中へと浮かび上がる。
膨大な魔力を放出しながらマッド・レシピがぴたりと制止する。転瞬、まばゆい光が辺りを支配した。ユネークは素早く腕で顔をカバーする。
閃光はすぐに収まった。ユネークは腰を落とした体勢で、再びレキッドへと目を向ける。いやな予感が胸をかすめた――
そして向き直ったとき、そこにはありえないものがあった。
レキッドの声。
「ユネーク! この歴史的な料理を拝みながら被弾していけ。今から見せてあげましょう、21世紀を導く悪魔の料理を!」
「どこが料理かっ!」
レキッドは変なものに乗り込んでいた。
それはぱっと見たところ、二本足で立つ不恰好なトカゲを連想させる。だがそれはあまりに大きすぎた、体高はゆうに5メートルはあるだろう。シルエットも人工物としての面影が強い。
そして……それはありとあらゆる材料が食べ物で出来ていた。ユネークは一瞬でそれらの素材を判別する。
全身の装甲――あれは極限まで硬化した極太フランスパンだ。手持ちの弾幕では傷一つつけられないだろう。関節には複数の層を持つパイ生地が採用され、鉄壁の防御を生み出している。駆動には固ゆでにしたパスタがワイヤーとして用いられいるに違いない。
武装も搭載されている。股間部にあるのは複数のチクワを束にし、枝豆を発射するバルカン砲。よくは見えないが、背部にはあらゆる根菜類を射出するミサイル・モジュールがあるようだった。口部からはイカ墨を発射すると思しきアメ細工のノズルが伸びている。右肩には……主砲だろう、特に堅牢かつ長大なパンの塊がせり出していた。
レキッドの姿は見えないが、声は胴体から聞こえる。どうやら内部に格納されているらしい。
「冗談じゃないものがでてきたわね……」
「ふはははは! どうしたユネーク、こちらから行くわよ!」
料理の塊は不気味な低音を響かせながら動き出した。機首をユネークへ向けると、瞬時に枝豆の嵐を放ってくる。
「くぉっ!」
全力で横っ飛びに回避し、ユネークは物陰へと回り込む。
敵の斜線から逃れると、彼女は即座に回線を開いた。
ピリリリ……ピリリリ……
プシュン。
「大佐、かなりまずいことになってきたわ!」
『まさかあれほどの料理を生み出してしまうなんて……マッド・レシピ、予想を上回る性能ね』
『……ユネーク、あれを倒すつもり?』
「パチュリッヒ博士、あれに対抗する手段は何かない? 開発者のあなたなら弱点も知っているはず」
『あの料理――レックスの装甲は完璧よ。あなたの弾幕では貫通できないわ』
「そんな……」
『でも内側からなら話は別よ。いい、よく聞いて。レックスのコックピットは完全密閉型。外からの情報を得るためにはセンサーを解する必要がある』
「なるほど。それで?」
『レックスの左肩に半球状の構造体が見えるかしら』
「あぁ――あの巨大なミートパイね」
『それの内側には各種センサー類が集積されている。まずはそのセンサーを破壊するのよ。そうすれば操縦者は肉眼で外界を確認しなければならない……つまりコックピットが開放されるわ。そうすれば、もろい内側のインターフェース郡にダメージを与えることが出来る。さすがのレックスといえど、あとは破壊されるより他ないわ』
「なるほど……分かった。あなたに感謝したい気持ちよ!」
プシュン。
ユネークは通信を切ると同時、残影を生み出すような動きで一気にレックスへ駆け出した。対するレックスも大根ミサイルを射出してユネークを迎え撃つ。
「このマッド・レシピ・レックスに挑むとはいい度胸ね! 踏み潰してあげるわ!」
哄笑と共にミサイルが迫ってくる――ユネークはそれらの軌道を動物的な直感で予測すると、飛燕の如き加速力で全てのミサイルの下を潜り抜ける!
爆発的な速度で接近するユネークに、レキッドは驚嘆のうめきをこぼしていた。
「く、そんな……まさか!」
「今だ! スーパー食ING噛み千切りっ!」
ユネークは勢いはそのままでレックスの脚部を踏み台にし、一足で肩の高さまで飛び上がった。ミートパイのある高さに。
影が走るように、ユネークとミートパイが交錯する。
ミートパイをごっそり食われたレックスは、その動きを止めた。ユネークはくるくると空中で回転を混ぜ、離れた床に着地する。
会心の一撃を加えたユネークは、肩越しに振り向いてレックスの左肩に注目した。
「やったかしら……?」
しかしミートパイは、微かに震えて再び活動を再開した。
凄まじい素早さでレックスがユネークへ襲い掛かる!
「しまった!」
「甘いわユネーク、これで終わりよ!」
レックスの巨大な足がユネークへ覆いかぶさる。
そのとき――
ブンッ!
耳障りな音ともに、ユネークの眼前に影が躍り出た。
その影は躊躇なく両腕を挙げると、振り下ろされるレックスの足をがっしりと受け止める!
「早く逃げろ!」
反射的に、ユネークは後方へ離脱した。
声の主、その人影は地味だった。後姿からでも、その長い赤毛には見覚えがある……
「紅美鈴!」
「懐かしい名前だ。中国よりは聞こえはいい」
「やはりあなただったのね!」
「ふ……勝負食器であの世から戻ってきた」
中国はレックスの足を受け止めたまま、視線だけ背後のユネークに向ける。その横顔には何か力強い感情があった。
頭上からレキッドが声をあげる。
「おのれ中国、死に損ないめ! あなたからぺしゃんこにしてあげるわ!」
レックスが足を戻し、低い角度での蹴りを放ってきた。
しかし中国は目にも留まらない速さでそれをかわすと、逆に機体を駆け上がってミートパイに飛び蹴りを与える!
「門番の分際でぇぇぇぇ!」
パイの中身がこぼれだし、いよいよ動作が低下しているらしい。レックスは二人の居場所を見失ったように無差別に辺りを攻撃し始めた。
慌てて退避し、柱の影に身を潜める二人。
「中国……」
ユネークが見つめると、中国は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「私は食の囚人……あなただけが私を解放してくれる」
彼女は一度レックスの動きを確認すると、疲れた吐息を漏らして続けた。
「正門で倒された後……私は満腹感を取り上げられた。食べている実感のない、ただ空腹でないだけの無意味な食……それが今ようやく、終わる」
「中国……あなたはあのレシピ帳の魔力で支配されているんでしょう。私が何とかするわ、あなたは無理せず下がって――」
ユネークの声をさえぎり、中国は毅然とあごをあげた。
「そろそろ決着をつけるときのようね。紅魔館門番からの最後のプレゼントよ、私が奴の動きを止める!」
言下、中国は恐るべき加速力でレックスとの間合いをゼロに変える。重みのある一撃を脚部に叩き込み、レックスの移動を一瞬封じる。
そのままいったん離れる中国のあとを追うように、レックスの頭部が動いた。
「そこか!」
まるで影を縫うような精密な枝豆が中国に迫る。が、それら全てを置き去りにして中国はレックスの正面へ回った。
「はあぁっ!」
気合一閃。
美鈴は両拳にオーラを込めると、襲いくる枝豆全てを叩き落して一直線にレックスへ迫った。至近距離まで詰めたところでレックスはイカ墨も吐いてきたが、それをもまとめて弾き飛ばす。
あとは瞬きするほどの時間もなかった。爆ぜるような音を残したかと思うと、中国の身体は空を舞い、二つの拳で同時にパイを撃砕する!
レックスの体が大きく傾いだ。
「やるわねっ!」
同時にレックスの胴体が開く。中にはレキッドが収まっているが、その表情は獰猛な笑みを浮かべていた。
レックスは沈んだ身体を立て直すように起こしながら、同時に空中の中国に主砲の砲身を叩きつけた。
短い悲鳴と共に地に叩きつけられる中国。
――そして容赦なく振り下ろされる巨大な脚。
中国は避けられない。まるでハンマーのような脚が地面に激突し、信じがたい音を響かせる。
もうもうと粉塵の立ちこめる中……しかし中国はまだ息絶えてはいなかった。
「ぐぅぅっ……」
「ふん、潰される直前に気を使ってガードしたのね。その強化骨格がいつまで持つかしら……? ユネーク、こいつを見殺しにするつもり!?」
「中国!」
「げふっ、今だ! 反魂蝶を撃ちこめ!」
「撃てるかしら? こいつも死ぬわよ!」
その瞬間、ユネークは一切迷ったりはしなかった。即座に叫ぶ。
「ラストワード、西行寺無余涅槃!」
「え、いや、ちょっと待――」
レキッドの言葉をかき消すように爆音と閃光が広がり、その部屋の全てを埋め尽くした。
■ ● ■
「これを全部食べるのは骨が折れそうね……」
もしゃもしゃもぐもぐ。
ごっくん。
■ ● ■
ピリリリ……ピリリリ……
プシュン。
「大佐、聞こえる?」
『ユネーク、どうなったの!? 状況は!?』
「安心して。レックスは撃破、マッド・レシピも今私の手元にあるわ。損害はない」
『よかったぁ。やるじゃないユネーク』
「レキッドと中国はそこで伸びてるわ。あとはこれを持って帰還するだけで、任務は終了ね」
『いいえ、ユネーク。まずはスキマを使ってレシピ帳を回収するわ』
大佐の言葉と同時に、ユネークのすぐ前の空間に亀裂が走った。
『さ、早くスキマに、むき出しのマッド・レシピをぶち込んでちょうだい!』
「……大佐?」
『私のスキマは、あなたのマッド・レシピ挿入を今か今かと待ってるのよ。早く入れて!』
「いや……大佐、大丈夫? あせっているみたいだけど」
『今は余計なことは考えないで! マッド・レシピを転送することだけに集中するのよ』
「……まぁ、いいけど」
ユネークはどこか釈然としないものを感じつつも、とりあえずマッド・レシピをスキマに放り込んだ。
と、そこで廊下から音が聞こえる。足音……誰かが走ってくるようだ。
手持ち無沙汰のまま扉を眺めていると、すぐに銀髪のメイドが部屋に飛び込んできた。仮面はつけていない。
彼女は周囲を一瞥すると、舌打ちと共に苦々しい呟きをこぼした。
「遅かったか……」
「サクヤ・ザ・リッパー。見ての通りマッド・レシピはいただいたわ」
「幽々子、紫はどこ!」
「え?」
普通に名前で呼んでくる彼女に一瞬違和感を覚える。
ほぼ同時に、
『幽々子、応答して』
「パチュリッヒ博士?」
『まずいことが分かったわ。紫は大佐じゃない。あなたがマッド・レシピを送ったのは――』
『うふふ……パチュリー、いまさら気づいても遅いわ』
「紫! 始めから私達を騙すつもりだったのね!」
通信の内容は、ユネークだけでなくその部屋の全体に響いていた。サクヤ・ザ・リッパー――いや、咲夜が怒鳴るように虚空に向かって声をあげている。
「二日前、あなたは私達に『ゲームをしましょう』と持ちかけた……今にして思えば、疑うべきだったわ」
『そう、私は『あなたの館の一番奥まで幽々子が潜入できるかどうか』の賭けを持ちかけた。あなた達がマッド・レシピを開発したことは、少し前にキャッチしていたわ。そして――私の“ゲーム”は、あなた達がマッド・レシピ・レックスの実戦テストを行うために最適の状況だった。そしてこれはあくまで“ゲーム”。あなた達はお互いが楽しめるようにお膳立てし、幽々子が最深部まで到達できるようある程度手を抜いていた。そうでないと賭けにならないしね。もっとも……レミリアはさすがに見抜いていたのかしら、私の目的がマッド・レシピだってことは分かってたみたいね』
「マッド・レシピのことを知っているなんておくびにも出さず、虎視眈々と奪い取る機会を窺っていたというわけね……」
『その通り。唯一幽々子の口から事実が漏れる危険性だけはあったけれど、幽々子は元から食欲魔人。ちょっとやそっと不審な言動をとっても怪しまれるものではないわ』
唖然として、幽々子はスキマに問いかける。
「紫……それじゃああなた、私を利用して……」
『ん。ひょっとしてそこまでこれたのは、自分一人の才能だと思ってた?』
全く悪びれずに返してくる紫。
『惨めなあなた達の役割はすんだわ。そうそう、マスターはちゃんと返してあげるから安心なさい……それじゃ、さようなら』
プシュン。
そうして通信は終わった。
まだあっけにとられている幽々子の向こうで、咲夜はレミリアの介抱をしていた。中国もよろよろと自力で立ち上がりつつある。
「えーっと……」
「あなたが悪いわけじゃないのは、分かってるけどね」
頭を抑えつつ、レミリアがそう言ってきた。
「調子に乗りすぎて、あっけなくやられちゃったわね……マッド・レシピも奪われたし、いいことないわ」
「お嬢様、必ずやマッド・レシピは奪還いたします」
「もちろんよ。――それで、幽々子」
「え、何?」
幽々子が聞き返すと、レミリアは髪をかきあげながら目を細めた。
「館を荒らしたことは、この際チャラにしてあげるわ。食べられたメイドも、“本当に”食べられたわけじゃないしね。それであなたは……どうする? コケにされたままあきらめて帰るか、強烈なのを一発お返しするか」
「それはもちろん――」
考えるまでもない。
「貸し借りは無しにしてあげないとねぇ」
「そうこなくっちゃ。それじゃあ、これから早速紫への仕返しを考えないとね。あなたもいらっしゃい」
レミリアは笑みを浮かべると、咲夜を従えて部屋を出て行った。
幽々子もそれを追いながら、どうやってお返ししようかと彼女なりに考える。いろいろと思い浮かんだが、どれも捨てがたい。
先を行く背中を見つつ、幽々子もまた笑みを浮かべた。
「ここに来てからも楽しかったけど……これからも楽しくなりそうね。ふふ」
終
紅魔館に潜入し、秘蔵のレシピ帳奪取を目論むユユコ=スネーク。
スキマ無線のサポート隊員、大佐(紫)、ナオミ(藍)、チェン(橙)、マスター(妖夢)のバックアップを受け、順調に深部へと進んでいく。
突如として行く手を阻むサクヤ・ザ・リッパーも謎の忍者の乱入で切り抜け、ただひたすら食欲をもてあましつユネークはレシピ帳へと突き進んでいく。
そしてユネークはレシピ帳の秘密を暴くべく、ヴワル大魔法図書館へと向かった。
迫りくるメイド兵をかきわけ、ついに戦いはクライマックスを迎える――
■ ● ■
「敵発見! HQ、増援を――」
「食欲をもてあます」
「ひ、ひぃぃぃ! 来るなぁぁぁぁ!」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
「ちょっと、そこで何をしている!?」
「私の食欲はゴジラよ。食INGEATER。」
「まま、待ってちょうだ――」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
ガタッ。
「音がした……。っ!? 誰よあなた、どこから来たの!」
「何度も言うけど、私は、タベタイ。とにかく、タベタイ」
「誰か来てぇぇぇぇぇ!」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
「ウホッ、いい侵入者!」
「食べないか」
「気持ち悪いなぁ。食べないよ」
「くっ、まぁいい……そんなことよりも私の胃袋を見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく……大きいです……アッー!」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
■ ● ■
ピリリリ……ピリリリ……
プシュン。
『ユネーク……あなたって人は……』
「あぁ、大佐。大図書館に到着したわ」
『いまさら突っ込みを入れる気力も起きないわね。状況はどう?』
「そろそろ館長のいる辺りまで来たわ。小悪魔はクソミソにのして丸ごといただいておいたし」
『その図書館は広いわ。慎重に探索するのよ』
「分かった」
プシュン。
ユネークは通信を切り、ダンボール箱をかぶった状態で迷路のように複雑な本棚の間を縫って進んでいく。
常に壁際を移動しながら気配を殺しつつ奥に向かっていると、やがて開けた空間が見えてきた。中にはテーブルと椅子があり、大量の書籍と共に一人の少女が本を読みふけっている。
あの眠たげな目つき、彼女がパチュリー・ノーレッジ。
先手必勝。
「食欲をもてあますっ!」
掛け声と共にダンボール箱を放り投げ、一気に間合いを詰める。
が、パチュリーの反応も迅速だった。彼女は本から視線をずらすこともなく、一瞬でテーブルの上のアンパンをユネークめがけて弾き飛ばす!
本能で身体全身がアンパンをキャッチした瞬間。ユネークは本棚に向かって一直線に突っ込んでいることに気づいた――
「しまっ……へぶしっ!」
どがっ! がらがらがら……
何とか崩れた本の山から抜け出すと、薄闇で本に囲まれながら醒めた眼でユネークを見ているパチュリーがいた。
「こんなところまで来るなんてねぇ……」
「あたた……食べ物を粗末にしちゃダメじゃない。バチが当たるわよ」
「館にあなたが忍び込んだっていう話は聞いてたけど、ここに何の用?」
あくまで冷静なパチュリーの声を聞きながら、ユネークは跳ね飛ばしたダンボール箱を回収する。
「極秘裏に開発されたというレシピ帳を調べにきたわ。なんでも料理や食事を超越した世界の内容だとかって……あなたがそレシピの開発者、パチュリッヒ博士ね」
「何その、パチュリッヒって……確かに開発者には違いないけど、言い出したのはレミィだし主導したのは咲夜。私は資料を集めて再構築しただけよ」
「何が書かれているの?」
「マッド・レシピの中身? 別に普通の料理帳と同じようなものよ。載せている内容はかなり広範囲ではあるけど――あー、マッド・レシピっていうのは名前よ、そのレシピ帳」
「マッドなんて名前がついてて、どこが普通なのよ」
「……普通は普通よ」
「怪しいものだわ」
ユネークはパチュリッヒ博士の正面に立つと、テーブルに手を突いて上から睨みつけた。
「マッド・レシピはどこに?」
「館内にはあるわ。残念だけどそれ以上は言わないように釘を刺されてるの」
「あれを手に入れるためにはあなたの情報が必要なのよ。マッド・レシピの場所を教えて」
「しつこいわね。言えないものは言えない……ていうか、手に入れる? なおさら教えられないじゃない」
「ふぅ、分かった……言い方を変えるわ。お願い協力してくださーイッ!」
「断る」
「ひどぃっ!」
全く相手にしてくれないパチュリッヒ博士に打つ手無しのユネーク。
頭を抱えていると、不意に耳元でいつもの電子音が鳴る。
ピリリリ……ピリリリ……
プシュン。
『ユネーク。パチュリッヒ博士は強力な対ギャグ防御壁を装備しているわ。通常会話での口撃は無力よ』
「ではどうすれば!?」
パチュリッヒ博士からは独り言をつぶやいているようにしか見えないだろうが、ユネークは構わず声を荒げた。
『あらゆるものを最大限に活用していくことが潜入任務の基本よ。何か使えるアイテムはないかしら?』
「あいにく、ダンボール箱と食料くらいしか……」
『ユネーク。私にいい考えがあります』
「ナオミ、何か妙案が?」
『今からスキマを使ってブツそちらにお送りします。うまく使えば、協力を得られるかもしれません』
「それは夢のある話ね。すぐ頼むわ」
言い終わるのとほぼ同時、ユネークの背後でばさりと物音がした。振り返ると、一冊の本が落ちている。
パチュリッヒ博士から不審げな視線が飛んでくるが、ユネークはとりあえず無視してその本を改めた。
内容を確認したとき――ユネークは思わず瞠目して感嘆の声を漏らす!
「これはっ――! これほどのものを一体どうやってゲッチューしたの?」
『Amazonです』
「あはは、通販かしら?」
『そうです』
「……嘘?」
『ホント』
「…………」
プシュン。
ユネークは無言で通信を切ると、本をつまんだままパチュリッヒ博士に向き直った。
なんとなく疲れた心地で切り出す。
「実はここに偶然、『秘密のドキ★ドキ! 快感☆マリサランド』という本があるのだけど……」
ユネークは、そこで止めた。パチュリッヒ博士は――まだ眠たげな表情を崩していないものの、さっきとは微妙に気配を変えていることに彼女は気づいた。
もしかしたら、座ったまま気絶しているのかもしれない。ユネークはしばらく待つことにした。
やがて、顔に脂汗など浮かべつつパチュリッヒ博士はぎこちなく口を開いた。
「……な、何に手を貸せばいいのかしら?」
「話が早くて助かるわぁ。マッド・レシピのありかは?」
「紅魔館最奥。地下封印区画。そこにマッド・レシピは保管されている」
「なぜそんな厳重な場所に……一体マッド・レシピとは何なの?」
「材料と効果がマッドなのよ。引っこ抜いたときに絶叫する芋とか、肥料の匂いにつられて自分から動き出す目玉型の栗とか」
「限りなく嫌すぎるわね」
「出来上がってしまえば、美味しいのだけどね。あと料理に耐性のない者が食べると、発狂したり身体が変形したりしとか。ちなみに魔道書の類だから不用意に操作しないほうがいいわよ」
「そんなものを開発していたとは……食欲をもてあます」
ユネークは腕を組んで天井を見上げた。
マッド・レシピ……なかなか強烈な中身のようだが、「美味しい」といわれてはいやがおうにも興味を惹かれる。
彼女は一つうなずくと、ダンボール箱を片手に地下封印区画へと足を向けた。
と、不意に思い出して博士に訊ねる。
「ねぇ、あなた地味な妖怪に心当たりはない?」
「地味?」
「さっき突然現れて、消えていったのよ。赤毛で緑色の服で龍の文字。で地味」
「……そう。彼女はあなたの前に現れたのね」
「何のこと?」
「彼女は中国よ」
ピリリ……ピリリ……
プシュン。
『そんなバカな、彼女は三話前でユネークに――』
「……何これ?」
博士もスキマ通信を受信できるようになったらしい。耳を押さえて怪訝な表情をしている。
ユネークは手短に状況を説明すると、博士は理解したようにうなずいた。
「そう、拘束されたはず。でも生きていたのよ」
『何ですって……!』
「ユネークがここに来る前のことよ。この図書館になんかもう色々当てられない状態の中国がやってきたわ」
「芋虫状態になるまで縛ってきたのだけれど……」
「咲夜が運んできたの。マッド・レシピ最凶の料理を実験するために」
『でもあの時、彼女はコッペパンを食べてお腹いっぱいはずでは――』
「無理やり空腹にさせられたのよ。強化胃袋と強化口腔で食欲ビンビンにされて」
『……むごい話だわ。その後、中国はどうなったの?』
「料理の効果が暴走して、逃げ出してしまった。あとのことは分からない」
『そう……でもその地味が中国だったとしても、なぜ……?』
ユネークはそのときの中国の姿を思い出し、重々しく告げた。
「あの様子では異常な食欲をもてあましている様だった」
『お腹ペコペコで生きているということ?』
「あるいは私のオヤツをゲッチュするつもりか……いずれにせよ、彼女はまた現れるはずよ」
ユネークは覚悟を決めると、ダンボール箱を捨てて闇の奥を見据えた。
地下封印区画――地図を簡単に思い浮かべる。ここからはそう遠くない場所のはずだ。
「任務に戻るわ」
プシュン。
決着をつけねばならない。通信を切り、ユネークは本棚の間を走り始めた。
さりげなく例の本を広げているパチュリッヒ博士を後に残して。
■ ● ■
「いたぞー! 大食イストだ、誰か来てくれー!」
「食べるもの全てに、食欲をもてあます」
「ひっ!? ち、近寄らないでぇぇ……」
――ぎゃあああぁぁぁ……
もしゃもしゃもぐもぐ。ごっくん。
■ ● ■
暗い闇。広がる静寂。
その空間にはまるで人気がなかった。巨大な暗黒が質量を持って空気を支配しているかのように。
地下封印区画。そこは館内でも特に広い一つの部屋だった。倉庫といってもよさそうな広さがある。そしてユネークが覗いている扉の反対側の壁に、鎖で何十にも縛られた一冊の本があった。
アレがマッド・レシピ……
もはや魔道書レベルの封印がなされているあたり、相当ヤバい本なのだろう。それ自身が勝手に料理を生み出してしまいかねないほどの強力な波動を感じる。
ユネークは無人の部屋に、静かに侵入した。
その瞬間、闇の奥から声が響く。
「ついに来たね……」
「誰っ!?」
ユネークはざっと足をこすると、声の出所に向けて半身を向けた。
それと同時に――マッド・レシピの横、黒くわだかまった闇を裂くように人影が一つ姿を現す。
「よく来たわね。褒めてあげる」
「あなたは……!」
「私はレキッド=スカーレット。あなたの目的は、このマッド・レシピね」
レキッドが片手をかざすと、マッド・レシピを縛めていた鎖が一つ一つほどけていく。数秒もすると全ての鎖は地に落ちてしまった。
ユネークは目を鋭く細めてそれを見る。今やマッド・レシピは開放され、台の上で不気味な妖気を放っていた。断じて料理帳のそれではない。
「あなたはよくやったけど、ここまでよ。大切なコレを渡すわけにはいかない……」
「たとえどんな状況でも、どんな時代でも食欲をもてあます。その本はいただくわ」
「ふふ……これを見ても、まだそんな口が利けるかしら」
レキッドが素早く腕を一閃すると、マッド・レシピはまるで意思あるもののようにページを開いて空中へと浮かび上がる。
膨大な魔力を放出しながらマッド・レシピがぴたりと制止する。転瞬、まばゆい光が辺りを支配した。ユネークは素早く腕で顔をカバーする。
閃光はすぐに収まった。ユネークは腰を落とした体勢で、再びレキッドへと目を向ける。いやな予感が胸をかすめた――
そして向き直ったとき、そこにはありえないものがあった。
レキッドの声。
「ユネーク! この歴史的な料理を拝みながら被弾していけ。今から見せてあげましょう、21世紀を導く悪魔の料理を!」
「どこが料理かっ!」
レキッドは変なものに乗り込んでいた。
それはぱっと見たところ、二本足で立つ不恰好なトカゲを連想させる。だがそれはあまりに大きすぎた、体高はゆうに5メートルはあるだろう。シルエットも人工物としての面影が強い。
そして……それはありとあらゆる材料が食べ物で出来ていた。ユネークは一瞬でそれらの素材を判別する。
全身の装甲――あれは極限まで硬化した極太フランスパンだ。手持ちの弾幕では傷一つつけられないだろう。関節には複数の層を持つパイ生地が採用され、鉄壁の防御を生み出している。駆動には固ゆでにしたパスタがワイヤーとして用いられいるに違いない。
武装も搭載されている。股間部にあるのは複数のチクワを束にし、枝豆を発射するバルカン砲。よくは見えないが、背部にはあらゆる根菜類を射出するミサイル・モジュールがあるようだった。口部からはイカ墨を発射すると思しきアメ細工のノズルが伸びている。右肩には……主砲だろう、特に堅牢かつ長大なパンの塊がせり出していた。
レキッドの姿は見えないが、声は胴体から聞こえる。どうやら内部に格納されているらしい。
「冗談じゃないものがでてきたわね……」
「ふはははは! どうしたユネーク、こちらから行くわよ!」
料理の塊は不気味な低音を響かせながら動き出した。機首をユネークへ向けると、瞬時に枝豆の嵐を放ってくる。
「くぉっ!」
全力で横っ飛びに回避し、ユネークは物陰へと回り込む。
敵の斜線から逃れると、彼女は即座に回線を開いた。
ピリリリ……ピリリリ……
プシュン。
「大佐、かなりまずいことになってきたわ!」
『まさかあれほどの料理を生み出してしまうなんて……マッド・レシピ、予想を上回る性能ね』
『……ユネーク、あれを倒すつもり?』
「パチュリッヒ博士、あれに対抗する手段は何かない? 開発者のあなたなら弱点も知っているはず」
『あの料理――レックスの装甲は完璧よ。あなたの弾幕では貫通できないわ』
「そんな……」
『でも内側からなら話は別よ。いい、よく聞いて。レックスのコックピットは完全密閉型。外からの情報を得るためにはセンサーを解する必要がある』
「なるほど。それで?」
『レックスの左肩に半球状の構造体が見えるかしら』
「あぁ――あの巨大なミートパイね」
『それの内側には各種センサー類が集積されている。まずはそのセンサーを破壊するのよ。そうすれば操縦者は肉眼で外界を確認しなければならない……つまりコックピットが開放されるわ。そうすれば、もろい内側のインターフェース郡にダメージを与えることが出来る。さすがのレックスといえど、あとは破壊されるより他ないわ』
「なるほど……分かった。あなたに感謝したい気持ちよ!」
プシュン。
ユネークは通信を切ると同時、残影を生み出すような動きで一気にレックスへ駆け出した。対するレックスも大根ミサイルを射出してユネークを迎え撃つ。
「このマッド・レシピ・レックスに挑むとはいい度胸ね! 踏み潰してあげるわ!」
哄笑と共にミサイルが迫ってくる――ユネークはそれらの軌道を動物的な直感で予測すると、飛燕の如き加速力で全てのミサイルの下を潜り抜ける!
爆発的な速度で接近するユネークに、レキッドは驚嘆のうめきをこぼしていた。
「く、そんな……まさか!」
「今だ! スーパー食ING噛み千切りっ!」
ユネークは勢いはそのままでレックスの脚部を踏み台にし、一足で肩の高さまで飛び上がった。ミートパイのある高さに。
影が走るように、ユネークとミートパイが交錯する。
ミートパイをごっそり食われたレックスは、その動きを止めた。ユネークはくるくると空中で回転を混ぜ、離れた床に着地する。
会心の一撃を加えたユネークは、肩越しに振り向いてレックスの左肩に注目した。
「やったかしら……?」
しかしミートパイは、微かに震えて再び活動を再開した。
凄まじい素早さでレックスがユネークへ襲い掛かる!
「しまった!」
「甘いわユネーク、これで終わりよ!」
レックスの巨大な足がユネークへ覆いかぶさる。
そのとき――
ブンッ!
耳障りな音ともに、ユネークの眼前に影が躍り出た。
その影は躊躇なく両腕を挙げると、振り下ろされるレックスの足をがっしりと受け止める!
「早く逃げろ!」
反射的に、ユネークは後方へ離脱した。
声の主、その人影は地味だった。後姿からでも、その長い赤毛には見覚えがある……
「紅美鈴!」
「懐かしい名前だ。中国よりは聞こえはいい」
「やはりあなただったのね!」
「ふ……勝負食器であの世から戻ってきた」
中国はレックスの足を受け止めたまま、視線だけ背後のユネークに向ける。その横顔には何か力強い感情があった。
頭上からレキッドが声をあげる。
「おのれ中国、死に損ないめ! あなたからぺしゃんこにしてあげるわ!」
レックスが足を戻し、低い角度での蹴りを放ってきた。
しかし中国は目にも留まらない速さでそれをかわすと、逆に機体を駆け上がってミートパイに飛び蹴りを与える!
「門番の分際でぇぇぇぇ!」
パイの中身がこぼれだし、いよいよ動作が低下しているらしい。レックスは二人の居場所を見失ったように無差別に辺りを攻撃し始めた。
慌てて退避し、柱の影に身を潜める二人。
「中国……」
ユネークが見つめると、中国は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「私は食の囚人……あなただけが私を解放してくれる」
彼女は一度レックスの動きを確認すると、疲れた吐息を漏らして続けた。
「正門で倒された後……私は満腹感を取り上げられた。食べている実感のない、ただ空腹でないだけの無意味な食……それが今ようやく、終わる」
「中国……あなたはあのレシピ帳の魔力で支配されているんでしょう。私が何とかするわ、あなたは無理せず下がって――」
ユネークの声をさえぎり、中国は毅然とあごをあげた。
「そろそろ決着をつけるときのようね。紅魔館門番からの最後のプレゼントよ、私が奴の動きを止める!」
言下、中国は恐るべき加速力でレックスとの間合いをゼロに変える。重みのある一撃を脚部に叩き込み、レックスの移動を一瞬封じる。
そのままいったん離れる中国のあとを追うように、レックスの頭部が動いた。
「そこか!」
まるで影を縫うような精密な枝豆が中国に迫る。が、それら全てを置き去りにして中国はレックスの正面へ回った。
「はあぁっ!」
気合一閃。
美鈴は両拳にオーラを込めると、襲いくる枝豆全てを叩き落して一直線にレックスへ迫った。至近距離まで詰めたところでレックスはイカ墨も吐いてきたが、それをもまとめて弾き飛ばす。
あとは瞬きするほどの時間もなかった。爆ぜるような音を残したかと思うと、中国の身体は空を舞い、二つの拳で同時にパイを撃砕する!
レックスの体が大きく傾いだ。
「やるわねっ!」
同時にレックスの胴体が開く。中にはレキッドが収まっているが、その表情は獰猛な笑みを浮かべていた。
レックスは沈んだ身体を立て直すように起こしながら、同時に空中の中国に主砲の砲身を叩きつけた。
短い悲鳴と共に地に叩きつけられる中国。
――そして容赦なく振り下ろされる巨大な脚。
中国は避けられない。まるでハンマーのような脚が地面に激突し、信じがたい音を響かせる。
もうもうと粉塵の立ちこめる中……しかし中国はまだ息絶えてはいなかった。
「ぐぅぅっ……」
「ふん、潰される直前に気を使ってガードしたのね。その強化骨格がいつまで持つかしら……? ユネーク、こいつを見殺しにするつもり!?」
「中国!」
「げふっ、今だ! 反魂蝶を撃ちこめ!」
「撃てるかしら? こいつも死ぬわよ!」
その瞬間、ユネークは一切迷ったりはしなかった。即座に叫ぶ。
「ラストワード、西行寺無余涅槃!」
「え、いや、ちょっと待――」
レキッドの言葉をかき消すように爆音と閃光が広がり、その部屋の全てを埋め尽くした。
■ ● ■
「これを全部食べるのは骨が折れそうね……」
もしゃもしゃもぐもぐ。
ごっくん。
■ ● ■
ピリリリ……ピリリリ……
プシュン。
「大佐、聞こえる?」
『ユネーク、どうなったの!? 状況は!?』
「安心して。レックスは撃破、マッド・レシピも今私の手元にあるわ。損害はない」
『よかったぁ。やるじゃないユネーク』
「レキッドと中国はそこで伸びてるわ。あとはこれを持って帰還するだけで、任務は終了ね」
『いいえ、ユネーク。まずはスキマを使ってレシピ帳を回収するわ』
大佐の言葉と同時に、ユネークのすぐ前の空間に亀裂が走った。
『さ、早くスキマに、むき出しのマッド・レシピをぶち込んでちょうだい!』
「……大佐?」
『私のスキマは、あなたのマッド・レシピ挿入を今か今かと待ってるのよ。早く入れて!』
「いや……大佐、大丈夫? あせっているみたいだけど」
『今は余計なことは考えないで! マッド・レシピを転送することだけに集中するのよ』
「……まぁ、いいけど」
ユネークはどこか釈然としないものを感じつつも、とりあえずマッド・レシピをスキマに放り込んだ。
と、そこで廊下から音が聞こえる。足音……誰かが走ってくるようだ。
手持ち無沙汰のまま扉を眺めていると、すぐに銀髪のメイドが部屋に飛び込んできた。仮面はつけていない。
彼女は周囲を一瞥すると、舌打ちと共に苦々しい呟きをこぼした。
「遅かったか……」
「サクヤ・ザ・リッパー。見ての通りマッド・レシピはいただいたわ」
「幽々子、紫はどこ!」
「え?」
普通に名前で呼んでくる彼女に一瞬違和感を覚える。
ほぼ同時に、
『幽々子、応答して』
「パチュリッヒ博士?」
『まずいことが分かったわ。紫は大佐じゃない。あなたがマッド・レシピを送ったのは――』
『うふふ……パチュリー、いまさら気づいても遅いわ』
「紫! 始めから私達を騙すつもりだったのね!」
通信の内容は、ユネークだけでなくその部屋の全体に響いていた。サクヤ・ザ・リッパー――いや、咲夜が怒鳴るように虚空に向かって声をあげている。
「二日前、あなたは私達に『ゲームをしましょう』と持ちかけた……今にして思えば、疑うべきだったわ」
『そう、私は『あなたの館の一番奥まで幽々子が潜入できるかどうか』の賭けを持ちかけた。あなた達がマッド・レシピを開発したことは、少し前にキャッチしていたわ。そして――私の“ゲーム”は、あなた達がマッド・レシピ・レックスの実戦テストを行うために最適の状況だった。そしてこれはあくまで“ゲーム”。あなた達はお互いが楽しめるようにお膳立てし、幽々子が最深部まで到達できるようある程度手を抜いていた。そうでないと賭けにならないしね。もっとも……レミリアはさすがに見抜いていたのかしら、私の目的がマッド・レシピだってことは分かってたみたいね』
「マッド・レシピのことを知っているなんておくびにも出さず、虎視眈々と奪い取る機会を窺っていたというわけね……」
『その通り。唯一幽々子の口から事実が漏れる危険性だけはあったけれど、幽々子は元から食欲魔人。ちょっとやそっと不審な言動をとっても怪しまれるものではないわ』
唖然として、幽々子はスキマに問いかける。
「紫……それじゃああなた、私を利用して……」
『ん。ひょっとしてそこまでこれたのは、自分一人の才能だと思ってた?』
全く悪びれずに返してくる紫。
『惨めなあなた達の役割はすんだわ。そうそう、マスターはちゃんと返してあげるから安心なさい……それじゃ、さようなら』
プシュン。
そうして通信は終わった。
まだあっけにとられている幽々子の向こうで、咲夜はレミリアの介抱をしていた。中国もよろよろと自力で立ち上がりつつある。
「えーっと……」
「あなたが悪いわけじゃないのは、分かってるけどね」
頭を抑えつつ、レミリアがそう言ってきた。
「調子に乗りすぎて、あっけなくやられちゃったわね……マッド・レシピも奪われたし、いいことないわ」
「お嬢様、必ずやマッド・レシピは奪還いたします」
「もちろんよ。――それで、幽々子」
「え、何?」
幽々子が聞き返すと、レミリアは髪をかきあげながら目を細めた。
「館を荒らしたことは、この際チャラにしてあげるわ。食べられたメイドも、“本当に”食べられたわけじゃないしね。それであなたは……どうする? コケにされたままあきらめて帰るか、強烈なのを一発お返しするか」
「それはもちろん――」
考えるまでもない。
「貸し借りは無しにしてあげないとねぇ」
「そうこなくっちゃ。それじゃあ、これから早速紫への仕返しを考えないとね。あなたもいらっしゃい」
レミリアは笑みを浮かべると、咲夜を従えて部屋を出て行った。
幽々子もそれを追いながら、どうやってお返ししようかと彼女なりに考える。いろいろと思い浮かんだが、どれも捨てがたい。
先を行く背中を見つつ、幽々子もまた笑みを浮かべた。
「ここに来てからも楽しかったけど……これからも楽しくなりそうね。ふふ」
終
こいんいっこ!
こいんいっこ!
これなんて魔導的見地から品種改良を加えた秋の味かk(ここから先は破れていて読めない
貴様こんな終わらせ方許されると思ってか!?
お願いします、続きを!
チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン