Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

幽々子さんの衣替え

2006/03/25 13:04:58
最終更新
サイズ
6.91KB
ページ数
1
 妖夢は朝からずっと部屋にこもっていた。部屋にこもり、ただひたすらに瞑目して悩んでいた。
 すでに夜。一日幽々子の世話を放置してしまっていたが、今の妖夢はそれすら気にしていられないほどに悩んでいた。それこそ、朝、昼、先ほどと三度幽々子が襖の向こうから「妖夢ー?」と声をかけてきたことにすら気づかないほどである。さらに言うならば、顔の前に手をひらひらさせられた上に耳元で「妖夢ー?」と問いかけられても反応できなかったほどだ。今も怒った幽々子が半身を持っていって代わりに食事を作れと強要しているのに、気にせず妖夢は瞑目してうんうん唸っている。
 そもそも事の起こりは昨日。妖夢はいつも通りに起きていつも通りに朝食を作り、いつも通りに幽々子を起こしに行った。そこまではどう考えてもいつも通りで、特筆すべきことはない。
 しかし、起きてきた幽々子はいつも通りではなかった。いつもよりも、うきうきとしているように妖夢には見えた。
「幽々子様、何かあったんですか?」
 素直に聞いてみると、幽々子はうふふと笑ってこう答えた。
「丁度季節の変わり目だから、衣替えをしてみたのよ」
「衣替え……ですか?」
 妖夢は内心首をかしげた。幽々子は衣替えをしたと言ったが、妖夢の目ではどう見てもいつもと同じ幽々子の姿にしか見えなかった。数秒をかけて丹念に幽々子の衣装を注視しても、やはりいつも通りの服にしか見えない。しかし残念なことに、妖夢には喜び満面な主を前にして「どこが変わったのか分かりません」と言える紅いメイド長のような度胸はなかったのだ。
「まあいつも同じ服だと飽きもありますし、いいんじゃないですか」
 仕方がないので、とりあえず当たり障りのない言葉で逃げに入る妖夢。しかし残念なことに、妖夢には明らかに黒いものを見ながらにして「これはどうみても真っ白ですわ」と言えるいぬにくメイド長のような仮面はなかったのだ。
「……妖夢、貴方嘘をついているわね」
 一発で見抜かれ妖夢は動揺を隠せない。厳しく刺さる幽々子の追及の視線から逃れようとあらぬ方へ目を動かしていたが、やがて「申し訳ありません」と観念して頭を垂れた。下を向く妖夢の耳に、「はぁ」という幽々子の落胆の吐息が届く。
 食事の間中、妖夢は顔を上げることができなかった。




 昼過ぎに、紫が顔を出してきた。
「あら、幽々子、気分転換の一種かしら?」
 幽々子に会うやいなや、紫は一目で幽々子がいつもと違う事に気づいた。普通なら「なんで分かるんですか貴方様は!」とかつっこむところでも、悲しいかな妖夢は「ああ、やはり自分の観察力が劣っているに違いない!」と自責に入ってしまう。
「ええ、そうね。季節の変わり目だから、ちょっとしたお洒落かしら」
「貴方が服を変えるなんていつ以来かしら」
「たまにはいいでしょう、こんなのも」
 にこやかに会談する二人。笑顔で語られるその内容が、残酷な刃となって妖夢を斬りつけてくる。「お茶を用意してきます」と逃げるように二人から離れる妖夢。
「妖夢は何かあったの? えらく挙動不審だけれど」
「聞いてちょうだい紫。妖夢ったら――」
 背後からは幽々子の不機嫌な声が聞こえる。頬を膨らませる様を想像して、妖夢は肩を落とした。
 台所へ行き、お茶を入れながらも考える。妖夢の記憶にある昨日までの幽々子と、衣替えをしたと言う今日の幽々子。しかし、妖夢がいくら二つの幽々子を照らし合わせても、変わったと分かるところは一つもなかった。
 お茶を入れる。茶柱が立った。いい事あるよと半身が肩を叩いてきた。




 夕食を作っているときも、妖夢は上の空だった。
 当然料理に集中していなければミスが出る。それでも料理がちゃんとした形にできたのは、妖夢が塩と間違い砂糖を入れようとすれば「ベタな手をー!」と半身が気合を入れて叩き落し、味噌汁なのに味噌を入れ忘れたまま作ろうとすれば「味噌がなければただの汁ー!」と半身が頑張って味噌をぶち込み、すでにご飯が炊き上がっているのに炊き続けていれば「おこげはそんなにいらないー!」と半身が根性で飛び込み消火をする、という助けがあったからに他ならない。
 半身の陰の努力にすら気がつかずに悩みながら、食事を運んでいく。幽々子と妖夢、二人向き合い食事を始める。夕食を終えると、幽々子が箸を置いて妖夢を見た。思わず目を逸らして下を向いた妖夢に、幽々子は嘆息する。
「呆れたわ。まだ悩んでいたの?」
「あ、その、申し訳ありません」
 小さくなって畏まる妖夢に幽々子はもう一度嘆息。もういいわ、と告げて立ち上がった。困惑した顔で幽々子を見つめる妖夢を、幽々子は冷たく見下ろす。
「今日の件はもういいから、早く忘れていつも通りになりなさい。あんまり拘られて何か失敗されると私も困るし」
 幽々子は部屋を去っていく。それを呆然と見送りながら、妖夢の脳は幽々子の言葉を何度も何度も繰り返し再生していた。




 そんな事情があって、今日の妖夢は一日中部屋で瞑目して唸っていた。
 幽々子の失望した顔が妖夢の胸を締め付ける。このままでは従者失格だと、妖夢はなんとか幽々子の服の違いを見つけようと躍起になっている。記憶との照合回数はすでに三桁を数えていた。あまりに照合しすぎたせいで、もう脳内からそのまま出て来てしまうのではないかというほどに幽々子の画像は鮮明になっている。
 そこまで鮮明になっているというのに、妖夢には何が違うのか全く見えていなかった。
(一体何が違うのか? 考えろ。紫様に分かったのだから、私にも分かるはず。素材が違う? 色が違う? 微妙な形状が違う? ――いや、何度確かめてもあれはやはりいつも通りの服だった。だとしたら服じゃない? しかし帽子も靴もいつも通りだったのは間違いないのだし…………う~ん)
「――――!!」
 全身に走る鈍い衝撃。受身もろくに取れずに床に投げ出され、さすがに意識を現実に引き戻された。どうやら当たったのは高速で飛んできた半身らしい。怯えているようなので、何かから逃げてきたのだろう。何事かと妖夢が半身の来た方を見ると、そこには憤懣やるかたないといった感じに腰に手を当てている幽々子の姿があった。
「えぇっと幽々子様?」
 訳が分からず問いかけた後、ようやく妖夢はもう夜になっていることに気がついた。仰天してその場に正座し、ひたすらに幽々子に謝罪をする。だがそれも幽々子に「謝罪は結構」と突っぱねられる。
「全く、朝から晩まで食事の用意も庭の手入れもせずに唸っちゃって。半霊の方は料理一つできないって逃げ出すし」
 どう考えても「いや半霊に作らせようとするなよ」とあまりの無謀ぶりに呆れるところではあるが、そこは妖夢、一心不乱に頭を下げて謝罪するしかできないのであった。その謝罪も「だから謝罪はいらないわ」と冷たくあしらわれてしまう。
「それで? まだ昨日の事を考えていたの?」
「はい、どうしても気になってしまって」
 頭を下げたまま妖夢が答えた言葉に、幽々子はやれやれね、と頭を振った。先ほどまでの不機嫌な顔から一転して、穏やかな笑みを浮かべる。
「妖夢は真面目すぎるのよ。確かに妖夢に昨日気づいてもらえなかったのは残念だったけれど、それは別に貴方の気にするところではないわ。妖夢に気づいて欲しいと勝手に期待したのは私なのだから。――周りを見てごらんなさいな。誰も彼もがのんびり余裕を持って生きているでしょう? そんなに根をつめないで、もう少し肩の力を抜いていきなさい」
 幽々子からの労りの言葉に、妖夢の胸が熱くなる。妖夢は顔を上げて幽々子をしっかりと見つめ、「ありがとうございます、幽々子様」と深く頭を下げた。幽々子は苦笑して、妖夢に頭を上げさせる。
 妖夢はさっぱりとした顔で、
「それでは、遅くなりましたが食事を作ってきます」
 と部屋を出て行った。




「それで幽々子様」
「ん、なあに?」
 夕食後、意を決して妖夢は幽々子に直接尋ねることにした。
「昨日の衣替えの件、結局どこが変わったのですか?」
 ああ、と幽々子は頷いて、これよ、と頭を指差した。どこ? と妖夢が首をかしげて幽々子が指差した辺りを見る。
「分からない?」
 問われて素直に頷く。仕方ないわねえ、と溜息をついて、幽々子は答えを口にした。




「この渦模様が九十度回転しているのよ」




 妖夢はおもむろに立ち上がって部屋に行き、枕に顔を埋もれさせて周囲に声が漏れないようにしてから、思いっきり叫んだ。
「分かるわけないでしょうがっ!!」
「渦模様が回転しているのよ」
「分かるかー!!」
ただこのやりとりを言わせたかっただけです。後はノリで。
櫻井孔一
コメント



1.暇を潰す程度の能力削除
とりあえず、半身めちゃ可愛いw
2.名無し妖怪削除
半身の奮闘ぶりがとても可愛らしくていいですねぇ!
強いて難を言うなら半身が料理を手伝う描写は3回だとちょっとくどく思う人もいるかもというのと、
渦模様は20度か30度くらいの方がよかったかもっていうのでしょうかね。
まあ、でもみょんの魅力は引き出せてるからいいと思いますよ!
3.名無し妖怪削除
確信犯だか何だか解らない辺りがゆゆ様の魅力。
全部真に受ける妖夢との掛け合いが冥界組の魅力。
妖夢がんばれ。超がんばれ。
4.卯月由羽削除
半身頑張り過ぎww