「パチュリー、この魔導書は何だ?」
ヴワルの奥深くより一冊の本を手にして戻ってきた魔理沙が、ドンと、ぞんざいに机の上にそれを置きながら魔女に問うた。
その様に本を扱われたパチュリーは、執筆中の魔導書から顔を上げると、物凄い仏頂面で魔理沙を睨む。
そして睨みながらも魔理沙の質問には律儀に答えた。
「――ネクロノミコン」
「ネクラの未婚?随分と気の滅入るタイトルだな」
「死霊秘宝(ネクロノミコン)よ。原題『キタブ・アル・アジフ』。千年以上も昔に、狂える詩人によって書かれた、呪われた忌むべき書。人智、魔智を越えた、この世ならぬ外なる神々について書かれた外道の書。まさに狂気の産物。それを読んだ者は、この世には知らない方がいい事もあると激しく後悔すると言うわ――端的に言うと、読むと狂うわよ?」
「ハ、ハハハハハ、驚かすなよ。どうせ嘘なんだろ?」
「ええ、嘘よ」
「嘘かよ!!」
「むしろ、その本、そのものが嘘ね。嘘という言い方は変なんだけど。正確にいうなら『偽書』と言った所かしら」
「ぎしょ?」
「その魔導書はね、もともとは外の世界の小説家が、自分の小説の中に登場させるために考えだした架空の書物なの。そして、それを面白がった仲間の小説家達もこぞって、その『ネクロノミコン』を自分の作品に取り入れた。そうやって、多くの人の間で、長い時間を掛けて共有された、そういう架空の魔導書なのよ」
「んー、つまり妄想の本か?」
「空想の本よ」
「だけど私の手の中にはちゃんと存在するぜ?ほら」
魔理沙は本を手にしてバンバンと叩く。
パチュリーはますます顔を顰める。
本がぞんざいに扱われると機嫌が悪くなるのは古今東西何処の知識人も同じなのだろう。
「長い間想いの込められたモノに命が宿るように、長い間人々に想像されつづけた書物が現れたって、私は驚かないわ。だって、此処は幻想郷だから。外の世界の空想が、此処で幻想となって実を結んだとしても不思議ではないでしょ?」
「人々の空想か――ふぅん」
魔理沙はしげしげと手にした魔導書を見る。
「つまりこれは、皆の夢が詰まってるんだな!!」
「バカね、詰まってるのはただの知識よ」
「そんな冷めた事を言うなよ、パチュリー。どれ、私が皆の夢を叶えてやろう」
魔理沙は立ち上がり、本と本との間に空いたスペースに移動する。
「ちょっと、何をする気なの?」
「だから夢を叶えてやるのさ」
格好良くウィンクを決める魔理沙。
何故かパチュリーは赤面する。
「さぁーて、どれにしてやろうか」
パラパラとページを捲りながら思案する。
「『大いなるクトゥルフの召喚』『黒きシュブ=ニグラスの召喚』――何か弱そうな名前ばかりだな。召喚しても面白くなさそうだ」
魔理沙はブツブツと呟きながら、次々にページを捲っていく。そして気に入るものがあったのか、はたとその手を止めた。
「これだ、これにしよう」
「お願いだから変なモノを呼ばないでよ」
「まぁ任せなって――往くぜ『旧き神(エルダーゴッド)の召喚』だ」
普通の魔法使いとはいえ、本職だ。
魔理沙は本を何度か読み直しただけで、すぐさまその召喚術をモノにした。
朗々と呪文を唱えながら、手にしたタクトで空中に五芒星を描き始める。
「オラリ・イスゲウォト、ほむる・あたなとす・ないうぇ・ずむくろす、イセキロロセト、クソネオゼベトオス――」
言霊に呼応するように魔力の高まり、漲る。
「――ダルブシ、アドゥラ、ウル、バアクル――」
ビンゴ!と魔理沙は心の中で喝采する。
沸き出でるこの感触、この手ごたえ、この召喚術は本物に違いない。
それも相当、大物の――。
「あらわれたまえ、旧き神よ。あらわれいでたまえ」
沈黙。
「――――」
「―――――」
耳が痛い程の沈黙。
「―――――――」
「―――――失敗かしらね」
パチュリーが何処となくホッとしたような雰囲気でごちた。
「おかしいな、確かに成功したと思った――」
ガタンッ!!
「「ひッ!!」」
二人が小さく叫び声を上げた。
光の届かない、ヴワル図書館の奥底、何かが居る。
やはり召喚は成功していたのだ。
それは呻き声の様なモノを上げながら、二人の方へと近づいて来ていた。
体を引き摺る様にして。
ずる――、ずる――。
ずる――、ずる――、ずる―――。
嫌な音が段々と近づいて来る。
暗闇の中から這い出てくる。
こちらへと向かって。
「「ヒィッ!!!」」
そして、暗闇の中から現れたソレを見た時、魔理沙とパチュリーがお互いに抱き合いながら情けない悲鳴を上げた。
ソレは、毛、だった。
しかも相当にたくましい――。
「――ああ、痛いわぁー。着地に失敗して腰打っちゃったわよぉ」
たくましい髪の毛が喋った。
否、よく見るとソレは髪などではない。
たくましい髪型をし、緋色の衣を身に付けたヒトガタの何かだった。
そう、それは――
「神と聞いて歩いて来ました」
「歩いてお帰り」
「歩いてお帰り」
「そう、私こそがエルダーゴッド(旧作の神)!!その名も、し――」
「歩いて帰れよっ!!」
「歩いて帰ってっ!!」
下から6行目の台詞の上下の空白がいい味だしてると思う。
てか、徒歩なの?
・・・この人誰?ひょっとしてアホ毛の人か?w
俺もし(略)召喚したいんですが