ある晴れた日の、紅魔館門前。
「さぁ、お前達、用意はできたか!?」
数多の妖精メイドたちを前に、‘紅い悪魔‘レミリア・スカーレットが声を張り上げた。
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
ここまでコピペなし。
整然とした十二の列と先頭に立つメイドたちの返答に、レミリアは満足げに頷く。
「うむ――次からはギル、お前が代表して返事をするように」
「は、承りました、お嬢様」
「終わんないからな」
その後ろで、彼女よりも小さな影が二つ、こっそりと肩を寄せあった。
「レミリア、格好いいね」
「……うん、格好いい」
「わ、珍しく素直」
慌てる一方は、‘悪魔の妹‘ことフランドール・スカーレット。
彼女たち吸血鬼姉妹、館内の妖精メイドたちの足元には、各々小さな鞄が置かれている。
中身はそれぞれ、着替えやら枕やらお菓子やら。
夢が一杯詰まっていた。
「ね、眠いから!」
「お昼前だもんね。にやにや」
「こ、こんにゃろ……!」
囃す一方は、‘閉じた恋の瞳‘。
或いは‘地霊殿の主、古明地さとりの妹‘――古明地こいし。
彼女は、彼女の住ま居へとレミリアたちを導くため、此処にいる。
「休憩は二度! 入り口前と旧都だ!」
「はい、お嬢様!」
「諸々の場所にいる雑多な輩には目もくれるな! 挨拶だけはしろ!」
「はい、お嬢様!」
「よしよし。うぅむ、よしよし」
つまり――レミリアをはじめとした紅魔館ほぼ一同は、地霊殿にお呼ばれしていた。
「いざ往かん、幼稚園児の住処、地下の動物園!!」
「サ! イエッサっ!」
「え、動物園?」
こいしが呟く。SHOCKだ。
「あぁ、うん。お姉様もテンションあがってるんだと思う」
「慰めになってないわ、フラン」
「お返しだもの」
舌を出すフランドール。
こいしの頬が膨らんだ。
――数瞬後、同時に噴き出す。
無論の事、彼女たちのテンションも高かった――。
一方その頃、地霊殿。
「あらあらまぁまぁ、どうしましょうどうしましょう、どーしましょー!
あ、お燐、なんですかその目は、私は別に普段通りですよ、敢えて英語で言うとゆーじゅありぃですよ。
こらこら、お空、なんたらストーカーはともかく、フランさんたちを迎えるのに何時もの服装ではいけません。ドレスを!」
さとりも絶好調だ。
「あたいたちはどうにでもしますから、さとり様こそ着替えて来てください」
「です。お掃除でお洋服が真黒ですよ」
「まーまーまーまー!」
ぱたぱたぱたと自室へと引っ込んだ。
「ねぇ、お空」
「なぁに、お燐?」
「全力で、レミリアたちをもてなすよ」
「勿論、そのつもり」
「ん」
頷き合う二匹。
長年にわたって仕える彼女たちですら、主人のアレほどの喜びようを見たのは数える程度だ。
友達を招く――そんな、ある意味では当り前の、取り上げるものでもない一コマ。
そう捉える事が出来るよう今後も続けていく為に、楽しんでもらいたい。
全ては主人の為に。二匹は手を打ち、決意を新たにした――。
所戻って、紅魔館。
「出発されましたねぇ」
「……そうね」
最後尾の妖精メイドに手を振り終えた少女たちが、のんべんだらりと会話を交わす。
「そう言えば、私、申したい事が」
「……なによ」
「地下の動物園って呼称はどうかと思います」
全くだ。
「そこ!?」
「こう、どことなく卑猥な」
「もっと色々あるでしょうに! 例えば――」
くすりと笑みながら、一方の少女が言葉を重ねる。
例えば――。
「地下に地上の妖怪は出入り禁止では?」
「『んな事知らん』ですって」
「さもありなん」
「あちらのお嬢様が大分と掛け合った面もあるみたいだけど」
「お嬢様も妹様も、本当に楽しみにしていらっしゃいましたから。実現して良かったです」
例えば――。
「妹様、外出して宜しかったんですか?」
「以前にも湖に出ていたような……」
「それはまぁ、置いといて」
「置いとかないの。条件は一緒だもの」
「お嬢様のご同行とあちらの妹様の力、ですか」
例えば――。
少女が続けて口を開こうとすると、もう一方の少女がじとりと半眼になった。
見ようによっては、まさしく刺すような視線。
けれど、少女は軽やかに笑んだ。
鈴の様な笑い声を転がし、続ける。
「例えば――何故、貴女が残っているんですか、咲夜さん?」
「貴女も人の事は言えないでしょうに」
「私は門番ですから」
レミリアの部下で残っているのは、‘完全で瀟洒なメイド‘十六夜咲夜と‘華人小娘‘紅美鈴だけだった。
門の前、咲夜は壁に寄りかかり、美鈴は突っ立っている。
「『今回は全部仕切りたいから』って」
「なるほど。ついてくるな、と」
「そこまでは言われてない」
「ええ。でしょうね」
「貴女ね……」
変わらず注ぐ半眼に、変わらず向ける微笑。
視線と視線のやり取りは美鈴に分があった。
ぷぃとそっぽを向き、咲夜がぽつりと呟く。
「私も休暇を与えられたのよ。だから――」
――言葉が、詰まる。
咲夜は美鈴を見た。
美鈴は咲夜を見返した。
フタリの表情は、変わらない。
ただ、片方の頬に不自然なまでの赤みが生じているだけだ。
「だから――今日一日、お付き合いして頂けませんか?」
「あ、貴女が言うんなら、『だったら』でしょう!?」
「やだ、咲夜さんったら可愛い」
囃され、咲夜の赤は顔全体に広がる。完全なメイドもこうなれば形無しだ。
「いいでしょ偶には!? 私だって里に出てお団子食べたりはいあーんとかそう言う感じの!」
「でも残念。私は門番なので此処を守らなければならないのでした」
「ですとろぉぉぉぉぉい!」
叫ぶや否や、門にワンパンを入れる咲夜。
ワンパンとは即ち『ワン・パンチ』。
砕けた音が辺りに響く。
「痛い、痛いわ!?」
打ちつけた右手を天にあげ、咲夜が叫ぶ。門ではなく骨でもなく、瀟洒の称号が砕けて散った。
「閉じればいいだけなんですが……」
「そゆ事は早く言いなさいよ!?」
「時間止めてたじゃないですか」
形をなくした‘完全‘と‘瀟洒‘がスキップして遠ざかる。
‘メイド‘も口に手を当て空気を読んだ。
残ったのは、‘少女‘。
咲夜は言い返せず背を向けた。
ほぞを噛み俯く咲夜の視界に、一条の布がひらりと映る。
同時に、後ろから密着される躰。
顔をあげ見上げるのは――。
「動かないで下さいね。包帯巻きますから」
――美鈴の微笑。
咲夜は動かない。動けない。動くつもりも、ない。
ぐる。
ぐるぐる。
ぐるぐるぐる。
「って、ねぇ、ちょっと巻き過ぎじゃない?」
「わぁ、四次元ポケットとか持ってそう」
「何時の間に両手を!?」
ぼぉくさくやもん。
「……語呂的にはこう、ドスをもった方々のような」
「ドスも何もこの手じゃ持てないわよ」
「偶にはいいじゃないですか」
なにがどう偶にはなのか。
拳で問い質そうとする咲夜だったが、直前に応えを提示される。小さなキャンディ。
「はい、あー」
「ーんっ」
「ね?」
もごもごもご。
「ん……」
両手が使えない。
故に、食べさせてもらうしかない。
陥った状況に、咲夜は拳を額に当て、了解の意を返した。
見合った音を立て、大きな門が閉じられる。
腕を差し出され、絡みつく。
そして、浮かぶ。
「お昼御飯はお団子として、晩御飯はどうします?」
「えっと、戻ってきて、カレーがいい」
「わぉ、久々ですね」
「私が作るんじゃなくて、美鈴の」
「ですから、久々。『太陽のお嬢様』ってまだあるんですかねぇ」
少女フタリの大型休暇は、斯様にして始まった――。
「晩は任せるから、朝は任せて頂戴。好きな物、作ったげる」
「では、きつめでお願いします。今晩は甘甘なので」
「その言い方に不穏なものを感じるんだけど!?」
「なんなら今から。此処で」
「心の準備が!?」
……フタリの大型休暇は、斯様にして始まったのであった――。
――珍しく閉じられている門を飛びこえ、二日ぶりに戻ってきた‘魔女‘パチュリー・ノーレッジ。
彼女が最初に聞いた声は、己が使い魔のものであった。
何と言うか、絶叫。
も、あらん限りの絶叫。
「逃げる奴は鼠だ! 逃げない奴はよく訓練された鼠だぁぁぁぁぁ!?」
箒両手に小悪魔無双。
しかし、相手が相手なので格好良くも何ともない。
彼女の言葉の通り、現在対峙しているのは鼠なのだ。
何時もの白黒魔法使いではない――人形遣いと共に、今はまだ冥界にいるのだから。
けれど、ただの鼠かと言えばそうでもない。
『隊長、A班が壊滅! 撤退致しますか!?』
『……仕方ないか。お前達はさがれ!』
『はっ! で、ですが、隊長は!?』
『責任を取るのが、長ってものよ』
『隊長ぉぉぉ!』
妙に統率が執られていた。
――ちゅー!
「見上げた心意気よ! この小悪魔、全身全霊をもってひゃぁんっ!?」
微妙な所に潜り込まれたようだ。
「……何やってんだか」
身をくねらせる小悪魔に半眼を向けながら、パチュリーが呟く。
「と言うか、彼女はあの子たちの言葉が解るのかい?」
「哺乳類は大体制覇したみたいね。鳥類もほどほど」
「……調教師か何かなのかな、あぁ見えて」
「一応、私の使い魔で、図書館の司書よ」
「と言う事は、君がこの館の責任者?」
問いに、パチュリーはスペルカードを取り出した。
「違うわ。
ところで、貴女は何方?
返答によっては、威力を下げてあげる」
一瞬にして、魔法陣が展開される。
魔女を中心に力が迸った。
放つ。
「レディを前に、是は失礼」
――寸前、質問者が頭を下げる。
大仰に腕を伸ばし、曲げて胸に当て、演者の様に。
唐突な動作に面食らったパチュリーは、その動きを止めた。
「私はナズーリン。鼠たちの大将さ」
質問者――‘ダウザーの小さな大将‘ナズーリンが、続ける。
「ダウザーを生業にしている。
簡単に言うと、宝を探している訳だ。
古い館ってのはそう言う物が多いだろう?」
パチュリーの腕が、再びあがる。
「お生憎様ね。
鼠が喜ぶ宝なんて此処にはないわ。
だけど、報いは受けなさい。不法侵入と――首振って、何よ?」
既に陣を展開しているという状況が、パチュリーに隙を与えた。
ナズーリンが応える。
「あぁ! 君の言う通り、なかったんだろう。
けれど、今は、確かにある。
わかるかい?」
片腕を伸ばし、微笑しながら、言った。
「君が、宝さ」
むっきゅーん!
「な、ななな、いきなり何を言い出すのよ!?」
「どうだろう、一緒に来てくれないかい?」
「わ、私は体が弱いのよ! 外になんて」
「私が、必ず守ってみせる」
「あぁ!?」
よろめくパチュリー。
駆け寄るナズーリン。
割って入る、隊長鼠。
死闘の末、小悪魔が投げたのだ。
「ちらつく太腿がぐっとくる鼠さん! 私のもやしを齧ろうたぁ、あ、パチュリー様、笑顔が怖い!?」
「何時の間に主従が逆転したのかしら。あと、もやしって、なぁに?」
「私の主食です。こう、主に夜の」
「火水木金土符‘賢者の石‘」
「うっきゃー!?」
なんだか何時も通りの展開になってきた。
「ふぅむ、雲行きが怪しくなってきたね」
「ちゅー」
「そうかそうか。お宝を拝めたかい」
「ちゅー」
「じゃあ、そろそろお暇しよう」
蹴散らされて目を回す鼠たちを回収し、ナズーリンは去っていった。
「今何か凄い事言いませんでしたかって、あんたら何しにやってきたぁぁぁ!?」
「お泊まりを途中で切り上げて帰ってきたって言うのに、貴女ときたら!」
「ハプニングは起こりましたか膜は残っていますかいざチェック!」
「貴女の方が凄い事言ってるわよ!? スペル宣言っ」
「どんとこぉぉぉい!」
「休暇、なし!」
小悪魔が吹っ飛んだ。
――かくして。少女ヒトリの大型休暇は、そもそも始まらないのであったとさ。
<ちゃんちゃん>
「さぁ、お前達、用意はできたか!?」
数多の妖精メイドたちを前に、‘紅い悪魔‘レミリア・スカーレットが声を張り上げた。
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
「はい、お嬢様!」
ここまでコピペなし。
整然とした十二の列と先頭に立つメイドたちの返答に、レミリアは満足げに頷く。
「うむ――次からはギル、お前が代表して返事をするように」
「は、承りました、お嬢様」
「終わんないからな」
その後ろで、彼女よりも小さな影が二つ、こっそりと肩を寄せあった。
「レミリア、格好いいね」
「……うん、格好いい」
「わ、珍しく素直」
慌てる一方は、‘悪魔の妹‘ことフランドール・スカーレット。
彼女たち吸血鬼姉妹、館内の妖精メイドたちの足元には、各々小さな鞄が置かれている。
中身はそれぞれ、着替えやら枕やらお菓子やら。
夢が一杯詰まっていた。
「ね、眠いから!」
「お昼前だもんね。にやにや」
「こ、こんにゃろ……!」
囃す一方は、‘閉じた恋の瞳‘。
或いは‘地霊殿の主、古明地さとりの妹‘――古明地こいし。
彼女は、彼女の住ま居へとレミリアたちを導くため、此処にいる。
「休憩は二度! 入り口前と旧都だ!」
「はい、お嬢様!」
「諸々の場所にいる雑多な輩には目もくれるな! 挨拶だけはしろ!」
「はい、お嬢様!」
「よしよし。うぅむ、よしよし」
つまり――レミリアをはじめとした紅魔館ほぼ一同は、地霊殿にお呼ばれしていた。
「いざ往かん、幼稚園児の住処、地下の動物園!!」
「サ! イエッサっ!」
「え、動物園?」
こいしが呟く。SHOCKだ。
「あぁ、うん。お姉様もテンションあがってるんだと思う」
「慰めになってないわ、フラン」
「お返しだもの」
舌を出すフランドール。
こいしの頬が膨らんだ。
――数瞬後、同時に噴き出す。
無論の事、彼女たちのテンションも高かった――。
一方その頃、地霊殿。
「あらあらまぁまぁ、どうしましょうどうしましょう、どーしましょー!
あ、お燐、なんですかその目は、私は別に普段通りですよ、敢えて英語で言うとゆーじゅありぃですよ。
こらこら、お空、なんたらストーカーはともかく、フランさんたちを迎えるのに何時もの服装ではいけません。ドレスを!」
さとりも絶好調だ。
「あたいたちはどうにでもしますから、さとり様こそ着替えて来てください」
「です。お掃除でお洋服が真黒ですよ」
「まーまーまーまー!」
ぱたぱたぱたと自室へと引っ込んだ。
「ねぇ、お空」
「なぁに、お燐?」
「全力で、レミリアたちをもてなすよ」
「勿論、そのつもり」
「ん」
頷き合う二匹。
長年にわたって仕える彼女たちですら、主人のアレほどの喜びようを見たのは数える程度だ。
友達を招く――そんな、ある意味では当り前の、取り上げるものでもない一コマ。
そう捉える事が出来るよう今後も続けていく為に、楽しんでもらいたい。
全ては主人の為に。二匹は手を打ち、決意を新たにした――。
所戻って、紅魔館。
「出発されましたねぇ」
「……そうね」
最後尾の妖精メイドに手を振り終えた少女たちが、のんべんだらりと会話を交わす。
「そう言えば、私、申したい事が」
「……なによ」
「地下の動物園って呼称はどうかと思います」
全くだ。
「そこ!?」
「こう、どことなく卑猥な」
「もっと色々あるでしょうに! 例えば――」
くすりと笑みながら、一方の少女が言葉を重ねる。
例えば――。
「地下に地上の妖怪は出入り禁止では?」
「『んな事知らん』ですって」
「さもありなん」
「あちらのお嬢様が大分と掛け合った面もあるみたいだけど」
「お嬢様も妹様も、本当に楽しみにしていらっしゃいましたから。実現して良かったです」
例えば――。
「妹様、外出して宜しかったんですか?」
「以前にも湖に出ていたような……」
「それはまぁ、置いといて」
「置いとかないの。条件は一緒だもの」
「お嬢様のご同行とあちらの妹様の力、ですか」
例えば――。
少女が続けて口を開こうとすると、もう一方の少女がじとりと半眼になった。
見ようによっては、まさしく刺すような視線。
けれど、少女は軽やかに笑んだ。
鈴の様な笑い声を転がし、続ける。
「例えば――何故、貴女が残っているんですか、咲夜さん?」
「貴女も人の事は言えないでしょうに」
「私は門番ですから」
レミリアの部下で残っているのは、‘完全で瀟洒なメイド‘十六夜咲夜と‘華人小娘‘紅美鈴だけだった。
門の前、咲夜は壁に寄りかかり、美鈴は突っ立っている。
「『今回は全部仕切りたいから』って」
「なるほど。ついてくるな、と」
「そこまでは言われてない」
「ええ。でしょうね」
「貴女ね……」
変わらず注ぐ半眼に、変わらず向ける微笑。
視線と視線のやり取りは美鈴に分があった。
ぷぃとそっぽを向き、咲夜がぽつりと呟く。
「私も休暇を与えられたのよ。だから――」
――言葉が、詰まる。
咲夜は美鈴を見た。
美鈴は咲夜を見返した。
フタリの表情は、変わらない。
ただ、片方の頬に不自然なまでの赤みが生じているだけだ。
「だから――今日一日、お付き合いして頂けませんか?」
「あ、貴女が言うんなら、『だったら』でしょう!?」
「やだ、咲夜さんったら可愛い」
囃され、咲夜の赤は顔全体に広がる。完全なメイドもこうなれば形無しだ。
「いいでしょ偶には!? 私だって里に出てお団子食べたりはいあーんとかそう言う感じの!」
「でも残念。私は門番なので此処を守らなければならないのでした」
「ですとろぉぉぉぉぉい!」
叫ぶや否や、門にワンパンを入れる咲夜。
ワンパンとは即ち『ワン・パンチ』。
砕けた音が辺りに響く。
「痛い、痛いわ!?」
打ちつけた右手を天にあげ、咲夜が叫ぶ。門ではなく骨でもなく、瀟洒の称号が砕けて散った。
「閉じればいいだけなんですが……」
「そゆ事は早く言いなさいよ!?」
「時間止めてたじゃないですか」
形をなくした‘完全‘と‘瀟洒‘がスキップして遠ざかる。
‘メイド‘も口に手を当て空気を読んだ。
残ったのは、‘少女‘。
咲夜は言い返せず背を向けた。
ほぞを噛み俯く咲夜の視界に、一条の布がひらりと映る。
同時に、後ろから密着される躰。
顔をあげ見上げるのは――。
「動かないで下さいね。包帯巻きますから」
――美鈴の微笑。
咲夜は動かない。動けない。動くつもりも、ない。
ぐる。
ぐるぐる。
ぐるぐるぐる。
「って、ねぇ、ちょっと巻き過ぎじゃない?」
「わぁ、四次元ポケットとか持ってそう」
「何時の間に両手を!?」
ぼぉくさくやもん。
「……語呂的にはこう、ドスをもった方々のような」
「ドスも何もこの手じゃ持てないわよ」
「偶にはいいじゃないですか」
なにがどう偶にはなのか。
拳で問い質そうとする咲夜だったが、直前に応えを提示される。小さなキャンディ。
「はい、あー」
「ーんっ」
「ね?」
もごもごもご。
「ん……」
両手が使えない。
故に、食べさせてもらうしかない。
陥った状況に、咲夜は拳を額に当て、了解の意を返した。
見合った音を立て、大きな門が閉じられる。
腕を差し出され、絡みつく。
そして、浮かぶ。
「お昼御飯はお団子として、晩御飯はどうします?」
「えっと、戻ってきて、カレーがいい」
「わぉ、久々ですね」
「私が作るんじゃなくて、美鈴の」
「ですから、久々。『太陽のお嬢様』ってまだあるんですかねぇ」
少女フタリの大型休暇は、斯様にして始まった――。
「晩は任せるから、朝は任せて頂戴。好きな物、作ったげる」
「では、きつめでお願いします。今晩は甘甘なので」
「その言い方に不穏なものを感じるんだけど!?」
「なんなら今から。此処で」
「心の準備が!?」
……フタリの大型休暇は、斯様にして始まったのであった――。
――珍しく閉じられている門を飛びこえ、二日ぶりに戻ってきた‘魔女‘パチュリー・ノーレッジ。
彼女が最初に聞いた声は、己が使い魔のものであった。
何と言うか、絶叫。
も、あらん限りの絶叫。
「逃げる奴は鼠だ! 逃げない奴はよく訓練された鼠だぁぁぁぁぁ!?」
箒両手に小悪魔無双。
しかし、相手が相手なので格好良くも何ともない。
彼女の言葉の通り、現在対峙しているのは鼠なのだ。
何時もの白黒魔法使いではない――人形遣いと共に、今はまだ冥界にいるのだから。
けれど、ただの鼠かと言えばそうでもない。
『隊長、A班が壊滅! 撤退致しますか!?』
『……仕方ないか。お前達はさがれ!』
『はっ! で、ですが、隊長は!?』
『責任を取るのが、長ってものよ』
『隊長ぉぉぉ!』
妙に統率が執られていた。
――ちゅー!
「見上げた心意気よ! この小悪魔、全身全霊をもってひゃぁんっ!?」
微妙な所に潜り込まれたようだ。
「……何やってんだか」
身をくねらせる小悪魔に半眼を向けながら、パチュリーが呟く。
「と言うか、彼女はあの子たちの言葉が解るのかい?」
「哺乳類は大体制覇したみたいね。鳥類もほどほど」
「……調教師か何かなのかな、あぁ見えて」
「一応、私の使い魔で、図書館の司書よ」
「と言う事は、君がこの館の責任者?」
問いに、パチュリーはスペルカードを取り出した。
「違うわ。
ところで、貴女は何方?
返答によっては、威力を下げてあげる」
一瞬にして、魔法陣が展開される。
魔女を中心に力が迸った。
放つ。
「レディを前に、是は失礼」
――寸前、質問者が頭を下げる。
大仰に腕を伸ばし、曲げて胸に当て、演者の様に。
唐突な動作に面食らったパチュリーは、その動きを止めた。
「私はナズーリン。鼠たちの大将さ」
質問者――‘ダウザーの小さな大将‘ナズーリンが、続ける。
「ダウザーを生業にしている。
簡単に言うと、宝を探している訳だ。
古い館ってのはそう言う物が多いだろう?」
パチュリーの腕が、再びあがる。
「お生憎様ね。
鼠が喜ぶ宝なんて此処にはないわ。
だけど、報いは受けなさい。不法侵入と――首振って、何よ?」
既に陣を展開しているという状況が、パチュリーに隙を与えた。
ナズーリンが応える。
「あぁ! 君の言う通り、なかったんだろう。
けれど、今は、確かにある。
わかるかい?」
片腕を伸ばし、微笑しながら、言った。
「君が、宝さ」
むっきゅーん!
「な、ななな、いきなり何を言い出すのよ!?」
「どうだろう、一緒に来てくれないかい?」
「わ、私は体が弱いのよ! 外になんて」
「私が、必ず守ってみせる」
「あぁ!?」
よろめくパチュリー。
駆け寄るナズーリン。
割って入る、隊長鼠。
死闘の末、小悪魔が投げたのだ。
「ちらつく太腿がぐっとくる鼠さん! 私のもやしを齧ろうたぁ、あ、パチュリー様、笑顔が怖い!?」
「何時の間に主従が逆転したのかしら。あと、もやしって、なぁに?」
「私の主食です。こう、主に夜の」
「火水木金土符‘賢者の石‘」
「うっきゃー!?」
なんだか何時も通りの展開になってきた。
「ふぅむ、雲行きが怪しくなってきたね」
「ちゅー」
「そうかそうか。お宝を拝めたかい」
「ちゅー」
「じゃあ、そろそろお暇しよう」
蹴散らされて目を回す鼠たちを回収し、ナズーリンは去っていった。
「今何か凄い事言いませんでしたかって、あんたら何しにやってきたぁぁぁ!?」
「お泊まりを途中で切り上げて帰ってきたって言うのに、貴女ときたら!」
「ハプニングは起こりましたか膜は残っていますかいざチェック!」
「貴女の方が凄い事言ってるわよ!? スペル宣言っ」
「どんとこぉぉぉい!」
「休暇、なし!」
小悪魔が吹っ飛んだ。
――かくして。少女ヒトリの大型休暇は、そもそも始まらないのであったとさ。
<ちゃんちゃん>
まるで一時期の魔理沙のような…ん…ナズマリ…?
労力使うところおかしいよ!?
それはそれとして、さりげなくつんでれなフランちゃんかわいいです。
紳士らしいナズーリンもいいものだ。
ナズのあれは素なのかw