この話は、作品集48、『幽香、どSからの卒業 』等の続きになっております。
私はとうとう、自分の答えに終着駅を見た──。
それは家族と言う名前。
リグルとメディ、そして私の三人で暮らす、暖かな家庭。
そう、私はこれから生まれ変わるのだ──メディの母として……!
「流石……とでも言っておきましょうか。正直ここまで出来るとは思いませんでしたわ──幽香。」
一人テーブルに座らされた私の前で、八雲紫が不敵に笑った。
「下地が出来ていたとはいえ、一週間でここまで上達したのは、一重に娘を思う気持ちがあっての事でしょう。」
その他にも、西行寺幽々子、八雲藍、紅美鈴、八意永琳。またまだ顔も名前も知らない様な連中が後ろには控えていた。
彼女達は、“幻想郷お母さんの集い”とかいう集団なのだ。
──そう、私は今、メディの母親になるため、紫に頼んでその集団の入団試験を受けているところだ。
「炊事に洗濯、掃除に育児。どれをとっても満点。」
嬉しそうに微笑む幽々子を見て。私は喜びを隠し切れない。
「それじゃあ──!」
「喜ぶのはまだ早いわ、幽香。」
「……?」
「技術面では確かに満点。ですが、まだテストは残ってましてよ?」
またしても不敵に笑う紫。その後ろから、何やら紙束を持った藍が前に出た。
「なに? 筆記試験でもするの?」
「いえ、これから幽香様にして頂くのは、“事例研修”です。」
「なによ、それ?」
「所謂“ケーススタディ”ね……なんて言っても、貴女には通じないでしょうけど。」
紫のこの、人を小馬鹿にした様な物言いに、カチンと来たが、ぐっと堪える。
──大人になるのよ、幽香。
「ケーススタディとは、具体的な事例を問題として設定し、判断力を養う物です。実際に起こり得る事例が用いられますので、将来の役に立ちますよ。」
「これから出される例題に対し、貴女はベストだと思う回答をなさい。」
「何よ……最初からそう言いなさいよ……。」
「さぁ! 無駄口叩いてないで始めるわよ!」
「幽香……遅いね。」
帰りの遅い幽香を心配してか。それとも単に寂しいのか……きっと両方なんだろう。
メディスンは窓から空を眺めながら、そう呟いた。
「そうだね……。」
やっぱり、彼女がいないとどうにも落ち着かない。
きっとメディスンもそんな事を思っているのだろう。
私は同意のつもりでそう返したのだが、何故かメディスンは頬を膨らませた。
「今のは独り言! リグルになんて、話しかけてないんだからっ!」
こんなやり取りも、そろそろ一週間になる。
ここのところ私たちは、幽香の顔をちゃんと見ていなかった。別荘には帰ってくるけど、お風呂と寝るためだけ。
そんなすれ違う日々を繰り返していれば、メディスンでなくとも不安になる。
「雨……降ってくるかも。」
曇り始めた空を見上げて私は独り言を呟いた。
「ケース1:貴女のお子さんが、友達と喧嘩をしました。さぁ貴女ならどうする?」
「なんなのよ、その問題? 全然具体的でもなんでも無いじゃない……まぁ良いわ。答えは簡単よ。その友達とやらにゲンコツを一発お見舞いし──」
「ブブー。外れよ。」
「どっどうしてよ!?」
「喧嘩両成敗って言葉知らないの? 第一子供の喧嘩にそう易々と親が出て行くのが間違いよ。まずは──」
「……ど、どうかな?」
ただ黙々と食事を取るメディスンに、私は怖くなって声を掛けた。
やっぱり、幽香の作るごはんじゃないと口に合わないのだろうか……?
「……割と、おいしい。幽香程じゃないけど……。」
「そ、そう……良かった。」
会話はそれっきりになってしまったけど、満更でもない答えを頂けてほっと一安心
──出来るわけ無いね。お願い早く帰ってきて幽香……。
「ケース、その2:貴女のお子さんが苛めに遭いました。貴女ならどうする?」
「さっきと変わらないじゃない……それにそんな問題、答えなんて決まってるわ。」
「自信満々ね、では答えて頂きましょうか?」
「メディに仇名すものは何であれ私の敵。そんな害虫は、この私の魔力で原始レベルにまで分解して──」
「ぶっぶー! 貴女こそさっきと変わらないじゃない! 第一そんなことして子供のトラウマにでもなったらどうするつもりよ!」
「む、むぅ……」
「……貴女、本当に変わる気あるのかしら?」
食器を片付け、居間に戻ると、メディスンは玄関先を見つめたまま微動だにしていなかった。
「暗いよ。灯り、付ければ良いのに。」
私の言葉に微塵も反応を示してくれない彼女に、軽く溜息を着きながら、私は部屋のランプに灯りを点した。
普段より暗く感じるのは、何も天候の悪さだけが原因ではないだろう……。
「ねぇ……どうして幽香は帰って来ないのかな。」
今度は間違いなくメディスンから声を掛けてきた事に驚きつつも、私は懸命に言葉を捜す。
約束したんだ、幽香が居ないときは私がメディスンの面倒を見るんだって。だから安心させてあげなきゃ……幽香の代わりに。
「メディの為だって……幽香は言ってたよ。」
「わたしの為?」
正確には、ここで暮らす三人のこれからの為だって、幽香は言ってたけど……嘘は言ってないはずだ。
「そう。何をしているかまでは教えてくれなかったけど……きっと今頃、幽香は頑張ってるんだよ。」
「うん……。」
どうやら心配を拭いきることは出来なかった様だ。悔しいけど、自分の無力さを呪う他無い……。
「もう寝なよ……。」
「いや。幽香が帰ってくるまで此処にいる。」
この我が侭も何時もの事だ。そして私の言葉も、いつも決まっている。
「心配しなくても、幽香が帰ってきたら起こしてあげるから。」
そんな事しなくても、メディスンは自ら飛び起きてくるのだが……。
「うん……。」
そう言って寝室へと足を向けるも、振り返って、再度玄関の扉を見つめるメディスン。
なんとなく、なんとなくだけど、今日はこのまま幽香は戻らないんじゃないか──私はそう思っていた。
メディスンもそう感じているのかも……でもだからといって、このまま突っ立っていても仕方ない。
「ほら……。」
寂しさからか、それとも単に眠気からか……珍しく私が指し伸ばした手をメディスンは握り返してくれた。
雨は本降りになってきていた。
「け、ケース20:玩具屋さんの前で、貴女のお子さんがおもちゃが欲しいと駄々を捏ねています。さぁ、貴女ならどうする?」
「これは……難しいはね。」
「あら? これまで通り即答とはいかないようね……。」
「分ったわ……!」
「……今度こそ、期待して良いのね?」
「ふっ、勿論よ。答えはこうよ。まずその場では買わない。」
「ほう……それで?」
「後でこっそり買っておいて、何食わぬ顔で差し出してこう言うの──『たまたま手に入っただけよ……べ、別に貴女の為に買ったんじゃないわ』」
「なんで娘相手にツンデレてんのよぉぉぉぉおおお!!!??」
「え? ツンデレ? なにそれ?」
「しかも素かよぉぉぉぉおおおお!!!???」
「ゆ、紫様、落ち着いて~(泣)」
「はぁ……。」
私は一人、玄関の前で途方に暮れていた。
すっかり遅くなった上に、先程のテストで成果を上げられなかった自分がどうしても許せなかったのだ。
──二人に合わせる顔が無いわ……。
もう寝てしまってるだろうか。できればそうであって欲しい。明日また、日が昇ると同時に出掛ければ……。
──どうして私は、二人から逃げるような真似をしているのだろう?
違う。そうじゃない。私は決意したのよ……メディの母親になるんだって。
──じゃあどうして私は、泣いてるの?
泣いてなんていない。こんな事で挫けたりしない……私の決意は本物よ……!
──嘘。だって泣いてるわよ、貴女の心が──
気付いたときには、私は寝室に足を踏み入れていた。
暗闇の中、必死になって目を凝らし、メディの姿を探す私……。
ちょっとでも良い……あの子の顔が見られれば、それだけで私はまた明日から頑張れる──そんな気がしたから。
『悲しいときは、傍に居てあげる。』
──結局、甘えてるのは私の方だと言うことか。
それでも良い。あの子の母親だって胸を張れるまで、私はどんな苦難だって……。
「幽香……。」
「メ、ディ……?」
不意に名前を呼ばれ、私はその場に固まってしまった。
しかし幾ら待っても、それ以上メディからの反応は無かった。
「幽香……。」
今度はリグルだった。二人して、寝言で私の名前を呼んでいるのだと気付き、私はほっと胸を撫でおろした。
目が慣れてきた事もあって、気を取り直しゆっくりとベッドに近く。
ただ、愛しい二人の寝顔が見たい一心で──
「っ……!」
覗きこんだ二人の頬は涙で濡れていた。
(私は……! 私は一体何をして来たんだろう……? 私はっ! わたしはっっ!!)
私の中で何かが弾けた──
私は糸の切れた人形のようにその場にくずれ落ちた。
込み上げてくる嗚咽を抑えるのに、両手が塞がってしまった為、零れ落ちる涙を拭うことも出来ない。
もう自分の意思では溢れ出した感情を止めることができず、嗚咽が漏れるのを必死になって堪えるのが精一杯だった。
私はどうやら見当違いをしていたらしい。
愛する娘を泣かせて、何が母親か──。
愛する者を泣かせて、何が家族か──。
自分ばかりが辛いのだと勘違いしていた先程までの自分を、思いっ切り殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。
そうじゃなかった。二人は今、泣いている。そう、誰でもない、私がそうさせたのだ。
(私はここよ……此処にいるわ……!)
それだけじゃない。
二人が泣いているのは、自分の為だ──そう思うだけで、胸がいっぱいになった。
(明日、二人に謝ろう……そして──)
もう一生離れない事を、悲しませないことを胸に誓った。
翌朝──
私は、ジュジュウと何かが焼かれる音で目が覚めた。
更には香ばしい匂いも漂ってきた。
「う……ん、何、リグル……。」
隣で寝ていたメディも、気がついたのか寝ぼけ眼で問いかけてきた。
「何って……誰かが朝食を作ってる……。」
「誰かって……幽香!?」
気付いた後のメディの動きは早かった。
さっきまでの寝ぼけが嘘のように、私を踏み越え部屋を飛び出していった。
「ちょっと!? 酷いよ、メディ!?」
当然私の非難の声が届くはずもなく──。
慌てて私もメディの後を追った。
「幽香幽香幽香幽香ぁ~~~~~!!!」
流し台で、困り果てた幽香と、泣きながら幽香にしがみ付くメディの姿が発見された。
「こらこら、朝ごはんが作れないでしょう? 大丈夫よ、もうどこにも行ったりしないから。」
「本当? 幽香はずっと、私とリグルと一緒に居てくれる?」
そこに私の名前が入っていた事に、すごく驚いた。
「ええ、もちろん。もう寂しい思いはさせないわ……だからね、良い子だから。」
「うん……。」
ゆっくりと、名残惜しそうにしながらも幽香から離れたメディ。
「幽香……。」
「リグル……ごめんなさい。貴女には留守の間、苦労を掛けたわね。」
よく見たら、うっすらとだけど、幽香の目尻にも涙が浮かんでいた。
「ううん……私は平気……でも無かったかな。でもいいの? その──」
「良いのよ。貴女達を蔑ろにしてまで得られるものなんて、有りはしなかったのよ……その事に漸く気がついた。
二人とも、本当にごめんなさい。」
「「幽香……。」」
幽香が頭を下げるところを見るなんて、初めてだった。
「さっ! 朝ごはんが冷めてしまうわ! ほらほら、突っ立ってないで二人とも手伝って!」
でも直ぐに、いつもの幽香に戻ってくれた。
──やっぱり、幽香には笑顔が一番似合うと思う。
「幽香……綺麗になったね。」
「……? 今何か言ったかしら?」
「何でも無いよ。幽香、料理の腕上げたね。」
「あっこら! 摘み食いしないの!」
「ずる~い! 私もたべるぅ!」
「ほらもう……すぐメディが真似したがるんだから……」
「ごめんごめん。」
きっと続く、私たちの日々は。これからもずっと──
「ねぇリグル! 玉子焼き頂戴! 私のピーマン上げるから!」
「ええぇ……やだよ。」
「ちぇ……リグルのケチ……。」
「ケチじゃないの、ほら。好き嫌いせずちゃんと食べなさい。」
「……私のプリン、分けてあげるから。頑張って食べよう、ね?」
「本当!? リグル大好きぃ~!」
「またリグルはそうやってメディを甘やかすんだから……。」
「……幽香ほどじゃないと思うよ?」
「同感~。」
「め、メディまで何よそれ!」
──だって私たちは、家族なのだから。
次回も楽しみにしております。
あと幻想郷お母さんの集いには神奈子様も入っているべきだと思います……いや、幽香が面識無くて名前知らなかっただけかな?
あと誤字報告。
誤:私は糸の切れた人形のようにその場にぐずれ落ちた。
正:くずれ落ちた