Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

私の大事な宝物

2009/09/12 22:22:16
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「うぅ、困りましたね……」

 寺の本殿を、星は身を屈めながらあちこち探し回っていた。その表情はいつもの温かいものではなく、焦りを顕にしている。どうやら、よほど大事なものを失くしてしまったらしい。
 主のそんな様子を見て、ナズーリンは思わず首を傾げた。星が物を失くすのは最早日常茶飯事、別段驚くこともない。けれども、彼女の行動にナズーリンは違和感を覚えずにはいられなかった。物を失くすと、決まって星はナズーリンをこっそりと呼ぶ。そして申し訳なさそうに彼女に探し物を頼むのだ。しかしながら、この日の星の行動はいつもと違っていた。今、彼女はナズーリンにさえ気づかれないように注意しながら本殿の中を探している。とはいっても、彼女自身あまり器用なほうではないから、勘のいいナズーリンにはその様子が筒抜けだったが。
 ともかく、困っているのに自分を頼ってこないのはおかしい。それに、もしまたとんでもない物を失くしていたら大変だ。ここはやはり声をかけるべきだろう。そう考えて、ナズーリンはあたふたする星の背後に近づいた。

「何か探し物ですか、ご主人様?」
「えっ!?あ、ナ、ナズーリン!?いつからそこに?」
「ついさっきですよ。ただ、何かをお探しのようでしたので声をかけさせていただきました」

 ナズーリンがわざと固い口調で言うと、星は黙り込んでしまった。
 いよいよおかしい。いつもなら「あ……ええと……また、なのですが……」などと言いながら探し物を頼んでくるはずだ。しかし、今回はその様子もない。ただ俯いて黙り込み、顔を上げようとしない。これはよほど失くしてはいけないものを失くしたとみえる。何を失くしたにせよ、探し出さなければ。そう考えて、ナズーリンは口を開こうとしない星に言った。

「ご主人様、今度は何を失くしたのですか?私が見つけますから、詳しく」
「駄目!!」

 星は急に顔を上げ、ナズーリンの言葉を遮った。ナズーリンが驚いて彼女の顔を見ると、何故か頬がほんのり紅く染まっている。
 しかし、どういう事だろうか。どうして頼んでくれないのだろう。いつもなら、どんな事でも話してくれるのに――
――もしかして、ご主人様は私を頼りにしてくれなくなったのだろうか。

 唐突にナズーリンの頭に浮かんだこの疑いは、すぐさま彼女の心を蝕んだ。何故だかわからないが頭に血が昇り、他の可能性を考える余裕などなくなってしまった。星本人がどう思っているのか確認もしないまま、彼女は自分がもう信頼されていないと思い込んだのだ。
 しばらく沈黙が続いた後、ナズーリンが口を開いた。

「……わかりました。もう何も聞きません。では、私は用事があるので」
「待ってくださいナズーリン、私は」
「いいんですよ。ご主人様が私なしでやっていけるならば、それに越したことはありませんから」

 そう言うとナズーリンは星に背を向け、足早に寺を出た。その歩幅は星の下から離れる毎に広くなり、いつしか走りだしていた。本来ならば朝日が昇っているはずの空は、まるで彼女の心を映し出す鏡のように、重く曇っていた。



   *   *   *



 どのくらい走っただろうか。気がつくと、ナズーリンは寺からだいぶ離れた森にいた。手頃な岩を見つけた彼女は、考えを纏めようとそこに腰掛けた。

 あの気持――ご主人様が声を荒げた時に私が抱いた気持は、怒りというよりむしろ悲しみの類だったと思う。何故かはわからないが、あの方が大声を出した時、寂しくて仕方のない感情に襲われた。落ち着いて考えてみれば、おそらくこの辺りが私の不可解な気持の原因なのだろう。
 では、いったいどうしてこのような感情が私の心に湧き上がったのだろう。ご主人様が私に言った事、それは私が彼女の探し物を手伝うことに対する否定である。つまり、彼女は探し物を自分で見つけようとしている、という事だ。確かに、その理由は定かではない。もしかしたら、失くしたものが以前の宝塔並みにとんでもない物で私に言いにくいのかもしれないし、或いは単に自分のミスは自分で返上しようという姿勢の表れなのかもしれない。しかし、どんな理由にせよ、以前の私であったなら頼み事をされなくなったという事実を喜んだはずだ。実際、申し訳なさそうにその長身を屈める姿は見ていて好きじゃないし、何より面倒くさい。いつになったらこの癖を直してくださるだろうかと、従者に頼み込む主の姿を見る度に思っていた。
 けれども、あの時私の心に浮かんだのは喜びではなく寂しさだった。もしかすると、私はいつしかご主人様に頼み事をされるのを楽しみに思うようになっていたのかもしれない。

 そこまで考えて、ナズーリンは誰もいない岩の上で一人頭を振った。我に返って辺りを見渡すと、辺りは先程よりも少し暗くなっていた。木々の隙間から空を眺めると、今にも泣き出しそうな雲が空一面を覆っている。
 ナズーリンはもう一度よく考えてみることにした。寺に帰る気がないわけではないが、考えが纏まっていないまま帰ってもお互い気まずいだけだ。自分の意識していなかった部分を見つめるのは恥ずかしいが、この際仕方ない。

 私は、ご主人様の笑顔が好きだった。いや、いつの間にか好きになっていた、と言ったほうがいいだろう。会ったばかりの頃は、本当に彼女の癖がうざったくて仕方なかった。初めて見たときから彼女の真面目で優秀なのにどこか抜けている、という性格は見抜いていたつもりだったが、まさかこれほどとは、と閉口したものだ。とはいえ、毘沙門天の代理である彼女の抜けた部分を他人に見せるのはまずいので、仕方なく彼女の頼みを聞いていた。はじめの頃は、本当にそれだけだった。
 けれど、いつの間にか頼みを聞いた後に見せてくれる彼女の笑顔をくすぐったく思わなくなっていた。それどころか、その温かさを感じて、心が満たされていくのが楽しみになっていた。
 そうだ。やっぱり私は、ご主人様に頼み事をされるのが楽しみで仕方なかったんだ。改めて意識するとなんだか恥ずかしいが、この気持に嘘はない。どんな形であれ、彼女が私を頼ってくれるのがうれしかった。これからも、彼女の役に立ちたい。彼女を助けて、あの無邪気な笑顔を傍で見ていたい。


 冷たい雨の雫がナズーリンを再び現実の世界へと引き戻した。鼻先に冷たい水滴を感じびっくりしながら上を見上げると、ちょうどパラパラと雨が降り出すところだった。濡れるのは嫌なので素早い身のこなしで木の下に駆け込む。勢いを強めて降り続ける雨を見ながら、ナズーリンは帰り道を捜しはじめた。寺からはだいぶ離れてしまったが、こうして探せば何も問題ない。
 とにかく、今は早く寺に帰ろう。そして、ご主人様に話をしよう。どんな理由で私が手伝うことを拒んだのかはわからないが、私が貴女の役に立ちたいのです、とでも言えばきっと手伝わせてくれるはずだ。そうすれば、あの素敵な笑顔をまた見ることができるだろう。そう考えて、ナズーリンは木々の間を縫うように進み始めた。





 帰りの道中、ナズーリンは妙にご機嫌だった。飄々とした性格のせいか、普段自分の気持に素直になれない彼女が、やっと自分の想いと向き合うことが出来たのだ。それで気分が高揚しないはずがない。
 どんなふうに話そうか。恥ずかしいから、なるべく直接的な伝え方は避けたい。いや、その前にまず自分の無礼な行動を謝るべきか。そうだ、そうしよう。その後で、貴女の役に立ちたいという趣旨の事を言えばきっと大丈夫だ。そうすれば、また……

「ナズーリン!!」

 不意に名前を呼ばれて驚いたのか、ナズーリンは一瞬固まった。その緊張はすぐ解けたが、彼女は自分の目を疑わざるを得なかった。
 だって、名前を呼んだその方は、こんな所にいらっしゃるはずがなかったから。

「ご、ご主人様?どうしてこんなとこ」
「ナズーリン!!」

 ナズーリンが言い終わる前に、星はナズーリンの下へ駆け出し、彼女の手を握りしめた。訳がわからずキョトンとしているナズーリンを置き去りにして、星は少し興奮気味に話し始める。

「ああ、本当によかった。私、貴女がもう帰ってきてくれないのではないかと思って……あ、でもまだ帰ってきてもらえるかわからないですね。か、帰ってきてくれますよね?」
「え、ええ、勿論。私こそすみません。私があんな態度を取らなければ……」

 ナズーリンが何気なく星の足元を見ると、泥がかなり豪快に跳ねてしまっていた。それだけ夢中になって自分を探してくれたというのだろうか。

「あー……ところでご主人様、探し物ですが……」
「大丈夫、見つかりましたよ!実は、ですね……その……」

 何かを言い出すのかと思いきや、また勝手にもじもじし始める。まったく、そういう所は本当に変わらない。尤も、そんなところもまたいじらしく思ってしまうのだが。
 俯いていた星は顔を上げ、覚悟を決めたような表情でナズーリンの瞳を見た。

「ごめんなさい!!」
「……は?ええと、ご主人様?」
「ごめんなさい、ナズーリン。今日貴女に失くした物の相談をしなかったのには訳があるのです。実は……これを失くしてしまって」

 そう言うと星はペンダントのようなものを取り出した。それを一目見て、ナズーリンは少しニヤリと笑う。

「まだこんなものを持っていらしたんですか?今の貴女には、もう必要ないでしょう?」
「何を言うんですか。貴女から貰ったこのお守りを大事にしないわけがないでしょう」
「じゃあなんで失くすんですか」
「え!?い、いえ、その……で、ですから!ですから、貴女には相談しなかったのです。貴女が悲しむと思って、それで……」

 星は再び黙ってしまった。というより、またもじもじしだした。やれやれ、と小さく溜息をつきながら、ナズーリンは星の手に握られたペンデュラムを見つめた。



 もう数百年前になるのだろうか。白蓮が封印されてしまってから、星は一人ぼっちだった。毘沙門天の代理としての業務をこなしている間は、それまでとなんら変わらないように振舞っていた。けれども、夜になると彼女は毎晩泣き続けた。真面目で責任感の強い彼女だから、何も出来なかった自分を責めていたのだ。そんな彼女を不憫に思い、ある日ナズーリンは星にお守りとして自分の使っていたペンデュラムを手渡した、というわけだ。

『これは私が使うペンデュラムだ。君も知っているだろう?振り子が道を指し示してくれる事を。これを持っていれば、きっと道は開ける。さあ、元気を出して』
『でも……』
『大丈夫、何も心配することはないさ。君が信じていれば、道は自然に開けていくはずだよ』
『……はい。ありがとうございます、ナズーリン』







「……ーリン、聞いてますか、ナズーリン!」
「え?ええ、聞いてますよ」
「とにかく!私は貴女に申し訳なかったのです。せっかくのお守りを失くしてしまうだなんて……やっぱり、怒ってます?」

 ナズーリンが顔を上げると、いつの間にか星の瞳には涙が溜まっていた。どうやらだいぶ落ち込んでいるらしい。
 そういえば、この口調はあれ以来使ってなかったな。丁寧に励ますのは難しいし、久しぶりに素のままで話すのも悪くない。

「……怒っているわけないだろう?君がそそっかしいのはいつもの事じゃないか。それに、だね……どうしても見つからなかったら、いつもみたいに私を頼ってくれればいいわけだし」

 星は少し固まっていたが、すぐに微笑を浮かべた。

「ふふ、そうでしたね。それにしても、懐かしい口調ね」
「偶にはいいだろ?畏まって話すのは少しばかり疲れるんだ」
「偶に、じゃなくてもいいんですけどね」
「いや、流石にそれは私が困る。……もう帰ろう。寺は誰にも任せてきていないんだろう?」
「ああ!?で、でもほら、きっと聖がなんとかしてくれていますよ。さて、帰りましょう」

 そう言って二人は踵を返した。
 今日はなんだか無駄に疲れた気がする。けれど、お互いの気持がよくわかったし、この苦労も無駄ではなかった。そんな事を考えながらナズーリンが一人微笑んでいると、星が呟くように言った。

「本当に、今日ほど自分の能力に感謝した日はありません」
「ああ、『財宝が集まる程度の能力』だったっけ?自分であげた物に対して言うのもなんだが、君が大切にしているのだから、そのペンデュラムは財宝と言っていいのだろうね」
「ふふ、今日見つけた『財宝』は、もう一つありますよ」

 そう言うと星は少し早足になって先に行ってしまう。ナズーリンは不思議そうに首を傾げたが、意味がわかったのか呆れたように笑い、すぐに彼女に追いつくべく走り出した。
 先程まで降っていた雨は止み、雲間からは立派な満月がまるで二人を見守るように顔を覗かせていた。
 
 
設定資料を読んで湧いた妄想を纏めてよし投稿するか、と思ったら無印に先駆者様が!!あのお二人には到底及びませんが楽しんで頂けたら幸いです。

しかしこれはリスペクトと言えるだろうか……ともあれ、先駆者であるサバトラ氏・浅木原忍氏両名に最大の感謝を送り、ここで筆を置かせていただきます。最後に、拙作を読了してくださりありがとうございました。
でれすけ
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
いやいや、読者としては星ナズが増えて嬉しい限りですわ
また楽しみにしてます
2.名前が無い程度の能力削除
いいぞ、もっと我々と一緒に星ナズするんだ!!
3.名前が無い程度の能力削除
星ナズいいね!星ナズ!
4.名前が無い程度の能力削除
ギャップナズ可愛いよ。結婚してくれ(星と
5.名前が無い程度の能力削除
ナズが可愛すぎる・・・
6.サバトラ削除
せ、先駆者なんて恐れ多い。
星ナズ仲間が増えて嬉しい限りです。

返礼したいところではありますが、リアルで修羅に突入するので、ご勘弁を。。。
(それにあまりでしゃばるのもあれですし)
7.でれすけ削除
コメ返しするの久しぶりだなあ……緊張してきたw

>>1さん
そう言っていただけると私も助かります。ネタが浮かんだときは是非また書かせていただきますw

>>2さん
頑張ります!

>>3さん
星ナズいいよ!星ナズ!

>>4さん
普段は他人行儀だけど二人っきりになると素に戻って星さんを君と呼ぶナズーリンかわいいです

>>5さん
ナズーリンの可愛さも星さんあってこそ。何が言いたいかというと、星ナズ最高というw

>>サバトラさん
いえいえ、既に投稿なさっている作品を読ませていただくだけで大満足ですから、お気になさらないでください。無理は禁物ですしw
こちらこそ、読んでいただいてありがとうございました!