Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

我が愛犬に捧ぐ

2009/09/12 00:06:54
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 私こと、八雲紫の式・八雲藍が彼と出会ったのは、今から十数年前の初夏の日のこと。我が式・橙と人里を歩いている時のことだった。

 右手には今夜の夕飯の食材の入った買い物籠を持ち、左手には橙の手を取り、私は帰路に付いていた。

 ふと、私たちの後ろに、何者かの視線を感じた。どうやら人でも、妖怪でもない。

 振り返ると、そこには一匹の子犬がいた。
 ベージュ色の、耳の垂れた、まだ生まれて間もない子犬。
 親とはぐれたのだろうかと一瞬思ったが、非常に痩せこけているところを見る限り、そうではないようだった。

 子犬は、私たちをじーっと見つめていた。
 妖獣である私たちには、その子犬が私たちに助けを求めているのが分かった。この子犬は、親と死別し、路頭に迷っているのだ。

 しかし、子犬の伝えたいことが分かったからといって、私たちに子犬を助ける義理はない。
 私は子犬の視線を無視し、再び帰路に付くことにした。
 しかし――

 「藍さま」

 私が歩き出そうとしたところで、橙が私の手を引く。

 「何だ、橙」
 「彼を、うちにつれて帰りましょう」

 どうやら橙はあの子犬に感情移入してしまったらしい。

 「彼は、今とても飢えています。とても明日まで持たないでしょう」
 「橙、私たちと彼は赤の他人だ。そんな義理はない。……それに、つれて帰って紫様がなんと思うか――」
 「幻想郷は――すべてを受け入れるんですよね?」
 「……………」
 「きっと、紫さまなら、お許しを下さるでしょう」

 橙の言葉に、私はどうしようもなくなってしまった。

 「……しょうがないな」
 「ありがとうございます!」

 橙は私に一礼すると、子犬を抱きかかえた。


 マヨイガの我々の家に帰宅し、紫様に子犬を見せると、紫様は橙の予想通り、快く子犬を迎え入れた。

 「橙、貴女がその子の親代わりになりなさい。ちゃんとその子の面倒みるの」
 紫様は橙に、笑いながらそう言った。
 「私が、ですか?」
 「ええ。そうよ」
 「ですが、私は猫です」
 「あら、人間も犬の親代わりになることがあるのよ。猫が親代わりになったっておかしくはないわ」
 「……紫様がそう言うのなら、その役目を快く受け入れます」
 「ちゃんと、責任を持つのよ」
 「はい。分かりました」

 子犬はやわらかく湯がいた米を与えると、それを待っていたかのように食いつき、夢中になって食べ始めた。

 「しっかり食べろよー。せっかく紫さまに許しがもらえたんだ。元気になってもらわないと」
 橙が子犬に語りかける。
 しかし、子犬はどうやら食べるのに夢中で、橙の言うことなど聴こえていないようだ。

 「橙、この子犬の名前は決まったか?」
 何気なく、わたしは橙に訊く。
 「名前、そうですね……」
 橙は腕を組んでしばらく考えると、手をぽんと叩いた。
 「“サチ”、っていうのはどうでしょう。長く幸せになって欲しいので」
 「サチ、か。なかなかいい名前じゃないか」

 「よし! お前の名前は今日からサチだ! サチ、ちゃんと生きろよ。いつかお前を、私の式神にしてやるからな!」
 橙がそう言うと、食べ終わったサチが小さく「キャン」と鳴いた。

 それから、橙とサチは共に暮らすようになった。

 これが、私たちとサチの出会いだ。










 それから、幾年の月日が流れた。

 サチは、立派な成犬に成長した。

 猫たちのリーダーであるはずの橙は、相変わらず猫たちに慕われなかった。
 しかし、その傍にはいつもサチの姿があった。サチだけは、橙のことを主と認めていた。

 橙は、わが子のようにサチのことを可愛がった。

 どんなに子分の猫たち馬鹿にされても、サチがいるだけで橙は幸せだった。

 橙は、いつもサチをつれて歩いてた。

 私も、たまにサチをつれて歩いた。

 私も、紫様も、そんな二人の姿を、愛おしく思った。


 しかし、サチと出会って十二年目のある日のこと――

 急に、サチの食欲が衰え始めた。

 心配した私たちは、サチを永遠亭につれて行った。一番腕の立つ医者は、患者を選ばない。

 「この犬、腎臓を患っているわ」
 八意永琳は静かにそう言った。
 「薬を処方するわ。この薬を、一日二回服用させて」
 そう言いながら、永琳は橙に薬の入った紙袋を手渡す。
 「その薬で、こいつは治るのか?」
 私がそう訊くと、永琳は、
 「いいえ」
 と、答えた。
 「この薬は、あくまで悪化を遅くするための物。治す物じゃないわ」
 「――貴様ッ!」
 私は、思わず永琳に掴みかかった。柄にも無く、感情的になってしまった。
 「貴様、それでも医者か! 患者を治すのが医者だろう!?」
 「止めなさい。藍」
 紫様の一言で、私の動きは止まった。

 「――この子は、もう助からないのかしら?」
 紫様が、静かに訊ねる。
 「ええ、無理ね。お手上げよ。この犬は、もう長くない。――この犬を助ける薬なんて、私には処方できない。老いに打ち勝つ薬なんて、処方できるわけないじゃない」
 「――老い……」
 さっきまで黙り込んでいた橙が、ポツリとつぶやく。
 「そう、老いよ。この子は、もう十年以上生きている。犬にしては、十分な時間よ。人間にしたら八十年以上。もう十分よ」
 「――そうね」
 紫様が、うなずく。

 「世話になったわ。また何かあったら来るわ」
 「そう。願わくば、何も無いことを祈るわ」

 そして、私たちは永遠亭を後にした。


 それから、サチの食欲は次第に減り、気がつけばサチの身体は、私たちと出会ったころのように痩せ細っていた。

 そして、サチの食欲が減少してから半年、ついにサチは何も食べることが出来なくなってしまった。

 ――もう、歩く元気も無い。

 ――もう、鳴くことも出来ない。

 サチに出来ることは、ただ、死を待つことだけ。

 私たちに出来ることも、ただ見つめて、サチの死を待つことだけ。

 私と紫様は知人の人間たちの死によって、この死を待つ時間には慣れている。私たちは、千年以上の間、たくさんの死を見てきたのだ。

 しかし、橙は違う。
 橙は、まだ百年も生きていない。“死”というものに慣れてはいない。
 そんな橙が、親しいものの死を受け入れられるかどうか、私は心配だった。



 ――そして、運命の時はやってきた。

 ある秋の始まりの日の夜、サチはこの世から旅立った。

 橙の目の前で、橙を見つめたまま、息を引き取った。



 「藍さま」
 橙が、もう動かないサチに毛布をかけながら言う。

 「私は、サチと約束をしました」
 サチの冷たくなった身体を撫でる。

 「いつか、私の式神にしてやると」
 スカートを掴む手が震える。

 「他にも、たくさん約束をしました」
 声が震える。

 「元気になったら、美味しい魚を取ってやるだとか、二人で子分たちをぎゃふんといわせるだとか」
 鼻をすする。

 「でも、サチは全部破りました」
 震える手に、涙が落ちる。

 「まるで全部忘れたみたいに、先に逝ってしまいました」
 涙で、顔がくしゃくしゃになる。

 私は、そんな橙をほっておけなくなって、思わず抱きしめてしまった。

 そして、私は気がつく。

 ――私自身も、涙を流していた。



 ああ、そういえば――家族が逝ったのは、これが初めてだった。





 その後、サチの亡骸は火葬され、八雲亭の裏に埋葬された。

 ――私たちは、決してサチのことを、忘れることはできないだろう。
二〇〇九年、九月十一日、午後八時五十四分。我が家の愛犬がこの世を去りました。
享年十二歳。老衰でした。
私は、彼が死ぬことをうすうす感じながらも、その予感を肯定することが出来ず、結局彼を看取ることができませんでした。

この小説は、彼を看取ることができなかった私の、罪滅ぼしです。ですが、私には、この小説を、ちゃんと書ききることができませんでした。

うちの犬はサチという名前ではありませんが、ここに書かれている彼の最期は、うちの犬と同じ状況です。

本当は、こんなことをしてはいけないのでしょうが、どうしても、少しでも多くの方に、十二年間生きた犬のことを知って欲しかったのです。

最後になりましたが、こんな小説を書いてしまった私をお許しください。
そして、動物を飼っている方は、その子と、悔いの無い、幸せな生活を送ってください。私のように、決して悔いを残してはいけません。
昌幸
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
今年の五月二十九日に、家の犬が逝きました。
病気でした。
私を含め、両親以外彼を看取ることができませんでした。
悲しかったです。
ちょうどその日の夜に帰るつもりだったのに看取れませんでした。
辛かったし、泣きたかったのに、信じられなかったのか、私だけが泣けませんでした。

だからでしょうか、彼の眼が開いていたのに気がついたんです。
みんなで閉じさせようとしましたが、いくらやっても半目の状態まで開いてしまうのでした。
仕方がないので、その状態で寝かせてあげました。

次の日、実家にいなかった妹に彼の遺体を見せてやりました。
すると、彼の眼はそっと閉じられたのです。
心なしか、安心したかのような顔でした。
妹のことが大好きな彼でしたから、元気そうな姿をみて、安心したんでしょうね。

あなたの犬がそうであるかはわかりませんが、その子は、あなたの姿を見れて「よかった」って思えたんじゃないでしょうか。

彼のお墓に、たまにでいいから、線香を立ててお祈りしてあげてください。
罪滅ぼしになるかはわかりませんが、その子は喜んでくれるはずですよ。

しばらくはさびしい思いをすると思いますが、がんばってください。
私もがんばりますから。
2.名前が無い程度の能力削除
8月25日に我が家の愛犬が他界しました。
5月の中頃に急に歩けなくなり、食欲も無くなって、一時期10キロを超えた体重も死後の計量ではたったの3キロ。
死体にしがみ付いて泣き叫んだのはあれが初めてでした。
おい、 元気にしてるか
3.Taku削除
 亡くなった動物たちは、満足して死を迎えられたのだろうか。
 それだけが、今も気掛かりです。

 この度は、ご愁傷様で御座いました。
 心よりご冥福をお祈り申し上げます。
4.名前が無い程度の能力削除
冷たいことを言えば無理に東方に当てはめた感じ。舞台はどうでもよかったように見受けられました。
5.削除
うちの犬は今年で14歳になりました。