「ああ、チルノちゃん。おはよう」
「もう昼だよ」
また寝てたでしょって言ってやるとうんって頷く。
やっぱりだ。半目になってる美鈴にとりあえずあたいもおはようって返して隣に座った。
「またメイドに怒られても知らないよ」
「メイドじゃなくて咲夜さん。それは酷いなあ」
美鈴はいつもそうやって訂正してくる。あたいはそれが面白くて、そう呼んでやるんだ。
それに、メイドの格好をしてるからそっちの方が分かりやすくていいと思う。
「人間メイドは長いから。略してメイド」
「それは略してないよ。ああ、どうやって教えたらいいかなあ。私の名前は覚えてくれたのに」
わざとらしく頭を抱えてうんうん悩む。
きっと、美鈴もあたいが面白がってるのを分かっててそう言ってるんだと思う。
その証拠に、美鈴はすぐに考えるのを止めて、違う話題に切り替えてきた。
「チルノちゃんは今日もあれ?」
「あれじゃ分かんないよ。たぶんそれ」
「それかあ。飽きないねぇ」
ほにゃっとした笑顔でそうかそうか、と頭を縦に振る。
美鈴がそんな動きをすると眠たいように見えて、なんとなくおかしかった。
どうでもいいけど、あたいはあれより、それの方が音楽っぽくて綺麗で好きだ。
「でも、咲夜さんが来る前でよかった。怒られないし」
「あたいのおかげなんだから、感謝してね」
「感謝します。いつも咲夜さんの前に来てくれたらもっと感謝します」
「あのメイドが来る時間が分からないもん」
「時計あげるからさ? ね?」
「あたいは時間なんて物には縛られないのよ。最強だから」
「……めんどくさい?」
「とってもめんどい」
がっくりと肩を落とした美鈴の肩を、元気出せって言いながら叩いてあげる。
めんどいのもあるけど、面白いし止めるなんてつまらない。
「まあ、チルノちゃんだし。蝶を追っ掛けて遅れましたとかありそうだし」
「否定はしないわ」
「……暗にアレな子って言ってるのになあ」
またあれか。美鈴は変に遠回しな言葉が好きだからたまに分からなくて困る。
「妖精に時間厳守なんて命じても無駄なのよね」
「あ、咲夜さん。こんにちは」
「ようメイドー」
「おはよう。こんにちは」
「……いつ頃から、聞いていらっしゃられたので?」
おはようと言われた美鈴が顔を真っ青にしながら、汗をだらだら流す。
汚いなあと思いながら咲夜を見上げる。笑ってた。すっごい笑顔。
でも、これは怒ってないよって言ってるつもりなんだと思う。
美鈴はどうしてもこの顔が怖いらしいけれど。
そうやって怖がるから、咲夜もいろいろ言わないといけないんじゃないかとも思う。
「チルノちゃんおはようって言ったあたりからかしら」
「最初からじゃないですか……」
「ええ、そうね。聞いてたのはそこからだけど、ここに来たのはその前からよ」
「なんですと!?」
「妖精だけじゃなくて、あなたにも無理なのかしら。時間厳守」
「うう、否定できません……」
「命令系統が目茶苦茶で困るのよ。あなたには守ってほしいものね」
「あうあう」
「ケロケロ。次はあと一分でも長く起きてなさいね」
「がんばります……」
むう、どうして美鈴はそこまで怖がるかなあ。怒られてもいないのに。
もしかしたら、二人はキャッチボールが苦手なのかもしれない。
「で、今日もあれ?」
「それー」
「あれらしいですよ」
「二人とも嬉しそうね」
「えへー」
「えへへー」
「……はあ。はい、これでいいんでしょ?」
「わーい!」
「ありがとうございますー」
咲夜はため息を吐きながら持ってきたそれ――クッキーを差し出してくれた。
最近はここに来てお菓子を食べるのが日課だったりする。
食べてるといつの間にか紅茶が出てくるし。美鈴が至れり尽くせりなんて諺を言っていた。
「ああ、ほら口に付いてる」
「んんー……ぷはっ!」
ハンカチで口を拭かれる。別に、まだあるんだからいちいち拭いてくれなくてもいいんだけど。
咲夜はこういうのにうるさいな。職業病なのかな。
「クッキーは逃げないんだから、もっと味わって食べなさい」
「逃げなくても、美鈴の腹の中に吸い込まれてくよ」
「……お腹空いてるなら、言えば作るんだけどね」
「美鈴は怖がりだよねぇ。なんて言うんだっけ。えーとー、かかあ天下?」
「意味分かって言ってるなら、刺すわよ」
「知らない知らない。じゃあ、亭主関白か!」
「力入れると痛いわよ」
「知らないって言ってるのに! 鬼メイドー!」
「ごちそうさまでしたー!」
「……ああ!? また食べられたー!」
「あら、会話に入ってこないと思ったら」
ばかー、ばかーって言いながら美鈴をおもいっきり叩いてやる。
まだちょっとしか食べてなかったのに!
もう美鈴に全部食べられちゃった回数も覚えてない。
美鈴は本当にご飯の量を増やしたらいいんだ。咲夜が怖いとか関係なく。
「痛い、痛い! きゃー! 助けて咲夜さーん!」
「あなたの胃に収まったそれは、私のおやつでもあったのだけれど」
「にゃー!? ごめんなさいー!」
「美鈴のばかばかー!」
「すみませんでした……」
「あらやだ。妖精に泣かされる子初めて見たわ」
「半分以上は咲夜さんの説教のせいなんですが」
「美鈴はもう怒られるの覚悟でご飯増やしてもらいなよ」
「そんな恐ろしいことを言いますか、チルノちゃんは」
美鈴が悪い。咲夜のおやつなんて怖くて、あたいでも半分しか手を出せない。
咲夜が目の前にいるのに、今更恐ろしいもないと思うし。
「というか、うーん……ご飯が足りないわけでもないんですけど」
「けどなにさ」
「手と口が勝手に動くんです」
「つまりは、食い意地が張ってるだけなのね……はあ」
「めーりんのばかばかばかー」
「いや、本当ごめんなさい」
許してあげる気にはなれないなあ。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
咲夜も、恐ろしい。黙ってるくせに目が赤いんだもん。
笑ってるけど、さっきみたいな笑いじゃない。
美鈴はこういう表情をもっと怖がるべきだ。
「これからはもうちょっと躾をするべきなのかしら」
「躾って。犬じゃないんですから」
「犬じゃなくてもおあずけくらいは出来るようになりましょう」
「ついでにお手もするように!」
「しませんよ! チルノちゃんは思い付きを口にしない!」
むう。結構見たいんだけどな、お手。
咲夜が頷いてるのに期待してみようかな。
「でもあれだよ。美鈴。これじゃ約束が違うよ」
「う、それを言われるとなあ……」
あたいはお菓子を貰う代わりに、花畑で遊ばないって約束をしているのだった。
貰えないんじゃ約束破りなので、転がって花をぱりぱりぱりーってやらざるを得ない。
幽香に怒られないし、ここにもいっぱい花があるから楽しいんだ。
ちなみに、咲夜はこの約束を餌付けと呼んでいた。意味は知らない。
「いつも思うのだけれど」
「はい?」
「約束は、誰が交わしたものなのかしら」
「私とチルノちゃんですね」
「その約束で、お菓子を提供するのは誰なのかしら」
「いっつもメイドが持ってくるじゃん」
「どうして、私がお菓子を提供しなきゃいけないのかしら?」
あ、美鈴が笑顔なのに汗だくだ。
「…………運命の、悪戯?」
「お嬢様の仕業、と。ちょっと聞いてくるわね」
「嘘です冗談ですごめんなさい!」
「そう。本当は?」
「咲夜さんのお菓子がおいしいから、つい……」
「最初からそう言いなさいよ」
「そうだよ美鈴。なんだかんだ言ってメイドも楽しんでもがもがー!?」
口を塞がれてしまった。咲夜は甘やかしたがりのくせして本人には絶対知られたがらないなあ。
そんなんだから、美鈴に怖がられてしまうのだ。もっとべたべたにしちゃえばいい。
ついでにあたいにももっと優しくしてくれたらいい。苦しい。
「咲夜さん、これからもお菓子を作ってくれますか?」
「……いいけど。料理は嫌いじゃないし」
「ありがとうございます!」
「別に、大したことじゃないわよ」
「むがごごぐー!」
忘れられてる気がしたから、叫んでみた。ついでにだんだん力が強くなってきて痛い。
咲夜は表情隠すのがうまいのに、態度に出るから怖いんだ。
「チルノちゃん、大丈夫?」
「平気じゃないよ! メイドがいじめるー」
「余計なことを言いかけるからよ」
「何て言おうとしてたんですか」
「もごもごー」
また口を塞がれてしまった。
楽しんでることくらい言っても問題ないと思うけど。そこまで知られたくないのかな。
「美鈴も、余計なことを聞かない」
「はあ。よく分かりませんが」
頷きながら頭をかく美鈴。にぶちんめ。
二人はキャッチボールじゃなくて、何か決定的なところで間違えてるのかもしれない。
「まあ、余計なことは言っても、約束は守るから、この妖精はまだいい子ちゃんだけれど」
「そうですね。偉い偉い」
「ふふん。もっと褒めてー」
「これで咲夜さんの名前さえ覚えてくれたらなあ」
「あなた、まだそんなこと言ってるの」
美鈴が残念そうに言うと、咲夜が呆れたように返した。
「だっていつまでもただのメイドじゃ寂しいじゃないですか」
「ただのメイドじゃないよ。お菓子がおいしいメイド」
「名前を覚えてないわけじゃないしね」
「え?」
「ありゃ」
美鈴も分かってただろうけど、ぱちくりさせて首を傾げてる。
咲夜は人に余計なこと言うなーって言うけど、それも余計なことなんじゃないか。
「まあ、美鈴いない時は呼ぶけどね。咲夜って」
「え?」
「私の方は名前じゃ呼ばないけど」
「不公平だ。不平等だ」
「チルノちゃん、なんて呼ばれたい?」
「ごめん。なんか寒い」
「でしょう」
「…………あれ? 二人って実は仲良しだったりします?」
「よくはない」
美鈴の質問に二人で一緒に返すと、やっぱ仲良しだって言い出した。
さっきまでちょっぴり混乱してたくせに、切り替えが早いなあ。
「悪くないってだけでいいです、もう」
「美鈴、仲間外れにされて拗ねてる?」
「拗ねてないですよ。全然」
それは拗ねてる人が言うんだ。
あたいたちに背を向ける美鈴に、咲夜がちょっと困った笑顔をした。
とりあえず明日からは、美鈴の前でもちゃんと咲夜の名前を呼んであげよう。
美鈴のことだから、それだけでも自分のことみたいに大喜びするに違いない。
「ねぇ、メイド。こうなった美鈴はどうすればいいのかな?」
「そうね。明日のお菓子は美鈴の好きなものにするとか」
あ、肩がぴくって動いた。
実はそんな拗ねてなくて、明日のお菓子目当てなのかもしれない。
咲夜は表情を隠すのがうまいけど、美鈴はうまくない。
だから背中を向けてるんだろう。
顔を覗いたら笑ってるんだろう。
咲夜と顔を見合わせて、困った妖怪だと息を吐いた。
そういやこれプチだった!
読んでてほんわかしました。