平穏無事。
その言葉は、悪く云えば何もないということを指している。
悪いことじゃない。ただ、外の世界から流れ着いた用途の知れない道具を拾ってくるのも、今は面倒。
客も居ないし、ただ本を読んでいるというのも悪くない。
これで黙っていて紅茶でも出てくれば、文句はないのだが、生憎そんな気の利いた従者はいない。
紅魔館という吸血鬼の館に暮らすあの従者など、給料は貰わずメイドをやっていると聞くが、僕の道楽商売と似たものなのだろうか。
なんにしても、そんな従者を抱えたいものだ。そうすれば僕は、奥で静かに本を読んでいれば良いのだから。
そんなことを考えていると、かつんかつんと音がする。
客かと思って顔を上げるが、誰もいない。戸の開いた形跡はない。
風の悪戯かと目線を本に戻すと、またかつんかつんと音がした。
再び目線を上げるが、やはり戸は閉まっている。
だが、良く見れば戸に何かがぶつかっている。虫か、鳥か、あるいは石ころか。
妖怪か、あるいは妖精の悪戯だろうか。
面倒だ。
そう思いながら、机に手を突いて腰を上げる。
自分の腰ながら随分と重い。どうも根が張ってしまっていたようだ。怠惰とは恐ろしい。
その重い腰と足を引きずりながら、ゆっくりと戸に近づいた。
関わる気はないが、放って置いて岩石を投げ込まれては堪らない。
なんでも、霊夢の神社は倒壊してしまったことがあったそうな。ここがそうならないとも限らない。
「今開ける」
戸を開けてぶつけられては敵わないから、予め断っておく。
すると戸に何かのぶつかる音は止まる。
声が聞こえたのだと判ったので、僕はそっと戸を開けた。
すると、戸から少し離れた位置に、ぽつんと氷の妖精がいた。何故か誇らしげに胸を張って。
たしか、チルノとか云う妖精だったか。以前にも何度か店に来たことがあったので、顔に憶えがある。。
そういえば、度々店の名前と僕の名前を訊いてくるので教えていたが、はて、今日は憶えただろうか。
「何か用かい、チルノ」
「あー、面白いもの見に来た」
「そうか。ところで、君は何故胸を張っているのかな」
「えへん」
意味はないらしい。
とりあえずチルノという名が合っていたので良しとしよう。
ふと足下を見れば、無数に転がる氷の球。どうもこれを投げ付けていたようだ。
「さぁ、商品が見たいなら入っておいで。だが、くれぐれも壊さない様に」
「うん」
良い返事だ。
だが、どうしたのかその場から動こうとしない。
少し訝しんでいると、チルノは僕の方へと指を伸ばした。
そして、指先で何かを空中に書いていく。
……文字? には見えない。魔術の類……を妖精が使えるとは思えない。なにをしているのだろう。
よくよく見ていると、チルノは僕の顔と、それより少し上を交互に見ていた。
何を見ているのかと、上を見てみる。
そこでようやく気付いた。
チルノは、香霖堂という字を書いていた。
店の名前を僕に伝えようとしている意図は判らないが、恐らくは読み方が判らないから書いて見せているのだろう。
「その看板なら、「こうりんどう」と書いてある」
「それだ! だから、えっと」
指の動きは止まり、今度は僕を指差した。
なんとなく判った。店名をヒントに僕の名前を思い出そうとしたのだろう。
……回りくどい。
「僕の名前は霖之助だ」
「それだ!」
少し不服なそれ扱い。
「それだ、それ。霖之助だ」
「物のように呼ばないでくれないか」
「じゃあお店入るよ霖之助」
「店名は光の速さで忘れた様だね」
「うん」
素直だ。
とりあえず、僕は本の続きが早く読みたかったので、さっさとチルノを招き入れることにした。
そういえば吸血鬼は招かないと入れないという言い伝えがあったが、妖精もそうなのだろうか。
いや、さっきの様子を考えれば、単に看板の名前を読みたいからわざわざ呼び出したという感じか。
名前が判って満足したのか、チルノはとてとてと駆けながら中に入ってくる。
……何故飛ばないのか?
まぁいいか。
中にはいると、その妖精は好奇に目を輝かせ、おぉと感嘆の息を漏らしながらぺたぺたと色々な物を触りだした。
指紋とか付くだろうか。つかないなら問題はない。つくなら、またいつか魔理沙や妖夢が来たときに手伝わせて磨こう。
「僕はそこで本を読んでいるから、何かあったら声を掛けてくれ」
「うん」
ろくに聞いていなかったと思う。
はぁ、と溜め息を一つ吐くと、僕は改めて本を開いた。
がたがたがた。
不穏な音が耳に付く。
見れば、壷が揺れていた。
落ちそうにはないが、恐らくその周辺の物を取ろうとして押したのだろう。
無茶をする。
いくらかの損は我慢しないといけないかも知れない。
改めて溜め息が溢れた。
それからしばらくは、本に熱中していて、チルノの動向に意識を向けてはいなかった。
ふと思い出す。確か、火薬などを仕入れて置いておいた危険物を、まだ整理し終えていなかったのだと。
なんとはなしに目を向ければ、案の定そこにチルノはいた。
これが小説で云うところの、お約束ということなのだろうか。
少し頭痛がした。
「お? ねぇ霖之助。これ何?」
「チルノ、迂闊にそこいらのものには触れない方が」
どっかん
僕の言葉を遮って、爆発音が響く。強い風が吹いて、何かの割れる音が飛んできた。
今回のことに限って云えば、恐らく悪いのは注意の遅れた僕なのだろうな。
そう思い、弁償を請求できないことを悔やんだ。
「……けほっ、けほっ」
煙で良く前が見えない。少し吸い込んでしまい噎せる。
煙幕用の物だったらしく、鉄玉や炸裂した形跡や、どこかに燃え移った様子はない。
「……ぼ、ボムだった」
「あぁ、本来の意味でのね……大丈夫かい? ただの煙を出すものだったみたいだけど」
寄ってみると、チルノはビクンビクンと痙攣していた。
何か、これは危険な状態に見えるのだが。
そうか。突然わけも判らないまま爆発したから、ショックが強すぎたのか。
「大丈夫かい?」
「……生まれ変わってまた来ます」
そしてそのまま目を閉じた。
胸を触ってみると、心臓は止まっていた。
……元々鼓動していたのか判らないが。
「そうか。妖精はショック死するのか」
そのまま、僕は動かなくなったチルノを持ち上げた。
すると、チルノの身体は僕の腕の中で、ゆっくりと光に溶けて消えていく。
妖精の死ぬ場面など初めて見た。
あまり、心に優しい光景ではないのだなと思った。
「ただいま!」
「……命が軽い」
でも霖ちゃんもかわi(草薙の剣
誤字
簡単→感嘆 ですかね?
天則のチルノマジかわいい。
この文、おかしい