「……いい加減、起きてよ」
まだ残暑が厳しいこの季節。
でも風は既に秋の気配を持って、肌を滑って行く。
風を感じながら、空を見上げる。
空が、高く、澄んでいた。
もうそろそろ秋を司っている神が騒ぎ出す頃だろうか。
(……面倒事は勘弁よ)
そう、紅白の巫女は縁側に座ってぼんやりと考えながら、空から視線を落とした。
自分の膝辺りに。
【 夏 と 秋 の 境 界 】
「……いい加減、起きなさいよ」
そして、同じ言葉を繰り返しながら、目を細めた。
正座を崩した膝元に、金色の髪が散らばっていた。
飴細工みたいな甘い輝きを放つ細い髪に、そっと触れる。
「……起きろってば」
ひっついているから、暑くて。
触れている場所が、熱くて。
霊夢は文句を言うように、「起きて」と繰り返す。
柔らかな声音で、ゆったりとした口調で、静かに。
まるで「まだ寝てて」と、祈るように。
「……紫」
指通りの良い髪を梳きながら、小さく名前を呼ぶ。
縁側に並んで座っていたのに、風が心地良かったからか。
この妖怪は眠くなってしまったようで、とろんとした深い紫紺の眼で膝枕をねだってきた。
それを渋々了承して、もうどれくらい時間が経っただろうか。
太陽は西に傾いてしまい、夜を呼び始めていた。
影を落とす長い睫が、髪と同じ金色をしているとか。
深い色をした瞳を瞼が隠すと、胡散臭さが軽減して酷く小奇麗に見えるとか。
寝顔が、可愛いとか。
そんなものを見ながら、いつも背中で揺れている柔らかな髪に、そっと触れて。
そうしていたら、もうこんな時間。
我ながら呆れてしまう。
溜息をつきたい気分になるのに、不思議と口からそれは出なかった。
「ゆかり……」
ゆったりと呼ぶ。
空が橙色で、東の方は藍色で。
交わる場所は、この妖怪と同じ名前をした色。
白い頬を、優しく撫でる。
なるべく優しく。
いつもコイツがしてくれるみたいに、優しく。
コイツの体は、どこもかしこも手触りが良くて悔しくなる。
もっと触れたくなるから。
「ん……」
小さく漏れる声。
起こしてしまったかと思い、慎重に寝顔を見守る。
唇はその一音だけ紡いで、あとは元通りの静かな寝息を立てた。
「まだ……寝てて……」
薄く開いた唇に、指先で触れる。
ふにふにとした柔らかな感触が、何故だか切なくなって。
親指の腹で輪郭をなぞるようにそっとそっと、触れた。
「まだ……」
――――寝てて。
上体を折り曲げる。
垂直ではなく、同じ方向を向いての膝枕。
逆さまの顔。
桜色の唇に、そっとそっと、キスひとつ。
甘ったる吐息が、自分の唇から漏れた。
ゆっくりと唇を離しながら、霊夢は頬を染める。
薄く開かれた深い深い紫色の瞳と、目があったから。
「寝ててって、言ったのに」
「イヤよ……勿体ないじゃない?」
少しだけ寝ぼけているのか、目尻が幼く下がっている。
そんな眼で悪戯っぽく微笑まれた。
形の良い指が、霊夢の頬をなぜる。
おいでおいでと、誘う。
「……やだ」
「照れ屋さんね」
熱を持ってしまった頬を、楽しそうに触れる紫の指。
それがくすぐったかったからやめさせる。指を甘く絡めるようにして。
「もぅ。さっさと起きてよ。いい加減疲れたわ」
照れ隠しにつっけんどんな言葉を紡ぐ。
ほんとはそんなコト思ってやしないのに。
互いの顔の距離は、未だに変わっていない。
瞳の中に、相手しか映らない距離のまま。
そんな距離で、紫が甘く笑んだ。
「霊夢がもう一回してくれたら、起きてもいいけど?」
しない。やだ。むり。できない。
どの言葉でも良かったのに、どれも出てこない。
できたのは、困ったように眉を寄せることくらい。
仕方がないから、薄い瞼にごく短い時間、唇押しつけた。
「場所が違うわ?」
「うっさい……」
恥ずかしくて小さくなる声に、紫がまた笑う。
甘く、笑む。
もう一方の手が霊夢の頬を包んだ。
強くない、どちらかというと弱い力で引き寄せられた。
「……だからまだ寝ててって……言ったのに……」
拗ねた声音で紡ぐ言葉。
言い終えたら、また唇を重ねられた。
ちゅっと音を立てて、何度も。
啄むようなキスは、切なくて甘い。
柔らかな唇の感触が、触れている体温が愛おしくて。
だから霊夢はいつの間にか、紫の頭を抱え込むように腕を回していた。
夏が去って、秋が来る。
秋が去れば、冬が来る。
まだ遠い冬。でも、秋は短い。
去っていく季節に手を伸ばしたって、届きはしない。
留められやしない。
冬が来たら、冬が来たら、春が恋しくて堪らなくなる。
だって、こんな夏と秋の挟間でさえ、切なくて堪らない。
霊夢は体勢を崩した。
半ば覆い被さるようにして、紫の意外と薄い肩に腕を回す。
「甘えん坊?」
「……あんたほどじゃない」
相変わらずの悪戯な笑みに、口を尖らせ返す。
甘えてもいいでしょ。
秋が終わったら……どうせ。
きゅっと顰められる霊夢の眉。
その皺の寄る眉間に、宥めるように紫が口付けた。
「ふふ。かわいい」
「黙っててよ……」
――――だからまだ寝ててって、言ったのに。
もう一度、呟く。
眠るのなら、手の届く場所で。
寝顔を見てられる場所で。
直ぐに口付けられる距離で。
たとえばこの膝元だとか、腕の中だとか。
そういう距離で。
だから、まだ寝てて。
もうちょっと、ここにいて。
そう心の中で呟く、なんでもない日。
そんな、夏と秋の境界な日。
END
これからもゆかれいむに励みなさい
こんな感じの二人大好きです
くぁwせdrftgyふじこl
訳:これは とてもいい ゆかれいむ ですね
うおおおぉぉぉぉぉぉぉ、アブソリュート・ジャスティス!!
ゆかれいむいいよ~
いやいいゆかれいむごちそうさまっしたっ!
※驚きの甘さ!!
副音声:甘いけど切ないゆかれいむでたまりませんね、ふぅ…
甘くて蕩ける。