朝。空気の澄んだ朝。
さて、ようやくヤツメウナギの仕込みも済んだことだし、今日も一日頑張っていきましょう。
屋台を引いて、私は売り歩くのです。
美味しいものをみんなの口に~♪
とは云っても、まだ此処は森の中。歌って引き寄せてもただの迷い人作成機。
無理に呼んでもお金持ってなかったりで慈善事業なこともあり。
これではいかんと思うのところ。
そこで私は考えました。
それならどうすれば好いのか。
でもそれは考えるまでもないこと。
人や妖怪の大勢いる方向へ往けば好いんです。
そう思い立ったのも何時のことか、今では里で商売しちゃったりしちゃう妖怪だったりします。
妖怪はこっそり馴染むのです。
もうこれで、なかなかそつなく人間相手の客商売もこなすのですよ。
えへん。
……ただまぁ、一つ云いたいことがあるとすれば、羽根の付け根へのセクハラは困るなぁなんて。
でもそれはそれ。
私がするのは客商売。笑顔と出汁はこぼしても、涙と愚痴はこぼさない。
よぉし、気合い入れてくぞー。
本日もいつも通り、とりあえずは屋台を引いて森を抜けて、迷ってる人見付けてはヤツメウナギと恩を売りながら、夕刻辺りに里に出て堂々開店といたしましょう。
迷い人いますかね。送るのはいいとして、お腹空かせてたりお金持ってたりしますかね。
ま、その時その時ですね。
がらがらがらがら。車輪が回る~。
整備頑張ってますが、ちょいとボロが。ん~。大幅な修理が必要かなぁ。
がらがらがらがら。
おや? 前方に見知った顔。
おやおや、あれは妹紅さんじゃないですか。ご同業者さんですね。
ここだけの話、私の方が妹紅さんより屋台歴は長かったりするんですよ。先輩です。
色々ノウハウ教えてあげたのも遠い過去。今では教えたり教わったり、もはや宿敵と云っても差し支えない商売人に。
嬉しいやら悲しいやら。
そんな昔話は置いておいて、どうも妹紅さんの引いている屋台がいつもと違う様子。
おやおや? 妹紅さんのも壊れましたかね。
とりあえず寄ってみましょう。
「ちょいとそこ往く、妹紅さん」
「ん? ミスティアか。おはよう、ご同業」
「あれ、いつもと屋台が違いません?」
「あぁ、これか。ちょっとね。もう秋も近いし。屋台は永遠亭のを借りたのさ」
「?」
えっと……あっ。
なるほど、理解しました。
まだ少し温かいですし、少しばかり早過ぎる気はしますが、それもそれで風情があるのかも知れません。
これはあれですね、石焼き芋の屋台ですね。
「そうですか、旬の味ですね」
「そういうこと」
ちょっとわくわく。
私甘いの大好きなんですよねぇ。
でも、どうしてサツマイモがこんな時期に?
「妖怪の山にいる秋の神様から、美味しそうなのを結構いただいてね」
あぁ、なるほど。
「先駆けですね」
「そうなるわね」
初物。これは縁起が良いかもしれません。
鰹じゃないですけどね~。
「それで焼き芋ですか」
「どうせだから、焼いて売ってみようかなって」
「いいですね」
甘い匂いがします。
食欲が刺激されますね。
と、妹紅さんが、焼く前の芋を一本見せてくれました。
おぉ、これは御立派。
「わぁ、長くて太くて固くて、立派なお芋ですね」
「……なんか卑猥」
「はい?」
「なんでもない」
なんか云われたような気がしたのだけど、そっぽ向かれたので気のせいでしょうか。
「しかし、これは立派なお芋ですね」
「そうね」
「さぞや食べがいがあるでしょうね」
「売りがいもあると思うわ」
「楽しそう」
美味しそうなのも好いけれど、やっぱり私たちは商売人。売るのが楽しい。接客が楽しい。
あぁ、この芋を買って、喜んでくれた人の顔が見たいなぁ。
そんな風にキラキラした目で屋台を見ていたら、妹紅さんが一本、焼けてる芋を差し出してくれました。
おぉ、大きい。良い匂い。
「もう焼けてるわよ。一本いる?」
「わぁ、いいんですか、こんなの」
「あぁ、焼き芋美味しいです」
「石焼きは好いでしょ」
「甘さが好いですね」
美味しー。
あまーい。
流石秋の神様の恵。あぁ、舌が震える。おいち~。
「里の子供ら、買ってくれるかな」
「美味しいからこれ売れますよ」
こんなもの食べて幸せそうな顔をしている人が一人いれば、あとは釣られて買いますよ。
これぞ幸福の連鎖。
客商売人の至福!
そこまでベタ褒めすると、妹紅さんもなんか照れくさそうに頬を掻いていました。
嬉しそう。
さすが同業者ですねぇ。
と、長話もなんですね。
お芋のお礼を言うと、妹紅さんも話を切り上げて屋台を引き始めました。
焼き芋なので、昼間から屋台を出す様子。それで夕方までに切り上げて、自分の屋台で焼き鳥を売るのだとか。
仕込みが終わってるとは、なかなかやりますね。見習わないと。
また夜に一緒に、屋台並べて商売が出来ます。
それはきっと、いつも通り楽しいのでしょうね。
「それじゃ、また里で会おう」
「はい。それではまた」
妹紅さんはゆっくりと去っていきます。
がらがらがらがら。
うん、私も往きましょう。
がらがらがらがら。
何か心が躍ります。
屋台も心なしか弾んでいる様子。
では一緒に歌いながら、夜を待ちましょう。
屋台の車輪の音。私の歌。
今日の日は酔ったお客さんと同じほど、渋ってなかなか沈んでくれませんでした。
>>大幅な修理が必要かなぁ。
この部分で「ミスにと、ミスにとですね!焼き竿さん、ゴチになります!」
とお腹いっぱいになっちゃった私はどうすれば…………!
季節にあったいい雰囲気でした。