最初に眼に入ったのは自分の顔めがけて飛んでくる真っ白い円形で、さてあれはなんなのか撃ち落とそうか避けようかそもそも誰が投げたのか何でそうなったのか、色々考えているうちに顔に当たって勢いよく後ろに倒れこんだ。
がつん、という音と同時に衝撃が頭蓋骨に響く。眼球の裏側にばちばちと電流を浴びたような気がした。
とりあえずわかったのは真っ白い物体はショートケーキで、投げたのは自分のペットだということだけだった。
後頭部が床にぶつかってずきずきと痛む。馬鹿馬鹿しすぎて起きる気もしないので、大の字に寝転がった。タイル張りの床の冷たさが身に染みる。
「お空」
ため息交じりに呟けば、はい、と離れたところで声と羽音がして頭の後ろに降り立つ気配がした。
「大丈夫ですか?」
「いいえ」
口を開いたらケーキの上に乗っていた苺が転がり込んできた。息をするたびに、生クリームの甘ったるい匂いが肺に満ちてむせそうになる。
「ええと、説明してちょうだい」
「何を?」
「全部、最初から。どうしてケーキを投げてきたのかを」
念の為心を覗いてみても、悪意だの敵意だのは微塵もなかったのでひとまずほっとした。
いや、敵意なしで顔にケーキを投げる方が問題なのかもしれないけれども、それは外の常識でここの常識ではない。
「だってさとり様の誕生日って今日じゃないですか」
「そういえばそうでしたね」
自分でもすっかり忘れていた。妹はたまにしか帰ってこないし、知っている程長くいっしょにいたペットほど、自分の元を離れていくからだ。
間違ってなくてよかった、とお空の心が一瞬で喜び一杯になる。
「という訳でして」
「いや、ごめんなさい、わからないから」
変わり者とはよく言われるけど、ケーキを顔面に投げつけられて喜ぶほど変わってはいない。しかも誕生日に。
お空の頭の中は、多くの事が浮かんでは消えていくので、それを追うよりは降ってくる言葉を目を閉じて待つ。
「楽しい日には、白いクリームが詰まったパイを投げると聞いたんです」
「誰に聞いたんですかそんなこと……」
ああ、はい、あの魔女ですね。わかりました、次会ったらしめます。
「それで、もっと豪華にしたらもっと楽しいだろうと思って」
「だからケーキという訳ですか」
自信たっぷりにうなずいて、お空は馬乗りになってきてさとりの顔についている生クリームをべろりと舐め取ってにっこり笑う。
おいしいのですか、それはよかったですね。そういえば最近おやつ作ってあげてなかったです。
「いいですか、お空」
「はい」
さとりの顔からこぼれたケーキをもくもくとつまんでいたお空が小首を傾げる。きょとんとした顔に一切の悪意は見受けられない。
姿形が多少変わっても、中身は全く変わっていないようで安心した。今だってせいぜい、真ん丸に見開かれた眼の奥にゆらめく炎が見えるくらいだ。
「私は、ケーキは投げるよりみんなで食べたいわ」
寝転がったまま、鼻の頭についている生クリームを拭ってやる。ふふ、とくすぐったそうにお空は笑う。
昔から彼女はこうだった。髪の毛から足の先まで詰まっているかのような、ありったけの好意をぶつけてくる。だからいつだって許してしまうのだ。
「だったら、もう少ししたらお燐が呼びに来るんじゃないですか?」
「え?」
「盛大に誕生会やるって張り切ってました」
「あ、え、はぁ」
「あれ?これって言っちゃダメだったっけ?」
ま、いいか、と呟いて頭をばりばりとかくと、急にお空は真顔になって顔を近づけてきた。
「さとり様口開けてください」
「はい?」
また頬を舐められるのかと思っていれば、お空の顔は逸れて脇に落ちていた苺を咥えていた。そのまま口に押し込まれて、ぶちっとお空がへたを噛みちぎる音がした。
鮮やかな緑のへたを吐き捨てて、ぐいと握りこぶしでお空は口を拭った。
私は苺を咀嚼しながら、次に彼女が何を言うのかわかってはいるけれど、それでも言葉で聞きたくてじっと顔を見上げる。
「生まれて、今まで生きてくれて、ありがとうございます」
そう言ってから思い出したように、やっぱり怒りました?、と眉根を下げてお空は困ったような顔で笑った。
ゆるく首を横に振って頭を撫でてやると、それが一気に明るく鮮やかな感情に変化するのだから、つくづくうらやましいほどに単純に出来ていると思う。
ケーキを投げられても頭をぶつけても馬乗りになられても顔を舐められても、どうしてこんないとしい生き物を怒れようか。
「えへへー、わたしがお祝い一番乗りー」
すっかりだらけきった笑顔で、幼かったころと同じ仕草でお空は頬を胸にすりつけてくる。正直軽くはないのだけれど、黙って背中を撫でてあげた。
そういえば彼女を拾ったのはいつだったっけと思ったのだけれど、火焔地獄の前でけらけらと笑っている姿しか浮かんでは来なくて、ちっぽけで弱々しい地獄鴉なんて記憶のどこにも見つけられそうもなかった。
がつん、という音と同時に衝撃が頭蓋骨に響く。眼球の裏側にばちばちと電流を浴びたような気がした。
とりあえずわかったのは真っ白い物体はショートケーキで、投げたのは自分のペットだということだけだった。
後頭部が床にぶつかってずきずきと痛む。馬鹿馬鹿しすぎて起きる気もしないので、大の字に寝転がった。タイル張りの床の冷たさが身に染みる。
「お空」
ため息交じりに呟けば、はい、と離れたところで声と羽音がして頭の後ろに降り立つ気配がした。
「大丈夫ですか?」
「いいえ」
口を開いたらケーキの上に乗っていた苺が転がり込んできた。息をするたびに、生クリームの甘ったるい匂いが肺に満ちてむせそうになる。
「ええと、説明してちょうだい」
「何を?」
「全部、最初から。どうしてケーキを投げてきたのかを」
念の為心を覗いてみても、悪意だの敵意だのは微塵もなかったのでひとまずほっとした。
いや、敵意なしで顔にケーキを投げる方が問題なのかもしれないけれども、それは外の常識でここの常識ではない。
「だってさとり様の誕生日って今日じゃないですか」
「そういえばそうでしたね」
自分でもすっかり忘れていた。妹はたまにしか帰ってこないし、知っている程長くいっしょにいたペットほど、自分の元を離れていくからだ。
間違ってなくてよかった、とお空の心が一瞬で喜び一杯になる。
「という訳でして」
「いや、ごめんなさい、わからないから」
変わり者とはよく言われるけど、ケーキを顔面に投げつけられて喜ぶほど変わってはいない。しかも誕生日に。
お空の頭の中は、多くの事が浮かんでは消えていくので、それを追うよりは降ってくる言葉を目を閉じて待つ。
「楽しい日には、白いクリームが詰まったパイを投げると聞いたんです」
「誰に聞いたんですかそんなこと……」
ああ、はい、あの魔女ですね。わかりました、次会ったらしめます。
「それで、もっと豪華にしたらもっと楽しいだろうと思って」
「だからケーキという訳ですか」
自信たっぷりにうなずいて、お空は馬乗りになってきてさとりの顔についている生クリームをべろりと舐め取ってにっこり笑う。
おいしいのですか、それはよかったですね。そういえば最近おやつ作ってあげてなかったです。
「いいですか、お空」
「はい」
さとりの顔からこぼれたケーキをもくもくとつまんでいたお空が小首を傾げる。きょとんとした顔に一切の悪意は見受けられない。
姿形が多少変わっても、中身は全く変わっていないようで安心した。今だってせいぜい、真ん丸に見開かれた眼の奥にゆらめく炎が見えるくらいだ。
「私は、ケーキは投げるよりみんなで食べたいわ」
寝転がったまま、鼻の頭についている生クリームを拭ってやる。ふふ、とくすぐったそうにお空は笑う。
昔から彼女はこうだった。髪の毛から足の先まで詰まっているかのような、ありったけの好意をぶつけてくる。だからいつだって許してしまうのだ。
「だったら、もう少ししたらお燐が呼びに来るんじゃないですか?」
「え?」
「盛大に誕生会やるって張り切ってました」
「あ、え、はぁ」
「あれ?これって言っちゃダメだったっけ?」
ま、いいか、と呟いて頭をばりばりとかくと、急にお空は真顔になって顔を近づけてきた。
「さとり様口開けてください」
「はい?」
また頬を舐められるのかと思っていれば、お空の顔は逸れて脇に落ちていた苺を咥えていた。そのまま口に押し込まれて、ぶちっとお空がへたを噛みちぎる音がした。
鮮やかな緑のへたを吐き捨てて、ぐいと握りこぶしでお空は口を拭った。
私は苺を咀嚼しながら、次に彼女が何を言うのかわかってはいるけれど、それでも言葉で聞きたくてじっと顔を見上げる。
「生まれて、今まで生きてくれて、ありがとうございます」
そう言ってから思い出したように、やっぱり怒りました?、と眉根を下げてお空は困ったような顔で笑った。
ゆるく首を横に振って頭を撫でてやると、それが一気に明るく鮮やかな感情に変化するのだから、つくづくうらやましいほどに単純に出来ていると思う。
ケーキを投げられても頭をぶつけても馬乗りになられても顔を舐められても、どうしてこんないとしい生き物を怒れようか。
「えへへー、わたしがお祝い一番乗りー」
すっかりだらけきった笑顔で、幼かったころと同じ仕草でお空は頬を胸にすりつけてくる。正直軽くはないのだけれど、黙って背中を撫でてあげた。
そういえば彼女を拾ったのはいつだったっけと思ったのだけれど、火焔地獄の前でけらけらと笑っている姿しか浮かんでは来なくて、ちっぽけで弱々しい地獄鴉なんて記憶のどこにも見つけられそうもなかった。
本当に地霊殿組はみんなさとり様の嫁になればいいのに。
何かケーキ喰いたくなってきた
本当にさとり様は地霊殿組みんなの嫁になればいいのに。
さとり様、いつまでも幸せに……。