これまでの自分を振り返って、思うところが私にもある。
“アルティメットサディスティッククリーチャー”
こんな通り名を付けられて喜ぶ乙女がどこにいると?
……正直に言おう。そう、喜んでいた時期が私にもあったんです。
でも最近になって気付いてしまった。
いや、気付かされてしまったのだ……。
『そう、貴方は少し長く生きすぎた』
閻魔のあの一言をきっかけに、私は悟ってしまったのだ。
私もそろそろ落ち着きというものを持たねばならぬ歳なのだと──。
だから私は変わろうと思ったのだ。
人も妖怪も、変わろうと思えば変われる筈だ。
実際、しばらく会っていなかった知り合い──と言える程の間柄でもないのだが──の少女は、随分と様変わりしたものだ。
なんせ、『うふふふ』から『だぜ!』である。
その変化が彼女にとってどう転んだのかは、彼女のことをあまりに知らなさ過ぎる私からではなんとも言えない。
しかし、変わったのは事実である。
人間の少女に出来たのだ。私にも出来る、変われる可能性はある筈だ。
私は生まれ変わりたい……心の底から、そう感じていた。
一人が寂しくなったとか、そんなんじゃなく──
「邪魔するぜ!」
噂をすれば影が差すとはこのことか……。
決意を新たにした私の元に、なんの前触れもなく彼女はやってきた。
「……一体なんの用よ。」
無論、決意しただけでいきなり変われる筈もなく──
私の口からは相変わらずの無愛想な声が滲み出ていた。
「なに、大した用じゃないんだ。少しお前に聞きたいことがあってな。」
早速、己の不甲斐なさに軽く嫌悪感を抱きつつも、はてなんだろうと彼女──魔理沙の声に自然と耳を傾けていた。
「ある妖怪の情報を集めてるんだ。阿求に頼まれてな。」
なるほど、そういえば稗田家の九代目が活動を始めたと風の噂で聞いていた。
──待ちなさい。ひょっとしたらこれはチャンスではなくて? 九代目に頼んで“幻想郷縁起”に私の事を好意的に書いてもらえば──
「それで、メディスン・メランコリーって妖怪なんだが……おい、聞いてるか?」
「……っと、ごめなさい。ちょっと考え事を……何だったかしら?」
「しっかりしてくれよ? そろそろ痴呆症を疑ったほうが──イタッ!」
あまりにも失礼な事を言う白黒に対して、私は手元にあった日傘で天誅を食らわせた。
涙目の魔理沙から改めて話を聞くと、どうやらあのメディスンとかいう毒人形は生まれたばかりで情報も少なく、
また、無意識に毒を撒き散らしているため不用意には近づけないとのこと。
それで魔理沙が変わりに手当たり次第に聞いて回っているそうなのだが──
「おかしいわね。この間聞いた話だと、割と毒の制御は出来ているみたいだったけど。」
「一体どこで聞いた話だ……?」
「どこって……別に只の世間話よ。」
「お前と世間話をするような奇特な奴がこの幻想郷に居る訳──イタッ!」
「いい加減学習なさい……。」
そりゃ確かに片手で数えられる程度しか居ないけど……リグルとか、真剣に聞いてくれるのよ?
「何でも永遠亭の薬剤師のところに通ってるんだとか……。」
「本当か!? これは思わぬ朗報だ! サンキューな、幽香!」
そう言って嵐の様に去ってしまう魔理沙……なによ、折角だからお茶ぐらい飲んでけばいいのに。
ちょっと後ろ髪を引かれながらも、私は気持ちを切り替えることにした。
──善は急げ、向かうは一路、稗田家へ──
「お邪魔するわ。」
(今日は厄日かしら……。)
その日、二人目の来客者を目の当たりにし、稗田家に仕える従者Aは、そう思った。
なんせその二人ともが、幻想郷屈指の大妖怪である。
彼女が気後れしてもそれは仕方の無いこと。いや、只の人間でありながら体裁を保ってだけでも功績と言って良いだろう。
「いらっしゃいませ……風見幽香様とお見受けいたしますが、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「九代目に野暮用が。通して頂けるかしら?」
「あいにく当主は今別の方と面談中でして……。」
「別の? 一体誰かしら?」
「八雲紫様で御座います。」
(なんだ紫か……。)
「あら、偶然ね。紫なら問題ないですわ、同席させて頂ける?」
「……畏まりました。どうぞ此方へ──」
「案内は要りませんわ、場所は分ります。」
そう言ってズカズカと勝手に入り込んでいく幽香を止めること叶わず、どうしたものかと考えるも従者Aは直ぐに諦めてしまった。
どうせ自分には身に余る相手なのだから──。
「ここね。」
案内を一方的に断った幽香はというと、迷わず阿求の部屋の前までたどり着いていた。
それもその筈、見知った紫の妖気を頼りにしたのだから。
襖に手を掛け様とした幽香だったが、それよりも早く、目の前で襖が開かれた。
「あら……幽香じゃない。奇遇ね、こんなところで。」
幽香の姿を認めると、紫は話しながら後ろ手に襖を閉じた。
図らずも、幽香の前に立ち塞がる形に。
幽香はこれを、数少ない世間話の相手からの誘いだと受け取った。
「そうね。アンタはどうして此処へ?」
紫相手に遠慮は要らない──幽香はそう思っており、不躾な質問をなんの飾りつけも無くぶつけた。
「幻想郷縁起について……何点か、ね。貴女もそんな感じでしょう?
一体なんて書いてもらうつもりなのかしら?」
応じる紫からも普段の胡散臭さは感じられない──が、自身の回答は曖昧にしつつも、
他人からは根掘り葉掘り聞き出そうと探りを入れる辺り、紫はどうしたって紫だった。
しかし、実は話し相手に飢えていた幽香にとって、これは好都合。
ここぞとばかりに捲くし立てる。
「私にも思うところがあってね、ここらで“アルティメットサディスティッククリーチャー”なんて物騒な二つ名は捨てようと思うのよ。
そう、どSのSは“親切”ってね……なんて言い過ぎだけど、詰る所私に対する周りの印象をちょ~~とばかし変えたいかな? なんて。
ほら、アンタ程の歳じゃないけど、私だっていい加減やんちゃしてる様な歳でも無いわけだし……アンタ程の歳じゃないけどね。」
「と……」
「と……?」
「歳、歳言うなぁ~!! ゆかりんは何時までも永遠の少女なのよぉ~~~~!!!」
突然叫びだしたかと思ったら、そのままの勢いでスキマへと消えていく年増、もとい紫。
不思議そうに首を傾げた幽香だったが、そこへ鶴の一声──。
「どなたか、そこにいらっしゃるのですか?」
(はっ……! いけない、こんな事しに来たわけじゃないのよ。)
当初の目的を見失いかけていた幽香だったが、気を取り直して襖を開けた。
「失礼するわ。」
部屋へと入ってきた人物が幽香だと認めると、阿求は警戒するようにその目を細めた。
「これはこれは、風見幽香様。今日はどういったご用件で?」
「そんなに警戒しないで頂戴。誰も貴女を取って喰おうなんて考えて無いから。」
やはりというか……自身が余り歓迎されていないことを幽香は感じ取っていた。
しかしながら、ここで引き下がるわけにはいかない。
自分の印象を変えるため。ひいては自分自身が変わるための大事な一歩なのだから──
「幻想郷縁起。あれに私の事は?」
「勿論、載せます。」
「そう。載せるのは良いけど、余り沢山の事は書かないで貰いたいものね。」
「……と、おしゃいますと?」
「言葉どおりの意味よ……そうねぇ、“花に囲まれて暮らす、争いごとを好まない妖怪”ぐらいで良いのよ。」
自分が如何に危険視されてるかなど百も承知。事実をそのまま書かれるのだけは避けたいところ。
その上で、害の無い妖怪に思えるような文面だけに留めてくれるだけでも効果はある──と幽香は考えていた。
(ふふふ……完璧だわ……これできっと……)
『幽香さん……幻想郷縁起、読みました。』
『リグル? 唐突にどうしたの、真面目な顔しちゃって……』
『私、幽香さんのこと誤解してました。』
『大袈裟ね。第一たったこれだけしか書いてないのに何が分ったというの?』
『そう、私は貴女の事を全然知らなかったんです……。』
『寂しいことを言うのね……貴女が一番良く私の事を理解してくれてるのだと思ってたのに……。』
『私も……そう思いたい……だから知りたい。貴女の事を、もっと──。』
『リグル……』
『幽香さん……』
(な~~~んちゃって、なんちゃって!! きゃ~もう、リグルったら大胆♪)
突然脳内でトリップを起こす、幽香。
しかし伊達や酔狂で大妖怪をやって来たわけではない。
どれだけ頭の中が極めてアレな状態に陥ろうとも、決して桃色な空気など微塵も漏らしたりはしないのだ。
ニヤリ。
──ただ一瞬、顔がにやけたが。
ゾクッ……!
(この人……やっぱり何か企んで……?)
その笑みは、目の前の少女に疑念の意を抱かせるには十分すぎた。
「とにかくそう言う事だか──」
「おっしゃりたい事は分りました。」
「そう……?」
「ですが──。」
真っ直ぐ、阿求の瞳が幽香を射抜く。その目は、決意に燃えているようだった。
「私は、決して力には屈しません。」
(力? この子一体何を言って……?)
「そう……殊勝な心がけね。期待してるわ。」
「はい……楽しみにしていてください。」
最後に阿求が何を言いたかったのか、また何故そんな不適に笑っているのか──いまいち理解に苦しんだ幽香だったが、用件は済んだのだからと考えるのを放棄してしまった。
こうして、大きな誤解を残したまま、幻想郷縁起の発行の日を迎えた。
「…………。」
相変わらず幽香は一人、太陽の畑で佇んでいた。
向日葵たちに囲まれるも気が晴れず、その顔から酷く落ち込んでいるのが伺える。
危険度──極高 人間有効度──最悪
これが実際に幻想郷縁起に書かれた、幽香の評価だった。
そう、彼女の目論見は完全に海の藻屑と消えたのだ。
「はぁ……そうよね。私には“アルティメットサディスティッククリーチャー”がお似合いよね。
貴女もそう思うでしょう?」
「気付いてたの……?」
幽香は座ったまま顔だけ振り向いてみせると、毒人形が一体、たはははっと苦笑いを浮かべていた。
「太陽の畑(ここ)は私のテリトリーよ。気付かないはずないじゃない……それで、何の用かしら?」
「……わたしと一緒だとおもったから。」
「……は?」
彼女──メディスン・メランコリーの答えを理解できず、幽香は思わず素で返してしまった。
しかし対するメディは、それに臆する事も無く、話を続ける。
「わたしね、いつもはスーさん達と一緒にいるの。でもね、スーさん達が言うの。わたしが一人ぼっちで可愛そうだ──て。」
「スーさん? ああ……あの鈴蘭の花ね。」
「うん。わたしとスーさんは違うんだって……わたしには良くわかんない。でもあなたなら分ると思って。」
「どうして……そう思ったの?」
「これに、書いてあったから……花に囲まれて暮らす妖怪だって。」
そう言って差し出された幻想郷縁起に、一瞬怯む幽香。
「わたしと一緒で、花に囲まれて暮らすあなたなら、ひょっとしてって。だから会いに来たの……そしたら貴女は寂しそうだった──。一人ぼっちだった。」
「そうね……。」
「ねぇ、私の事抱きしめても良いよ。」
「え……?」
唐突な申し出に、あっけに取られている幽香の膝の上にメディは何の遠慮も無く、飛び乗った。
「私、人形だから。今は立って、自分の意思で動いてるけど……人形だから。悲しいときは、傍に居てあげる。」
「……ありがとう。優しいのね、貴女。」
「人形だもの。」
「そう言うものかしら……? でも……暖かい。」
そう言って、幽香の手は自然とメディの首周りに伸び、後ろから抱きしめる形になった。
「うそ。」
「嘘じゃないわ。」
「うそだよ……だってわたし、血は通ってないよ?」
「心が暖かいって言ってるのよ。」
幽香の言葉を受け、満更でも無い様子でメディは顔を綻ばせた。
「本当に良い抱き心地ね……貴女。」
──ひとりぼっちだった二人の妖怪は、こうして“ふたりぼっち”になった。
二人の出会いから一週間──
「メディ、朝ご飯は貴女の好きな出し巻き卵よ! 喜びなさい!」
「わ~い! まきまきたまご好きぃ!」
一晩だけ泊めてやるつもりが、ズルズルとこの毒人形と二人、私は寝起きを共にしている。
「だ・し・ま・き、よ。好い加減覚えなさいな。」
「は~い!」
生まれたばかりと言うのは本当らしく、私は毎日メディの世話に追われる事になった。
──お陰で、退屈はしていない。
「ホントに分ってるのかしらこの子は……って、メディたら、またご飯粒をほっぺに付けて……」
元気よく朝食に食らいつくメディを一度止めて、そのご飯粒をとってやる。
全く……こういうところがお子ちゃまなんだから……。
ぱく。
当然のように、そのご飯粒を自身の口に運んでしまった私をみて、メディはポカーンとした顔を浮かべていた。
しかしそれも束の間のことで、直ぐに満面の笑みに変ると──
「幽香、大好き!!」
とんでもないことをぬかした。
「なっ……!」
頬が急激に熱くなるのを感じながらも、私は心の片隅で思った。
──きっと今なら、変われる気がする、と。
“アルティメットサディスティッククリーチャー”
こんな通り名を付けられて喜ぶ乙女がどこにいると?
……正直に言おう。そう、喜んでいた時期が私にもあったんです。
でも最近になって気付いてしまった。
いや、気付かされてしまったのだ……。
『そう、貴方は少し長く生きすぎた』
閻魔のあの一言をきっかけに、私は悟ってしまったのだ。
私もそろそろ落ち着きというものを持たねばならぬ歳なのだと──。
だから私は変わろうと思ったのだ。
人も妖怪も、変わろうと思えば変われる筈だ。
実際、しばらく会っていなかった知り合い──と言える程の間柄でもないのだが──の少女は、随分と様変わりしたものだ。
なんせ、『うふふふ』から『だぜ!』である。
その変化が彼女にとってどう転んだのかは、彼女のことをあまりに知らなさ過ぎる私からではなんとも言えない。
しかし、変わったのは事実である。
人間の少女に出来たのだ。私にも出来る、変われる可能性はある筈だ。
私は生まれ変わりたい……心の底から、そう感じていた。
一人が寂しくなったとか、そんなんじゃなく──
「邪魔するぜ!」
噂をすれば影が差すとはこのことか……。
決意を新たにした私の元に、なんの前触れもなく彼女はやってきた。
「……一体なんの用よ。」
無論、決意しただけでいきなり変われる筈もなく──
私の口からは相変わらずの無愛想な声が滲み出ていた。
「なに、大した用じゃないんだ。少しお前に聞きたいことがあってな。」
早速、己の不甲斐なさに軽く嫌悪感を抱きつつも、はてなんだろうと彼女──魔理沙の声に自然と耳を傾けていた。
「ある妖怪の情報を集めてるんだ。阿求に頼まれてな。」
なるほど、そういえば稗田家の九代目が活動を始めたと風の噂で聞いていた。
──待ちなさい。ひょっとしたらこれはチャンスではなくて? 九代目に頼んで“幻想郷縁起”に私の事を好意的に書いてもらえば──
「それで、メディスン・メランコリーって妖怪なんだが……おい、聞いてるか?」
「……っと、ごめなさい。ちょっと考え事を……何だったかしら?」
「しっかりしてくれよ? そろそろ痴呆症を疑ったほうが──イタッ!」
あまりにも失礼な事を言う白黒に対して、私は手元にあった日傘で天誅を食らわせた。
涙目の魔理沙から改めて話を聞くと、どうやらあのメディスンとかいう毒人形は生まれたばかりで情報も少なく、
また、無意識に毒を撒き散らしているため不用意には近づけないとのこと。
それで魔理沙が変わりに手当たり次第に聞いて回っているそうなのだが──
「おかしいわね。この間聞いた話だと、割と毒の制御は出来ているみたいだったけど。」
「一体どこで聞いた話だ……?」
「どこって……別に只の世間話よ。」
「お前と世間話をするような奇特な奴がこの幻想郷に居る訳──イタッ!」
「いい加減学習なさい……。」
そりゃ確かに片手で数えられる程度しか居ないけど……リグルとか、真剣に聞いてくれるのよ?
「何でも永遠亭の薬剤師のところに通ってるんだとか……。」
「本当か!? これは思わぬ朗報だ! サンキューな、幽香!」
そう言って嵐の様に去ってしまう魔理沙……なによ、折角だからお茶ぐらい飲んでけばいいのに。
ちょっと後ろ髪を引かれながらも、私は気持ちを切り替えることにした。
──善は急げ、向かうは一路、稗田家へ──
「お邪魔するわ。」
(今日は厄日かしら……。)
その日、二人目の来客者を目の当たりにし、稗田家に仕える従者Aは、そう思った。
なんせその二人ともが、幻想郷屈指の大妖怪である。
彼女が気後れしてもそれは仕方の無いこと。いや、只の人間でありながら体裁を保ってだけでも功績と言って良いだろう。
「いらっしゃいませ……風見幽香様とお見受けいたしますが、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「九代目に野暮用が。通して頂けるかしら?」
「あいにく当主は今別の方と面談中でして……。」
「別の? 一体誰かしら?」
「八雲紫様で御座います。」
(なんだ紫か……。)
「あら、偶然ね。紫なら問題ないですわ、同席させて頂ける?」
「……畏まりました。どうぞ此方へ──」
「案内は要りませんわ、場所は分ります。」
そう言ってズカズカと勝手に入り込んでいく幽香を止めること叶わず、どうしたものかと考えるも従者Aは直ぐに諦めてしまった。
どうせ自分には身に余る相手なのだから──。
「ここね。」
案内を一方的に断った幽香はというと、迷わず阿求の部屋の前までたどり着いていた。
それもその筈、見知った紫の妖気を頼りにしたのだから。
襖に手を掛け様とした幽香だったが、それよりも早く、目の前で襖が開かれた。
「あら……幽香じゃない。奇遇ね、こんなところで。」
幽香の姿を認めると、紫は話しながら後ろ手に襖を閉じた。
図らずも、幽香の前に立ち塞がる形に。
幽香はこれを、数少ない世間話の相手からの誘いだと受け取った。
「そうね。アンタはどうして此処へ?」
紫相手に遠慮は要らない──幽香はそう思っており、不躾な質問をなんの飾りつけも無くぶつけた。
「幻想郷縁起について……何点か、ね。貴女もそんな感じでしょう?
一体なんて書いてもらうつもりなのかしら?」
応じる紫からも普段の胡散臭さは感じられない──が、自身の回答は曖昧にしつつも、
他人からは根掘り葉掘り聞き出そうと探りを入れる辺り、紫はどうしたって紫だった。
しかし、実は話し相手に飢えていた幽香にとって、これは好都合。
ここぞとばかりに捲くし立てる。
「私にも思うところがあってね、ここらで“アルティメットサディスティッククリーチャー”なんて物騒な二つ名は捨てようと思うのよ。
そう、どSのSは“親切”ってね……なんて言い過ぎだけど、詰る所私に対する周りの印象をちょ~~とばかし変えたいかな? なんて。
ほら、アンタ程の歳じゃないけど、私だっていい加減やんちゃしてる様な歳でも無いわけだし……アンタ程の歳じゃないけどね。」
「と……」
「と……?」
「歳、歳言うなぁ~!! ゆかりんは何時までも永遠の少女なのよぉ~~~~!!!」
突然叫びだしたかと思ったら、そのままの勢いでスキマへと消えていく年増、もとい紫。
不思議そうに首を傾げた幽香だったが、そこへ鶴の一声──。
「どなたか、そこにいらっしゃるのですか?」
(はっ……! いけない、こんな事しに来たわけじゃないのよ。)
当初の目的を見失いかけていた幽香だったが、気を取り直して襖を開けた。
「失礼するわ。」
部屋へと入ってきた人物が幽香だと認めると、阿求は警戒するようにその目を細めた。
「これはこれは、風見幽香様。今日はどういったご用件で?」
「そんなに警戒しないで頂戴。誰も貴女を取って喰おうなんて考えて無いから。」
やはりというか……自身が余り歓迎されていないことを幽香は感じ取っていた。
しかしながら、ここで引き下がるわけにはいかない。
自分の印象を変えるため。ひいては自分自身が変わるための大事な一歩なのだから──
「幻想郷縁起。あれに私の事は?」
「勿論、載せます。」
「そう。載せるのは良いけど、余り沢山の事は書かないで貰いたいものね。」
「……と、おしゃいますと?」
「言葉どおりの意味よ……そうねぇ、“花に囲まれて暮らす、争いごとを好まない妖怪”ぐらいで良いのよ。」
自分が如何に危険視されてるかなど百も承知。事実をそのまま書かれるのだけは避けたいところ。
その上で、害の無い妖怪に思えるような文面だけに留めてくれるだけでも効果はある──と幽香は考えていた。
(ふふふ……完璧だわ……これできっと……)
『幽香さん……幻想郷縁起、読みました。』
『リグル? 唐突にどうしたの、真面目な顔しちゃって……』
『私、幽香さんのこと誤解してました。』
『大袈裟ね。第一たったこれだけしか書いてないのに何が分ったというの?』
『そう、私は貴女の事を全然知らなかったんです……。』
『寂しいことを言うのね……貴女が一番良く私の事を理解してくれてるのだと思ってたのに……。』
『私も……そう思いたい……だから知りたい。貴女の事を、もっと──。』
『リグル……』
『幽香さん……』
(な~~~んちゃって、なんちゃって!! きゃ~もう、リグルったら大胆♪)
突然脳内でトリップを起こす、幽香。
しかし伊達や酔狂で大妖怪をやって来たわけではない。
どれだけ頭の中が極めてアレな状態に陥ろうとも、決して桃色な空気など微塵も漏らしたりはしないのだ。
ニヤリ。
──ただ一瞬、顔がにやけたが。
ゾクッ……!
(この人……やっぱり何か企んで……?)
その笑みは、目の前の少女に疑念の意を抱かせるには十分すぎた。
「とにかくそう言う事だか──」
「おっしゃりたい事は分りました。」
「そう……?」
「ですが──。」
真っ直ぐ、阿求の瞳が幽香を射抜く。その目は、決意に燃えているようだった。
「私は、決して力には屈しません。」
(力? この子一体何を言って……?)
「そう……殊勝な心がけね。期待してるわ。」
「はい……楽しみにしていてください。」
最後に阿求が何を言いたかったのか、また何故そんな不適に笑っているのか──いまいち理解に苦しんだ幽香だったが、用件は済んだのだからと考えるのを放棄してしまった。
こうして、大きな誤解を残したまま、幻想郷縁起の発行の日を迎えた。
「…………。」
相変わらず幽香は一人、太陽の畑で佇んでいた。
向日葵たちに囲まれるも気が晴れず、その顔から酷く落ち込んでいるのが伺える。
危険度──極高 人間有効度──最悪
これが実際に幻想郷縁起に書かれた、幽香の評価だった。
そう、彼女の目論見は完全に海の藻屑と消えたのだ。
「はぁ……そうよね。私には“アルティメットサディスティッククリーチャー”がお似合いよね。
貴女もそう思うでしょう?」
「気付いてたの……?」
幽香は座ったまま顔だけ振り向いてみせると、毒人形が一体、たはははっと苦笑いを浮かべていた。
「太陽の畑(ここ)は私のテリトリーよ。気付かないはずないじゃない……それで、何の用かしら?」
「……わたしと一緒だとおもったから。」
「……は?」
彼女──メディスン・メランコリーの答えを理解できず、幽香は思わず素で返してしまった。
しかし対するメディは、それに臆する事も無く、話を続ける。
「わたしね、いつもはスーさん達と一緒にいるの。でもね、スーさん達が言うの。わたしが一人ぼっちで可愛そうだ──て。」
「スーさん? ああ……あの鈴蘭の花ね。」
「うん。わたしとスーさんは違うんだって……わたしには良くわかんない。でもあなたなら分ると思って。」
「どうして……そう思ったの?」
「これに、書いてあったから……花に囲まれて暮らす妖怪だって。」
そう言って差し出された幻想郷縁起に、一瞬怯む幽香。
「わたしと一緒で、花に囲まれて暮らすあなたなら、ひょっとしてって。だから会いに来たの……そしたら貴女は寂しそうだった──。一人ぼっちだった。」
「そうね……。」
「ねぇ、私の事抱きしめても良いよ。」
「え……?」
唐突な申し出に、あっけに取られている幽香の膝の上にメディは何の遠慮も無く、飛び乗った。
「私、人形だから。今は立って、自分の意思で動いてるけど……人形だから。悲しいときは、傍に居てあげる。」
「……ありがとう。優しいのね、貴女。」
「人形だもの。」
「そう言うものかしら……? でも……暖かい。」
そう言って、幽香の手は自然とメディの首周りに伸び、後ろから抱きしめる形になった。
「うそ。」
「嘘じゃないわ。」
「うそだよ……だってわたし、血は通ってないよ?」
「心が暖かいって言ってるのよ。」
幽香の言葉を受け、満更でも無い様子でメディは顔を綻ばせた。
「本当に良い抱き心地ね……貴女。」
──ひとりぼっちだった二人の妖怪は、こうして“ふたりぼっち”になった。
二人の出会いから一週間──
「メディ、朝ご飯は貴女の好きな出し巻き卵よ! 喜びなさい!」
「わ~い! まきまきたまご好きぃ!」
一晩だけ泊めてやるつもりが、ズルズルとこの毒人形と二人、私は寝起きを共にしている。
「だ・し・ま・き、よ。好い加減覚えなさいな。」
「は~い!」
生まれたばかりと言うのは本当らしく、私は毎日メディの世話に追われる事になった。
──お陰で、退屈はしていない。
「ホントに分ってるのかしらこの子は……って、メディたら、またご飯粒をほっぺに付けて……」
元気よく朝食に食らいつくメディを一度止めて、そのご飯粒をとってやる。
全く……こういうところがお子ちゃまなんだから……。
ぱく。
当然のように、そのご飯粒を自身の口に運んでしまった私をみて、メディはポカーンとした顔を浮かべていた。
しかしそれも束の間のことで、直ぐに満面の笑みに変ると──
「幽香、大好き!!」
とんでもないことをぬかした。
「なっ……!」
頬が急激に熱くなるのを感じながらも、私は心の片隅で思った。
──きっと今なら、変われる気がする、と。
和ませていただきましたw
あっきゅん……wwww
いや~和みました
ゆうかりん可愛いよマジ可愛い
良かったです!
あっきゅんは黒い子よね
その後リグルが来て幽香争奪戦になったり?
大事な事だから二回言ったのか?
ギャップ…凄く、好きです!
やはり個人的にはリグルんよりメディさんがいいな
でも紫様、あなたはダメなんですね……
by八雲の式