さて。
まったくいきなりな話ではあるのだけれど、私は今、霊夢さんに腕枕を強いられていた。
強いられるというか、望まずしてその状況になったというか。
ついでに言うなら、腕を枕にされた状況で、抱き着かれている。
腕枕で、抱き枕。ある意味究極の枕ではないのだろうか。特許が取れそうだ。
しかし、どれくらい時間が経ったのだろう。血がいかないせいか肘から先が痺れてきた気がする。
それ以前に、私は珍しくやってきた博麗神社で枕にされているのだろう。
いや、理由は単純だった――お昼寝中の霊夢さんに話しかけたらこうなっただけの話。
寝起きの人はつくづく怖い。これを無理に起こしたら、弾幕を放たれかねない。
食べ物の恨みばかりが注視されるけれど、寝起きの恨みも恐れられるべきだと思う。
こと幻想郷においては皆がやりたいことをやりたい時にするのだから、尚更だ。
私、東風谷早苗は新しく寝起きの恨みは恐ろしいという諺を提唱します。
「……虚しいなあ」
現実逃避は、我に返った時の反動が恐ろしい。
それでもしないとやってられないからどうしようもないものだ。
こんな時に限って誰も来ないしなあ。この神社はいつでも人妖が溢れてる印象だったけれど。
もしかしたら、私が来ている時にたまたま来ていたのかもしれない。
推測を巡らしてみたりするけれど、やっぱり来る人が少ないわけではないのだと思う。
宴会の時は沢山の人妖が来る訳だし。魔理沙さんは毎日のように来るって言ってたし。
だから、今日の方がたまたまだったのだろう。
たまたま誰もいない時に来て、たまたま霊夢さんが寝ていて――たまたま、抱き着かれてしまった。
奇跡的過ぎる偶然だなあ。ゲシュタルト崩壊しそう。
私はこういう時の対応をあまり心得てはいないので、どう対処したらいいのかも分からない。
魔理沙さんあたりなら笑いながら殴り飛ばしてしまえ、とでも言うだろう。
しかし気持ち良さそうに寝ている人を起こせるほど、私は鬼ではないつもりだ。後が怖いし。
朝は例外。布団は長い時間干した方がいいし、朝ご飯は皆で食べるものなのです。
お二方には真に申し訳なく、寝覚めが悪いことではあるのですが、それはそれ。
話が逸れてしまった。まあ、つまり私にはこの状況を打破することができないということで。
うう、魔理沙さんとかが来てくれたら何とかできるのに。
からかわれるだけかも知れないが。贅沢は言わないけれど、やっぱりもっと常識的な人を……!
ああでも、文さんに来られたら困る。写真を撮られてしまうのがオチだ。
ぱしゃり。
――とても素敵なタイミングですね。
私はそう思わざるを得なかった。何でこの人は厄介ごとを持って来るのかなあ。
ぱしゃり、ぱしゃり。
「きゃー! きゃーっ!」
寝ている霊夢さんに配慮して小声で叫ぶ。
その力強く立てられた親指は何なんですか! 動けないのがこんなにもどかしいものなんて!
結局文さんは撮りたいだけ撮っていった。
数えた限りでは十数枚くらいだと思うが。十数枚も?
途中で仲良くお昼寝というのはいいものですね、みたいなそんな一言をつぶやいていたけれど。
今は素直に賛同できる気分ではないなあ。仲良くというよりは、私が抱き枕にされちゃっただけだし。
……決して嫌ではないけれど。
たまに「お茶……」とか寝言を漏らす霊夢さんは可愛いし。
夢の中でもお茶を飲んでいるかもしれないと考えるととても和やかな気分になる。
妹がいたらこんな気分になるのかなあ。こう、頭を撫でてあげたくなる感じ。
首筋に頭を埋められているから、動かれるととてもくすぐったいのが玉に瑕だけれど。
でもいいなあ。寝ている時の霊夢さんなら妹に欲しいなあ。
時折身を寄せてくるのが実に小動物チックで愛らしい。
枕にされていない方の手で髪を梳いてみる。さらさらとしてて、とても気持ち良かった。
いつもポニーテールだけれど、他の髪型も合うんじゃないかな。弄りたい。すごく弄りたい。
と、何か感じ取ったのか霊夢さんがもぞもぞ動く。
目の前が真っ暗だったのか少し引いて、ぼんやりとした目で私を見つめて。
頭が回らないのか、目を閉じて何か考え事をしているような仕種を。
そうして、起きてから一分くらい経った後。
「……あんた、何してんの?」
先ず、そんな一言を口にした。
「それはこっちが聞きたいですね」
「んー? んー、えー。あー?」
ちょっぴりあほのこっぽい。
とはいえ、そんなことを口に出せるはずもなく。
霊夢さんが状況を把握してくれるのをただ待ってみたり。
「えーと、とりあえず。おはよう」
「おはようございます」
「なんか柔らかいなーと思ったらそれかあ」
「何を柔らかいと思ったんですか! というか何を考えてたんですか!」
「あんたがそれを柔らかいと思ったなら、それよ」
「どれなんですか……ああもう、まだ寝てるんでしょう。
顔でも洗って下さいよ。お茶っ葉は勝手に使っていいですよね?」
「んー。煎れてくれるなら、大歓迎」
「そうですか。じゃあ、煎れて来ますからちゃんと目を覚ましてくださいね?」
「はいはい」
眠そうに歩く霊夢さんはちょっぴりふらついてて不安なのだけれど。
まあ、ここは彼女のホームだし。私の心配なんて無用なんだろう。
さて、私もとっととお茶を煎れてしまおう。ええと、台所はこっちだっけ。
「あー、人の煎れたお茶はおいしいなあ」
「もっと素直に褒められないんですか」
「私はいつだって素直よ。そう思ったから言っただけ」
「そうですか。素直過ぎるというのも困り者ですね」
「大丈夫よ。普通に飲んでもおいしいから。拗ねるな拗ねるな」
「拗ねてはいませんが……」
もっと寝てる時みたいな可愛さは出ないものかな。
同じ人物なのに、仕種の一つ一つがこうもふてぶてしく見えるものだとは。
寝てる時はとても可愛かったのに! 今は……どうだろう。だるがってる神奈子様みたいな。
「……何か失礼なこと考えてない?」
「いや、霊夢さんがいつもけだるそうなせいかなあ、と」
「何の話なのか詳しく聞きたいわね」
うひゃあ、口が滑ってしまった。
目がちょっと怖いなあ。逃げ出したいなあ。
「霊夢さんを妹にしたかったと思いまして」
「過去形か。されたくないけど」
「私だってしたくないです。寝てる時は、可愛かったなあ」
「寝てる時だけ褒められても嬉しくないわ」
褒められたいなら、もっと可愛い言動をすればいいんだと思う。
元が可愛いから、私なら絶対褒める。猫可愛がりしたい。
まあ、霊夢さんのことだから褒められたら褒められたで嫌がるんだろうけど。
「ああ。よく考えたら、霊夢さんは猫っぽいですよね」
「あんたは何を考えてたのよ」
「こっちから何かしようとすると迷惑がるあたり、それっぽいと考えました」
「迷惑がるってね。実際あんたらが迷惑ばっか起こすからよ」
「う、それは申し訳ないと思いますけど」
「……そこで謝ってくれるのは妙に素直でいいと思うわ」
何でそこで心底驚いたような表情を。
苦労してるのかなあ。確かに謝りもしないような人達ばっかりだし。
でも今のは謝ったとは言えない気がする。
「話を戻すと」
「はい?」
「早苗は妹が欲しかったタイプなのね」
「そこまで戻りますか。まあ、普通に欲しかったですが」
「……怖いもの知らず?」
「え? 何でですか?」
「もしくは命がいらない人?」
「え? え?」
「妹なんて、あんたの手には負えないわよ?」
「え? え? え? 一体何の話なんですか?」
「だって妹っていったら何でも破壊したり、無意識だったり、芋の香りだったり――」
「なにそれこわい」
霊夢さんの妹観は絶対間違ってる。
何でそんな規格外な妹を選ぶんだろう。
単純に妹といったらもっとそれらしい姉妹がいるでしょう。
「…………あれ?」
まともな姉妹が思い当たらない。
騒霊の子達ってあれ、まともな姉妹に入るのかなあ。
「やっぱり命知らずだった?」
「うう、認めません。もっと姉妹って仲睦まじく」
「そんなの幻想よ、幻想」
「この幻想郷をもってして幻想なんて……!」
「あ、いや、そこまで本気で凹まれても困るけど」
「一人っ子に夢くらい見せてくれてもいいじゃないですか」
「私も一人っ子だけどね……」
霊夢さんはむしろ一人が好きそうだもんなあ。
来るものは拒まないけど、邪魔になれば即刻追い出すし。
賑やかなのが好きなんだけど、騒がしいのはあんまり好きじゃないとか。よく分からない。
「まあ、お姉ちゃんしたいなら近くの妖精にでもしてたらいいんじゃない?」
「はあ? 妖精に?」
「飴でもあげればすぐ懐くし」
「誘拐じゃないですか……」
「親のいない子供を誘拐したところで何かメリットがあるのかしら」
「否定してくださいよ。さりげなく酷いし」
「でも、可愛いとは思うわよ。チルノとか考え足らずで無鉄砲で」
「やっぱり酷いこと言いますね。あの娘ですか」
確かに可愛いと思うけれど。
姉妹っていうより近所の託児所に遊びに来た中高生って感じだ。
しかし、あの娘は挨拶が弾幕ごっこでちょっぴり危ないんじゃないか。……可愛いけれど!
「大丈夫よ。お姉ちゃん」
「霊夢さん……」
さりげないお姉ちゃん呼びにちょっぴり感動しながら霊夢さんを見る。
うん、と力強く頷いてくれたことに安堵して、嬉しくなって。
私の手を取ってくれたあたたかい手のひらを感じながら次の言葉を待った。
「その柔らかいそれで包み込んであげなさい」
「霊夢さんのばかー!」
うちの妹は可愛いですよ。
十歳下なので普段あまり会話しませんが。
うちの妹もかわいいですよ
最近テンション低いですが
まぁ可愛いってな感じより面白いって方があってんですが。
あと妹萌えは幻想です。何があろうと。
可愛い妹は幻想。異論は認めたくない。
まともな姉妹がいないもんなぁ…