Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

world's end girlfriend

2009/08/26 02:01:35
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 何事にも終わりと始まりがあって、どちらが先にあってもいいと私は思った。その順番がどうであれ、私は眠りと目覚めを繰り返すのだし。寝るという行為がたとえ気まぐれに因ったとしても、やめようと思って容易くやめられるものでもない。努力したら眠らずに済むのかと問われれば、否と答えるし。

 問われれば。一体だれに?

 考えてみて、割かしぱっと思い当たる節はある。でもそこで浮かぶ顔の数は少ない。ひとつふたつ、ああそうだあんな顔してた、どうして忘れてしまっていたのか。その表情は何だか微笑んでいているような気もした。でもみっつめはもう影になってしまったから、顔が無い。顔の無い表情を知ることなんて出来やしない。
 足元を見て、私の影は当たり前のように顔が無い。ただ、かたちだけがある。その輪郭だけを保つ。一歩踏み出す。影が一緒についてくる。ざく、と乾いた音が響く。枯れ色の落ち葉はそれで粉々。

「ちょっと早かったのかしら」

 多分、たった今聴いた踏みしめの音よりも私の声は小さかった。
 何事にも終わりと始まりがあって、どちらが先にあってもいいと思うのだけれど。しかしながらそれが起きるタイミングは大事なのかもしれない。冬を見据えて目覚める筈だったのに、雪の匂いは何処にも無かった。

「もっかい寝るのも……今からってのも」

 なんか癪、ね?

 確かに毎日毎日朝と夜は繰り返されて、私はそれと並んで寝起きを共にすることだってあるけれど。今の場合は何だかそれと別個に考えたい気分だった。今の目覚めは、季節を限って私が毎日繰り返すそれとは異なるのだろうと。
 ひとつ前、その冬の終わり。私が次に目覚めるときは、胸いっぱいに雪の匂いを吸い込めることを期待していたのではなかったか。白い香り。私を満たしてくれるもの。それが広がっているのだろうと。でも、まだ冬は終わるどころか、始まってすらいない様子。

 今これから、眠ってしまうということ。

 例えばそれを実行して、冬が始まりそうな丁度いい塩梅になって目覚めることも出来なくはない。そもそも一度目覚めるまでもなくそれが出来る筈だったのに、今年はちょっと。感覚が鈍っているのかどうなのかわからないけど。こんな調子だと、これからやってくる筈の冬を通り越してまた次の冬に目覚めてしまう(それに何か問題があるのかと問われれば、やっぱり否と答える)かもしれない。
 仕方ない。私が求める香りは満ちていないけれど、わかりやすい位につめたい。その点は大変好ましい。私が特に頑張らなくても空気がつめたいのは、大変よろしい。

 ひとつ前、その冬の終わり頃。ひんやり涼しい場所を求めて、私はふらふらしていた。……のだっけ? 確か。毎回繰り返している筈のことなのに、記憶が曖昧なのはこれ如何に。
 割かし良い場所を見つけて、また次も此処に来ようと思えるくらいには快適な場所だった。洞窟とでも呼べばいいのか、眠っている間でもそのひんやりさを感じていたかもしれない。雪は無いけど、氷があった。水気が少しばかり多かったのは眼を瞑ることにして、心地よさだけだったら満点をあげていいくらい。

「だから、かしら?」

 意味も無く呟く。独り言が多い方では無いと思っているけど。こういう風に声を零すとき、周りに誰も居なければ、私の呟きは意味を持たない。まあ、それはそれ。
 眠りがあんまりにも快適すぎて、そしたら目覚めも快適になって、図らずもそのタイミングが早くなった。後ろを振り返りながら、そんなことも思う。ぽっかりと口を開けた洞窟の入り口は、その奥深さを誇るように真っ暗だった。ああ、あなたはその暗さを存分に誇っていい。心地の良い眠りをありがとう。
 後ろ髪を引かれつつ、また前を向いて一歩踏み出す。ざくっ、と鳴る音は。雪を踏みしめたときのそれとは、やっぱり違うものだった。
 今度は足元じゃなくて、顔を上に向けてみた。大概服を脱いでしまって、裸ん坊になりかけの樹々の向う、そのもっともっと向うで、空はつめたい青を孕ませている。その青が高い位置にありすぎる気がした。雪を零すときの空は、もうちょっと低いところにあるのに。手を伸ばせば届くような。私が頑張って空気を冷やしたら、雪を零してくれるような。そんな程度の高さ。けれど今は、あまりに遠い。遠すぎて眩暈がする。

 実のところ、冬が始まったと思える前に目覚めてしまうことは昔もあった。私の目覚め、その始まりを曖昧に記憶している。
 その時間は、当たり前に冬じゃない名前がついていて、とりあえず私が過ごすべき季節ではなくて。でもそれから私がどのようにして過ごしていたかを、どうしても思い出せない。冬に起きたことなら覚えてるのに、何故なんだろう。

「秋だから、かしら?」

 口をついて出る、その名前。冬以外の、その名前。
 それを呟いたら、ふと眼の前に何かが舞い降りた。雪ではないもの。白では無い色を持つもの。ゆっくりゆっくり落ちてくるそれを、掌で受け止める。
 足元にも、そこらの樹々にも、そんな色は無い筈だった。でもたった今受け止めたその色が、もえるような紅を保っている。

 私の呟きなんて、何の意味も無い筈だったというのに。さくりさくりと落ち葉を踏みしめる音は、私の声に誘われたかのように近づいて来る。ああ、そうか。秋に相応しいあなただから、それも至極当然なことなのだろうか。私の問いに答えてくれる誰かの姿。影になっていたみっつめのかたちが、今はっきりと表情を持った。曖昧では無い顔がかたち作られたから、もうそれを顕すための名前は、私の中にある。心の奥底から、ふわりと浮かんでくるのだ。

「そうね。秋だから、かもしれないわ?」

 紅の服を身に纏ったあなたは、微笑みながら言う。

「お久しぶり、冬を司るあなた。レティ・ホワイトロック」

 お久しぶり、秋静葉。秋を司る、あなた。





* * *





「私の声が意味を持ったわ」

 意味を持つことに意味があるとも思わないけど。その辺の思いについては、わざわざ口にする意味が無いから、しない。

「あら、そういうこともあるんじゃない? 久しぶりに逢えたのだから。大方の言葉に意味なんて無くても、たまにはそれがあったっておかしくない」
「そうかも、ねえ」

 思い出したのが今だから、本当に久しぶりなのだろうと思う。
 たおやかに微笑む彼女のスカートが、さわわと鳴る風に吹かれてたなびいている。そこからすらりと伸びる足が、今しっかりと大地を踏みしめているのが見えるというのに、彼女の立ち位置は何だか虚ろだなと思った。ああ、これは前も思ったことだったか。
 虚ろ、虚ろな輪郭を象りながら、今彼女は眼の前に立っている。

「相変わらず、儚げなことで」
「それ、前も言われたわ? それにしたって、あなたも相変わらず。のんびりゆったりふらふらしてて。私が他の誰かのことを言う筋は無いかもだけど、私が出逢うあなたはいつも曖昧。冬はもう少しくっきりはっきりしたりする?」
「どうかしら。冬でもあんまり変わらないと思うけど。私は私でしか無いもの」
「そ。ああ、本当。逢う数は少ないというのに。や、少ないからこそ、かしら? 変わらないやりとりは安心出来るわ。口調だっていっつも同じだしね」

 ふっ、と微笑みながら彼女は言う。口調のことについては、本当にそうだなと思う。私はただ冬と共に生きる妖怪で。彼女は秋を司る神様だっていうのに。

「その辺は気にしないでいいって、静葉が言ったんじゃなかったっけ」
「そ。面倒だから。私は妹と違って、里の人間に呼ばれることも無いし。前にあなたと逢ったときから、長い時間が経ってもそれは変わってない。敬語使われるのって、あんまり慣れてないし。最近はね、そう。レティは知らないかもしれないけど、山に新しい神様が来たわ。気さくで話やすい方よ? ふらんく、とか言うのだって。気兼ねなく、友達感覚で接するのが良いとか云々」

 ふむ。そんなことは特に意識してなくて、私は私にとって話しやすい空気が保たれていればそれで満足だと思う。丁度今会話している彼女、秋を司る神様はそんな感じ。

「新しい神様ねえ。逢うことはなさそうだけど」
「宴会なんかもよく開かれてるから、気が向いたら参加してみたら? あの神社への道は割かし開けてる。むしろ今この場であなたと逢えたことの方がよっぽどびっくりよ。そこの洞窟で寝てたんでしょ? 随分山の奥まで入ってきたもの。よく追い出されなかったわね」
「ああ、監視? 天狗とか」
「そ」

 妖怪の山は天狗が縄張りを管理していることもあって、麓の妖怪が気まぐれに入るのはちょっと難しい。それ位は知ってることだったけど。私には私の信じる気まぐれがあって、それを咎められるのは、やっぱりちょっと癪だったりする。

「言葉が通じればね。言葉が通じるのは、意思のやりとりが出来るということよ。言いくるめたり、脅したり出来る」
「……脅したの?」
「まさか。面倒なことは嫌い」
「じゃあ、どうしたの」
「見つかってやっぱり出てけって言われたから、お話したわね」
「お話? どんな風に?」
「ええっと」

 会話しているうち、芋づる式に色々思い出してきた。そうだ、この洞窟に入る前。若そうな感じの天狗に私は見つかったのだ。


『山に害は為さない。私は此処で寝たいだけ。ああ、一緒に寝る? ひんやりつめたくなれると思うわ』


「穏便に」

 頬に手を触れながら言ってあげたというのに、つれなくその天狗は去っていった。初心よねえ。

「……そういうことにしとこうかしら」

 いつものように静かに笑ってるけど、ちょっとそれに苦味を混ぜた感じで彼女は言う。実に心外なこと。まあ、それはそれで。

「今年の冬は遅い感じ?」

 ふと神様に尋ねてみる。頼りない言葉のやりとりの最中においても、己にとって大事と思えることは確認しておくべき。
 ただ、それを受けた彼女の表情は、どこかきょとんとした風だった。

「何言ってるの? レティ。今はもう年の瀬、暦では冬の真っ只中だというのに」





* * *





「冬? 今が? 何かの冗談?」
「冗談は少なくとも面白味があると信じてするべきよね、結果はどうあれ。ま、私はそれを狙ってないわけで」
「雪、全然降ってないけど」
「何度も何度も繰り返せば、たまにはそういう冬があるのかもね。今とか」

 なんでもないことのように、さらさらと彼女は受け応える。

「そう。拍子抜けしたわ、今年はちょっと早く目覚めちゃったって思ってたのに」

 それどころか、寝坊してたみたい。
 彼女は年の瀬と言うけど、そんな時期にこれほどまで雪が無いことがかつてあっただろうか? ただ風だけがつめたくて、なんだか乾いているようで、でも匂いが無い。私の好きな冬の匂いが、此処には無かった。

「今がまだ秋だと言うなら、むしろ私にとっては喜ばしいのだけれど? 残念ながら、それもとうの昔に終わってしまった。おかげで気分もどんよりするし。いっそのこと、秋以外は寝て過ごしたいって思うくらい。あなたみたいに」

 虚ろな彼女が、手をぶらぶらさせながら呟き続ける。秋を司る神様が秋以外にどう過ごしているのか、ちょっと興味ある処だったけど。

「今年はそういう時間が流れている。面白くはなくても、不思議なことが起きるのがこの世界だもの。不思議が不思議じゃないのが、良い処なのかも?」
「何言ってるやら。こんなんじゃ、冬には遠い。いくら私が頑張ったって、雪はきっと降ってくれないわ? 見てよ、空が高すぎる。青く透き通り過ぎている。こんな天の道は、私如きが触れることすら叶わない」

 天の道は、大いなる力を抱いている。季節を顕し、歩むべきものの先を拓き続ける。

「天の道。天道。レティ、あなたは冬を司るものでしょう? 冬の女王さまと呼ばれて然るべきあなたが、随分頼りないこと」
「それはあなたが、……や、周りが、か。勝手に言ってるだけ。私はただの妖怪よ? 冬に生きて、冬に触れられればいいだけ、それだけの。触れて満足な私が、まして司るなんてことは」

 おこがましいにも、程がある。この想いは嘘偽りなく、私の心を占めているものだった。
 静葉は、その静かな笑みを崩さない。神様の微笑み。纏う衣類、眼に見えるそれは、こんなにももえるような紅を見せ付けるというのに。どうしてこの神様は、こんなにも透明に思えるのだろうか。静謐なつめたさ、その空気を纏い続けているのだろうか。

「天道に拠り、拓かれた道を知り、辿り歩む輩(ともがら)。あなたは私と一緒だから。私は寂しさと終焉の象徴と呼ばれて久しい。秋を司る私は、秋の始まりと終わりを繰り返すこの世界で、その象徴となった。じゃあ、冬は? 私が顕す寂しさと終焉の果てには、冬が来るっていうことを。誰もが、誰もが知っている。あなたは、寂しさと終焉、それそのもの」

 その声に、憐れみの色は何も含まれない。彼女は彼女の思うところを、ただ淡々と紡ぎ続けているだけ。それがわかったから、何も不快では無かった。それを思わせる余地が無かった、と言った方が正しいのかもしれない。虚ろな神様の声は、何の色も持たない。雪のような白色を輝かせるのでもなく。ただ、透明。透明が、空白を埋めていく、

「レティ」
「……うん」
「あなた、神様にならない?」
「かみさま」
「そ。神様、冬を司る神様に。私、私たちと一緒の道を生きてみない?」

 凛。
 その言葉が相応しかった。彼女の声、その透明が、波紋を描いて私の耳に届いた。そう思った。

「どうして?」
「どうして、って。神様になることに、特に理由なんて要らないと思うのだけど」
「そんな風に思うのは、あなたが今、神様だからよ」
「ああ、そういう。それはそれでいいけれどね」

 何でもないことのように彼女は言った。神様って、みんなこんな塩梅なのだろうか? 八百万の神がこんなきっかけでうまれてきたとしても。神様なんて顕現しては直ぐに消え、等という話は耳にしているというのに。冬にのみ生きる私ですら。

「神は神以外の信仰を集めてこそ成り立つものよね」
「維持するのは、そうね? でもそれは、事の端では無いもの。神が神としてうまれる為のきっかけでは無い。神の力を与えるのは、人では無い。妖怪でも無い。神のみが、それを授け得る。神を作り出すのは人の想像だなんてね、それは人の間で広がっていれば良い。私たちは特に気にしてないから」

 微笑んでいる、彼女。

「そうやって神様になって、忘れ去られて、消えちゃうのは御免こうむりたいところだけど?」
「消えないわよ。あなたは冬の天道を歩むものだもの。冬という季節、終わりと寂しさ、その中心に佇み続ける。この世界で、季節が巡る限り。ねえ、神様にならない? 力小さきとは言えど、私も神。季節に拠る神。あなたに冬を預けることは容易い」

 変わらず微笑んでいる、彼女。

 その小さな身体が、秋を終えてしまった筈の今も尚。どうしてこんなにも、その存在を大きく見せるのだろう。ざぁっ、と吹いたつめたい風は、地面の枯葉を舞い上げて渦を巻かせる。
 でも。

「悪いけど」

 私は、

「神様になろうとは、思えないわ?」

 そう返すと。「そ、残念」と。いつもと変わらない様子で、彼女は言った。

「惜しい。仲間を増やそうと思ったのに、全く以て残念なこと」
「冬はね。寄りかかってる方が楽だもの」
「寄りかかる、か。あなたらしいと言えばあなたらしい。それも良いわね。私もかつて、秋という季節に対しそう思っていた」

 葉の服を持たない樹々の枝が、ぎ、ぎ、ぎ、と音を鳴らす。風に吹かれ、寒い寒いと泣いている。
 風だ。いつの間に、こんなに強く吹いていたのか。虚ろがその大きさを増していく。雪が無いこの場で、つめたさが増していく。つめたくなる。今この場がつめたくなる。つめなくなって、命が見る間に消えていく。

「神になって久しい今。ひとつ思ったことがあってね」
「何かしら?」
「神は、全ての役割を負わなくても良い」
「……役割」
「そう。神様は、担う責を果たさなければ、直ぐに消え果ててしまう。でもね、担うものは全てじゃなくて良い。己の思う処をちょっとでも果たせれば良いの」
「それは、何?」

 ぴたりと風がやむ。樹々が泣くのをやめる。透明だけがこの場所を満たす。匂いも無い。何も無い。透明だけが此処にある。

「私は、私の秋を知っているの」

 そんなことを、あなたは言う。

「秋を、知っている」
「そ。私が秋と信じるものが、秋として体現されていく」
「あなたが信じる秋以外は、秋では無いと言ってる?」
「まさか。私が知ってるのは、私が信じる秋だけよ。それ以外の秋があっておかしいことなんて無い。例えば人里に居る子供のひとりが、何かしらの『秋』を思った。それは、普段田んぼで見かけたとんぼの尾っぽが、ある日突然紅く染まっていたことに気付いたことだったかもしれない。それは間違いなくその子にとっての『秋』で、私は何も関わっていない。葉っぱには触れられても、とんぼの尾っぽまで私は気をまわすことなんて無いし」
「前に見たことがあったかしら。あなたがこの世界に、一面の紅葉を広げていく様を」

 手にあった紅葉をひとつ、ひらひらさせながら言葉を返す。その答えが否であると既に知りながら、私は問う。意味なんて、やっぱり無かった。

「さあ、レティがそれを見たかどうかまではわからない。わからないけど、たまに逢うあなたのことを思い出しながら紅葉を広げていたのは事実よ? どんなに頑張って紅や黄を広げた処で、届かないことが大方だけどね。あなた寝てるし」
「仕方無いじゃない」
「そう、仕方無い。実に仕方の無いこと。でもね、知ってる? 秋が終わる度に、世界が小さく死ぬのよ。秋はそれそのものが小さいから、ってのもあるけれど。死んで、眠って――眠るのは、冬のことだわ? ――そしてまた目覚めるの。千度万度、この世界は小さく死んでは生き返ることを繰り返す。誰も、だぁれも気付かない。当たり前過ぎて気付かない。そうね、人だとか妖怪だとか、それに気付かれないことを知っていて、それでも顕し続けるのが季節に拠る神様っていうもの」
「歯車だわ、まるで」
「ええ、そう。私はその歯車のひとつだから、あなたもそれに加わって欲しくて。聞こえは悪いけど」
「何かの冗談?」
「冗談は少なくとも面白味があると思ってするべきよね。……伝わらなかったか。それもまた仕方無い」

 世界の終末、その小さい死を語る彼女は、やっぱり小さく微笑んでいるままだった。普通に、冬のみをずぅっと生き続けてきて。結界が張られて、幻想郷と呼ばれるようになったこの世界の。その終わりなんて想像したことは無かったのだけれど。

「もうひとつ」
「うん?」
「神様になって思ったことが、もうひとつあったなあって」
「一応聞いとこうかしら」
「一応って、つれないわねえ。ま、いいわ。だって当たり前のことだし。神様って、万能じゃあ無いの。力の大きさには差があっても、何でも出来るわけじゃ無い」
「そんなもの?」
「そんなもの。だから色んな役割を持った神様が沢山居る。例えば私の妹は、私とは全く逆の象徴を担う。司るのは同じ秋であっても、別物だわ。豊かさと稔りは世の繁栄を顕す。繁栄は長く続いて悪いことなんて何一つ無い。でも、それが出来ない。私たちの場合はね、天の道に因るし。そうでなくとも、ひとつのことをずぅっと顕現し続けてはいけないの。あることが始まって終わりが無いなんて、奇跡よ奇跡。でもその奇跡だけは、駄目」

 ぽつぽつ、淡々と。透明な声は零れ続ける。

「どうして?」
「膿むから」
「うむ?」
「そう。私たちは、ひとが居る世界の神になった。その『ひと』等が、膿むの。膿んで腐る。慣れると言ってもいいか。奇跡が奇跡と思われなくなったとき。ひとから得られる筈だった信仰は、露と消える。それは神が居なくなる瞬間。そんなこと、ひとはどうか知らないけど、神は望まない。だからね。始まり、その繁栄を示したならば、必ず終わりを顕すときが来るべき。私と妹は、ふたりでひとつの秋を司る。表裏一体ってやつかしら? あの娘が居て、私が居て。繁栄が妹の役割であることを私は知っている。私はとりわけ、その終わりを示さなければ。幾度となく繰り返す季節は、新しく生まれ変わるために、死ななければ。それは避けられないことでね? ただ、でもその死は、小さくあれば良いって思うの。そしてその死と共に、あなたが居てくれたらきっと良い」

 そんなこと、そんな静かな顔で言われたって。やっぱり私は神様になるつもりなんて更々無い。だって面倒そうなんだもの。そんな小難しいこと考えたくない。

 でも。

「いずれ」

 それでも。気まぐれに、私は声に出してしまう。この気まぐれは、私が信じるものだった。

「いずれ、いつになるかもわからないお話。千度万度、冬を繰り返したその先に。あなたがまだ小さな終焉を象徴し続けるというのなら、私が隣に居てあげてもいいかな」
「なぁにそれ、偉そう。私神様よ? もっと敬ってよ」
「立場を気にしないで良いって言ったのは、どちらさま?」
「神様ね」
「なら仕方ない」

 ふふっ、と。静かな笑いを零しあう。本当、何度も逢ってないというのに。これほど近しく感じられるのは、とても不思議なこと。

「ねえ、静葉」
「うん」
「私は今、神様じゃないけれど。私が信じる冬っていうのも、一応あるのよ?」
「ま、言われなくてもわかるけど」
「あら、そう」
「そりゃそう」
「言ってみて?」
「言おうかしら。あなたが信じる冬は、小さな秋が、小さく死んだ後。白く静かに降る雪が、傍に在ること」

 正解。当ててくれたついでに、無理なお願いをしてみようか。

「それなら、雪を降らせて?」
「また直ぐそんなこと言う。ほんとはレティがそれをするべきなのよ。今年の秋で、私の仕事はもう終わったの! あなたが寝坊して季節に引導渡さないから、終わりの象徴だけが残り続けてるのよ? 立場悪いったら無い、もう」
「えー……?」

 ぷんすか怒ってる風な静葉は放っておきたい。気まぐれに保証を求められてもねえ。あと、私が季節に引導渡してるなんて、物騒ったら無い。

「ま、いいわ。天の道、そのお隣同士ですものね。仲良くしましょ」
「随分勝手な言い分だこと」
「神様特権ってやつだから。気侭我侭じゃないとやってけないってば。レティ、これから暫く起きてるんでしょ?」
「そうしようかと思ってるけど。雪が降るのでも、のんびり待ってようかしらね」
「なら、それで全部解決。今日という日、折角あなたに逢えたのだから。私はもう、この秋の残り香がする冬に別れを告げる。はっきりと今、この世界は小さく死ぬ。あなたに、それを見ていて欲しい」

 静葉が、眼を瞑って両の手を空に掲げる。そうして、静かに唄いだす。透明な声が、空気を震わせる。
 この唄、聴いたことがある。何処かで。何処だったか。

「だぁれかさんが、――みぃつけた」


 流れる唄声、踊るように。
 枯れ色落ち葉、宙を舞う。
 渦を巻いては舞い落ちる。


 小さい秋、みぃつけた……


 私もまた、口ずさむ。彼女の唄声に、あわせるように。
 葉が重なる音は、とても大きいというのに。
 少しも、少しも、賑やかさを伴わない。
 もう、とうの昔に終わっていた筈のもの。
 改めてはっきりとその終焉を刻むもの。

 ざざざ、ざざ。

 樹々も震える。枯れ色と同じ色を持った彼らが震える。寒い寒いと呟きながら。
 大丈夫。あなたたちは、これから眠るのよ?

 彼女が、小さな秋の神様が、それを教えてくれるから。
 小さく、小さく、死になさい。

 色鮮やかな服を纏う時は過ぎた。
 また来るべき次の時まで。
 どうか安らかに。

 ああ。
 たった今、私は秋を見つけたのだ。
 これから死にゆく、小さい秋を。


 唄が終わる。もう少しで。


「さあ、レティ」

 掲げた両手を元に戻して、静葉は言う。微笑んだまま、神様は言う。

「安らかな終わりを、あなたが告げて」

 木の葉舞い上がる最中、空を見上げる。空はもう、私が思っていたような高さを持っては居なかった。そのつめたい青だけは相変わらずで。けれどもう、私の手は、あすこに届く。

 風がやむ。ぴぃん、と空気が張り詰める。
 こんな空気がきっと良いと思ったから。

 力を込めれば、ほら。
 つめたい青が、つめたい白を零してくれる。

 はら、はら、はら。
 雪は静かに舞い降りる。

 小さな秋が、小さく死んだ。
 その眠りを、静かに見つめよう。
 彼女が紡ぐ唄、その終わりと共に。








* * *








「うっわ、さむ」
「寒さはあんまり変わらないと思うけど? 気分の問題じゃないかしら」
「ああ、冬をまざまざと見せ付けられたわ。落ち込む。責任とって」
「えー……?」

 はらはら舞い落ちる雪を見ながら、軽口を零してくる神様だった。ぶるぶる震えながら、両の腕で身体を抱いている。私としては、やっぱり今みたいな感じが、わかりやすくて良いのだけど。

「はぁ。また次の秋まで、暫く気分が乗らないわ」
「そんなこと言われても。必要なことなんでしょ? 私の所為じゃないってば」
「レティが神様になれば、あなたの所為に出来るんだけどね」
「御免こうむるわ」
「残念」

 ちっとも残念そうじゃない素振りで、彼女は言う。

「いいわ。あなたが冬の神様に成りたいと思う時まで、私は繰り返すだけだもの」
「終焉を?」
「そ。小さな終わりを」

 それなら、今までと全然変わらない。

「雪は良いわね。私が思う冬がやってきた」
「それで良いんじゃない? ただ、いっこだけ」
「うん?」
「この終わりを示す隣に、私が居ることをお忘れなく」
「忘れないわ」
「本当?」
「本当。隣って、つかず離れずってことでしょう。厭でも思い出すわ」
「厭なの?」
「言葉のあやよ」
「じゃあ、そういうことにしときましょう」

 秋が終わり、気落ちするだのなんだの言いながら。この神様は、きっと年中こんな感じに違いない。ずぅっと浮かべてる笑みが、ちっとも変わる素振りが無いんだもの。

「ま。今日は家に招待しようかしら。妹がね、美味しい果実酒なんかこさえてるから」

 あらま。それはそれは、美味しいお話。

「肴は?」

 そう返すと、神様は空を指差しながら言う。

「あなたが降らせる雪」
「充分過ぎるわね」
「でしょう?」

 雪の零れる最中、私たちはくすくすと笑い合う。
 これで良いと思った。
 これが良いと思った。

 さく、と。
 今度こそ耳慣れた音を踏みしめ、私たちは並んで歩く。
 終わりを告げる神様と。
 終わりを見つめ、佇む私。

 似たもの同士ね、って。彼女に言うことは無かった。
 だって意味が無いもの、ねえ?

 はら、はら、はら。
 雪は静かに、舞い降りる。









 
 それは彼女たちの、小さな終末
いこの
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コメント



1.名前が無い程度の能力削除
こんなにカリスマな静葉姉さんは初めてです……
2.岩山更夜削除
静葉とレティ。こんなに相性のいいものだとは思いませんでした。
過ぎていく季節の儚さを感じつつ、氏の文章、雰囲気に酔い痴れてしまいました。
素晴らしいお話をありがとうございます。
3.名前が無い程度の能力削除
もう秋だ。そして冬がやってくるんだなあ。
去り行く季節のさびしさを感じます。
4.名前が無い程度の能力削除
なんとコメントしたらいいものやら…

自分じゃ、ただ良いとしか言えない。
5.名前が無い程度の能力削除
まさに私の理想の二人です。読み進めるうちに自然と笑顔になってしまう、そんな素敵なお話をありがとう。