紅魔館大図書館
紅魔館のメイドたちにとって、ここは鬼門である。
なぜなら……。
「触っちゃいけないのに埃が溜まりやすいのよね」
咲夜ははたきで本棚をぬぐいつつそう呟いた。
何を取り扱うにしても慎重さが求められるこの場では、妖精メイドでは役者不足だ。
かといって司書の小悪魔だけでは手が回らないのも事実。
結局、最も使い勝手のいい咲夜まで仕事がまわってくるのだ。
「おそうじは嫌いではないからいいのだけど」
そうやって掃除をしているうちに、ふと気になるタイトルを見つけた。
外の世界の本だろうか、妙に薄く、カラフルなものだ。
「これは……」
もうそろそろ寝ようかとする時間。
いつものように咲夜さんの部屋にお邪魔していると、おずおずと咲夜さんが切り出した。
「美鈴、実は私、言わなきゃいけないことがあるの」
「なんですか?」
咲夜さんが寝る前の時間を利用して相談を持ちかけてくるのは珍しいことではない。
メイドのシフトや厨房の管理。最初は咲夜さんの部屋を訪ねる口実を設けるためのようなものだったが、
最近ではこのおかげで仕事がスムーズに進むようになった。
「実は、その……」
しかし、今日は珍しく口篭もっている。
よっぽど何か言いにくいことなんだろうか。
「なんでも言ってください、咲夜さん。私はあなたのためなら、何があっても大丈夫です」
そういって勇気付ける。
そう言われて、咲夜さんは覚悟が出来たのか、決然と顔を挙げた。
「私、浮気してるの!」
「ええ!」
「ぐっちょぐちょの三角関係なの!」
「えええ!」
「それでもう美鈴とは居られないの!」
「そ、そんなあ」
まさか、そんな、別れ話なんて。
何があっても大丈夫とは言ったが、そんな、急すぎる。
私は傍目にも泣きそうな情けない顔をしていたと思う。
咲夜さんとのこれまでの思い出が頭を駆け巡る。
ずっと好きだった彼女が振り向いてくれたときには嬉しかった。
それから、二人でいくつもの季節を過ごして。
だんだんと寄り添っていくことに、喜びを感じていたのに。
咲夜さんはどんな顔をしているんだろう。
そう思って咲夜さんを見ると、どこからか取り出した薄い本を真剣にめくっている。
タイトルは……。
「咲夜さん」
「あ、だめ美鈴。私よく考えたら、まだ『この泥棒猫』とか、『中に誰もいませんよ』とかしてないから、三角関係は無理だわ」
「いや、そうじゃなくて」
「うーん、じゃあやっぱり『実は不治の病』とか『実の姉妹だった!』とかの方がいいかしら」
「いや、そうでもなくて」
「む、じゃあ『素直クール』とか『ツンデレ』とかが好み?」
「いいかげんにしてください!!」
私は声を荒げてしまった。
「いったい何なんですか!?咲夜さんは私を嫌いになったんじゃないんですか?」
「そんな、美鈴を嫌いになんて、絶対にならないわ!」
「じゃあなんでそんな、もう私と居られないなんて」
「だって……」
咲夜さんが差し出した本には、
「これで完璧!ヒロイン大全」
と書かれていた。
「ヒロインって、理想の女の子のことでしょう。だから、これの真似をすれば、美鈴喜ぶかしらって」
私は困ってしまった。
咲夜さんに悪気が無かったのは分かる。
でも、そんな別れ話まがいのことをされたのには、やっぱり傷ついたのだ。
咲夜さんもそれがわかったのか、浅く眉を立てて、
「ごめんね。私が軽率だったわ」
そう言って、立ち去ろうとする。
ここ、咲夜さんの部屋なのに。
私は咲夜さんの手を引いた。
「美鈴」
咲夜さんの目に、涙が浮かんでいる。
きっと、本当に私を喜ばせようとしていたのだろう。
紅魔館の瀟洒なメイドといわれつつも、本当はちょっとズレた感覚を持っている彼女のことだ。
自分が天然なことを密かに気にしている彼女は、本にかかれていることなら、と思ってしまったのだろう。
「咲夜さんは、私を喜ばそうとしてくれたんですよね」
「ええ。でも、失敗しちゃったみたい。まったく、馬鹿みたいだわ」
「うん、馬鹿みたいです。だって」
そう言って抱き寄せ。
「こうやって咲夜さんと居るだけで、私は嬉しいのに」
「美鈴……」
「だから咲夜さん。無理しないでください。人の言うことなんかいいんです。
私の腕の中に咲夜さんが居るだけで、私は満足なんです」
「ばか……」
その夜、メイド長の部屋からはいつにも増した甲高い声が聞こえてきたと言う。
紅魔館のメイドたちにとって、ここは鬼門である。
なぜなら……。
「触っちゃいけないのに埃が溜まりやすいのよね」
咲夜ははたきで本棚をぬぐいつつそう呟いた。
何を取り扱うにしても慎重さが求められるこの場では、妖精メイドでは役者不足だ。
かといって司書の小悪魔だけでは手が回らないのも事実。
結局、最も使い勝手のいい咲夜まで仕事がまわってくるのだ。
「おそうじは嫌いではないからいいのだけど」
そうやって掃除をしているうちに、ふと気になるタイトルを見つけた。
外の世界の本だろうか、妙に薄く、カラフルなものだ。
「これは……」
もうそろそろ寝ようかとする時間。
いつものように咲夜さんの部屋にお邪魔していると、おずおずと咲夜さんが切り出した。
「美鈴、実は私、言わなきゃいけないことがあるの」
「なんですか?」
咲夜さんが寝る前の時間を利用して相談を持ちかけてくるのは珍しいことではない。
メイドのシフトや厨房の管理。最初は咲夜さんの部屋を訪ねる口実を設けるためのようなものだったが、
最近ではこのおかげで仕事がスムーズに進むようになった。
「実は、その……」
しかし、今日は珍しく口篭もっている。
よっぽど何か言いにくいことなんだろうか。
「なんでも言ってください、咲夜さん。私はあなたのためなら、何があっても大丈夫です」
そういって勇気付ける。
そう言われて、咲夜さんは覚悟が出来たのか、決然と顔を挙げた。
「私、浮気してるの!」
「ええ!」
「ぐっちょぐちょの三角関係なの!」
「えええ!」
「それでもう美鈴とは居られないの!」
「そ、そんなあ」
まさか、そんな、別れ話なんて。
何があっても大丈夫とは言ったが、そんな、急すぎる。
私は傍目にも泣きそうな情けない顔をしていたと思う。
咲夜さんとのこれまでの思い出が頭を駆け巡る。
ずっと好きだった彼女が振り向いてくれたときには嬉しかった。
それから、二人でいくつもの季節を過ごして。
だんだんと寄り添っていくことに、喜びを感じていたのに。
咲夜さんはどんな顔をしているんだろう。
そう思って咲夜さんを見ると、どこからか取り出した薄い本を真剣にめくっている。
タイトルは……。
「咲夜さん」
「あ、だめ美鈴。私よく考えたら、まだ『この泥棒猫』とか、『中に誰もいませんよ』とかしてないから、三角関係は無理だわ」
「いや、そうじゃなくて」
「うーん、じゃあやっぱり『実は不治の病』とか『実の姉妹だった!』とかの方がいいかしら」
「いや、そうでもなくて」
「む、じゃあ『素直クール』とか『ツンデレ』とかが好み?」
「いいかげんにしてください!!」
私は声を荒げてしまった。
「いったい何なんですか!?咲夜さんは私を嫌いになったんじゃないんですか?」
「そんな、美鈴を嫌いになんて、絶対にならないわ!」
「じゃあなんでそんな、もう私と居られないなんて」
「だって……」
咲夜さんが差し出した本には、
「これで完璧!ヒロイン大全」
と書かれていた。
「ヒロインって、理想の女の子のことでしょう。だから、これの真似をすれば、美鈴喜ぶかしらって」
私は困ってしまった。
咲夜さんに悪気が無かったのは分かる。
でも、そんな別れ話まがいのことをされたのには、やっぱり傷ついたのだ。
咲夜さんもそれがわかったのか、浅く眉を立てて、
「ごめんね。私が軽率だったわ」
そう言って、立ち去ろうとする。
ここ、咲夜さんの部屋なのに。
私は咲夜さんの手を引いた。
「美鈴」
咲夜さんの目に、涙が浮かんでいる。
きっと、本当に私を喜ばせようとしていたのだろう。
紅魔館の瀟洒なメイドといわれつつも、本当はちょっとズレた感覚を持っている彼女のことだ。
自分が天然なことを密かに気にしている彼女は、本にかかれていることなら、と思ってしまったのだろう。
「咲夜さんは、私を喜ばそうとしてくれたんですよね」
「ええ。でも、失敗しちゃったみたい。まったく、馬鹿みたいだわ」
「うん、馬鹿みたいです。だって」
そう言って抱き寄せ。
「こうやって咲夜さんと居るだけで、私は嬉しいのに」
「美鈴……」
「だから咲夜さん。無理しないでください。人の言うことなんかいいんです。
私の腕の中に咲夜さんが居るだけで、私は満足なんです」
「ばか……」
その夜、メイド長の部屋からはいつにも増した甲高い声が聞こえてきたと言う。
役者不足→自分の力量に対して役目が軽すぎる、
力不足→役目に対して自分の力量が無さすぎる、
の意味ですから。