「あの小さい女の子、貰ったから」
「は?」
「それじゃあね」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
霊夢が居間でお茶を飲んでいると、突然目の前に咲夜が現れて言った。
言葉の意味が分からない霊夢は、慌てて咲夜を引き止める。
今、ルーミアは境内の掃き掃除をしていた筈だった。
「私、忙しいから」
「小さい女の子ってルーミアのこと? 貰ったってどういうことよ!?」
「お嬢様がね、欲しいって。だからついさっき貰った。今頃は紅魔館ね」
「ルーミア、来なさい」
いつもならば呼べば来るルーミアが、いつまで経っても来なかった。これで、咲夜の言っていることが真実だと証明された。ルーミアは誘拐されたのだ。
すぐさま霊夢は戦闘体勢をとる。
「ルーミアをどうする気?」
「あの子の能力、役に立つのよ。お嬢様がそれを噂で聞いてね。興味を持ったの」
「相変わらず自分勝手な行動を……で? あんたは勿論、案内してくれるわよね?」
右手に針を構え、鋭い目付きで睨む。
「十六夜咲夜個人としては、今回のお嬢様の我侭は割とどうでも良いのだけれど……」
咲夜は溜息を吐き、手慣れた手付きで銀のナイフを複数空中に浮かす。
「従者としては主の邪魔をする者は排除が基本、ね!」
霊夢を包囲していたナイフが一斉に動きだす。
その気になれば、吸血鬼すらも滅することが可能な銀のナイフ。
「ま、あんたに訊かなくても良いか。紅魔館に行けば良いんだし」
「やっぱり、これくらいじゃあ負けてくれないわよね」
霊夢は無傷だった。
もちろん、この程度で散る相手では無いと咲夜も分かっている。傷一つ付けられたら儲けもの、といった感じだ。
「あなたの時間は私のもの。いくら避けるのが上手くても、攻撃させなければ良いだけの話。さぁ、あなたは何度も迫る銀のナイフに、どれくらい耐えられるかしら?」
「簡単ね。時間に縛られ無ければ良いだけの話。あんたじゃあ私を束縛出来ないってことを、教えてあげるわ!」
互いにスペルカードを取り出す。
そして、戦いが始まった。
居間で。
◇◇◇
「ここ何処?」
「紅魔館内、私の図書館」
縄でぐるぐる巻きに縛られたルーミアが、床に転がっている。
薄暗い中、本を片手にルーミアを見据えるのはパチュリーだ。
「あなたは私をどうするの?」
「私はどうもしない。レミィの気まぐれだから」
「レミィ?」
「そう、紅魔館の主、吸血鬼レミリア・スカーレット」
「レミリア、ストーカー?」
「スカーレットよ。そして私はその友人、パチュリー・ノーレッジ。あなたの後ろに居るのが、小悪魔」
「え? ってきゃぅっ!?」
パチュリーに言われて、ルーミアは初めて小悪魔の存在に気付いた。
「あはは、驚かせてすみません」
人懐こい笑顔を浮かべる小悪魔を見て、少し警戒が和らぐ。
ルーミアはちらりとパチュリーを見るが、パチュリーは何を考えているのかよく分からなかった。
「ノーレッジさん。私は何でここに連れてこられたの?」
「そっちで呼ばれたの初めてだわ。パチュリーで良いわよ」
「パチュリー、何で?」
「それはあなたの能力が、吸血鬼にとって便利な力だから」
闇を操る程度の能力。それがあれば、行動がかなり広くなる。
「でも、私はそんなに強く無いよ?」
「それに、大きな闇を作り出すことは出来ない、ね?」
「うん。妹紅や輝夜たちに訓練されて、人二人分くらいは作り出せるようになったけれど……ってあれ? そこまで知っているのに、私必要ある?」
パチュリーは分かっていた。
ルーミアという妖怪の力、性格、攻撃方法など全て知識として知っていた。
「ううん、多分あなた要らないわ」
「だよね」
「多分、レミィは半分くらい期待はしてたでしょうけどね。でも、もう半分は別のことを期待している」
「別のこと?」
「そう。あなたを誘拐して、怒り狂う霊夢と戦いたかったんじゃないかしらね」
「霊夢、そんなことで怒るかなぁ」
むむむ、と目を瞑って唸るルーミア。怒り狂う霊夢を想像しようとしているみたいだ。
パチュリーは、ただ眠たそうな目でジッと見つめている。小悪魔も、笑顔でそれを見ていた。
「多分、怒らないと思う。というか、迎えに来ないんじゃ無いかなぁ」
「あら? 仲がとても良いと聞いたけど?」
「それはそうだけど。でも、霊夢だし」
「まぁ、あの博麗霊夢だもんね」
「霊夢さん、ですしねぇ……」
三人が呟く。
全員の脳内で、霊夢は面倒事は異変以外勘弁、といったようなタイプと認識されている。
「とりあえず、縄解いてくれる?」
「良いわよ」
「良いんですか? パチュリー様」
「レミィの暇潰しシナリオに素直に従うのも癪だしね」
縄を解くのが面倒だからか、ナイフで切り捨てた。
自由に動けるようになったルーミア。
縛られていて鈍った身体を、軽く体操し、ほぐす。身体の骨が、小枝を踏んだような軽い音を鳴らした。
「せっかくだから、紅茶でも如何ですか?」
「え、でも……」
「遠慮はいりませんよ。ね? パチュリー様」
「そうね……あなたの能力について、より詳しく知りたいし。とりあえず、座って紅茶でも飲みましょう」
小悪魔とパチュリーにそう言われて、素直に席に着く。
テーブルを挟んだルーミアの向かい側には、相変わらず何を考えているか分からない表情のパチュリー。
小悪魔は、笑顔で紅茶を淹れている。
「小悪魔、あなたも座りなさい」
「ふぇ? 良いんですか?」
「えぇ、せっかくだから三人で会話しましょう」
小悪魔は紅茶を三つ用意し、テーブルの上に置いた。
そして、パチュリーの隣りにちょこんと腰掛けた。
ルーミアは目の前の紅茶に手を伸ばす。いつもはお茶ばかりを飲んでいるルーミアにとって、紅茶の匂いは不思議に感じられた。
ティーカップに口をつけて、少しだけ飲む。
「んっ……不思議な味」
「お口に合いませんか?」
「ううん、美味しいよ!」
「それは良かったです」
にぱっとしたルーミアの笑みに、小悪魔は安心したような表情を浮かべた。
パチュリーも口に運ぶ。やはり、小悪魔の淹れる紅茶は美味しかったようで、口元を緩めていた。
「さて、何から訊いてみようかしら」
「何でも良いよ」
「あ、私訊いても良いですか?」
「うん」
「どんな生活してるんですか? 霊夢さんの所に住んでるのは知ってますが」
「あぁ、私もある意味興味あるわ。あのだらけている巫女と、どんな生活をしているのか」
「霊夢は優しいよ。だらけているけど、楽しいよ」
楽しそうな談笑が、普段は静かな図書館に響き始めた。
◇◇◇
「あー!? 私の湯飲みがぁ!?」
「ふん、馬鹿ね」
弾幕ごっこ中、湯飲みに被弾し、見事に砕け散った。
居間で弾幕ごっこをすれば、こんなことになるのは当たり前だ。
咲夜は馬鹿にしたような目で霊夢を見る。霊夢は膝をついて、涙目になっている。
「もう許さない! あんたの主に弁償して貰うんだから!」
「まず、あなたは私に勝てるのかしらね? って危なっ!?」
霊夢の飛び蹴りが顔面に迫ってきていた。
慌てて避ける咲夜。
「ちょ、ちょっと! 弾幕は!?」
「湯飲みの無念を晴らしてやるわ! くたばれぇ!」
霊夢の回し蹴りが綺麗な放物線を描き、咲夜の脇腹に直撃した。
◇◇◇
「何をしている?」
「見て分からないのレミィ? お茶会よ」
「そういうことを訊いているわけじゃ無い!」
「はいはい、怒りっぽいわね」
はぁ、と溜息を吐くパチュリー。
レミリアは、捕らえてきたルーミアの様子を見に来た。すると、楽しそうに己の友人と談笑しているではないか。その友人、パチュリーも満更では無いような、楽しそうに笑っている。
レミリアは、親友の自分でさえパチュリーの笑顔を作るのは難しいのに、とよく分からない嫉妬をしていた。
「あ、あの!」
「ん?」
「こんにちは! お邪魔してます!」
「……は?」
そんな複雑な気持ちを吹き飛ばすような、ルーミアの挨拶。誘拐相手に、お邪魔してますなどという、ずれた挨拶だ。
レミリアは、思わずぽかんとしてしまう。パチュリーも小悪魔も、笑っていた。
「ルーミア、あなたを誘拐しようと考えたのはレミィよ?」
「え? この人がスカーレットさん?」
「そっちで呼ばれたのは初めてね。レミリア様で良いわよ」
「レミリア?」
「様を付けなさい」
「様レミリア?」
「どこに付けてるのよ!」
わざとやってるのか本気なのか、ルーミアの笑顔を見るとどっちか全く分からない。
なんとなく、レミリアは溜息を吐く。
「はぁ……なんかやる気が無くなってきた」
「レミィも座る? ほら、隣り」
「あぁ、そうさせてもらう」
「あ、じゃあ私紅茶淹れますね~」
パチュリーが、自分の空いている方の隣りを、ぽんぽんと叩く。そこにレミリアは座った。小悪魔は、紅茶を淹れる。
「中々面白いわよ。この子」
「まぁ、暇潰しになれば良いわよ」
あまり期待はしていない、といった表情でレミリアはルーミアの話を聞き始めた。
ルーミアは笑顔で語る。
お茶会が再開された。
◇◇◇
「どきなさい」
「な!?」
紅魔館の門前、美鈴の前にボロボロになった咲夜と、目立った傷は無い霊夢が現れた。
すぐさま戦闘体勢を取る美鈴。
拳に気を練り集め、しっかりと前の霊夢から視線を離さない。
「咲夜さん、大丈夫ですか?」
「割と無理。相変わらずむちゃくちゃよ、この巫女」
「さぁ、素直に退くか、咲夜の数十倍ボコボコにされたいか、どっち?」
「どちらでもありませんよ。私が勝ってあなたが素直に帰る、という選択肢を作ります!」
「あんたに作れるかしら?」
面倒そうに溜息を吐いて、霊夢も構える。咲夜は戦闘には参加出来ないが、ふらふらとした足取りで霊夢から離れた。美鈴の邪魔になると考えての行動だ。
「行きます!」
「遅い」
「はへ?」
気付いたら、ふわりと霊夢が目の前に居た。
咲夜は、あぁ終わった、と呟いていた。
「必殺! 八連デコピン」
「へぁっ!? デコピン!?」
「さらに八連デコピン!」
「いたた! だ、弾幕は!?」
「そしてさらに八連デコピン!」
「きゃうんっ!?」
美鈴の綺麗な額が、真っ赤になった。
◇◇◇
「それでね、霊夢はいじわるだけど優しいんだ」
「本当、楽しそうに話すわねぇ。なんか和むわ」
「でしょう? 面白い子よ、この子」
「ですねぇ」
ルーミアが話す内容は大半が霊夢とのことだった。いじわるだとか、でも温かくて優しいだとか、他人が聞いてもそんなに面白く無いような話。
だが、一生懸命に話すルーミアを見ていると、パチュリーもレミリアも小悪魔も、何故か笑えてきてしまう。
「お姉様、ここに居たんだ」
「あら、フラン」
「みんなで遊んでるの? ずるいよ~……ってその子は誰?」
フランドールは、ちょこんと座るルーミアに気付く。
「レミィが誘拐してきた幼女よ」
「レミリア様が誘拐してきた美幼女です」
「ちょ!? お姉様、見損なったよ!」
「違う! 私はルーミアに興味があったからで――」
ルーミアの能力に興味があった、がレミリアの言いたいことだったが、能力という単語が抜けてしまったせいで、明らかに怪しい発言になった。
笑いを堪えているパチュリーと小悪魔。全力で引いているフランドール。何が何なのか、よく分かっていないルーミア。
「えと、初めまして。ルーミアです」
とりあえず、フランドールに挨拶をする。
「あ、私はフランドール・スカーレット。残念だけど、そこの変態犯罪者の妹だよ」
「だから違う! あぁーもうっ!」
とうとう堪えきれずに笑い出す、パチュリーと小悪魔。フランドールも、あははと笑い出す。
何がおかしいのか分からないけれど、みんなが笑っているからルーミアも笑った。
「何なのよ、もうっ!」
不貞腐れたように、レミリアは言った。
◇◇◇
「ルーミア! いるなら返事しなさい!」
結局、咲夜も美鈴もルーミアが何処にいるかを言わなかった。
仕方無いから、怪しいと思う場所や紅魔館の主要な場所を探す。
「レミリアの部屋にも居ないって、どういうことなのよ。というか、レミリアも居なかったじゃない」
戦闘やらここまでの疲労で、大きな溜息が出てしまう。
「ん?」
地下をふらふらと歩いていると、図書館から笑い声が聞こえた。複数の笑い声だ。
「もしかして、ここ?」
戦闘体勢をいつでも取れるように、警戒しつつ扉を開く。
すると、そこには――
「な!?」
物凄く楽しそうに笑い合っている紅魔館メンバーとルーミアが居た。
「あ! 霊夢だ! 迎えに来てくれたの?」
「あら、本当」
「もう戦う気は失せちゃったんだけど」
「霊夢久し振りだね~」
「霊夢さんも紅茶いります?」
予想外の展開に、ぽかんとしたまま動けない霊夢。
「えーと……何これ?」
「とりあえず、座れば?」
「え、あ、うん」
レミリアにそう言われて、未だに疑問だらけの霊夢がゆっくりと座る。
とりあえず事情説明が始まった。
◇◇◇
「つまり……私、無駄足?」
「さぁ?」
「……ふ、ふふ」
ゆらりと立ち上がる霊夢を見て、嫌な予感がしたパチュリーは魔法障壁を全開にする。小悪魔も、何か不穏なものを感じ、少し離れた。
「ルーミア、おいで」
「ふぇ?」
素直に霊夢へと歩み寄るルーミア。
ルーミアをギュッと抱き寄せた。強く、強くギュッと力を込める。
「心配したんだから」
「……ありがとう」
「ルーミア……」
「ん?」
「八連デコピン! 八連デコピン! 八連デコピン! 八連デコピン! 八連デコピン!」
「ふぇ!? ほわぁっ! はぅあぅう! やぃっう!? みゃぁっ!?」
突然抱き締めていたのを止めたと思えば、一気にデコピンだった。
ルーミアの大きな瞳がじわりと涙を滲ませている。
「うわぁ……容赦無いわね」
「あれが霊夢の必殺技か」
パチュリーとレミリアが、そう小さく呟いた。
「く……くたばれいむ!」
「お仕置が足りないようね」
「あはは、本当に容赦無いわね」
笑うレミリアの方向を、霊夢は見る。
「そういえば、元凶はレミリアよね」
「え?」
「パチュリー、小悪魔、フラン、ルーミア、手伝って」
そう霊夢が言うと、みんながレミリアを押さえ付けた。
慌てて振りほどこうとするが、大勢、しかも同じ吸血鬼の力を持つフランドールまでいるため、振りほどけない。
近寄る霊夢。怪しい笑みを浮かべながら。
「ちょっと! あんたたちはどっちの味方なの!?」
「お姉様には悪いけど」
「今の霊夢さんには逆らいたくないし」
「レミィの自業自得だしね」
「ごめんね、レミリア」
「う、裏切り者ー!」
目の前にはデコピンを構える霊夢。
レミリアはひっ、と声を上げてしまう。
「ご、ごめん霊夢! 謝るから!」
「悪い子はいねーかぁー!?」
「いたーい!?」
紅魔館に、レミリアの叫び声が響いた。
楽しませて頂きましたー。
平和な紅魔館に2828が止まらねぇw
150話到達おめでとうございます。これからも頑張れ喉飴さん!応援しています。
誘拐なのに被害者側のシーンが和む和むw楽しかったです!
確実に周りの人々に良い影響を与えている
喉飴さんのルーミアが好きです(他の作品も)w
150作品おめでとうございます。
でも気にしてなさそうですが。
それにしても「博麗でこピン無敗伝説」は止まらないですね~。
湯飲みと咲夜さんと美鈴に合掌。
ここに霊夢の想いが透けて見えるようだ
美幼女が満面の笑顔で身振り手振りで楽しそうに話していたら絶対和むわー。
いままでも、そしてこれからも頑張れ小さな女の子シリーズのために創想話に通い続けますね
様レミリアwww
その発想はなかったwww
しかし八連デコピンを舐めてたぜ…
ここまで強力だとは…
天則でこれが使えたらあのチート夢想天生使い放題だぜwww
無邪気な闇は今日も笑顔
その笑顔を見た魔法使いも笑顔
悪魔も吸血鬼も巫女もみんな笑顔
どんなに暗いところも明るい笑顔でいっぱい
いつでもどこでも笑顔で頑張れ小さな女の子!
ありがとうございます。
>>2様
和み、ほのぼの、ほんわか、そういうものを目指してますから、ありがたい言葉です。
>>3様
タイトル的にはこんな展開なりませんからねw
>>4様
ありがとうございます!
これからも、ちまちま地味に頑張っていきます。
>>修行様
るみゃ可愛いよるみゃ。
>>6様
いえいえ、ありがとうございます!
楽しんでもらえて良かったです!
>>7様
るみゃはこういう子だと信じてますw
そして嬉しいお言葉です!
>>8様
久し振りのこのシリーズでしたが、楽しんでもらえてなによりです。
>>9様
みんな可愛いですよ!
>>10様
良いですよね、るみゃ。
>>11様
あれ完結して欲しかったです。大好きだったんで、あの作者様が書く温かいお話。
>>12様
ありがとうございます。
るみゃの笑顔はみんなをほんわかさせてくれます。
>>謳魚様
咲夜さんと美鈴はやられ損ですねwでもこの後、一緒にお茶会参加してると思いますw
>>14様
るみゃなりの精一杯の反抗ですねw
>>15様
霊夢は割と本気でルーミアを心配してたと思います。
>>16様
もう撫でてあげたくなりますよね、絶対に。
>>17様
ほえ!? あ、ありがたいお言葉です。
多分デコピンは地味に痛いですw
これからも、いろんな人と触れ合って頑張る小さな女の子!
色々と自分に変化があり、数ヶ月ここを覗いていませんでした。
そして今、喉飴さんの作品を楽しみながら見て回っています。
相変わらず面白いですwこれからも頑張ってください!