「けふ」
飛び立ったときに舞ったほこりに咳き込む。
しばらくなかった体験だった。これからはちょっと大人しく地面を蹴ったほうがいいかもしれない、とレミリアは思う。そんなことを考えてから、一人、寂しげに笑う。
「変なの。昔はこんなの平気だったのに」
むしろ、古く歴史のある洋館という雰囲気を構成する要素として、歓迎していた。
だから、昔から雇っている妖精メイドが掃除一つまともにできなくても、まあこんなものだろうと特に気にしていなかった。
演出的にはそれでよかった。汚れも格を上げるものだと思っていた。
「昔は昔、ね」
今や紅魔館はすっかり普通の生活の場となっている。いざこうなってみると、非常に快適だった。長い間そうだった状態に戻るだけだ、などと自分に言い聞かせてみても、それでも今のほうがいいと自分で答えることになる。これまでレミリアが過ごしてきた生の一割にも満たないこの期間に、価値観はすっかり書き換えられていた。
何も完璧な状態をまた求めるわけではない。ただ、せっかくこれまで維持できていた環境が崩れていくのをただ見過ごすわけにもいかなかった。それは、レミリアにとって不愉快だというだけでなく、咲夜に対する裏切りのようにも思われた。
早く咲夜の後継者を見つけなければ。今、それが緊急の課題だった。
「妖怪にも人間にも、咲夜の代わりができる存在なんて期待しないほうがいいわ」
パチュリーの返事は簡潔で、その内容は非情なものだった。
咲夜ほどの戦闘能力を持ち、また、あらゆる家事を完璧にこなす、そんな者は――あるいは、探せば見つかるかもしれない。
だが最大の問題は、紅魔館という環境で従順に働いてくれる者であること、という条件が加わることだった。妖精たちや人造の生命であれば、後者はあまり問題ないかもしれないが、肝心の能力のほうが問題になる。
悪魔を召喚して従わせるという選択もないではない。図書館で働く小悪魔のように。だが、咲夜の代わりを本気で考えるならば相当に上位の悪魔でなければ勤まらないだろう。それを従わせるのはレミリアであっても容易ではない。
「となれば結局、条件を満たせる可能性が一番高いのは人間ではあるのよ。存在自体がもっとも柔軟だから」
「でも人間は弱いわ。また……その。咲夜みたいになっちゃう」
「弱いんじゃなくて、私たちにとって住みやすい環境が人間にとっては有害なだけよ。人間が生きていくには日光と十分な栄養が必要なの。私たちは咲夜にそれを十分に与えてこなかった」
「……うん。そうね」
反省は、している。後悔もしている。
決して人間だからダメだったのだ、などとレミリアも思ってはいない。咲夜があまりに優秀すぎて、頼りきりになってしまっていたことが問題だった。いわば、管理責任の問題だ。
「私も人を責められた立場じゃないけどね」
パチュリーは、苦々しい顔で、少し歯を食いしばりながら言う。
「次はもうこんな失敗は繰り返さない」
「うん。絶対」
「まあ、次なんて言っても、さっきも言ったとおり、人材を見つけるのも大変だと思うけど」
「咲夜の能力が稀有なものなら、咲夜に子供を産んでもらうのが一番いいのかしら」
何気なく言った言葉に、パチュリーは眉をひそめる。
一度口を開いて、言葉を止めて、閉じて。レミリアを半目で睨みつける。
「馬鹿ね。レミィ、人間との付き合いは長いはずじゃないの? 何もわかってないわ」
「……何がよ」
「まず単純な問題として、今の咲夜の年齢で出産するのは極めて危険なのよ、もう。まして体が弱りすぎている。咲夜はおろか、子供も無事ではすまない可能性が高いと思いなさい」
「う……」
「それに、自分の都合のためだけにいきなり子供を作りなさいだなんて――まあ、そうね、人間の歴史ではよくあることだけど。私は気に入らないわ」
「……わ、わかったわ、悪かったわ。その方向性は無理なのね」
パチュリーの気迫に押されて、冷や汗を流す。
「そうね。一番現実的なのは、素質があって、まだ世界に染まっていない子供を拾ってくること。そして、咲夜に徹底的に教育させること」
「やっぱり、人間になるのね」
「ええ。育て方次第でなんとでも変わるのが人間だから。何人か拾ってくれば、上手くいけば、それなりに引き継いでくれるでしょう。……都合よく、捨てられた子供が何人も見つかればね」
「なるほど。そうやって、継承していくのね」
「でもね、レミィ。忘れないで。何度だって言うわ」
パチュリーは、一呼吸置いて、手をテーブルの上に置く。
目をしっかり見て、はっきりと、言う。
「咲夜の代わりになれる子なんて、もう、いないのよ」
レミリアが息を呑んだのに続けて、パチュリーはさらに言葉をつむぐ。
「あれだけの能力、あれだけの心の強さ、知能、魅力を兼ね備えた稀有な人間が、悪魔の犬なんて言われながら、ただ私たちの家の世話をするためだけに何十年も忠実に働いてきたこと――それがどれほどの奇跡なのか、レミィはまだわかっていない」
図書館が長い沈黙に包まれた。
パチュリーは黙ってテーブルに視線を落としていた。レミリアは俯いて少し震えていた。
遠くで、かさ、と音がした。はっとレミリアが顔を上げる。
視界の端、ずっと遠くで、小悪魔が本の整理をしていた。レミリアはまた下を向く。
「パチェ……私は、咲夜に、酷いことをしたのかな……?」
レミリアが、細い声で言う。
「もし咲夜が、こんなところに縛られないで自由に生きていたら、もっと大きなことをやっていたのかな」
「……さあ。そうかもしれないし、逆に行き詰って惨めな人生になっていたかもしれない」
「でも、咲夜の才能は凄いんでしょ?」
「人間の生も、活動できる期間も、あまりに短いのよ。どんな素晴らしい才能も、生きる時代に合わなければ惨めな末路を迎えるだけ。……咲夜は、どっちだったかしらね。少なくとも、ここに来る前幸せだったとは思えないけど」
「……」
「レミィ。私は、あなたに悔いてほしいわけじゃない。咲夜に謝ってほしいわけじゃない。ただ事実を認識して、今までの奇跡に感謝しなければいけない」
はあ。パチュリーは一度ここで息を吐く。
顔を上げて、本棚を――じっと、どこか遠くを見る。
「あなたがそんなことで自信を失うのはよくないわね。咲夜のことを一番よく知っているのはあなたでしょう?」
「うん……」
「あなたから聞いたのよ。――初めて、咲夜がうちに来たとき。言ったんでしょう」
咲夜はレミリアの後ろを黙って付いてきて、これからここで生きていくこと、妖精メイドたちを主導してこの家を管理していくこと、そんな仕事の説明を静かに聴いていた。
何か質問は、とレミリアは問う。
咲夜は、表情を見せず、静かに呟いた。
「もう、誰も殺さなくていいの?」
目を丸くしたレミリアが、そうだ、と答えると、咲夜が表情を緩めたのを感じた。
「よかった」
「……忘れていたわ。咲夜、最初はそうだった」
「忘れてしまうほど、彼女は変わった」
「間違いないわ」
「少なくとも、私は咲夜は楽しそうにやっていたと思うけどね。――そのせいで、こんな始末になってしまうまで気付かなかったんだけど」
「うん……」
……はあ。
パチュリーは、もう一度、大きくため息をつく。
ぽん。レミリアの頭の上に手を置く。レミリアは目を細める。
「気になるなら、直接聞いてくればいいでしょう」
「あれ、咲夜?」
咲夜の部屋を覗いてみるが、そこに姿は見えない。
今の時間は、とりあえず部屋で待機しているはずだった。今、咲夜に与えている仕事は、主に技術を要する料理に関してメイドたちに指導を行うという1点だけに絞っている。そのため、ほとんどの時間は待機だ。
「むう」
あるいは、メイドたちからヘルプの要請でもあったのか。メイドたちはベテランも多く、仕事にはある程度慣れているはずだが、やはり妖精は妖精ということか、まだまだ咲夜なしに一人前の仕事ができる者はいないのが現実だった。
「仕方ないわねえ」
部屋の扉を閉めて、歩き出す。
メイドたちは、遠慮がなさすぎる。
紅魔館はとにかく広い。何も考えず歩いているだけで偶然出くわす可能性は、低い。
だが、レミリアはメイドに咲夜のことを聞いたりしなかった。レミリアが咲夜を探しているのだから、必ず会える。そういうふうになっている。
「ほら」
咲夜の後姿は、目立つ。
年老いてもなお、この紅魔館の中では――いや、人間すべての中でも、かなりの長身だった。
背だけの問題ではない。その存在感は、月日を追うごとに増していくように感じられた。一人の人間が年を重ねていく様を初めてまともに体感したレミリアは、老いるということがただ衰えるというだけではないことを知った。
「って」
ずい、ずい、と。
レミリアは、わざと気配を丸出しにして、足音を立てて咲夜に近づいていく。咲夜が振り返る。ぺこり、と頭を下げるのを確認する。
「何かお困りでしょうか、お嬢様」
「困ったときじゃないと咲夜は相手してくれないの?」
「いえ。お急ぎのように感じられましたので」
「ええ、ええ。困ってるわよ。言うことをきかないメイド長にね。何やってるのよ、咲夜」
「お掃除を。少々、カビの臭いが気になりまして」
「気になりましてじゃないわよ。そんなのはメイドにやらせればいいって言ってるじゃない」
「お嬢様、私もメイドですわ」
「だったら今すぐ解任してやる」
「あら……困りました」
本当に困ったような顔を見せる咲夜を見て、レミリアは勢いよくぶつけていた言葉を止める。
そして、はあぁ、と大きく息を吐いた。
レミリアは、咲夜の手からモップを奪い取って、壁に立てかける。咲夜の手をしっかりと掴んで、捕まえる。
「ったく、もう。医者の言っていたとおりだわ。あんたの病気は一生治らないわね。ワッパーボルタックってやつ」
「ワーカホリックです、お嬢様」
「ああそれそれ。働きすぎで体ボロボロになってるんだから、いい加減ちゃんと自分の体を労わりなさい」
「十分お休みはいただいてますわ。ただ……」
咲夜は、穏やかに微笑む。
「暇で」
「はん」
レミリアは咲夜の言葉を、鼻で笑う。
「たかが何ヶ月か。何百年の時を無職で過ごしてから言うことね」
「お嬢様、私は人間ですわ」
「知ってるわよ! ……ああ、うん、そうね。本当に知ったのは最近かもしれないわ。やっぱり咲夜は人間なんだって」
「失望されましたか」
「なんでよ。私はただ――」
ただ。
咲夜に強い口調でそこまで言って、私は何を言いたいのだろう、とレミリアは戸惑って言葉を止める。
咲夜は人間だった。
年を重ね、ゆるやかに姿を変えていく様子を見て、確かに人間だと実感したこともあった。それでもまだ、ぼんやりと思っていただけだった。
異変が起きて、医者に診てもらって、話を聞いたとき、本当に咲夜は人間なんだと――後悔の念とともに、実感させられた。そのときにはもう遅かった。
人間である咲夜をいかに人間らしくない環境にずっと置いていたことか。
もっとちゃんと理解していたら、嫌がってでも休日ももっと与え、もっと外で生きるようにさせることもできたはずだった。
咲夜を、病気にさせないようにできたはずだった。
「あ……」
黙りこんだレミリアの手に、咲夜はそっと手を重ねた。
ゆっくりと手の甲をそのまま撫でる。
「――お茶にいたしましょうか、お嬢様」
「……そうね。でも、咲夜じゃなくてメイドに淹れてもらうから」
「あら、残念です」
手を繋いだまま、この移動時間も楽しむように歩いて居間に向かう。
弱っているはずの咲夜の手は、それでもレミリアには力強く感じた。
かちゃ。
二人、合わせたように同じタイミングでカップを置く。
咲夜はふわりと微笑んだ。
「美味しいわ。上手くなったわね」
「あ、ありがとうございます、メイド長」
テーブルの側に控えていたメイドは、嬉しそうに表情を輝かせる。
「ふん、咲夜にはまだまだ及ばないわ」
レミリアの厳しい言葉に、う、とメイドは唸る。
ずず、とレミリアはもう一口、口をつけて、またカップを置く。
「ま、でも、まあまあね。いいわ、下がりなさい」
「失礼します」
咲夜の苦笑に見送られながら、メイドは頭を下げてゆっくりと去っていった。
二人とも静かに、言葉を交わすことなく、紅茶を味わう。
レミリアは最初は何を話しかけようか考えて迷っていたが、咲夜の落ち着きを見て、考えるのをやめた。今はゆっくりと流れる時間を楽しむときだ。
紅茶の味は、実際、悪くはなかった。咲夜の域に到達していないのは事実だったが、言うほど不満なわけでもない。私が贅沢になっただけね、とレミリアは認める。
一杯目を飲み干して、しばらく静寂が続いた後、先にレミリアが口を開いた。
「咲夜」
「はい」
返事は、素早く返ってきた。ただぼっとしていただけではなく、言葉を待っていたように。
「単刀直入に聞くから、素直に答えて」
「体重は秘密ですよ」
「う、それはそれでちょっと興味ある……いやいや、真面目な話なんだって」
「はい。どうぞ」
「むう」
……こほん。
仕切りなおしを表現するように、咳払いを一つ。
「咲夜……後悔、してること、ない? いや……後悔はおかしいわね。咲夜に選択権はなかったんだもの」
「後悔?」
「もう少し早く辞めればよかったとか、せめて一線から引きたかったとか、もっと言えば、私なんかに仕えるんじゃなかったとか、紅魔館に来るんじゃなかったとか――そう、ね。私が何を言ってるんだって話ね。全部、私が決めること。事実は私が咲夜を使い続けて、咲夜はそれに従ってくれていただけのこと」
「後悔なら、ありますわ」
はっきりとした返事が返ってきて、レミリアははっと顔を上げる。
咲夜は静かな顔をしている。
「今、十分にお嬢様のお役に立てないこと。もう少し、メイドたちを一人立ちさせるように教育すべきでした」
「……! 私のことはいいの! 今は咲夜の話をしているの。咲夜は私の使い方が荒かったせいで、私が要求しすぎたせいで、……こんなことになってしまったのよ」
「お嬢様、誤解なさらないでください」
咲夜の声はどこまでも落ち着いている。
「それは、私の問題なのです」
「わからないわ」
「構いません。私の体のことなら、人間ですから、いずれは不調だってくるものです」
「――今からでも。咲夜は人間に悪いこの環境から離れていいのよ。一番過ごしやすいところで、ゆっくりと療養すればいい。人間らしい世界で、人間らしく余生を過ごせばいい」
「私はもう、いてはいけませんか?」
「咲夜。私は咲夜のためを思って」
「でしたら」
レミリアの言葉を遮るように。
しかし決して強くは無い口調で、咲夜は言った。
「どうか、私をここに置いてください」
「咲夜……」
手が震える。
ぐ、と拳を握り締める。
「メイドの教育は、しっかり行っていきますから」
レミリアは、黙って立ち上がる。
そして、ポットを手にとって、咲夜のカップに紅茶を注ぐ。
「あ……」
「飲むでしょ?」
「はい、ありがとうございます。申し訳ございません」
レミリアは自分のカップにも一杯まで注いで、再び席に着く。
一口含む。少し温くなっている。
また、二人、沈黙する。
「――咲夜」
「はい」
「怒らないで、聞いて欲しい」
「はい」
「……咲夜が望むなら……健康な体も、若さも取り戻して、ずっとここで暮らしていくことができる、方法がある」
「お嬢様」
咲夜の反応は早かった。
寸分の迷いすら感じられない。
「私は、人間です。そして」
ことん。
半分くらい飲み干したカップを、置く。
「時は止まっても、決して戻りません」
「……っ、さくや……」
声が震える。
レミリアもカップを置く。両膝をテーブルについて、ぐ、と力を入れる。
「咲夜……ごめんね、ごめんね……ごめん……っ」
「お嬢様、何を謝られることがありましょう。私は今でも幸せです。――お嬢様にこんなにまで想っていただいて」
「さくや……でも、ごめんなさい、ごめんなさいっ……っく、私、私が」
咲夜の手が、レミリアの腕を掴む。
そして、腕をそっと撫で上げていくように指を動かしていって、やがて、手は髪に、頭の上にたどり着いた。
子供をあやす仕草、そのもので。咲夜はレミリアの頭を優しく撫でる。
「そうですね――今は、少し残念です」
手を頬まで降ろしていって、涙を指で拭う。
「きっと可愛らしいことでしょう、お嬢様の珍しい泣き顔を見ることができないのは」
「う、う、うぁ……ぁっ、咲夜ぁ……」
「はい。咲夜はここですよ」
咲夜はレミリアの体を引き寄せて、胸元で顔を抱きとめる。
レミリアの泣き声を聞きながら、咲夜はいつまでも静かに微笑んで髪を撫で続けた。
「ほんと、残念。あんたとは本気で戦ってみたかったわ」
「あら、妹様。ご機嫌麗しゅう。でも、痛いお遊びは勘弁ですわ」
「わかってるわよ。誰がどう見たって、今のあんたは戦える状況じゃない」
すた。
空を飛んでいたフランドールは、咲夜の目の前に足を下ろす。
咲夜と並ぶと、やはり親子ほどの――それ以上の身長差がある。
「お姉様が、面白い人間を連れてきたなんて言ってたときから、絶対戦ってみたいと思ってたのに」
「怖いですわ」
「何回だって襲い掛かろうと考えてたのよ。そしたらあいつ、本気で妨害してくるんだもん。私より弱いくせに、倒しきれないから邪魔で仕方なかったわ」
「お嬢様が……」
「よかったわね。可愛がられてて」
咲夜は、ただ微笑んで答える。
フランドールは、不満そうに頬を膨らませる。
「所詮は人間なのね。つまらないわ。初めて見たときのあんたは、ナイフみたいだったのに」
「ナイフ」
懐かしい単語を聞いたというように、咲夜が呟く。
「どうしてこんなに腑抜けちゃったのかしら。お姉様なんかと一緒にいたせいだわ」
「おかげさまで」
「何がよ」
あーあ、と大きな声で言うと、フランドールはもう興味を無くしたように、咲夜に背を向ける。
「妹様」
「んー?」
咲夜は、背中から声をかける。
「昔の私がナイフなら、今の私はなんでしょうか」
「んあ? あー……」
そんなことどうでもいいと言わんばかりの気の抜けた返事。
それでも、フランドールは立ち止まって、しばらく考えた。
一応、振り返ってから、答える。
「……スプーン」
少し。
少しの間を置いて。
咲夜は、腹を抱えて大きな声で笑った。
「な、なに、なによ」
「い、いえ、妹様、最高です。……すみません、取り乱してしまいました。あまりに素敵で」
「ふん。えーと……ばーか」
フランドールは、少し顔を赤くして、適当な捨て台詞とともに、今度こそ去っていった。
咲夜は、その姿が見えなくなるのを確認してから、もう一度、笑った。
「あら咲夜。図書館に姿を見せるなんて久しぶりじゃない」
「ご無沙汰しておりました、パチュリー様」
咲夜は少し手探りながらも、パチュリーとテーブルを挟んだ向かいにしっかりと立つ。
パチュリーは、読んでいた本をぱたと閉じる。
「お邪魔してしまいました、すみません」
「いいわ。この時間のほうが貴重だもの」
「ありがとうございます」
咲夜は、一度深く頭を下げる。今まであまり見せなかった動作だった。
「お嬢様と、私の後任について話をされたそうですね」
「したわね。あなたの代わりなんているとも思えないけど」
「私はそれほど、大層な人間ではありませんわ。ここに育てていただいたようなものです」
「……そう。あなたがそう思うなら、それでもいいわ」
テーブルの上に肘を突いて、パチュリーは咲夜をじっと見つめる。
「そのことなら、とりあえずはあなたはあまり考えなくていいわ。いずれ、レミィが候補を見つけてくるでしょう。そのときになったらまたあなたには苦労をしてもらうことになるけど」
「楽しみですわ」
「それにしても辛いわね。骨や筋肉が弱ってるだけなら私も似たようなものだけど、本が読めないなんて、想像するだけでぞっとするわ」
「パチュリー様にとっては本当に地獄かもしれませんね」
「まったく」
咲夜は微笑む。
パチュリーは苦笑を浮かべる。こうして目の前にすると、どうしてこのメイド長がこうまで平静なのか理解が難しかった。これだけの精神力を持っているからこそ紅魔館で長年の勤務に耐えられてきたということか。
「パチュリー様」
「何?」
「私の、ここでのメイドとしての点数は、いくらほどになりますか?」
パチュリーは、少し目を丸くする。
何故私に聞くのか、という思いが頭を過ぎるが、そういえば以前に咲夜を採点したことがあったな、と思い出す。
ならば答えてやらないと、と思う。
「94点」
くす、と咲夜が笑った――ように、パチュリーは感じた。
「あら、満点にはまだまだ届きませんでしたか」
「ここまでだけなら満点。でも、まだ大事な仕事が残っている。それができたらあと6点」
「後任教育ですね」
「いいえ。それもあるけど、もっとずっと大事なことがあるわ」
「え?」
パチュリーは真面目な声で続ける。
す、と咲夜に向かって、手を伸ばす。
「生きなさい。まだまだ、ずっと長く、生きなさい」
一度息を全て吐いて、大きく吸って。
「長生きしなさい。衰弱しきって自分で動けなくなっても、何も聞こえなくなっても、脳がまったく働かなくなっても、生き続けなさい。そんなあなたの世話をレミィにさせて、レミィがいかにあなたに助けられていたか、実感させてやりなさい。それが、あなたの最後の仕事」
「――」
「格好よく死ぬなんて、許さないわ」
咲夜は驚きで言葉に詰まっている。
その間にパチュリーは、必要なことを言い切った。
「――厳しいですね」
「私は、求める理想が高いの」
くす、と咲夜は笑う。
「ところで、そのときはパチュリー様は介護してくださらないのですか?」
「……私は力がないから」
「それは、残念です」
咲夜はもう一度、深く一礼をした。
「満点、取らせていただきます」
***
「ふう。さすがに空の散歩は堪えますわ」
正式な形として現場を退いてから、さらに何年も経っている。安静にしている分体の負担は軽くなっていたが、運動不足もあまりよくないということで、散歩は日課となっていた。
もちろん、一人で出るわけではない。レミリアが一緒だったり、メイドが一緒だったりした。
今日はたまたまの来客があったので、珍しい人物と行動を共にしていた。
「私からすれば、その年でここまで動けるのが信じがたいわ」
アリスは感服した声で言う。
これだから人間は凄い、と呟きを添えて。
散歩を終えた後は、メイドたちの教育の時間だった。
咲夜が台所にたどり着くと、競うようにメイドたちがわっと集まってくる。
「メイド長! 私、昨日ついに、飾り切りに成功しましたよー! すごく綺麗な花が咲きました」
「おめでとう。頑張っていたものね」
「きょ、今日は私に裁縫を教えてくれる番ですよね?」
「そうだったわね。あとで向かいましょう」
「咲夜さん、あの廊下のモップかけ、新記録ですよ! もう5分切るのも時間の問題です!」
「順調ね。まだまだ伸びるわ」
「――凄い人気だこと」
ここでまたアリスは呆れたように呟く。
「いや、昔から慕われていたと思うけどね。ここにきて、さらにカリスマ上げてきたんじゃない?」
「何も出来なくなった私だから、優しくしてくれてるのかもしれないわよ」
「まさか。ねえ、さっき帰ってきて門から入るときだって、驚いたわ。門番の子なんて、大真面目な顔で最敬礼よ。あなたにね」
「……見えないこと、わかっているでしょうに」
呆れたように言いながらも、口元は笑っている。
流れで、アリスも料理の準備を手伝うことにした。
「あなたが跡を継いでくれれば理想的なのにと、つくづく思うわ」
咲夜はメイドに指示を与えながら、隣で動くアリスに言う。
「私はあなたほど器用じゃないの」
「まさか」
「主に、精神的な部分でね」
吸血鬼は、妖怪からも、人間からも、疎まれる。
ならば、吸血鬼の召使となれば、条件は同じだった。少し違いがあるとすれば、勘違いした同情を得ることはあるかもしれない、という程度だ。
何より、やはり吸血鬼そのものが恐ろしい。例え友達だとしても、生き物の法則として、人間だろうと妖怪だろうと捕食対象なのだ。尋常な精神ではやっていけない。
「それに私は魔法使い。私には私の使命がある」
「わかってるわ。ますます強くなっているわね――感じるわ」
アリスは肩をぐ、と上げて、下ろす。
小さくため息を吐く。
「あなたが敵じゃなくてよかったわ。この状況になっても、なんだか隙があるようには見えない」
「買いかぶりすぎよ。私はもともと、戦うのは得意じゃないの」
「でも、少なくとも、戦いたくない、そう思わせる空気があった。それで十分だったのね」
じ、と。
アリスは、改めて咲夜の顔を見つめる。
咲夜も視線は感じるのか、首を小さく傾げた。
「――年を取った」
「改めて言われると、少しダメージがあるものね」
「だけど、変わらない。もしかすると、前より美しい」
「あら」
咲夜は口元を緩める。
「意外だったわ。あなたが熟女マニアだったなんて」
「なんでそういう話になるのよ!? ……って……ん、もう、そういうところも、変わらないんだから」
アリスも、つられて笑う。
料理の下ごしらえは終わりつつある。
「あら?」
とことことこ、と。
アリスの足元に、小さな人影が寄ってきた。
「咲夜、掃除終わった。次は何すればいい」
小さな少女だった。きつい目をしていると思ったが、口調も実に見た目どおりに素っ気の無いものだった。いや、そんなことより、とアリスは思う。
「お疲れ様。そうね、せっかくだからアリスの料理の腕前を見てもらいましょう。絶対勉強になるわよ」
「わかった」
じ。
少女はとことこと走って踏み台を持ってきて、アリスの隣に置いて、そこに立つ。そしてアリスを真横からじっと見つめる。
「……咲夜、この子は」
「将来のメイド長。と、お嬢様は期待してるわ。私もね」
「咲夜……え、あなた、独身よね?」
あはは、と咲夜は無邪気に笑う。
まるで子供のように。
「メイドたちと同じことを言うのね。私の子供じゃないわ。お嬢様がつれてこられたの。私のときと同じようにね」
「――いや、だって、そりゃあなた」
まじまじと、少女を見つめる。
少女は、じっとアリスを見つめ返す。
アリスは、頭を抱える。
「あなたの目が見えないからって、やってくれるものだわ。似すぎよ、これ。どれだけ『厳選』してきたんだか」
「お嬢様も、私が見えないことをちゃんと考慮してらっしゃるのなら、成長したものだと思うわ」
「何が」
「だって、そうでしょう」
そこにいる少女の姿が見えているかのように、咲夜は少女に微笑みかける。
「自分の若い頃の姿なんて見たら、嫉妬してしまうじゃない」
「料理しないの? 待ってるんだけど」
少女が急かす。
アリスはため息をつく。
「見た目以外のところも似ればよかったのに。こんな尖ってて、やっていけるのかしら」
「尖ってる、ね。ナイフみたい?」
「ええ、そうね」
「それなら大丈夫よ」
少女はアリスの包丁さばきを、じーっと集中して眺める。
時折、それは何をしている、とやはり偉そうな口調で尋ねてくるので、アリスはしぶしぶながら答える。
咲夜は、少女の頭を静かに撫でながら、自信に満ちた声で、言った。
「将来は、立派なスプーンおばさんになってくれそうだから」
「人間は、面倒。どんな力があっても全力を出せるのは一瞬しかない。本当、手が掛かる」
時計台の頂点に腰掛けて、レミリアは満月を見上げる。
自分の姿は変わらない。夜空に浮かぶ月も変わらない。この先もきっと、変わらない。
その間に、人間は生まれ、生きて、老いて、死んでいく。
『おはようございます、お嬢様』
『お気に召しましたか、お嬢様』
『今日は日差しが強いので気をつけてくださいませ、お嬢様』
『おやすみなさいませ、お嬢様……』
「一期一会」
冷たい風を体に浴びる。
こうしている間も、時は流れる。
「ありがとう、咲夜」
月の側で、小さな星が煌いた。
レミリアは目を閉じて、風を感じて、手を胸に当てた。
「ありがとう」
飛び立ったときに舞ったほこりに咳き込む。
しばらくなかった体験だった。これからはちょっと大人しく地面を蹴ったほうがいいかもしれない、とレミリアは思う。そんなことを考えてから、一人、寂しげに笑う。
「変なの。昔はこんなの平気だったのに」
むしろ、古く歴史のある洋館という雰囲気を構成する要素として、歓迎していた。
だから、昔から雇っている妖精メイドが掃除一つまともにできなくても、まあこんなものだろうと特に気にしていなかった。
演出的にはそれでよかった。汚れも格を上げるものだと思っていた。
「昔は昔、ね」
今や紅魔館はすっかり普通の生活の場となっている。いざこうなってみると、非常に快適だった。長い間そうだった状態に戻るだけだ、などと自分に言い聞かせてみても、それでも今のほうがいいと自分で答えることになる。これまでレミリアが過ごしてきた生の一割にも満たないこの期間に、価値観はすっかり書き換えられていた。
何も完璧な状態をまた求めるわけではない。ただ、せっかくこれまで維持できていた環境が崩れていくのをただ見過ごすわけにもいかなかった。それは、レミリアにとって不愉快だというだけでなく、咲夜に対する裏切りのようにも思われた。
早く咲夜の後継者を見つけなければ。今、それが緊急の課題だった。
「妖怪にも人間にも、咲夜の代わりができる存在なんて期待しないほうがいいわ」
パチュリーの返事は簡潔で、その内容は非情なものだった。
咲夜ほどの戦闘能力を持ち、また、あらゆる家事を完璧にこなす、そんな者は――あるいは、探せば見つかるかもしれない。
だが最大の問題は、紅魔館という環境で従順に働いてくれる者であること、という条件が加わることだった。妖精たちや人造の生命であれば、後者はあまり問題ないかもしれないが、肝心の能力のほうが問題になる。
悪魔を召喚して従わせるという選択もないではない。図書館で働く小悪魔のように。だが、咲夜の代わりを本気で考えるならば相当に上位の悪魔でなければ勤まらないだろう。それを従わせるのはレミリアであっても容易ではない。
「となれば結局、条件を満たせる可能性が一番高いのは人間ではあるのよ。存在自体がもっとも柔軟だから」
「でも人間は弱いわ。また……その。咲夜みたいになっちゃう」
「弱いんじゃなくて、私たちにとって住みやすい環境が人間にとっては有害なだけよ。人間が生きていくには日光と十分な栄養が必要なの。私たちは咲夜にそれを十分に与えてこなかった」
「……うん。そうね」
反省は、している。後悔もしている。
決して人間だからダメだったのだ、などとレミリアも思ってはいない。咲夜があまりに優秀すぎて、頼りきりになってしまっていたことが問題だった。いわば、管理責任の問題だ。
「私も人を責められた立場じゃないけどね」
パチュリーは、苦々しい顔で、少し歯を食いしばりながら言う。
「次はもうこんな失敗は繰り返さない」
「うん。絶対」
「まあ、次なんて言っても、さっきも言ったとおり、人材を見つけるのも大変だと思うけど」
「咲夜の能力が稀有なものなら、咲夜に子供を産んでもらうのが一番いいのかしら」
何気なく言った言葉に、パチュリーは眉をひそめる。
一度口を開いて、言葉を止めて、閉じて。レミリアを半目で睨みつける。
「馬鹿ね。レミィ、人間との付き合いは長いはずじゃないの? 何もわかってないわ」
「……何がよ」
「まず単純な問題として、今の咲夜の年齢で出産するのは極めて危険なのよ、もう。まして体が弱りすぎている。咲夜はおろか、子供も無事ではすまない可能性が高いと思いなさい」
「う……」
「それに、自分の都合のためだけにいきなり子供を作りなさいだなんて――まあ、そうね、人間の歴史ではよくあることだけど。私は気に入らないわ」
「……わ、わかったわ、悪かったわ。その方向性は無理なのね」
パチュリーの気迫に押されて、冷や汗を流す。
「そうね。一番現実的なのは、素質があって、まだ世界に染まっていない子供を拾ってくること。そして、咲夜に徹底的に教育させること」
「やっぱり、人間になるのね」
「ええ。育て方次第でなんとでも変わるのが人間だから。何人か拾ってくれば、上手くいけば、それなりに引き継いでくれるでしょう。……都合よく、捨てられた子供が何人も見つかればね」
「なるほど。そうやって、継承していくのね」
「でもね、レミィ。忘れないで。何度だって言うわ」
パチュリーは、一呼吸置いて、手をテーブルの上に置く。
目をしっかり見て、はっきりと、言う。
「咲夜の代わりになれる子なんて、もう、いないのよ」
レミリアが息を呑んだのに続けて、パチュリーはさらに言葉をつむぐ。
「あれだけの能力、あれだけの心の強さ、知能、魅力を兼ね備えた稀有な人間が、悪魔の犬なんて言われながら、ただ私たちの家の世話をするためだけに何十年も忠実に働いてきたこと――それがどれほどの奇跡なのか、レミィはまだわかっていない」
図書館が長い沈黙に包まれた。
パチュリーは黙ってテーブルに視線を落としていた。レミリアは俯いて少し震えていた。
遠くで、かさ、と音がした。はっとレミリアが顔を上げる。
視界の端、ずっと遠くで、小悪魔が本の整理をしていた。レミリアはまた下を向く。
「パチェ……私は、咲夜に、酷いことをしたのかな……?」
レミリアが、細い声で言う。
「もし咲夜が、こんなところに縛られないで自由に生きていたら、もっと大きなことをやっていたのかな」
「……さあ。そうかもしれないし、逆に行き詰って惨めな人生になっていたかもしれない」
「でも、咲夜の才能は凄いんでしょ?」
「人間の生も、活動できる期間も、あまりに短いのよ。どんな素晴らしい才能も、生きる時代に合わなければ惨めな末路を迎えるだけ。……咲夜は、どっちだったかしらね。少なくとも、ここに来る前幸せだったとは思えないけど」
「……」
「レミィ。私は、あなたに悔いてほしいわけじゃない。咲夜に謝ってほしいわけじゃない。ただ事実を認識して、今までの奇跡に感謝しなければいけない」
はあ。パチュリーは一度ここで息を吐く。
顔を上げて、本棚を――じっと、どこか遠くを見る。
「あなたがそんなことで自信を失うのはよくないわね。咲夜のことを一番よく知っているのはあなたでしょう?」
「うん……」
「あなたから聞いたのよ。――初めて、咲夜がうちに来たとき。言ったんでしょう」
咲夜はレミリアの後ろを黙って付いてきて、これからここで生きていくこと、妖精メイドたちを主導してこの家を管理していくこと、そんな仕事の説明を静かに聴いていた。
何か質問は、とレミリアは問う。
咲夜は、表情を見せず、静かに呟いた。
「もう、誰も殺さなくていいの?」
目を丸くしたレミリアが、そうだ、と答えると、咲夜が表情を緩めたのを感じた。
「よかった」
「……忘れていたわ。咲夜、最初はそうだった」
「忘れてしまうほど、彼女は変わった」
「間違いないわ」
「少なくとも、私は咲夜は楽しそうにやっていたと思うけどね。――そのせいで、こんな始末になってしまうまで気付かなかったんだけど」
「うん……」
……はあ。
パチュリーは、もう一度、大きくため息をつく。
ぽん。レミリアの頭の上に手を置く。レミリアは目を細める。
「気になるなら、直接聞いてくればいいでしょう」
「あれ、咲夜?」
咲夜の部屋を覗いてみるが、そこに姿は見えない。
今の時間は、とりあえず部屋で待機しているはずだった。今、咲夜に与えている仕事は、主に技術を要する料理に関してメイドたちに指導を行うという1点だけに絞っている。そのため、ほとんどの時間は待機だ。
「むう」
あるいは、メイドたちからヘルプの要請でもあったのか。メイドたちはベテランも多く、仕事にはある程度慣れているはずだが、やはり妖精は妖精ということか、まだまだ咲夜なしに一人前の仕事ができる者はいないのが現実だった。
「仕方ないわねえ」
部屋の扉を閉めて、歩き出す。
メイドたちは、遠慮がなさすぎる。
紅魔館はとにかく広い。何も考えず歩いているだけで偶然出くわす可能性は、低い。
だが、レミリアはメイドに咲夜のことを聞いたりしなかった。レミリアが咲夜を探しているのだから、必ず会える。そういうふうになっている。
「ほら」
咲夜の後姿は、目立つ。
年老いてもなお、この紅魔館の中では――いや、人間すべての中でも、かなりの長身だった。
背だけの問題ではない。その存在感は、月日を追うごとに増していくように感じられた。一人の人間が年を重ねていく様を初めてまともに体感したレミリアは、老いるということがただ衰えるというだけではないことを知った。
「って」
ずい、ずい、と。
レミリアは、わざと気配を丸出しにして、足音を立てて咲夜に近づいていく。咲夜が振り返る。ぺこり、と頭を下げるのを確認する。
「何かお困りでしょうか、お嬢様」
「困ったときじゃないと咲夜は相手してくれないの?」
「いえ。お急ぎのように感じられましたので」
「ええ、ええ。困ってるわよ。言うことをきかないメイド長にね。何やってるのよ、咲夜」
「お掃除を。少々、カビの臭いが気になりまして」
「気になりましてじゃないわよ。そんなのはメイドにやらせればいいって言ってるじゃない」
「お嬢様、私もメイドですわ」
「だったら今すぐ解任してやる」
「あら……困りました」
本当に困ったような顔を見せる咲夜を見て、レミリアは勢いよくぶつけていた言葉を止める。
そして、はあぁ、と大きく息を吐いた。
レミリアは、咲夜の手からモップを奪い取って、壁に立てかける。咲夜の手をしっかりと掴んで、捕まえる。
「ったく、もう。医者の言っていたとおりだわ。あんたの病気は一生治らないわね。ワッパーボルタックってやつ」
「ワーカホリックです、お嬢様」
「ああそれそれ。働きすぎで体ボロボロになってるんだから、いい加減ちゃんと自分の体を労わりなさい」
「十分お休みはいただいてますわ。ただ……」
咲夜は、穏やかに微笑む。
「暇で」
「はん」
レミリアは咲夜の言葉を、鼻で笑う。
「たかが何ヶ月か。何百年の時を無職で過ごしてから言うことね」
「お嬢様、私は人間ですわ」
「知ってるわよ! ……ああ、うん、そうね。本当に知ったのは最近かもしれないわ。やっぱり咲夜は人間なんだって」
「失望されましたか」
「なんでよ。私はただ――」
ただ。
咲夜に強い口調でそこまで言って、私は何を言いたいのだろう、とレミリアは戸惑って言葉を止める。
咲夜は人間だった。
年を重ね、ゆるやかに姿を変えていく様子を見て、確かに人間だと実感したこともあった。それでもまだ、ぼんやりと思っていただけだった。
異変が起きて、医者に診てもらって、話を聞いたとき、本当に咲夜は人間なんだと――後悔の念とともに、実感させられた。そのときにはもう遅かった。
人間である咲夜をいかに人間らしくない環境にずっと置いていたことか。
もっとちゃんと理解していたら、嫌がってでも休日ももっと与え、もっと外で生きるようにさせることもできたはずだった。
咲夜を、病気にさせないようにできたはずだった。
「あ……」
黙りこんだレミリアの手に、咲夜はそっと手を重ねた。
ゆっくりと手の甲をそのまま撫でる。
「――お茶にいたしましょうか、お嬢様」
「……そうね。でも、咲夜じゃなくてメイドに淹れてもらうから」
「あら、残念です」
手を繋いだまま、この移動時間も楽しむように歩いて居間に向かう。
弱っているはずの咲夜の手は、それでもレミリアには力強く感じた。
かちゃ。
二人、合わせたように同じタイミングでカップを置く。
咲夜はふわりと微笑んだ。
「美味しいわ。上手くなったわね」
「あ、ありがとうございます、メイド長」
テーブルの側に控えていたメイドは、嬉しそうに表情を輝かせる。
「ふん、咲夜にはまだまだ及ばないわ」
レミリアの厳しい言葉に、う、とメイドは唸る。
ずず、とレミリアはもう一口、口をつけて、またカップを置く。
「ま、でも、まあまあね。いいわ、下がりなさい」
「失礼します」
咲夜の苦笑に見送られながら、メイドは頭を下げてゆっくりと去っていった。
二人とも静かに、言葉を交わすことなく、紅茶を味わう。
レミリアは最初は何を話しかけようか考えて迷っていたが、咲夜の落ち着きを見て、考えるのをやめた。今はゆっくりと流れる時間を楽しむときだ。
紅茶の味は、実際、悪くはなかった。咲夜の域に到達していないのは事実だったが、言うほど不満なわけでもない。私が贅沢になっただけね、とレミリアは認める。
一杯目を飲み干して、しばらく静寂が続いた後、先にレミリアが口を開いた。
「咲夜」
「はい」
返事は、素早く返ってきた。ただぼっとしていただけではなく、言葉を待っていたように。
「単刀直入に聞くから、素直に答えて」
「体重は秘密ですよ」
「う、それはそれでちょっと興味ある……いやいや、真面目な話なんだって」
「はい。どうぞ」
「むう」
……こほん。
仕切りなおしを表現するように、咳払いを一つ。
「咲夜……後悔、してること、ない? いや……後悔はおかしいわね。咲夜に選択権はなかったんだもの」
「後悔?」
「もう少し早く辞めればよかったとか、せめて一線から引きたかったとか、もっと言えば、私なんかに仕えるんじゃなかったとか、紅魔館に来るんじゃなかったとか――そう、ね。私が何を言ってるんだって話ね。全部、私が決めること。事実は私が咲夜を使い続けて、咲夜はそれに従ってくれていただけのこと」
「後悔なら、ありますわ」
はっきりとした返事が返ってきて、レミリアははっと顔を上げる。
咲夜は静かな顔をしている。
「今、十分にお嬢様のお役に立てないこと。もう少し、メイドたちを一人立ちさせるように教育すべきでした」
「……! 私のことはいいの! 今は咲夜の話をしているの。咲夜は私の使い方が荒かったせいで、私が要求しすぎたせいで、……こんなことになってしまったのよ」
「お嬢様、誤解なさらないでください」
咲夜の声はどこまでも落ち着いている。
「それは、私の問題なのです」
「わからないわ」
「構いません。私の体のことなら、人間ですから、いずれは不調だってくるものです」
「――今からでも。咲夜は人間に悪いこの環境から離れていいのよ。一番過ごしやすいところで、ゆっくりと療養すればいい。人間らしい世界で、人間らしく余生を過ごせばいい」
「私はもう、いてはいけませんか?」
「咲夜。私は咲夜のためを思って」
「でしたら」
レミリアの言葉を遮るように。
しかし決して強くは無い口調で、咲夜は言った。
「どうか、私をここに置いてください」
「咲夜……」
手が震える。
ぐ、と拳を握り締める。
「メイドの教育は、しっかり行っていきますから」
レミリアは、黙って立ち上がる。
そして、ポットを手にとって、咲夜のカップに紅茶を注ぐ。
「あ……」
「飲むでしょ?」
「はい、ありがとうございます。申し訳ございません」
レミリアは自分のカップにも一杯まで注いで、再び席に着く。
一口含む。少し温くなっている。
また、二人、沈黙する。
「――咲夜」
「はい」
「怒らないで、聞いて欲しい」
「はい」
「……咲夜が望むなら……健康な体も、若さも取り戻して、ずっとここで暮らしていくことができる、方法がある」
「お嬢様」
咲夜の反応は早かった。
寸分の迷いすら感じられない。
「私は、人間です。そして」
ことん。
半分くらい飲み干したカップを、置く。
「時は止まっても、決して戻りません」
「……っ、さくや……」
声が震える。
レミリアもカップを置く。両膝をテーブルについて、ぐ、と力を入れる。
「咲夜……ごめんね、ごめんね……ごめん……っ」
「お嬢様、何を謝られることがありましょう。私は今でも幸せです。――お嬢様にこんなにまで想っていただいて」
「さくや……でも、ごめんなさい、ごめんなさいっ……っく、私、私が」
咲夜の手が、レミリアの腕を掴む。
そして、腕をそっと撫で上げていくように指を動かしていって、やがて、手は髪に、頭の上にたどり着いた。
子供をあやす仕草、そのもので。咲夜はレミリアの頭を優しく撫でる。
「そうですね――今は、少し残念です」
手を頬まで降ろしていって、涙を指で拭う。
「きっと可愛らしいことでしょう、お嬢様の珍しい泣き顔を見ることができないのは」
「う、う、うぁ……ぁっ、咲夜ぁ……」
「はい。咲夜はここですよ」
咲夜はレミリアの体を引き寄せて、胸元で顔を抱きとめる。
レミリアの泣き声を聞きながら、咲夜はいつまでも静かに微笑んで髪を撫で続けた。
「ほんと、残念。あんたとは本気で戦ってみたかったわ」
「あら、妹様。ご機嫌麗しゅう。でも、痛いお遊びは勘弁ですわ」
「わかってるわよ。誰がどう見たって、今のあんたは戦える状況じゃない」
すた。
空を飛んでいたフランドールは、咲夜の目の前に足を下ろす。
咲夜と並ぶと、やはり親子ほどの――それ以上の身長差がある。
「お姉様が、面白い人間を連れてきたなんて言ってたときから、絶対戦ってみたいと思ってたのに」
「怖いですわ」
「何回だって襲い掛かろうと考えてたのよ。そしたらあいつ、本気で妨害してくるんだもん。私より弱いくせに、倒しきれないから邪魔で仕方なかったわ」
「お嬢様が……」
「よかったわね。可愛がられてて」
咲夜は、ただ微笑んで答える。
フランドールは、不満そうに頬を膨らませる。
「所詮は人間なのね。つまらないわ。初めて見たときのあんたは、ナイフみたいだったのに」
「ナイフ」
懐かしい単語を聞いたというように、咲夜が呟く。
「どうしてこんなに腑抜けちゃったのかしら。お姉様なんかと一緒にいたせいだわ」
「おかげさまで」
「何がよ」
あーあ、と大きな声で言うと、フランドールはもう興味を無くしたように、咲夜に背を向ける。
「妹様」
「んー?」
咲夜は、背中から声をかける。
「昔の私がナイフなら、今の私はなんでしょうか」
「んあ? あー……」
そんなことどうでもいいと言わんばかりの気の抜けた返事。
それでも、フランドールは立ち止まって、しばらく考えた。
一応、振り返ってから、答える。
「……スプーン」
少し。
少しの間を置いて。
咲夜は、腹を抱えて大きな声で笑った。
「な、なに、なによ」
「い、いえ、妹様、最高です。……すみません、取り乱してしまいました。あまりに素敵で」
「ふん。えーと……ばーか」
フランドールは、少し顔を赤くして、適当な捨て台詞とともに、今度こそ去っていった。
咲夜は、その姿が見えなくなるのを確認してから、もう一度、笑った。
「あら咲夜。図書館に姿を見せるなんて久しぶりじゃない」
「ご無沙汰しておりました、パチュリー様」
咲夜は少し手探りながらも、パチュリーとテーブルを挟んだ向かいにしっかりと立つ。
パチュリーは、読んでいた本をぱたと閉じる。
「お邪魔してしまいました、すみません」
「いいわ。この時間のほうが貴重だもの」
「ありがとうございます」
咲夜は、一度深く頭を下げる。今まであまり見せなかった動作だった。
「お嬢様と、私の後任について話をされたそうですね」
「したわね。あなたの代わりなんているとも思えないけど」
「私はそれほど、大層な人間ではありませんわ。ここに育てていただいたようなものです」
「……そう。あなたがそう思うなら、それでもいいわ」
テーブルの上に肘を突いて、パチュリーは咲夜をじっと見つめる。
「そのことなら、とりあえずはあなたはあまり考えなくていいわ。いずれ、レミィが候補を見つけてくるでしょう。そのときになったらまたあなたには苦労をしてもらうことになるけど」
「楽しみですわ」
「それにしても辛いわね。骨や筋肉が弱ってるだけなら私も似たようなものだけど、本が読めないなんて、想像するだけでぞっとするわ」
「パチュリー様にとっては本当に地獄かもしれませんね」
「まったく」
咲夜は微笑む。
パチュリーは苦笑を浮かべる。こうして目の前にすると、どうしてこのメイド長がこうまで平静なのか理解が難しかった。これだけの精神力を持っているからこそ紅魔館で長年の勤務に耐えられてきたということか。
「パチュリー様」
「何?」
「私の、ここでのメイドとしての点数は、いくらほどになりますか?」
パチュリーは、少し目を丸くする。
何故私に聞くのか、という思いが頭を過ぎるが、そういえば以前に咲夜を採点したことがあったな、と思い出す。
ならば答えてやらないと、と思う。
「94点」
くす、と咲夜が笑った――ように、パチュリーは感じた。
「あら、満点にはまだまだ届きませんでしたか」
「ここまでだけなら満点。でも、まだ大事な仕事が残っている。それができたらあと6点」
「後任教育ですね」
「いいえ。それもあるけど、もっとずっと大事なことがあるわ」
「え?」
パチュリーは真面目な声で続ける。
す、と咲夜に向かって、手を伸ばす。
「生きなさい。まだまだ、ずっと長く、生きなさい」
一度息を全て吐いて、大きく吸って。
「長生きしなさい。衰弱しきって自分で動けなくなっても、何も聞こえなくなっても、脳がまったく働かなくなっても、生き続けなさい。そんなあなたの世話をレミィにさせて、レミィがいかにあなたに助けられていたか、実感させてやりなさい。それが、あなたの最後の仕事」
「――」
「格好よく死ぬなんて、許さないわ」
咲夜は驚きで言葉に詰まっている。
その間にパチュリーは、必要なことを言い切った。
「――厳しいですね」
「私は、求める理想が高いの」
くす、と咲夜は笑う。
「ところで、そのときはパチュリー様は介護してくださらないのですか?」
「……私は力がないから」
「それは、残念です」
咲夜はもう一度、深く一礼をした。
「満点、取らせていただきます」
***
「ふう。さすがに空の散歩は堪えますわ」
正式な形として現場を退いてから、さらに何年も経っている。安静にしている分体の負担は軽くなっていたが、運動不足もあまりよくないということで、散歩は日課となっていた。
もちろん、一人で出るわけではない。レミリアが一緒だったり、メイドが一緒だったりした。
今日はたまたまの来客があったので、珍しい人物と行動を共にしていた。
「私からすれば、その年でここまで動けるのが信じがたいわ」
アリスは感服した声で言う。
これだから人間は凄い、と呟きを添えて。
散歩を終えた後は、メイドたちの教育の時間だった。
咲夜が台所にたどり着くと、競うようにメイドたちがわっと集まってくる。
「メイド長! 私、昨日ついに、飾り切りに成功しましたよー! すごく綺麗な花が咲きました」
「おめでとう。頑張っていたものね」
「きょ、今日は私に裁縫を教えてくれる番ですよね?」
「そうだったわね。あとで向かいましょう」
「咲夜さん、あの廊下のモップかけ、新記録ですよ! もう5分切るのも時間の問題です!」
「順調ね。まだまだ伸びるわ」
「――凄い人気だこと」
ここでまたアリスは呆れたように呟く。
「いや、昔から慕われていたと思うけどね。ここにきて、さらにカリスマ上げてきたんじゃない?」
「何も出来なくなった私だから、優しくしてくれてるのかもしれないわよ」
「まさか。ねえ、さっき帰ってきて門から入るときだって、驚いたわ。門番の子なんて、大真面目な顔で最敬礼よ。あなたにね」
「……見えないこと、わかっているでしょうに」
呆れたように言いながらも、口元は笑っている。
流れで、アリスも料理の準備を手伝うことにした。
「あなたが跡を継いでくれれば理想的なのにと、つくづく思うわ」
咲夜はメイドに指示を与えながら、隣で動くアリスに言う。
「私はあなたほど器用じゃないの」
「まさか」
「主に、精神的な部分でね」
吸血鬼は、妖怪からも、人間からも、疎まれる。
ならば、吸血鬼の召使となれば、条件は同じだった。少し違いがあるとすれば、勘違いした同情を得ることはあるかもしれない、という程度だ。
何より、やはり吸血鬼そのものが恐ろしい。例え友達だとしても、生き物の法則として、人間だろうと妖怪だろうと捕食対象なのだ。尋常な精神ではやっていけない。
「それに私は魔法使い。私には私の使命がある」
「わかってるわ。ますます強くなっているわね――感じるわ」
アリスは肩をぐ、と上げて、下ろす。
小さくため息を吐く。
「あなたが敵じゃなくてよかったわ。この状況になっても、なんだか隙があるようには見えない」
「買いかぶりすぎよ。私はもともと、戦うのは得意じゃないの」
「でも、少なくとも、戦いたくない、そう思わせる空気があった。それで十分だったのね」
じ、と。
アリスは、改めて咲夜の顔を見つめる。
咲夜も視線は感じるのか、首を小さく傾げた。
「――年を取った」
「改めて言われると、少しダメージがあるものね」
「だけど、変わらない。もしかすると、前より美しい」
「あら」
咲夜は口元を緩める。
「意外だったわ。あなたが熟女マニアだったなんて」
「なんでそういう話になるのよ!? ……って……ん、もう、そういうところも、変わらないんだから」
アリスも、つられて笑う。
料理の下ごしらえは終わりつつある。
「あら?」
とことことこ、と。
アリスの足元に、小さな人影が寄ってきた。
「咲夜、掃除終わった。次は何すればいい」
小さな少女だった。きつい目をしていると思ったが、口調も実に見た目どおりに素っ気の無いものだった。いや、そんなことより、とアリスは思う。
「お疲れ様。そうね、せっかくだからアリスの料理の腕前を見てもらいましょう。絶対勉強になるわよ」
「わかった」
じ。
少女はとことこと走って踏み台を持ってきて、アリスの隣に置いて、そこに立つ。そしてアリスを真横からじっと見つめる。
「……咲夜、この子は」
「将来のメイド長。と、お嬢様は期待してるわ。私もね」
「咲夜……え、あなた、独身よね?」
あはは、と咲夜は無邪気に笑う。
まるで子供のように。
「メイドたちと同じことを言うのね。私の子供じゃないわ。お嬢様がつれてこられたの。私のときと同じようにね」
「――いや、だって、そりゃあなた」
まじまじと、少女を見つめる。
少女は、じっとアリスを見つめ返す。
アリスは、頭を抱える。
「あなたの目が見えないからって、やってくれるものだわ。似すぎよ、これ。どれだけ『厳選』してきたんだか」
「お嬢様も、私が見えないことをちゃんと考慮してらっしゃるのなら、成長したものだと思うわ」
「何が」
「だって、そうでしょう」
そこにいる少女の姿が見えているかのように、咲夜は少女に微笑みかける。
「自分の若い頃の姿なんて見たら、嫉妬してしまうじゃない」
「料理しないの? 待ってるんだけど」
少女が急かす。
アリスはため息をつく。
「見た目以外のところも似ればよかったのに。こんな尖ってて、やっていけるのかしら」
「尖ってる、ね。ナイフみたい?」
「ええ、そうね」
「それなら大丈夫よ」
少女はアリスの包丁さばきを、じーっと集中して眺める。
時折、それは何をしている、とやはり偉そうな口調で尋ねてくるので、アリスはしぶしぶながら答える。
咲夜は、少女の頭を静かに撫でながら、自信に満ちた声で、言った。
「将来は、立派なスプーンおばさんになってくれそうだから」
「人間は、面倒。どんな力があっても全力を出せるのは一瞬しかない。本当、手が掛かる」
時計台の頂点に腰掛けて、レミリアは満月を見上げる。
自分の姿は変わらない。夜空に浮かぶ月も変わらない。この先もきっと、変わらない。
その間に、人間は生まれ、生きて、老いて、死んでいく。
『おはようございます、お嬢様』
『お気に召しましたか、お嬢様』
『今日は日差しが強いので気をつけてくださいませ、お嬢様』
『おやすみなさいませ、お嬢様……』
「一期一会」
冷たい風を体に浴びる。
こうしている間も、時は流れる。
「ありがとう、咲夜」
月の側で、小さな星が煌いた。
レミリアは目を閉じて、風を感じて、手を胸に当てた。
「ありがとう」
見えないことも、とても悲しい。本当に辛い。
言葉に出来ないことが色々ありますが、言えるのはこれだけです。
咲夜さんカッコいいよ、と良いお話をありがとうございました、ということだけですせ。
そしてこの悪魔と魔女はほんとうに優しいなあ。
それとも「門番の子」がそうなのかな?
だとしたら・・・・・・不憫や
いえ何を言えば良いのか分らなかったもので。
私的にはパチュリーがかっこいい
取れるといいね・゚・(ノД`)・゚・
電車内で読んだんだが涙ぐんで大変だった。
しかし、出来ればパチュリーには96点満点の採点をして貰いたかった。
まさかそのネタくるとは思わなんだww
そんな咲夜さんですね。
しかし、年を取っても瀟洒な人だなあ……
それで咲夜さん笑ってたのかw
どうか、こうして次の世代へ受け継がれてると良いですね…
数ある咲夜さんの未来系話のなかでも、特別好きなお話になりました。
こんないいお話をありがとう。