ぐいぐいと霊夢の背中を私の背中で押す。不機嫌そうなため息が聞こえてきた。
それを無視して、体重を全て預けてやる。
「……ねえ、文」
「なんでしょう?」
「重いんだけど」
「失礼ですね」
「何がよ」
女性に重いは失礼だと思う。
苛立ったような声は怒ってはいるんだろうけれど、何もされないので現状維持。
霊夢はこういうとこ甘々だから私みたいな妖怪に付け込まれるのだ。
「お茶が飲めないじゃない」
「なら、私にそのお茶下さい」
「やらん。……あんたは何考えてんのよ」
「強いて言うなら、霊夢の背中あったかいなあとかですかね」
「ああ、うん。ありがとう?」
何がありがとうなのやら。
でも、いきなりそんなこと言われたら私もそんなことしか返せないかなあ。
そんなことをぼんやりと考えて、背中を預けたままあくびを一つ。
「眠いの?」
「んー、少し? 昨日は記事書いたりしてましたからねぇ」
「あっそう。なら来なきゃいいのに」
「いや、ここに来るのは私も結構楽しみだったりするんですよ」
「ふーん」
本格的に眠くなってきた。人のいるところでここまで強烈な眠気に襲われたことはあったかな。
取り留めのない思考をまとめつつ、霊夢の言葉に相槌を打つ。
「お願いだから、私の背中で寝ないでよ」
「善処します。頑張ります」
「適当な返事だなあ」
しかも、ほぼ寝ること前提の答えだし。
そうつぶやいた霊夢の声が遠いような近いような、変な感覚。
そう言いつつも背中を貸し続けてくれるのだからやっぱり甘々だ。
「あー、そんなんだから霊夢が好きなんだなあ。ああ、そっか」
うんうんと頷く。背中が揺れた。
霊夢が何か言ってるけどもうそろそろ眠気が限界だ。聞こえない。
「それじゃ、ちょっと寝ますんで。夕方くらいに起こしてくださいね」
後ろの起きろとでも言っているのだろう声を無視して私は瞼を落とした。
――――――――――
「どうしろってのよ」
こいつ、言うだけ言って寝やがった。
いや、相当眠そうだったから無意識だったのだろう。いつもの取材口調じゃなかったし。
もしや地底の方の妹の仕業か。あれ、でも無意識で言うってことはそう思ってるってことで?
――あれ?
混乱してきた。落ち着け私。そもそも、こいつはよく遊びに来るだけの妖怪だったはずだ。
位置付け的には紫やら萃香やらレミリアやらとそう変わらない。
あいつらもよく冗談めかして好き好き言ってくるけどそこまで気にしたことないし。
そういえばこいつからは好きって言われたことないなあ。そういうのはあんまり口にしない奴だ。
だから動揺するのか。たぶんそうだ。そうに違いない。
「うぅん……」
「ひゃうっ!?」
寝苦しいのか、背中の奴がもぞりと動く。
そりゃこんな体勢じゃ寝にくいわよね。ああ、びっくりした。
つーか何だその、妙にあれな声は。色っぽいっていうか艶っぽいっていうか。
うう、なんか頬が熱くなってきた。何で私が照れなきゃいけないのよ。
惚れた腫れたには興味はないのに。そういうのは魔理沙にでも任せておけばいいんだ。
そもそも好きだの愛してるだのっていうのは、一時の気の迷いなんだから。
落ち着くために深呼吸してみるけれど、動くたびに背中に意識がいって落ち着けない。
じんわりと伝わる熱と、微かな寝息。時々、聞こえる声。
そんなことには集中してるくせに、うまく頭が回らない。
くそう。人の背中で気持ち良さそうに寝やがって。いっそのこと私も寝てしまいたい。
こんな状況じゃ眠れる気がしないけど。
「……早く起きなさいよ」
ぽつりとつぶやく。
単なる気の迷いなんだから起きてきたこいつの軽口でも聞いてれば忘れるはずだ。
でも今起きられたら起きられたで困る。赤い顔とか対応とか。
人前で寝るような奴じゃなかったくせに。あれか。何もされないとか思ってるのか。
「文のばか」
とりあえず落ち着くことが1番先だ。
大体、何とも思ってなかったんだから、慌てる方がおかしいんだ。
今は昼前。指定された夕方まではまだ大分時間があった。
……起こす時は針で起こしてやるんだから。
――――――――――
「ふあ、よく寝た」
ん、と伸びをする。座ったまま寝てたせいかちょっぴり体が痛かった。
人前で寝たのってかなり久しぶりだなあ。霊夢だし、心配はしなくていいだろうけど。
「背中、ありがとうございました」
お礼を言いつつ振り返る。その先にはかなり不機嫌そうな霊夢。
眉を寄せてまるで拗ねたような表情でそっぽを向いている。
「あやややや、なぜにそんな不機嫌な表情を?」
「うるさい。刺して起こそうとしてたのに」
「そんな物騒なこと考えてたんですか……」
背中で気持ち良く寝られたらそりゃ腹立つかもしれないけど。
寝てすぐに無理矢理起こせばよかったのに。
「まだ夕方にはなってないわよ」
「そうなんですか? 思ったより寝てなかったなあ」
「で、寝言で人の名前呼ぶとか、どんな夢見てたのよ」
「夢、ですか。覚えてないですね。名前呼んだんなら霊夢が出てたんじゃないですか?」
「勝手に人の夢を見るな」
理不尽な。どんな夢を見ようと私の勝手だ。
まあ、そんなの口にしたら刺されるだろうから言わないけれど。
それにしても、どうしてこうも不機嫌なのだろう。
ぽり、と頬をかいてみる。それらしい原因は思い当たらなかった。
「私は何か変な寝言でも言いましたか?」
起きてる時に覚えがないのなら、寝てる時にしか有り得ない。
名前を呼んでるのを聞かれた訳だし。妙なことでも口走ったのだろうか。
「別に。名前呼ばれてそれっきりだったけど」
「そうですか……」
何も言っていないらしい。寝る前までは普通だった気がしたんだけど。
いつもは直截的な言い方をしてくる霊夢が回りくどいのも気になるし。
もしかしたらそこまで怒らせることをしちゃったのか、私は。
目の端に映る霊夢はそわそわとしていてどこか上の空だった。
そして気になることが一つ。
「何でさっきからこっちをちらちらと見てくるんですか」
「え? 見てないわよ?」
「見てましたよ。明らかに挙動不審な感じで」
首を傾げながら訊くと、あーとかうーとか言いながらどもりだす。
見たことないような表情だなあ。なかなか新鮮で可愛いかもしれない。
普段は超然としているけれど、こういう表情をしていると年相応の女の子に見える。
「……何笑ってんのよ」
「可愛いなあと思いまして」
「な」
おお、赤くなった。これは本気で可愛いかもしれない。
写真に撮っちゃおうかな。絶対怒られるだろうな。止めておこう。
今の霊夢は何が原因で爆発するか分からないし。綱渡り気味な会話だった。
「あんたは、そういうのを、すぐ、口にするな!」
「何を今更。いつも言ってるじゃないですか」
「そうだけど! その――」
「まどろっこしいですね。熱でもあるんじゃないですか?」
「ないわよ! とにかく言うな。分かった?」
「はあ。分かりました」
そこまで言うなら言わないけど。禁止されると言いたくなる自分もいたりして。
ああでも、今やったら死亡フラグだよなあ。痛いのは嫌だ。
そんなくだらないことを考えていると、霊夢がため息をついた。
ため息吐きたいのはこっちだと思いながら表情を伺ってみる。なぜか私が睨まれていた。
「ええと、何ですか?」
「寝る前に言ってたの、覚えてる?」
「へ? 寝る前ですか……起こしてとしか言ってなかったような」
「その前なんだけど」
「んー……? 寝るなって言われて、頑張りますって」
「……覚えてないか」
露骨にがっかりされた。あれ、私は何か重要なことを言ってたのか?
大したことは考えてなかった気がするけれど。
「私のことが何だのって言ったじゃない」
「え? あー?」
「だから、私のことを……」
落ち着かない様子で視線をあちこちにさ迷わせながら、何かをもごもごとつぶやいている。
うーん、ちょっぴりいらいらしてきたなあ。
霊夢が口ごもるなんて天変地異が起こるんじゃなかろうか。
「うー、えっと。その」
「ああもう。私は何を言ったんですか」
このままじゃ永遠と平行線な気がしたので発言を促してやる。
正直、私は我慢強い方じゃないから、限界でもあったのだけれど。
「――文が、私のこと好きとかなんとか」
ようやく言葉を搾り出した霊夢の顔は、真っ赤だった。
ぽつりとつぶやかれた一言は小さかったけれど、聞こえなかった訳ではない。
それでも、返事が出来なかった。
ぽかんとした私の表情はきっと間抜けなものだろう。
「どうなのよ」
「あ、ええ。はい。確かにそんなことは考えてましたけど」
やっとのことでそう答える。私はそんな恥ずかしいことを口走ったのか。
寝る直前の相手にそんなこと言われたらそりゃ慌てるっていうか、動揺するよなあ。
「で、本当に私のこと好きなの?」
「は?」
一体何を言っているのやら。
固まった私に、霊夢はいいから答える、と有無を言わせない表情で急かしてくる。
「まあ、嫌いな相手の前で寝たりはしませんが」
「………………」
ああ、なんかすごく睨まれてる。
「好きか嫌いか、どっちかで」
「……好きです」
なんだか説教されてる気分になってきた。思わず正座をしてしまいそう。
答えを聞いた霊夢がよし、と答えて私から目を逸らした。
もし、今のを嫌いって答えてたらどうなったんだろう。
十中八九デッドエンドと知りながら疼いてしまう私の好奇心。
「あー、で、私は考えたのよ」
「へ? 何を?」
どうでもいいことを考えてたら、反応が遅れてしまった。
ちょっぴり赤い顔をした霊夢がすうはあと深呼吸をして。
「私も文のこと好きなのかなあとかなんとか」
「………………はい?」
余計なことなんて考えてなかったのに、反応出来なかった。
今日は固まったりなんだりが多い日だなあ。
現実逃避でもしなきゃ平静を保てる気がしない。
「だって他の奴に言われても何とも思わなかったし。少なくとも嫌いじゃないし」
「はあ……」
これは喜んでいいのかな。
まあ、私は霊夢を好いてるのだからいいのかもしれないが。
頭は急展開についていけてないのだ。
このままでは過重な労働でオーバーヒートしてしまう。
「というわけで、付き合って」
「どこにでしょう」
殴られてしまった。針やお札じゃなかったのは良心か、取り出す間が惜しかったのか。
いや、殴られるのも相応に痛いけれど。
「あんた、分かって言ってるの?」
「半々くらいですかね」
「半分も分かってるなら告白にくらいちゃんと答えなさいよ!」
ああ、やっぱり告白だったんだ今の。
……あれがかあ。確かに普通の告白は霊夢の性格的に無理そうだけど。これはひどい。
「で、はいなの? いいえなの?」
「はい。はいはい」
「……やっぱり気の迷いかなあ」
「何がですか?」
「こっちの話よ」
気にはなるけどまあいいや。
今はそんなことに気を取られていたら爆発してしまう。
「それで、付き合うのはいいんですけど」
「うん?」
「恋人って具体的に何をしたらいいんですか」
驚いたような表情の霊夢。
予想外だとか、言いたそうだ。
「知らないの?」
「む、霊夢は知ってるんですか」
「知らないわよ。色恋沙汰には詳しくないし」
「私だって詳しくないですよ」
「あんたそういうの慣れてそうだけど」
「……何でみんなそういう勘違いをするんですかね」
「あ、え? 何? まさか本当に?」
「こんな嘘ついてどうするんですか。恋人なんか、出来たことありませんよ」
「………………!」
声にならないくらい本気で驚かれちゃうと流石に傷付くかも。
私はそんなにあれな風に見えるのか。霊夢の勘が間違うのなら見えるんだろうなあ。
「ごめん。私あんたのこと誤解してた」
「付き合って数秒で誤解ですか……先が思いやられるなあ」
「拗ねないでよ」
「いいですよ。もう気にしませんとも、ええ」
霊夢は何を言っても無駄だと思ったのか、とりあえずと話題を切り替えた。
困ったように笑いながら私の手を取って。
「飲む?」
「……いきなりですね」
「こういうのは勢いなのよ。たぶん」
「反対はしませんけど。それで、この手には何の意味が?」
「雰囲気よ、雰囲気。一々聞くな」
あたたかいからいいけど、少し気恥ずかしい。
霊夢に連れられて台所へ移動する。準備はめんどいから離してくれてもいいんだけど、と思ってみた。
― ― ― ― ―
酔いが回った頃にでも、もう一度好きと言ってやろう。
あやれいむはいいなぁ
一番大好きな組み合わせです。
あぁ可愛いなぁもう!
すごい甘くていいお話でした。もっと評価されるべきだと思います