今日は良いことが起こる予感がしたわ。
だから咲夜にカプチーノを頼んでみたら「お慕い申し上げております(はぁと)」とすごく流暢な草書体で書き上げられた。
見なかったことにして混ぜましょう。
顔を上げてみると、フランがカフェオレをジッと見つめながら難しい顔をしていた。
気になるけれど、何かすごく聞きたくない。
だが、姉として、肉親として、困っている妹に声を掛けないわけにはいかない。これは責務なのだ。
「えっと、フラン。どうしたの?」
「………」
カフェオレとの睨めっこは終わらない。
責務は果たした。私はホッと胸を撫で下ろし、カプチーノを見ることにした。
「……お姉様」
責務が残業していた。
「……何かしら」
少し恐い。妹が何を言い出すのか、判ってるようで判らないから恐い。
「あのね。子供を作るのって、儀式かと思ってたんだけど、なんかちょっと違うみたいなの」
「……へぇ。どこで教わったのかしら?」
また本かっ。パチェなのかっ。パチェなのかっ。くそう、あのSめ。私を困らせて楽しんでいるに違いない。私の味方は今背後に控えている咲夜しかいないのかっ。
「さっき咲夜に聞いた」
咲夜お前もかっ!?
くっ、咲夜めっ、意外に細かいじゃない!
あなたは教育係じゃないのよ。そして、喩え教育をするのならもっと別のことを教えてあげて欲しいのよ。
そう、まだフランに月曜日四時間目の保健体育を教える必要はないわ。必要なのは土曜日一時間目の道徳なのよ。
「お嬢様。既に土曜日の午前授業はほぼ幻想となっております」
「……馬鹿な」
戦慄した。これが時代というものなのか。
と、それはさておいて。
「なるほど。的確なツッコミだわ。でもね、咲夜」
「はい?」
「あなたはさとりではないでしょ。心を覗かないように」
「これは失礼しました」
「全く。確かにあなたの名前をアナグラムすると古明地さとりにはなるけれど」
「えっと……お嬢様、Mが足りません」
「律儀に確認するのは止めなさい」
「失礼しました」
咲夜は一歩下がって私の後に控える。
「それで。どう習ったのかしら?」
「んとね」
妹は天井を見上げ、言われた言葉を思い出していく。
「愛し合う二人が抱き締め合って肌を重ねてキスをすると、その愛の結晶として」
「キャベツから子供が出てくる」
待てや!
「お姉様! 私、どうしてそこでキャベツが生えてきて、中に子供が誕生するのか知りたいの!」
「えっと、あのね」
信じちゃう純粋さは喜ばしくも尊いけれど、まずは落ち着け妹よ。
嫌でしょう、家庭菜園での生命誕生。
そもそも外に庭のない家庭はどうするのよ。家庭内にごろりと転がるキャベツから子供が出てきたらそれはホラーと呼ぶのよ。
「ちょっと咲夜こっち来なさい」
「はい」
瀟洒なメイドはすぐに来た。
ボソボソ声で話し掛ける。
「なんでそこでキャベツが出てくるのよ」
「あ、申し訳ありません。もう少し暈かした方が良かったでしょうか」
「もう暈かすも何も」
……もう少し暈かす?
「ねぇ、咲夜。あなた、子供の作り方知ってる?」
「え? ですから、キャベツから」
本気だった!?
「あ、あなた、それ誰から聞いたの?」
「母と父に」
「そうなの」
……ビックリした。咲夜の頭がここまで幻想郷だったなんて。ある意味瀟洒だわ。
「ありがとう、下がって良いわ」
「はい」
少し下がる咲夜。
ふとカプチーノに視線をやる。
ひぃ!?
カプチーノに「お慕い申し上げております(はぁと)」の文字が復活していた。
結構恐かった。
「こほん。フラン」
「はい」
色々と仕切り直す。
「私もあなたも、そして咲夜もパチェも美鈴も、誰も子を持っていないわ。だから、正確なそれを知ることは出来ないのよ」
「え? 美鈴は昔子供産んだって云ってたよ」
マジで!?
「……初耳だわ。でも、美鈴が子供を抱いている場面は想像に難くない」
脳裏に浮かぶ美鈴。優しい笑顔で子をあやし、乳を与える図。
なんて微笑ましい光景なのか。
「フラン。やっぱり乳は大事よ」
「夢も希望もないこと云わないでよ」
「だから私の胸を見て絶望するのはお止めなさい」
失礼な。
「じゃあ美鈴に訊いてくる」
「待つのよフラン」
多分教えて良いものかと美鈴が困るからまぁ待ちなさい。
「ねぇ、フラン。実は云わなければならないことがあるの」
「何かしらお姉様?」
「あのね」
軽く深呼吸。
「実は私は、あなたの姉ではないのよ」
「ええええええええ!?」
本気の驚きが心地好い。
「あなたの母なの」
「ええええええええ!?」
無論嘘だけど。
「お、お姉様が、お母様……?」
「今まで黙っていて悪かったわね」
と、フランは椅子から立ち上がり駆け寄ってくる。
「お母様!」
「フラン!」
……おや? これ良い。すごく良い。
ひしっと抱き合う私たち。ぽかんとしてる咲夜。真に受けたな。
そのまま私とフランは、長い数分間抱き合っていた。
「お姉様……」
あ、戻った。
「嘘でしょ?」
「バレたか」
しかし、今ようやく気付いた様で、それを恥じているのか、フランの顔は真っ赤になっていた。
「でも、今の良かったわ。だから、まだ少しお母様って呼んで」
「なに云ってるのよ……お姉様の馬鹿」
「フラン」
悪いことをしたかもしれない。そう思って妹の頭を撫でる。
すると、フランは一層強く私に抱きついた。
「……お母様」
顔を私の胸に埋めながらボソリと。
あぁ、やばい、死ぬ!
想像以上にキツい幸福感が腹の中で暴れていた。
「フラン。ありがとう」
「ううん、いいの。でも」
フランが服に額を擦りつける。
「もう少し、お母様でいて」
「……えぇ、いつだって」
……そっか。子供が欲しかったのも、甘えたかったからなのかな。
その後、妹はドッと疲れてしまった様で、私の部屋で眠らせた。
「ふぅ。まだまだ子供ね」
寝顔を見て思う。
「お姉様……」
「ん? まだ起きてるの?」
声を掛けてみるが、返事はない。
「寝言か」
そっと頬を撫でる。
今日はこれからどうしようか。そう一瞬だけ悩んでから、次の瞬間には行動を決めた。
「仕方ないわね」
もぞもぞと寝台に乗っかる。
「一緒に寝ましょう。フラン」
フランの横で、私もゆっくり目を閉じる。
そっと、フランが私の手を握った気がした。
いい。実にいい。
咲夜さんも超可愛い(はぁと)
・・・・そして深く考えると美鈴、色々と経験してるんだな・・・・(遠い目