紅魔館、地下室。
ぎぃ、と扉が開いて、気の抜けた声が響く。
「おいすー」
「まいど」
どこからともなく現れたこいしに、フランドールはどべっとソファに寝そべったまま挨拶を返した。
「ぐだってるねえ」
「夏バテしたの」
「吸血鬼も夏バテするの? というかここ外より涼しいはずだけど」
「ぐだらぐだら」
「どうでもいいけど服着たら? 下着見られちゃうよ」
「こいし以外は突然入ってこないもん」
「それじゃだめじゃん。私が見ちゃうじゃん」
「別にこいしには見られてもいいし」
「いや、私が困るから」
こいしは帽子を脱いで扉脇の帽子掛けに掛ける。以前はなかったものだ。あの瀟洒なお姉さんが用意したのかな? とこいしは思った。
「まあいいや、あのね」
こいしはおもむろに肩掛けかばんから箱を取り出した。
「お姉ちゃんがアイス作ってくれたんだけど、食べる?」
「食べる食べるー!」
フランドールはがばっと身を起こすと俄然元気になってこいしのもとに飛んだ。
二人で甘いバニラをつつきつつ、他愛もない談笑を続ける。
そんな中、ふと、こいしが問いかけた。
「そういえばさー」
「うーんー?」
スプーンを咥えたままフランドールが相槌を打つ。
私より年上なのにロリっぽい仕草が似合うなあ、と思いつつこいしは続けた。
「フランってお姉さんのことお姉様って呼ぶよね」
「うん」
「なんで、お姉ちゃんのほうがよくない?」
「うん?」
フランドールはスプーンを咥えたまま首をかしげる。
そして、笑う。
「キャハハハ、なんでー? お姉様はお姉様でしょう?」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょう」
ざっくりとアイスの雪原をえぐって、口に入れながらこいしは話す。
「お姉様って、なんか遠慮してるって言うか、遠い気がする」
「ふーん」
フランドールはなおもニマニマ笑いを引っ込めなかったが、その目が少し細められた。
「お姉様はお姉様よ。私はずっと昔からそう呼んでるもん」
「私だって昔からお姉ちゃんって呼んでるよ。たぶん、生まれたときから」
「こいしは生まれた時代が遅いのよ。だからそんな幼い呼び方しかできないんだ」
「えー、それって逆に古くてはやらない呼び方ってことじゃない」
パチリ、と空中で見えない火花が散る。
始めにフランドールが、つられてこいしが、すっと立ち上がった。
「お姉様の方が正しいもん! ずっと気高くて気品のある呼び方だもんっ!」
「お姉ちゃんの方がいいっ! やさしくて温かくて、気軽に話しかけられるし!」
バチバチと二人で火花を散らす。両者睨み合ったまま一歩も引かない。
「ふむん、ちょっとこいしには教育が必要みたいだね。どれくらいお姉様っていう呼び方が美しいか、きっちり仕込んであげる」
「フランこそ、もういいかげんそんな呼び方やめたら? お姉ちゃんの方が、きっとあのお姉さんも喜ぶと思うな」
「どうしてそんなことわかるの! 私はお姉様のこと大好きだし愛してるし尊敬してるの! だからお姉様って心をこめて呼ぶの!」
「私だってお姉ちゃんのこと大好きだし尊敬してるもん! 私がお姉ちゃん、って呼べば、『お帰りなさい』っていつでも家に入れてくれるから」
「うーーー」
「ぬ~~~」
フランドールもこいしも、お互いに顔を突き合わせて威嚇するようにうなる。
やがて、二人同時に息を吸い込み、叫んだ。
「絶対お姉様! お姉様ったらお姉様!」
「絶対絶対お姉ちゃん!」
「そんなのの何がいいのよ! 妹として恥ずかしくないの!」
「なんだってこのわからすや!」
二人はそのうちにぽかぽかと喧嘩を始めた。弾幕勝負をするほどではないが、お互いに譲れないものがある。
涼しい地下室で、あーだこーだと二人は熱い激論を交わした。
三時間後。
「はあはあ……、どうやら、決着は着かないみたいね」
「はあはあ……うん、さすが、500年近くも妹はやってないね。フランの、意地も、少しわかったよ」
お互い息をついて休憩を取る。
すー、はー。
大きく深呼吸。
「はあ、しかたないなあ。こいし、ここはひとまず休戦にして、明日また決着をつけない?」
「うん、さっきからずっと平行線だったしね」
始め呼び方の違いを語り合っていたのからお互いの姉についてに話が移り、やがてはただの姉自慢合戦になっていた。
ちなみに、姉自慢合戦が二時間半かかっている。
「じゃ、また明日来るよ。その時決着つけよ」
「ふん、けちょんけちょんにしてあげるわ」
帽子を取って、帰る準備をするこいしに、フランドールは不敵に笑った。
「あーー! アイス!」
「やだっ、溶けちゃってるっ!」
二人は慌てて、咲夜に冷やしてくれるよう頼みに行った。
数時間後
こいしが帰った後、フランドールはしばらく部屋のベッドでぼんやりしていた。
「お姉ちゃんかあ……」
なんとなく、呟いて、言葉を舌の上で転がす。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……。うーん、こいしがあんなに言うほどいいものなのかしら」
首をかしげ、なおもお姉ちゃん……、と呟く。
やがて、ぽん、と弾みをつけて起き上がった。
「うん、お姉様に試しに言ってみようかな。そうすればわかることだわ」
地下室の扉を開けて、フランドールは姉の部屋を目指す。
「お姉様ーー」
レミリアは自室で寛いでいた。咲夜に淹れさせた紅茶を飲みながら、優雅に椅子に腰掛けている。
そこへ、唐突にノックの音が響いた。
「あら、誰かしら。咲夜?」
「えっと、私だよ」
「あらフラン」
「その、入ってもいいかな」
「ええ」
姉の返事に、恐る恐るといった感じで部屋に入るフランドール。
その様子にレミリアは首をかしげた。
「どうしたの、フラン。なんだか変よ」
「えっと……そのね」
顔を赤らめてしばらくもじもじするフランに、レミリアはさらに首をかしげた。
やがて、意を決したようにフランドールは顔を上げた。
「あの、ね」
「うん」
「……お姉ちゃん」
「は?」
レミリアは首をかしげたまま固まった。
フランドールが何を言ったのかわからなかった。
「…………」
「えっと、どうしたのお姉ちゃん」
「ふ、フラン?」
レミリアは混乱している。
え、ちょ、ちょ、どういうこと、フランが急に私の呼び方変えて何これ反抗期? いやでもお姉ちゃんっていい響きだよなあ嫌われてたら呼ばれないよなあ
「ねえ、おねえちゃん」
ああ、そんなお姉ちゃんおねえちゃんって連呼しないで今私すごいテンパってるからフランのかわいらしい唇からお姉ちゃんって甘くささやかれたら私わたしわたわた………
「げふあ」
「ちょ、お姉ちゃん、血! 血! 何で吐血したの!」
「あら私としたことが」
「早く拭かないと二つの名の意味が変わっちゃうよ」
きれいに口元をぬぐい、服も整えて、レミリアは改めてフランに向き直った。
「それで、どうしたのフラン」
「あのね、お姉ちゃん」
「なあに? お姉ちゃんが何でも教えてあげる」
「え? お姉様キャラ変わってない?」
「違う! お姉ちゃん!」
レミリアは立ち上がって力強く叫んだ。
「今の私はフランのお姉ちゃん!」
「わ、わかったから落ち着いて」
戸惑うフランドールに制されて、ようやくレミリアは座る。
「ねえ、フラン。もう一回お姉ちゃんって呼んでくれる?」
「いいけど……お姉ちゃん」
「はうっ! ……も、もう一回」
「お姉ちゃん」
「はあっ!」
「おねえちゃん」
「きゃうんっ!」
赤い顔でメロメロになるレミリア。
「ふう……ありがとうフラン、堪能したわ。これで今月の妹分の摂取は完了よ」
「なにその栄養素みたいなの」
「お姉ちゃんはね、月に一定の量の妹分を摂取しないと死んでしまうの」
もはやノリノリでフランドールに語るレミリア。
姉の機嫌の劇的な変化に、フランドールは「お姉ちゃん」の持つ力への驚きを隠せなかった。
「ねえフラン、たまには一緒に寝ましょう?」
「え? お姉様どうしたの?」
「ちーがーうー!」
「……お姉ちゃんどうしたの?」
「何が? 別に妹と一緒に寝るのは姉として当然のことでしょう」
うきうきと目を輝かせる姉にフランドールはあきれ気味に言った。
「まあ、嬉しいからいいけどさ……」
「そうよね。ほら、あなたも着替えてきなさい」
「はあい」
ぱたぱたと足音を立ててフランドールはレミリアの部屋を出て行く。
その途中、しぶしぶながらフランドールも認めざるを得なかった。
『「お姉ちゃん」もなかなかいいなあ……』
地霊殿。
その主の居室で、かつての異変以来の衝撃的事件が起きていた。
「ただいま。お姉……さま……」
こいしが目をそらし顔を赤らめて、さとりに帰宅を告げていた。
さとりは思わず持っていたティーカップを取り落とす。
しかし陶器が床に当たって砕け散る音も、さとりの耳には届いていなかった。
「…………」
「あの、どうしたの? お姉様。私、何か変かな」
普段の冷静な表情が、さらに能面のように白く固まっていく中でこいしは戸惑い、姉に声をかける。
「…………こいし」
「うん」
「ごめんなさい!!」
「え、なにが?」
さとりはいきなり頭を下げた。
「私があなたの放浪癖にかまけて最近よく見ていなかったことは事実でした。あなたにそんな反抗の態度をとらせるほど傷つけたのもきっと事実でしょう。ただお願いだから最後に頼むのはせめてどんな私の行動があなたをそこまで怒らせたのか説明してほし―――」
「ちょ、ちょっと待って待ってお姉ちゃん! ストップストップ。私怒ってるとか、すねてこんな態度とっているとかじゃないから」
「……………違うのですか?」
「違う違う。今のは、なんていうか、その、ためしに呼んでみただけだよ」
「はあ、それなら良いのです」
大きく息をつくさとり。こいしも小さく胸をなでおろす。
「まったく、心臓に悪いですよこいし」
「お姉ちゃんだって動揺しすぎだよ」
「だって、突然お姉様だなんて、てっきり脱お姉ちゃん宣言かと」
それはそうだろうなとこいしは思った。自分でも、言っててむずがゆくなるセリフだったのだ。こんな恥ずかしいことをよくフランは毎日言えると思う。
「うん、ごめんね、お姉ちゃん。もういきなり呼ばないよ」
「ええ」
やっぱりお姉様はダメだ。こいしは再確認した。一言でこんなにお姉ちゃんを動揺させてしまう。やっぱりお姉さまはよそよそしい呼び名なのだ。明日フランに言ってやろう……。
「今日はどうでしたか、こいし」
「うん、アイス美味しかったよ。ありがとう」
「それは良かった」
ようやくさとりはやわらかく笑む。姉の笑顔を見ることができて、こいしも幸せな気持ちになった。
「じゃあまた後でね、お姉ちゃん」
「ああ、ちょっと待ちなさいこいし」
姉に呼び止められて、こいしは足を止める。
さとりは、なぜかもじもじしていた。
「その、もう呼ばないなら、最後にもう一回いいですか?」
「なにが?」
「えっと、その……さっきの、お姉様というのをです」
照れたように顔を赤くしながらさとりはこいしのほうを覗い見る。
「別にいいけど、もう呼んじゃだめじゃなかったの?」
「その、先程のようにいきなりでなければ……大丈夫です」
指をつつき合わせて目をそらしながらさとりは言う。
「うん、お姉ちゃんがいいならいいよ。……えっとね」
こいしは小さく息を溜めた。
「……お姉様」
「はうっ!」
さとりは何かに殴られたかのように空中をきりきりと舞う。
「……その、お姉ちゃん、恥ずかしいんだけど」
「もう一度! もう一度だけ!」
「うん……、お姉様」
「はあんっ!」
「おねぇさまぁ」
「きゃうんっ!」
全身を赤く染め身悶えるさとり。
遠くから見るとくねくねと奇妙な踊りをしているように見える。
「お、お姉様、大丈夫?」
「ふう……堪能しました。私はもう大丈夫ですこいし」
さとりはさわやかに妹に笑いかけた。
「さあ、夕食にしましょう。今日はお姉ちゃんがんばりますから」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
こいしは最後までわけがわからなかったが。姉が幸せそうならいいか、とそう思うことにした。
後日。
こいしとフランドールは紅魔館の地下室で再会した。
「えっと、ね、こいし」
「うん」
「その、お姉ちゃんってのも、なかなか悪くないね」
「うん、お姉様って言うのも、恥ずかしかったけど悪くはなかったよ」
「呼び方もいろいろあるけどそれぞれいいとこあるんだよね」
「うん、楽しかった」
二人でクスクスと笑いあう。
「ねえこいし、これからも同じ妹仲間としてよろしくね」
「うん! 姉好きとしてね」
二人はやわらかく手を握り合い、いつまでも小さく笑い続けた。
(おわり)
ぎぃ、と扉が開いて、気の抜けた声が響く。
「おいすー」
「まいど」
どこからともなく現れたこいしに、フランドールはどべっとソファに寝そべったまま挨拶を返した。
「ぐだってるねえ」
「夏バテしたの」
「吸血鬼も夏バテするの? というかここ外より涼しいはずだけど」
「ぐだらぐだら」
「どうでもいいけど服着たら? 下着見られちゃうよ」
「こいし以外は突然入ってこないもん」
「それじゃだめじゃん。私が見ちゃうじゃん」
「別にこいしには見られてもいいし」
「いや、私が困るから」
こいしは帽子を脱いで扉脇の帽子掛けに掛ける。以前はなかったものだ。あの瀟洒なお姉さんが用意したのかな? とこいしは思った。
「まあいいや、あのね」
こいしはおもむろに肩掛けかばんから箱を取り出した。
「お姉ちゃんがアイス作ってくれたんだけど、食べる?」
「食べる食べるー!」
フランドールはがばっと身を起こすと俄然元気になってこいしのもとに飛んだ。
二人で甘いバニラをつつきつつ、他愛もない談笑を続ける。
そんな中、ふと、こいしが問いかけた。
「そういえばさー」
「うーんー?」
スプーンを咥えたままフランドールが相槌を打つ。
私より年上なのにロリっぽい仕草が似合うなあ、と思いつつこいしは続けた。
「フランってお姉さんのことお姉様って呼ぶよね」
「うん」
「なんで、お姉ちゃんのほうがよくない?」
「うん?」
フランドールはスプーンを咥えたまま首をかしげる。
そして、笑う。
「キャハハハ、なんでー? お姉様はお姉様でしょう?」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょう」
ざっくりとアイスの雪原をえぐって、口に入れながらこいしは話す。
「お姉様って、なんか遠慮してるって言うか、遠い気がする」
「ふーん」
フランドールはなおもニマニマ笑いを引っ込めなかったが、その目が少し細められた。
「お姉様はお姉様よ。私はずっと昔からそう呼んでるもん」
「私だって昔からお姉ちゃんって呼んでるよ。たぶん、生まれたときから」
「こいしは生まれた時代が遅いのよ。だからそんな幼い呼び方しかできないんだ」
「えー、それって逆に古くてはやらない呼び方ってことじゃない」
パチリ、と空中で見えない火花が散る。
始めにフランドールが、つられてこいしが、すっと立ち上がった。
「お姉様の方が正しいもん! ずっと気高くて気品のある呼び方だもんっ!」
「お姉ちゃんの方がいいっ! やさしくて温かくて、気軽に話しかけられるし!」
バチバチと二人で火花を散らす。両者睨み合ったまま一歩も引かない。
「ふむん、ちょっとこいしには教育が必要みたいだね。どれくらいお姉様っていう呼び方が美しいか、きっちり仕込んであげる」
「フランこそ、もういいかげんそんな呼び方やめたら? お姉ちゃんの方が、きっとあのお姉さんも喜ぶと思うな」
「どうしてそんなことわかるの! 私はお姉様のこと大好きだし愛してるし尊敬してるの! だからお姉様って心をこめて呼ぶの!」
「私だってお姉ちゃんのこと大好きだし尊敬してるもん! 私がお姉ちゃん、って呼べば、『お帰りなさい』っていつでも家に入れてくれるから」
「うーーー」
「ぬ~~~」
フランドールもこいしも、お互いに顔を突き合わせて威嚇するようにうなる。
やがて、二人同時に息を吸い込み、叫んだ。
「絶対お姉様! お姉様ったらお姉様!」
「絶対絶対お姉ちゃん!」
「そんなのの何がいいのよ! 妹として恥ずかしくないの!」
「なんだってこのわからすや!」
二人はそのうちにぽかぽかと喧嘩を始めた。弾幕勝負をするほどではないが、お互いに譲れないものがある。
涼しい地下室で、あーだこーだと二人は熱い激論を交わした。
三時間後。
「はあはあ……、どうやら、決着は着かないみたいね」
「はあはあ……うん、さすが、500年近くも妹はやってないね。フランの、意地も、少しわかったよ」
お互い息をついて休憩を取る。
すー、はー。
大きく深呼吸。
「はあ、しかたないなあ。こいし、ここはひとまず休戦にして、明日また決着をつけない?」
「うん、さっきからずっと平行線だったしね」
始め呼び方の違いを語り合っていたのからお互いの姉についてに話が移り、やがてはただの姉自慢合戦になっていた。
ちなみに、姉自慢合戦が二時間半かかっている。
「じゃ、また明日来るよ。その時決着つけよ」
「ふん、けちょんけちょんにしてあげるわ」
帽子を取って、帰る準備をするこいしに、フランドールは不敵に笑った。
「あーー! アイス!」
「やだっ、溶けちゃってるっ!」
二人は慌てて、咲夜に冷やしてくれるよう頼みに行った。
数時間後
こいしが帰った後、フランドールはしばらく部屋のベッドでぼんやりしていた。
「お姉ちゃんかあ……」
なんとなく、呟いて、言葉を舌の上で転がす。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……。うーん、こいしがあんなに言うほどいいものなのかしら」
首をかしげ、なおもお姉ちゃん……、と呟く。
やがて、ぽん、と弾みをつけて起き上がった。
「うん、お姉様に試しに言ってみようかな。そうすればわかることだわ」
地下室の扉を開けて、フランドールは姉の部屋を目指す。
「お姉様ーー」
レミリアは自室で寛いでいた。咲夜に淹れさせた紅茶を飲みながら、優雅に椅子に腰掛けている。
そこへ、唐突にノックの音が響いた。
「あら、誰かしら。咲夜?」
「えっと、私だよ」
「あらフラン」
「その、入ってもいいかな」
「ええ」
姉の返事に、恐る恐るといった感じで部屋に入るフランドール。
その様子にレミリアは首をかしげた。
「どうしたの、フラン。なんだか変よ」
「えっと……そのね」
顔を赤らめてしばらくもじもじするフランに、レミリアはさらに首をかしげた。
やがて、意を決したようにフランドールは顔を上げた。
「あの、ね」
「うん」
「……お姉ちゃん」
「は?」
レミリアは首をかしげたまま固まった。
フランドールが何を言ったのかわからなかった。
「…………」
「えっと、どうしたのお姉ちゃん」
「ふ、フラン?」
レミリアは混乱している。
え、ちょ、ちょ、どういうこと、フランが急に私の呼び方変えて何これ反抗期? いやでもお姉ちゃんっていい響きだよなあ嫌われてたら呼ばれないよなあ
「ねえ、おねえちゃん」
ああ、そんなお姉ちゃんおねえちゃんって連呼しないで今私すごいテンパってるからフランのかわいらしい唇からお姉ちゃんって甘くささやかれたら私わたしわたわた………
「げふあ」
「ちょ、お姉ちゃん、血! 血! 何で吐血したの!」
「あら私としたことが」
「早く拭かないと二つの名の意味が変わっちゃうよ」
きれいに口元をぬぐい、服も整えて、レミリアは改めてフランに向き直った。
「それで、どうしたのフラン」
「あのね、お姉ちゃん」
「なあに? お姉ちゃんが何でも教えてあげる」
「え? お姉様キャラ変わってない?」
「違う! お姉ちゃん!」
レミリアは立ち上がって力強く叫んだ。
「今の私はフランのお姉ちゃん!」
「わ、わかったから落ち着いて」
戸惑うフランドールに制されて、ようやくレミリアは座る。
「ねえ、フラン。もう一回お姉ちゃんって呼んでくれる?」
「いいけど……お姉ちゃん」
「はうっ! ……も、もう一回」
「お姉ちゃん」
「はあっ!」
「おねえちゃん」
「きゃうんっ!」
赤い顔でメロメロになるレミリア。
「ふう……ありがとうフラン、堪能したわ。これで今月の妹分の摂取は完了よ」
「なにその栄養素みたいなの」
「お姉ちゃんはね、月に一定の量の妹分を摂取しないと死んでしまうの」
もはやノリノリでフランドールに語るレミリア。
姉の機嫌の劇的な変化に、フランドールは「お姉ちゃん」の持つ力への驚きを隠せなかった。
「ねえフラン、たまには一緒に寝ましょう?」
「え? お姉様どうしたの?」
「ちーがーうー!」
「……お姉ちゃんどうしたの?」
「何が? 別に妹と一緒に寝るのは姉として当然のことでしょう」
うきうきと目を輝かせる姉にフランドールはあきれ気味に言った。
「まあ、嬉しいからいいけどさ……」
「そうよね。ほら、あなたも着替えてきなさい」
「はあい」
ぱたぱたと足音を立ててフランドールはレミリアの部屋を出て行く。
その途中、しぶしぶながらフランドールも認めざるを得なかった。
『「お姉ちゃん」もなかなかいいなあ……』
地霊殿。
その主の居室で、かつての異変以来の衝撃的事件が起きていた。
「ただいま。お姉……さま……」
こいしが目をそらし顔を赤らめて、さとりに帰宅を告げていた。
さとりは思わず持っていたティーカップを取り落とす。
しかし陶器が床に当たって砕け散る音も、さとりの耳には届いていなかった。
「…………」
「あの、どうしたの? お姉様。私、何か変かな」
普段の冷静な表情が、さらに能面のように白く固まっていく中でこいしは戸惑い、姉に声をかける。
「…………こいし」
「うん」
「ごめんなさい!!」
「え、なにが?」
さとりはいきなり頭を下げた。
「私があなたの放浪癖にかまけて最近よく見ていなかったことは事実でした。あなたにそんな反抗の態度をとらせるほど傷つけたのもきっと事実でしょう。ただお願いだから最後に頼むのはせめてどんな私の行動があなたをそこまで怒らせたのか説明してほし―――」
「ちょ、ちょっと待って待ってお姉ちゃん! ストップストップ。私怒ってるとか、すねてこんな態度とっているとかじゃないから」
「……………違うのですか?」
「違う違う。今のは、なんていうか、その、ためしに呼んでみただけだよ」
「はあ、それなら良いのです」
大きく息をつくさとり。こいしも小さく胸をなでおろす。
「まったく、心臓に悪いですよこいし」
「お姉ちゃんだって動揺しすぎだよ」
「だって、突然お姉様だなんて、てっきり脱お姉ちゃん宣言かと」
それはそうだろうなとこいしは思った。自分でも、言っててむずがゆくなるセリフだったのだ。こんな恥ずかしいことをよくフランは毎日言えると思う。
「うん、ごめんね、お姉ちゃん。もういきなり呼ばないよ」
「ええ」
やっぱりお姉様はダメだ。こいしは再確認した。一言でこんなにお姉ちゃんを動揺させてしまう。やっぱりお姉さまはよそよそしい呼び名なのだ。明日フランに言ってやろう……。
「今日はどうでしたか、こいし」
「うん、アイス美味しかったよ。ありがとう」
「それは良かった」
ようやくさとりはやわらかく笑む。姉の笑顔を見ることができて、こいしも幸せな気持ちになった。
「じゃあまた後でね、お姉ちゃん」
「ああ、ちょっと待ちなさいこいし」
姉に呼び止められて、こいしは足を止める。
さとりは、なぜかもじもじしていた。
「その、もう呼ばないなら、最後にもう一回いいですか?」
「なにが?」
「えっと、その……さっきの、お姉様というのをです」
照れたように顔を赤くしながらさとりはこいしのほうを覗い見る。
「別にいいけど、もう呼んじゃだめじゃなかったの?」
「その、先程のようにいきなりでなければ……大丈夫です」
指をつつき合わせて目をそらしながらさとりは言う。
「うん、お姉ちゃんがいいならいいよ。……えっとね」
こいしは小さく息を溜めた。
「……お姉様」
「はうっ!」
さとりは何かに殴られたかのように空中をきりきりと舞う。
「……その、お姉ちゃん、恥ずかしいんだけど」
「もう一度! もう一度だけ!」
「うん……、お姉様」
「はあんっ!」
「おねぇさまぁ」
「きゃうんっ!」
全身を赤く染め身悶えるさとり。
遠くから見るとくねくねと奇妙な踊りをしているように見える。
「お、お姉様、大丈夫?」
「ふう……堪能しました。私はもう大丈夫ですこいし」
さとりはさわやかに妹に笑いかけた。
「さあ、夕食にしましょう。今日はお姉ちゃんがんばりますから」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
こいしは最後までわけがわからなかったが。姉が幸せそうならいいか、とそう思うことにした。
後日。
こいしとフランドールは紅魔館の地下室で再会した。
「えっと、ね、こいし」
「うん」
「その、お姉ちゃんってのも、なかなか悪くないね」
「うん、お姉様って言うのも、恥ずかしかったけど悪くはなかったよ」
「呼び方もいろいろあるけどそれぞれいいとこあるんだよね」
「うん、楽しかった」
二人でクスクスと笑いあう。
「ねえこいし、これからも同じ妹仲間としてよろしくね」
「うん! 姉好きとしてね」
二人はやわらかく手を握り合い、いつまでも小さく笑い続けた。
(おわり)
これは素晴らしすぎるw可愛いなぁ、もう!
妹仲間、良いですねぇ。実に良い!
最近不足していた姉妹分を一気に補充しました。
まさか…まさかね…
やはり姉妹はいい。心が洗われるようだ。
>喉飴さん
ぐだら、とても使い勝手が良いので勝手にお借りしてしまいました。
すばらしい言葉をありがとうございます。ぐだらぐだら。
こんな作品で姉妹分が補充できたなら嬉しい限りですw
>2. 名前が無い程度の能力さん
秋姉妹もプリズムリバーも綿月姉妹も大好きです。でも今回のネタはあの姉妹たちには難しいかな……?
>3. 名前が無い程度の能力さん
そ、そんな期待をされたら……
>4. 名前が無い程度の能力さん
妹はとても良いものです。
>5. 名前が無い程度の能力さん
姉の呼び方はたくさんあるので困りません。
>6. 名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。姉妹は命の洗濯です。
>7. 名前が無い程度の能力さん
姉妹愛は何よりも美しい……。ありがとうございました。
皆さん読んでいただき本当にありがとうございました。