新月の夜である。
ルーミアは人里へ向かった。
草むらに小銭を見つけたので、
「持ち主のところへ帰りたい?」
と聞いたのである。
返事はなかった。
(まあ、人間の物よね)
小銭を拾い、飛び立った。
月のない夜は、闇をまとわない。
(そうするべき)
と決めていた。
人里に着くと妙に明るかった。
「お祭りか」
ルーミアは明かりに姿をさらして、ふらふらと歩き始めた。
甘い匂いのするところで立ち止まり、
「このお金は誰のもの?」
と聞いた。
人間は妙な顔をした。
「お嬢ちゃんのじゃないのかい?」
「違うみたい」
「じゃあわしのだ。ほれ。手を出しな」
伸ばした手のひらに、小さな包みが一杯に盛られた。
「それがお嬢ちゃんのだ」
包みを開くと、飴玉だった。
人里から離れる途中、草むらの陰に子供を見つけた。
近付くと、泣いている。
「目の前にいるあなたは、私のもの?」
返事はない。
舌で転がしていた飴玉を、噛み砕いた。
「迷子なの?」
「……」
「家出かあ」
子供はそっぽを向いた。
(じゃあ私のだ)
ルーミアは笑った。
人里の中では、
「私は人間を食べない妖怪、ルーミア」
と決まっていた。
飴玉を三つばかり握りしめ、
「お食べ」
と言って差し出した。
「おいしそうでしょう」
「……」
「ほら」
無邪気に笑ってみせた。
子供は恐る恐る、手を伸ばした。
「人里以外へ行こうか」
その手を掴み取り、飛び去った。
子供の肉はうまいらしい。
「だから、泣いちゃだめ」
ぺろりと頬をなめた。
(涙は不味い)
嫌いな味であった。
子供を背中におぶると、
「散歩日和ね」
両手を広げ、高く舞い上がった。
しがみついてくる指先がきつい。
「怖くない、怖くない」
速度をゆるめた。
静かな夜、風が涼しい。長い沈黙のあと、次第に爪がゆるんでいった。
振り向いて見ると、視線がぶつかって、
「くすっ」
ふたりして笑った。
(食べごろかな)
人里はすでに遠い。
「その子を返せ!」
と声がした。
どうやら、連れ去るときに誰かに見られたらしい。
「先生……」
初めて、子供が言葉を口にした。
「もう大丈夫だ」
「……」
「家出なんかして。親御さんが心配している」
「うそだ」
「本当だ。家に帰るんだ」
「ルーミアといる」
「それは、人食いの妖怪だぞ」
しがみつく指先が、震えていた。
「うそだよね?」
ルーミアは答えなかった。
「さあ。今すぐその子を返せ」
先生……すなわち、慧音が言った。
ルーミアが子供を見ると、
(泣いてない)
それが少し嬉しかった。
「狼は人間の子を育てましたってふうに、見えない?」
「お婆さんに化けて、子供を食い殺すように見えるね」
「なるほど」
思わず慧音に一つ、飴を放り投げた。
「この子は私が見つけたの」
「だから?」
「自分の意志で家出したんだし、拾った私のものだと思う」
「それは違う」
「そう?」
「家族は捨てられないものだ」
「ふーん」
「お前とは違うんだ。帰らねばならない家がある」
「そっか……」
ルーミアは子供を返すことにした。
背中で、子供は暴れ出した。
(そんなに嫌なのかな?)
ルーミアには分からない。
「泣くな」
ぺろりと頬をなめた。
「飴あげるから、泣くな」
きつくしがみつき、涙はひどくなる一方だった。
(でもさっきより、味はわるくない)
奇妙なおかしさが込み上げ来て、たまらず、ルーミアはにんまりと笑った。
子供を渡すと、博麗神社の近くへ行って、物陰で夜を過ごした。
昼間は寝ている。
そこへ足音がして、目を開けると、
「そのまま寝てなさい」
霊夢が現れた。
「……退治しに来たの?」
「誘拐犯は、お仕置きしないとね」
「そーなのかー」
闇をまとい、飛び上がった。
相手は巫女で凶悪である。
「逃がさないわよ」
後ろの闇で、奥から声がした。
どれほど逃げても追ってくる気配がする。
(こんなにも暗いのに……)
ルーミアには何も見えなかった。
何かが首すじに、ぴたりと貼りついた。
「熱っ」
指で触れることもできない。
思わず闇を解くと、辺りを囲むように紙吹雪が舞っていた。
その中にただ一点、紅い巫女が浮かんでいる。
宵闇の妖怪である。太陽の下、大した力もない。
飴玉のような弾幕をばら撒きつつ、一枚のスペルを放つのがやっとだった。
「イージーね」
すっと懐に潜り込まれ、
「夢想封印」
容赦なく叩きのめされた。
気がつくと、
「あれ。どうして?」
博霊神社の縁側で寝転がっていた。
隣では巫女がいて茶をすすっている。
「境内に落ちて、邪魔だったから」
当然の如く言った。
ごろごろと縁側を転がって、霊夢の膝から顔を覗き込むと、
「まあ。話を聞く限りじゃ、悪さはしてないようだしね」
そう言って、からりと笑った。
(ヒマだったのか)
あるいは慧音が上手く取りなしてくれたのかもしれない。
体を反転して、膝枕に顔をうずめた。
そのまま眠りに落ちた。
目が覚めると夕刻となっていた。
縁側にひとりである。
「あれ? 霊夢は……」
「なによ」
奥から、ひょいと姿を見せた。
「なんでもない」
「じゃあ、もう行きなさいよ」
「いってきます」
ルーミアは闇の中、飛び立った。
霧の湖で水を飲んでいると、わずかに洩れた月の光で、水面に姿が映った。
頭のリボンが新しくなっている。
「これは霊夢のだ」
指に触れることもできない。
ただ、悪い気はしなかった。
落ち着く文章で、雰囲気が良いなあ。
各キャラがそのキャラらしくてほのぼの
素晴らしいです。ありがとうございます。