そんなのは日常茶飯事のこと。
「ねこのようですね、こいしは」
ある日ふと、お姉ちゃんにそんなことを言われる。私にはなんのことかよく判らない。
「ねえお燐、どう思う?」
「どう思うって言われても……こいし様。そもそもあたいは猫ですから、『ねこみたい』ってあたいみたいってことじゃないですか?」
「にゃるほど」
とりもあえずの納得をえる。なるほどお姉ちゃんは、私がお燐に似てると思っていたわけだ。
今は久しぶりに家に戻ってきてて、またしばらくしたら外に出るつもり。でもその前に、私の納得が正解かどうかをお姉ちゃんに確かめてみようと思った。今の時間帯なら、多分部屋に居るよね。
「にゃあん」
とりあえず部屋に入る際に媚を売ってみた。
効果覿面だった。
お姉ちゃんが読んでいた本を手から落とす様はなるほどコント仕掛けのようだった。
「こ、こ、こいし? 何事ですか」
「ごろにゃん」
鳴いてみた。どうせ心が読めないんだから私の考えてることなんて判る筈もないし。ちょっと意地悪してやろうと思っただけ。
「え、あ、う」
面白いくらいにお姉ちゃんがうろたえてる。いっつも冷静なお姉ちゃんがあたふたしてるのを見るのはちょっとたのしい。とりあえずお姉ちゃんの膝にぽすっと腰を下ろして乗ってみる。鳴き声は続行。
「なぁーあ」
膝に乗って、顔を近付けて、ちょっと見下ろすように。私の中では猫はこういうイメージ。お燐はあまりこういうことしないだろうけど、それはお燐が例外なのであって私のイメージがおかしいのではない。
視線が逸れる。追いかける。また逸らされる。また追いかける。
たのしい。これが猫なら、猫に生まれ変わっても良いかもしれない。
「一体どうしたというのです、こいし。そんな猫みたいな」
うん? おかしいな。お姉ちゃんが私のことねこみたいって言ったはずなのに。
お姉ちゃんの視線がうろうろしてて定まらない。どうして私のほうをみてくれないの?
近くで見るお姉ちゃんの顔はやっぱり綺麗だった。私とお姉ちゃんの顔は少し似ていない。だって私はこんなじと目じゃない。
私? 私だって勿論可愛いよ。ねぇ、お姉ちゃん?
ちゃんと見て。
「なぁあぁぁ」
おでこにちゅう。
「ひゃ!?」
お姉ちゃん、また狼狽。たのしい。たのしいなぁ。お姉ちゃんをからかうのはいつだってたのしい。
たのしい。たのしいのに。お姉ちゃんがどう思ってるのか、私にはわからない。たまに、本当にごくたまに。私はこの目を閉じたことを後悔しないこともない。
あぁ、でも、私が何考えてるのか判らなくて困ってるお姉ちゃんが可愛いから、五分五分ってことで。そうだ。こんな可愛らしいお姉ちゃんと話している時に、なんかしらの後悔っぽいものがあるとしても。別に今何も気にする必要なんか、ないんだよね。
「あ、あの。こいし? あのですね。近い、顔近いです」
上ずった声も好き。困った顔も好き。真っ赤になった耳も好き。白黒してる瞳も好き。
近いのなんて当たり前でしょ。お燐が普段お姉ちゃんに何してるかなんて知ってるんだから。無意識の力を舐めないで欲しいわ。
くるくるしてる髪も好き。いつもお燐を撫でてる筈の手つきが、今はぶらぶら揺れちゃってるのを見てるのも好き。どれもこれも、好き、好きだって思ってるのに、お姉ちゃん!
「ちゃんとこっち、見て」
「と、突然、素に、戻られても」
「お姉ちゃんがちゃんと見ないのが悪いの」
「ちょ、直視できませんて……!」
「なんで? 私が可愛すぎて?」
「可愛すぎて」
「ふふ。良いお返事だよ」
ねえ、可愛いお姉ちゃん。
本当、これなら。
私、猫になっちゃっても、いいかなあ。
すっ、と。さっきまで揺れてた手が、私の髪を撫でてくる。優しく梳いてくれる。
こんなこと、昔もあったような気がする。いつだったっけ。いつ、こうされたんだっけ。よく思い出せない。
「姉をたぶらかす悪い猫は、悪い狼が取って食べてしまいますよ」
「にゃあん」
お姉ちゃんが狼だって。ありえない。笑える。
でも、まぁ。
お姉ちゃんになら、食べられてあげようかな。
ねぇ?
「にゃーん……」
お姉ちゃん。
私を、
「食べて?」
沈黙。
沈黙、沈黙。
お姉ちゃんは黙って、面白い動きをし始める。うつむいて顔を両手で覆ったかと思えば、足で軽く地団駄踏んで頭を振っていたり。面白いからもう少し見ている。
「えいやっ」
「うわ」
両肩を掴まれて、ぐるりと世界が半回転。
お姉ちゃんが座っていた椅子に、すっぽり座り込む体勢に。
「え、なに」
お姉ちゃんの顔がそこにある。私が見下ろしていたのに、今度は私が見下ろされている。
「なに、って。今更何を言いますか、こいし。悪い狼が、これからあなたを食べちゃいますよ」
変なの。
お姉ちゃん、それはもっとさらっと格好良く言うべき台詞だよ。そんな顔真っ赤にしたら、格好悪いよ。
もう、やだなぁ。
私の狼さんはつくづく格好悪い。
でも。
「いいよ?」
って。私は、返してしまうから。
そうすればほら、狼さん。私の、悪い狼さんは。
――もう世界なんて私とお姉ちゃん以外何も無くていいよ。
だってここに、全部あるでしょ?
「……ほんとに食べちゃいますよ、もう」
全部ここにあるのに、泣きそうな顔で言うから。その手を取って、引き寄せて。抱き締めてあげよう。
格好悪い私の狼。格好悪い私の。
私の大好きなお姉ちゃん。
おそるおそるその顔が近付いて、おそるおそるこの距離が零になる。
……、……、……。
「……なんででこちゅー? 理解できない」
「お、お、おでこで精一杯です! それ以上何を望むのです!」
「今私の唇、超スタンバってたよ。めっちゃお姉ちゃんに奪われる気満々だったのに、何このオチ? 理解できない」
「ああああうううう、こいし! そんな節操のないことではいけません!」
おお? なんか聞き捨てならない発言ですね?
「お姉ちゃん以外に節操なしで通してると思ってる? それ正気?」
「え、え、えっと、それって、なんです、その」
言わなきゃ判らないかなぁ。判らないか。お姉ちゃんは、私のことなんて判らない。
心を読むことに慣れすぎて、心を理解しようとしないんだし。そういう歩み寄りって大事だと思いますよ。
でもね。
私は、教えてあげない。お姉ちゃんが判ってくれるまで、教えてあげない。そりゃあ、判りづらくしちゃったのは私だよ?
でもね。でも。それでも。
「にゃぁん」
お姉ちゃんはそれに気付かないままでも。それでも、好きだから。私のお姉ちゃんだからね。
きゅ、と椅子の手すりを掴んで立ち上がる。にっこり笑ってお姉ちゃんの側を通り過ぎた。
「え、ちょ。どこへ行くんです」
「当ててみて」
「当たりませんよ。決めてないでしょうに」
あらま。大正解。
お姉ちゃんは顔の熱も引いて、ため息混じりに呟いた。
「お帰りはいつ頃で?」
「狼が本気で襲いたくなる頃」
「……あまり姉をからかうものではありません」
「だからそれまで、待っててあげる」
唇を人差し指でとんとんと叩く。
「さくらんぼの茎で練習してて?」
蝶々結びができるようになったら褒めてあげるよ。
「れ、練習とはどういう……! ……こほん。そ、それはまた、いつかのお話ですね。こいし、あなたが猫で無くなった頃に」
また私から目線を逸らして。ぽつりとお姉ちゃんは零す。
「ふぅん? じゃあ期待はしてていいんだね」
そう返してあげると。引いた筈の熱がまた戻ったみたいで、ぼんって音がお姉ちゃんの顔から鳴った気がした。
ドアノブ握って、部屋から出る瞬間。そっとお姉ちゃんを見た。お姉ちゃんはじぃっと私を見つめて、一言。
「次はすんごいちゅーしてあげますから、精々私に媚を売ることですね」
「にゃあん」
覚えたからね、お姉ちゃん。
おわり
いやこれ、ものすごくツボでした。
たまらない、たまらない。
キーボードを打つ手が、興奮のあまりふるえております。
とても良いお話でした。ありがとうございました。
こんな素晴らしい作品を読ませて頂いてありがとうございました!!
これで今週はなにがあっても笑顔で生きていけるですよ
ちゅっちゅにゃあんちゅっちゅにゃあん
さとりさまもこいしもかわいすぎるぜ畜生!
あまーい!
・・・・・ニヤニヤのしすぎで頬の筋肉が下がらなくなって戻らなくなっちゃうじゃないですか!!
取りあえず可愛いよさとりん可愛いよ
私は死にます…凡人はさとりんとこいしちゃん。
なん、ちょ、おま、これっ!?
ピチューン
ってな感じになった。
これは、是非イラストで見るべきだな!!!
つまり、てれんてれんにゃ~。
ぐはぁ!!
ピチューン
いい空気ですね。
にやにやしすぎて頬の筋肉が戻らなくなってしまいました。
好きないこの氏と過酸化ストリキニーネ氏が合体した!
悶え悶えて私は幸せになりました。感謝感謝。
(途中、赤面したのは内緒ですw)
軽い気持ちで読んだら、顔が戻らないとか、なんという注意書き不足。
つまり、べね