射命丸文が、その光景を見たのは全くの偶然だった。たまたま近くを通りかかっただけであり、意図した結果では決してない。
しかし今の彼女には、これは運命だとすら感じていた。
見かけたのは有り触れた日常の1コマ。
とある親子がゴミ袋を運んでいるところだった。
母親に良いところを見せようと、体に不釣合いな大きなゴミ袋を一生懸命に運んでいる子供の姿のなんと微笑ましい事か。
隣を歩く母親の、子を見守る温く慈しみに満ちた笑みもまた、美しいものだった。
されど文が気に留めたのはそんな親子の心温まる姿などではなかった。
その視線は真っ直ぐと、子供が抱えている袋の、もっと言えばその中身に釘付けであった。
ごくり。
文は本能がざわめき出すのを感じたが、理性でそれを抑え込んだ。
しかし、衝動を抑えるのが精一杯でしばらくその場から動けずにいた。
やがて親子は、ゴミ捨て場までたどり着く。
──そう、遂にゴミ袋は子供の手から離れたのだ。
(いけません……! いくら“カラス”天狗とは言えそのようなことして良いはずが……!)
文には見えていた。袋の中身が。そう、“カラス”の目によって。
見えていたからこそ、その苦悩を味わう羽目になってしまったのだ。
──求めているものが、目の届くところにあるのだ。
(恥を知りなさい、恥を……! 私は天狗! どの種族よりも、社会性を尊んできた天狗なのですよ……!)
己がゴミを漁る姿など、誰かに見せられる筈も無い。
しかしここにきて更に、彼女からそんな誇りをも奪い去り、恥も外見も捨てさせるのに十分な決定打が浴びせされた。
それは、ゴミを捨て置いた親子の会話だった。
「らんしゃま、これはマヨヒガから出たゴミなんですよね?」
「ああ、そうだよ。それがどうかしたかい?」
「いえ……ただ、このゴミを誰かが持っていったら、その人は幸せになれるのかなって。」
「マヨヒガの伝説か……捨てたものまで当て嵌まるのかは定かでは無いし、そもそもが迷信だからね……。」
「やっぱり迷信だったんですか……。」
「そう落胆する事じゃないぞ、橙。贈り物とかすると結構喜ばれるからね。縁起の良い物には、誰しも肖りたいものさ。」
「……はい、私も信じたいと思います! それに考えても見れば、私は既に幸せを貰ってました!」
「それはなんだい?」
「らんしゃまや、ゆかりさまに出会えたことです!」
「ちぇ、ちぇぇぇぇぇぇぇぇえええええん!!!!!」
「く、苦しいです! 苦しいですよぉ! らんしゃまぁ!」
(マヨヒガの……ゴミっ……!)
もちろん後半の行き過ぎた親子愛などは、見てみぬ振りをした。
過ぎ去っていく親子を見送ると、文は置かれていったゴミ袋をおもむろに開いた。
今日は“燃えないゴミ”の日。そしてその中で文が求めているもの、それは──
ハンガーだった。
「これです……! これだけあればきっと……!」
所々禿げ、曲がってしまい使い物にならなくなったハンガーたち。
それらを歓喜に震えながら、白昼の下、太陽に向かって勝ち誇るように高々と掲げる文。
「ねぇ、ママ……あの人なにやってるの?」
「目を合わせちゃ駄目よ……ほら、良いから行くわよ。」
しかし同時に白日の下に晒される事となった文だったが、それでも手にしたハンガーを手放す事無くそそくさとその場を後にした。
犬走椛は急いでいた。
急務だったとはいえ、仕事で遅れたなどと言い訳なんてしたくはない。
真っ直ぐ向かったのは、己の先輩に当たる射命丸文の自宅。
(きっと今頃、おなかを空かせているに違いない……!)
文の家にあがり、夕飯を作るのは椛の日課だった。
食事に限らず、仕事の無い日は部屋の掃除などもやっていたりする。
周りからはよく、“押しかけ女房だ”などと冷やかされる事もあるが、その度に椛は決まって、尊敬する先輩の為ならば、と言うことにしている。
しかし彼女が己の行動を見直そうしないのには理由があった。それは──
文を愛しているからである。
押しかけ女房? なれるものなら是非にでも。ただ椛にはそこまで踏み込めるだけの勇気がなかった。
良い後輩のままなら拒絶される事も無い……そうやって今も煮え滾る思いをどうにか抑えている。
何時かきっと思いが通じ、文の方から──
(わっわふぅ……! 私ったら何を考えて……!)
空中で身をクネクネとさせながらも、器用にも決してスピードを緩めずに飛ぶ椛。
そのお陰か、何時の間にやら文の自宅へと辿り着いていた。
(お、落ち着くのよ、私……深呼吸、深呼吸……。)
妄想によって乱れてしまった心を落ち着かせようと、しばし深呼吸に努める椛。
そうやって、どうにか平常心を取り戻した椛であったが、同時に小さな違和感を感じた。
(おや……明かりがついてない……?)
時刻は夕暮れ時。にも関わらず明かりも付けず文の自宅はひっそりと静まり返っていた。
新聞記者をやっている文が、家を留守にすることなどざらであり、椛も合鍵を持っているので問題はない。
しかし、どうも文は家の中に居る様なのだ。狼天狗の鼻が、そう告げている。
「文様……失礼致します……。」
家の前で突っ立っていても仕方ない。そう思い、意を決して中に入る椛。
すると思ったよりも早く文から返事が。
「あややや、その声は椛ですか? もうそんな時間でしたか……夜目が利くのも考え物ですね。熱中し過ぎた性で、時がたつのも忘れてました。」
どうやらただの点け忘れだった事に安堵する椛。しかしこうなると今度はその理由が気になってしまうもの。
椛は文に断り明かりを点けてから、何やら作業に没頭している彼女の背中にそっと近づいた。
文の手元には複雑に絡み合う壊れたハンガーの塊があった。
「それは……なんですか、文様?」
「これは“巣”ですよ。」
「巣? どしてまたそんな物を?」
「二人の為ですよ。」
「えっ……?」
(“二人の為”の“巣”って……文様とその……私の為ってこと? だってこの場には私たちしかいない訳だし……
まっまさか本当に文様の方からっ!? でっでもそんな事って……?)
これは文なりのプロポーズなのだろうかと、本気で悩む椛を他所に、文は黙々と作業を続ける。
確認しなくてはならない……恐る恐る、椛は文の背中へと問い掛けた。
「それはつまり、その……“二人の愛の巣”って事ですか……?」
心臓の鼓動がまるで早鐘のように脈打ち、期待と不安から思わずごくりと生唾を飲む。
ただ文の返事を待つだけの事に、椛はどしても落ち着いてなど居られなかった。
緊張の一瞬……ゆっくりと椛へと振り返った文の顔は、それはもう幸福そうな笑みを浮かべていた。
「椛は上手いことを言いますねぇ。そうです、これはまさに愛の巣です! ……って、あやややや? どうして泣いたりするんですか、椛?」
極度の緊張から開放された椛は、その反動からか、それとも余りの喜びにか、思わず涙ぐんでしまった。
「私……こんなに嬉しいの初めてです……! これからも、どうか末永くよろしくお願いしますね、文様……!」
手で涙を拭い、どうにか笑顔を繕うも、こぼれだした涙は一向に止まる気配を見せなかった。
「わ、わふ? 止まら、ない……? ち、違うんです、文様! 私悲しくて泣いてるわけじゃ……!」
「泣くほど喜んでくれるなんて……ちょっと大袈裟ですよ、椛。」
泣き止まぬ椛を抱き寄せ、背中を優しく叩いてやる文。
「ありがとう……ございます、文様……。」
「良いんですよ……それにお礼を言うのは私の方です。貴女がこんなにも喜んでくれるなんて……考えもしませんでした。
さっ! こうしてはいられない! 私は作業に戻らなくては!」
漸く落ち着いた椛から離れると、文は再び巣作りへと戻っていった。
しかし、文の真剣な横顔を見ながら椛はふとある事に気付いた。
(でも、鳥の巣じゃ流石に小さすぎるのでは……?)
結婚して、新しい居を構えるのは不思議な事では無いが、かといって人妖である二人が巣で暮らすなど到底不可能……。
(此処は私が人肌脱ぐしかありませんね……! あっ決していやらしい意味とかじゃなくて……!)
すっかり舞い上がっている椛に正常な判断を求めるには些か無理があった。
「文様! 私にお任せください! 一日……いえ、一晩で二人の愛の巣を完成させてみせます!!!」
力強くそう宣言し、文の返事も待たず飛び出していった椛。
「いやいや、そこまで貴女にやってもらう訳には……あややや? 椛?」
文が振り返った時には既に椛の姿はなく、彼女は首を傾げるしかなかった。
「私の晩御飯……仕方ありませんね、今日の椛はどこかおかしかったですし……さて、今日は徹夜でがんばりますか!」
するとそこへ窓を叩く音が。
一羽のカラスが、開けてくれと言わんばかりに文を見つめていた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと立て込んでたもんで。」
カー。
「いやいや、心配には及びませんよ。大丈夫、二人の愛の巣は必ず完成させますから。」
カーカー。
「なに? 二人じゃなくて二羽だって? 細かいことを気にする奴ですね、お前は……。」
カァー、カカァー。
「何を遠慮してるんですか……水臭い。折角のふた、二羽でしたね。そう、二羽の門出です! 私に出来ること、これくらいしかありませんが……。」
カァー……カァー……。
「泣く奴がありますか……全く、貴方といい椛といい、泣き虫ばかりです。私の周りは。」
ガァーガァー。
「そうですね、私も含めて、ですね……。」
翌日、早朝──。
一晩掛けて巣を作った文は、寝不足で目の下に隈を作りふらふらになりながらも、何故か椛に手を引かれ家の外に連れ出されていた。
そして何故かは知らないが、椛の目の下にも文に負けないくらいの大きな隈が出来ていた。
されど文とは違いその目は爛々と輝いており、どうにも逆らえずこうして連れだされているのだった。
「見てください、これを……!」
辿り着いたのは自宅の裏手。
しかし見慣れている筈のそこは、どうしてか一晩のうちに様変わりしていた。
「えっと……、椛? これは一体?」
家だった。真新しい家がそこには建っており、文の自宅がまるで物置小屋に見えてしまう程の大きさだった。
「もちろん、文様と私──そう、二人の愛の巣です!」
「……私と、椛の、ですか?」
「はい! 私の友人、河童のにとりはご存知ですよね? 彼女に協力して貰いました──」
なにやら熱心に説明している椛だったが、途中から文の耳には全く届いていなかった。
(成る程……昨日、椛の様子がおかしかったのはそういう事でしたか……)
どうやら彼女が誤解をしているのだということに漸く気付いた文だったが、残念ながら手遅れだった。
「はっ、いけない……! こんな所で立ち話もなんですよね、ささっ、どうぞお入りください。」
妖艶に微笑む椛を見て、文は唐突に理解した。
(はっ、これはまさか……操の危機、ではないでしょうか……!?)
力強く握られた手を振り払うこと叶わず、引き摺られるままに文は家の中へと入っていった。
※ この後、文は椛においしく頂かれました。
しかし今の彼女には、これは運命だとすら感じていた。
見かけたのは有り触れた日常の1コマ。
とある親子がゴミ袋を運んでいるところだった。
母親に良いところを見せようと、体に不釣合いな大きなゴミ袋を一生懸命に運んでいる子供の姿のなんと微笑ましい事か。
隣を歩く母親の、子を見守る温く慈しみに満ちた笑みもまた、美しいものだった。
されど文が気に留めたのはそんな親子の心温まる姿などではなかった。
その視線は真っ直ぐと、子供が抱えている袋の、もっと言えばその中身に釘付けであった。
ごくり。
文は本能がざわめき出すのを感じたが、理性でそれを抑え込んだ。
しかし、衝動を抑えるのが精一杯でしばらくその場から動けずにいた。
やがて親子は、ゴミ捨て場までたどり着く。
──そう、遂にゴミ袋は子供の手から離れたのだ。
(いけません……! いくら“カラス”天狗とは言えそのようなことして良いはずが……!)
文には見えていた。袋の中身が。そう、“カラス”の目によって。
見えていたからこそ、その苦悩を味わう羽目になってしまったのだ。
──求めているものが、目の届くところにあるのだ。
(恥を知りなさい、恥を……! 私は天狗! どの種族よりも、社会性を尊んできた天狗なのですよ……!)
己がゴミを漁る姿など、誰かに見せられる筈も無い。
しかしここにきて更に、彼女からそんな誇りをも奪い去り、恥も外見も捨てさせるのに十分な決定打が浴びせされた。
それは、ゴミを捨て置いた親子の会話だった。
「らんしゃま、これはマヨヒガから出たゴミなんですよね?」
「ああ、そうだよ。それがどうかしたかい?」
「いえ……ただ、このゴミを誰かが持っていったら、その人は幸せになれるのかなって。」
「マヨヒガの伝説か……捨てたものまで当て嵌まるのかは定かでは無いし、そもそもが迷信だからね……。」
「やっぱり迷信だったんですか……。」
「そう落胆する事じゃないぞ、橙。贈り物とかすると結構喜ばれるからね。縁起の良い物には、誰しも肖りたいものさ。」
「……はい、私も信じたいと思います! それに考えても見れば、私は既に幸せを貰ってました!」
「それはなんだい?」
「らんしゃまや、ゆかりさまに出会えたことです!」
「ちぇ、ちぇぇぇぇぇぇぇぇえええええん!!!!!」
「く、苦しいです! 苦しいですよぉ! らんしゃまぁ!」
(マヨヒガの……ゴミっ……!)
もちろん後半の行き過ぎた親子愛などは、見てみぬ振りをした。
過ぎ去っていく親子を見送ると、文は置かれていったゴミ袋をおもむろに開いた。
今日は“燃えないゴミ”の日。そしてその中で文が求めているもの、それは──
ハンガーだった。
「これです……! これだけあればきっと……!」
所々禿げ、曲がってしまい使い物にならなくなったハンガーたち。
それらを歓喜に震えながら、白昼の下、太陽に向かって勝ち誇るように高々と掲げる文。
「ねぇ、ママ……あの人なにやってるの?」
「目を合わせちゃ駄目よ……ほら、良いから行くわよ。」
しかし同時に白日の下に晒される事となった文だったが、それでも手にしたハンガーを手放す事無くそそくさとその場を後にした。
犬走椛は急いでいた。
急務だったとはいえ、仕事で遅れたなどと言い訳なんてしたくはない。
真っ直ぐ向かったのは、己の先輩に当たる射命丸文の自宅。
(きっと今頃、おなかを空かせているに違いない……!)
文の家にあがり、夕飯を作るのは椛の日課だった。
食事に限らず、仕事の無い日は部屋の掃除などもやっていたりする。
周りからはよく、“押しかけ女房だ”などと冷やかされる事もあるが、その度に椛は決まって、尊敬する先輩の為ならば、と言うことにしている。
しかし彼女が己の行動を見直そうしないのには理由があった。それは──
文を愛しているからである。
押しかけ女房? なれるものなら是非にでも。ただ椛にはそこまで踏み込めるだけの勇気がなかった。
良い後輩のままなら拒絶される事も無い……そうやって今も煮え滾る思いをどうにか抑えている。
何時かきっと思いが通じ、文の方から──
(わっわふぅ……! 私ったら何を考えて……!)
空中で身をクネクネとさせながらも、器用にも決してスピードを緩めずに飛ぶ椛。
そのお陰か、何時の間にやら文の自宅へと辿り着いていた。
(お、落ち着くのよ、私……深呼吸、深呼吸……。)
妄想によって乱れてしまった心を落ち着かせようと、しばし深呼吸に努める椛。
そうやって、どうにか平常心を取り戻した椛であったが、同時に小さな違和感を感じた。
(おや……明かりがついてない……?)
時刻は夕暮れ時。にも関わらず明かりも付けず文の自宅はひっそりと静まり返っていた。
新聞記者をやっている文が、家を留守にすることなどざらであり、椛も合鍵を持っているので問題はない。
しかし、どうも文は家の中に居る様なのだ。狼天狗の鼻が、そう告げている。
「文様……失礼致します……。」
家の前で突っ立っていても仕方ない。そう思い、意を決して中に入る椛。
すると思ったよりも早く文から返事が。
「あややや、その声は椛ですか? もうそんな時間でしたか……夜目が利くのも考え物ですね。熱中し過ぎた性で、時がたつのも忘れてました。」
どうやらただの点け忘れだった事に安堵する椛。しかしこうなると今度はその理由が気になってしまうもの。
椛は文に断り明かりを点けてから、何やら作業に没頭している彼女の背中にそっと近づいた。
文の手元には複雑に絡み合う壊れたハンガーの塊があった。
「それは……なんですか、文様?」
「これは“巣”ですよ。」
「巣? どしてまたそんな物を?」
「二人の為ですよ。」
「えっ……?」
(“二人の為”の“巣”って……文様とその……私の為ってこと? だってこの場には私たちしかいない訳だし……
まっまさか本当に文様の方からっ!? でっでもそんな事って……?)
これは文なりのプロポーズなのだろうかと、本気で悩む椛を他所に、文は黙々と作業を続ける。
確認しなくてはならない……恐る恐る、椛は文の背中へと問い掛けた。
「それはつまり、その……“二人の愛の巣”って事ですか……?」
心臓の鼓動がまるで早鐘のように脈打ち、期待と不安から思わずごくりと生唾を飲む。
ただ文の返事を待つだけの事に、椛はどしても落ち着いてなど居られなかった。
緊張の一瞬……ゆっくりと椛へと振り返った文の顔は、それはもう幸福そうな笑みを浮かべていた。
「椛は上手いことを言いますねぇ。そうです、これはまさに愛の巣です! ……って、あやややや? どうして泣いたりするんですか、椛?」
極度の緊張から開放された椛は、その反動からか、それとも余りの喜びにか、思わず涙ぐんでしまった。
「私……こんなに嬉しいの初めてです……! これからも、どうか末永くよろしくお願いしますね、文様……!」
手で涙を拭い、どうにか笑顔を繕うも、こぼれだした涙は一向に止まる気配を見せなかった。
「わ、わふ? 止まら、ない……? ち、違うんです、文様! 私悲しくて泣いてるわけじゃ……!」
「泣くほど喜んでくれるなんて……ちょっと大袈裟ですよ、椛。」
泣き止まぬ椛を抱き寄せ、背中を優しく叩いてやる文。
「ありがとう……ございます、文様……。」
「良いんですよ……それにお礼を言うのは私の方です。貴女がこんなにも喜んでくれるなんて……考えもしませんでした。
さっ! こうしてはいられない! 私は作業に戻らなくては!」
漸く落ち着いた椛から離れると、文は再び巣作りへと戻っていった。
しかし、文の真剣な横顔を見ながら椛はふとある事に気付いた。
(でも、鳥の巣じゃ流石に小さすぎるのでは……?)
結婚して、新しい居を構えるのは不思議な事では無いが、かといって人妖である二人が巣で暮らすなど到底不可能……。
(此処は私が人肌脱ぐしかありませんね……! あっ決していやらしい意味とかじゃなくて……!)
すっかり舞い上がっている椛に正常な判断を求めるには些か無理があった。
「文様! 私にお任せください! 一日……いえ、一晩で二人の愛の巣を完成させてみせます!!!」
力強くそう宣言し、文の返事も待たず飛び出していった椛。
「いやいや、そこまで貴女にやってもらう訳には……あややや? 椛?」
文が振り返った時には既に椛の姿はなく、彼女は首を傾げるしかなかった。
「私の晩御飯……仕方ありませんね、今日の椛はどこかおかしかったですし……さて、今日は徹夜でがんばりますか!」
するとそこへ窓を叩く音が。
一羽のカラスが、開けてくれと言わんばかりに文を見つめていた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと立て込んでたもんで。」
カー。
「いやいや、心配には及びませんよ。大丈夫、二人の愛の巣は必ず完成させますから。」
カーカー。
「なに? 二人じゃなくて二羽だって? 細かいことを気にする奴ですね、お前は……。」
カァー、カカァー。
「何を遠慮してるんですか……水臭い。折角のふた、二羽でしたね。そう、二羽の門出です! 私に出来ること、これくらいしかありませんが……。」
カァー……カァー……。
「泣く奴がありますか……全く、貴方といい椛といい、泣き虫ばかりです。私の周りは。」
ガァーガァー。
「そうですね、私も含めて、ですね……。」
翌日、早朝──。
一晩掛けて巣を作った文は、寝不足で目の下に隈を作りふらふらになりながらも、何故か椛に手を引かれ家の外に連れ出されていた。
そして何故かは知らないが、椛の目の下にも文に負けないくらいの大きな隈が出来ていた。
されど文とは違いその目は爛々と輝いており、どうにも逆らえずこうして連れだされているのだった。
「見てください、これを……!」
辿り着いたのは自宅の裏手。
しかし見慣れている筈のそこは、どうしてか一晩のうちに様変わりしていた。
「えっと……、椛? これは一体?」
家だった。真新しい家がそこには建っており、文の自宅がまるで物置小屋に見えてしまう程の大きさだった。
「もちろん、文様と私──そう、二人の愛の巣です!」
「……私と、椛の、ですか?」
「はい! 私の友人、河童のにとりはご存知ですよね? 彼女に協力して貰いました──」
なにやら熱心に説明している椛だったが、途中から文の耳には全く届いていなかった。
(成る程……昨日、椛の様子がおかしかったのはそういう事でしたか……)
どうやら彼女が誤解をしているのだということに漸く気付いた文だったが、残念ながら手遅れだった。
「はっ、いけない……! こんな所で立ち話もなんですよね、ささっ、どうぞお入りください。」
妖艶に微笑む椛を見て、文は唐突に理解した。
(はっ、これはまさか……操の危機、ではないでしょうか……!?)
力強く握られた手を振り払うこと叶わず、引き摺られるままに文は家の中へと入っていった。
※ この後、文は椛においしく頂かれました。
むしろ正しい
というか流されるあややはジャスティス!
新たな何かが今日この日生まれた
こっそりと一晩で新居を建てたにとりに驚愕だ。
椛もにとりも頑張ったw