『飼い猫の自由と権利の保障を求め飼い主及び現代社会に断固として立ち向かい団結して戦うための決起集会』
何となくそれっぽい言葉を集めてみただけなんじゃねえの、と誰もが突っ込みたくなるほど長ったらしい名前である。
そんな名の集いが目下、アリス・マーガトロイド邸にて開催されていた。なぜアリス邸なのかって、それはアリスが聞きたい。
朝起きて、換気でもしようかと窓を開けたその刹那、あれよあれよという間に人獣の区別なく、毛色まで千差万別の猫軍団がなだれ込んできたのである。ロンメル大佐も真っ青の電撃作戦だった。
気付けば右に猫、左に猫。真正面にも猫猫猫。あっという間に猫屋敷と化したアリス邸。飛び散る毛玉はいったい誰が掃除するというのか。
「それでは最初の議題、飼い主による虐待についてですが……」
何の因果か、こうして議長まで任されている。
逆らえやしない。文句の一つでも述べようものなら四方八方からネコパンチが飛んでくるに決まっている。凶器なんだ、あれはよ。
「にゃあにゃあ(我が飼い主は昼夜問わず私のアゴの下を攻め立てる。その執拗さはセクハラといっても過言ではないだろう。あれで私が喜んでいるとでも思っているようだが、バカバカしい。各々方ご存知の通り、あんなものは鬱陶しいだけなのだ。耐えかねた私が自警団へ談判しに行っても、まるで相手にしてくれない。あの娘どもときたら昼の残り物を出して解決した気になっているのだ。猫の権利を軽んじるこの風潮、重大な社会問題である)」
と、フワフワモフモフのペルシャ猫がアリスの頭上で語れば、
「みゃあみゃあ(我輩などは飼い主に尻尾を踏まれたことがある。過失とはいえあの激痛は思い出すだけでも全身の毛が逆立ちそうになる。浅はかなことに、その日の晩にはシーチキン缶が出た。飼い主としてはあれで和解したつもりであるのやもしれぬが、まったく認識が甘いと言わざるを得ない。近いうちに弁護士に相談して訴訟を起こそうと考えている)」
今度はスタイル抜群のアビシニアンがアリスの膝上で語り、
「にゃんにゃ(近頃飼い主夫婦に子宝が授かりまして、ワタクシの方はちっとも相手をしてもらえないのです。人間の赤ん坊など、ただただブサイクなだけではありませんか、あんなもののどこが良いのやら。……皆様ご承知の通り、愛情の反対は無関心なのです。過度の放し飼い、これもまた深刻な虐待なのではないかと提起したい次第でございます)」
最後は、アリスの首で襟巻き状態の三毛猫が語った。
「あーあー、静粛に、静粛に」
アリスは机を叩いた。頭が痛くなってくる。だって、何言ってるのか全然わからないんだもの。あと、目眩がするほど暑苦しい。
「発言の際は挙手の後、公用語、日本語でお願いします」
しんと場が静まり返る。「手って前足? 後ろ足?」というくだらない問題で誰もが悩んでいるようだ。
「議長」
白い、人の形をした手が挙がった。聞き覚えのある声。されど見覚えはない。アリスはその娘の出席番号と、手元の猫名簿を照会して名前を調べ――
No.39 タマ(稗田さんちの)
No.40 タマ(磯野さんちの)
No.41 タマ(野良)
こういう名前被りの方がよっぽど深刻じゃないのか、とは思ったけれども今は何の関係もないので見なかったことにして。
「どうぞ、古明地さんちの火焔猫さん」
「猫は本来、水が、お風呂が嫌いな生き物なのです」
「は?」
「それを! ヘンな臭いがするからと! 飼い主の都合で無理やりお風呂に入れる! あたいは声を大にして言いたい! これはれっきとした虐待であると!」
――その通りだ
――もっともだ。
猫達は頷いた。いいぞお嬢さん、もっとやれ、と囃し立てる。
「し、しかし。あなたは見たところ人の姿をしているようですが……」
「人型だろうが嫌なものは嫌! シャンプーハットだなんて、あんなものは子供だましに過ぎません! 結局は隙間から零れてくるんだからっ!!」
熱弁はもはや悲鳴に近い。目ぇ瞑れば良いじゃん、という突っ込みは通じないのだろうか。通じないんだろうなあ。
「落ち着いて下さい、火焔猫さん」
「それをさとり様ったら、嫌がるあたいの、ふっ、服を無理やりに! それどころかおっ、お風呂であんなことを、あんなところを……うぅう……!」
――まったくけしからん。
――もっとkwsk。
猫達の怒号が飛び交う中、すっと、新たに手が挙がる。
「八雲さんちの橙さん、どうぞ」
「あのね、ちょっとヘンな臭いがする方がカワイイって、藍様言ってた」
場が凍った。
――その発想は無かったわ。
猫達は皆、長い髭を撫ぜながら考え込む。倫理と、嗜好の狭間で。
彼女の、歪みに歪んだ飼い主を、何と断じたら良いものか。
「この問題に関しては保留ということで……」
アリスは半ば無理やりに場を進めた。どこからも異論はない。深く突っ込まぬ方が良いと、暗黙の了承があったようである。
ぺらりとレジメをめくる。
「次は薬物、つまりマタタビ乱用について、だそうですが」
ごくり、と生唾を飲む音が、四方八方から。
――マタタビそのものは悪くない。
――限度を守ればむしろ健康に良いと聞く。
――いっそ国際規模での値下げを要求すべき。
――っていうか乱用しているのは飼い主だ。我々に罪はない。
「ちょ、ちょっとアンタ達」
それじゃ話にならないでしょう、とアリス議長は思う。
差し迫った問題に目を瞑り、勝手放題な言いよう。挙句の果てには人のせい。甘やかされて育った子の考えることはコレだから困る。
「クスリに頼らなきゃいけない人生なんて、間違ってる」
立ち上がったのは燃える正義漢、火焔猫燐。
「みんな目を覚ましなよ! 後から後悔するんじゃ遅いんだよ!」
おおスゲエ。眼鏡でもかけたらまさしく委員長さんだ。
「何か具体的な提案はありますか?」と、アリス。
「急に取り締まるってのは無理だろうから、税金をかけるとか」
突如、巻き起こるブーイングの嵐。ペシンペシンと尻尾を鳴らして怒りをあらわにする猫達。
ギラッ! なんとツメを立て飛びかかる猫まで――あっ、違う! 人ん家の柱でツメを研いでるだけだ……!
――正義はないのか。
アリスと燐、それぞれ別の理由で天を仰いだ。
「へ、へへへっへ」
橙、目がうつろである。
「マタタビマジ良いっすわー。快感っすわー」
手元のマタタビ袋は常用者のしるし。完全にキマっていた。
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん! そんなもの捨てなよ!」
「えー? 別にいいじゃん? 誰に迷惑かけてるってわけでもないしさー」
「あたい達だけの問題じゃないんだよ!? マタタビ依存はいつかきっと、あたい達の家族にまで迷惑をかけちゃうんだから!」
さすがは委員長。もっともな提言である。保体の教科書などに載っていそうだ。
家族。その言葉に猫達は皆、ハッとした。――そういえばそろそろ、おやつの時間ではないか。
「わたしはその家族に嗅がされたんだよね」
橙、空気読めない。非行少女とは概ね、家庭に問題を抱えているものだ。
「お堅いこと言わないでさ、あなたもヤろうよ? ね?」
「いやっ! 汚らわしい! そんなもの見せつけないで!」
「こんなにキモチイイのにー」
腰砕けになりながらも橙は燐に迫る。キマッているせいだろうか、抱擁、愛撫、首筋にチューまで流れるように。大胆なことをする。さすがの燐も態度を和らげた。
「そ、そんなにキモチイイの?」
「お腹マッサージの五十倍はイイかなー」
「……そんなに」
「何事も経験だよ。一回だけなら大丈夫だって」
いかにも歌舞伎町の路地裏あたりで囁かれていそうな誘い文句である。
「ほんとに大丈夫なの?」
ダメ絶対。好奇心は猫をも殺す。そんな言葉がアリスの頭を過ぎった。
「大丈夫大丈夫、合わなかったって、一回でやめちゃった子もいるしね」
「…………」
おそるおそる伸ばされる手。篭絡までわずか一分足らずであった。
「ふにゃー」
「ふにゃー」
『マタタビの有用性及び幻想郷規模での認可、またその増産に関する決議案』が全会一致で採決された。
その後も、会議は踊る。
・「猫じゃらし」とかいうけしからん植物は我々にじゃらされてるわけであって、「猫じゃらされ」と改名するのが正しい。
・猫の手は顔を拭いたり虫を捕まえたりと意外に忙しい。今後は賃借用を禁止とする。
・犬の額だって狭いのだから今後は「犬の額ほどの狭さ」と表現すべし。
・大相撲の決まり手「猫だまし」。あんなもので騙される猫はいない。
以上、果てしなくどうでもいい決議案が次々と採決された。
しかしながら猫達はもはや、飽きている。挙手を取っても尻尾を挙げて済ます始末だ。
「夕刊でーす」
そこへ新たな興味の対象が投げ込まれれば、見逃されるはずもなく。
――猫缶の輸入制限!? 断じて抗議せねば!
「『ピンク色に染まるマヨヒガ。白昼堂々主従で淫らな行為』!? あれはただの交尾ごっこなのに!」
――明日は雨か。飼い主の前でこれ見よがしに顔を洗っておかんとな。
「『古明地さとりちゃん、入園式で笑顔』 ……いっけね、忘れてた!」
なし崩し的に会議は終わり、解散の運びとなった。
……どうせみんな猫頭。明日になれば綺麗さっぱり忘れているのだろう。残ったのはただ一つ、アリスの疲労感のみ。
――そもそも、なんでウチなのよ。
部屋を見渡す。カーペットはおろか、棚の上まで抜け毛だらけ。ひどい有様だ。いったい自分が何をしたというのか。
ぷりぷりと怒りを振りまきながら掃除をしていると、おとないもなしに扉が開いた。
「よう」
女の子なのに男前な、ご近所さんの声。
「元気にしてたか、子猫ちゃん」
アリスは振り返り、
「にゃーん!」
良い声で鳴いた。
<了>
さとりんの入園式について詳しく
次も楽しみにしてます!
食べてたワッフルがPCについちゃったんですけど どうしてくれるんですか
とりあえずアリスかわいいよアリス
ff12www
>作者は犬派なんですけどね。
つまり次はドッグサミットなんですね!?
『おれは創想話を開こうと思っていたら
いつの間にかキャットサミット2009を読み返していた』
な、何を言っているのかわからねーと思うが
おれも何をしているのかわからねぇ……。
頭がどうかなりそうだった……。
中毒だとか今日で読み返すのが五回目だとか そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。
もっと恐ろしいものの猫力を味わったぜ……。
落ちが素晴らしい
ちょっと待て!!卒園式でなく入園式だと……(キラッとした笑顔で親指立て)
あとこれも今気づいたんですが多分かれこれ三回くらい読んだと思います。
もうひとつ気づいたんですが上に五回読んだというつわものがおられました。
おもしろかったです。
>「あれはただの交尾ごっこなのに!」
kwsk!