蝉がじぃじぃと自己主張を始める季節だった。
いつもは耳が痛くなるくらい静かな森に、耳が痛いくらいの鳴き声が反響している。
森の中に住んでいる彼女――アリス・マーガトロイドはたまらず、布団をかぶりなおした。
もうちょっとだけ寝かせて、とくぐもった声で独り言ちる。
それでも(当然のことだが)蝉の声は収まらず、布団をかぶった分だけ暑い。
その上にじぃじぃだけではなく、ぎゃあぎゃあまで混じりだしたではないか。
起きろよー。せっかく私が来てやったんだぜー。
そんな、厚かましい声がする。
うるさいなあ。アリスはぐいぐいと引っ張られる布団を奪い返して、頭に巻きつけるようにした。
頭隠して尻隠さずである。声の主は思わず目を逸らした。
しかし、アリスはそんなこと気にせずにすぅすぅと寝息を立て始める。
ええい、この低血圧魔法使いめ。暑くないのか。ついでに布団を厚く巻いてやろうか。
睡眠なんか必要ないくせに、とぼやきながら声の主――魔理沙はアリスを簀巻きにするのであった。
魔理沙が、ごめんなさいと言わされながら正座させられたのは5分後のことである。
以前簀巻きのままのアリスに怒られている姿は滑稽だった。
怒られている方も、怒っている方も。
話を逸らすために暑くないのかと問えば、暑いわよ!と怒鳴られてしまった。
怒りに火をつけたらしい。熱くなってるなあ、と魔理沙はぼんやり思った。
アリスの怒りが収まるまで、魔理沙は待っていることにした。
下手に動くと人形たちが武器を突きつけて威嚇してくるからだ。
簀巻きから解放してやろうにも、動くことすらできなくてはどうしようもない。
怒りか暑さか。アリスの顔もだんだん赤くなって、
叱る声にも力がなくなってきているようにも思える。
最悪、主人の意識がなくなれば人形はただの布だし。
うんうん、と頷いて納得しようとすると、目の前の人形がランスを揺らした。
徹底したものである。
簀巻きのまま、魔理沙に向けての苦情やら何やらをひとしきり言いつくし、アリスは息を吐いた。
それを見た魔理沙もはあ、と一息つく。
そしてごめん、とまた一言謝って痺れる足を無視しつつ、アリスを布団から解放してやった。
ようやく布団から逃れたアリスは深呼吸しながら伸びをした。ぱき、と関節の鳴る音がする。
淡いピンク色。ボタンをかけるタイプの極めてオーソドックスな寝巻き。
伸ばされた腕に、上着の袖だけではなく裾も引っ張られてへそがちらりと見えていた。
魔理沙が、またも視線を逸らした。
着替えたらリビングに来い。いいものやるから、と魔理沙が言った。
本当にいいものだろうか。魔理沙のことだからまたおかしなものではなかろうか。
その場では取られたものが戻ってくるのかしら、とは返したものの。
アリスは少しだけ、そのいいものに期待していた。
はてさて、明日は雨だろうか。もしかしたら雹が降ってくるのかもしれない。
アリスが来ると、魔理沙はキッチンに引っ込んでいった。どうも冷蔵庫に入れてあるらしい。
使うことを許可した覚えはないんだけど、と小声で言ってみたが気にする素振りも見られなかった。
笑顔でごまかされるのも、いつものことである。
アリス宅は、リビングとキッチンが繋がってはいるものの、
きちんと仕切られていて、座ったままでは見ることはできない。
一分もかからないであろうその間が、どうももどかしかった。
戻ってきた魔理沙は小さな袋を持っていた。
不透明な袋で、その中身を伺うことはできない。
アリスが不思議そうな顔をするのを見て、満足そうな顔をした魔理沙がそれを取り出した。
袋の中身は、バニラアイスだった。山の方の巫女から貰ってきたと魔理沙は言う。
アリスは山の上に越してきたという巫女とはまだ会ったことはなかった。
お礼を言うから紹介してくれと魔理沙に言うと、
妙に不機嫌なていで私が言ったからいいんだ、と言われてしまった。
そういうものではないのだが。アリスはむう、と魔理沙を睨む。
ぷい、とそっぽを向かれてしまった。先程まではご機嫌だったくせして、よく機嫌の変わる娘だ。
頬にアイスを付けていては様にならないが。
アリスは思わず吹き出してしまった。
笑うな、と怒鳴られても、アイスが付いたままではいかんせん迫力がない。
手でそれを掬い取ってやると、魔理沙の頬が一気に熱くなった。
魔理沙の機嫌を直すまでは実に大変だった。
下手に宥めれば子供扱いするなと怒られてしまう。
かといって放っておけば言外に構えと言うオーラが見える。
いや、それはオーラだったのかは分からないが。アリスの思いすごしかもしれないが。
だが、こちらを向かずとも、どこにも行かない魔理沙を放置するのは怖すぎた。
作業にもまるで集中できない。
アリスは魔理沙のご機嫌取りをすることにした。
まあ、私もアイス作ってあげるから、という一言で簡単に直ってしまうような機嫌だったのだけれど。
いかにも、魔理沙の策略通りに進められているかのような、単純な直し方のだったのだけれど。
暑いんだけど。
アリスは、ぽつりとそうつぶやいた。
機嫌の直った魔理沙は熟睡している。小さな声が届くはずもない。
魔理沙が寝苦しそうにんう、と呻いた。
私でさえ暑いのだから、黒い服の魔理沙はもっと暑いのではないかとアリスは思う。
この暑い中で人にくっついてくるのがよく分からなかった。
寝ている人を簀巻きにするほど外道ではないつもりなので放っておくが。
アリスは肩に乗っていた魔理沙の頭に自身の頭を乗せて二度寝に興じることにした。
あれだけうるさかった蝉の声は、いつの間にか気にならなくなっていた。
魔理沙がアリスの寝起きに訪れる回数が増えたのは、また違う話である。
日常マリアリとはこんなもんですね
ていうかアリスはエロい
この二人は本当に仲が良いなぁ。