皆さんこんにちは。紅魔館の顔、弾幕と共に幸せを運ぶ紅美鈴です。
早速ですが皆さん、事件です。紅魔館を揺るがすほどの大事件です。
どれほどの大事件かと言えば、うっかり咲夜さんの前で肉まんを頬張ってしまった時のよう、と言えば通じるでしょうか。
しかも二個ですよ、二個! あの時の咲夜さんの殺気ったらもう! 一目見ただけで殺人ドールと分かるほどの恐ろしさだったんですから!
……とにかく事件は私の目の前で起こったのです。いや、事件が私の目の前に転がり込んで来たと言うべきなのでしょうか……
* * * * *
事の起こりは些細な事でした。
侵入者の「し」の字も見えず、庭園の花は元気いっぱい。自分の仕事の完璧さに惚れ惚れしつつ武術の稽古をしていた時です。
『美鈴、ちょっといい?』
咲夜さんが私を呼んでいました。
私を叱りに来たのではないと、声の感じですぐ分かりました。急いで咲夜さんの元へ参じると、咲夜さんは何やら大きなお皿を持っていました。
『はい、これ』
『わぁ……』
白い陶器のお皿にはクッキーが山盛りになっていました。咲夜さんが一人で作ったにしてはちょっと張り切り過ぎです。
『中のメイドたちで作ったの。外のみんなの分も……て思ってたら多く作り過ぎちゃってね。ちょっと多いけどみんなで分けて』
『あ、ありがとうございます!』
『喧嘩しちゃ駄目よ』
たまに、こうやって外の警備隊の気遣いをしてくれるから咲夜さんは大好きです。
クッキーの甘い匂いと温かい手触りは、まるで咲夜さんそのもの。食べちゃいたいという意味ではなくて……いやクッキーは食べたいんですけど!
『それと、お嬢様があなたの事を褒めてらしたわ』
『レミリアお嬢様が……!?』
唐突にお嬢様の名前が出てきて私は吃驚しました。
『ここ最近暇でしょうがない、あの門番が張り切ってるせいだ、ってね』
『うぇ、それって褒めてるんですかぁ?』
『お嬢様なりの褒め方よ。満月の頃はまあこんな感じ』
『じゃあ、新月の頃は?』
『んー……いきなり抱きついて来てちゅー、とか』
『キス!?』
『いえ吸血』
『なんだぁ』
『期待してたの?』
『……ほんのちょっとだけ』
『素直でよろしい』
ともあれ、私の働きはレミリアお嬢様の御耳にも届いていたようです。
その事を伝える咲夜さんも嬉しそうな顔をしていて、三つ編みやフリルなんかも嬉しそうに跳ねているように見えました。
『まあそういう事。引き続きお仕事頑張ってね』
『はい! 咲夜さんも頑張って』
『ふふっ、誰に言ってるのよ』
『っ……』
不意に、咲夜さんの人差し指が私の唇を塞いできました。
それは私を窘めるように、それでいてちょっと私を誘っているように。
咲夜さんは紅魔館のメイドにとって憧れの存在です。そんな咲夜さんに唇を触ってもらった、つまり咲夜さんの指先にキスなんかしたら、興奮のあまり感情が理性を振り切ってしまうのは無理からぬ事だったのです。
『さ、さ、さささ咲夜さんっ!』
『ん、なあに?』
『咲夜さん大好きぃっ!』
ゴッ
この時です。この時、「最初の事件」が起こってしまったのです。
『ほぶ!?』
『ん……あ、うわあああああああ!』
『ぶおおおおおおおおおお……』
『しまったやっちゃったああああああああああああ!』
私の声に振り向いた咲夜さんの頭上には、私の踵が高々と振り上げられていたのです。私が踵落としを喰らわせたとも言います。
最高のタイミングで脳天に一撃を喰らった咲夜さんの体は前につんのめり、勢いあまり過ぎてその場で回転を始めてしまいました。まるで風車のように、地に落ちる事なく咲夜さんの体が回転を続ける様子は、こう言ってはアレですが想定の斜め上過ぎてむしろ滑稽でした。
私には悪い癖があって、感情が昂るととにかく何らかの行動を起こしてしまうのです。それが抱きつくとかキスとかならまだかわいい方で、今回もそうなってしまえば何も問題なかったのです。他のメイドたちに噂される程度ならお互い気にも留めないでしょう。
しかし。よりによって。武術の稽古をしている最中に呼び止められたので体が武術モードのままだったのです!
これは咲夜さんをヤッちゃった私が悪いのか、私を呼びとめた咲夜さんが悪いのか……?
『ぶはっ!』
回転の勢いをなくした咲夜さんが地に落ちるまで、ゆうに数十秒は経過していました。
流石にこれだけ回り続けていたら立つ事さえままならないようで、四つん這いになって頭をふらふら回しています。
『さ、咲夜さん! 大丈夫ですか!』
『うぷっ……ぶ、無事に見えるのなら異常よ、美鈴……』
『いやなんかもう色々とごめんなさい! 無事に見えません!』
『あなたが俗に言う「ヤンデレ」だったとは知らなかったわ……あぁー回るぅー』
『あ、仰向けになってて!横なんか向いたら駄目ですよぉ!』
命に関わるほどの怪我はないようですが、頭を強く打ったせいで咲夜さんが私の知ってる咲夜さんじゃなくなってしまったとしたら……どうしようもない後悔と自責の念に駆られ、私は寒気さえ覚え始めていました。
『大した怪我じゃないわ、美鈴……「死ぬほど」痛かったけど。頭がもぎ取られるかと思ったし』
『うああごめんなさいごめんなさーい!』
『……あなたの悪い癖、いつかちゃんと治さないと駄目ね』
『はいぃ……』
『こんな事で泣かないの。あなたは紅魔館の顔でしょう? この館を「泣き虫館」とでも改名するつもり?』
『うぐぅ』
なんというか、咲夜さんには一生敵いそうにありませんでした。
『あら、あなたたち試合をしてると思って来たんだけど』
『……あ』
『もう終わっちゃったみたいね。つまんない』
困り果てた私の元へ、レミリアお嬢様がおいでになりました。どうやら私の踵落とし(だけ)を見ていたようなのです。
そしてお嬢様の御声を聞いた瞬間、咲夜さんは身を起こしお嬢様に傅きました。お嬢様がおいでになったとあっては咲夜さんもいつまでも寝ているわけには行かないという事なのでしょう。
『お嬢様、昼間に外に出かけられては御体に障ります』
『傘をさしてれば平気よ。それより……』
ちらり、とお嬢様の視線が私と合いました。
うず。
うずうず。
『咲夜を一撃で倒すなんてなかなかね。これからも精進なさい』
『は、はい! ありがとうございます!』
『咲夜は足元をすくわれないようにね』
『はぁ……』
面白い物を見た、という感じでお嬢様は上機嫌な顔をされていましたが、隣の咲夜さんは怪訝そうな顔をしていました。
(相手はお嬢様よ。絶対にさっきみたいな真似はしちゃ駄目。いい? 絶対に、絶ッッ対によ)
小声で私に忠告してくれましたが、いくら私でもお嬢様に足を出すほど無謀ではありません。
『あ、そうそう。いい機会だから名前を覚えてやるわ、門番。あなたの名は?』
うずうず。
うずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうず。
『わ、私の名は――』
* * * * *
今にして思えば、あの時の咲夜さんの言葉はいわゆる『振り』だったのかも知れません。
私が『事に及んでしまった』後の、咲夜さんの『やってもうたぁー!』な顔が忘れられません。私自身も、あの時はお嬢様に気に入られた事が嬉しくて我を忘れてしまって、その結果『大事件』を……
今、私の足元にはレミリアお嬢様がおられます。
首だけ残して地に埋まっておられます。
私が感情の暴走の末に繰り出した踵落としはまたしても寸分の狂いなくお嬢様の脳天を捉え……はい、この状況に一番驚いているのは誰あろう私に違いありません。動転が過ぎて、感情がぐるり一周巡って平々坦々と回想したりしているくらいですから。
「一番、咲夜。美鈴に向かって殺人ドールやります……」
「二番、レミリア。門番の足元からドラキュラクレイドルやります……」
「三番、咲夜。お嬢様を止めません……」
「四番、レミリア。咲夜を止めません……」
まるで隠し芸大会のように名乗りを挙げる二人を見て、私はやっと事態を飲み込む事ができました。
そうだ、この人たちは私にあんな事やこんな事をするつもりなんだ。逃げるか防ぐか迎撃するかしないと駄目なんだ……
でも、動転しきった体がすぐに反応できるわけもなく……
「や、やめ――」
早速ですが皆さん、事件です。紅魔館を揺るがすほどの大事件です。
どれほどの大事件かと言えば、うっかり咲夜さんの前で肉まんを頬張ってしまった時のよう、と言えば通じるでしょうか。
しかも二個ですよ、二個! あの時の咲夜さんの殺気ったらもう! 一目見ただけで殺人ドールと分かるほどの恐ろしさだったんですから!
……とにかく事件は私の目の前で起こったのです。いや、事件が私の目の前に転がり込んで来たと言うべきなのでしょうか……
* * * * *
事の起こりは些細な事でした。
侵入者の「し」の字も見えず、庭園の花は元気いっぱい。自分の仕事の完璧さに惚れ惚れしつつ武術の稽古をしていた時です。
『美鈴、ちょっといい?』
咲夜さんが私を呼んでいました。
私を叱りに来たのではないと、声の感じですぐ分かりました。急いで咲夜さんの元へ参じると、咲夜さんは何やら大きなお皿を持っていました。
『はい、これ』
『わぁ……』
白い陶器のお皿にはクッキーが山盛りになっていました。咲夜さんが一人で作ったにしてはちょっと張り切り過ぎです。
『中のメイドたちで作ったの。外のみんなの分も……て思ってたら多く作り過ぎちゃってね。ちょっと多いけどみんなで分けて』
『あ、ありがとうございます!』
『喧嘩しちゃ駄目よ』
たまに、こうやって外の警備隊の気遣いをしてくれるから咲夜さんは大好きです。
クッキーの甘い匂いと温かい手触りは、まるで咲夜さんそのもの。食べちゃいたいという意味ではなくて……いやクッキーは食べたいんですけど!
『それと、お嬢様があなたの事を褒めてらしたわ』
『レミリアお嬢様が……!?』
唐突にお嬢様の名前が出てきて私は吃驚しました。
『ここ最近暇でしょうがない、あの門番が張り切ってるせいだ、ってね』
『うぇ、それって褒めてるんですかぁ?』
『お嬢様なりの褒め方よ。満月の頃はまあこんな感じ』
『じゃあ、新月の頃は?』
『んー……いきなり抱きついて来てちゅー、とか』
『キス!?』
『いえ吸血』
『なんだぁ』
『期待してたの?』
『……ほんのちょっとだけ』
『素直でよろしい』
ともあれ、私の働きはレミリアお嬢様の御耳にも届いていたようです。
その事を伝える咲夜さんも嬉しそうな顔をしていて、三つ編みやフリルなんかも嬉しそうに跳ねているように見えました。
『まあそういう事。引き続きお仕事頑張ってね』
『はい! 咲夜さんも頑張って』
『ふふっ、誰に言ってるのよ』
『っ……』
不意に、咲夜さんの人差し指が私の唇を塞いできました。
それは私を窘めるように、それでいてちょっと私を誘っているように。
咲夜さんは紅魔館のメイドにとって憧れの存在です。そんな咲夜さんに唇を触ってもらった、つまり咲夜さんの指先にキスなんかしたら、興奮のあまり感情が理性を振り切ってしまうのは無理からぬ事だったのです。
『さ、さ、さささ咲夜さんっ!』
『ん、なあに?』
『咲夜さん大好きぃっ!』
ゴッ
この時です。この時、「最初の事件」が起こってしまったのです。
『ほぶ!?』
『ん……あ、うわあああああああ!』
『ぶおおおおおおおおおお……』
『しまったやっちゃったああああああああああああ!』
私の声に振り向いた咲夜さんの頭上には、私の踵が高々と振り上げられていたのです。私が踵落としを喰らわせたとも言います。
最高のタイミングで脳天に一撃を喰らった咲夜さんの体は前につんのめり、勢いあまり過ぎてその場で回転を始めてしまいました。まるで風車のように、地に落ちる事なく咲夜さんの体が回転を続ける様子は、こう言ってはアレですが想定の斜め上過ぎてむしろ滑稽でした。
私には悪い癖があって、感情が昂るととにかく何らかの行動を起こしてしまうのです。それが抱きつくとかキスとかならまだかわいい方で、今回もそうなってしまえば何も問題なかったのです。他のメイドたちに噂される程度ならお互い気にも留めないでしょう。
しかし。よりによって。武術の稽古をしている最中に呼び止められたので体が武術モードのままだったのです!
これは咲夜さんをヤッちゃった私が悪いのか、私を呼びとめた咲夜さんが悪いのか……?
『ぶはっ!』
回転の勢いをなくした咲夜さんが地に落ちるまで、ゆうに数十秒は経過していました。
流石にこれだけ回り続けていたら立つ事さえままならないようで、四つん這いになって頭をふらふら回しています。
『さ、咲夜さん! 大丈夫ですか!』
『うぷっ……ぶ、無事に見えるのなら異常よ、美鈴……』
『いやなんかもう色々とごめんなさい! 無事に見えません!』
『あなたが俗に言う「ヤンデレ」だったとは知らなかったわ……あぁー回るぅー』
『あ、仰向けになってて!横なんか向いたら駄目ですよぉ!』
命に関わるほどの怪我はないようですが、頭を強く打ったせいで咲夜さんが私の知ってる咲夜さんじゃなくなってしまったとしたら……どうしようもない後悔と自責の念に駆られ、私は寒気さえ覚え始めていました。
『大した怪我じゃないわ、美鈴……「死ぬほど」痛かったけど。頭がもぎ取られるかと思ったし』
『うああごめんなさいごめんなさーい!』
『……あなたの悪い癖、いつかちゃんと治さないと駄目ね』
『はいぃ……』
『こんな事で泣かないの。あなたは紅魔館の顔でしょう? この館を「泣き虫館」とでも改名するつもり?』
『うぐぅ』
なんというか、咲夜さんには一生敵いそうにありませんでした。
『あら、あなたたち試合をしてると思って来たんだけど』
『……あ』
『もう終わっちゃったみたいね。つまんない』
困り果てた私の元へ、レミリアお嬢様がおいでになりました。どうやら私の踵落とし(だけ)を見ていたようなのです。
そしてお嬢様の御声を聞いた瞬間、咲夜さんは身を起こしお嬢様に傅きました。お嬢様がおいでになったとあっては咲夜さんもいつまでも寝ているわけには行かないという事なのでしょう。
『お嬢様、昼間に外に出かけられては御体に障ります』
『傘をさしてれば平気よ。それより……』
ちらり、とお嬢様の視線が私と合いました。
うず。
うずうず。
『咲夜を一撃で倒すなんてなかなかね。これからも精進なさい』
『は、はい! ありがとうございます!』
『咲夜は足元をすくわれないようにね』
『はぁ……』
面白い物を見た、という感じでお嬢様は上機嫌な顔をされていましたが、隣の咲夜さんは怪訝そうな顔をしていました。
(相手はお嬢様よ。絶対にさっきみたいな真似はしちゃ駄目。いい? 絶対に、絶ッッ対によ)
小声で私に忠告してくれましたが、いくら私でもお嬢様に足を出すほど無謀ではありません。
『あ、そうそう。いい機会だから名前を覚えてやるわ、門番。あなたの名は?』
うずうず。
うずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうずうず。
『わ、私の名は――』
* * * * *
今にして思えば、あの時の咲夜さんの言葉はいわゆる『振り』だったのかも知れません。
私が『事に及んでしまった』後の、咲夜さんの『やってもうたぁー!』な顔が忘れられません。私自身も、あの時はお嬢様に気に入られた事が嬉しくて我を忘れてしまって、その結果『大事件』を……
今、私の足元にはレミリアお嬢様がおられます。
首だけ残して地に埋まっておられます。
私が感情の暴走の末に繰り出した踵落としはまたしても寸分の狂いなくお嬢様の脳天を捉え……はい、この状況に一番驚いているのは誰あろう私に違いありません。動転が過ぎて、感情がぐるり一周巡って平々坦々と回想したりしているくらいですから。
「一番、咲夜。美鈴に向かって殺人ドールやります……」
「二番、レミリア。門番の足元からドラキュラクレイドルやります……」
「三番、咲夜。お嬢様を止めません……」
「四番、レミリア。咲夜を止めません……」
まるで隠し芸大会のように名乗りを挙げる二人を見て、私はやっと事態を飲み込む事ができました。
そうだ、この人たちは私にあんな事やこんな事をするつもりなんだ。逃げるか防ぐか迎撃するかしないと駄目なんだ……
でも、動転しきった体がすぐに反応できるわけもなく……
「や、やめ――」