Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

変態

2009/07/21 22:09:42
最終更新
サイズ
4.88KB
ページ数
1

分類タグ


 ある朝、リグル・ナイトバグがなにか気がかりな夢から目を覚ますと、自分が寝床の中で一匹の蝶々に変わっているのを発見した。彼女は大きく美しい羽が生えた背を下にして、あおむけに横たわっていた。頭を少し持ち上げると、いつもよりも大きな胸が邪魔をして、体の全体は見えない。胸のふくらみのせいで、息が苦しくなると、彼女は反射的にパジャマのボタンをはずした。すると、押し込めれていた豊満な胸が、勢いよく飛び出した。弾力のある胸を触ると、自分は一体どうなってしまったのかと、リグルは不安になった。
 これは夢なのだろうかと思い、リグルは辺りを見渡す。現実を強く実感させるほどのものはないものの、目覚まし時計の針の音は現実に進んでいるのを確認した。彼女は急いで起き上がろうとした。仕事に遅れてはいけないと慌てたのだった。しかし、身体を起こす事ができなかった。リグルは首を捻じ曲げると、自分の貧相な羽が、蝶々の彩り豊かな大きな羽に変わっていることにはじめて気が付いた。
 時計のベルが忙しく鳴り響きはじめた。六畳の小さな部屋には、ベッドとクローゼット、そして小さなテーブルが置いてあるだけだった。リグルは手を伸ばした。時計はテーブルの上にある。しかし、いくら彼女が顔を歪めても、その小さな手が時計に届きそうには思えなかった。
 仕方なく起き上がろうとしたが、羽が重すぎて、ベッドに縛り付けられているようだった。時計が鳴っているということは、もう七時だということを意味している。仕事だ。仕事に行かなければ。とリグルは無理やり羽を自分の手で握り締めると、転がって床に落ちた。鈍い音がして、左側の羽が少し折れてしまった。痛みは少なかったが、何か不可解な鈍痛がしばらく続いて、不快な気分になる。そのせいか彼女はしばらく動けずにいた。その間も時計は鳴り続け、そしていつの間にか鳴り止んだ。
 痛みも引いた頃になると、リグルはどうにか自分を起き上がらせるために、壁に寄りかかりながら身体を持ち上げた。羽が擦れてひどく痛むのを耐えながらも、やっとのことでテーブルに両手を付くと、再び時計が鳴って、すぐさまそれを止めた。時刻は七時十分になっていた。
 リグルの仕事は目覚ましサービスだった。里の人間に爽やかなモーニングコールを届けるために、朝早くから準備しなくてはならなかった。真面目な彼女は、この仕事を今までに失敗したことがない。というよりも失敗するほど数をこなしていなかったのだ。今日は、一ヶ月ぶりに入った久々の仕事の日だった。
 リグルは、すぐさま着替えなければならない、とクローゼットに手を伸ばした。クローゼットを開くと、その扉の内側にはめ込まれた大きな鏡に自分の姿が映った。美しかった。いや、言葉では、この美しさを表現することは不可能であるとも言えた。リグルは鏡に映る女神のような自分の姿に見とれてしまったのだった。重くて不快だった羽が、この世のものとは思えない艶やかな異彩を放ち、顔は以前の幼さを残しつつも、鼻筋の通ったすっきりとした、それでいて知的な顔つきになっており、緑色の髪は光沢が七色の雨を降らせて、透き通った透明な肌は、雪のように白かった。彼女は鏡の前で、恍惚とした自分の姿をなめるよう見物した。
 仕事のことなどはゴミ箱に捨てて、リグルは鏡の前の自分がどこの世界から来たのか知ろうとして質問を投げかけた。
「あなたは誰なの?」
すると鏡に映る女神は、ただ微笑むばかりで何も答えようとはしなかった。ぼうっとして、しばらく頬を染めつつも、リグルはパジャマの存在がこの甘美な世界を乱していると気づくのに時間は掛からなかった。クローゼットの中を漁ると、昔、友人にそそのかされて買ってしまった、黒いドレスが現れた。彼女は美の女神の力なのか、重かった羽が軽くなるのを感じると、パジャマを脱ぎ捨て、背の大きく開いたドレスに身を包んだ。少し大きめだった大人のドレスが、今ではこのためにあったかのように、丁度、身体に吸い付いた。
 「リーグルちゃん!」
突然、扉を叩く音と共に、誰かが自分を呼んでいるのが聞こえて、リグルは困惑した。この声には聞き覚えのあった。ああ、友人の大妖精だ―――と分かると、彼女はこの姿を何と説明すれば良いのか言葉を考えた。彼女はベッドに腰掛けると、幾つもの言い訳を頭に浮かばせはじめる。様々な案が出てきては、消える。するとその間に扉は開いてしまった。この家に、鍵など存在しなかったのだ。
「……あ」
と見詰め合った二人は、同じ声を発した。
「あ、あの突然開けたりしてしまってごめんなさい。リグルちゃんは何処かへお出かけしたんでしょうか?」
大妖精が丁寧に質問すると、リグルは答えに困窮した。というよりも、衝撃的な言葉に思考が止まってしまうのを、何の抵抗もなく受け入れてしまった自分に困惑した。
「え? あ、ああ…… 私は、えっと、私は……」
自分でも何を言っているのか分からないまま、リグルは目を瞑った。『ああ、何という事だろう。ああ、何てことだ! 彼女は私をリグル・ナイトバグだと思ってもいない! 私はリグル・ナイトバグのはずだ。今日は朝から仕事に行こうと思っていて、何故か蝶々になってしまった蛍のリグル・ナイトバグのはずだ!』と彼女は事実を認めるのが恐ろしくなってしまうのを、どうにか隠そうとしてクローゼットの扉を閉めようとする。すると、扉の内側にはめ込まれた大きな鏡には、リグル・ナイトバグではない別の何かが映されていた。大きな青紫色の羽には所々に黄色い斑点があり、緑色の髪の毛はいつの間にか七色に侵食され、顔は幼さが消えかかって陰鬱な笑みを浮かべている。
 大妖精は目の前の女神のような人物から視線を外すことができないといった様子で、扉の前で棒立ちになっていた。そこから春風を匂わせる花の香りが、むせるほどに部屋に流れ込んできた。すると、リグルはその匂いにつられるように、ふらふらと扉の方に向かっていく。蝶々の大きな羽が風で靡くと、ふわっと空中に浮いて、花の蜜を探しに飛び去っていった。
参考文献
カフカ 『変身』 高橋義孝 訳  新潮文庫 1952
コメント



1.朋夜削除
たぶん一部の人は連想したことが有るのではではないでしょうか?

色々突っ込みたい所は有りますが長くなるのでここでは割愛…
それ抜きにしてもイイですね、自然な感じのミックスで文章的には勿論、対比や描写なんかはかなりいいかんじだったと思います。
少なくとも嫌な印象は受けませんでした、むしろ好印象でした、これからも頑張って下さい!


変身は人間の、生き物の願望の様な物だと自分は思います。
しかし、突然の変身、又、望まぬ姿への変身は混乱を招き自分とは別の者に侵食される不安感を煽り、別のナニカの本能を呼び覚ます。
必ずしも変身が良いこととは限りません、かもすれば『彼』の様な末路を辿ってしまうかもしれません。

長文失礼しました。
2.名前が無い程度の能力削除
一人称視点と三人称視点がごちゃ混ぜで正直……読みづらいです。
3.名前が無い程度の能力削除
むしろ幼虫的な何かに、と思ったが
やっぱ作者氏敢えて没にしたのだろうなと
4.名前が無い程度の能力削除
そこはかとなくパクりっぽい。
5.名前が無い程度の能力削除
「~~だった。」が多いから読みにくいし、改行をして読み易くして欲しい。
6.名前が無い程度の能力削除
ネタ小説だろうなぁ、と思ったのにw
7.名前が無い程度の能力削除
どっかで見たようなと思ったらwwww
8.削除
ご指摘ありがとうございました。
確かに「~~た」を並べすぎてたのかな、とは思ったのでそこだけ少し訂正して、改行も若干増やしましてみましたが、付け焼刃程度なので、さほど違いはないかもしれません。

『変身』は色々な見方がありますよね。朋夜さんのおっしゃるように、何か別のものに変身すること自体が生き物の願望なのかもしれません。

蝶々にしたのは、ただ描きやすいかなと思ったのが理由です。
そのほうがそこはかとなく華やかですしね。

最後に、タイトルで期待させてごめんなさいw
9.名前が無い程度の能力削除
文体と雰囲気は元ネタにほぼ忠実かと。

次はオリジナルを見たいな。