※多少、オリ設定はいります。ご了承ください。
朝。いつも通りの穏やかな早朝。
着色されていない、無機質なコンクリートの建物の中で、少女が欠伸をひとつ。
名前は、ちゆり。北白河 ちゆり。この見た目の冴えない大学で、研究を行う15歳。
「あー、やっぱり徹夜ってのは翌朝に響くぜ」
ぼやきながら廊下をコツンコツンと歩き、1つのドアの前にたどり着いた。
部屋の名は、『ゆちるミ研究室』。この大学で最も無謀な研究を行っていることで有名である。
研究メンバーは4名。その4名の頭文字を並べて『ゆちるミ』の名前がつけられた。
ちゆりはその1名として、莫大なデータと日々格闘している。
さて、今日もそんな一日のはじまりだ、と研究室の鍵を開けた。
薬品とホコリの匂いがする。この匂いを嗅ぐと、ちゆりの脳は本格的に目覚める。
「さてと、今日も戦いの始まりだぜ」
持ってきた鞄を机の上に乗せると、机の足がギシッと悲鳴を上げた。
中には、研究で使う器具や実験データなどの研究に不可欠なものが隙間なくはいっている。
あと、机も相当年季が入ったものだから、結果として不安になるほど軋むわけ。
「そろそろまとまったリフォーム予算が欲しいところなんだけどなぁ」
もっとも、そんな予算があったら研究資金に使いたいのが研究者の共通認識なので、
結果として、いつまでもこの研究室のリニューアルは進まない。
その代わり、設備に関しては十分に満足の行くもので、優秀な装置がたくさんある。
足りない分は、河原のスクラップ置き場から拾ってきたジャンク品を組み立てて代用。
これが割と恐ろしい性能を発揮するものだから、設備だけならこの研究室が最も恵まれている。
「ま、この一件が終わったら、週末にでも修理するか」
ちゆりは着々と助手としての仕事、つまり研究室の整備をこなしていく。
窓を開けると、外の生温かい風が吹き込んでくる。正直不快だが、換気は大切。
ついでに、計算機を立ち上げて、昨日の徹夜結果を入力しておく。
これは、助手の仕事。教授が来た時、すぐにでも作業を始められるように準備しておくのだ。
計算結果が出るまでに、昨日洗浄したガラス器具を所定の位置に戻し、
4つ並んだロッカーの、左から二番目、『北白河』のロッカーを開け、中の白衣を着て、
最も右のロッカーを開けた。
「おはよ、ミミちゃん」
「きゅ~ん☆」
ミミちゃん、この研究室メンバーの1人。世界一キュートでイケてる大陸間弾道ミサイル。
見た目はただの大陸間弾道ミサイルだが、中身は天才大陸間弾道ミサイル。
夜間もこの研究室にいて、侵入者が来ないか見張っている(と本人は思っている)。
この部屋のジャンク品の大半は彼女が組み立てたものである。
「ミミちゃん、まだ燃料大丈夫?」
「きゅ~ん☆」
「ミミちゃんの言葉は分からんぜ」
メーターを見ると、まだ4分目まである。補給の必要はなさそうだ。
時計を見ると、8時9分。
「もうそろそろ、来るころかな」
「きゅ~ん☆」
と言っているうちに、ドアの外から音程の外れた鼻歌が聞こえてきた。
そして、それはだんだんと近づいてきて、
「ヘーイ!」
ご機嫌教授、岡崎 夢美が飛び込んできた。ドアの蝶つがいが天寿を全うした瞬間だった。
「おはよう、ちゆり、ミミちゃん。今日も張り切って行くわよ」
「なあ教授、もうちょっと静かに入って来れないのか?」
床に落ちた蝶つがいの破片を拾いながら、ちゆりが文句を言ったが、夢美には届かない。
「ご主人さま~」
両手いっぱいの段ボール箱を抱えて、ふらふらとる~ことがはいってきた。
夢美の身の回りのお仕事をこなす、家事専門アンドロイド。
いつも夢美から離れず、こうして雑用に使われているが、本人はそれを生きがいと思っている。
「こっちよ、る~こと。こっちの机に置いといて」
「はいぃ」
る~ことはアンドロイドなので、人間が持てる重さ以上の荷物の運搬もできる。
本当は家事専門なので、こういう作業はそんなに好きではないらしい。
「よいしょっと」
る~ことが荷物を置くと、さらに机が軋んだ。もういつ足が折れてもおかしくない。
「運搬、終了しました」
「じゃあ、次はそこのドア直しておいて」
自分で壊しておいて直さないのかよ、と、ちゆりなら口答えするだろうが
「はい、分かりました。いきますよ、ミミちゃん」
「きゅ~ん☆」
と、素直に作業をはじめる辺りが、この2人だ。
さっそくる~ことは、ミミちゃんの鼻先にドライバーを装着しはじめた。
「で、ちゆり、昨日のデータ解析終わってる?」
「もうすぐ計算結果が出るぜ」
と言うが早いか、コンピュータの画面に計算結果が表示された。
『error!! : 数式内に矛盾が発生しました』
「ダメじゃないのッ」
「あいたッ」
夢美がちゆりをひっぱたいた。
「もうこれで何度目の失敗になるのよ、もう」
「私はきちんと仕事をこなしてるはずなんだけどなぁ」
「本当に?」
「嘘だと思うなら、式だけでも見てみろよ」
「どれどれ」
夢美は、コピー用紙20枚にわたる方程式を1行1行流し読みして、
「うん、間違ってないわね」
「だろう?」
「なんかムカつく!」
「あいたッ」
今行われている作業は、先日の実験旅行で得られたデータの再解析。
解析結果をまとめたところ、学界から追放されたので、復活のための第一歩。
確かに「魔法」の存在を目にした夢美とちゆりだったが、どうにも再現できない。
せめてそのエネルギー方程式だけでも完成させようと、今こうして解析中なのである。
残念なことに、サンプルを得ることはできなかった。
それどころか、事の成り行きから、る~こととミミちゃんを譲渡せざるをえなくなった。
ただ、
『夜な夜な生気を吸い取られていそうで、なんかアレ』
『乗りごこちが思いのほか、なんかアレ』
と、非常に訳の分からない抽象的なクレームと一緒に帰ってきたから、そっちは解決。
それはともかく、データ不足なのは否めない。
魔法使いの1人でも誘拐できてれば、今頃とっくにこの方程式は解けているだろうに、
とか思いながら今日も2人は疑似魔法を元に魔法のエネルギー源の解析をしている。
「ご主人様~、ドアの修理終わりましたぁ」
「きゅ~ん、きゅ~ん☆」
「ありがとう、じゃあその辺の掃除でもしてて」
夢美は方程式から目を離さずに言った。
「分かりました。さあ、ミミちゃん、はじめますよ」
「きゅきゅ~ん☆」
る~ことは服の中から折りたたみのモップを取りだし、それからミミちゃんの鼻先に埃払いを装着した。
そんな2人には目もくれず、夢美とちゆりは解析を続ける。
「教授、ここの比例定数、二乗して負の数になってるぜ」
「それで合ってるはずなんだけどなぁ」
「嘘つけ。昨日、それはおかしいって言ってたじゃないか」
「やかましい!」
「あいたッ」
すぐさま誰かに当たりたくなるのは夢美の悪い癖。
「昨日ミスに気づいたのよ。昨日、夕飯のシシャモを食べてる最中に!ね、る~こと」
「昨日のお夕飯はシシャモではなく、お豆腐のリゾットでしたが」
「そうだっけ?」
「そうです」
夢美は、はて本当にそうだったかしら、と海馬をフル稼働させた。
どうでもいいことは、割と早く記憶から抜け落ちてしまう。
「惚けたか」
「やかましい!」
「あいたッ」
一言多いのはちゆりの悪い癖。
研究者に限らず、物事に没頭した人は大概時間を忘れる。
それは、夢美やちゆりでも全く同じこと。
「ちょっと待って、ここは反比例反応でしょ?」
「いいや、この係数は反応には何の関わりもなかったぜ」
「そんなことないわ。だって、ほらここ」
「うんにゃ?」
何枚もの資料に同時に目を通しながら、熱い議論を繰り広げる2人。
「だから、これはこの式で説明できるでしょ?」
「いや、そいつは粒子の質量について無視してる式じゃないか」
「だからねぇ───」
と、どこまでもヒートアップしていきそうな2人だったが、
「お二人とも一旦ストップです!」
2人の間にる~ことが割り込んだ。
「12時30分、ランチタイムでございます」
机の上に散らばった無数の紙をてきぱきと片付けて、お弁当を広げる、かかった時間、わずか6秒。
一切無駄な動きの無い職人技に、夢美もちゆりもポカンとしているしかなかった。
「さあ、どうぞ」
最後にきちんと2人に箸を渡して、る~ことのお仕事は一旦終了。
研究室で取る食事は、基本的に研究資金の一部を使って材料を購入、
毎日、る~ことが朝早くに起動して2人のために作るお弁当に頼っている。
「教授、続きはご飯とってからにしようぜ。なんかる~ことに悪い」
「そうね。ご飯食べれば頭が活性化するかもね」
ペンを箸に持ち替えて、戦いの合間のランチタイムに突入。
「そうそう、周期的な生活を送ることが健康の第一条件です」
「きゅ~~ん☆」
好きな物から手をつける夢美と、最後まで残しておくちゆり。
2人の違いはこの辺にも現れる。
「あ、教授、その卵焼きは私のだぜ!」
「はむっ、残念、もう食べちゃった」
「じゃあデザートの苺は私が1個多めにもらうってことでいいな?」
「あ、卑怯よ、ちゆり!ほら、ほうれん草あげるから、ね?」
「断固拒否だぜ」
「ちゆりのケチ!る~こともミミちゃんもそう思うでしょ!?」
困ったときの助け舟、とっさに夢美はる~ことに同意を求めるが、
「ご主人様はビタミンAが不足しがちなので、ほうれん草は食べていただきたいです」
「きゅ~~~ん☆」
隣でちゆりがニヤニヤした。
「あーもう!」
夢美は、弁当箱の中のほうれん草全てをつまんで口に入れた。
「ほう、ひふひ、ほへへほう!」
「教授、ごっくんしてから喋ろうな」
この後、夢美はデザートの苺を死守した。
理論的に何かおかしくないか?とちゆりは思ったが、結局口にする機会は無かった。
その後、食後の休みなんてとる暇もなく研究の再開。
根っからの研究者である2人には、これが普通。
「教授、ちょっと式を再構築してみたが、今度はどうだ?」
「どれどれ……ふーん、悪くはなさそうね」
「そうだろう?ちょっと実験してみようぜ」
「分かったわ、じゃあ始めるわよ」
「よし来た!」
ちゆりはジャンクパーツから成る実験装置のスイッチをいれた。
机上で理論を組み立てるより、実際に実験する方がちゆり好みなのだ。
「私がデータを取るから、ちゆりは操作して」
「合点だぜ」
電圧レバーを徐々に上昇させる。
装置がガタガタと揺れはじめたが、これくらいは正常のうち。
「教授、どうだ?」
「全然駄目、もっと出力を上げて!」
さらに電圧レバーを上げると、装置が熱を帯び始めた。これも正常の範囲内。
「教授!」
「駄目駄目、全然なってないわ。もっと上げて!」
そこまで言われたら、あげるしかない。
ちゆりはレバーを一番上まであげた。装置の中で不穏な音がする。
これは結構ヤバイサイン。
「教授、もう限界だぜ!」
「もっと電圧をかけて!少しずついいデータが現れ始めたわ!」
「これ以上やると研究室が吹っ飛ぶぜ!」
「魔法のためなら、こんなオンボロ実験室の1つくれてやるわ!」
「もう知らん、何が起きても知らんからな!」
ちゆりは震える手でレバーの隣の安全装置を解除した。
もうこれで電圧調整はできない。装置が壊れるまで急上昇するだけだ。
装置から噴出す熱風で、もう近くにはいられない。
「いい、いいわ!上質のデータよ!」
「教授、そろそろ観測停止するぜ、このままだと色々ヤバイぜ」
「まだ、まだ行けるわ!」
もう無理だ、とちゆりが言おうとしたが、その前に研究室は吹き飛んだ。
割れた蛍光灯、砕けた棚のガラス、散乱した色々なものの破片、吹き飛んだドア。
爆発はさほど強くなかったので、人身事故とまではならなかった。
ちなみに、この規模の爆発事故なら3日に1度は起きる程度の日常茶飯事。
「惜っしい、あともう少しで実用化できるほどのデータが取れたのに……」
「これだから、教授といるといくつ命があってもたりないぜ」
爆発の衝撃で壁に叩きつけられた夢美とちゆりは、目の前でプスプスと煙をあげる、
かつて実験装置であった鉄の塊を眺めながら、それぞれの心の内を口にした。
「……とりあえず、今取れたデータの解析しましょうか」
「いやいや、まず割れた窓ガラスの処理だけでもやろうぜ」
「る~ことにやらせればいいわ」
「そう言えば、る~こととミミちゃんどこ行ったんだ?」
はて、と、夢美は荒廃した部屋を見渡した。
割れた窓の隣の壁に、ミサイルを抱いた人の形の穴があいていた。
「教授」
「言わないで」
「ここ、9階だよな」
「言わないで」
飛行実験なども扱う都合上、この研究室は建物の最上階にある。
おまけに、外に飛び出したのは、核融合炉を内臓されたアンドロイドと大陸間弾道ミサイル。
2人が合体したら、立派な核ミサイルのできあがり。
「教授」
「大丈夫、私は2人を信じてるわ」
「教授」
「……仕方ないわね、見るだけよ」
夢美とちゆりは、その穴から下を覗き込んだ。
地面がはるか遠くに見えるが、大きなクレーターは見当たらない。
もし下に人がいたとしても、
『すみませーん、今、ガラスとかと一緒に核ミサイル落ちてきませんでした~?』
なんて、聞けるわけがない。通行人はいなかったが、いたらいたで、聞けたものではない。
もともとこの下は物置とかのスペースなので、普段から人はいないのだが。
「教授、よかったぜ。被害者はいないみたいだ」
「そうみたいね」
「……教授、る~こととミミちゃんはどこ行ったんだ?」
「私に聞かないでよ」
「もしかして、どさくさに紛れてどこかに逃げたんじゃないか?」
「な、馬鹿なこと言わないでよ」
「だって、教授の扱いは明らかに酷いじゃないか。特にる~こと」
「ひ、酷くなんかないもん!」
「ゼッタイ酷い」
「酷くなんかないもん!」
「ご主人様」
2人の背中から、あの声が届いた。あまりにも唐突すぎて、2人ともゾクリと来た。
振り向くと、緑の髪に青と白のメイド服、手にはちりとり、背中に背負うは大陸間弾道ミサイル。
「ただいま帰りました」
「きゅきゅ~ん☆」
吹き飛ばされた方向とは反対の、部屋のドアから何食わぬ顔で、る~こととミミちゃんは戻ってきた。
「る~こと、どこ行ってたの!」
「お外に飛び出した窓ガラスの破片を空中で回収しました。ケガ人が出るといけないので」
ここは9階。地上との高さはおよそ30m。
自由落下運動を考えると、着地までの時間はおよそ3弱。
その間に落下中の無数のガラス辺を、自身も落下しながら回収するとなると、もはや人間業ではない。
「さて、次はこの室内のお掃除ですね。はじめますよ、ミミちゃん」
「きゅ~ん☆」
散らばった瓦礫を、まずは箒で集めようと、る~ことはちりとりから箒に握り換えたが
「る~こと、ミミちゃん」
夢美が2人を呼び止めた。
「なんでしょうか」
「……嫌な仕事があったら、嫌って言ってもいいのよ」
「……はい?」
る~ことは首をかしげた。
あー本気にしちゃったよこの人、とちゆりは思った。
彼女としてはほんの冗談のつもりだったのだが、なんて思っていたら額にスパナが飛んできた。
「あいたッ、なんだよ教授」
「なんか今ちゆり、内心で私を馬鹿にしなかった?」
「あぅぐ……」
言い返す言葉はなかった。
研究に没頭すると、本当に時間は音速を超えてすっ飛んで行く。
途中でおやつやら夕飯やら挟めたのも束の間で、ほとんどが研究に消えていき、
新しく張り替えた窓の外は、明るい三日月が顔を出していた。
ふと時計を見ると、短い針が10と11の間を指していた。
途中で6時に夕食をとったから空腹ではないが、そろそろ疲労がピーク。
「教授、そろそろ疲れたぜ」
「待って、このエネルギー係数だけ求めたら今日は終わりにするから、それまで頑張りなさい」
「そう言って彼是2時間じゃないか。私、昨日寝てないんだぜ」
ちゆりは机の上に頬をついた。
「なあ、教授。少しだけ任せていいか?」
「……分かったわ。お疲れ様」
前髪をくしゃりと掴んで、夢美はペンを走らせ続けた。
その真剣な顔つきは、最も身近にいるちゆりであっても滅多に見られるものではない。
普段はドアを破って部屋にはいってきたり、どうでもいいことで駄々をこねたり、と、
全くもって頼りにならない様だが、たまにこうして見せる真剣さが、ちゆりは好きだった。
ちゆりと夢美は、幼少の頃からの幼馴染であった。
だから、ちゆりは他の誰よりも夢美について知っている。
史上最年少で教授の座についたことも、天才の名を欲しいがままにしたことも、
それでも自分の夢を諦められずに名声を投げ打って今も研究を重ねていることも。
幼馴染ということもあったけど、そういう一途なところに憧れて、ちゆりは今もこの研究室にいる。
だから、こういう真剣な眼差しを見ると、何とも例えられない安心感を覚えるのだ。
「教授」
「何」
「……出番がきたら叩き起こしてもいいぜ」
「了解」
深夜11時。
腕時計が就寝時間の訪れを教えるアラームを鳴らした。
「もうこんな時間? ったく、もう」
夢美が想像していたより、この件ははるかに難問だった。
ちゆりを起こせば少しは早く片付くかもしれないが、それは止した。
「でも、なんだかんだ言って、昨日徹夜してくれたのよね、ちゆり」
そっと隣で眠る助手に話しかける。
人手不足のため、時に、自宅作業が出るのも仕方のないこと。
しかし、今までちゆりは頼まれた仕事を、一度としてサボることはなかった。
風邪を引いていた日に、体調を押して徹夜してきたことすらあった。
あの日ばかりは、病院経由でちゆりを自宅まで送っていったが。
その仕事を頼むのは夢美自身であるため、一応ちゆりの身も心配しているのだが、
ついつい研究ばかりに目がいってしまって、無茶を押し付けてしまうことも少なくない。
それを文句を言うことはあれど結局きちんと整理してくる、立派な助手をもったことを夢美は誇らしく思っている。
時々感情的に殴ってしまうこともあるが、殴られることもあるので、おあいこ。
「る~こと、毛布持ってきて」
「かしこまりました」
棚から毛布を持ってきたる~ことは、そっとちゆりにそれをかけた。
「ご主人様、そろそろご研究もその辺にしないと、お体に響きますよ」
「分かってるわ、でも、ちゆりだってこんなに頑張ってくれたんだから、頑張らなくちゃね」
「しかし……」
「大丈夫よ。そうだ、珈琲いれて。もう少し頑張るから」
「かしこまりました、でも1杯だけですよ。夜の珈琲は眠れなくなりますから」
る~ことは棚からカップを1つと取りだして、
「あら、ご主人様、珈琲の粉がもうありません」
夢美は一瞬驚いたが、間髪いれずに
(ああ、そうだ。この前、粉じん爆発の実験の時に全部使ってしまったんだ)
と思い出した。
「じゃあ、近くに行って缶珈琲買ってきて。カップにあけて飲むから」
「かしこまりました。それでは、行ってまいります」
る~ことはそう言うと、お使いの旅に出かけて行った。
「さて、じゃあ私ももうひと頑張りしますか」
る~ことはアンドロイドである。
知能回路が示した判断の通りに動く、それがアンドロイドの行動原理。
あらかじめインストールされている判断基準を元に主人の命令を判断し、働く。
つまり、命令されたことは徹底できるのだが、少しでもそれ以外の事象が出るとつまずく。
『近くに行って缶珈琲買ってきて』という命令であったが、
彼女の認識した自動販売機には“つめた~い”“あたたか~い”の2種類の珈琲。
「はて」
困ってしまった。
「ご主人様のご希望はどちらなのでしょう」
こういう場面に、る~ことは弱い。
勿論、手も足も出ないわけではない。緊急時に働けないようでは、アンドロイド失格である。
並のスパコンに劣らない計算回路で、温かいのか冷たいのか、どちらを選ぶか判断を始める。
る~ことの計算回路はかなり発達している。
栄養バランスと値段と食材の旬を同時に計算しながら、どの食材を選ぶかを判断しながら買うためだ。
「そうですね」
ついに決めた。
「冷たいものにしましょう。ご主人様の意にそぐわなくとも、容易に温めることができます」
それが、スパコン計算回路が20分間フル稼働の末、弾き出した答えであった。
(この演算を5秒で行う人間の頭脳に比べたら、私の知能回路もまだまだみたいですね)
何度もこの自動販売機の前で珈琲を買う人を見たことのあるる~ことは、そう結論付けた。
誰も、20分もかけて迷う人はいなかった。
この世界の進んだ科学力を以てしても、まだ人工知能には発展の余地が見られるようだ。
(時間がかかってしまいましたし、急いで帰らなくては)
走らずしかし急いで、る~ことは研究室に戻った。
すると、普段は決して研究室から出ないはずのミミちゃんがドアから顔だけのぞかせていた。
もう深夜なので、建物の中には彼女たち以外誰もいなかったからかもしれない。
ミミちゃんは人見知りが激しいので。
「おや、ミミちゃん、どうしました?」
「きゅ~ん」
人間には“きゅ~ん”としか聞こえない音声でも、おなじ機械仲間のる~ことはそれを受信できる。
「そうですか。ご主人様もご就寝ですか」
「きゅ~ん」
「次回からは、もう少し早く帰ってこられるよう努力します」
そう言って、る~ことはミミちゃんを連れて、部屋にはいった。
夢美とちゆりは、互いに顔を向けて机に頬をついて、ぐっすり寝ていた。
「本当はベッドで寝ないと翌朝関節がひどいのですが」
と言いながら、もう1枚の毛布を棚から持ってきて、夢美にかける。
「今夜はもう寝ましょう。おやすみなさい」
「きゅ~ん☆」
「さあ、ミミちゃん、灯りを消しますよ」
「きゅっきゅ~ん☆」
ミミちゃんが鼻先で照明スイッチを押すと、部屋は瞬時に暗くなった。
また明日になればドタバタがはじまるであろう研究室に、ひと時の静寂が訪れた。
機械組み立てとか何やってんだミミちゃんw
作者氏に乾杯
………これはこれでアリ、だな
誰か無知なワタクシメにご教授を!
>1
核ミサイルが身近な生活って素敵ですよね。
>2
飛ばせちゃいました。
>3
……確かに。
>4
万能っ子、ミミちゃん☆
>5
乾杯どうもです。
増えろ~、増えろ~ッ
>6
ミミちゃんはきっと素敵ミサイルなのです。
>7
旧作ですが、東方範囲内です。
詳しくは『夢時空』で。
こちらこそ、ありがとうございます。