夜空に響く破裂音。それと同時に光の粒が飛び散る。
今日は幻想郷の花火大会。主催は永遠亭。薬の事なら何でもござれの天才薬剤師は火薬爆薬の類すら守備範囲に納めているようだ。
一瞬だけ夜空に咲く花が永遠の名を冠する所より打ち上げられている光景はどこか何かが矛盾しているようにも見える。
打ち上げられる花火の真下では着火係として妹紅がこき使われているのだろう。
時折竹林から噴きあがる火柱を見るに、輝夜がちょっかいを出しているのかもしれない。
花火の規模はかなり大きなもので、幻想郷の住人達は皆、この一夜限りの光の芸術を楽しもうと、人里も神社も妖怪の山も、何処も彼処もお祭り騒ぎであった。
それは此処、紅魔館も例外ではなく、館の主要メンバーは見晴らしのいいテラスに集まり、思い思いに夜空を彩る輝跡を楽しんでいた。
◆ ◆ ◆
――ヒュ~っと来て……ドカーン♪――
――ヒュ~っと来て……ドカーン♪――
壊れた蓄音機のように呟く。幽かな……自分以外には聞こえない程幽かな声で。
私、フランドール・スカーレットは花火が好きだ。
先程から飲んでいるワインのせいでやや火照った身体を手すりに預け、ぼんやりと空に撒き散らされた花びらを眺める。
お姉様は私の隣、テラスの手すりに腰掛け、脚を宙にプラプラさせながら私と同じワインを飲んでいる。
花火大会が余程楽しみだったのか、日暮れ前から飲み始めたせいで完全に出来上がっている。
顔を真っ赤に染めて鼻歌を歌っている姿は正にスカーレットデビル。もう紅けりゃ何でもいいよ。
テラスのやや奥まったところでは咲夜と美鈴が酌を交わしていて、美鈴は胡坐をかいて、『いや~、すいませんねぇ』なんて言いながら、まだ大して飲んでもいないのに顔を朱に染めている。
咲夜の方も今日は無礼講ってなもので、お姉様の事は放っぽって杯を傾けている。
パチュリーは椅子に腰掛けて小悪魔に薀蓄を垂れ流している最中で、その手元には分厚い図鑑、『世界の花火~線香からキュイまで~』と題されたものが置かれている。こんな時でも本を手放さないのが彼女らしいと思う。
「たーまやー!」
酔っ払った美鈴が唐突に叫ぶ。何の呪文?
「さーくやー!」
お姉さまがそれに応えるように叫んだ。咲夜?
「お嬢様ー、そこは鍵屋ですよー」
呼ばれた咲夜が呆れたようにつっこむ。律儀だね。
「別にいいじゃない、大体鍵屋って何でよ?」
そんな他愛の無い会話を聞き流しながらじっと花火を見ている。
その始まりから終わりまで――中心の玉がいの一番に弾けて爆ぜて……夜空に放り捨てられた欠片も次々と燃えて、煌いて、咲いては溶ける。その過程をつぶさに観察する。
一口に花火といってもその輝きは千差万別。菊のように拡散するもの、彗星のように尾を引いてプツリと消えるもの、柳の木のように降り注ぐもの、全部綺麗。
「ねえお姉様、花火と弾幕って似てるよね?」
色とりどりの花火を見ながら隣でワインをラッパ飲みするお姉様に問いかける。
同じだ、その作られる理由も、愛される理由も。
綺麗だから。
散るために、弾ける為に作られて……一瞬の輝きで見る者を魅せては去っていく。
だから私は弾幕作りが好きだ。
自分の作った弾幕が世界を鮮やかに彩って、埋め尽くして、それに見蕩れた相手が飲み込まれて落ちてゆくのを見るのが大好き。
「フランは変なこと言うのね? 弾幕は敵を撃つものでしょう?」
お姉様にとってはそうなんだろう。
機能が優先。美しさは二の次。だからお姉様の弾幕は大抵真っ赤。
血液を撒き散らすような紅い弾幕。
それはそれで綺麗だと思えるから不思議。
あるいは私が紅色を好きってだけかも知れないけれど……。
――あの中のどれか一つでも私の力でギュッとしてドカーンすれば……今よりもっと綺麗かな?――
次々に打ち上がる花火を見ながらそんな事を考えて……すぐさま実行する。
私が握り締めた花火はものの見事に砕け散り、何の光も残さないまま夜の闇に食われて消えた。
「つまんないの」
吐き捨てるように呟いた。
さっきまでの幸せな気分は途端に何処かに行ってしまった。
苛々する。悪い癖。持っていたグラスが音も無く粉微塵になる。
周りを見る。誰も彼も相変わらずの楽しそうな笑顔。
いつの間にか酔っ払った美鈴を箱詰めにした酔っ払いの咲夜による『マジ切りマジック~種も仕掛けもない不死身妖怪解体劇~』が始まっている。
観客はパチュリーと小悪魔でパチパチと拍手を送っている。
隣のお姉様は上機嫌で歌ってる。
『スカーレット賛歌第666番~運命の紅い糸は張力495ポンド~』。作詞作曲お姉様の女声二部合唱だ。
それを見て私は益々機嫌を悪くする。
私はこんなに嫌な気分なのに皆はどうして楽しそうなの?
苛々する。ギュッとしたい。多分きっと悪い癖。
唐突に閃く……そうだ、自分も花火を作ろう。
あの空で輝くやつじゃなくて、一から自分で。
幸いな事に材料なら周りに沢山……ひとつ……ふたつ……うん、五つもある。永遠亭から打ち上げられる何百何千の花火に比べれば全然少ないけど……今の私の最悪な気分を吹き飛ばすには十分さ。
私はすぐに材料を掻き集める。右手には五つの『目』。
そこまで来て私はふと思うのだ。
ああ、駄目だよ駄目駄目。花火には観客が必要だ。
せっかく綺麗な花火を作ったってそれを見てくれる人がいなければ意味が無い。
自分で作った花火を独りで愛でるだけなんて勿体無い。
『綺麗ね』って、笑ってそう言ってくれる人が必要なんだ。
誰がいいかな?
美鈴?
パチュリー?
小悪魔?
咲夜?
うん、やっぱりお姉様がいい。
だってこの花火たちはきっと……お姉様と私の好きな紅色だから――
私は歌ってるお姉様の目の前に開いた右手を差し出して……その上には四つの『目』。
お姉様は気付くかな?
――お姉様、ホラ――
そう言った私は楽しそうな顔だったのかな?
お姉様はちょっとだけ吃驚したような顔をして……すぐに機嫌のいい微笑を取り戻したかと思うと私の右手に自分の左手を乗せて……ギュッと握り締めた。
――あーあ、残念。――
私はお姉さまにだけ聞こえるよう呟いた。
やっぱりお姉様に見せびらかすようにしたのは失敗だった。これじゃ『目』を潰せない。
『目』を潰そうと掌に力を入れたところで伝わってくるのはお姉様のぬくもりだけで……酷く気分が落ち着いてしまった。
花火を見て感じた浮ついた――フワフワした気持ちはスッと引いていって、後に残ったのは思い通りにならない事への苛立ちと安心感。
――どうして壊させてくれないの?――
訊ねる。最近のお姉様は私に冷たい。
壊させてくれないから。
以前――私が地下室に居た頃は私が周りのものをいくら壊したって怒ったりしなかった。壊して壊して喜ぶ私を見て微笑んで……一緒に遊んでくれた。それは今でも変わらないけれど……私が部屋の外に出るとお姉様は人が変わったように厳しくなる。
地下室の外のものはどれもこれも壊したことの無いものばかりで――私は壊したくて仕方が無いのに――お姉様はそうさせてくれない。
美鈴も咲夜もパチュリーも……きっと壊せば綺麗に違いないと、そう思うのに……。
お姉様は不満げな私を見て首を横にふりふり。優しく言う。
「だって泣くでしょう?」
そうかな? そうかもね。
――それはそれでいいじゃない?――
私がそんな事を言うと、お姉様はとても困ったような顔をして私を見るのだ。
私はその目が苦手。胸が苦しくなるから。ギュッとしたくなる。
――お姉様の目なら壊してもいいかな?――
素直に訊いてみる。馬鹿馬鹿しい問いかけだと思う。それでもそんな私にお姉様は笑って答えるのだ。
「また今度ね?」
曖昧な答えだけど駄目とは言わない。そういう所は大好きだ。壊させてくれるところが好き。壊してくれるところが好き。
本当は――壊させてくれないところもちょっと好きだ。
結局のところ大体全部好き。
だから私はギュッとする。
「ねえフラン、とてもいいことを思いついたわ」
「何?」
「踊りましょ?」
熱っぽい声でそう言ったお姉様は私の手を引いて羽ばたいた。輝く夜空の中心めがけて翔け出していく。
「ちょっと?」
こっちの意志なんか関係無しにぐいぐいと引っ張っていく。
もう遠くなりつつあるテラスで咲夜がハンカチを振っているのが見えた。
隣にはパチュリーと小悪魔の姿も見える。美鈴はいなかった。美鈴はいなかった。
黒い空に咲き乱れる花弁が見る見る近付いてくる。
鼓膜を振動させる破裂音は大きくなって私の心臓を揺さぶり、鼻を突く硝煙の香りにほんの少し不快になる。
お姉さまは相変わらずの上機嫌でまた歌いだす。
「踊る阿呆に見る阿呆♪ 同じ阿呆なら――?」
「踊らにゃ損損って……それは花火じゃないと思うよ?」
「思うのだけど――花火が弾幕と同じだって言うなら……避けなきゃ駄目でしょ?」
ああ、駄目だねこのお姉様。酔ってるよ。
でもまぁそうかもね。弾ではないけど玉だし……とっても綺麗だし。
「うん、賛成」
赤青黄緑橙白紫、それから――数えるのも鬱陶しいくらいの色の洪水の中に二人、手を繋いで踊りこむ。
踊る、踊る、くるくる踊る。
降り注ぐ光の中で、飛び散る玉を掻い潜り、踊り続ける。
右手と左手、繋いだ手は離れない。
「綺麗だね」
「ええ、綺麗だわ」
目と鼻の先で弾ける光をステップを踏んでかわし続ける。上上下下左右左右BombAttack?
火照る身体は花火のせい? それともダンスのせい? いや、飲みすぎのせい。
ふとお姉様を見るとその目は花火を見ていない。
お姉様の目に映るのは真っ赤な目。
射抜かれて、釘付けにされて瞬きも出来そうに無い。
その瞳の中では色とりどりの花火も全部真っ赤に染まってしまう。
ねえ、こんなに綺麗な花火の中で花火を見ないなんて、なんて贅沢だろうか?
ゾワゾワとした気持ちがこみ上げてきて――右手を強くギュッとする。
ギュッとしてギュッとしてギュッとされて――何も起きない壊れない。伝わってくるのはぬくもりだけ。
光の渦の中で立ち止まる。
熱くて死ぬかと思った。
◆ ◆ ◆
「お姉様、火傷した」
帰り道、隣を飛ぶお姉様を非難するようにぼやく。
背後からはいまだに花火の弾ける音が響いて来る。
私もお姉様も服が見事に穴だらけ。
これ以上長居すると服が原型を留めていられなくなると踏んで撤退中。咲夜、怒るかなぁ?
お姉さまはそんな事気にも留めずに浮かれた調子で答える。
「じゃあ水浴びでもしようかしら? きっと気持ちいいわよ?」
眼下を見やれば一面の湖。
冗談でしょ?
「お姉様はときどき訳の分からない事を言うよね」
「フラン程じゃないわ」
そうかな?
「流れ水じゃないから大丈夫よ」
自信満々のお姉様につられて引かれて急降下。
耳元でヒュウヒュウと鳴る風が気持ちいい。
「ところでさ、流れ水以前に……お姉様って泳げるの?」
「さぁ? フランは?」
「さぁね?」
まぁいいや、飛び込んでみれば分かるよね?
私はまた右手をギュッとする。黒い水面はもう目の前。
どかん。
目の前で一際大きな花が咲く。水面に映る花火も綺麗だなぁと、そう思って――
どぼん。
頭のてっぺんから飛び込んだ。
生まれて初めてのダイビング。
私は反射的に目を瞑り、冷たさに身を強張らせる。
耳が浸水して全ての音が霧の向こうから響いてくるよう……といっても聞こえてくるのは花火が爆ぜる音だけだったけれど。
予想に反して動けない。というか目も開けられない。
ああ、駄目だった。駄目だったじゃないか、お姉様の馬鹿莫迦おばか。
そもそもシャンプーハットがなきゃ髪も洗えない私達が湖に飛び込んだのが間違いなんだ。
考えてみれば水の中で動けばそれは相対的に水が動いているのと同じ事になるわけだからつまり今現在の私達は流水中に居るのと同じ状態だと定義可能な気がするわけでそうなると吸血鬼の性質上私達は泳げない。泳がなければ湖の水は流れていないから……もうめんどくさいや。
『お姉様』
そう言ったはずの言葉は水に滲んでゴポゴポいうだけ。
繋いだ手を無我夢中で引き寄せてギュッとする。
ギュッとしてギュッとされて……そのまま二人、水の底。
鼻から口から水が流れ込んでくる。
酸素が足りない酸素が足りない。
助けてパチュリー酸素が足りない。プリーズミージェリーフィッシュプリンセス?
このままだと二人仲良く溺死かな?
それとも不死者だからこの苦しい気持ちをずっとずっと味わい続けるのかな?
考えてもどうにもならないので私は考えるのを止めた。
どうでもいいや。
温かいし。
◆ ◆ ◆
目を覚ますと誰かのの顎が見えた。
それが咲夜のものだと認識できるまで4秒くらい?
頭にはやらかい膝の感触。
さっきまで耳に響いていた花火の炸裂音はもう聞こえない。
「花火、終わっちゃったかぁ……」
誰にでもなく呟いた。咲夜は私が目を覚ましたのに気付いてこっちを向いて……
「あらフランお嬢様、心配しましたよ?」
そう言って完全で瀟洒な笑顔を降り注がせる。なんて愛らしい犬だろう、ギュッとしたい。
「お姉様は――ああなんだ、生きてるね」
いまだに右手を包む柔らかい感触と温度を感じてそちらを向けば、お姉様は正座していて……パチュリーに図鑑で頭を小突かれてズカンズカンと鈍い音を響かせている。すごいわパチュリー、お姉様の頭をそれだけ陥没させられるのはきっと貴女くらいのものよ?
「まったく、レミィったら何考えてるのよ! 通りすがりのモケーレムベンベが貴女達を助けてくれたから良かったものの……そうでなかったら今頃……」
「いやぁーごめんごめん、酔っ払っちゃってつい・ね……ところで小さい方? 大きい方?」
「小さい方よ」
お姉様とパチュリーのやり取りを聞くに、どうやら私達は心優しい怪獣さんに助けてもらったようだ。良かったね。
よく見れば周りは林。湖畔に運ばれた私達の所に皆が駆けつけてくれたみたい。
私は自分がずぶ濡れで服は穴だらけなのに気付いて咲夜に謝らなくちゃと思う。
「咲夜、服、ごめんね?」
「服? ああ、気にしなくてもいいですよ。自分達で繕って貰いますから」
さっきと変わらぬ完全で瀟洒な笑顔の咲夜。今度は地獄の番犬に見えなくもない。お姉様が『えっ!?』って言った。
「あはは~、妹様ってばうっかりさんですねぇ~。そんなヘンテコな羽だから湖なんかに落っこちるんですよ~」
「羽も生えてないのに空を跳ぶ美鈴に言われたくないよ」
すっかりホロ酔いの美鈴が千鳥足でこっちに向かってくる。これまたギュッとしたい笑顔だ。ていうか生きてたんだ。
「まぁ……花火も終わった事ですし……帰りましょうか」
そう言って咲夜は私を優しく抱き起こす。私はお返しに咲夜の右手を優しくギュッとした。
咲夜の左手を美鈴がギュッとして、お姉様の右手をパチュリーがギュッとして、パチュリーの右手を小悪魔がギュッとした。
月明かりの夜道、皆で手を繋いで帰った。
『スカーレット賛歌398番~時の歯車、発条切れろ~』。お姉さま作詞作曲女声六部合唱が夜空に響いた。
◆ ◆ ◆
家に帰るとそのまま解散。美鈴は門へ、パチュリーと小悪魔は図書館へ、咲夜は朝食の下ごしらえがあるので台所へ。
私達もそれぞれの寝床に向かう。
吸血鬼は夜行性だから本当はまだ寝るような時間じゃないけれど……そんな日があってもいいだろう。疲れたし。
「今日は楽しかったわね♪ ところでフラン――」
私の部屋の前まで来たところでお姉様は訊ねる。
「まだ足りない?」
にっこり笑うお姉様。私の方はと言うと、もうギュッとし過ぎてお腹一杯。そんな気分。
「そうだね、今日はあと一回だけ」
そう言って私はお姉様の手を引いて自分の部屋へ、一緒にお風呂に入ってパジャマに着替えて布団に潜り込む。
お姉様を壊れるくらいギュッとして、そのまま夢の中へ。
今日もおやすみ、お姉様。
『ギュッとしてドカーンするならギュッとさせなきゃいいじゃない』~レミリア・スカーレット発言集より抜粋~
今日は幻想郷の花火大会。主催は永遠亭。薬の事なら何でもござれの天才薬剤師は火薬爆薬の類すら守備範囲に納めているようだ。
一瞬だけ夜空に咲く花が永遠の名を冠する所より打ち上げられている光景はどこか何かが矛盾しているようにも見える。
打ち上げられる花火の真下では着火係として妹紅がこき使われているのだろう。
時折竹林から噴きあがる火柱を見るに、輝夜がちょっかいを出しているのかもしれない。
花火の規模はかなり大きなもので、幻想郷の住人達は皆、この一夜限りの光の芸術を楽しもうと、人里も神社も妖怪の山も、何処も彼処もお祭り騒ぎであった。
それは此処、紅魔館も例外ではなく、館の主要メンバーは見晴らしのいいテラスに集まり、思い思いに夜空を彩る輝跡を楽しんでいた。
◆ ◆ ◆
――ヒュ~っと来て……ドカーン♪――
――ヒュ~っと来て……ドカーン♪――
壊れた蓄音機のように呟く。幽かな……自分以外には聞こえない程幽かな声で。
私、フランドール・スカーレットは花火が好きだ。
先程から飲んでいるワインのせいでやや火照った身体を手すりに預け、ぼんやりと空に撒き散らされた花びらを眺める。
お姉様は私の隣、テラスの手すりに腰掛け、脚を宙にプラプラさせながら私と同じワインを飲んでいる。
花火大会が余程楽しみだったのか、日暮れ前から飲み始めたせいで完全に出来上がっている。
顔を真っ赤に染めて鼻歌を歌っている姿は正にスカーレットデビル。もう紅けりゃ何でもいいよ。
テラスのやや奥まったところでは咲夜と美鈴が酌を交わしていて、美鈴は胡坐をかいて、『いや~、すいませんねぇ』なんて言いながら、まだ大して飲んでもいないのに顔を朱に染めている。
咲夜の方も今日は無礼講ってなもので、お姉様の事は放っぽって杯を傾けている。
パチュリーは椅子に腰掛けて小悪魔に薀蓄を垂れ流している最中で、その手元には分厚い図鑑、『世界の花火~線香からキュイまで~』と題されたものが置かれている。こんな時でも本を手放さないのが彼女らしいと思う。
「たーまやー!」
酔っ払った美鈴が唐突に叫ぶ。何の呪文?
「さーくやー!」
お姉さまがそれに応えるように叫んだ。咲夜?
「お嬢様ー、そこは鍵屋ですよー」
呼ばれた咲夜が呆れたようにつっこむ。律儀だね。
「別にいいじゃない、大体鍵屋って何でよ?」
そんな他愛の無い会話を聞き流しながらじっと花火を見ている。
その始まりから終わりまで――中心の玉がいの一番に弾けて爆ぜて……夜空に放り捨てられた欠片も次々と燃えて、煌いて、咲いては溶ける。その過程をつぶさに観察する。
一口に花火といってもその輝きは千差万別。菊のように拡散するもの、彗星のように尾を引いてプツリと消えるもの、柳の木のように降り注ぐもの、全部綺麗。
「ねえお姉様、花火と弾幕って似てるよね?」
色とりどりの花火を見ながら隣でワインをラッパ飲みするお姉様に問いかける。
同じだ、その作られる理由も、愛される理由も。
綺麗だから。
散るために、弾ける為に作られて……一瞬の輝きで見る者を魅せては去っていく。
だから私は弾幕作りが好きだ。
自分の作った弾幕が世界を鮮やかに彩って、埋め尽くして、それに見蕩れた相手が飲み込まれて落ちてゆくのを見るのが大好き。
「フランは変なこと言うのね? 弾幕は敵を撃つものでしょう?」
お姉様にとってはそうなんだろう。
機能が優先。美しさは二の次。だからお姉様の弾幕は大抵真っ赤。
血液を撒き散らすような紅い弾幕。
それはそれで綺麗だと思えるから不思議。
あるいは私が紅色を好きってだけかも知れないけれど……。
――あの中のどれか一つでも私の力でギュッとしてドカーンすれば……今よりもっと綺麗かな?――
次々に打ち上がる花火を見ながらそんな事を考えて……すぐさま実行する。
私が握り締めた花火はものの見事に砕け散り、何の光も残さないまま夜の闇に食われて消えた。
「つまんないの」
吐き捨てるように呟いた。
さっきまでの幸せな気分は途端に何処かに行ってしまった。
苛々する。悪い癖。持っていたグラスが音も無く粉微塵になる。
周りを見る。誰も彼も相変わらずの楽しそうな笑顔。
いつの間にか酔っ払った美鈴を箱詰めにした酔っ払いの咲夜による『マジ切りマジック~種も仕掛けもない不死身妖怪解体劇~』が始まっている。
観客はパチュリーと小悪魔でパチパチと拍手を送っている。
隣のお姉様は上機嫌で歌ってる。
『スカーレット賛歌第666番~運命の紅い糸は張力495ポンド~』。作詞作曲お姉様の女声二部合唱だ。
それを見て私は益々機嫌を悪くする。
私はこんなに嫌な気分なのに皆はどうして楽しそうなの?
苛々する。ギュッとしたい。多分きっと悪い癖。
唐突に閃く……そうだ、自分も花火を作ろう。
あの空で輝くやつじゃなくて、一から自分で。
幸いな事に材料なら周りに沢山……ひとつ……ふたつ……うん、五つもある。永遠亭から打ち上げられる何百何千の花火に比べれば全然少ないけど……今の私の最悪な気分を吹き飛ばすには十分さ。
私はすぐに材料を掻き集める。右手には五つの『目』。
そこまで来て私はふと思うのだ。
ああ、駄目だよ駄目駄目。花火には観客が必要だ。
せっかく綺麗な花火を作ったってそれを見てくれる人がいなければ意味が無い。
自分で作った花火を独りで愛でるだけなんて勿体無い。
『綺麗ね』って、笑ってそう言ってくれる人が必要なんだ。
誰がいいかな?
美鈴?
パチュリー?
小悪魔?
咲夜?
うん、やっぱりお姉様がいい。
だってこの花火たちはきっと……お姉様と私の好きな紅色だから――
私は歌ってるお姉様の目の前に開いた右手を差し出して……その上には四つの『目』。
お姉様は気付くかな?
――お姉様、ホラ――
そう言った私は楽しそうな顔だったのかな?
お姉様はちょっとだけ吃驚したような顔をして……すぐに機嫌のいい微笑を取り戻したかと思うと私の右手に自分の左手を乗せて……ギュッと握り締めた。
――あーあ、残念。――
私はお姉さまにだけ聞こえるよう呟いた。
やっぱりお姉様に見せびらかすようにしたのは失敗だった。これじゃ『目』を潰せない。
『目』を潰そうと掌に力を入れたところで伝わってくるのはお姉様のぬくもりだけで……酷く気分が落ち着いてしまった。
花火を見て感じた浮ついた――フワフワした気持ちはスッと引いていって、後に残ったのは思い通りにならない事への苛立ちと安心感。
――どうして壊させてくれないの?――
訊ねる。最近のお姉様は私に冷たい。
壊させてくれないから。
以前――私が地下室に居た頃は私が周りのものをいくら壊したって怒ったりしなかった。壊して壊して喜ぶ私を見て微笑んで……一緒に遊んでくれた。それは今でも変わらないけれど……私が部屋の外に出るとお姉様は人が変わったように厳しくなる。
地下室の外のものはどれもこれも壊したことの無いものばかりで――私は壊したくて仕方が無いのに――お姉様はそうさせてくれない。
美鈴も咲夜もパチュリーも……きっと壊せば綺麗に違いないと、そう思うのに……。
お姉様は不満げな私を見て首を横にふりふり。優しく言う。
「だって泣くでしょう?」
そうかな? そうかもね。
――それはそれでいいじゃない?――
私がそんな事を言うと、お姉様はとても困ったような顔をして私を見るのだ。
私はその目が苦手。胸が苦しくなるから。ギュッとしたくなる。
――お姉様の目なら壊してもいいかな?――
素直に訊いてみる。馬鹿馬鹿しい問いかけだと思う。それでもそんな私にお姉様は笑って答えるのだ。
「また今度ね?」
曖昧な答えだけど駄目とは言わない。そういう所は大好きだ。壊させてくれるところが好き。壊してくれるところが好き。
本当は――壊させてくれないところもちょっと好きだ。
結局のところ大体全部好き。
だから私はギュッとする。
「ねえフラン、とてもいいことを思いついたわ」
「何?」
「踊りましょ?」
熱っぽい声でそう言ったお姉様は私の手を引いて羽ばたいた。輝く夜空の中心めがけて翔け出していく。
「ちょっと?」
こっちの意志なんか関係無しにぐいぐいと引っ張っていく。
もう遠くなりつつあるテラスで咲夜がハンカチを振っているのが見えた。
隣にはパチュリーと小悪魔の姿も見える。美鈴はいなかった。美鈴はいなかった。
黒い空に咲き乱れる花弁が見る見る近付いてくる。
鼓膜を振動させる破裂音は大きくなって私の心臓を揺さぶり、鼻を突く硝煙の香りにほんの少し不快になる。
お姉さまは相変わらずの上機嫌でまた歌いだす。
「踊る阿呆に見る阿呆♪ 同じ阿呆なら――?」
「踊らにゃ損損って……それは花火じゃないと思うよ?」
「思うのだけど――花火が弾幕と同じだって言うなら……避けなきゃ駄目でしょ?」
ああ、駄目だねこのお姉様。酔ってるよ。
でもまぁそうかもね。弾ではないけど玉だし……とっても綺麗だし。
「うん、賛成」
赤青黄緑橙白紫、それから――数えるのも鬱陶しいくらいの色の洪水の中に二人、手を繋いで踊りこむ。
踊る、踊る、くるくる踊る。
降り注ぐ光の中で、飛び散る玉を掻い潜り、踊り続ける。
右手と左手、繋いだ手は離れない。
「綺麗だね」
「ええ、綺麗だわ」
目と鼻の先で弾ける光をステップを踏んでかわし続ける。上上下下左右左右BombAttack?
火照る身体は花火のせい? それともダンスのせい? いや、飲みすぎのせい。
ふとお姉様を見るとその目は花火を見ていない。
お姉様の目に映るのは真っ赤な目。
射抜かれて、釘付けにされて瞬きも出来そうに無い。
その瞳の中では色とりどりの花火も全部真っ赤に染まってしまう。
ねえ、こんなに綺麗な花火の中で花火を見ないなんて、なんて贅沢だろうか?
ゾワゾワとした気持ちがこみ上げてきて――右手を強くギュッとする。
ギュッとしてギュッとしてギュッとされて――何も起きない壊れない。伝わってくるのはぬくもりだけ。
光の渦の中で立ち止まる。
熱くて死ぬかと思った。
◆ ◆ ◆
「お姉様、火傷した」
帰り道、隣を飛ぶお姉様を非難するようにぼやく。
背後からはいまだに花火の弾ける音が響いて来る。
私もお姉様も服が見事に穴だらけ。
これ以上長居すると服が原型を留めていられなくなると踏んで撤退中。咲夜、怒るかなぁ?
お姉さまはそんな事気にも留めずに浮かれた調子で答える。
「じゃあ水浴びでもしようかしら? きっと気持ちいいわよ?」
眼下を見やれば一面の湖。
冗談でしょ?
「お姉様はときどき訳の分からない事を言うよね」
「フラン程じゃないわ」
そうかな?
「流れ水じゃないから大丈夫よ」
自信満々のお姉様につられて引かれて急降下。
耳元でヒュウヒュウと鳴る風が気持ちいい。
「ところでさ、流れ水以前に……お姉様って泳げるの?」
「さぁ? フランは?」
「さぁね?」
まぁいいや、飛び込んでみれば分かるよね?
私はまた右手をギュッとする。黒い水面はもう目の前。
どかん。
目の前で一際大きな花が咲く。水面に映る花火も綺麗だなぁと、そう思って――
どぼん。
頭のてっぺんから飛び込んだ。
生まれて初めてのダイビング。
私は反射的に目を瞑り、冷たさに身を強張らせる。
耳が浸水して全ての音が霧の向こうから響いてくるよう……といっても聞こえてくるのは花火が爆ぜる音だけだったけれど。
予想に反して動けない。というか目も開けられない。
ああ、駄目だった。駄目だったじゃないか、お姉様の馬鹿莫迦おばか。
そもそもシャンプーハットがなきゃ髪も洗えない私達が湖に飛び込んだのが間違いなんだ。
考えてみれば水の中で動けばそれは相対的に水が動いているのと同じ事になるわけだからつまり今現在の私達は流水中に居るのと同じ状態だと定義可能な気がするわけでそうなると吸血鬼の性質上私達は泳げない。泳がなければ湖の水は流れていないから……もうめんどくさいや。
『お姉様』
そう言ったはずの言葉は水に滲んでゴポゴポいうだけ。
繋いだ手を無我夢中で引き寄せてギュッとする。
ギュッとしてギュッとされて……そのまま二人、水の底。
鼻から口から水が流れ込んでくる。
酸素が足りない酸素が足りない。
助けてパチュリー酸素が足りない。プリーズミージェリーフィッシュプリンセス?
このままだと二人仲良く溺死かな?
それとも不死者だからこの苦しい気持ちをずっとずっと味わい続けるのかな?
考えてもどうにもならないので私は考えるのを止めた。
どうでもいいや。
温かいし。
◆ ◆ ◆
目を覚ますと誰かのの顎が見えた。
それが咲夜のものだと認識できるまで4秒くらい?
頭にはやらかい膝の感触。
さっきまで耳に響いていた花火の炸裂音はもう聞こえない。
「花火、終わっちゃったかぁ……」
誰にでもなく呟いた。咲夜は私が目を覚ましたのに気付いてこっちを向いて……
「あらフランお嬢様、心配しましたよ?」
そう言って完全で瀟洒な笑顔を降り注がせる。なんて愛らしい犬だろう、ギュッとしたい。
「お姉様は――ああなんだ、生きてるね」
いまだに右手を包む柔らかい感触と温度を感じてそちらを向けば、お姉様は正座していて……パチュリーに図鑑で頭を小突かれてズカンズカンと鈍い音を響かせている。すごいわパチュリー、お姉様の頭をそれだけ陥没させられるのはきっと貴女くらいのものよ?
「まったく、レミィったら何考えてるのよ! 通りすがりのモケーレムベンベが貴女達を助けてくれたから良かったものの……そうでなかったら今頃……」
「いやぁーごめんごめん、酔っ払っちゃってつい・ね……ところで小さい方? 大きい方?」
「小さい方よ」
お姉様とパチュリーのやり取りを聞くに、どうやら私達は心優しい怪獣さんに助けてもらったようだ。良かったね。
よく見れば周りは林。湖畔に運ばれた私達の所に皆が駆けつけてくれたみたい。
私は自分がずぶ濡れで服は穴だらけなのに気付いて咲夜に謝らなくちゃと思う。
「咲夜、服、ごめんね?」
「服? ああ、気にしなくてもいいですよ。自分達で繕って貰いますから」
さっきと変わらぬ完全で瀟洒な笑顔の咲夜。今度は地獄の番犬に見えなくもない。お姉様が『えっ!?』って言った。
「あはは~、妹様ってばうっかりさんですねぇ~。そんなヘンテコな羽だから湖なんかに落っこちるんですよ~」
「羽も生えてないのに空を跳ぶ美鈴に言われたくないよ」
すっかりホロ酔いの美鈴が千鳥足でこっちに向かってくる。これまたギュッとしたい笑顔だ。ていうか生きてたんだ。
「まぁ……花火も終わった事ですし……帰りましょうか」
そう言って咲夜は私を優しく抱き起こす。私はお返しに咲夜の右手を優しくギュッとした。
咲夜の左手を美鈴がギュッとして、お姉様の右手をパチュリーがギュッとして、パチュリーの右手を小悪魔がギュッとした。
月明かりの夜道、皆で手を繋いで帰った。
『スカーレット賛歌398番~時の歯車、発条切れろ~』。お姉さま作詞作曲女声六部合唱が夜空に響いた。
◆ ◆ ◆
家に帰るとそのまま解散。美鈴は門へ、パチュリーと小悪魔は図書館へ、咲夜は朝食の下ごしらえがあるので台所へ。
私達もそれぞれの寝床に向かう。
吸血鬼は夜行性だから本当はまだ寝るような時間じゃないけれど……そんな日があってもいいだろう。疲れたし。
「今日は楽しかったわね♪ ところでフラン――」
私の部屋の前まで来たところでお姉様は訊ねる。
「まだ足りない?」
にっこり笑うお姉様。私の方はと言うと、もうギュッとし過ぎてお腹一杯。そんな気分。
「そうだね、今日はあと一回だけ」
そう言って私はお姉様の手を引いて自分の部屋へ、一緒にお風呂に入ってパジャマに着替えて布団に潜り込む。
お姉様を壊れるくらいギュッとして、そのまま夢の中へ。
今日もおやすみ、お姉様。
『ギュッとしてドカーンするならギュッとさせなきゃいいじゃない』~レミリア・スカーレット発言集より抜粋~
4つの目が手のひらに乗ったあたりでは豪いドキドキした。
怪獣さんは優しいなあ
さすが妖怪、亀の甲より年の功?というより枯れの境地なのか
長生きしてるんだなぁとの感を新たにしました
酔いどれ姉妹と、さらさら崩れそうで崩れない不安定のなかの平穏が素敵だ