Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

風見幽香は虫も殺さぬ

2009/07/18 20:11:35
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 昼の三時になる。
 風見幽香は人里にいた。

「つまらない花ばかり」
 人に手入れをされた植物は嫌いだった。
 人間なども好きではない。
 だが、店に入るとふらふら歩き回り、
「これを頂ける?」
 と言って微笑んだ。
 買い物が好きなのかもしれない。

 幽香はそよ風のように歩く。
 今も日傘を差し、道の端をゆるやかに歩いていた。
(この里を潰して森にしたら、どれほどステキかしら)
 涼しい顔をして思うのだった。
「ふふっ。まさかね」
 腕にぶらさげた買い物かごには、茶葉や菓子、チェック柄の生地などが入っていた。

 遊びに夢中だったのだろう。泥まみれの子供がぶつかってきた。
 子供は、
「あっ、ごめん」
 と言ってから、幽香を見て硬直した。
「いいのよ。でも気をつけなさい」
 幽香は子供の頭をふわりとなでた。
(あら?)
 殺気がした。

 振り返って見ると、殺気は消えて別のものになった。
 老人である。
 転ぶように駆けて現れ、そのまま額を地面にぶつけて言った。
「お許し下さい。馬鹿な孫ですが、どうか、どうか……」
 老人に小突かれて、子供が泣きだした。
(ああ。つまらない)
 幽香は立ち去ろうとした。

 奇妙な人だかりができていた。
 近くに寄る者はいない。どれも離れた物陰で小さくなり、好奇の眼だけを注いでいる。それでいて、幽香の視線から逃げるように姿を隠した。
 幽香はひどく冷めていった。
「帰ってお茶にするわ」
 と言って、歩き始めた。
 老人は子供を連れ、鼠の如く去った。
「そこの妖怪、ちょっと待ちな」
 幽香の正面に現れ、声をかけた者がいる。

 妙な姿をした若者だった。
「黙って見てりゃ、調子に乗りやがって。何様のつもりだ、ああ?」
 幽香は微笑を浮かべた。
(面白く歪む顔だこと。でも殺気のかけらも無いわね)
 すうっと近付いた。
「お、おい、こら。ここは人里だぞ」
「そうね。人前だから、目立ちたいのでしょう?」
 微笑を浮かべたまま、幽香は若者の首元を見つめた。
(引きちぎろうかしら?)
 貫くような眼をした。
 それで、若者は気を失ったらしい。
(あら。可哀想に)
 幽香は日傘を畳み、ゆるりとぶん殴った。


 幽香は帰路についた。
 里もはずれの方に来て、また人だかりに遭遇した。
「邪魔ねえ」
 とは言いつつ、ひょこりと人垣から中を覗き込んだ。
 中心にいたのは早苗と、てゐである。
「皆さん、この短冊に願い事を書いてみませんかあ。私が責任をもって聞き届けますよう」
「一枚たった百円。必ず神様の目に止まる、ありがたい短冊が、百円でございます」
 幽香と早苗は面識がなく、互いの名も知らない。

 いつの間にか、幽香の前にだけ道がひらけていた。
「あれは、風見幽香」
 てゐが呟いて、するすると早苗の背後に下がった。
「あれ、てゐさん……? あ。えと、風見さん。あなたもどうです? 百円ですよ」
「何をしているの?」
「もうすぐ七夕ですから」
 短冊に願いごとを書けば、妖怪山の神にその願いを届けるという。
 幽香は失笑した。
「神の御力を疑ってはなりません。本心からの願いごとならば、私たちがきっと叶えて進ぜましょう」
 早苗は短冊の束を高く掲げて胸を張った。
 そして、ぽつりと言った。
「まあ、自分の本当の本心を知っている人なんて少ないですけどね」

 早苗の話は長い。
 すでに幽香はそっぽを向き、相づちも打たなかった。
(要するに……)
 てゐにそそのかされて、信仰獲得のイベントを企画したらしい。
「笹はこの辺りで一番立派なやつを使ったんですよ」
「使った……?」
 幽香は笑顔を浮かべて聞き直した。
「わざわざ笹を切り倒して、妖怪山の頂まで運んだのかしら?」
「ええ。見たら、あっと驚くくらいにきれいですよ」
 早苗は嬉しそうに言った。幽香も調子を合わせて、嬉しそうな声を出した。
「きっと私がお気に入りだった、あの笹を切ったのね」
 見物衆は、雪崩を打つように逃げ散った。

 集金箱を抱えて、てゐが脱兎の態で逃げ出した。
「うふふ。待ちなさい」
 幽香は一瞬で追いついたように見えた。
 しかし、てゐは振り返ってにたりと笑った。
「あっ……」
 と思った時には、幽香は落とし穴に落ちていた。
 てゐは逃げ去った。

 穴の中で、幽香は散乱した物を拾い、買い物かごに詰め直した。
「大丈夫ですか?」
 早苗が現れ、手を伸ばした。
「うんしょ。幽香さん、案外重いですね」
「ありがとうね。うふふふふ……」
「いえいえ。皆さんどうしたんでしょうねえ? 幻想郷は門限が厳しいのでしょうか」
 すでに陽が暮れて、髪まで赤く染めあげている。
 幽香はゆるやかに、早苗の首へ手を伸ばした。
「風見さんもどうです?」
「あ。なに?」
 その手に何かを差し出され、はっとした。
「短冊ですよ」
「……それで?」
「百円です」


「そういえば名前を聞いてなかったわね」
「東風谷早苗です」
 百円を払い、幽香は短冊に願いごとを書いた。
「早苗。悪いけど、とても叶うとは思えないわ」
「えへん。幽香、私の奇蹟の力を信じなさい」
「運は良いようだけれど……生意気ねえ」
 幽香は嘆息した。
「何を願ったんですか?」
「世界平和」
 幽香は早苗の背後へ回り、とすん、と穴へ蹴落とした。
 そして速やかに土で埋め、立ち去った。

 付近の住民により早苗が救出されたのは、十日も経ってからだった。
「また一つ悟りました」
 と言って、早苗は平然と飛び立ったという。
 何の奇蹟か、この近辺では毎年豊作を得るようになった。後に、
「東風谷早苗塚」
 と刻まれた石碑が建ち、奇妙な伝説と共に人々に長く信仰されるようになるのだが、それは別の話とする。


 ようやく帰宅して、幽香は愕然とした。
 草木も花も、滅茶苦茶に踏み荒らされ、無惨に斬り捨てられていた。
「誰、が……?」
 幽香は崩れるように膝を付いた。
 そのまま泣き伏して、夜を過ごした。

 早暁。
 朽ち木のように動かない幽香を指差して、くつくつと押し殺した笑いを洩らす者たちがいた。
 幽香はふらりと立ち上がると、
「遊びましょうか」
 と呟いた。
 遥か遠くで、五つ程度の人数がどっと笑い、走って逃げ出した。

 笑い声は一瞬で消えた。
 陽炎の如く彼らの前に立った幽香は、ささやくように唄った。
「だあるまさんが、こうろんだ」
 動いた者を適当に掴み取ると、引き裂いて捨てた。妙な姿をした若者だった。
 そして再び、ゆったりと唄い始めた。
 若者の一団は恐慌し、必死の形相で逃げ始めた。
 そして時が過ぎた。


 幽香は紅茶を淹れると、頬杖をついて嘆息した。
(疲れたわ)
 窓の外を眺めると、闇のかたまりが浮かんでいた。
「幽香。幽香。表のあれ、食べてもいい?」
「好きになさい」
 闇がふくらんで、踊るように飛び去った。
(寝ましょう。明日には明日の花が咲くわ)
 冷めた紅茶を一気に飲み干した。
 翌日、荒れ果てた花園を残して、地表はきれいに片づいていた。

 幽香は花園の中心で立ち尽くし、眼を閉じた。
(美しきは汚き中に。汚きは美しき中に……)
 何ごとかを念じると、幽香は老婆のような姿になっていった。やがて地面から霞が立ちのぼり、幽香をいたわるように包み込んだ。
 そして、メキメキと草花は復活した。

 霧が晴れた時、幽香は元の姿に戻っていた。
 ぽつりと、
「ありがとうね」
 と呟いた言葉は、地に沁みていった。
「いえいえ。どういたしまして」
 空から声が降ってきた。
 魔理沙である。

 魔理沙が太陽を背にして言った。
「こんなにも花がきれいだから、妖怪退治に来たぜ」
「……何のつもり」
「里で、行方不明が大勢出たらしい。この辺に悪い妖怪はいねがあ?」
 幽香は、魔理沙を殺すだろうと予感した。
 狂気が赤く濡れて、目前にどろりと垂れていた。
「今、気が立ってるの。後にして頂戴」
 それでも、駆り立てるものを危うく抑えていた。
 魔理沙は一呼吸の沈黙を置いて、にたりと笑った。
「うふふ。お気づかい、いたみいりますわ」
「……」
「本当にな、幽香。だがな。私の心配は無用に願う。それほど弱くはない、つもりなんだ」
「死ぬよ」
「楽しい弾幕なら遊びだぜ」
 幽香は飛び立ち、日傘を開いた。
 日傘をくるりと回すと、八方に黒い花びらが舞い乱れた。

 風見幽香は小さな妖怪だった。草花を励ます程度にしか能わない、妖精のような存在だった。
 幽香は草花へと精気を分け与え、種を作り終えた草花は、残った命を幽香へと託して枯れた。
 一輪の花から、一枚の花びら程度の力を預かり、また他の花を咲かせて歩く。何千年繰り返そうと、どれほど絶大な力が降り積もろうと……。
 それだけのことであった。


 幽香は黒の弾幕を止めて呟いた。
「黒き花。あらゆる色を精一杯に集めて咲いて、儚く散るもの」
 魔理沙に聞こえるはずはない。
「恋符」
 と叫ぶ声が、わずかに幽香の耳に届いていた。
 間髪入れず、津波のような雷光が幽香を呑み込んだ。
(きれいね。でもカード遊びをする気はないの)
 幽香は日傘を正面に構えた。防御の為ではない。
「よっこいしょ、と」
 みしり、と低い音が轟いた。
 日傘から異常な閃光が疾り、雷光もろとも空を呑み込んだ。

 幽香は再び、日傘をくるりと回した。
 今度は白い花びらが八方に舞って、魔理沙へ降り注いだ。花びらの一枚一枚に、人が死ぬだけの威力がある。
「楽しそうねえ」
 小刻みにかわす魔理沙は踊るようだった。
 魔理沙は身の回りに奇妙な玉をいくつも浮かべると、それぞれが魔力を撃つ砲台となり、戦艦の如く応戦を始めた。
 ごうっ。
 と幽香の髪をかすめていった。

 日傘と白の弾幕を閉じると、幽香は呟いた。
「白き花。あらゆる色を求めた末に、夢を忘れて開くもの」
 聞こえるはずがない。魔理沙の弾幕は密に寄り、奔流となって天に河をなしていた。
「ロマンチックな午後だこと」
 幽香が無数の星を放射した。

 色とりどりの星形の弾幕が、目標もなく発散した。
 隙間は多い。魔理沙が幽香の懐に潜り込んで言った。
「人の技を盗むのは良くないぜ」
「どの口が……」
「一口二百円からになります」
「チープね。私には合わないわ」
 幽香は嘆息し、弾幕を止めた。
「でも、あなたには相応しかったかしら? 節操なしに突っ走って、大した信念もなくころころ色を変えるもの」
「……」
「つまらない弾幕なら、これで終わりよ」
「楽しい遊びの始まりさ」
「寒くて死にそう」
 幽香が分裂した。

 二体になった幽香が、くるくると日傘を回した。
 白と黒の花びらが吹雪いて空を埋め尽くし、黒白を身にまとった魔法使いもまた、弾幕へ熾烈に華を加えていった。
 力の差は知れている。
 ぼろ雑巾のようになった魔理沙が叫んだ。
「この一撃に全てを賭ける、ぜ!」
 そして、にたりと笑った。
「マスタースパーク!」
 雷光が二体の幽香を呑み込んだ。

 幽香が、にこりともせず呟いた。
「魔理沙。気になる眼をするもの。どう伸びて、どんな花を咲かせるのか、興味はあったよ」
 片手で雷光を防ぎながら、残る手で白と黒の弾幕を放ち続けた。

 雷光が枯れ尽きた。
 魔理沙は、ただ一カ所の安全地帯へ、誘われるように逃げて行った。
 二本の日傘が、その一点へ向けて構えられた。
「さよなら。霧雨マリサ」
 みしり、と空が割れるような音がして、二筋の閃光が疾った。
 妙に明るい七夕の昼だった。


 一体、ぽつんと幽香は宙に浮いていた。
 ざっ。
 と日傘を差すと、やけに景色が晴れて見えた。
 疲れた、と思った。
 がくりと力を抜いた幽香は、後ろから両肩を掴まれた。
「恋符……」
 首だけで振り返ると、魔理沙が二人いた。
「マスタースパーク」
 背中にぴたりと押し当てられたものが、妖しい煌めきを放った。

 背後から両肩を掴まれている為、避けようがない。
 熱い雷光が胸を突き抜けてゆく。
「魔理沙……」
 振り返れば、間違いなく二人いる。幽香の得意とする術によく似ていた。
「ふふ……」
 不意に、幽香の口から笑いが洩れた。
 思えばどれも、自分で蒔いた種だった。
「あはは」
 はらわたが焼けるようだった。
「あーっはははは」
 幽香は腹の底から笑った。
 寸刻後。
 魔理沙の片方が消滅し、残った方もぼとりと落下した。それを幽香は抱きとめ、家へ運ぶとソファへぶん投げた。
「ああ眠い」
 ぼろくずのようになった服を着替え、ベッドに潜るとすやすや眠った。


 翌朝。
 魔理沙が跳ね起きて、台所を漁り始めた。
 幽香は薄目を開けたが、すぐに閉じた。
(米の炊ける匂いがする……)
 それから十五分ほどして、
「メシにしようぜ」
 食器を並べる音がした。
「……うう。眠い。あと五分」
「風味が落ちるぜ幽香」
 寝間着のまま、体を引きずるようにして食卓についた。

 向かい合うと、気まずい空気になった。
(こいつ、よく生きてたわね)
 思わず味噌汁を噴きそうになるほど、魔理沙はひどいありさまだった。
 キュウリのぬか漬けをぱりぱり食いながら、幽香は話題を振った。
「昨日はあなたの勝ちでいいわ。私はきっちり退治されたって、巫女にもそう伝えておいて」
「あいよ。意味があるかどうかは知らんが」
「どういうこと?」
「あいつは勘がいいからな。信じたとしても、お前が弱ってるならトドメを刺しに来るだろうし」
 幽香は妙に納得した。

 食器を片付けさせながら、幽香はのんびり、裁縫を楽しんでいた。
 皿を洗い終えると、魔理沙は帰り支度を始めた。
「それで、あなたはどうするの?」
 幽香は針も休めずに尋ねた。
「メシも食ったし、おいとましますわ」
「じゃなくて……まあ、いいわ。目標が何であれ、その調子でやりなさい」
「妙なことを言うねえ」
「私はね、人に手入れされて、大した障害もなく真っすぐ育った花は嫌いなの」
「ほう」
「狭い隙間から芽を出して、あれこれ屈折しながらも見事に咲いて見せる花の方が好きよ」
 幽香はくすくすと笑った。
 とんがり帽を深く被り、魔理沙は呟いた。
「私は私さ。花の話は分からんぜ」
 ほうきにまたがり飛び去った。
 幽香は裁縫を続けた。


 裁縫を終えて、窓から景色を眺めると、すでに日が傾いていた。
 がたり、と幽香は椅子を立った。
「私はこんなふうに、花の近くで静かに暮らしているのが好きなのに……」
 いそいそと着替え、日傘を手にして外へ出た。
(一方で、死んでも戦いに明け暮れたい私がいる)
 赤い空に、夕陽を背にした巫女がひときわ紅く浮かんでいた。
 ぽつりと、
「だって、血がたぎるのよ」
 呟くと、ふわりと飛び立ち、弾幕の中へ身を投じていった。
二度目まして。七月七日に思いついた話です。
少々まとまりが悪くなりましたが、少しなりと楽しんで頂けたらと思います。

前作はコメント頂きありがとうございました。
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_p/?mode=read&key=1247010981&log=46
ちなみに、ほのぼのとした作品にする意思を持って書き上げたので、ほのぼので良いのです。

追記:指摘ありがとうございます。誤字修正しました。東風矢→東風谷
かっぱ巻き風味
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
すばらしいゆうかりんSSでした。
私もこのようなゆうかりんを書きたいものです。
2.名前が無い程度の能力削除
なんとも危ういバランスが素晴らしいです。
3.名前が無い程度の能力削除
×東風矢
○東風谷
4.名前が無い程度の能力削除
なんというか、文章が汚い。
5.名前が無い程度の能力削除
個人的には味があると思った.こういう見せ方もアリだと思うぜ.乙!
6.名前が無い程度の能力削除
早苗さんの生命力があまりにも奇跡w
7.名前が無い程度の能力削除
先に人間が何をやっても、死人が出たら巫女が退治に来るって、幻想郷の決して楽園ではない部分の発露ですね。それが原作通りなのがまた。
8.名前が無い程度の能力削除
前作でも思いましたが、他の方とは違う一風変わった文章を書く方だなぁと。
私は嫌いじゃないです。諸手を挙げて絶賛もし辛いですが・・・。
9.名前が無い程度の能力削除
いいねえ、なんか惹かれる文章だ。
10.名前が無い程度の能力削除
正直いうと読みにくいけど、何となく儚い空気が気に入りました。
11.名前が無い程度の能力削除
面白かった
ありがとう
12.名前が無い程度の能力削除
この雰囲気、なんとも独特で素敵でした。ありがとうございます。
13.名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです。
14.名前が無い程度の能力削除
多分、わざと文体を崩してるんですかね?面白いかったです。
15.名前が無い程度の能力削除
淡々とそっけない書き方が気持ちいい
16.名前が無い程度の能力削除
古きを温める作者氏とは趣向が近い気がする(間違ってたらすんません。
応援しております

しかし、風を嘯き月を弄ぶゆうかりんはまさしく妖怪らしいのぅ
17.名前が無い程度の能力削除
好きだな。この雰囲気。
18.名前が無い程度の能力削除
サバサバしてて良いな
19.名前が無い程度の能力削除
独特の味があってよかった。幽香らしいと思う。