一体どれ程の時間が経ったのだろうか……。
身を隠すように自室の押入れに引き篭っている私には知りようもないことだった。
「姫様……いつまでこうしているつもりです?」
腕の中のてゐが抗議にも似た声を上げた。私はそれに答えるつもりで抱きしめる力を強くした。
そうして返ってきたてゐの反応はというと、はぁという深い溜め息だった。
退屈なのだろう。彼女はウエーブの掛かった自分の髪を弄り始めた。
私がこうして息を潜めるように隠れているのには訳がある。
それは、従者である八意永琳から逃げているのだ。具代的には──。
カチカチ。
「ひっ……!」
私は思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
にも関わらず、てゐは相変わらず髪を弄るばかりで心配すらしてくれない。
「今っ……! 今、音がしたわよね? こうカチカチって!?」
それでも助けを求めようと、必死にてゐにすがる私。
「気のせいじゃないですか……? 大体爪切りひとつに怯えすぎ、」
「しっ……! 静かに……! 誰か入ってくるわ……!」
再び息を殺して押入れの隙間から部屋の中を伺う。
すると入ってきたのは鈴仙だった。
『姫ー! 姫様ー!? ……ふぅ、一体どこに行ったのかしら。』
どうやら彼女まで狩り出されたらしい。弟子まで引っ張り出すとは……永琳も本気らしい。
『どう? ウドンゲ。姫は見つかったかしら?』
続くように、永琳も私の自室に入ってくる。そしてその手には当然の様に爪切りが有り、しかも所在無さ気にカチカチと挟む音を響かせている。
『全く……姫にも困ったものね。』
ウドンゲの苦笑いから察したのか、そう言って永琳は溜息をついた。
困り顔の師匠を見て、ウドンゲは不思議そうに首をかしげた。
『どうして今回は見つからないのでしょか? いつもなら師匠があっさり見つけてる筈なのに。』
そうだ。鈴仙の言うとおり、私は爪切りの度に永琳から逃げては隠れ、そしてあっけなく捕まっている。
しかし、今回の私は秘策を講じたのだ。一か八かの賭けではあったが、存外上手くいっているようだ。
このまま永琳があきらめるまで逃げ果せれば……
「てゐの姿も見つからないし、どうやら彼女の能力に頼っているようね。」
永琳の今の一言には、背筋に冷たいものを感じた。
今回の作戦はズバリ、てゐの能力である“人間を幸運にする程度の能力”に肖ろうというものだ。
流石は永琳……よもやそこまでお見通しとは。
私は戦慄を覚えつつも、いまだ見つかっていないという事実だけを精神の支えに、ただ悪戯に時が過ぎるのを待つのだった……。
退屈も流石に辛くなってきたてゐは、祈るように目を瞑り、必死になって自分に縋る主に説得を試みる事にした。
「どうやら時間の問題のようですね……観念して切って貰ったらいいじゃないですか、爪。」
「それだけは嫌……!」
「どうしてです? ただ爪切ってもらうだけじゃないですか?」
呆れ顔、もとい飽きれ顔のてゐ。対象に輝夜の顔にはありありと恐怖の色が見て取れた。
「ただの、ですって? とんでもない……! 永琳ったら足の爪まで切ろうとするのよ?」
「それが……?」
「親指なら兎も角、小指の爪を切る時の恐ろしさといったら……言葉にするのもおぞましい……!」
犬や猫じゃあるまいし……てゐは内心ではそう思ったが、流石にそれは言わないことした。
しかし話が一向に進まないのもつまらないので、てゐは仕方なく煽って見る事にした。
「こんなところ見られたら、妹紅に笑われちゃいますよ?」
「どうせあいつも、びびってるに決まってるわ……!」
んなアホな……またしてもてゐは、寸でのところで言葉を飲み込んだ。
「…………それじゃあ姫は爪切りとフジヤマヴォルケイノ、どっちが怖いですか?」
「私に爪切り以外に怖いものなんてないっ……!」
こりゃ筋金入りだ。てゐは流石に諦める事にした。
『ふむ……こうなっては仕方ないわね。』
輝夜の自室で二人して腕組をすること数分。ついに永琳が動き出した。
『あきらめるんですか……?』
『いえ……代わりに貴女の爪を切るわ。座りなさい。』
『へ?』
突然の事態に、鈴仙だけでなく押入れの中の輝夜たちまでもが目を丸くした。
『それってただ、師匠が切りたいだけじゃあ……?』
『良いから座りなさい。』
『はっはい!』
有無を言わせぬ永琳の口調に鈴仙はその場にしゃがみこんだ。
『ふむ……今日の下着は縞パンね。』
『なっ!? 何を見てるんですか!?』
輝夜たちの居る押入れの隙間からでは鈴仙の背中しか見えないが、恥ずかしさの性か、耳まで真っ赤なのが確認できた。
『体操座りなんかするんだもの。見えて当然じゃない。』
『座れって言ったの師匠じゃないですか!?』
『そうよ。でも誰も体操座りをしろとなんて言ってないわ。』
『…………師匠。取りあえず鼻血拭いて下さい。』
眼福、眼福。等と呟きながら鼻血を拭く永琳に、鈴仙の赤い瞳はいつになく冷たい視線を送ってた。
「鈴仙の縞パンキターァァァァァァァ!!!」
己の従者の痴態に呆れる輝夜だったが、そんな彼女に予想だにしない事態が起きた。
腕の中のてゐが、突如暴れだしたのだ。
「ちょっ……! 静かにして……! 見つかっちゃう……!」
声を抑えながらも必死にてゐを落ち着かせようとするが、てゐは益々興奮するばかりである。
「はぁ……! はぁ……! 鈴仙萌え…………!」
「何をそんなに興奮してるのよ……!? 第一此処からじゃ下着なんて見えないじゃない……!」
「私には、私には見えるんです……! 心の目で見えるんです!!! ああぁ、なんて素敵な青の横ライン……。」
「ピンクよ。」
うっとりとした様子のてゐに水を差すように、永琳が押入れを開けながらそう告げた。
「なっ、なんだって!? 何時の間にそんな下着を買ったの!? ちょっと鈴仙! 見せて!!」
永琳の言葉に衝撃を受けて、鈴仙に向かって素っ飛んで行くてゐ。もちろん輝夜のことは全く気にも留めない。
「成る程、こんな所に隠れていたんですね。真っ先に探したのですが……私の目を潜り抜け、再び戻ってきた、と。」
「ははははっ……ひ、久しぶりね永琳。」 『きゃ! 何するのよ、てゐ!!』
「全くです。では観念して切らして頂きましょうか、爪。」 『良いではないかぁ~! 良いではないかぁ~!』
「やっぱり?」 『い、いやぁ~~~!!!』
「無論です。……外野、うるさい。」 『怖がることはないよ……全部お姉さんに任せ、……!』
永琳の放った矢が、暴走するてゐを見事に沈黙させた。
「ウドンゲ。てゐを連れて他所へ移動して頂戴。では早速…………姫、どちらへ?」
一瞬の隙を突いた輝夜だったが、押入れから抜け出し自室の襖に手を掛けるまでは良かったものの、そこで永琳に呼び止められてしまった。
「ちょっと厠へ……。それじゃ!」
もちろん厠などに行くつもりは毛頭無い。すべてはただ、爪切りから逃げるため……。
「待ちなさい! 輝夜!」
数分後、健闘虚しくあっさりと捕まる輝夜であった。
「こら、妹紅。じっとしないか。」
「そ、そんな事言ったって……ひっ!」
「はぁ……こんなところ見られたら、永遠亭の姫に笑われるぞ?」
「ど、どうせ輝夜の奴だってびびってるに決まってるわ……!」
「まさかそんな事は……寄りによって爪切りを怖がるなんて、寺小屋の子供達にだって有り得ない。」
「怖いものは怖いのよ……!」
「しかしだな……ふむ。ちなみに妹紅は、爪切りと金閣寺の一枚天井、どちらの方が怖い?」
「爪切り!!」
身を隠すように自室の押入れに引き篭っている私には知りようもないことだった。
「姫様……いつまでこうしているつもりです?」
腕の中のてゐが抗議にも似た声を上げた。私はそれに答えるつもりで抱きしめる力を強くした。
そうして返ってきたてゐの反応はというと、はぁという深い溜め息だった。
退屈なのだろう。彼女はウエーブの掛かった自分の髪を弄り始めた。
私がこうして息を潜めるように隠れているのには訳がある。
それは、従者である八意永琳から逃げているのだ。具代的には──。
カチカチ。
「ひっ……!」
私は思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
にも関わらず、てゐは相変わらず髪を弄るばかりで心配すらしてくれない。
「今っ……! 今、音がしたわよね? こうカチカチって!?」
それでも助けを求めようと、必死にてゐにすがる私。
「気のせいじゃないですか……? 大体爪切りひとつに怯えすぎ、」
「しっ……! 静かに……! 誰か入ってくるわ……!」
再び息を殺して押入れの隙間から部屋の中を伺う。
すると入ってきたのは鈴仙だった。
『姫ー! 姫様ー!? ……ふぅ、一体どこに行ったのかしら。』
どうやら彼女まで狩り出されたらしい。弟子まで引っ張り出すとは……永琳も本気らしい。
『どう? ウドンゲ。姫は見つかったかしら?』
続くように、永琳も私の自室に入ってくる。そしてその手には当然の様に爪切りが有り、しかも所在無さ気にカチカチと挟む音を響かせている。
『全く……姫にも困ったものね。』
ウドンゲの苦笑いから察したのか、そう言って永琳は溜息をついた。
困り顔の師匠を見て、ウドンゲは不思議そうに首をかしげた。
『どうして今回は見つからないのでしょか? いつもなら師匠があっさり見つけてる筈なのに。』
そうだ。鈴仙の言うとおり、私は爪切りの度に永琳から逃げては隠れ、そしてあっけなく捕まっている。
しかし、今回の私は秘策を講じたのだ。一か八かの賭けではあったが、存外上手くいっているようだ。
このまま永琳があきらめるまで逃げ果せれば……
「てゐの姿も見つからないし、どうやら彼女の能力に頼っているようね。」
永琳の今の一言には、背筋に冷たいものを感じた。
今回の作戦はズバリ、てゐの能力である“人間を幸運にする程度の能力”に肖ろうというものだ。
流石は永琳……よもやそこまでお見通しとは。
私は戦慄を覚えつつも、いまだ見つかっていないという事実だけを精神の支えに、ただ悪戯に時が過ぎるのを待つのだった……。
退屈も流石に辛くなってきたてゐは、祈るように目を瞑り、必死になって自分に縋る主に説得を試みる事にした。
「どうやら時間の問題のようですね……観念して切って貰ったらいいじゃないですか、爪。」
「それだけは嫌……!」
「どうしてです? ただ爪切ってもらうだけじゃないですか?」
呆れ顔、もとい飽きれ顔のてゐ。対象に輝夜の顔にはありありと恐怖の色が見て取れた。
「ただの、ですって? とんでもない……! 永琳ったら足の爪まで切ろうとするのよ?」
「それが……?」
「親指なら兎も角、小指の爪を切る時の恐ろしさといったら……言葉にするのもおぞましい……!」
犬や猫じゃあるまいし……てゐは内心ではそう思ったが、流石にそれは言わないことした。
しかし話が一向に進まないのもつまらないので、てゐは仕方なく煽って見る事にした。
「こんなところ見られたら、妹紅に笑われちゃいますよ?」
「どうせあいつも、びびってるに決まってるわ……!」
んなアホな……またしてもてゐは、寸でのところで言葉を飲み込んだ。
「…………それじゃあ姫は爪切りとフジヤマヴォルケイノ、どっちが怖いですか?」
「私に爪切り以外に怖いものなんてないっ……!」
こりゃ筋金入りだ。てゐは流石に諦める事にした。
『ふむ……こうなっては仕方ないわね。』
輝夜の自室で二人して腕組をすること数分。ついに永琳が動き出した。
『あきらめるんですか……?』
『いえ……代わりに貴女の爪を切るわ。座りなさい。』
『へ?』
突然の事態に、鈴仙だけでなく押入れの中の輝夜たちまでもが目を丸くした。
『それってただ、師匠が切りたいだけじゃあ……?』
『良いから座りなさい。』
『はっはい!』
有無を言わせぬ永琳の口調に鈴仙はその場にしゃがみこんだ。
『ふむ……今日の下着は縞パンね。』
『なっ!? 何を見てるんですか!?』
輝夜たちの居る押入れの隙間からでは鈴仙の背中しか見えないが、恥ずかしさの性か、耳まで真っ赤なのが確認できた。
『体操座りなんかするんだもの。見えて当然じゃない。』
『座れって言ったの師匠じゃないですか!?』
『そうよ。でも誰も体操座りをしろとなんて言ってないわ。』
『…………師匠。取りあえず鼻血拭いて下さい。』
眼福、眼福。等と呟きながら鼻血を拭く永琳に、鈴仙の赤い瞳はいつになく冷たい視線を送ってた。
「鈴仙の縞パンキターァァァァァァァ!!!」
己の従者の痴態に呆れる輝夜だったが、そんな彼女に予想だにしない事態が起きた。
腕の中のてゐが、突如暴れだしたのだ。
「ちょっ……! 静かにして……! 見つかっちゃう……!」
声を抑えながらも必死にてゐを落ち着かせようとするが、てゐは益々興奮するばかりである。
「はぁ……! はぁ……! 鈴仙萌え…………!」
「何をそんなに興奮してるのよ……!? 第一此処からじゃ下着なんて見えないじゃない……!」
「私には、私には見えるんです……! 心の目で見えるんです!!! ああぁ、なんて素敵な青の横ライン……。」
「ピンクよ。」
うっとりとした様子のてゐに水を差すように、永琳が押入れを開けながらそう告げた。
「なっ、なんだって!? 何時の間にそんな下着を買ったの!? ちょっと鈴仙! 見せて!!」
永琳の言葉に衝撃を受けて、鈴仙に向かって素っ飛んで行くてゐ。もちろん輝夜のことは全く気にも留めない。
「成る程、こんな所に隠れていたんですね。真っ先に探したのですが……私の目を潜り抜け、再び戻ってきた、と。」
「ははははっ……ひ、久しぶりね永琳。」 『きゃ! 何するのよ、てゐ!!』
「全くです。では観念して切らして頂きましょうか、爪。」 『良いではないかぁ~! 良いではないかぁ~!』
「やっぱり?」 『い、いやぁ~~~!!!』
「無論です。……外野、うるさい。」 『怖がることはないよ……全部お姉さんに任せ、……!』
永琳の放った矢が、暴走するてゐを見事に沈黙させた。
「ウドンゲ。てゐを連れて他所へ移動して頂戴。では早速…………姫、どちらへ?」
一瞬の隙を突いた輝夜だったが、押入れから抜け出し自室の襖に手を掛けるまでは良かったものの、そこで永琳に呼び止められてしまった。
「ちょっと厠へ……。それじゃ!」
もちろん厠などに行くつもりは毛頭無い。すべてはただ、爪切りから逃げるため……。
「待ちなさい! 輝夜!」
数分後、健闘虚しくあっさりと捕まる輝夜であった。
「こら、妹紅。じっとしないか。」
「そ、そんな事言ったって……ひっ!」
「はぁ……こんなところ見られたら、永遠亭の姫に笑われるぞ?」
「ど、どうせ輝夜の奴だってびびってるに決まってるわ……!」
「まさかそんな事は……寄りによって爪切りを怖がるなんて、寺小屋の子供達にだって有り得ない。」
「怖いものは怖いのよ……!」
「しかしだな……ふむ。ちなみに妹紅は、爪切りと金閣寺の一枚天井、どちらの方が怖い?」
「爪切り!!」
なぜ爪切り怖いんですwwそんなヘルツさんに更なる恐怖を。
昔ガムを一枚取ると指をパチンと挟むおもちゃがありましたが、そんな感じで
「爪切り型ホッチキス」