Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

昼寝のすすめ・のろけ

2009/07/14 19:29:13
最終更新
サイズ
19.41KB
ページ数
1

分類タグ

(妹紅の口調・終わりまでのろけ
人によっては拒絶反応を起こされるかもしれません…)




 明日は鍋だよ。
 食べに来るよな?
 悪いけど、材料を買ってきてくれないか。
 寺子屋にいるから。……じゃあ、夕方に。

 慧音の好物は干ししいたけ。生しいたけは嫌いだと言う。それから人参とねぎ。人参は皮付きが、ねぎは生が好き。少し変わっている。炒め物でも、鍋でも、必ず干ししいたけを使わないと、良い顔をして食べてくれないし、人参やねぎだってそう。頑固だね。
 里で買い物なんて、前は絶対に嫌だったけれど、慧音のために嫌々しているうちに、慣れてしまうと、前にあった抵抗はまったく無くなった。身は慣わしの、なんて。里に堂々と入ったり、人のために料理をしたりなんてことも、慧音のせいでできるようになってしまったこと。前は、いつまでも、ずっと一人で生きていくんだから、そんな事しない、出来ないほうが良いってポリシーだったんだけど。今は、一人じゃないから仕方ない。
 初めて会ったときには、態度が硬すぎたし、少し親しくなっても、ずいぶん硬かった。だからそういう性格なのかと思っていたんだけど、この頃はやわらかくなったかな……と言うより、頑固になった。子供みたいに。会う約束した時間に遅れると、すねて顔も見せてくれなくなる。じゃあ勝手にして、なんて言うと、もっとひどくなる。これは当然かな?食べ物の好みも……でも、硬かった頃よりは嬉しい。まあ、一番くだけたのは話し方かな。かちかちのデスマス調からダゾ調だもんね。ダゾ調、って、慧音の口調のために今作った言葉。
 手提げ袋からねぎの先っぽを出していたり、じゃがいもや人参でぼこぼこにして、持ち歩くのも、恥ずかしいし、どうせなら箱のほうがいいじゃない。指に食い込む袋より、箱を引きずるほうがいい。そう言ったら、慧音におかしいと言われた。慧音は、私が買い物袋を持った、平凡というか、一般村民的な格好をしているのを見るのが好きなんだそうだ。ある種の拷問だと思う。だけど、これもじきに慣れてしまうかな。これは嫌だ。
 寺子屋にはいつも正面からは入らない。生徒じゃないから。生徒以外、たとえば本屋とか氷売りは、きまって、裏か庭から入る。私も庭から入る。もう夕方の六時だけど、夏だからまだ太陽は沈まなくて、暑くて明るい。西日がまっすぐ当たって、寺子屋の古びた柱や壁が、あたらしい木材みたいに、濃い橙色に染まる。西日のせいでちょっと赤く見える畳や、生徒が置いていった習字の紙も、赤くなってあちこちに散らばっているのはとてもきれい。ひぐらしの声が添えられると、きれいを通り越して悲しくなる。
 生徒はもういなかった。慧音が一人で、机にうずくまって筆の柄を唇に当てている。そのままじっとして動かない。あれは悩んでいるときの癖で、体はちっとも動かなくても、頭はフル稼働してる。前はその癖を知らなくて、頭も働かなくなったのかと思って話しかけたら、嫌な顔で怒られたことがあった。そのあとで謝ってくれたけどね。
 邪魔したくないから、教室からすこし離れて、庭の木陰に立っていた。しばらくして、墨を磨る音。筆を動かしているみたい。一番考え事に集中している時間は終わったみたいだけど、まだ仕事に障らないように、静かに立っている。
 でも、
「いるのか」
 声をかけられる。気取られないようにしているつもりなのに、この頃は隠れているのが下手になった。いつも慧音にばれてしまう。もしかしたら、慧音が鋭いのかもしれない。
「いる」
「どうして入ってこない。来なさい」
 と言われて、ようやく寺子屋に上がる。大体いつもこんなふう。
「来たら、すぐに入りなさい。いつも外で立っているじゃないか。何か見ているのか?」
「ううん。仕事の邪魔になるかと思って。今、考え事してたでしょ?」
「確かにしていた。でも、人が来ただけで、途切れてしまうような集中力じゃあないつもりだ。わかったね」
 一日、生徒を相手にしていた後だから、こんな口調になるんだね。子供を諭すみたいだ。私の見た目のせいか……見た目だけじゃなくて、本質も、子供のままかもしれないけど。大人だって言える自信は、ぜんぜん無い。
「材料を買ってきたよ。ついでに卵も買ってきた」
「ありがとう。すぐ、終わらせるから待って」
 紙に、小難しい文を書いていく。性格や口調からは、角ばった字を書くと思われるけど、慧音の書く字は、褚遂良風の艶やかな字。意外だった。でも、厳格に書いても上手い。字がきれいなのはいつだって羨ましい。
 ところで、すぐ終わらせるから、と言っても、いつも一時間くらいかかるんだから、言われたとおりのつもりで待っていると、くたびれる。だから座布団を二枚重ねて、枕にして寝てしまう。夕方だから昼寝じゃなくて、うたた寝かな。
 待たされる時にはいつもうたた寝をするから、寝不足か、夜寝るのが遅いのかと、前に慧音に聞かれた。そうだよ、なんて言っておいたけど、本当は違う。幸せな時間に、ちゃんと起きていて満喫するのもいいけど、くつろぎきってうたた寝をしてしまうのは、もっと贅沢なんだよ。こんな贅沢はとても貴重。だから寝られる時は寝る、なんて、グウタラみたいだけど。
 喩えて言えば、月のきれいな晩、慧音は外に出て、夜が明けるまで月を惜しんで歩きとおすようなタイプで、私は、部屋で布団に入って、戸の隙間から月を見ながら、うつうつ寝てしまうタイプかな。だから、うたた寝の本当の理由を言うと、かえって怒られるかもしれないと思う。
 肩をゆすられて、起こされた。仕事が終わったのかな?
「妹紅、きれいだ、見ろ」
「何?」
「外。日が沈む」
 起こされて、外を見ると、遠くの山の端へ、ほとんど沈んだ夕日が、のこりの上の端を沈めようとしているところだった。山から漏れ出してくる最後の光が一層眩しい。山はもう影みたいに真っ黒で、太陽のまわりは明るくて、上へいくと、黄色から白、紫、薄青に空の色が変わる。こういう鮮やかな空は夕暮れ時にしか見られない。それも、こんなに悲しい色。きれいなのに悲しいのは、恨めしいくらい。
 黙って、一緒に、太陽がもう見えなくなってからも、喋れない。だけど、伝えたい気持ちがこみ上げてくる。
「急に起こしてごめんな」
「ううん。ありがとう。すごく嬉しいよ……欲しいものがあったら、なんでもあげたいくらいかも」
「なんだ。どうして」
「大切な人ときれいな景色を眺めたり、ああいう瞬間を共有できるのって、幸せじゃない」
「ええっ。うん、そうだけど」
 照れてる照れてる。
 一瞬の幸福は、大きな幸福と同じくらい私にとっては大切。小箱に集めた宝石みたいに、いつまでも抱いていられるから。慧音はそれをたくさんくれるんだ。人は、小さい幸せはあんまり大切にしないみたいだけど。
「欲しいものをくれるのか?」
「あげられるなら、なんでも」
「してほしい事はあるのだが」
「なんでもいいよ。言うとおりにしてあげる」
「じゃあ、今晩うちに泊まっていってくれ」
 しまった。困ったな……まあ、いいか。
「そうする」
「本当か」
 ゆっくり微笑む。だけど慧音は、大げさに喜ぶよりも、そうして落ち着いているほうが、心ではもっと喜んでいるみたい。喜ばれると、私も嬉しいな。
 慧音は仕事が終わったみたいで、紙をまいて本と一緒に鞄に入れた。生徒の机の上にちらかった、練習の紙を集めてくずかごに入れ、筆や硯を洗ってから、戸締りをして帰る。生徒の紙と座布団を集めていたとき、座布団の下から紙が出てきて、それが慧音への……「先生へ」の恋文だったから驚いた。慌てて隠したのか、座布団にはさんで忘れてしまうなんて、古風だな。どうすればいいかわからなくて、他の紙と一緒にしてたたんで屑籠に入れてしまった。実は、少し読んでしまったけど……それが、あとで役に立った。
 さて、慧音の家で鍋をつくる。もちろん、干ししいたけをお湯でもどして鍋に入れ、人参は皮をむかないで切り、ねぎは、短くきったのをそのままお皿に乗せて出す。私の食べるぶんだけは、煮てしまうけど。生で食べて、辛くもなんともない、というのが不思議。きっと唐辛子やしし唐も生でかじるんだろうな。満月の日に見てみたい。
 夕食のときに、寺子屋であった事を慧音が話してくれるのも、楽しい。
「今日の昼に、弁当が美味いとか不味いとかで、生徒が喧嘩をしてた」
 と、話し出す。
「ある生徒の弁当に入っていた炒め物を、みんなで食べて言い合っていたんだ」
「へえ」
「不味いと言い張る子らがかたまって、弁当をけなすから、かわいそうだったよ。美味いも不味いも人それぞれだと言いたかったのだが、なかなか信じてくれない」
「ふうん。生徒は何人いるの?」
「32人」
「じゃあ、慧音を入れて33枚、寺子屋には舌があるわけね。美味しいものの基準も、それぞれ33」
「33枚、舌があるだって。変なことを言うなあ……でも、わかりやすい」
 生徒みんなに手を出させて、並べてみれば、みんな違う形で、同じのはきっと一つもない。舌なんて、そんなふうには比べられないけど、味覚だって手の形みたいに、あるいは、手の形よりもみんなばらばらかも。同じ人は一人もいない。だから、もし慧音と性質の似た人がいて、その人が慧音より優れているとしても、私は慧音だけが大切。……って、舌の話をして、思いついたけど、言わない。言ったら怒られる。
 気持ちはちゃんと伝えるべきだけど、まあ、もうすこし慧音がやわらかくなってから、言おうかな。
 舌は33枚、手は66、心も33、同じのはないんだな。これはけっこうむずかしい。
 ここに私のと慧音のと、2つ心があって、この2つがいろいろなことを共感したり、同じことを喜んだりしているのも、考えてみたら、決して見過ごせない、貴重なことだ。
 これを見過ごして、または気づかなくて、不幸せになってから、やっと気がつくなんてことも……
 泊まるから、慧音の着物を借りて寝ないといけない。だけど、お風呂上りに着てみると、どれもだぶだぶで、裾を引きずってしまう。やるせない。それに、髪よりも服の裾が長いのは、なんだかなぁ。
「服を取りに言ってくる」
「ついていくよ。ついでに歩いて散歩をしよう」
 半月が雲のふちを光らせている。月の光のあたらない、雲の裏側は真っ黒で、その隙間から見える夜空のほうが明るくて、色が薄い。星はあまり見えなかった。遅生まれの蛍が時折飛んでいる。手で受け止めると、指に止まって飛び立たなくなる。指をふって、こっそり慧音の帽子の上へ飛ばしたら、さっと振り向いて睨まれた。こっそりやっていたのに、私のやることは、どうしてすぐ慧音にばれるんだろう。
「雲といえば、無常かな」
「無常か。
 畑うつやうごかぬ雲もなくなりぬ
 って知ってる?蕪村っていう人の俳句」
「知らないな……」
 この句は好きだけど、今じゃなくて昼間に言うべきだった、と後悔する。暑い昼間なら、似合いそうじゃない。
「妹紅は、私の知らないことをたくさん知っているな」
「慧音のほうが物知りじゃない」
「違う。知識の量じゃなくて、範囲というか、所属、段階、時期、あれ?ええと……」
 慧音の言いたいことはなんとなくわかる。
 知り合うより前の時間を、私達は当然共有していない。慧音が子供の頃、どんなふうだったか私は知らないし、私の昔のことも、幻想郷にはないもののことも、私は知っていても、慧音は知らない。慧音が今言いたがっているものは、この隔たりに起因している……はっきりとは私もわからないから、むずかしい言い方しかできないけど、ただの知識量の違いなら、どうにでも埋められる、でもこういう違いは、お互いに教えあって、埋めたつもりでも、どことなく虚ろな、隔たりの感覚は、なくならない。実際、本当には埋められないんだから。
「私、生まれたのが昔すぎたから……」
「いつぐらいなんだ?」
「あんまり言いたくないなぁ」
「そう。でも、私よりずっと長く生きているんだな」
 すごく長いと思う。慧音は、このことを気にしているのかな。
「私の知らないことを、妹紅が話すのを聞くと、辛くなる」
 埋められない隔たりを自覚するから。
「そうか。ごめんね」
「いや。いつかもっと大人になったら、辛くなくなるかな。妹紅の言うことを聞いて辛くなるなど、お前に悪いし、嫌だ」
「いつかはそうなるかもしれない。でも、今は無理しないで」
「しかし……」
 心配性だな。だけど、無理しなくていいんだって言い聞かせてあげるより、私が、慧音にとって辛い話をしないようにすればいい。
 人を大切にするのも、愛するのも、むずかしい。余裕のない心ではそんな事できない。恋っていう言い方は好きじゃないけど、恋をしてると、大切にしたい人を、大切にしすぎて、かえって傷つけてしまったりするのが苦しい。そのせいでますます苦しめ合ってしまう事もある。こんな事なら、誰も大切にしないほうがいい。一人がいい、と思っていた時があった。でも、それは自分にはあわなかったかもしれない。
 今はそうしていないしね。私もいつか、慧音を傷つけてしまうかな……
「妹紅。ごめん」
 慧音にもつのる思いがある。
 いとおしい。同じ時に、想い合うのは……
「慧音」
 袖を引いて立ち止まった。
 背伸びして、唇を重ねる。
 ……………………
 慧音の頬が、熱くなるのがわかる。離れると、ふらふらして、今に倒れてしまいそうに見えた。
 何か言いそうだったけど、目をそらして、走って行ってしまった。……いけなかったかな。
 家に帰ったかな?それか、どこか別の場所へ行ったかな。どこへ行く、という思い当たりはないけど。家に戻ると、靴が置いてあった。
 家の中は真っ暗。どこかで風鈴が鳴っている。誰かが、一人で物思いをしている、そんな雰囲気を際立たせる音。風鈴は、庭に面した、慧音の部屋の前の廊下にあった。障子の手前に座って、声をかけた。
「慧音、いる?」
「……いる」
「入っていい?」
「うん」
 障子を引くと、暗い部屋に、月の光が四角に差し込んだ。慧音の横顔が照らされる。そこに月があるのかと……なんて、きざな表現は合わないけど……白い顔と首、かすかに光る髪が、青白く、透き通るまでに見えた。心臓がぎゅっと縮んだ。しばらく、声が出せない。
 これが、慧音?さっきまで話していた慧音とは、違う存在に見える。犯しがたい、というのが似合う。でも、うつむいて、何を考えていたのか、知りたい。
「慧音」
 距離をつめる。
「好き」
 小さな吐息を漏らし、一瞬顔を上げ……すぐまた下を向く。
あきらかに動揺しているのがわかる、小さく震える肩。抱き締めたい。抱き締めないと、消えてしまいそう。
「もっと、早く言わなきゃいけなかったかも。さっきはごめん」
 慧音は返事をしない。戸惑っているんだろう。心を傷つけてしまったかもしれない。だけど、近づかないと、気持ちを確かめられない。
 膝の上の手に触れる。震えて、手を引きそうになったけれど、冷たい指を握ると、されるままに任せてくれた。
「妹紅……」
 私を見下ろす瞳は、濡れている。私も、泣きたい。
「言わなくていい。私の気持ち、受け取って……」
 言えば、慧音の心は壊れてしまう。そう思った。
 もどかしい……手を重ねたまま、もう、離してしまえない。

 慧音が好きなのは……コーヒーにココアの粉を少し混ぜたの。
 私は、すごく不味いと思ったけど、そこは、2枚の舌。
 慧音が一番好きな分量も、お湯の熱さも、私は慧音自身よりもちゃんと知っている。いつも私が淹れてあげるから。私が入れたのを、好きになってくれたから。
 小雨が降っている。少し湿っぽくて、気分もすっきりしない。天気ばかりのせいじゃないけど、こういうとき、つい物思いに浸ってしまう。
「妹紅、私は教師として、どうだと思う」
 コーヒーを飲みながら、つぶやく。寺子屋での話はよく聞くけれど、慧音自身の悩みを聞いたのは、はじめてだった。
「授業は見ていないけど、いい先生だと思う」
「どうして?」
「反省する先生に、悪い先生はいないよ。それに、慧音は生徒さんに好かれてるよ」
「なぜ、そうだと知っている?」
 昨日読んでしまった、慧音あての恋文に書いてあったことを覚えていた。慧音を心から好いて、ほめる言葉だったから、つい覚えてしまった。それは、子供らしい好きかただったから、安心もしたんだけど。
「実は、生徒さんが書いたものを見ちゃったんだ。自分だけじゃなくて、みんな、先生が大好きなんだって」
「そう……かな」
 遠い目をして、ぼうっとしていたけれど、やがて、ほんの少しだけ、微笑んだ。
「生徒さんも、慧音が好きだし、私も好きだよ。だから、喜んでくれる?」
 教師として、という意味をもちろん含んでいた。慧音は赤くなって、頷いた。
 さて、慧音は今日も寺子屋に。一緒に家を出てから、別れるつもりだった。
「なあ、妹紅。今晩もまた……」
「ん。なに?」
「今晩も来てくれないか」
 すごく言いづらそうに、言ってくれる。それもそうだろうな。嬉しい、けど……
「今晩は、ちょっと」
「用事か?」
「んー。まあ」
「そうか。……大事な用事?」
「えぇ、まあ、そうかも」
「なぁ、何があるんだ?」
 教えられないなあ、という顔をつくって、目をそらす。はっきりしなくて、慧音は不満そうだ。問い詰められたって何も答えないつもり。本当は用事なんてなにもないんだ。なのにわざとこう言っておいて、ちょっとテストをしたい。
「別に……」
「どうして、教えてくれない?」
 …………
「じゃあ、いい」
 顔をゆがめて、そっぽを向く。いつもどおりに拗ねた。可哀想だけど、ごめんね、慧音。
 道で別れるとき、それじゃあ、と言おうとしたのに、慧音はこっちを見もしないで歩いていった。後姿を見ていたけど、一度も振り向かない。いつもすねると、こんなふうだけれど、今日は、特に辛くさせてしまったかもしれない。
 今晩会えば、慧音はもろくなって、普段言わないことも、打ち明けてくれるかもしれない。
 こんなやり方、よくないかな。
 自分でああ言ったあとだけど、夜まで過すのは大変だった。慧音の事しか考えられなくて、何をしていても、気がつくと手が止まっている。昨日あった事を思い出したり、今晩、どうしようか考えたり。慧音がいとおしい……いとおしさは、幸せも、愛情も、苦痛も含む。棘があるみたい。大切であるほど心が痛い。どうしてだろう……どうして心が痛いのか、わからない。でも、痛みは苦痛じゃない。むしろ、その痛みを求めているような気もする。
 そんな、はかない時間はすぐに過ぎてしまった。夜になり、やっと会いに行けるのに、慧音の事を考えていた時間が惜しくて、もう少し、我慢しようなんて思ってしまう。だけど、やっぱり早く行こう。
 雨は降り止んだけど、濃い霧がかかって、服をしっとり濡らす。滑りやすい竹垣を越えて庭に入った。風鈴がまた鳴っている。月が雲に隠れて、光はないから、そっと廊下に上っても、障子に影が映ってしまうことはない。この時ばかりは、気づかれないように頑張った。灯りのついていない部屋に、慧音がいるらしいのはわかるけど、私に気づいた様子はない。
 風鈴の紐を持って、素早く三度叩いた。
 慧音が立って、障子を引いた……
「こんばんは」
「……驚いた。どうして急に……」
 視線がやわらいで、微笑みそうになった。けれど、すぐに厳しい表情になって、部屋に戻っていった。そのあとを追う。慧音は机のむこうに座って、手に広げた本を見ていた。表紙の文字が逆さになってるけど。
「仕事をしていたんだ。来ないと言ったから……帰ってくれ」
「灯りをつけないで、仕事をしてたの?」
「……用事は、なくなったのか」
「用事なんてない」
 顔を上げて、私を見た表情からは、厳しさはなくなっていた。かわりに、戸惑っている様子が伺われる。
「どうして、嘘を?」
「慧音があんなに拗ねる理由を、知りたくて」
「理由って……だって、」
「いつも、無理して拗ねてない?」
 机をはさんで見つめ合う。やっぱり、図星をついてしまったのかな。泣きそうな顔になる。
「ね。寂しかったら、私から離れないで、近寄って。そうしてほしいよ」
「でも……」
「でも?」
「妹紅は私と一緒にいてくれる、でも、私がいる時間、短い……だから、怖くなる」
 慧音といる時に、一番、悲しいこと。私達の一番の違いかもしれない。
「妹紅といると、怖いくらい幸せなんだ。本当に寂しい時、一緒にいるのは苦しい。その事を考えてしまうから、嬉しいだけ怖い」
 こんなに辛いことを慧音は悩んでいたんだ。無理に聞き出さなければよかった……
「慧音。私も、本当は怖いけど。慧音がいる時は、慧音が全てなの。それ以外の時間なんてない。慧音も、同じでしょ?私のいない時間の事は、考えないで。慧音が一緒にいたいって思ってくれるなら、いつまでも一緒だから……」
 伝えたいことがあるけど、言い表せない。気持ちがはっきりしないから。これは、どんな問題よりも複雑だから、まだ、ちゃんと慧音に答えてあげられないんだ。
 ちゃんと伝えずに、伝わる感情なんてない。言葉でできないなら、行動でも、ちゃんと伝えないといけない。なのにどうしてだろう、悲しくて、自分がどうしたいのかもわからなくなってしまった。
「妹紅、こっちへ来て……」
 涙を拭いて、慧音が言った。机をまわって、慧音の隣に座る。昨日より、もっと近くに。
「もう一度、してくれるか……」
 なにを、とは、考えるまでもなかった。私が一番したかったことをするんだ。
「うん……」
 肩を抱き、口を押し当てる。激しく、吸うように。震える体を、強く抱き締める。
 慧音の手が、背中に触れた。
 このままずっとこうしていたい……

 何より伝えたい事は、伝えられた。好きだって。愛しているって……慧音も、答えてくれた。

 一瞬の幸せが貴重だとか、同じものは一つしかないとか……
「こういうことって、あたりまえだよね。だけど、慧音に聞いてもらっているのはね、気持ちは、ちゃんと伝えないと通じないんだ。通じてるって信じていても、いつか伝わると思っていても、もし慧音がいなくなったら、みんな行き場がなくなっちゃうんだから。それは、すごく悲しいよ。
 ……いなくならないと思っていても、いつ不意に、会えなくなってしまうか、わからないし、いつそうなってもおかしくない。それは、慣れや習慣の思い込みより、ずっと当たり前なんだ……」
 だから、慧音も、教えて。いられる限り、私はどこへも行かないから。
 朝になったら、また別れなくちゃいけないけど、慧音が言えば、また来る。私も会いたい。
 慧音、好きって言って。もっと伝えて……

 ――――――――――――――――――――――

 伝える必要もない、お互いにはもうわかりきっている事、たとえば、好きだとか、なんとか。「知ってるよ」って顔をしてたって、いとおしいと思ったときには、ちゃんといとおしいって伝えないと。自分はわかっている、というのと、伝えられてじかに感じるのとは、もちろん、全然違うんだから。
 抱き締めるごとに、「わかりきったことを」なんて、慧音が涼しい顔をするようになっても、離さないでね。
「ああぁ」
 なんだと思ったら。
 あ。寝坊しちゃったな。隣の、慧音の部屋が騒がしい……慧音も寝坊して慌ててるのかな。今日は休みだって、言ってたけど。
「妹紅!遅れそうだ。いや、もう遅れてる」
 廊下に出たとたん、きつく抱き締められた。寝起きで、背骨が痛い……
「行きたくないな……こんなに行きたくないのは初めてだ」
 腕が緩みそうになる。でも、私が抱きついて離れない。
「今日は休みじゃなかったの?」
「あ。ああ、そうだった……」
 鞄がどさっと落ちた。もう、馬鹿だな。
「今日は、まだ帰らないよな」
「いていい?」
「うん。……夢みたいだ」
「覚めなきゃいいね」
 慧音が好きなのは、妹紅、妹紅、妹紅……なんて。そうだといいな。
 好きなだけのろけたようです。
 どうもありがとうございました。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
28282828
2.名前が無い程度の能力削除
面白かった。
ありがとう。
3.名前が無い程度の能力削除
2828
これはいいもこけーねです。
ありがとうなぁ!
4.名前が無い程度の能力削除
2828し過ぎてむせた
5.名前が無い程度の能力削除
ああ、もうこいつら
6.名前が無い程度の能力削除
バカっぽくなくてよかったです。
バカっぽいのも好きだけど。