買い物客で賑わう人里の中を、彼女は足取りも軽く歩いている。常に20m程の距離を保って離れてはいるが、自慢の耳を持ってすれば、彼女の鼻歌だって用意に聞き取れる。
私はというと、後を着けてきている事を悟られぬよう慎重になりながらも、片時も彼女から目を放しはしない。ああぁ、買い物袋を揺らすその後姿のなんと可愛いことか……
「藍……お前、こんなところで何こそこそやってんだ?」
余りに集中し過ぎたせいか、彼女──霧雨魔理沙が近づいて来ることに全く気付かなかった。
「魔理沙か……なに、橙をお使いに行かせたのだが、どうも気懸かりでな。ついつい後を着けてしまっているのだ。」
隠す程の事でもない。私は正直に話した。私の視線を追うように振り返った魔理沙は、橙の姿を確認して合点がいったようだ。
「成る程な。初めてのお使いってやつか。」
「いや、今回で通算128回目だ。」
「…………は?」
魔理沙が何をそんなに不思議そうな顔をしているのかは、私には全く理解できないが、彼女に構ってばかりも要られない。橙を見失っては大変だ。
「悪いが用がないのであれば失礼するぞ。橙を見失いたくないのでな。」
「……あ、ああ。精々ストーカーと間違われないよう気を付けてな。」
去り際に、もう手遅れか。等と失礼極まりない事を言われたが、橙の為だ。気に留めない事にした。
視線を再び愛しの橙の元へ。すると彼女は誰かと話をしているところだった。
あれは──
「──っ!」
不意に橙がこちらを指差した。咄嗟に身を隠したが……まさか見つかってしまったのだろうか?
それに話をしていたのはおそらく霊夢。顔は確認できなかったが、紅白の脇だし巫女など、幻想郷に二人といない。一体何を話して──
「ちょっと藍?」
びくぅぅぅう!!
思わず背筋が伸びてしまった。ついでに尻尾も。
やはり見つかってしまったのだろうか……
「なに驚いてるのよ……?」
「な、何故私の居場所が……?」
恐る恐る尋ねてみたりする。
「何故って、そりゃ橙に聞いたからよ。まぁ橙に会えたのは偶然だけど。」
やはり、ばれていたのか……
賢い橙のことだ、ずっと前から気付いていたのだろう。薄々ではあるが、そうではないかと思っていたのだ。
子供という者は、親が思っている以上にしっかりしているもののようだ。自分にも身に覚えがある。
紫様もそうだった。その昔、私がまだ幼かった頃。お使いに出る度に、私をずっと影から見守っていて下さったのだ。
紫様の存在に気付きはしても、私は何も言わなかった……子供ながら母親に気を使っていたのだ。
きっと橙も、私に気を使って気付かない振りをしていたに違いない。
「どうせ後を着けてたんでしょ? 過保護も程々になさいよ……っとそんなことより、私はアンタに聞きたい事があんのよ。紫の居場所、教えて。」
「紫様の?」
嬉しさが半分と、寂しさが半分。そんな何とも言えない心境ではあったが、霊夢の問いに、私は辛うじて応えた。
「そう。マヨヒガにも居なかったのよ……アンタなら知ってるでしょ?」
スッ
「? なによ?」
私は項垂れながらも真っ直ぐ後ろを指差した。
「紫様なら、後ろから私の事を見守ってくださってるよ。」
「あ、アンタ達……」
その後私達は、何故か青筋を立てた霊夢から三人揃って説教を受ける事になった。
何故こんな事になったのか……さしもの私でも皆目掴めなかった。
いや、原因は分かっているのだ。
霊夢である。
彼女の話では、私達三人の行動は全く持って無駄だというのだ。
私はそんな霊夢の意見に異を唱えた。
親という者は、総じて子の身を案じてしまう生き物なのだ。私にしろ藍にせよ、それは致し方のない事だ。確かに、橙に比べ、藍は立派な大人の妖獣だ。
才色兼備。そんな言葉が似合うような、素敵な女性に何時の間にやら彼女はなっていた。
しかし、しかしである。それでも親からすれば子供は何時までも子供なのだ。
親として新たなスタートを始めたばかり彼女を。
親として
そして母親の先輩として
影から見守る事に何の問題があるというのか……と。
しかしそれでも霊夢は納得してはくれなかった。きっと子を持たぬ彼女には理解の範疇を超えていたのだろう。それは仕方の無い事かもしれない。
かくして私は腕組みする霊夢と、大切な家族に見送られ、買い物袋を片手に人里へ赴くことになった。
何しに行くのかって? 無論、お使いに、だ。
「最初からこうしてれば良かったんですね、らんしゃま。」
「ああ。紫様なら私も安心だ。」
「「いってらっしゃいませ、紫様。」」
せっかく笑顔で見送られているのにも関わらず、私はどこか釈然としない思いに駆られ、素直に喜べなかった。
そう、何かが間違っているのだと。私の脳が、心が、魂が訴えてくるのだ……
「そうですわ! 何も徒歩で行くことなんて無いのよ! スキマから……いいえ、いっそ商品だけこっそり盗んでしまえば良いのよ……!」
「良い訳あるかぁ!!!」
スキマから手を伸ばすことに集中していた私は、巫女が放ったライダーキックをかわす術も無く。
「あ。」
あっけなく自ら開いたスキマに落ちる羽目になった。
「い、いらっしゃい……。」
「ど、どうも……ほほほ、良い天気ですわね……あっ、そこの大根、頂けるかしら?」
その日から、人里には買い物袋をぶら下げた妖怪の賢者が頻繁に見られるようになったとか。
こんな八雲家もいい。
おもしろかったです。
そんぐらい気づけ、妖怪の賢者よwww
しかしなんとも面白い