洗濯物を終わらせて、伸びをするとぱきぱきと音がした。
こりゃ相当こってるなあ、と思いながら首を回してみる。
こきりと小気味いい音と、空が目に映った。
決して少なくない雲。けれどそれは太陽を遮ることはなく。
洗濯物は乾きやすいし、暑すぎない。とてもいい天気だった。
何とはなしに雲を眺めてみると、そのうちの一つがいつも見ているそれに見えた気がして。
「……何であれに見えるのよ」
思わずぽつりと漏らしてしまった。
そもそも。雲の形に一喜一憂するなんて、子供と恋する乙女の特権だ。
私はそのどちらでもなく。特に後者は有り得ない。絶対。
「咲夜さん? 何してるんですか?」
「あら、おはよう。……雲を見てたのよ」
「おはようございます。雲ですか。確かに今日は多いですね」
突如現れた彼女は「あー」と間の抜けた声を漏らしながら空を見上げた。
「それで。仕事どうしたのよ、門番さん」
「今は休憩中で。花畑の管理でもしようかな、と」
「休憩なら、ちゃんと休憩しなさいよ」
「咲夜さんこそ。私にこれは趣味だからいいんです」
にこにこと花の咲いたような笑顔を浮かべている。
私こそ、と言われても。一応は休憩しているつもりなのだけれど。
「してません。してください」
む、心を読まれてしまった。
「……あなた、いつの間に読心術を覚えたのかしら」
「あんなきょとんとしてれば、誰だって分かりますよ」
これは、怒っているのだろう。
美鈴はこういうやんわりとした起こり方をするので怒られている実感が薄いのだけれど。
ついでに、そんな怒られることでもないと思うのだけれど。
「……、もういいです。ところで、雲がどうかしたんですか?」
「別にどうもしないけど?」
ちょっと見上げてみたらそれっぽい形に見えて、自己嫌悪しただけだ。
「ね。雲が何かに見えたことってある?」
なんとなく気になったのでそれとなく聞いてみた。
問われた美鈴はぽけん、とまた間抜けな表情を見せて。
「雲が、何かに?」
「あー、そうね。例えば……お菓子とか?」
「ああ。雲が綿菓子に見えるって言うのはよく聞きますね」
思い浮かべているのか、虚空を見上げてよだれを垂らしている。
「今度作ってあげるから」
「本当ですか? 楽しみにしてますね」
「楽しみにしてなさい。で、ないの?」
「んー……。ないですね」
ぽり、と頬を掻いて。ごめんなさいと謝られてしまった。
意外だ。お腹空いた時とか考えてそうなのに。
申し訳なさそうに、美鈴は続ける。
「そもそも。雲なんて形の変わる物に意味を求めるのは人間だけなんですね。
妖怪は基本長命ですから。いちいち意味なんて求めてたら生きていけません」
「へえ」
「うわあ、適当な返事だなあ」
折角頑張って言葉選んでみたのに、と嘆く声。
だって、私なんかより人間臭い妖怪に言われても説得力が皆無なのだから仕方ない。
「咲夜さんは充分人間ですよ」
「読心術? 今度は顔に出してないつもりなのだけど」
「雰囲気です」
殴ってみた。グーで。
「刺されるのはよくあることですが。殴られたのは初めてです」
「ナイフを取り出す時間も惜しいと思ったのは初めてだわ」
「初めて同士ですね」
「もう一度殴られたいのかしら」
「ごめんなさい」
慣れない攻撃って痛いなあ、とのんきにつぶやいている。
ボディーブローを喰らってそれだけっていうのはどうなんだろう。
殴ったこっちもちょっと痛いっていうのに。
「咲夜さんも、慣れない攻撃なんてするから手が赤くなってるじゃないですか」
「打撃用に鍛えようかしら」
「やめてください」
本気で止められてしまった。
軽い冗談のつもりだったのだけど。
「まあいいわ。――あなたの言い分は分かったけれど、短命な妖怪なら意味を求める訳?」
「納得してない風ですが。そうですね。やっぱ求めないんじゃないですか?」
「ふうん。どうして?」
「短い寿命をどう楽しく消化するかに精一杯で。とてもそんなこと考えてられません」
「合理的なのね」
「刹那主義なんです」
どちらにせよ、どうでもいい主張なのだが。
「咲夜さんには今日の雲が何かに見えたんですか?」
「……別に。なんにも」
「またまた。なんにもなかったら聞かないくせに」
「む」
それはその通りだけれど。
こういう時にだけ勘がいいのはよろしくないと思う。
「まあ、言いたくないなら言わなくてもいいんですけどね」
私は渋い顔をしていたのか、美鈴はあっさりと身を引いた。
なんだかんだ言って、潔いところも妖怪っぽさなのだろう。
「気にならないの?」
「気になりますが。理解できるとも分かりませんからねー」
そうにぱっと笑われても、こっちが反応に困る。
しかし、美鈴に言うことはないと言い切れるから、有り難いのかもしれない。
――雲が、美鈴の顔に見えた、なんて。
恥ずかしくて、墓場に持っていくのも遠慮したいくらいなのだから。
ありがちはいいもの、同意します。
ごちそう様です。
たかが王道、されど王道。その価値は時を経てなお残るものです。