※この話は『天に叢雲、店に酒』の続編みたいなものです。
あと視点が転々とします。タイトルのごとく。
緊張した面持ちでドアをくぐる。
こんなに緊張するのはどらくらいぶりだろうか。
幻想郷に地震を起こした時だって、楽しみこそすれこんな気持ちになることはなかったというのに。
いや……これからのことを思えば、楽しみであることに違いはない。
店主と目が合う。
天子はひとつ深呼吸。
言葉を発しようとして……どちらからともなく笑い合った。
「なんか……照れくさいわね」
「しかし挨拶は儀式だからね。大事だよ」
既にお互いの人となりは知っている。
知っているからこそ……新しく始めよう。
「……はじめまして、店主さん。
その……よろしく」
「ああ、いらっしゃい。香霖堂へようこそ。
まずは自己紹介から、かな」
『天店、転々』
自分のことをわかってくれるかもしれない。
はっきりと興味を持ったのはそう思ったからだった。
変わった生い立ちや境遇、能力。
似ているわけでもなく、近いわけでもない。
ただ、本来あるべき場所から少しだけはみ出た場所にいるふたり。
そんな相手だからだろうか、天子は自分のことを包み隠さず打ち明けていた。
望まず天人になったこと。
不良天人と呼ばれていること。
先日引き起こした異変。
地震のこと。
霖之助は彼女の話をただ黙って聞いていた。
いや、聞いているのか聞いてないのか、表情からはあまり読み取ることが出来ない。
それでも天子は喋り続けた。
時には笑顔、時には涙を流しながら。
「それでね、天界で宴会してた時にこの店の話が出たのよ」
「そして今に至る、か」
「そう言うこと」
一通り語り終えると、天子はすっかり忘れられていたお茶を飲み干す。
不思議なことに、冷えてしまっているというのに今まで飲んだどのお茶より美味しい。
そんな気がした。
「じゃあ僕の話かな。
もう気づいているかもしれないが、僕は妖怪と人間のハーフでね……」
霖之助が語り、天子が聞く。
天子が語り、霖之助が聞く。
そしてまた、巡る。
双方が語り終えても、お互いのことについては何も言わない。
ただ知った、それだけで満足だった。
……今のところは。
お互い長く生きている身だ。
話題は尽きない。
尽きないが……そろそろ本題に入ることにした。
「さて、身の上話はまたおいおいするとしようか。
天人の君、今日は何をお探しで?」
「そうね……」
天子は店を見渡し……先日の約束を思い出した。
道具については、また今度。
今日がその日だ。
「じゃあ、面白い道具の話をしてくれるかしら?」
「でね、道具を拾いに行ってきたの」
「総領娘様が拾い食いなど……なんと言うことでしょう」
ヨヨヨ、と衣玖は目頭を押さえて崩れ落ちる。
天子は天界に戻って来るなり早速衣玖を呼び出した。
店主について話せる知り合いが天界では彼女しかいなかったということもあって、先ほどまで延々と話を聞かされていたのだ。
「食べてないわよ。拾いはしたけど。
えっと、ああそうだった。無縁仏を埋葬するのがメインだったわ。道具を拾うのはそのついでよ」
「……そう言えと店主に言われたのですか?」
「うん」
正直に答えたら意味がないのではないだろうか。
そう思ったが……空気を読んで言わないことにする。
「それにしても、天人ともあろうお方がわざわざ三途の川に行かれるなんて」
「面白いものがあると言われたら行くしかないじゃない。
私もあの人も妖怪に襲われる心配がないもの。
死神も怖くないし……そう言えばひとりサボってたのがいたわね」
あの死神は天子を見ても戦闘を仕掛けては来なかった。
元々気楽な性格なのだろう。
「いろいろ面白い一日だったわ」
「話を聞くだけで面白いのですか?」
「面白いわよ?」
……まあ天界ではあまり勉強をしたことのない天子だ。
非日常こそ面白い、と言うことなのだろうか。
それとも……。
「今度天界の道具を持って行ってみようかしら」
「……何か嫌な予感がしますね」
考え事をしていた衣玖は、これから起こるであろう事態を予想し肩を竦めた。
霖之助は思わずため息を漏らす。
手にしたのは、緋色にたゆたう息を呑むほど美しい布。
「……羽衣か」
「そうよ」
えへん、と胸を張る天子。
言わずもがな、これは彼女が持ってきたものだ。
何か見覚えがある気がするが……気のせいだろうか。
「伝説によると、これを取られた天女は地上の男と結婚した、という話しがある」
「そうなの? 聞いたこと無いけど」
「君はそもそも天界についてあまり知らないだろう」
今度は別のため息。
霖之助が天子の相手をしているのは、天人としての知識に期待しての面も大きかった。
しかし肝心の彼女はというと天人としての教育をあまり受けていないせいかとんとそう言う話には疎い。
まあ……元々頭のいい娘なおかげで霖之助が退屈するようなことはないのだが。
もちろん天子自身に対して興味がないと言えば嘘になる。
何より楽しそうにきちんと話を聞いてくれる。
実に素晴らしいことではないか……。
「それにそれは私のじゃないから」
「だろうと思ったよ」
「衣玖の……なんだけど……」
「ふむ」
霖之助は羽衣を手に考え込む。
彼が何を考えているかはわからなかったが……。
天子は何となく、胸にしこりのようなものを感じていた。
……伝説の話を聞いたからだろうか。
「えい」
「……何をするんだ、せっかく見ていたのに」
「ダメ。見せてあげない」
「……どうして」
「貴方が取ったってことになったら困るもの」
「それは確かに、盗ったということになれば大問題だが……」
「そうじゃなくて……ああもう」
天子は羽衣を取り返すと、言葉に出来ない苛立ちに任せ店を飛び出した。
霖之助が、これ以上羽衣に心を奪われないように。
「……で? 私の羽衣を盗んでいった言い訳はそれだけですか?」
「えっと、あの」
珍しく天子は正座していた。
羽衣は既に衣玖の手にある。
「全く……総領様にばれたら大目玉ですよ。私が言わなかったからいいようなものを」
「衣玖には感謝してるわよ。で、それより聞いてよ。羽衣の伝説がね……」
「それよりとはなんですか。私にとっては……もう、いいです。
羽衣伝説? そんなことで私の優雅なふわふわ時間を邪魔したというのですか?」
天子は、衣玖にそんなこと呼ばわりされた霖之助に何故だか安堵する。
……という空気を読んだ衣玖は、内心ほくそ笑んだ。
いろいろ尻ぬぐいをしてきたのだ。
こんな面白そうな事、生暖かい目で見守るくらいはしてもいいだろう。
「……まあ、許してあげます。
それにしても総領娘様、素直に謝るとはしばらくの間にずいぶん成長なさいましたね」
「そ、そうかな? でも衣玖って羽衣がないと飛べないんだっけ?」
「いえ、そんなことはありませんよ。言ってみただけです
ちなみに今日はいつもと変わらない平和な一日でした」
「そ、そうなの……」
安堵と脱力で肩を落とす天子に、衣玖は眉根を吊り上げた。
「しかし、道具を見せるにしたってもっとふさわしいものがあるでしょう?」
「ふさわしいものかあ……」
「そうです、ふさわしいものです。
こう、総領娘様の魅力を引き出すというか、ぐっと気を引くというか……」
霖之助は言葉を失っていた。
まさに至宝。まさに秘宝。
それを手にした瞬間、霖之助の思考は瞑想の域にまで達していた。
迷走とも言う。
「どう? これが緋想の剣。私みたいな天人にしか扱えないのよ」
「…………」
じっと見ていると言うことは、興味がないわけではないのだろう。
しかしここまで反応がないと不安になってくる。
「ねーねー」
「…………」
試しに剣を軽く引っ張ってみた。
放そうとしない。
話しかけても、話そうとしない。
「むー……」
「一日中よ! 一日中!
どれだけ調べたって、天人じゃないと扱えないのに」
「はぁ」
「ずっと放っておかれたわ」
「ずいぶんお怒りですね」
「当たり前でしょう!
また持ってくるから、って言って奪い返したけど……しばらく持っていく気がしないわ」
「ではしばらく天界にいるので?」
「ううん。なんで?」
逆に聞き返された。
尋ねたのは衣玖だというのに。
「……怒っていたのではないのですか?」
「怒ってるわよ。進行形で」
「では明日は?」
「地上に行くわ」
「……あの店ですよね」
「当たり前じゃない」
むしろ質問されるのが不思議らしい。
「でも放置されて怒ってらっしゃるのですよね」
「そうよ」
「それは何故です?」
「何故かって……ううん……?」
どうやら自分でもわかっていないようだ。
仕方ないので衣玖は空気を読むことにした。
すなわち……焚き付け、けしかける空気。
「それはそれとして、道具を持って行くならもっと地味なものの方がいいかもしれませんね」
「そうね、考えておかないとね」
考えておく、と言った天子は次の機会を想像しているのか、嬉しそうな表情を浮かべる。
さっきまで怒っていたのが嘘のようだ。
なんとわかりやすい。
本人に全く自覚がないのが問題ではあるが。
「では、食べ物などいかがでしょう?」
「天界の食事は美味しくないもの」
「いえいえ、それは総領娘様が食べ飽きているからでありまして……。
地上の者にとってはまさに甘露なのですよ」
「天界の酒はいいとして……つまみは桃かい?」
「そうよ。天界では普通なんだけど……」
地上ではあまりやらない組み合わせに霖之助は首を傾げた。
彼女がそう言うなら間違いはないと思うのだが……。
地上では一般的に酒のつまみは塩辛いものと相場が決まっている。
味覚神経がどうのこうの、という話を妖怪の賢者がしていたような気もするが、
霖之助は酒の神と塩の神の仲がいいせいだろう、と考えていた。
とは言え、つまみがないからと羊羹で酒を呑んでいた巫女を見て以来、その考えも揺らいでしまっている。
「どちらにしろ分量が足りないな。
せっかくだし、何か作るとしよう」
「え? 料理出来るの?」
「長く生きているからね……まさか」
霖之助は驚いたように声を上げる天子を見つめた。
彼女は目が合う前に、照れたように視線を逸らす。
「……天界では必要無いもの」
「やれやれ、だったらちょっと待ってくれたまえ」
「あ……」
台所に歩き出した霖之助に、天子が声を上げた。
おずおずと歩み寄り、着物の裾を掴む。
「……なんだい?」
「あのね」
もじもじと手を合わせ、上目遣いに尋ねた。
「私にも料理、教えてもらっていい?」
「呑んでたら鬼が来たわ」
「天界にいたあの方ですか」
「あとよく巫女や魔法使いやメイドに襲われるわね」
「ははあ……」
「なんだってあんなに攻撃してくるのかしら?」
自業自得なのか、それとも別の要因か。
どちらかというと、衣玖は後者だと睨んでいる。
どっちも、というのは間違いないだろうが。
「それにしてもニブいですね」
「なにが?」
「いえ、失言でした」
空気を読まない言葉に反省。
だが、店主も店主なら天子も天子だろう。
「総領娘様――」
どうやらまだまだ焚き付け方が足りないようだ。
「最近楽しそうですね。毎日あの店に?」
「うん。だって――」
衣玖は天子の話を聞きながら、いささか不満に思っていた。
衣玖の含みを持たせた言葉に気づいた様子もない。
毎日行っているのなんて知っているのに、わざわざ確認したのはなんのためか。
毎日行く理由を考えた事はないのだろうか。
酔った勢いに間違いでも起きないかと期待していたのだが……。
残念ながら変わったことは何もないらしい。
「歌って踊って、一緒に飲むの!」
しかしまあ、変われば変わるものだ、と衣玖は思う。
最初は暇を潰すため。
次に道具の話を聞きに行くため。
今は店主に会うために地上に出かけているのだから。
まさか彼女が自分から料理をするなんて思っても見なかった。
いっそこのまま永久就職してくれたらこの上なく面白いのに、と衣玖は思う。
「天界で一緒に暮らさないといけなくなりますよ」
だがふとした冗談が、思わぬ功を奏した。
何でも言ってみるものだ。
「へ? え? でも、あの」
天子の顔が赤い。
ようやく自分の気持ちを自覚し始めたのだろうか。
彼女は今までの事を思い出しているようだ。
今までの行動にすべて単純な理由付けが追加され、理解し、身悶えていて……見ている方が恥ずかしい。
誠に無知とは幸せなものである。
そして知るという事もまた素晴らしいと、衣玖は思う。
これがちゃんと落ち着くまで、またしばらく時間がかかるのだろう。
ちゃんと形にして言葉に出来るまで、どれくらいかかるのだろう。
まだまだ楽しめそうだ、と衣玖は内心喜んでいた。
そして言葉に出すのは、空気を読んだ一言。
「――ごちそうさまです」
もう、ね…虫歯になりますよ、これじゃあ
天子可愛いですね!!
あと外野の巫女や魔法使いの行動にもニヤニヤしましたw
本当に、ごちそうさまでした!!
もう少しで久々に糖分過剰摂取による脱水症状に陥る所だった……
さて、天子は自覚したしこれから動き始めるものもあるでしょうが、
店主の方は、はてさて……
道草さん天才~!
しかし店主…巫女や魔法使いにメイドに鬼か…
けしからん、続きを求むっ!!
店主に会うため! 店主に会うため!!
てんこ……恐ろしい、そして可愛い子!
こんな甘いものをみては、自制など効かない!
あと、外野(巫女やメイド)の反応に吹きましたw