弾幕勝負、言葉遊びや皮肉の言い争い。
その日も、幻想郷のかしこで勝負が繰り広げられる。
魔法の森。
そのとある場所に、魔導書が落ちていた。
そこに二人の魔法使いが通りかかる。
「おっと。私が最初に見つけたぜ」
「いいえ。私が最初に糸をつけたわ」
「汚いな」
「唾じゃないんだから」
「ぺっぺ」
「唾つけない!」
「気持ちだけだよ。糸と唾がついた魔導書なんて汚なくて読めないからな。
そこの穢い人形遣いの汚い人形は、唾をつけて追い払っても構わないが」
「泥棒の唾にかかる程、この子たちの動きは鈍くはないわ」
「それより素早く人形を盗んでやろうか?」
「構わないわ。盗まれたら自爆させるし」
「させるなよ」
「私の糸がついた人形も、魔導書も、全て私に所有権がある。
汚い泥棒の穢い手に渡しはしない」
「構わないぜ。ならそこから奪うのが泥棒の醍醐味だ。
そちらさんの所有権ごと、全部私が盗んでやるよ」
────決闘開始
迷いの竹林。
そこで因縁を持つ二人がばったり出会った。
「ここで会ったが──何年目だっけな、姫さんよ」
「三百六十四年ね。今年は閏(うるう)年よ」
「それ適当でしょう。それに今年は閏年じゃない」
「永遠亭では毎年閏年なの」
「毎年同じカレンダーを使っているのね。
それじゃあ、そのうち季節が逆転するでしょうに」
「そうしたらまた逆転するまで待てばいいわ。
どっちにしろ、人間が使っている暦なんて当てにならないもの。
知ってる? この星の自転は、段々と動きが鈍くなってきているの。
だから閏年を使って季節に合わせようとしても、そのうちこのカレンダーは使えなくなるって……永琳がそう言ってたわ」
「そのうち止まるって事か。年もなく、季節もなく、昼か夜だけになっちゃうわね。風情がない」
「蹴っ飛ばせばまた動くんじゃない?」
「蹴鞠かい」
「月の威光の前では、この星は鞠も同然ね」
「それだとむしろ大玉転がしじゃない。
まあ、私はそれより貴方の頭を蹴っ飛ばしてやりたいけどね」
「運命に転がされている人間風情がよく言うわ。
まあ、私も玉より弾をうっている方が楽しいわ。特に貴方にね」
「首転がし弾転がし。魂を転がす閏年の弾幕は大玉が多くなるよ」
────決闘開始
白玉楼。
そこに続く階段の元に、招かれざる客がやってきた。
無意識を操るさとりの妖怪、こいしである。
「まさか、地底からはるばる魔物がやってこようとは……」
「魔物じゃなくて、地底からわざわざ来たお客さんよ?
大きなお屋敷があるって聞いたから、飛んできてみたの」
「確かに大きいお屋敷はありますが、誰でも入って良いという訳ではない。
お嬢様は多分お忙しいのです。地獄の使者と謁見したり、お茶を飲んでる暇はない。多分」
「お茶は苦いからお茶菓子だけでもいいよ?
それにしても、ずいぶん長い階段よね。十三段ぐらいに縮めればいいのに」
「それだと困ります。
冥界の階段の辛く長い道程は、やってくる幽霊達に改めて死を認識させるためのもの。
これを縮めたら、あの世とこの世の区別がつかなくなり混乱してしまうでしょう。
もちろん掃除も死ぬほど大変です」
「幽霊なら地底にもいっぱいいるよ?」
「それは怨霊でしょう。怨霊と幽霊は全然違います。あっちは熱く、こっちは冷たい」
「そして貴方はぬるい」
「私の半霊は人肌温度。体温は人間よりやや低い程度です。
でもこの刀の斬れ味は、間違いなく冷たいですよ」
「冥界のお茶もいいけど、半霊を地底に連れて行ったら、果たして怨霊か幽霊のどちらになるかの方が気になってきたわ。
貴方を地獄の釜茹でに浸けて、確かめてあげる!」
────決闘開始
紅魔館。
そこに信仰を広めにきた東風谷早苗と、メイドの十六夜咲夜が対峙していた。
「何の用かしら。ここは人間立ち入り禁止よ。あと新聞の勧誘も」
「貴方は此処の召使いですね? 新聞ではなく信仰の勧誘です。
良かったら、ここにも分社を置かせて頂きたいのですが」
「宗教の勧誘もお断りします。
お嬢様の許可もなく、そんな怪しげな邪神像を置かせるわけにはいきませんわ」
「邪神なんて失敬な!
神奈子様は由緒正しき山の神にて、その神徳は風雨の守り神、五穀豊穣と枚挙にいとまがなく……」
「だから邪神なんですけどね。
まあ、話はよくわかりましたのでお帰り下さいな。裏門はあちらよ」
「はい。裏庭に分社を置いておきますね」
「置くな! そもそも悪魔の館から信仰を集めようなんて、何を考えているのかしらこの洗脳屋は」
「神奈子様は妖怪人間問わず大らかな方ですから。悪魔にも寛容です。信仰に差別はありませんわ」
「お嬢様はそれほど寛容ではありませんわ。あの方が唯一崇めるのは明星のルシファー。
格下の神様に仕えるほど愚かではなくてよ」
「どうでしょう? 手の届かぬ星の神より、隣の山の神を愛せよという言葉もあります」
「なにそれ」
「今考えました。郷には入れば郷に従え。
幻想郷に住んでいるからには、唯一神なんて融通の利かないものより、この国本来の多神であるべきなのです。
さあ、掛け持ちでも構いませんからどうぞ信仰を。そして悪魔の生活水準を向上させるのです」
「やはり宗教勧誘はしつこいですわ。ともかく今はお嬢様も寝てますし、
その分社を持って一昨日にお帰り下さいな」
「はい。では明後日にまた来ますね。分社を持って」
「貴方の時は今から私が止める。永遠に明後日が来ることはない」
「言い忘れてましたね。神奈子様の神徳の最後の一つは、武運(弾幕)ですよ」
────決闘開始
博麗神社。
そこではのんびりとお茶の用意をしていた巫女が居た。
縁側に置かれていたそれに、宙から手が伸びる。
「あれ? お茶が……」
「お先に頂いてるわ」
「紫じゃない。なんでいつも人のお茶を横取りするのよ!」
「今日は横からではなく前から取りました。煎茶ね。
……うーん。これは安い葉を使っているわね。
いけないわ霊夢。このままだといつか大変な異変が起きてしまうわよ」
「なんで神社のお茶っ葉が安くなったくらいで異変が起きるのよ」
「簡単な事よ。私の機嫌が悪くなるわ」
「知るか! 大体お茶くらい自分で用意しなさいよ」
「お茶は、人に用意して貰って初めて美味しくなるものなのよ」
「だったらあの狐にでも煎れてもらったら?
お茶っ葉を頭にでも載せて化け茶とか」
「“人”に煎れて貰った方がお茶は美味しくなるのよ」
「人間は妖怪の茶坊主ではない」
「お茶が美味しいわ」
「そんなにお茶が飲みたければ、悪魔の館にでも行ってくれば?
あそこの吸血鬼は年中お茶ばっか飲んでるわよ。鉄分の多い紅いお茶だけど」
「巫女に煎れて貰った方がお茶は美味しくなるのよ」
「人間はどこ行った」
「巫女は種族。もはや人間ではないわ」
「巫女は職業! ともかくお茶を煎れるのと飲むので忙しいから。しっし」
「お茶菓子がまだ出てないわ」
「お茶とお茶菓子の境界でも操ってなさい」
「わかったわ! 今日は善哉なのね。実におめでたいわ」
「なんで正月でもないのにそんなの作らなきゃならないのよ」
「さぁ早く」
「お茶の準備は手間が掛かるわね。事前の入念な妖怪退治とか」
「あら、神社のお茶飲み権を獲得している妖怪に向かって酷いわ」
「私の静かにお茶を飲む権利のほうが優先よ」
「巫女に人権はないもの」
「妖怪にも人権はないわ」
「『茶』とは目出度い。上は二つの『十』で『二十』。下は『八十八』に分解できる。足せば『百八』。
百は白。八は血。紅白の貴方が、妖怪に捧げるのに相応しい代物よ」
「茶々を入れてお茶を濁してばかりの妖怪の、無茶苦茶な茶番劇にいつまでも付き合ってられないわ。
嘘八百が十八番だとそのうち村八分になるわよ。それともいまから私の紅白の弾で四苦八苦させてあげようかしら?」
「八雲の私を懲らしめようだなんて、それこそ一か八ってところね。
八百万の神々と言うように、八は無数も意味する。
貴方は無数の雲(苦も)越えられるかしら?」
────決闘開始
◇
神社の夜。
昼は人気がないこの境内も、夜は自然と妖気に賑わう。
今夜の月はいつもと変わらず、目まぐるしく形を変える弾の如く、不完全に輝いていた。
今回の宴は誰から提案されたものではなく、
思い思いに集まってきた者達が、酒を嗜み始めただけのものだった。
騒がしく、またはひっそりと、気の合う、または因縁のある者達同士で固まって勝手に語らっている。
そんな彼女達に共通している事と言えば……、
「魔理沙が悪いのよ。なんで肝心の魔導書ごと吹き飛ばすのよ。
これじゃあ、もうほとんど読めないじゃない」
「ありゃアリスが悪い。勝負中にこっそり人形で持ち去ろうとするからだ。
私はちゃんと人形を狙って撃ったぜ」
「魔理沙は狙いが大雑把なの。というか本のど真ん中に命中してるじゃない」
「狙ったぜ。それにしても随分と派手に爆発したなありゃ」
「人形の火薬にでも引火したのかしら?」
「どっちにしろ大爆発したじゃないか」
爆風を受けて二人はボロボロだった。
人形のお酌を受けながら、ほとんど燃え尽きた魔導書の断片から、少しでも情報を拾おうとしている。
今回の争いは実に、身にならなかった。
「痛い痛い痛い~。慧音もう少し優しくしてぇ」
「怪我はないのに体が痛むほど喧嘩するのが悪い。
包帯はする必要はないかもしれないけど、骨が歪んでいたら大変だ。ここはもっときつく……」
「痛い痛い痛いぃ~。骨が歪む~!」
「あちらさんも賑わしいわね」
「苦い苦い苦い~。永琳もう少し甘い薬にはできないの?」
「良薬は口に苦しです。つまり苦ければ苦いほど効くのですよ。
苦い薬なら、飲みたくなくなる。薬をできるだけ避けたくなるという思いが、さらに薬の効果を高めるのですわ。
さあぐいっ、と一気に」
「苦い苦い苦いぃ~。蓬莱の薬のほうがまだマシよぅ……」
「あれほど苦い薬もありませんわ」
夜まで喧嘩をし続けた二人はボロボロだった。
近しい者にそれぞれの方法で両成敗され少しは懲りただろうが、それも永遠の二人には些細なものかも知れない。
今回の争いは実に、身にならなかった。
「釜茹で地獄って……地底温泉の事なんですか?」
「そうよ。美容美肌に良くて、妖怪の健康を保つのに有効よ。お姉ちゃんも毎日入っているわ」
「へぇ~。それなら一度行ってみたいですけど、地底かぁ。遠いなぁ」
「喜んで招待するわ。入れたら怨霊になるか確かめたいもの」
「半霊は色紙じゃないのですが……。
それに、勝手に地獄に行ったら幽々子様に怒られそうです」
「あら。そんな事無いわよぉ」
「あ! 幽々……もっ!」
「あ、本物の幽霊だ」
「幽霊ですよぉ。面白そうなお話ね。お酒を持ってきたんだけど、私もまざって良いかしら?」
「話がわかるぅ。妖夢のお姉さん?」
「それは違いま……みゅ!」
「お姉さんですよぉ。地獄温泉に温泉卵は有名よね。
あの世の一住人として、ぜひ仲良くしたいわぁ」
冥界での勝負は妖夢の負けだった。
でもそのおかげで、地獄の現在の様子がやや気になっていた幽々子には、地底の偵察に妖夢を赴かせる口実が出来たようである。
今回の争いは、一つの縁と思惑を生み出した。
「──分社ぁ? なにそれ」
「小さい神社みたいなものですよ。ミニチュア神社ですね」
「それを私の庭に作りたいだって? うーん」
「決して損はありませんよ。ほら、この神社のあそこにも、置いてあるでしょう?
おかげで参拝客が増えたってこちらの巫女も言ってましたし」
「へぇ。増えたんだ。全然気がつかなかったけど。
でも山の神ねぇ。私はルシファーを信じているしなぁ」
「別に信じたままで構わないですよ。
ただ、こちらの神様も少し信仰して下されば、それで構わないのです」
「それで私に何の得があるっていうの?」
「沢山あると思いますよ。うちの神様は多芸ですから。
他の悪魔や魔法使いにも信仰を推奨して頂けるとより効果的です」
「うちの魔法使いは庭まで出てくるとは思えないけど」
「室内神社もお勧めです」
紅魔館での勝負は急に起き出してきた主人によって中断された。
すっかり昼ふかしの癖がついた吸血鬼は、早苗の話にも寝ぼけながらも耳を傾けていた。
咲夜は時折レミリアのグラスにお酒を注ぎながら、二人のやりとりを静かに見守っていた。
別に自分の主が何を信じようとも構わない。自分が一番信じるものは常に変わることはないのだから。
今回の争いは、神と悪魔の暢気な対談を実現させた。
「結局宴会かぁ。なんかはぐらかされ続けている気がする……」
「いいじゃない。こうやって色々支援物資を送ってあげたんだし」
「紫様~。こちらは奥に持って行けばいいですか?」
神社には紫の式神が持ってきた食糧・お酒・茶葉がどっさり積まれていた。
一応勝負には巫女が勝ったのだから、という紫の配慮である。
「こうやっていつも宴会開いてちゃ、あっという間になくなりそうな気がするけど。
あ、これ外のお酒? 美味しいかしら」
「洋酒だから、巫女の口に合うかは試してみないとね。
外神の宿るお酒は苦味もまた違うのよ。どう?」
「うーん。いけなくはないけど……どうだろう。
やっぱり地酒の方が好みかしら」
「慣れないお酒は、すぐに酔うには丁度良いわ。要は使い分けなのよ。
ああ……この麦酒は美味しいわ」
「和洋折衷なのね。妖怪だけに洋風にも対応ってところかしら」
「それでいて妖怪は人間と比べて陽気なの。
だからあそこにいる和食好きの吸血鬼みたいに、妖怪は場所を選ばず楽しく暮らせるわ」
「地元を離れてまで遠くで暮らそうとする気持ちはわからないなぁ。
まぁ、とはいってもここの人間は幻想郷(ここ)から出たくても出られないだろうけど」
「あら? 出てみたいのかしら」
「楽しくて出られないのよ。みんなそうなんじゃない? 特に此処にいる連中は」
「ふふ。そうねぇ」
昼間の勝負には霊夢が勝った。
が、紫が手を抜いたのが見え見えだったので巫女は釈然としなかった。
何故彼女はわざと負けたのか?
それは今度から物資を届けたことを盾にして、霊夢に有無を言わさぬようにするためだ。
文句を言いたくても言えない巫女を前にして、次からどのようにからかおうかと紫は楽しみだった。
今回の争いは、小さな勝利と小さな娯楽をそれぞれに分け与えた。
さて、宴を楽しむ彼女達には、わざわざ神社に集まる理由が特にはなかった。それが共通していた事である。
そして神社の屋根の上。
「いやぁ、すいません本当。ネタ集めに協力して貰って頂いて」
「ま、いいよ。それにしても天狗が鬼に頼み事するなんて、珍しい事もあるもんだね。
……なんでかな?」
「あ、いえ。そんな大したことでもなく」
「言いなよ」
「あ、はいはい。実は天狗の先輩から一つアドバイスを貰いまして。
ジャーナリストたるものありとあらゆる危険を冒し、利用できるものはなんだあれ利用し、ネタ集めに翻弄すべし、と。
あ、いえ決して鬼が危険だとか利用を考えているとか滅相もなく」
「かまわないよ。正直に言ってるみたいだし、こうして高いお酒も貰えたからねぇ」
「うう、予算が……。でもこうしていけば私もすぐに一流ジャーナリストとして、
新聞も馬鹿売れ、発行部数も大幅アップ。天狗新聞業界でも一目着目有名天狗。
そうなる事を考えれば、このくらいの先行投資は安い物なのです!」
「最近の天狗の新聞はつまらないからねぇ。
期待しているよ未来の一流ジャーナリストさん」
喉を鳴らしてネタを手帳に書き込む天狗の横で、鬼が笑っていた。
日常的に弾幕ごっこは行われているでしょうし。
まさに東方projectの二次創作。エピローグはエンディングですね。
とはいえ日常的にこんな会話ができる幻想郷はやっぱり素敵。
いいSSでした。
戦闘開始のとこで軽く音楽再生…ってか弾幕妄想余裕でしたwww
久しぶりに永夜抄をやっていて、会話がいいなぁ、と思いながら書いてみました。
そして永夜抄はエピローグも多いですね……。果たして全部見直せるだろうか。
>2様
確かに日常的にキレのある会話をこなす東方の人々って……。
幻想入りできても空気になりそうで怖い。
>3様
原作立絵と音楽と弾幕に酔ってた妄想帝王が此処にいますYO!
だが、やっぱりゲームとSSは違うなぁ、と改めて認識。文字だけだとやっぱり寂しい。
次は読み物として楽しい東方を書いてみたいと思います。