カランカラン、と玄関のドアベルが来客を告げた。
霖之助は読んでいた本から視線を上げ、現れた人物を観察する。
……見ない顔だった。
青と白の服に身を包んだ少女で、桃の飾りの付いた帽子を被っている。
同じく帽子を被った女性があとに続く。
本人もさることながら、纏った緋色の羽衣が実に美しい。
その少女は店を見渡すなり、腰に手を当てて一言。
「なによ、シケた店ね。まあいいわ、適当に選ぶとしましょう」
「総領娘様、あまりそう言うことは……」
霖之助はいらっしゃい、と口を開こうとしたところで絶句した。
少女の言葉に、付いてきた女性が済まなそうに頭を下げる。
こちらの女性は常識人のようだ。
しかし少女に関しては、この一言で確定した。
まともな客ではない。
……いや、客ではない。
お供の女性は空気を察したのか、気まずそうな表情を浮かべた。
気苦労の多い立場にいるのだろう。
少女の従者、と言うわけではないようだが……。
「……はぁ」
霖之助は興味を失ったように、読書を続けるべく少女から視線を本に移す。
ますます女性は慌てたような素振りを見せたが……霖之助にも少女にも既に伝わっていない。
「話しには聞いてたけど、変なものばかりね」
少女は商品をひっくり返すように物色しながら、独り言ともつかない言葉を発する。
誰かから聞いてきたようだ。
いらない騒動ばかり呼び込むのは大方魔理沙あたりだろうか。
口コミは商売の基本だが、時と場合と相手にもよる。
今度会ったら、注意しておかねば……。
「じゃあこの辺にあるの全部買っていくわ。
暇つぶしにはなるだろうし」
「断る」
彼女の顔も見ずに即答。
その少女は一瞬言葉を詰まらせたあと、当然のように怒りだした。
「はぁ? 私はお客で貴方は店員でしょ?
あ、お金払えないとか思ってるの? 舐めないでよ、私は天……」
「道具とは自然に持ち主を選ぶものだよ。
ましてやここにあるのはどれも特別な外の道具。
持ち主は一時的に僕になっているが……。
その僕が君を客とは認めない。
従って君に道具は売れない。
わかったらお引き取り願おうか」
彼女の言うとおりにその商品を売れば、下手をすれば数年分の売り上げが舞い込んでくる。
しかし霖之助は金のためだけに外の道具を売っているわけではない。
それぞれよりふさわしい人物の元に送り届けるためにもやっているのだ。
もっとも、使い方がわかった道具は往々にして彼のものになる。
これは道具が彼を認めたと判断したからであり、決して出し惜しみしているわけではない。
あとは幻想郷の文化レベルを上げたりと言う野望もあるが……それはともかく。
なにより、この少女に買われた道具がそのあとどうなるかは火を見るより明らかだった。
数日……いや、今日中にでも飽きられ、放置されるだろう。
「むむむ……」
「…………」
しばらく少女は霖之助を睨んでいたようだったが、本から目を上げもしない彼に痺れを切らしたのか、
やがて根負けしたかのようにそっぽを向いた。
「帰りましょう、総領娘様」
「ふんだ」
女性の言葉に、渋々従う少女。
ひとりになった香霖堂で、霖之助は再び大きなため息を吐いた。
「……と言うことがあってね」
「あら、それは災難でしたね。いえ、天災かしら」
「いや、人災だよ。天災ならまだ諦めもつく」
次の日。
霖之助は香霖堂にやってきた咲夜に愚痴を零していた。
普段はむしろ聞く側なのだが、あまりにも腹が立ったので抑えきれなかった。
霊夢や魔理沙が来れば彼女たちでも良かったのだが……こういうときに限って顔を見せない。
「やはり君のようにきちんと理解してくれると道具屋冥利に尽きるよ」
「まあ、言われて悪い気はしないわね。それで? 今日はなにを売りつけてくるつもりかしら」
咲夜は霖之助に完璧な笑顔で返す。
そこでふと、思い出したように首を傾げた。
「ねえ、その娘ってもしかして、頭に桃の飾りを乗せた不良天人では……」
「話は聞かせて貰ったわ」
「……そう、ちょうどこんな感じの」
バタン、と扉が開く。
除かせたのは昨日の顔。今日はひとりのようだ。
霖之助はやれやれと肩を竦め……同じように肩を竦めた咲夜と顔を見合わせた。
「つまり私が道具を知ってれば問題ないわけよね」
少女はツカツカと歩いてくると、偉そうに手近な椅子に腰を下ろす。
天人と言えば幻想郷の天災を管理しているわけだし、実際偉いのだろう。
だがそんなことは、ここ香霖堂では関係ないわけで。
「君は……天人だったのか……」
「ふふん、ようやくわかったようね。
さあ説明しなさい。聞いてあげるわ」
霖之助は頭を抱えた。
先ほどの咲夜の言葉、心のどこかで間違いであって欲しいと思っていた。
天人と言えば、地上では失われた秘宝や秘術の管理者でもある。
まあ、地上の有力者が天人になった際、道具や術を天界に持って行ってしまえば地上から失われるのも当然であるのだが。
新たな境地を開くため、霖之助はいつかは天人に教えを請いたいと常々考えていた。
それが、このような少女だとは……。
「霖之助さん」
そんな霖之助に声をかけ、咲夜が立ち上がる。
瀟洒な笑顔で、戦闘態勢を取りながら。
「ちょっとこの娘、お借りしますね」
「え? ちょっとなによ、離しなさいよ! ていうか今更だけどなんで貴方がここにいるのよ!」
「私は客です、貴方とは違ってね」
ふたりは顔見知りのようで……なにやら剣呑な空気が流れていた。
咲夜は少女を引っ張って、店の外に連れ出していく。
「ああ、君に任せるよ」
霖之助はそんな咲夜の背中を心の中で応援することにした。
そのあとしばらく戦いの音が店にも響いてきたが……。
やがて静かになった。
あの娘が戻ってこなかったところを見ると咲夜が負けたということはなさそうだが、
咲夜もその日店に来ることはなかった。
無傷、とはいかなかったと言うことだろうか。
結局、あの娘のせいで咲夜の分の売り上げも失われてしまったことになる。
咲夜の言うとおり、天災だったようだ。
そして霖之助は、諦めのつかない天災もあることを学ぶハメになった。
……と、それで終わりならまだ良かったのだが。
「ねえ、ねえってば!」
その後もしつこく彼女は香霖堂にやってきた。
さんざん入り浸っているせいでたびたび誰かと鉢合わせになり、その度に戦闘が開始される。
そこまで好戦的な人物ばかりではないというのに、彼女はよほど恨みを買ったのだろうか。
しかし名の知れた実力者ばかりにも関わらず、少女に圧勝できた人物はいなかった。
さすがは天人といったところか。
もちろん、それと彼女の評価は別だが。
「これはなに?」
「アイロン」
「なにに使うの?」
「…………」
「これは?」
「洗濯機」
「使い方は?」
霖之助はため息だけ返して再び読書に戻る。
何度も繰り返されたやりとり。
今香霖堂にいるのは霖之助と少女だけだ。
お供の女性は、初回しか顔を見せていない。
どのような教育をされればこういう風に育ってしまうのだろう。
魔理沙にはいい反面教師かもしれない。
……いや、自覚がなければ意味がないかもしれないな。
そう霖之助が物思いにふけっていると。
「もう、相手しなさいよ!」
とうとう少女が大声をあげた。
むしろよく我慢したほうだろう。
「ああ……客の相手ならちゃんとするよ」
「貴方が! 私の!」
彼女は霖之助と自分を交互に指さし地団駄を踏む。
「貴方ねぇ、道具の使い方がわかる能力だってことはわかってるのよ!
出し惜しみしてないで教えなさいよ!」
「それは間違っている」
無視してもよかったのだが……霖之助はあえて首を振った。
「僕がわかるのは道具の名前と使い道であって使い方ではないよ。
その名称はアイロン、用途は皺を伸ばすもの。だが動力や使用法はさっぱりだ」
「なによそれ、くだらないわね……!」
言って……彼女は表情を変えた。
後悔と自責の表情。
しかし彼女の顔を見ていない霖之助にとっては些末事に過ぎない。
「くだるくだらないは人の勝手だが、僕はこの能力のおかげで充実した生活を送っているんだ。
わからないと言うことは考察の余地があると言うことだからね。
それに前にも言ったが道具は持ち主を選ぶものだ。
正しい持ち主が使い方を見つけてくれるよ」
中途半端な能力だと言うことは霖之助も自覚しているので今更気に触るような評価ではない。
しかしさんざん五月蠅かった彼女が突然黙ってしまったことに違和感を覚え、霖之助は顔を上げる。
「あの……ごめん……なさい」
少女は泣いていた。
流れ落ちる涙を拭いもせず、真っ直ぐに霖之助を見つめたままで。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
涙を流しながら同じ言葉を繰り返す彼女に、霖之助は思わず歩み寄る。
「……君が泣いている理由が僕にはわからないな」
「だって、能力が……私……こんな……。
……好きでそうなったわけじゃないのに……」
その言葉にはいくつもの感情が込められているように感じた。
半分くらいはこの娘自身のことだろうか……。
「ごめん……なさい」
泣きながらただ謝り続ける少女に、霖之助はため息を吐く。
許したわけではない。
が、まあ……いろいろ事情はあるのだろう。
望まない能力、生い立ち。
霖之助に自分の境遇を重ねているのだろう。
そんなことでわかったつもりになってもらっては困る。
困るが……霖之助はこの少女を理解してあげられそうな気がしていた。
それにこうしてちゃんと謝っているのだ。
再評価してもいいかもしれない。
そう霖之助は結論づけると、少女の頭をぽんぽんと軽く撫でた。
膝を落とし、目線の高さを合わせてハンカチで涙を拭く。
「とにかく今日はもう帰るといい」
「……うん……」
珍しく素直に頷いた。
きちんと話せば……素直な娘だ。
霖之助も、最初の印象を引きずりすぎたというのもある。
自分勝手でわがままなのは、本人の素なのだろうが。
それも結局、自分を見て欲しいためで……。
つまりはまだ子供なのだ。
「道具については……また、教えてあげるから」
「……うん!」
霖之助の言葉に、彼女の表情はぱっと明るくなる。
また来てもいい、初めてそう言われた。
雲の晴れた空に輝く、太陽のような笑顔。
それから彼女は、照れくさそうに居住まいを正した。
泣いてしまったことを恥じているのか、認めて貰ったことに照れているのか。
表情だけで理解することは出来なかった。
「そういえば、まだ名前も名乗ってなかったわね……。
私は天人の……」
「……いや」
霖之助は彼女の言葉を遮り、首を振る。
かわりに彼女の頭に乗せていた手を差し出し、握手を交わす。
小さな手の温もりは、言葉より雄弁に彼女というものを物語っていた。
「また明日。初めましてから始めよう」
「最近楽しそうですね。毎日あの店に?」
「うん。だって……」
香霖堂での出来事を楽しそうに話す天子を、衣玖は楽しそうに見つめていた。
こんな表情をするのはいつ以来だろう。
今日は少し変わった道具の説明をして貰うらしい。
早く行かないと、と笑う天子に衣玖もつられて微笑んだ。
そこでふと、首を傾げる。
「総領娘様、道具は買わなくていいんですか?」
「買う? どうして?」
「ですから……」
言いかけて、衣玖は口をつぐんだ。
そもそも暇を潰すために道具屋に行ったはずなのに、
いつの間にか道具屋に行くことが目的となっているようだ。
本人は気づいていないみたいだが……。
しかしまあ、本人が楽しそうならそれでいい。
……仕事も減ることだし。
「いえ、なんでもありません」
「変な衣玖ね」
天子はひとつ笑うと、周囲を見渡し天界の道具に興味がありそうな店主のために物色を開始する。
道具、と言ってもおいそれと秘宝を持ち出すことは出来ない。
……一度剣を持って行ったら、天子を放置してずっと霖之助は考え事をしていた。
天子をずっと放置して。ずっと、一日中。
また持ってくるから、と奪い返したが……しばらくは持って行く気がしない。
理由は……自分でもよくわからなかったが。
「ねえ、あのお酒持って行ってもいいかな? いいわよね。あと桃も……」
「店主さんに差し上げるのですか?」
「うん。歌って踊って、一緒に飲むの!」
彼女にとって霖之助とふたりだけの宴会のほうが、天界の何倍も楽しいらしい。
歌うのも踊るのも専ら天子で、霖之助はただ見ているだけだが。
そんな天子を見て、衣玖はニヤリと笑う。
「でも総領娘様、あまり地上の者に天界の食べ物を与えてしまいますと……」
「……と?」
「天界で一緒に暮らさないといけなくなりますよ」
天界の食べ物は身体が丈夫になる。
つまり普通の人間ではなくなってしまう……かもしれない。
とはいえ普通の人間ならともかく、元々妖怪混じりなら少々変わったところで変な目で見る人間もいないだろう。
……という冗談のつもりだったのだが。
「へ? え? でも、あの」
予想に反して顔を真っ赤にした天子に、衣玖は空気を読んでこう返すことにした。
「――ごちそうさまです」
つーかその言い回し……。まさか、某スレで霖之助がミスティアの屋台を修理したりラブレターを拾ったりする
SSの!? ど、どうなんだろ。
ま、それはともかく、やっぱ変態じゃない霖之助は最高だっ!
あなたでしたか
いつもあなたのSSを読んでニヤニヤさせて貰っています
これからも頑張ってください
天子の過去も結構妄想の余地がありますね。
たまらねぇ!私の心とほっぺたを緩やかにしてくれる!
これからも応援してますよ~!^^
そして話の展開に砂糖吐き余裕でしたw
半裸で半日じゅう待機した甲斐がありましたよ~
むしろこっちが感謝です!!
ごちそうさまです!!!