いい季節になってきた。深緑を湛えた森には熱気が満ち満ちている。人にとっては不快と称する者が大半だろうが、我々にとっては素晴らしい空気だ。仲間は増え、育ち、そして何よりも動きやすい。寒さは枷となり、死とも似た沈黙を与えるが、暑さは陽気を、元気を、生気をもたらしてくれる。命に満ちた季節、熱は最盛を迎えあとは衰えるだけかもしれない。されどまだ終わるには早すぎる。
そんな夏の日、そんな夏の夜、歪む大気であるが星の良く見える夜である。一体幾つ空に浮かんでいるのだろうか。見渡す限りは光の点が夜の帳に穿たれている。月も調和を乱すことなくそこに在る。完璧な真円を描いていない、にもかかわらず、美しかった。その星空は刻一刻と姿を変えるのに、光はあるべくしてそこにあるかのように思えた。
その月を、私は私であるかのように思う。輝きなど遠く及ばないということはわかっている。しかし私がそう思えたのは、周りに星々が煌めいていたからだ。
今いるのは、ちょっとした林の中、樹齢千年を越す巨木や、家ほどの苔むした大岩があるわけではないが、生き物たちの息づく様が十分に感じられる。
星などどこに存在するのかと言うだろうか。しかし確かに煌く星はそこに存在する。ふわりと宙を舞う。カラタチの枝先に留まる。アジサイの葉の裏にもいる。クヌギの樹皮のわずかな隙間に潜む。
月と星の灯りの下、私の周りを飛び交って、そんな命の星の煌めき。
私の仲間たち、そう、そこかしこに蠢く同胞であり、配下であり、友人であるそんな蟲たち。蟲が潜んでいた。
私は彼らに呼びかける。
「こんなにも綺麗な月の夜に集まってくれてありがとう」
そう呟くと、ざわざわと、蟲たちがさざめいた。一匹一匹は本当に小さくて、微かな羽音だったのかもしれないが、その数は、木々の葉の一枚ずつにも及ぶ。一枚の葉の揺れは枝を揺らし木を揺らし、ついには森がざわめいた。
まるで風が吹き抜けたかのように私は気持ちいい。森を楽団とした指揮者であるかのような感覚。しかし目的は常盤に埋れた演奏ではない。
「いい季節になったね。私たちが最も活躍できる季節。目一杯暴れまわろう。でも、でも一番強くなったときでさえほかの妖怪に勝てるのかな? 巫女に目にものみせてやれるのかな? いやできないよね」
先ほどよりも大きなざわめき、怒号のようにも聞こえる。いや実際に怒号なのだろう。自分たちを虚仮にされて関心を示さないなほど、我慢強くも、大人しくも無い。
「無論それは私を含めてだよ。 今の虫妖には強力なものが全くいない。 もちろん人間なぞ一刺しで殺せると豪語する方もいるかもしれない。しかしそれが天狗なら? 鬼なら? 今と同じ事が言える? 昔ならできただろうね。そう、私たちは弱くなってしまった。脆くなってしまった。妖魔の一角として力を奮った我々は何処へ? 強くならねばならない。強くならねばならないんだ!」
騒がしいほどの蟲たちのさざめき、いや共鳴している。森が一体となって鳴いている。無数の蟲たちが私の主張に賛同してくれているのだ。
ああ体の隅々からじんとしたしびれが伝わってくる。大きな達成感。
「さあ、響かせよう。私たちの変革の羽音を!」
一歩ずつ踏み出す私、敷き詰められた落ち葉と腐葉土の道を歩いていく。そのあとを多種多様の羽音足音がついてくる。数多の蟲たちが動く様は黒い霧、地面を這い、枝を伝い、宙を埋め尽くしての千変万化の闇の行進。
強くなると語ったが別にどこにいくあても無かった。森の中を彷徨い、草木を蹂躙していく。
どこまでもどこまでも進んでいけたら強くなるのだろうか。ふとそんなことを思った。
そんな狂宴への無粋な闖入者はとかく必然。
「おお、カサカサブンブン五月蝿いと思ったらお前か」
月光を背中に箒に乗って、白黒の衣装に身を包んだそいつは現れる。
「霧雨魔理沙、いい夜だね」
「そうかい、寝苦しくてとても寝られたもんじゃないが。まあ、魔法の実験にはいい夜だ」
「そうよ、こんな夜に寝てるなんてもったいない。弾幕勝負はお好きよね」
「もちろんだとも。前みたいにボロボロにされてもしらないぜ」
「ふふ、心配ないよ。今日は私じゃなくて私たちなんだもの」
あー、どういうことだと言いかけた口を遮って、私の背後から霧のごとく蟲が噴出した。
「あなたを私たちの強さへの糧に変えてあげる!」
多量に蠢く蟲が魔理沙を覆っていく。彼女の顔に張り付くのは恐怖のみ。
人の歪んだ顔がこんなにも美しいのだとすっかり忘れていた。
あれ? 今、彼女、笑っ‥‥‥。
突風が木立の間を吹きぬけ、私はゆっくりと目を覚ました。
まぶたの裏に残るのは白の閃光に包まれた世界。
目に映るのは誰かの顔。
「おはようございます。大丈夫ですか」
「こ、こんばんは。射命丸」
いつかの烏天狗が横に立ち、ちっとも心配そうではない顔で私を覗き込んでいる。体を起こそうとして頭同士をぶつけた。
「というわけであなたは見事に吹き飛ばされ、蟲たちも散り散りににげていきました」
なぜか取材をされるはめになってしまった。こっちは疲れきっているのに。
額が痛かった。
「まあ、真実なんだろうから何も言い返せない‥‥‥」
「蜘蛛の子を散らし、その蜘蛛の子から逃げるように散り散りに」
「‥‥‥馬鹿にして」
「いえいえ、過去に私たちとも肩を並べた蟲がああもやられてしまうと情けなくて、悔いているだけです」
「ぐすん」
「でもなんでまた挑むような真似を」
軽くスルーされた。興味津々といった感じでこちらを見ている。私の涙は記事のネタ以下ってことかチクショー。
「前に殺虫剤に対抗すれば強くなるってあなた言ってたじゃない」
「確かにそんなことも」
「マスタースパークってある種の殺虫剤かなあと思って」
「人も残らないですからね。そしてあなたはちょっと頭が弱いということが証明されました」
「ぐぅ。私なりに閃いたのに」
「でも、そうして強くなりたいという姿勢は嫌いじゃない、むしろ好ましいです」
「え?」
「何か目標はありますか? 例えば誰それを倒したいみたいな」
「う~ん、ちょっと高望みかもしれないけど。‥‥‥鬼と肩を並べるくらいになれたらなあって」
「おやおや、天狗は眼中にあらずですか」
「あっ、そうじゃなくて。今じゃ白狼天狗も倒せないけど、百年後には、烏天狗には二百年後にはみたいな」
「何気に失礼ですね」
「ごめん‥‥‥」
「いえいえ、私としては昔強かった妖怪たちが力を取り戻してくれるのは大変喜ばしいことです。いつまでも新参の妖怪に広い顔はさせたくないですし。もしあなたが特訓をしたいというならば暇なときにはいつだって手伝ってあげましょう」
「本当! ありがとう」
「かわりに新聞であなたの成長日記をば」
「それは恥ずかしすぎて死ぬ」
「では新たな連載枠を取り付けたところでお暇しましょう」
「取り付けてない取り付けてない。話を聞いて」
「あ、これ、天狗に伝わる特製漢方薬です。疲労回復、精力増強にどうぞ」
そういって手渡された漢方薬はダンゴ虫に良く似ていた。
「がんばってくださいね。では」
「あ‥‥‥」
お礼を言う暇も無く、夜明けが間近な空へ射命丸は飛び出していった。
「行っちゃったな」
手のひらにある丸薬を見る。噛まずに一気に飲みこんだ。
「よし!」
なにがよしかはわからないけどなんだかすごくがんばれる気分になった。
でもまずはこの疲れた体を休めたい。
側によさそうな木があったので体を浮かせ枝に飛び乗った。
うんうん、寝心地も悪くは無い。
「あれ、君は」
寝転がるとどこからか蛍が飛んできて一つ上の枝に留まった。
「戻ってきてくれたのかな?」
返事はなかったけれどほんのり温かい気分になった。
「おやすみ」
目が覚めると腕から細いキノコが生えていた。
そういえば虫に寄生するキノコで漢方薬の素になるのがあった気がしないでもない。
気が乗らないながらも私はまたキノコに詳しい魔法使いに会いに行くのだった。
でもそのオチは予測できませんでした。
でも同士飲んじゃった…
文はこれを知ってたのか知らなかったのか…
これはかっこいいりぐるん!