Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

日常

2009/06/20 23:08:37
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妖怪の山に朝日が登る。山を流れる九天の滝に眩い光が差す。
その上空で一人の天狗が、朝日に向かって、大きく息を吸い込んだ後に鳴いた。
それが、彼女の日課だった。

――アオオオオオオォォォォォ………ン

まるでそれは狼の遠吠えように、大きく、そして長く妖怪の山中に響き渡ろうとした。
だが、その遠吠えは滝の水の堕ちる音に掻き消されてしまった。
九天の滝はまるで海のように大きい。そんな滝から流れる水の音は凄まじくて、
滝の近くでは全ての音が掻き消されてしまう。だが、その天狗はそれが好きだった。
ある種の静寂。それがここにある。全ての音が掻き消され、ただ流れる音だけが残る。
自分の遠吠えなど、いとも簡単に掻き消されてしまう。
その音が、たまらなく心地が良いのだ。

「…さて、行くか」

白狼の天狗、犬走椛は少しだけ音を満喫した後、その場所から飛び去って行った。
これも何時も通り。自分が世話をしている…と言っても、今はもう独立して間もない
天狗の家へと向かう。子離れしていない、と言えば、確かにそうだろう。
でも、椛にとっては、その天狗は何時までも自分の娘なのだ。
血は繋がっていない。その天狗には両親がいる。椛はその天狗の世話係、のような事を一時期していた。
始めは何故自分が、と思ったが、世話をしていくうちに情が移ってしまい、何時の間にか離れられなくなってしまった。
その天狗も、何時までも子ども扱いしてくる椛を少し疎く思いながらも、満更ではない様子だ。

その天狗が今暮らしている家の近くに椛は着地して、少し呆れた。
扉が開けっ放しになっていた。下駄も雑に脱ぎ捨てらている。恐らく、昨日は
盛大な宴会でも会ったのだろうか。何時も酔っ払って帰ってくる時はこうして
乱雑になっていることが多かった。酒癖が悪いわけではなし、酒に弱いわけでもない。
ただ、周りに酒に強い者が多すぎるだけなのだ。だから、つい飲みすぎてしまう。
多分、何処かで倒れているんだろうなと思いつつ、椛は家の中を探索すると、
今度は苦笑してしまった。廊下に脚が飛び出していたのだ。
椛はゆっくりとそれに近づく。天狗、射命丸文が居間と廊下の間で眠っていた。
二日酔いのせいか、少し苦しそうな表情だったが、それなりに幸せそうに眠っていた。
それを起こすのも忍びないと思いつつも、これ以上放置して風邪をひくのもいけないと思い、
椛は文の顔を軽く叩いた。

「文、朝だよ」
「うう…うう…ん…あ゛れ゛椛…な゛ん゛で此処に゛…?」
「朝ごはん、食べる?」
「う゛う゛~…元気がない゛…」
「それくらいの元気があれば大丈夫だ」

椛は苦笑しながら文の背中を抑えながら起こした後台所へと向かう。
食料庫には、丁度味噌や大根、それに赤みずもろもろがあった。
これなら味噌汁が作れそうだ。椛は火を焚いて早速調理を始める。
段々と、味噌の匂いが辺りに漂っていく。彼女はこの匂いが好きだった。

そして暫くして、椛は他のおかずも作り上げて、御盆に並べて文の下へと持って行く。
文は布団に包まった状態で、卓袱台の前で前後に頭をふらつかせていた。
どうやら、ぼおっとするようだ。椛は卓袱台に料理を並べていくと、まずは水を彼女に
手渡した。二日酔いのときは水分を取るといい。そんなことを、誰かに聞いた気がする。
残念ながら自分では試したことはない。椛は酒を飲まないのだ。
天狗の仲間からは、酒が飲めない似非天狗と煽られたことがあるが、
あまり気にすることはない。

「…ありがとう」
「どういたしまして。さ、食べよう」

椛は手を合わせて、「いただきます」と言う。
文も水を飲み干した後、同じく「いただきます」と言って箸を手にし、
味噌汁を一口啜る。少しだけ塩っ気が強い気がする。
二日酔いなのだから、このくらいが丁度いいかもしれない、そう思いつつもう一口啜る。
そして椛が用意したお新香や梅干、お粥を口に運ぶ。
食事をして、少しは頭がはっきりしてきたのか、文は椛に一言微笑みながら呟いた。

「…おいしい」
「そう」

椛も短く答えながら笑みを浮かべる。少し不器用そうな、そんな笑みだった。
文は知っている。椛は普段笑ったり、喋ったりするわけではない。
寡黙で、何を考えているのかわからない。それが椛の良く言われる評判。間違っては
いない。彼女はあまり心を開きたがらないから、文のように親しい人間にしか、
感情の起伏を見せない。それは彼女の過去に関係していて、
それは文もよく知っているが、それは此処では触れないでおこう。
兎も角、椛が文を含めた少ない人物にしか心を開いていないのは、少し残念なことだと、
彼女は思う。

「また飲みすぎたの?」
「うん…まあ、そんなところかな」
「あまり飲みすぎると、体に毒だよ」
「わかってるわよ」
「ならいいけど」

短い会話の後、椛はお新香を口に含める。文も同じお新香を口に入れる。
少しすっぱい味がした気がする。

「そういえば、この前の話、考えてくれた?」
「ああ…あれか」

椛が苦笑したような表情で、箸の動きを止める。
この前の話、というのは、椛が文の取材の手伝いを務めるということだ。
手伝い、と言っても実際の取材は文がやる。椛がやるのは、荷物持ちや護衛など
雑用に近いのかもしれない。実際は文にはそのような手伝いは必要としないのだが。
文は天狗の中でも実力者だ。特に、速度に関しては幻想郷一といえるほどであるから、
もし襲われたとしても自分で打ち破れるだけの実力はあるし、逃げ足もある。
荷物と言っても荷物らしい荷物などカメラや手帳くらいで、他の機材など使っていない。
だから、椛を雇う必要などないのだ。文はただ、椛が外…天狗の社会の外へと少しでも
出て、他の少女達と触れ合う機会を増やしたいと思っていただけだった。
だが、椛はただ苦笑して終わる。何時ものことだった。
本来なら、鴉天狗と白狼天狗であれば、立場の差は歴然で、椛に断る権利などないのだが。
だが、文はただ悲しい表情を浮かべてそれを受け入れる。それくらいしかできないから。

「ごめん」
「いいわよ。椛の気持ちも、わかるから」
「ありがとう」
「さ、食べましょう」

淡々とした会話が終わって、沈黙が続く。
気まずい空気なのかと思えば、別にそうではなかった。これも何時も通りなのだろう。
そして二人が同時に「ご馳走様」と言うまで、ついに会話は始まらなかった。

椛は食器を片し、台所へともっていて、水場で洗い始める。文も、横でそれを手伝う。
横に並ぶと、椛の背の高さがはっきりとわかる。文はあの背中で眠っていた事もあった。

「そういえば、昨日の宴会の事ですけど…ってことがあったんですよ」

そうしながら、文は他愛のない話をしてみせる。今回は地底の妖怪達が来て、何時も以上に盛り上がった事。
地底の鬼と飲み比べをしたこと。無意識を操る程度の能力を持つ妖怪に驚かされたこと。
その一つ一つを、椛は黙って聞いていく。

「とても、楽しかったわ」

文は手ぬぐいで濡れた手を拭きつつ、話を閉める。
椛は笑みを浮かべながら、無骨な手を文の頭に載せて、ゆっくりと撫でた。
女性の手と言うには、少し大きすぎて、ごつごつとしている手だったが、昔から
文はこの手が好きだった。大きても、自分を優しく包み込んでくれるから。

「それはよかった。文も、沢山の友達が出来たんだねぇ」
「…友達と言うか…。まあ…うん。そうね、友達…だといいなぁ」
「友達だよ、きっと」
「椛も…」

その輪に入っていいのよ、と言いかけてやめた。やはり、無理に誘う事ではないと
思ってしまったから。ゆっくりと、椛を中に入れてあげればいい。

「…」
「…?…さて、そろそろ私も戻らないとね」
「ああ…もうそんな時間。私も、今日は取材があるから準備しないと」
「今日は何処へ行くの?」
「特には決めてないわ。ただ…まあ色々と行ってみようと思う」
「そう」

椛は短い回答をしつつ、玄関のほうへと歩いていく。文も見送るために付いていく。
そして玄関で、椛は文のほうを振り向く。そしてもう一度彼女の頭を撫でながら言った。

「気をつけてね」
「椛もね」

二人は同時に微笑む。そして、椛は手を放してその場から飛び立って行った。
朝日は、すっかり登りきって、妖怪の山はすっかり朝を迎えていた。
文は家の中へと戻り、荷支度を済ませる。そして、今日も取材をし、文々。新聞を作る
ために、幻想郷中を回るのだった。

椛は九天の滝の見晴らしのいい岩場の上に座り、千里先を見渡せる程度の能力を使う。
こうすることで、幻想郷のある程度は見渡せる事ができる。昔から重宝している能力だ。
妖力は強くないし、弾幕もそんなに強いと言うわけではない。ただ暴力だけなら得意だが、
今の時期では役には立ちそうもない。だから、自分に残されたのはこの能力くらいだ。
人里のほうを見る。半人半獣が、寺子屋に生徒達を招いていた。
霧の湖のほうを見る。氷精と大妖精が元気に遊んでいる。そこに闇の妖怪と蟲の女王が加わる。
魔法の森を見る。大きな爆発が起こった。あの白黒の魔法使いが、実験に失敗したのだろうか。
椛は能力を使うのをやめ、胸元から煙管を取り出して銜える。
文が土産として持ってきた物だ。本当に時々しか吸わないが、今日は吸う事にした。
久しぶりのせいかそれとも歳の所為か、椛は咽てしまった。
だが気を取り直して、今度はゆっくりと吸う。そしてゆっくりと上空を見つめる。
上空では、文がゆっくりと飛んでいた。これから何処かへと向かうのだろう。
椛はゆっくり手を振る。文も、それに気が付いて振り返した。
そして、あっという間に飛び去っていった。
再び能力を使って、辺りを見渡す。竹林の近くで、屋台を運ぶ夜雀の妖怪が白髪の人間に挨拶をしていた。
博麗の神社を見る。巫女が大きなあくびをしながら、賽銭箱を覗き込んでいた。
残念そうな表情を浮かべている。それを二つの角の鬼が背中を叩きながら慰めていた。
静かに幻想郷の時間が過ぎていく。ゆっくりと、そして確実に。
この川のように変わらないもなんて何もない。一昔前は、もっと殺伐としていた。
妖怪と人間が、いや妖怪と妖怪同士が殺しあう事なんてもっと当たり前だった。
椛も多くのものを殺めてきた。それが任務だったから。
それが今、あんなにゆっくりと時間が進むくらい平和になった。
誰も殺し殺される必要なんてなくなったのだ。
椛は手の平を覗き込む。無骨で、血に塗れた手だった。
実際には血など付いていないのだが、彼女の過去がその幻覚を見せているようだった。
こんな汚れた自分が、輪に入るわけには行かない。遠巻きに見守ってやる。
自分にできる事なんて、それくらいだ。
それに、見た目は若くても、実際には老人の自分に若い少女達に関わっていくのは
少々骨が折れる事だ。そう考えてみると、少し笑えて来た。椛は軽く笑いながら立ち上がる。
そして、もう一度遠吠えをしてみた。

――アオオオオオオォォォォォ………ン

再び、九天の滝に遠吠えは消えていった。
また、何時通りの時間が進む。時々異変とか起こるけれど、大体は平和な幻想郷の時間はゆっくりと進んでいく。
その中で、変わる事ができなくなった一人の天狗は、日々変わっていく幻想郷を静かに見守っていた。
初めまして、ここ一番と申します。
普段良く皆様の作品などを読んで、自分も何かここで投稿してみようと思い、今回椛×文っぽいものを書いてみました。マイナーな設定にしてみましたが…。
椛は文のことを静かに見守っていてくれればいいと思います。
ここ一番
http://fantasista98.blog118.fc2.com/
コメント



1.GUNモドキ削除
文×椛じゃなくて椛×文ですか、物凄く珍しいですね。
でも、これはこれでなかなか。